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(14)パンプキンシフォン

 さんさんと照らす暖かい日光の中。

 場所は学内からでた、誰も寄り付かなさそうな木陰の下。

 ブレザーも脱いでブラウスだけでもちょうどいい、今はそんな温暖な季節。色んなことがあって騒がしかったり楽しかったり驚いたりした修学旅行も終わり、あたしは日常という平和で何事もない日々に戻っていた。

 そろそろ夏服を用意しなきゃいけないかなーなんて考えて。また光と祐二についてきてもらって買い物にでもいこうかなーなんて思い付いて。呆然と先のことを気楽に考えながらのんびりと時間を歩んでいた、そんな日のことだ。

「好きです。……付き合って下さい」

「――へ?」

 まさか、こんな奇妙な展開に遭遇するなんて、少し前のあたしは、これっぽっちも予想していなかったわけで――。

 

 ------

 

「あったかいー……」

 日向ぼっこ。

 ブレザーを脱いで、ブラウス姿のままでだらーんと窓際の席に座りながらあたしは机の上にだらしない顔をのせ寝そべっていた。

 恥? 知るもんか。この気持ちよさは羞恥を超えるわけです。

「だーかーらー。ヒーローってのは実在するンだよ。ほら、この前の立て篭もり事件とか」

「あぁ、あの美女が立て篭もり犯を倒して被害者を救ったってやつか? ……俺は警察の誇張だと思うんだけどなぁ。犯罪防止とかに」

「でもそれが昔からだってンだからおかしいだろ?」

「まぁ、それは確かにな」

 楽しそうだなー。

 隣では、ケンちゃんと相良が昔から騒がれている都市伝説について話し合っている。昔から騒がれているヒーローは実在するかっていう話で。

 あたしは、そのままの格好で2人を見つめながら男の子ってそういうのやっぱり好きなんだな、とのんべんだらりと考えていた。

(……寝ちゃいそ)

 今は、ちょうど昼食を食べ終わったところ。みんなが待ち望む、お昼休みってやつだ。

 それで、ついさっきお腹がいっぱいになったあたしといえば、こうして満腹による幸せな余韻に浸っていたというわけ。

 ……ん?

 んー……でも、何か引っかかる。

 何かど忘れしてたことがあるような?

「あっ!」

「ん?」

 あたしの突然の奇声に、2人が同時にあたしを見つめた。

「そだ。そーだっ」

「どうしたんだ? 李緒」

 いきなりテンションの上がったあたしに向かって相良が訝しげな声をあげる。

「へっへー」

 それを見て、あたしはそんな風におかしな笑みを作ると、座っている自分の席の横に吊るされている紙袋を机の上に置いた。そしてその中の袋を取り出すと、

「じゃじゃじゃーんっ。家でお菓子作ってきたんだー。いっぱいあるから食べて」

 中から出てきたのは、小さな袋に入った、昨日暇つぶしに作ったシフォンケーキ。

 材料費は安いし、大量に作れるし、味はとっても甘くて美味しいしでいいこと尽くしなお菓子だ。まぁ、今回はケーキって言っても一口サイズなんだけどね。

「お、気が利くじゃン」

「でしょー。相良も、はい」

「ん、サンキュ」

 ひょい、とあたしから一つシフォンを奪い取るケンちゃんと、お礼を言って受け取る相良。

「それじゃ」

 そう言ってあたしは立ち上がる。右手には、小さな袋がいっぱい入った紙袋。

「あれ? お前もここで食わねーの?」

 そんなあたしの行動にケンちゃんが首を捻りながら問いかけてきた。

「あ、うん。みんなにもあげようと思って。最近新しいオーブン買ったから調子に乗って焼きすぎちゃってさー。……あ、もしかして。俺がいなくなったら寂しい?」

「そうなのか? 健一」

「ちげぇーよッ」

 おちゃらけてそう言うと、横で相良も乗ってくれる。それに対してケンちゃんが怒ったように手に持っていたシフォンを口に入れて噛み砕いていた。

 

(な、何これっ……!?)

 あたしが男の子たちに適当にシフォンをあげに回った後、女の子たちが集まっているところに目を向けると、何やら楽しそうに円形に囲って手先を動かしていた。

 ……怪しい。何かの宗教活動みたいだ。

 ま、まさか。新しい占いの儀式!? 女の子ってそういうのに敏感だから……!

「や、やっほ」

 あたしは、微妙にびくびくとしながら軽い挨拶をする。そうすると、一斉にあたしへと彼女たちの視線が向いた。

「あ、李緒クン」

 まず、初めに言葉を発したのはショートヘアで綺麗な顔をした少女――千代だ。彼女も、何やら同じように輪に交じって怪しい事をしている。

(この儀式、一体何してんだろ……)

 そう思いながら彼女たちに近づき、中心を見る。

 すると、そこには生け贄の正体がいた。

 ちっちゃくて、髪の長い可愛らしい少女――それは、みぃちゃんだった。彼女は微妙にあたふたしながら、このおかしな状態のど真ん中にいる。

 そして、もみくちゃにされていた。

「……えーと、何してんの?」「見てのとおり。みぃちゃんの髪いじってるの」「あ、あぁ、そっか」「李緒クン、何だと思ったの?」「や、やー。別に……?」「平西クンもやるー? 楽しいよ?」「え、いいの?」「えっ……り、李緒クン……が?」「どんな髪型がいいかなー」「んーと、三つ編にさせてヘアピンで束ねてアップしたりとかみぃちゃんに似合いそうだよね」「あ、あの……」「あ、それいいねー。よし、早速やっちゃおー」「ん。あ、俺がやってもいい?」「え、えぇ……っ」「あははー。冗談だって。俺そういうの得意じゃないしー」「できたらしたの?」「したかも。あ、そうだっ。はい、これみんなにあげる」「何々? あ、ケーキ」「え、ほんと? ありがとーっ。これ手作りだよねぇ?」「ほんとだ。おいしそー」「食べてみてもいい?」「おいしいーっ」

 どうやら、真ん中にみぃちゃんがいたらしい。みぃちゃんはちっちゃくて可愛いので、周りに人が囲むと時々見えないことがある。で、長くて綺麗な彼女の髪を弄って遊んでいると。みぃちゃんには悪いけど、これはしょうがないなぁ、と。髪を触られるのは、髪が長くて可愛い子の宿命です。

 そんな風に、理不尽なことを思いつつ、みんなと一緒にお話をしてて、ふと思う。

 ――なんだか、物足りない。もう、致命的に何かが物足りないっ!

「……あれ?」

 そこで、気づいた。

「ところで、光は?」

 そう言えば、いとしの光がいないのだ。見渡した限り、どこにも。

 そんな問いかけを拾った千代は、あたしに向かって話しかける。

「光なら、何か知らないけど用事があるからってご飯食べた後どこかに行ったわよ」

「ふぅん? そっかー。ちょっと話したい事あったんだけど……まぁ、別に帰りでもいいかな」

 そうあたしが呟くと、お洒落眼鏡がチャームポイントなトモダチが「あ」と思い出したようにいった。

「私ついさっき窓から見たんだけど、裏の花壇のほうに出て行くの見たよ。一人だったし、どこに行くのかなーなんて思ってたんだけど」

「え、ほんと?」

 それは予想外。

「うん。何だか難しい顔してたけどなんだったのかなー」

「ありがとー。探してくる」

 あたしは、すぐ見つかるかな、と思い立ち上がる。

 難しい顔? 一人?

 もしかして光、お腹痛くなってトイレへ――や、や。光はもんのすごく可愛いから欠伸もしなければげっぷもしない。トイレなんてなおさら行きませんっ!

 ……って、トイレくらいは行くか。去年までは一緒に行くのが習慣だったし。ていうか、それ以前に向かった先が学外だったら腹痛ってこともありえないだろう。どうしたのかなー?

 そんな馬鹿な思いを胸に、あたしは最後にとっておいた小さな光用の袋を手に、教室を出たのだった。

 

「どっこかなー。光……」

 ここは学校からちょっと出た、中庭の花壇の前の長椅子。あたしは今、光が見つからないので花壇の近くにある木製の長椅子へと座っていた。隣には光用のシフォンが入った小さな袋。

 ここら辺に来たって聞いたから来たんだけど、いない。どこにも見当たらない。もしかしたらすれ違いに中に入っちゃったんだろうか、と思う。

 せっかく外まで出てきたのに、残念。

(でも……)

 中庭の芝生の部分を見て、気持ちよさそうだなぁ、と思う。

 外は思ってた以上に暖かくって、気持ちいい。男は外に出すぎたら毒だとはいえ、恥もへったくれもなければ、今すぐにさっきの寝そべりの続きを開催したい気分だ。

(もうちょっとうろついてから探そうかな……それからまたあの日当たりのいい席で)

 むふふと気持ち悪く笑うあたし。

 そんな風に、呑気に今から行う動作を考えていたとき、小さな風がふわりと流れてくる。

 あぁ、気持ちい――。

「――――」

 ――い?

 誰か、男か女かもよく分からないけれど、小さな会話のようなものが風に乗って聞こえてきた。

(もしかして、光?)

 そう思ってすっと立ち上がる。そして、そろり、そろりと声の聞こえたほうへと向かった。聞こえてきた方向はまだ探していない、花壇の裏の校舎の方向だ。

 そこは、人があまり寄り付かなく、校舎の窓からは見えない場所。

 もしこんなところに光がいるんだったら、何してるんだろ、と思って軽く角から覗くと――やはりというか少女の可憐で可愛らしい後ろ姿が見えた。

「ひ――」

 光、何してんのー? と、あたしは彼女に遠くから呼びかけようとする。

 だけど、その時。

「好きです。……付き合って下さい」

「――へ?」

 突然の、そんな熱っぽい声が聞こえてくる。

 それは低い、男性の声で。あたしはさっと校舎の角に隠れると、こっそりと顔だけだして中を覗いた。

(ま、まさかこれ告白現場ってやつですかー!?)

 気づかなかったけれど光の近くには男らしい男性が一人いたらしい。遠くからだからよく見えないけれど綺麗に鼻筋の通った、中々の美形だということが分かる。そして、その高い身長と三年生だという証の、黒いネクタイから一つ年上の先輩だということが分かった。

 光がモテてるのは誰よりも知っていたけれど、こんな告白現場に立ち会ったのは、初めてだ。

 あたしは、光の反応を待つ。もしあたしが光だったら、一年前までは心躍るようなイベントである。

 光、どうするんだろう。やっぱり、断るのかな、なんて思っていると、

「……ごめんなさい。申し訳ないですけど、初対面の人とは付き合えません」

 案の定、光は申し訳なさそうな声で先輩へと断りの返事を告げた。

「そう、か。……じゃあ友達からじゃ」

 振られて、なおも食い下がろうとする先輩。

 そこまで光のことが好きなんだろうか。確かに分かる、というか、光は歩いているだけで人を虜にしちゃうほどの可愛らしい子だから、当然といえば当然なのかもしれない。同性のあたしからもそう思ってしまうほどだから、よっぽどだと思うし。

「好きな人、いますので」

「そうか……」

 光の、きっぱりとした口調。

 知っている、あたしは光の好きな人のことを。

「それじゃあ……私なんかに好きだなんて言って下さり、嬉しかったです。失礼します」

 やばっ……。

 光がこちらに向かってきたことに気づき、あたしは急いでそこを立ちさった。

 こんなとこ見られたら後で何言われるか分かんないよ。普通、こういうシーンって他人に見られたくないもんだよね。

 それに、覗いた罪悪感が、今更でてくる。そして、なぜか告白時からずぅっと胸を痛ませる、嫌な気持ちも。

 後者に対して何故だろう、と首を捻りたくなりながらあたしはもう大丈夫だと思える場所まで、スピードを落とさず早歩きを止める事はなかったのだった。

 

 ******

 人通りの少ない校舎の裏側の道を歩きながら、少女は早くその場から立ち去りたいと願った。

 私は、小さくため息をつく。

 好きでもない人に告白されても、嬉しさ以上に困るのだ。私は、片思いの辛さを知っているから余計に。

 私なら彼から想いを断ち切られたくないから、だから告白なんてできない。まだ、勇気なんてでないのだ。今以上の関係になりたいけれど、断られたらもう、終わりだ。諦めるつもりはないけれど、やはり辛い。そして、今のままではまだ断られるのくらい分かってる。彼は優しい人だから、きっと。

 だからこそ、思う。

 あの先輩はきっと勇気を振り絞って告白してくたのじゃないだろうか。

 それを断るのは正直、胸が痛んだ。

 校舎の中に入れば少しでもこの嫌な気持ちが紛れる。彼の顔を見る事ができれば、きっと。

 そう思い、中庭まで出たときだ。

 彼女は木製の長椅子に乗った小さな袋に気づく。

(あれ、何かな……?)

 少しの好奇心もあったけれど、包みが私の愛する友人がいつも使うポップなクマのイラストが小さく入った袋に似ていたからだ。

 近づいて、中を開けた。鼻腔を甘く美味しそうな香りがくすぐる。

(……これは)

 胸が高鳴る。

(これって私の大好きな――)

 その瞬間には、彼女の中で嫌な気持ちはすっきりと消え、そこには幸福感だけが漂っていた。

 

 ****** 

 最悪。

 あたしは苛立ち紛れに手を動かす。あたしの両手にはテレビゲームのコントローラーがある。

 どうしてこんな気持ちになるのかが理解できないけれど、独占欲からからだろうか、と今更ながら思った。

 あの後帰り、あたしは光と帰っていたのだけれど、いつもよりもテンション低めに対応してしまったように思える。彼女は何も言わなかったけれど、もしかしたら内心嫌に思っていたかもしれない。それに、今頃気づいたのだけれど長椅子にシフォンケーキを置いたままだ。あの時は急いでたからかすっかり、忘れてしまっていた。

(明日行ったら腐っちゃってるだろうなぁ……せっかく、アレだけは手間かけて作ったのに)

 あたしの目に映るのは、あたしの部屋とは違う薄いパープルの壁紙。壁には有名な男性アイドル歌手のカレンダーが貼ってあり、テレビラックの中には何が入っているか謎なラベルの張られていないDVDがたくさん置いてある。そして、他にあたしの部屋とは違う特徴を述べるとあんまり物がない。テレビとか、本立てとか、あるものといえば女の子と比べると比較的実用的な、そんな部屋。

 そう、ここは私の部屋じゃない。弟の祐二の部屋だ。

「兄ちゃん、告白でもされたのか?」

 そんな問いを、弟と一緒に新作のゲームをしているときにされた。

 ぽかんと、あたしは祐二を見つめる。

「……えーっと、祐二クン。とりあえず聞くけどなんで知ってるの、かな?」

 丁寧にあたしが問いかける。

 まさか……まさかまさかまさかまさかまさか!

 そんなおかしな曲解した噂が、学校に広がっているんだろうか。

「別に。んな難しい顔してゲームしてんだから、何かあると思うのは当然でし――おっし、スターゲットっ」

「お、おまっ、ずるいっ。……や、俺じゃないんだけどさ。告白されたの」

 男の子からの告白なんて、生まれて一度とすら経験した事などない。そう、あたしはモテないのだから!

 ……自分で言ってて何だか悲しくなるけど。

「先輩?」

 その言葉に思わず驚く。

「……そ。なんで分かったの?」

「まぁ、先輩は昔っからよくモテるし……兄ちゃんもおちおちしてらんないんじゃないのー? 彼氏でしょ」

 まぁ、それもそうか、と思い、そして祐二の口からでたその発言にため息をついた。

「や、だからね? 俺とあの子はそんな仲じゃないって」

「ふーん?」

 全くどうして信じてくれないのだろうか。やっぱり、あれか。入学式のときの、あれなのか。

 確かにセクハラはしたけど、いい加減勘違い止めて欲しい。なんていうか、悲しくなるから。

「てか。付き合ってないんだったらさぁ、なおさらじゃない?」

「へ?」

 どういうことだろう、と思い首を捻る。

「だってさぁ、あの先輩だよ? いつか、とられるかもしれないじゃん。そうなったら、どうすんの?」

「俺は……」

 あたしは、一体どうしたいんだろう。

 独占欲なんて言葉で、光の恋心を邪魔したいのか。

(それとも……)

 あたしが思案していると、祐二が軽くあたしの肩をつついた。

「何?」

「あのさ兄ちゃん」

 あたしが首を捻ると、祐二は目の前のテレビ画面を指差した。

「……さっきから逆走してんの気付いてる?」

「えっ!? あっ。やばーっ!!?」

 いつの間にか、画面の端っこには赤いランプが。

 思いっきり逆走していたのに気づき、すぐにコントローラーの十字キーボタンを弄る。

 そして、結果は最下位と惨敗だった。

 

「あーっ、もうやだやだっ!」

 あたしは、木製の柔らかいベッドにダイブすると、大きい枕に顔を思い切り押し付けていた。先ほど祐二とレーシングゲームをやっていて、惨敗したことが理由ではない。それはもっと重大な事が理由で。

 でも、考えても答えなんてでない。いや、もう答えなんて出てるのかもしれない。

 けれど、踏ん切りがつかないのだ。

 ――ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるっ。

「わぁっ!?」

 突然のポケットからくる震えに驚いてベッドから飛び起きてしまう。

(ななななな、何? ……って、メール?)

 震えている原因を取り出すと、それはクマのストラップだけがついた、飾り気のない携帯電話。

 サイド画面を見ると着信、本条光とだけが書いてあった。すぐに画面を開くと受話器ボタンを押し、耳に当てる。

「えっと……もしもし」

『もしもし。李緒? 私だけど』

 ありきたりな電話時の挨拶。

 それを交わしながら、一体なんなんだろうか、と思う。光は普段大抵用事のときもメールだから、今回のようなことは珍しい。

『……今日、ね。お昼のとき、見てたでしょ』

「あ……うううう、うん」

 動揺するあたし。

 耳元に聞こえてきた聞き心地のいい綺麗なソプラノの声に頷いた。

 まさか、そのことで?

 罪悪感が押し寄せてくる。

「ごめん。見るつもりはなかったんだけど」

『分かってる。……断ってたよね。私』

 どうやら、文句を言われる事はないようだ。

 と、いうか光はそういう性格じゃないから、当たり前か。

「うん。にしても、光モテモテだねー。あんなカッコいい先輩にも告られて」

『意味、ないよ。傷つけるだけだし……それに私好きな人いるって言ったでしょう?』

 努めて明るく言うと、申し訳なさそうな声で光は言う。

 そして、あたしはその時思った。

 聞いてみたい。

 光からの誰なのか口から聞いてみたい。だってあたしはまだ、光の口から相良が好きとは聞いていないのだから。

 それは、ちょっとした疎外感からくるもの。

「……相手、誰なの?」

『まだ。……秘密』

 口ごもるように言う、光。

 あたしは少し残念に思いつつ、しょうがないか、と本音でもあり、真逆でもあることを告げた。

「そっか。俺さ、恋ってよく分からないから、下手なアドバイスなんてできないんだけど。頑張って、ね」

 今はまだ頑張ってとしか言えない。協力するなんて、言えないのだ。

『李緒』

「何?」

『恋の意味、教えてあげようか?』

「え?」

 意外な光からの言葉に驚く。

(恋の、意味……?)

 そして、光はゆっくりと、噛み締めるように語りだした。

『恋っていうのはね、その人のことが好きで好きで堪らなくなることなの。一人でいるときはその人のことばっかりが浮かんできて、いつだって頭の片隅から離れない。ずぅっと一緒にいたいって思って。理性なんてなければ今すぐ触れ合いたいとも思って。ウサギは寂しくなったら死んじゃうって言葉あるよね? あれと、一緒だよ。私だって、その人がいなかったらきっと今すぐ、死んじゃう。いつもね、その人はいつまでたっても気づかないけど、隣にいるだけですごくどきどきしてるの。好きで好きで、堪んないのよ?」

 まるで告白するように、噛み締めて言う光。若干声が震えていた。

 もしかして今、光はあたしを相良と見立てて告白している気持ちなのかもしれない。

「それじゃあ、ね。例えば。例えばの話だよ? その人に、好きな人がいれば……?」

 相良には好きな人がいる。それはきちんと分かってる事実で、光にとっては知らない事。

 光が諦めるだなんて言ったら、もうその事を告げて諦めてもらおうかとも思っていた。

 でも、

「絶対、渡さないよ」

 光は力強い声できっぱりと言い切る。

「……愛してるもん」

「そっ、かぁ」

 光は相良のことが好き。それは、知ってる。でも、今までは独占欲が2人を結び付けて欲しくないと言っていた。

 でも、でも。光がこんな真剣な口調で、こんな告白じみたこというなんて。

 ――もう、こんな身勝手な独占欲は、いらない。

 今までの、胸の中のもやもやがすっと消えたように思える。

 あたしがそう決心した後、急に楽しそうに光が弾んだ声を出した。

「それとね、私が今日電話したのはね? 李緒」

「……何?」

 そんな変化に、不思議になって問いかける。

「パンプキンシフォン……美味しかったよ。また作ってね」

「へ?」

 もう一度、光は言い直した。

「美味しかったよ、今日李緒が作ってくれたやつ。すっごく。ほんのり甘くて、すっごくタイプだったの」

「……ほんとっ!?」

 あれ、食べてくれたんだ……。

 置いといて、今頃腐り始めているんじゃないかとばかり思っていたけれど、どうやら気づいて食べてくれたみたいだ。

 光の大好きな、かぼちゃ入りのシフォンケーキ。

(作って、……正解だったなぁ)

 あたしは幸せいっぱいで新たな決意を胸に、思い切り胸を張って言った。

「今度は、もっと美味しいの作るからねっ」

 光の恋が、いつか結ばれますように……。

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