メリーさんと引きこもり少女
あらすじに妖とか書いときながらいきなり都市伝説の話です。
拙い文章ですが、どうかよろしくお願いします^^
『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの』
誰からも連絡の来ない、来るはずもない携帯電話。
電源は切れていたはずなのに急に着信音がして、勝手に繋がって、勝手にしゃべって勝手に切れた。
「め……メリーさん?」
聞いたことがある。《メリーさんの電話》といえば、誰もが知っている都市伝説だ。
何度も何度も電話がかかってきて、そのたびに少しずつ近づいてきて、最後はあなたの後ろに、っていうアレ。
「……」
――また、電話、くるかな。
恐怖感は全くと言っていいほどなかった。
私は窓をほんの少しだけ開け、外をくるくる見回してみる。
体操着袋を振り回しながら帰宅する小学生が二、三人見えた。
私にもあんな風に楽しく友達と遊んでた時もあったなぁと過去を振り返る。
少し悲しくなってきたから、窓を閉めた。
最後に誰かと会話したのは、何時だっただろうか。
◆
翌日。
『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの』
ぷちっ。
その翌日。
『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの』
ぷちっ。
そのまた翌日。
『あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの』
ぷちっ。
そのまた翌日の翌日。
『あたしメリーさん。今、ゴミ捨』
「どんだけ毎日ゴミ捨て場?!」
はじめてメリーさんから電話が来て五日目。
全く同じ時刻に全く同じ場所から聞こえる彼女の声に、思わずツッコミを入れてしまった。
――しまった。切られちゃうに違いない。いやそれよりも怒鳴られたらどうしよう想像しただけでこわい心が折れそうどうしようどうしようどうしようああああ私の馬鹿!
余計な事を言ってしまったと慌てふためく私。
携帯を持つ手が震えたけれど、意外にもメリーさんはこんな事を言った。
『あたし、ゴミ捨て係だからね』
ゴミ……え、何?
『ごはん作るのは美奈子さんで、お掃除担当はさっちゃん。あたしはゴミ捨てなの』
鈴がふるふると揺れるようなかわいい声で、非常に現実味を帯びた事を告げるメリーさん。
ただ、彼女が口にした名前に私は聞き覚えがあった。
《美奈子さん》に《さっちゃん》。
一見どこにでもいそうなその名前は、彼女――《メリーさん》である彼女が口にしたことで、私にある二人の人物を連想させた。
「――――、《足取り美奈子さん》と、童謡の《サッちゃん》ですか?」
私はもしかしたら彼女たちの存在を知っているかもしれない。
彼女たちが《メリーさんの電話》と同じ、都市伝説だったならば。
『そうなの。よく知ってるのね。遊びに来る?』
「えっ?! そ、えっ、むむむ無理です! おっ、おかっ、お構いなく!」
『そう。でも気が向いたらいつでも来ていいの。じゃあね』
メリーさんがそう告げた途端、電話は無機質な音を立てて途切れた。
(……もしかしたらメリーさんって、語尾に「~なの」ってつけるのが口癖なのかもしれない……)
非常にどうでもいいことをぼんやりと考えながら、私は彼女の言ったことを整理した。
ゴミ捨て場にいるのは、棄てられたからではなくゴミ捨てに行っているから。
同居人は同じ都市伝説の足取り美奈子さんとサッちゃん。
……なんだかすごい話を聞いてしまった気がする。
(メリーさん、「気が向いたらいつでも来ていい」……って)
いやいやそれはないでしょうと首を振る。
ただでさえ人が怖くて家から出られない私が、彼女に会いに行くだなんて。
レベルが高いにも程がある。
(ふ……無理無理、絶対に不可能だ)
そう心の中でつぶやき、再び首を振る。
そんなこと私には出来ないし、する資格も度胸もない。
というか、よく考えてみればあれは二億パーセント冗談だったのだろう。
私ったら自意識過剰にもほどがある。ああ恥ずかしい馬鹿馬鹿しい。
◆
次の日、今までの時間に電話が来なかった。
十中八九、昨日妙な突っ込みを入れてしまったからだろう。
(あんなこと言わなければよかったなぁ……)
後悔したってもう遅い。
携帯の画面は影を落としたような黒。
メリーさんからの電話は履歴も何も残らないから、こちらからかける事は出来ない。
ああでも、もし目の前にメリーさんの番号を示されたとしても、私から電話をかける勇気なんて持っていない。
結局私は責任転嫁がしたいだけなのだろう。
メリーさんとの関係が切れちゃったのは電話が来ないからなんだよ。私のせいじゃないの――
黒々とした画面を見つめたら画面に映った私と目があって、すぐに顔を背ける。
それと同時かそれより少し早いくらいのタイミングで、携帯が鳴った。
ぱっと携帯の方に向き直り慌てて耳にあてる。不思議なことに、通話ボタンなんか押さなくてもこうすれば電話が通じるのだ。
「も、もしもしっ!?」
『あたしメリーさん。今、土管の中にいるの』
「どか……えっ?」
『別にマリオ的な意味じゃないわ。あたしルイージの方が好きだし。今、かくれんぼしてるの。総合優勝したらハーゲンダッツ買ってもらえるの』
「はぁ……」
どうやら彼女は公園かどこかで遊んでいるらしい。
総合優勝という言葉からするに、結構な人数がいるのではないか。
というか土管って。ルイージって。
もう少し話が聞きたいな。
もう少し彼女のことが知りたい。
せっかく電話してくれたんだ、私ももっと、彼女と話したい。
そう思うと自然と電話を握る手に力が入る。
話しかけるんだ。きっと、彼女なら返事をしてくれる。
「あ、あの、メリーさ――」
『あ! エルティみっけー! 残念でしたーっ』
『くっ……どうしてなの』
『だってしゃべってんだもん分かるよ~。誰と電話してんの?』
電話の向こう側で繰り広げられている会話に、私はかなり動揺した。
ちょっと知らない人の声を聞いただけで慌てる自分に嫌気がさしたけれど、だからと言ってこわいものはこわい。
拒絶されるのも無視されるのももう嫌、絶対に嫌だ。それが怖くて私はずっとここにいる。
電話の向こうのこの人だって、私のことなんか嫌うに決まってる。それがこわい。
知らない人が怖い。私を知ってる人なんかいない。
……人が、怖かった。
(……あ。でも、この人はきっとメリーさんの友達なんだろうな。それなら、もしかしたら――)
そこまで考えてまた馬鹿馬鹿しくなった。
いつのまにメリーさんは私の味方なんかになってしまったのだ。
そんなはずはない。きっと彼女は私をからかって遊んでるだけだ。
それなのに私は彼女を友達みたいに思って――馬鹿みたい。
自嘲的に小さく笑い、視線を落とす。
握りしめた携帯電話は、もうメリーさんには繋がっていなかった。
弱虫な私は、無意識にあの会話の続きを拒絶したらしい。
◆
『あたしメリーさん。今、羽田空港にいるの』
数日後に例の機械から聞こえてきたあの子の声は、やけにぽわんぽわんと弾んでいた。
『ホントは実況中継してあげたいけど、飛行機って電波入らないのよね。残念だわ! ついたらまた電話するの。またね』
私が何か言葉を発する暇もなく、電話は切れた。
正直、驚いて声が出なかったのだ。
なんでまた電話してきたの?
この前、勝手に切っちゃったのに。
色々つっこみどころのある内容だったが、そんな事はどうでもよかった。
彼女の意図が分からない。
何がしたいんだろう? 何が望みなんだろう?
釈然としないまま、窓の外を見る気にも勿論部屋のドアを開ける気にもならなくて、ただ部屋の中でぼーっとしていた。
――今までどうやって暇をつぶしていただろうか。
電話来ないかな、最近そればかり考えている気がする。
いつ来なくなるか分からないのに、毎日期待ばかりしている。
どれくらいたったかよく分からないけど、しばらくしてまたメリーさんから電話がかかってきた。
『あたしメリーさん。今、首里城にいるの。めんそーれ沖縄!』
「お……沖縄行ってたんですか……」
『そうなの! サーターアンダギーうまままいの!』
なんだうまままいって。
『最近電話出来なくてごめんね。旅行の準備してたらすっかり忘れてたの。美奈子さんとさっちゃんと来てるの、あなたも来る?』
「ははは……行かないですよ」
『どうして? 沖縄すてきよ、海も空も青いしご飯もおいしいの』
「私パスポート持ってませんし」
『あら。じゃあ瞬間移動は?』
「できませんよ!」
『そう。じゃあ次の機会に。お土産買ってくわ、何がいい?』
「…………」
どうしてこんなことを聴くのだろう、と本気で思った。
何を言えばいいか分からない。
本気か冗談かもわからない。
自分がどうしたいかも、わからない――
黙りこんでいたら、『もしかして思いつかないの?』とメリーさん。
『じゃあ適当に買ってくの。なんでもいいわよね?』
「え……っ」
『楽しみにしててね。帰ったら渡しに行くの。それじゃ』
「ま、待って、メリーさん! ちょっと――」
ぷつり。
電話は切れた。
都市伝説《メリーさんの電話》は、彼女が背後に来て「今、あなたのうしろにいるの」というセリフで終わる。
その先はない。
ないんだ。
急に足が震えだす。
頭がぐわんぐわんして、目の前が真っ暗になった。
吐き気がする訳でもないのにとっさに口元を押さえる。
「こ、来なくていいよ……来ないで……」
終わってしまうのが嫌だった。
だけど、どうしようもない。
私は弱虫だから、彼女にまた来てくださいなんて言えない。
友達になってくださいなんて、言えない。
自分がどうしたいかもわからないなんて、そんな筈なかった。
結局私は自分で決断するのが怖いだけ。
私が一人ぼっちなのは私のせいじゃないと信じ込みたいだけなの。
お願い来ないでメリーさん、会えばきっと私を嫌いになるから。
ずっと、ずっと私の電話越しのお友達でいて。
▼
「こんなところに住んでるなんてありえないわ……どうかしてるの」
呆れかえった声で少女は呟く。
ふわふわとウェーブのかかった金髪にエメラルドの瞳。
白とベビーピンクを基調にしたロリータファッションの少女は、まぎれもなく『メリーさん』。
最近頻繁に電話していた少女が住む五階建ての建物を見上げ、首を振った。
「確か三階に住んでるのよね」
トン、トン、トンと軽快な音を立てて階段を昇る。
階段はほこりっぽくてなんとなくざらざらしている。
「もう、汚いなあ……」
何人かの人とすれ違ったが、恐らく彼らは『メリーさん』である少女が見えないのだろう、愚痴をこぼす彼女を気にも留めずにすたすたと歩いていった。
「……ボロっ」
少女が住む部屋の前に立つと、無意識にその言葉が口をついてしまった。
こんなところにこもってないで出てくればいいのに、とつくづく思う。
電話は使わず、目の前の扉をただコンコンと叩いた。
声を大きめに、いつもの台詞を紡ぐ。
「あたしメリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの」
「……鍵なら、あいてます」
扉の向こう側から小さな声。
そうじゃないとメリーさんは首を振る。
「せっかく来たの。勝手に入ってなんて酷いわ」
「……」
ギィ、ときしみながら扉が開く。
電話の向こうの少女と、初めて顔をあわせる。
少女は言う。
「こんにちは、メリーさん」
メリーさんは言う。
「こんにちは、花子さん」
赤い吊りスカートに白いブラウス、肩から少し浮く位置で綺麗に切りそろえられた黒髪。
誰が見ようと《それ》だと分かるような容姿の少女は、目線を落としたままさらに頭を下げた。
「そんな陰気な顔しないでよ。おみやげ買ってきたんだよ、ほら」
メリーさんは右手に提げていた紙袋を掲げた。
海ガラスで作ったキーホルダーとお菓子と写真が入っている。
いつまで経っても自分の殻に閉じこもっている彼女の為にメリーさんが選んだものだ。
おずおずと紙袋を受け取り、中身を覗く。と同時に、固かった表情がふわりと溶けるようにほぐれた。
「綺麗でしょ? さっちゃんも選ぶの手伝ってくれたの」
ふふん、と得意げに微笑むメリーさん。
花子さんは小さく「ありがとうございます」と呟くと、またうつむいてしまった。
――元気でしたか?
――旅行、楽しかったですか?
――いつも何してるんですか?
花子さんの喉元まであがってきた言葉は、どれも途中でストンと身体の中に落ちていってしまった。
聞きたい事はたくさんあるのに、どれも声にはならない。
話しかけたい、でも出来ない。長い長い孤独の恐怖が邪魔をして言えない。
拒絶されたらどうしよう、受け入れてもらえなかったらどうしよう、そんな事ばかりが花子さんの脳裏を埋めていく。
「それじゃあ、あたし帰るわね」
「えっ」
ぴくりと花子さんの指先が動く。
メリーさんは当然でしょうと言わんばかりに肩をすくめる。
ふわふわの金髪が揺れた。
「ちゃんとお土産とどけたもの。もうすることないじゃない。あっ、お茶とかあっても出さないでよ、便所飯なんか絶対イヤなの」
そう言ってから「あ」というように両手で口元を覆った。
「……ごめん」
「あ、いえ、いいんです。ここほとんど人来ないですし、毎日窓開けてる訳でもないから汚いですよね」
――メリーさんは、どんなところに住んでるんですか?
「あ、の……メ…………」
思い描いた他愛もない言葉はまたしても消えていってしまった。
その間にメリーさんは適当な挨拶を述べて出て行ってしまったようで、そこにはもう誰もいなかった。
ギ、と小さな音を立てて無情にも閉まる扉。
何年もずっとずっと開けていなかった扉。
またこれからもひとりぼっちで過ごすの?――――
「――ッ、メリーさんっ!」
扉を叩くようにして開き、廊下に飛び出す。
右を見ても左を見てもあの子はいない。
「待って、待ってください! メリーさんっ!」
あたりを見回し、はす向かいに階段を見つけ駆け降りる。
叫んだところで花子さんの声は人間には届かない。
メリーさんにしか、聞こえない。
「待って――――!!」
金色の髪がふわりと揺れて振り返る。エメラルド色の宝石のような瞳が花子さんの黒い瞳を見つめる。
花子さんは肩で息をしながら、必死に言の葉を紡ごうとした。
「あ、あの、あの……っ」
唾を飲み込み、呼吸を整える。
浮かんだ言葉は最善だと納得できるものではなかったが、はっきりとした口調で少女は言った。
「わ、私、長谷川花子っていうんですっ」
言って、花子さん――長谷川花子は、口をつぐんだ。
本当に言いたい事は自分でも理解している。あとは言うだけ。
「だから、あのっ……わ、わた……私と、友達になってくださいッ」
自分でも驚くくらい、大きな声が出た。
頭の中が真っ白になる。
何故か泣きそうな顔をする花子にメリーさんはふわりと微笑みかけた。
「後ろ、見てごらん」
「えっ?」
黒い髪と赤いスカートをわずかに揺らし振り返る。
視界に飛び込んでくるのは灰色の石でできた校門、その向こうに今は青い葉の茂る桜の木にツツジの生け垣、小さな池、グラウンド、そして古ぼけた校舎、その向こうは雲ひとつない青空。
「……っ」
見慣れた風景。
だけど、初めて見るアングル。
羨ましくて羨ましくて仕方がなかった、世界。
「押してダメなら引いてみろってよく言うけど、その効果がよーく分かったの。ホントにその通りだわ」
肩をすくめて笑う金色の髪のお人形。
この世界の住人であるが一員でない存在。
それでも彼女には確かな居場所があり、それはとても暖かで柔らかくて、小さいけれどいろんな誰かと共有したくなるような、そんなもので。
差し出される右手。
少女は嬉しそうに笑って言う。
「あたし、メリーさん。だけどそれは製品名なの。『あたし』の名前は、エルティって言うんだよ。よろしくね」
黒髪の少女は差し出された右手を両手で握る。
あとからあとからこぼれて頬を濡らす雫は、かつてのそれとは別物のように暖かかった。