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(12)ご乱心ですかーっ!?

「……ねぇ、二人とも。どうして、抱き合ってるの?」

 何やら面白くなさそうにあたし達を見て呟く、千代。それにともなってみぃちゃんの視線もあたしに注いだ。

 ――光に感謝しすぎちゃったから、つい抱きしめちゃったんだ。

 あまりにも、直球すぎる気がする。

 アニメや漫画の世界じゃあるまいし、感謝感激のあまり異性を抱きしめるなんて人間そうそういないと思うから。っていうかいたら世界中セクハラという四文字で埋め尽くされるだろうしね、きっと。かといって、俺たちつき合ってるんだ、みたいな、あたしが男になったくらいに有り得ないことを言ったって信じてもらえるはずがないし。しかも、それだと光に嘘つかないで、って言われて嫌われちゃう可能性もある。そんなの、嫌。

 ……じゃあどうしろと。あ、あたし、光を襲ってるつもりなんてないんですがー?

「えとー、その」

 どう言い訳、もとい誤解を解けばいいのやら。正直、この年で犯罪者にはなりたくなかった。

(や、ヤバイかも……)

 あたしは背筋に軽く冷や汗を掻きながら腕の中にいる光に助けを求めるために下を向く。

 けど、光も、嘘は苦手なはずで。正直者な光のことだからきっと表情に出るか、それか何も返せないんじゃ――。

「別に、二人が思ってるようなことじゃないよ」

 ――あれ?

 そう、思っていたんだけど。なんと驚くことに光はにこりと天使のような微笑みを浮かべていた。

「二人とも、私が怖がりなこと知ってるでしょ? それでちょっとしたことがあって、抱きついちゃっただけ。ごめんね、李緒。ですよね、高木先生?」

 光は先ほどとは違い何の怯えもなくりゅーくんセンセに話をふった。ふられたりゅーくんセンセは突然のことに驚いたのか、それともさっきまで怯えられていた光にそんな表情をされて、やっぱり驚いたのか、ぽかんとした顔をしてから一度だけ頷いた。

「そうそう。ひぃちゃんったら俺の笑った顔見て怖がっちゃったんだよ。酷くない?」

 おどけたようにりゅーくんセンセが頭を抱えていかにもショックという表情をする。それを見た睦美さんはくすりと小さく笑うと。

「それは災難でしたね、光さん。この人ほんとヤンキー顔で」

「ヤンキーいうなっ」

 それに乗ってくれていた。彼女はそんな様子じゃなかったって、見てて知っていたはずなのに。

 誤解が溶けてくれるまであと一押し。

 あたしは、内心でほっと息をついてから。

「そういうこと、なんだよ……ね」

 内心申し訳ない気分でいっぱいだったけれど、精一杯平静を整えてから、分かってくれた? そう言うようにあたしも視線をあげる。すると、あたし達を不審そうな目で見詰めていた二人は曖昧な表情で頷いてくれていた。

(ほんっと、光のおかげで助かっちゃったなぁ……)

 そう思いながら、あたしは天使のように微笑んでいる光に視線だけで感謝の念を送っていた。

 

 ブレスレットやペンダント、他には大きな勾玉のついたイヤリングなどが壁一面に飾られている部屋の中で、その中心に置かれている木製のテーブルの椅子に座りながら、私たちは談話に耽っていた。

 先ほどの工房の中ではなく、この展示室のようなところにいるのは私と、みぃちゃんと、睦美さん。

 李緒クンと、光と、あの厳つい顔をした先生は装飾品作りのちょっとした仕上げらしく、三人で違う部屋へ行っている。ついていっても良かったのだけれど、その部屋は非常に狭いらしく、私たち三人は展示室で談話にひたることにしたというわけだ。

「私とりゅーくんは幼馴染でですね、昔からずっと片思いで」

 と、言っても睦美さんとあの先生の馴れ初めを聞いてるようなものなのだけれど。けれども、私たち思春期真っ盛りな女の子にとっては他人の恋愛話ほど楽しいものはない。

 まぁ、先ほど二人の尾行中に偶然道を尋ねられて知り合った女性と話していると思うとなんだか可笑しくなるんだけどね。

「……じゃあ、初恋が、実ったって……ことです、か?」

「ええ。親類が少しごねたんですけどね。ほら、あの顔ですから、何かやってるじゃないのとか。でも、そこにりゅーくんが乗り込んで、少しづつ和解していったんですよ」

 睦美さんはうっとりした様子でそう応える。心底彼女はあの先生を惚れ込んでいるらしい。

 私も将来はこんな風に自分の恋愛話を友人に話す日が来るんだろうか。その相手はカッコよくて、スポーツも得意で、気さくで、優しくて。私の彼氏はお菓子とか作るの得意なのよ、なんて言ったりして。それでそれで。

 ……あれ?

「あら、どうしました? 顔なんか赤くして」

「ほん、と……顔、赤いよ?」

「え?」

 いつの間にか、彼のことを想像しているように思えてきて、ふと何だか恥ずかしくなった。

 おかしい、別に好きなんかじゃ……ないのに。

「あ、いえっ。ちょっと寒くて」

 赤くなっていたらしい顔を見られたくなくて咄嗟にそう言うと、肩を竦めるように、服に赤くなった頬を埋めた。

「そういえば都会のほうからいらっしゃったんですものね。やっぱり北海道は寒いものなのかしら。私はもうここに慣れてしまっているからよく分からないんですけど」

「え、ええ、少しだけ。向こうではもうカーデガンなしでも寒くないんですよ」

 当たり障りもなく、私はそう答える。

 ――結局あの後も引き続きあの二人をつけてみたのだけれど、付きあっているという確証は得られなかった。さきほど抱き合ってたときも、李緒クンはともかく光は焦ったような表情は見られなくて、やっぱり親友以上恋人未満という表現が正しいのだろうか。……でも、やっぱり異性同士で修学旅行という機会に多人数ではなく、二人っきりでそういう行動をするのは、何となくおかしい、気がする。それはやっぱり私が異性とのそういう経験がないから思うことなんだろうか。

 こういうのはきっと恋愛の経験があり、あの二人から全く関係のない大人の女性に問いただしたほうがいいんだろう。でも、私の知り合いには思いつく限りそんな人はいなくて。

(……大人の、女性?)

 そこで、私はぴんとくる。

「睦美さん。あの」

 そう呼びかけると、睦美さんは綺麗な笑顔で、何かしら、と小首を傾けた。

「あの。さっきの、光と李緒クンたちのこと、どう思います?」

 

 あのすごく楽しかったアクセサリー作りをした時から時は過ぎて、今は夜中のお喋り会。今、何時くらいかな、と思いながら時計を見るともう夜中の十時。消灯時間はもうすぐ。

「北海道って言ってもやる番組はあんまり変わらないのね」

「あ。でも、日にちは変わっちゃってる」

 備わっている新聞の番組欄を見つつ、お目当てのドラマを探している千代ちゃんに私はそう告げた。

「あー、……だから通りでやってないのか。毎週見てたのに」

 残念そうに千代ちゃんは顔をしかめた。それを見てみぃちゃんは微笑む。

「私……家で、録画してるよ。……今度、皆で家に来る?」

「うん、行く行くっ」

「私も、いいかな?」

「うん、……もちろん」

 ――本当に、今日は楽しかった。

 今までの不安なんてどうでも良くなるくらい、すごく。

 手首には私が作っていた物とは違う、色違いの蒼色と桃色の混じったビーズのついたブレスレットがつけられている。

(高木先生、ありがとう)

 私は、あの時少し怖がり過ぎただろうか、と高木先生のこわもての顔を想像して少し後悔する。今から思うとあんなにもいい先生だったのに。

『うちで作ったブレスレットはね、作った人同士で交換したら今よりもっと仲良くなれるって効能があるんだ。二人とも、ね?』

 そう、私と李子が仕上げだからついてきて、と高木先生に言われてこじんまりとした部屋に行ったとき、一つ、私たちに助言してくれたのだ。その後私に向かってウインクしてきた高木先生の表情をよく覚えている。

 おかげで、私の宝物がもう一つ増えてくれた。

(……一生、大事にしよう)

 そう思いながら、手首に手を持っていって、触り心地のよいブレスレットに触れた。

「どう、したの? ……ひぃちゃん、にやけてる」

「え? う、ううん、なんでもないよ」

 私は慌てて両手を振る。

 気付かなかったけれど、このブレスレットを見つめていたら、いつの間にか頬が緩んでたみたい。

 

「片付けて、お布団敷きましょ」

 いつの間にか、もう時刻は一時。ずいぶん話していたと思っていたのだけれど、もうこんな時間帯になっていたんだ、と少し驚きながら三人でお金を出し合いながら買ったお菓子の数々を片付ける。

 今更ながら空になったお菓子袋を見ていると結構食べてしまった、と体重の心配をしてしまう。でも、しょうがないかな、とも思う。だって高校生になって最初で最後の修学旅行なのだから。

(これだけは、李子が男の子になってしまったの、残念だなぁ……)

 李子がここにいてくれたらもっと楽しかったのかもしれない。ううん、かもじゃなく、絶対に。それだけは、少しだけ気落ちする。

(会いに、いっちゃおうかな)

 ふいに昨日冗談で言った言葉を思い出す。

 でも、だめ。きっと李子は困るだろうから。

 その時、空だと思っていたお菓子の入った詰め合わせを掴むと、その中から一つの包み紙がぽとりと落ちてきた。

「あれ? チョコレート、まだ残ってる」

 落ちてきたのは、英語でbonbonと書かれたメーカーのチョコの包み紙。

 ……最後の一つだし。頂いちゃおうかな。

「私、食べてもいいかな?」

「うん。食べちゃって」

 二人にそう問いかけてから、私はチョコレートの包み紙を開けて口元に運んだ。

 美味しい。

 李子じゃないけれど、甘い物は大好きだ。それは女の子は甘い物好き、というのもあるし、小さい頃から李子がお菓子を作ってはお裾分けしてくれていたから好きになったのかもしれない。

 ……それに、このチョコ。なんだろう、すごくクセがあって、美味しい。

「ごめん、千代ちゃん。これ、その袋に」

 食べ終えると包み紙を、ゴミ袋代わりのビニール袋を持っている千代ちゃんに渡してそう言うと。

「私、お先に歯磨きに行ってくるね……」

 顔を洗うところは、トイレのある場所にある。

 片付けも終わったので、そう二人に告げて立ち上がる。その時、少し立ちくらみが起きた。だんだん、ふわふわと、気持ちよくて、眠たくなってきたのだ。このまま、寝てしまいたい気分。

 ……でも、歯磨きに行ってから寝なくちゃ。虫歯になっちゃう。

「ひぃちゃん。ふらふら……してるけど、大丈夫?」

「ちょっと、眠いからかな。大丈夫、だよ」

 そう心配してくれたみぃちゃんに告げると、私はゆったりとした足取りで部屋の扉の前まで向かうと、扉を開いて、閉めた。洗面台のあるトイレのドアまであと少し。

「あ、このチョコって……」

 後ろのドア伝いに、小さく千代ちゃんの声が聞こえたけど、ほわほわする頭にはほとんど聞こえない。

 なんだろう。すごく、ふわふわしてる……。でも、歯……磨かなくちゃ。

 

 ******

 その時、あたしだけがその音に気付いたのは偶然と言ったところだろうか。

 ――こんこん。

 そんな小さな音があたしの耳に聞こえて、あたしは誰だろう、と思いながらも目を開けて、擦る。

 まだ眠い。全然眠い。眠い眠い眠い。今すぐ寝ちゃいそうなくらいに眠かった。時間を見ると……一時?

 あたしは眠気を訴える頭を2度振ると、どうしてこんな時間に? と考える。

 ……あー。

 その答えはすぐに出た。

「……せんせー……?」

 こんな時間帯に来るのなんて先生くらいしか許されてないわけで。就寝確認にでも来たのかな? なんて思って立ち上がる。

 左を見るとケンちゃん。窓際の右を見ると相良。相良は上にかぶっていた布団を大きく足元に蹴って眠っていた。

 後でなおしてあげなくちゃなー、なんて相良を見て小さく笑うとすぐにあたしは欠伸。

 ――こんこん。

 もう一度、急かすようなノックの音。

 やっぱ眠いー。

 そんな風に思いながら二人が起きないように立ち上がると。

「……はいはいっと」

 もう一度欠伸。忍び足でドアの前に向かう。

「せんせー?」

 ――かちゃり。

 ドアを開けて電灯の明るさに目を瞑りながら、あたしは言った。

「はいー。みんな寝て……って、あれ? ……光じゃんっ」

 目を開けると、そこにいたのは世界で一番親愛なる友人。

「なーんだ。先生かと思っちゃったよ。何? こんな時間帯にー。まさか夜這い?」

 くすりと笑いながら開いたドアを後ろ手に閉める。もう一度、かちゃりと小さく音が鳴り、ドアが閉まった。

 光はあたしに応じてか、うふっと嬉しそうに笑う。

 ……うふっ?

「りーおー」

 何やらにこにこ顔の光。

 光はピンク色のふわふわした材質のデフォルメのうさぎさんが描かれた、いわゆるパジャマと呼ばれるものを着てて、それが似合い過ぎるほど似合っていた。

 そんな光を見ていると、やばい、可愛い。やっぱり光と一緒に寝たかったー、なんてふしだらなことを考えてしまうのだけど。

「うん、どしたの? 何かあった?」

 ここまで来たってことは何か理由があるはず。

 上目遣いで、あたしの目をじっと見る光。何気にその頬が上気しているのは気のせいか。そして、またそんな様子がすごく可愛くって。

 とどのつまり……やばい。押し倒しそう。

「李緒はー。私のこと嫌いじゃないよねー?」

「……はい? うん。嫌いなわけないじゃん」

 光から突然投げかけられた謎の発言。

 いきなり、一体なんなんだ。

 誰もそんなこと言った覚えなんてないし、思ったことすらないって神様に誓える。

 そう伝えると、そっかー、とまた光は嬉しそうに微笑んだ。

 あーくそ、可愛いなぁもう。でも、それがこんな時間帯にここまでやってきた理由? 男子と女子の部屋は一つ階が離れているのに。

 クエスチョンマークで頭がいっぱいになるあたし。何を目的に光はやってきたんだろうか。

「……あの、光?」

「うふふ」

 い、いったい何が聞きたいの? それだけ、じゃないよね……? こんな遅いんだし。

 いや、うんまぁ、こんな時間帯に起こされたとしてもこんなに可愛すぎる光を拝めたんだから逆に神様に感謝しちゃうほどなんだけども。

 ……言葉遣い、おかしくない? しいて言えば、うふふ、だとか。しかも口調もたどたどしいし、ちょっぴり幼い。

 そう思いつつ光を見ると、にっこりと彼女は微笑んだ。

「あのね、あのねっ」

「う、うん? ――わわっ!?」

 突然急に声が踊ったかと思うと、光が前かがみになってあたしの胸に倒れてきた。

 腰辺りに抱きつこうとするから、あたしはしゃがみながら慌てて受け止める。

「いい気持ちなのー」

 そう言って、光はまた微笑む。

 そして、ぎゅうっとあたしに抱きついてきた。

「ちょ、おまっっ。光さんっ!?」

 一体何事!?

 そう思いながら息を吸い込むと、光が使っているフローラルなリンスのいい香りが鼻腔をくすぐる。そしてそれとは違う、別のかすかな甘ったるい香り。これはお菓子か何かだろうか。

「ど、どしたの? わっ……!?」

 つっと背筋を撫でられて背中のドアへ尻もちをついてしまう。そんなあたしの膝の上に乗るようにして、光はまた抱きついてきた。

 ……あ、あたし、押し倒されてる!?

「ひ、光っ、何を」

「なぁに? 李緒は私のこと嫌いなのー?」

 ご乱心ですかーっ!?

 とりあえず離れようと小さくて華奢な肩を押し返そうとする。

 ところが、頬を膨らませて、時折彼女が見せる子悪魔と呼べるであろう表情で光はあたしに顔を寄せてきた。よくよく近づいて見てみると目がとろんって潤んでて、しかも頬が上気していたりなんかするから、その姿は可愛らしいを通り越して、妖絶。そんな雰囲気を醸し出していた。

「だから、誰もそんなこと言ってなくてっ」

 言った覚えなんてない! まさか誰かから聞いて怒ってるとか……? それは誤解ってもので。

「私はねぇー? ……好き。李緒、好きだよぉー」

「あ、うん、俺も……ってっ」

 ぎゅっと小さな身体であたしを引き寄せてくる、光。

 だから何しようとしてるんだー!?

 好きなのは分かった。うん、あたしも好き。大好き。……けど、どうしてあたしの顔目指して迫ってくるんですかー!?

 あたし、例え親友だとしてもそんなことする趣味なんてないわけで。将来添い遂げるであろう人としかしたくないわけで。

 っていうかおまっ、仮にも好きな人である相良に悪いって思わないのかー!?

 ――「好き」

 唇にひどく甘ったるい言葉と共に熱のある息がかかった。

 その言葉にじたばたしていた身体が固まる。鼓動が不必要なまでにドキドキと高鳴っていた。

 あれ? どうしてここで止まるのあたし。どうして、こんなにドキドキしてるの? いくら光が可愛くても……? 光、女の子なのに。親友なのに。しかもどうして光は? あれ? あれれ?

 ぐるぐると頭の中で考え事が回る。そんなことを考えている間にも光は顔を近づけてくる。綺麗な朱色の唇が近づいてくる。

「ん……」

「っ……」

 光はふいに目を閉じた。あたしも、ぎゅっと、目を瞑り今からやってくる何かいけないものに堪える。

 ――ところが、待ち構えていたものは来なかった。その代わりに。

「光、ちょっと!」

 目を開けると目の前にはショートカットでボーイッシュな感じの綺麗な少女が。

 そして、あたしの首のあたりからは安定した小さな寝息が聞こえてくる。

 はい? ……寝息? 寝た?

 それをやっと理解して、今のこの状況に焦る。

「いや、これは別に変な関係なんかじゃなくて」

 帰ってこないかと思ったら……なんて呟いている千代に早口で語りかける。光も何とか言って欲しい。寝てるけど。

 何を言われるか待ち構えていると、

「もう、チョコレートボンボンなんかで酔うなんて!」

「……はい?」

 酔ってる? 確かにこの光の奇怪な行動には頷けるけど、まさか……!?

 光に顔を近づけてくんくんと犬のように嗅ぐ。

「チョコの匂い?……」

 チョコーレートボンボンってあの中にウィスキー入ってるやつ? あんなので酔う人って……。

「言っとけば良かった……」

 溜息をついてあたしから光を引き剥がす千代。

 ここに、いたみたいだ。長年付き合ってるけど、そういえば光ってアルコール飲んでるとこ見たことなかったなぁ……まぁ普段飲んでるほうが珍しいんだろうけど。でも、そういえばお正月に甘酒も飲んでるところ見なかったし。……あたしの知らない光もいるらしい。

(……とりあえず、変なことにならなくて良かった)

 昼間のことみたいになったらあたし一人じゃ誤解を解く自信なんてない。そんな風に思いながら床に手をついて立ち上がる。

 すると、ふいに千代と目があった。千代の表情が疑惑めいたものに変わる。

「まさかこんな光に何かしたんじゃないでしょうね……?」

 千代は軽蔑の視線をあたしに送った。

「ち、ちがっ」

「……」

 じぃっと見詰め合うあたし達。

 ……結局、睨めっこは千代の負け。千代は、はぁ、と溜息を一つついて呆れ顔になった。

「ま、そんな度胸李緒クンにないか……押し倒されてたみたいだし」

「あのねぇ?」

 何気に酷い。

 まぁ、当たってはいるけど、それ男の子に言う台詞じゃないでしょ? まぁあたしだから気にしないけど。

「送っていこうか? 光、何だか気持ちよく寝てるみたいだから起こしちゃだめだし」

「そー、ね。変なことしたら承知しないから」

 少しだけ睨まれながら光を預けられる。

 あたしは野獣か!

 そう突っ込みたいのを押さえて、あたしは光を。

「よっと……」

 自身の首に、光の手を回させて、腰に手をあてて抱かえた。

 柔らかい感触。それと女の子特有の甘い香り。軽すぎる光にちゃんとご飯食べてるのかなー、なんて心配しちゃうけど、そこは女の子だから言っても無駄かな、なんて思う。あたしも昔は少しくらい気にしてたから。まぁ、気にしてるだけで食べちゃうのがお菓子の甘い罠なんだけどー。

 そんな風に、あたしが光に触れて嬉しい余韻に浸っていると、千代から視線を感じた。

「どっかした?」

「……別に」

 ふい、と視線を逸らされ前を歩かれる。

 ……変なの。まだ昨日のこと、気にしてるのかな?

 

 それから、その日はそのまま光たちの部屋へ光を送り届けてやっと、あたしは安息を得に、自部屋に戻ったのだった。寝床に戻って、目を瞑ってから思う。

(に、しても……あの感じ、なんだったんだろう)

 あれはあたしが男の子になってから一度も感じなくなってしまったもので。当初、あたしはあれを得て、確立するために普段行かない、混んだ神社まで行っていたわけで。

(……あぁもう、なんだろ。寝れない)

 完全にあたしが動作を止め、沈黙すると、いつもよりもざぁざぁと雑音のようなものが聞こえる。

 それから、寝るまでに時間をかけながら、ゆっくりとあたしは夢の中の世界へと旅立ったのだった。

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