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(13)夢の続き

 修学旅行の最終日。

 それは基本自由行動が主体となり、生徒にとって特に好きずきの場所へ移動できるという楽しい日和。そして、最終日ということでみんなのテンションもうなぎ登り。絶対に楽しい、ということは保障済みな日。

 そう、修学旅行の最終日っていうのは、そういうものだ。

 しかし。

 しかし、だ。

 今日も運良く晴れ――気付かなかったけれど、昨日の夜は雨が降っていたそうな。だから、ちょうど深夜中にやんでくれたおかげでラッキー。これで懸念なく修学旅行最終日というイベントを楽しくおくれる、と起きぬけだったあたしは喜んでいた――なのに。

 残念なことは昨夜とある理由で眠るのが遅くなってしまい、寝不足なことと。

 ――ピピピッピ。

「三十八度五分ね。結構、高熱だわ……。平西クン、残念だけど今日は部屋で休んでなさい」

 思いっきり、風邪をひいてしまっていたことだった。

「ま、まじですか……?」

 椅子の上から身を乗り出して、人の良さそうな柔らかい顔立ちの女性に問いかける。

 すると。

「まじです。おおまじ」

 きっぱりと、あたしが入学したのと同時期に転任されてきた保険医のセンセは首を縦に振って肯定する。

「や、でも俺全然元気っていうかっ。ほ、ほらセンセ」

 何度かジャンプして自分は元気なんだ、とアピール。修学旅行中、部屋で寝てなさいとか言われたら、普段能天気なあたしでもさすがに凹む。あたしが必死なのを見てか、センセは小さく息を吐くと。

「……それじゃあ、その場で三周だけ回ってみて。それで大丈夫なら行かせてあげてもいいけど」

「ホントっ、センセ!?」

 あたしはそれくらいなら、と思う。だって、熱はあってもそんなにしんどくはないから、回るくらい動作もなくできると考えたのだ。

 くるくるくる。

 回る、回る、その場で三周回る。

 ほら、全然なんとも――。

 ぬか喜び、そう、ぬか喜び。

「――あ、あれ?」

 くらり、と身体が揺らめき、椅子にへたりこんでしまう。そして、頭にくらくらとした酔いがまわってくる。普段なら、全然へっちゃらなのに、だ。

「言わんこっちゃない。今日は自由行動でしょ? つきっきりで診てるわけにはいかないし、残念だけど、ね?」

 センセは優しく諭すようにあたしに言う。

 そしてあたしは。

「……はぁい」

 さすがに駄々っ子のようにヤだヤだっていうのも恥ずかしいので、決まり悪げに頷いたのだった。

 

(つ、疲れたぁああ……)

 精神的にも、体力的にも。

 それはついさっきまでクラスメートに風邪ひいたことを隠しながら一緒に朝ご飯を食べていたことと、その時一緒に回ろって言って誘ってくれるトモダチの誘いを断っていたりしていたりしたこと。

 ……うん、疲れた。

 そして、考える。

(――さて)

 さてさてさてさて。

(どうしたものかなぁ……)

 やることがない、というのはいいことであり、悪いことでもある。

 ここは保険のセンセが借りている部屋で、トモダチはもちろん、彼女も今職員会議中で部屋を空けており、ここにはいない。そしてあたしといえば、センセに寝てなさいと言われたため部屋をこっそり抜け出してトモダチに会いに行くわけにもいかず、布団の中にくるまっていたのだった。最後に、現在部屋にはあたしみたいな境遇の生徒はいないようで、この広い部屋の中で一人ぼっち。

 とっても、暇だった。

(まぁ、悩むことはいくらでもあるんだけど……)

 そんな風に考えながら、ちくしょー、と誰も見ていないのに寝たままの格好で腕を目の前にやって泣き真似をしてみる。むなしい。

 そう、悩むことはいくらでもあるのだ。例えば、まだ食べ残した北海道名産のお菓子があったのにー、だとか。あの気持ち悪いようで可愛らしいと評判のマリモ人形、どんな顔で祐二に渡そうか、とか。

 そして、他には。

(……昨日の光とのこととか、ねー)

 今日の寝不足の原因。

 昨日光に、夜中押し倒されて、ちゅーされかけて、ドキがちょっとむねむねした。

 ま、まさか、光に胸がときめくとか、……あり得なすぎる。

 確かに、光は可愛い。うん、世界一。あの愛らしい容姿、愛くるしい仕草。それで、性格まで可愛すぎるから、抱き締めたくなることなんてしょっちゅうだし、押し倒したくなることもしばしば。でも、そこには親愛はあっても決して情愛はなかったはずで。

(う、あ……)

 そこで、くらりと今更ながらにひどい目眩に襲われる。

(なんだか変なこと考えてたら本気でしんどくなってきたし……)

 しんどい。

 こりゃ自由行動行かなくて正解だったかもしんない。途中で吐き気とか催したら、みんなの迷惑だしね。

 ――そう思ったとき、ぴんときた。

(あ、そーいう……ことか)

 その時、昨日の疑問は晴れた。

 たんに、あたしは、あの時から風邪だったんだ。

 思えば簡単なことだ。きっとあの時も風邪をひいていて、正常に身体が機能していなかったんだと思う。現に、今も胸を抑えると、いつもよりも速く鼓動していることが確認できる。

(悩んで、損した。……それに、女の頃から男っぽかったあたしでも、さすがに女の子に恋なんてしないって)

 そんな簡単なことに気づかなかったとは。

 そう思うと、あたしはぐったりと、今までよりも深く布団の中に入るとぎゅうっと目を閉じる。

 そして、あたしはそのままゆっくりと、喉に引っかかっていた小骨がとれた気分と徐々に酷くなってきた倦怠感にとらわれながら意識を飛ばしていったのだった。

 

 ◇

 近くには、小さな鞠や野球ボールが転がっている。そしてあたしが寝ている隣にあるのは、今となっては見つからない昔大事にしていた熊の縫いぐるみ。

 ここは小さい頃のあたしの部屋、だろうか。

 ということは……これは、夢?

 滅多に引かない風邪なんて引いてしまったから、昔の夢なんて見ちゃったんだろうか。

「りっちゃん。大丈夫?」

 愛らしい、小さな男の子があたしの目の前にいる。

 彼は小さな手で、あたしの頭を撫でてくれていた。

 気持ちいい……。

「うん。――くんが来てくれたから」

「よかった……。りっちゃん、おタオル替えるね……?」

 ぴたりとひんやりとした感触が頭に伝わる。

「ありが、と――」

 知っているけど、知らない。名前が、思い出せない。……彼は、誰なんだろう?

 もっとよく見せて。もっと。

 ――しかし、悲しくもそこで夢はぷつりと途切れてしまった。

 

 ◇

 あたしは、その時おでこのひんやりとした心地よい何かによって眼を覚ました。

(あ……れ?)

 目を覚ました、と思ったのだけれど、そこには依然として変わらない少年が一人。顔は、やはりボヤけていて見えない。

 先ほどまで見ていた夢の内容は既に消えようとしていたけど、その時はしっかりと覚えていた。

(まさか……)

 ぼやけた目をぱちぱちと瞬いて視界がはっきりとするように促す。

 ……これは、夢の続き?

 じゃあそこにいるのはもしかして――!

 何か、よく分からない淡い期待を胸に秘めて何度も目を瞬くと。

「あ、あれ、さ……がら?」

 ボヤけていた視界が急に綺麗になる。そこには、目を細めてあたしを見つめる彫りの深い端正な顔立ちの少年の姿があった。

「と、起きたのか……?」

 あたしはこくりと一度だけ頷く。

 あたしの反応を見て、そうか、と相良は微笑んだ。

 どうして、相良がここに……? それにあたし……。

 先ほどまで思っていたことが、すっかりと忘れてしまっていた。どうしてあたしはあんなに……まぁ、いっか。

「水あるけど、飲めるか?」

「んー……? あり、がと」

「ん」

 ミネラルウォーターの入ったペットボトルを手渡され、お礼を言いながらキャップを回す。そして起き上がろうと腰に力を入れた――けれど、上手く力が入らず、起き上がることができない。どうやら、熱のせいで全身の力がぬけているらしい。

「ええっと、あの……」

 どうしようかと考えていると、突然相良が首に手を入れてきて――。

「――え」

 あたしの持っていたペットボトルを奪うと、そのままあたしの唇へとペットボトルの口を近づけていった。

 唇にペットボトルの口が触れて、こくり、こくりとゆっくりあたしの喉を通っていく無香料で無味の液体。

「もう、いいか?」

 相良が何でもないように問いかけてくる。一瞬、ぼけっとして相良を見つめていたあたしは――。

「お、おまっ、なんて恥ずかしいことを……!」

 かぁっ、と顔に血液が集中し出す。どうやら頭にはミネラルウォーターの冷たさはいかなかったらしい。

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい、悶え死ぬっ!!!?

「ったく……しょうがないだろ? 李緒、飲めそうになかったし」

「う、うー……」

 頬を掻きながら、さらりと悪気もなく言う相良に、あたしは何も言えない。そして、恥らっているあたしを見てか相良は口元をにやりと曲げると。

「何なら口で飲ましてやっても良かったんだけど?」

「ばっバカ、相良の変態! 痴漢!!」

 大声で言うと、耳が痛そうに相良は顔を歪める。あたしだって喉が痛い。風邪なのに。

「あ、あのなぁ……それは言いすぎだろ。どうせ男同士なんだし……」

 それを言われて、あたしは黙り込む。

 そ、そういえば。あたし、もう男なんだからあれくらい相良にとったら普通なの……? へ、変なのあたし?

 あたしがさっきの非礼をいちおう謝ろうかと相良を見つめると、彼は片手で濡れタオルを摘まんで、突然もう片方の手のひらをあたしのおでこに当てた。

 つ、次は、何っ!?

「でも」

 濡れタオルとは違うひんやりとした感触が頭に気持ちよく伝わってくる。相良は。

「ん。もう大丈夫みたいだな」

 そう言って爽やかに微笑んだ。どうやら熱を測っただけ、らしい。

(――っていうか)

 は、恥ずかしすぎる! 神様、助けて……!!

 あたしは気恥ずかしさにまた、悶えた。

 どうしてこの色男はこんなこっぱずかしいことをさらりと言うことができるんだろうか。やっぱり顔が良くなってきたらこんなことも普通に言えるようになるもんなの? そうなのっ!?

「な、ななななんで相良、こんなとこにいるの? っていうかセンセは?」

 そんな、恥ずかしい思いから離れるべく、とりあえずあたしは差し当たりのなさそうな話題を相良に振る。

 かなり、どもりながらもそう言うと、相良はあたしの額から手を離して。

「あぁ、先生はさっきまでいたんだけど、俺が来たら任せたって言って行っちまったんだよ。保険医って忙しそうだしな」

「え。俺が風邪とかっ、……どうして分かったの?」

 そこで、気づく。

 一体どうしてあたしが風邪ってことを知っているんだろう。ちゃんと、誰にもばれないように朝食のとき隠していたはずなのに。

 そうあたしが言うと呆れたように相良は言った。

「あのな李緒。お前、分かりやすすぎ」

「え?」

 あたしの間抜けな表情が面白かったのか、ぷっ、と相良は吹き出す。

「自分が一人百面相だって知ってるのか?」

「ひ、一人百面相!?」

 何、それっ。

 確かにあたし、馬鹿だから顔に出てたかもしれないけど、……そんなに!?

 相良はもう口元を抑えて笑ってしまっている。一通り笑い終わると、ゆっくり息を吐いて。

「で、お前が具合悪そうにしてたから気になってメール送っても返って来ないし。来てみたら案の定ってわけ」

 その声で枕元にある携帯電話へ視線を移すと、サイドディスプレイが点滅していることに気づいた。しかも、色から相良からのものだと分かる。

 そう言えば、マナーモードにしてたんだった……。

「でも、修学旅行なのに。最終日なのに……」

 事態に気づいて、急に罪悪感がつのる。相良だってあたしと同じように修学旅行最終日を楽しみたかっただろうし。高校生で一番の思い出作りの機会だ。あたしと違って大人っぽい相良でも、そういうのは大事だろうと思うし。

 そんなあたしの台詞を聞くと相良は。

「バカ。お前が辛そうだったのに、楽しめるはずないだろ?」

「――――っ」

 歯の浮くような台詞をあたしに向かって言い放った。

 ううう。それ、もしあたしがまだ女だったらときめきもんだぞ!

 今日の相良は、とっても心臓に悪い。たんにトモダチが辛そうだったら助けてやるのが普通って言う意味なんだろうけど、元女なあたしからしたら、とっても心臓に悪い。

 今日は悶える日。そう、悶える日。風邪でも悶えたし、相良でも悶えたし。なんというか、悶える日。

「そうだ」

「え?」

 そんなふうにあたしが内心悶えに悶えていると、相良は思い出したように言った。

「一つ、聞きたいことがあったんだ」

 まだ何か恥ずかしいことでも? と思ったんだけど、今までと違い相良の表情は驚くほどに真剣で。その口調は、とても真摯だ。

 相良がこんな顔をするのも珍しい。思えば、あの相良と仲良くなった日サッカー部に誘われたのと同じような表情。

「……勘違いかもしれないけど、ずっと思ってたんだ。李緒、お前もしかして――」

 ゆっくりと、噛み締めるように言葉を口から捻りだしていく相良。

 一体、なんだろう。

 そう思いつつ、聞き耳を立てたのだけれど。

 ――ガチャン!

 その声は突然の騒音によって遮られた。一体誰、とあたしと相良は視線をドアへと移す。

「り、李子っ、風邪引いてたってほんと!?」

 すごい剣幕でやってきたのは――意外にも光。髪も乱れていて息も絶え絶えで、急いできたのがすごく分かった。

「ひ、光落ち――」

「李子大丈夫なの!? 朝しんどそうだったから試しについさっき先生に聞いてみたら高熱だって――」

 マシンガントークのような口調で一気にまくし立てる光。よっぽど心配してくれているんだろうか。その態度に嬉しさを感じつつ、やっぱり相良の言うとおりあたしって一人百面相なのか、と思いつつ。

「お、落ち着いて光、全然大丈夫だから。それに」

 さ・が・ら・が! と口パクで相良から見えないように伝える。あっ、と口を抑えて驚く光。

 さすがに相良の前で李子って呼ばれたら驚いちゃうってもー……。

「えっと、まぁ……いいや。それより、相良。さっきの話の続きって」

 あ、あ、あ、とパニックを起こし始めた光は時間がたったら戻るとして、とりあえず、さっきの重大そうな話の続きが知りたい。

 あたしは視線を移し、相良に問いかけると。

「ん? ああ、いや、……また今度でいいかな」

「……そう?」

 気になるけど、まぁいっか。光が近くにいたら話せないことなのかもしれないし、ね。

 

 ******

「李緒、帰りは隣同士になれて、良かったね」

「ん、そだねー。あ、あれが百万ドルの夜景ってやつだよねっ」

 隣では彼の親友と、可憐な少女が小さな声で楽しそうに話している。

「(李……子。まさかとは思ってたけど、やっぱり……)」

 人知れず、彼は小さく口の中で呟く。飛行機の窓から見える夜景は、酷く煌びやかに思えた。

 

 ******

 時はたって、今は地元まで飛行機で戻り、真っ暗がりの中、ジュースの自販機の前で光と二人っきり。

 それにしても。

「もー、びっくりしたよ、光ってば。相良の前で李子って」

「だって、……心配だったんだもん」

 拗ねたような表情で光はそう答える。

「……可愛いなぁ。ほんと」

 なんといういじらしさ。悶えた。

 あたしは軽く二度、光の頭を撫でたのだった。

 これで、あたしの北海道二泊三日修学旅行は終わりを告げる。最後に、言っておかなければならないことと言えば、パニックを起こした光はひっじょーに可愛らしかったことと、夜の飛行機から見える夜景は最高だったってこと、……かな。

 にしても、相良何が言いたかったんだろ?

 やっぱり、最後まで聞いておかなかったことを後悔するあたしだった。

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