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(10)似たような台詞

 ちちちちちと外から心地よい鳥のさえずりが聞こえる。身体には柔らかで温かな寝心地のいい布団の感触。その温かくて落ち着く布団のおかげで、今日は夢も見ることもなくすっきり快眠。

 ぱちりと目を開けると、視線の先には行儀よくくずれのない布団に眠る、少女のような少年の姿が見えた。

(んー……ケンちゃん? そういえば……)

 瞼を2・3度開け閉めしつつ、頭を整理しながら考える。

(そういえば、今って修学旅行中なんだっけ……)

 整理し終えてのんびりとしたあたしは、起きたまんまの格好でじっくりと彼の寝顔を堪能する。

 昨日の飛行機の中でも見たけど、こうしてケンちゃんのあどけない中世的で可愛らしい寝顔を楽しんでいると、いいなぁ、と思ってしまう。やっぱり性別が変わっても、昔から使っているこの瞳には美少年の寝顔は心臓にいいらしい。……安らぐ。

(いたずらしちゃおっかなー)

 そして、安らいだのと同じくらい意地悪な心がうまれた。しょうがない、こんなに可愛いんだもの。

 例えば、頭に可愛らしいリボン付けてみるとか。例えば、寝てる間にこっそり化粧してみよう、とか。うん、例えば。

 考えれば考えるほど口元が綻んでくるのが分かる。

 けどあたしが、うんやろう、早速やろうと決行を決意したとき――。

(――ん?)

 ふいに感じる身体の違和感。身体が微塵も動かなかった。

(あれ、あれれ?)

 身体をあげようとも、ゆすろうとも動かない。しっかり手首は動かせるくせにその腕が上がらない。足なんて先くらいしか動かせない。おまけに首もほとんど動かないから回りを確認するすべもなかった。

「……ちょっ……あれぇ?」

 情けなく小さな声あげてもがくけど、身体はいっこうに動こうとはしない。

 まさかこれが金縛りってやつ……? まさかまさかまさか。

 恐怖ですっと背筋を凍らせた、その時。

「うぇっ……!?」

 急に首元に何か温かい空気のようなものがすぅっとよぎって、怯む。ばたばたと身体を動かすことも忘れてぞくぞくと全身を震わせてしまった。

「……あれ、り、お?」

 声に合わせて視線をまたケンちゃんに戻すと、女の子と同じくらい睫の多い瞼が開かれていて、彼は眠そうに腕で目元を擦っていた。

「………………あぁ、はよ」

 初めぼけっとあたしの顔を呆けたように見ていたケンちゃんだけど、すぐにここが旅館だということに気付いたようでゆっくりと間を開けてから挨拶してくる。

「あ、うんおは」

 ――きゅっ。

 その瞬間、金縛りが強くなった気がした。

「っ!? ケ、ケンちゃん助けてっ」

 得体の知れない恐怖に挨拶も忘れて、またあたしは身体をじたばたさせ始めケンちゃんに助けを求める。

「はぁ? ……あれ、お前。うわッ……」

 うわって何ですかー!?

 今風に整えられた眉毛を中心に寄せて何故だかあたしを見てすごく嫌そうな顔をするケンちゃん。ケンちゃんが朝っぱらから見たくないもン見ちまった、と言って目を逸らす。

 見たくないもの? 幽霊? 幽霊なのっ!? そんな馬鹿な……っ。

「んー……」

「へ?」

 けど、急に後ろから温かな空気と一緒にくぐもった音が。その瞬間体を縛る何かがゆるりと軽くなる。

 ちゃ、チャンス!

 それを好機とみたあたしは身体をころりと回転させて――。

「って、おま、相良!?」

「ん……? んー……」

 あたしの目の前にいたのはケンちゃんとはまた一味変わって男らしく整った端麗な容姿をもつ少年。彼は眠気まなこであたしを見つめている。

 どうやら相良があたしに全身を絡ませて寝てたいたみたいだ。それにしても、美少年の寝顔は心臓に良くても美男子の寝起きは心臓に悪いらしい。例え恋愛のそれではなくても、胸がばくばくと跳ね上がって痛いほど。

「はなれ――」

 ――ぎゅぅぅぅっ。

 はなれて、と言う前に寝ぼけているらしい相良があたしの肩に手をかけて引き寄せてきた。

「っっっっ!?」

 何か悲鳴のようなものを叫びかけたけど、顔が相良のちょうど胸の位置にいってしまっていてむがむがとしか声を発することが出来ない。

 こ、こここんな状況……!

 相良の男っぽい匂いがあたしの胸いっぱいに広がっていく。

 その時、今度は頭の上からうわ言のような声が聞こえた。

「ぅ、……ん…………どうし…………好き……に……」

 え……?

 頭に息がかかったのと同時に聞こえた声は、これだけ近づいているあたしにしか聞こえないくらい小さな声。おそらく寝言。

 相良って――。

「――わわっ」

 その意味を考えるよりも早く、誰かの手によって相良の手が外され、ずずっとあたしの身体が引き出される。

「ッたく。男が抱き合ッてる姿なンてみたかねぇッつの」

「あ、ありがとー……」

 胸に手を当てて動悸を押さえながらお礼を言う。

 ……さすがケンちゃん。柔道部に所属しているだけあって、ちっちゃくたって力持ち。

 ケンちゃんは呆れ顔で相良へと近づくと、

「おい、相良!」

 ぺしんとまだ寝ぼけたまなざしで未だ手を伸ばしてあたしを引き寄せようとする相良の頭を叩いた。

「んー? ……あぁ、ケン? おやすみ……」

 一度は起きる。けれど、ケンちゃんの呼び声もむなしく相良は本格的に目を瞑った。

「おいッ! くそ……!」

 その態度に少し苛立ったのかこれでも喰らえとケンちゃんが寝技。

「…………んん」

 が、相良はそのまま、うとうととしてついには眠ってしまった。

「くッそーッ」

「はは、は……」

 ……相良がこんなに寝起き悪いとは知らなかった。そういえば、あたしの布団に転がり込むなんて、寝相も悪いみたいだし……何だか意外。

 そう思いながら、もう捕まらないようにと相良から一歩引いたあたしだった。

 

 朝食はバイキング。

 いろとりどりのお腹もち軽そうな料理の数々が置かれた中心にあたし達3人が座る丸テーブルがあった。

 そこには頬が蕩けるほどに美味しいフルーツパイをほおばるあたしと、不機嫌そうにかぼちゃスープを音をたてて飲むケンちゃん。そして困ったように笑ってコーヒーを飲む相良の姿が。

「お前寝起き悪すぎッ」

「悪いって……。でもさ……俺も起きたとき関節結構きてたんだからお互い様じゃないか?」

「おきねぇお前が悪い!」

 怒れるケンちゃんに苦笑しながら相良はブラックのコーヒーを見惚れるほど優雅な動作で飲み込む。彼の目の前には少量のハムとスクランブルエッグ、サラダ。そんなブルジョワな朝食を味わっている彼は、今朝のあの小さな事件を起こした張本人にはとても見えない。

 あれからケンちゃんがいくらゆすっても起きず、技をかけても起きず、数十分たってから、自然に起きだしたときにはケンちゃんの柔道部としてのプライドはずたずたにされていた。あんな意外な相良の一面を見ていると、少しだけケンちゃんに同情するあたしがいる。

 低血圧、恐るべし。

「まぁまぁ……はいこれ、ケンちゃんの好きそうなウインナ。これで機嫌なお」

「好きそうッてなンだよ!」

 宥めようとしたつもりが火に油を注いだらしい。けど、なんだー、とフォークにささったウインナーを口に入れようとすると。

「……食べるけど」

「ぷっ……」

 思わずその正直な台詞に噴出すあたしと相良。笑うなッと怒りつつケンちゃんはフォークからウインナーを口で奪い取った。

「ははっ……にしても、相良ってあんなに寝起き悪かったんだね。知らなかった」

「あぁ、昔っから寝起き悪くってさ。朝はいつもお袋に起こしてもらってんだ」

「……どうやって?」

「それはあんまり言いたくないな」

「あンだよそれ」

 すごく気になる。

 けど、結局相良は口を割ろうとはしなかった。きっと並々ならない事情でも?

 そんな風にいろんなことを言いあいながら楽しく話していると、ふっとあたしは思い出した。

「そういえば相良、寝言言ってたよ?」

「ふぅん? ……俺、何て言ってた? ってか俺って寝言まで言うんだな……初耳」

「ママーとかなら笑えるンだけどな」

 相良の顔が少しだけひきつる。本当にそうならお腹を抱えて笑っただろうな。

「それは……ないない。それで?」

 そんな相良の表情にあたしがちょっと笑いながら、

「それがさー」

 言おうとして詰まる。……これって言っていいことなの?

 プライバシーっていうか、だって聞いた内容が内容だったし。それにケンちゃんもいるし……。

「いちおう聞いとくけど言っていいの? プライバシーっぽいよ?」

「……ん? あぁ」

 頭にクエスチョンマークを浮かばせながら相良が頷いた。夢、覚えてないんだろうか。まぁ覚えてるほうが珍しいかもだけどね。

 せかすようにケンちゃんが、勿体ぶらずに早く言えよ、と言う。

「あのさ。『どうして。……こんなに好きなのに』って言ってた、気が……する」

 言った瞬間、相良の表情が一瞬凍りついた気がして、あたしの声の勢いもどんどん小さくなっていく。

 や、やっぱり何か勘に触ること言っちゃったかな?……。

「ご、ごめん。言っちゃ駄目だった?」

 そうあたしが謝ると、相良がいや、と苦笑して首をふった。

「へぇ、相良ッて好きなやついたのか。全然気付かなかッたけど。誰だよ? うちの学校のやつか?」

 男の子でも他人の恋愛ごとには興味があるらしい。さっきの相良の表情の変化に気付かなかったのか、面白そうにケンちゃんは聞いた。

「まぁ、そんなとこ」

 相良が手元のサラダを口に運びつつ、苦笑いして答える。相良の好きな人……好きな人。

 あたしの頭に浮かぶのは一人だけ。

 好きな人ってまさか……。

「……もしかして、光じゃないよね……?」

 つい、ぽろりと親愛なる友人のことを想って聞いてしまった。

「ん? 違うけど。なんでだ?」

「え、えーと、やっぱクラスで一番可愛いのは光かなって思うから」

 それにああ、そうか、と相良はあっさり納得。

 こ、この鈍感!

 一瞬叫びたくなるのをあたしは堪えた。

「もう告ったのか?」

 興味津々にケンちゃんが聞く。

「いや、まだだけど……」

「告れば? お前顔だけはいーんだから、騙されるやつもいるって」

 冗談交じりにケンちゃんが返した。それにあたし達の顔を一瞬見ると俯いて、相良は答えた。

「……もう、いいんだよ。どうせ叶わないだろうしな」

 ……あれ?

 ちまちまと手元のオレンジジュースをゆっくりのみながら思う。

 似たような台詞、少し前に聞いたことがあるような……。

「はぁ? 告れよ。告らなきゃ分からねーだろー?」

 まただ。デジャヴってやつ? いや、でもそうじゃなくて……。

「いいんだって。それよりさ」

 急に別の話題を話し始める相良。

「……へ? あぁ」

 やっとその相良の不自然な変化に気付いたのか、ケンちゃんがそれに困惑気味に返している。

 ……なんだっけ?

 あたしはごちゃ混ぜになった頭を整理しつつ、食べかけのフルーツパイを口元に運んで、ぐいっとオレンジジュースで飲み干した。

 

「千代、あのさ」

「ご、ごめんなさい。ちょっと私今からみぃちゃんに話しがあるから……」

 自由時間になったと同時に千代に話しかけると、彼女はするりとあたしの横を通りすぎてみぃちゃんのところへ行ってしまった。

 班行動の火山見学も、賑やかな白老ポロトコタンでの踊りも終わり、今は完全な自由時間。

 千代に昨日のこと、不本意にも痴態を見てしまったことをもう一度謝ろうとしようとしたんだけど……現在避けられ中。本当は、光のことも、話しあいたかったんだけどなぁ……。

「李緒、……昨日千代ちゃんに何かしたの? 昨日の夜からあんな感じなんだけど。……何だか悩んでると思ったらクッションに顔うずめたりぶるぶるってしたりして」

 近くにいた光が心配して何ごとか聞いてきてくれる。

「うんー? いや、それがさぁ」

 かくかくしかじかうしうしうまうま。

 そんな風に言って小さい頃に見た探偵ホームズの幼児向けアニメみたいに伝わったら楽なんだけど、なんて思う。そう言えばあれって題名なんだっけ。犬の名探偵が主人公で……結構面白かったんだよねー。祐次がすっごい好きだったはず。

 閑話休題。

 微妙に小さい頃の思い出に浸りながら昨日の出来事を光の小さく形のいい耳元で話した。

「えぇ! じゃあお風呂一緒に」

「ひ、光っ。声大きいっ」

 ぱっと光の可愛らしい唇を手のひらで押さえる。

(千代に伝わったらなんて言われるか……)

 遠くでみぃちゃんや、女の子たちと話している千代を見ながら小さくため息をついた。

 あたしが千代の立場だったら、絶対ばれたくないしね。

「ん……ふっ……」

 一つ、息をつきながら考えていると、いつの間にか真っ赤な顔であたしを見上げる光の姿。そんな姿にか、可愛い、とまた心が躍りだすのだけど、それは秘密。

 呼吸がしにくいんだろうか、顔を赤くしながらむぐむぐと光はあたしの男っぽくなってしまった大きな手のひらにこそばゆい息をかけながら、あたしの腕を両手で軽く押し返した。

「ご、ごめん」

 強く口に押し付けすぎていたみたいだ。反省、反省。

 あたしが謝ると、光は2・3度深呼吸して動悸を押さえながら聞いた。

「謝った、の……?」

「うん、今朝会ったときに謝ったんだけどさ、私こそごめんって言われたまでは良かったんけど……あんな調子」

 そう、火山見学の前、何だか気まずかったし、ちょうど班行動で一緒に行くことになっていたから、一度は謝った。でも、以降に態度が変わらないことにあたしは困っていたのだ。

 それに光はまだ頬を朱色に染めたまま可愛らしく笑って。

「じゃあ大丈夫だよ」

「え、そうなの?」

 聞き返すと、うん、と光は頷く。

「大丈夫。千代ちゃんも謝ったんなら、許したってことだから」

 そんなものなんだ……。ほんと、女の子って難しい。

 自分がつい2ヶ月ほど前まではその難しい女の子だってことも忘れて、あたしは小さく息をついた。

 それを見て光は苦笑いして続ける。

「千代ちゃん、今は恥ずかしがってるだけだと思うの。だってそういうの、慣れてないだろうし。だからすぐに機嫌も直るよ、きっと」

「そう、かな? うん……。ありがとー、光」

「ううん。それより」

 ふるふると雨に濡れた仔猫のように大きな動作で首をふると、

「行こう?」

 光はきゅっとあたしの服の端を掴んで、素敵な笑顔で一緒にまわろう、と言った。

「え? でも光、千代たちと回るんじゃ――」

「……李緒」

 言い終えるか言い終わらないかのときに、光はあたしの服のすそを引っ張って、

「修学旅行中。ほとんど話してなかったでしょ? 今くらい一緒に回ったって、罰はあたらないよ」

「そんなこと言ったって……」

「おねがい」

 何故だか縋るようにあたしを上目遣いで見てくる光。そんな風にあたしを大切に思ってくれていることが嬉しくて、けどここは生徒が大勢いるから見られる可能性も十分にあって。

(あたしだって、そりゃ光と一緒に観光したり、お土産選んだりしたいよ。でも――)

 でも、一緒に仲良く2人っきりで見学をしているとこを見られたら、まさか普通の友人関係には見えないだろうと思う。いくら友達だからって主張してもあたしと光が付き合っているなんて思う人もでてくるかもしんない。

(けど、さっき相良……)

 好きな人がいると言った相良。もう、どちらももう大切な友達。常識として友達に差、なんてつけちゃいけない。

 なら、と思う。あたしがどちらを応援しようと勝手……。自分でだって最低だと思うけど、あたしが、相良のよく知らない恋を応援して、光には、すっぱり諦めてもらっても……。

 ……それに、釣り合わないから、たぶん付き合ってるとか、そんな風に見られないよね。

「――うん、いいよ」

 だからあたしは少しだけ罪悪感のつのった心中を隠して、光に向かってにっこり笑いながら、頷いた。

 

 ******

 みぃちゃんを含めたトモダチ数人と談笑をしていると、私の視界の端には偶然こそこそと――ただ私の目にはそう見えただけかもしれないけれど――よく見知った生徒が2人、大通りを外れて建物の中に入っていくのが見えた。

「あれ……? あれ、ひぃちゃんと……李緒、クン?……」

 どうしてそんなに近いのよ、とか。いくら幼馴染だからって仲良すぎない? だとか。

 仲睦まじく歩いていく2人に向かって言いたいことはいろいろあって、でも面と向かっていうには直球すぎるし、昨日のことがどうしても恥ずかしくてもどかしくて。

 話しにまざりながらもどうしていいかやきもきしているとみぃちゃんが不審気にぽつりと呟いた。

「あ、ホントだー。2人なんてあやしー。あれかな。修学旅行は燃え上がるってやつ」「涼子、少女まんがの見すぎ。そんなことあってたまるもんですか。ていうかひぃちゃんはまだまだお嫁にはやれませんっ」「そっちが本音?」「もっちろん。相手がいくら李緒クンでもねー」「そっちも本音?」「やだーっ。あれだよ、あれっ。2人ともいつまでも綺麗なままでいてほしいっていうかー。ほら、2人とも何だかんだいってうちのクラスの看板なんだもん。アイドル観念ってやつ?」「あはは。あっやしー」

 口々にトモダチが話していって、この調子なら誰かのこいばなとか、クラスで一番カッコいい子は誰か、とかでも始まるのかな、なんてどうしてか分からないけれど何故か焦燥感にかられながらも予想していたのだけれど。

「ね、ねっ、千代子もみぃちゃんもそう思うよねっ」

 急に私とみぃちゃんに話が振られた。

 その問いに対してみぃちゃんが曖昧に頷く。だから、私も彼女と同じようにとりあえず頷こうとして首を傾けようとした、その時。

「ばっかねぇ。千代は狙い組みに決まってるでしょー? こんな綺麗なんだからー」

「はい?」

 いきなりのトモダチからの発言に文字通り目が点になる。

「何気にみぃちゃんもだったりして? みぃちゃんもちっちゃくて可愛いよね。うん、いけるいける」

 うりうりとおしゃれめがねをかけた子がみぃちゃんの頭を手のひらで愛でるように撫でた。それをみぃちゃんは片目を瞑って両手で遠ざけようといやいやする。

「……子供、じゃ……ないもん」

 そんな様子が低身長と童顔、長い髪にあいまって小さな子供のようで可愛らしい。光がいつも近くにいるからあまり目立たないけど、みぃちゃんが隠れてもてていることの理由だ。本人はコンプレックスみたいにに感じているのだろうけどね。

 同じように頭を撫でていた子も私と同じように思ったのか、感極まってみぃちゃんをそのまま腕の中に抱きしめた。

 きゃ、とか細い声をだして抱きしめられるみぃちゃん。

 みぃちゃんは、じぃっと私に助けを求めるようなうるうるした目で見てくる。ぐっとやってくる彼女への強い庇護心。

 私は困った顔で苦笑すると、

「ほらほら、そろそろ見て回りましょうよ。せっかく北海道来たんだから。えっと、ここらへんなら土器とか、あるわよ?」

「えー。千代じじくさーい」

「じじっ…………」

 ひくりと頬がひきつる。確かに土器を例にだした私も私だけど……。

「……行きましょうね?」

 私がにっこりと邪気のない笑顔で微笑むと、こわーい、とみんなは笑って思い思いのグループを作り散らばっていった。

 私は一度息をつくと、いつものようにみぃちゃんと一緒に、展示品を見に行くために近くにあった建物の中に入っていった。

 

 そこで私が2人を見つけたのは偶然だと思う。

 みぃちゃんと2人でアイヌの文化を見てまわってからちょっと遠くの通りを出て、途中でソフトクーリーム屋さんがあったからイカ墨ソフトを買ったときだった。

「案外癖ないー。これって」

 この声って……。

 近くから聞きなれた声がした気がして、そちらを見てみるとやっぱり見慣れた2人の姿があった。

「……話し、かける?」

 どうやらみぃちゃんも気付いたようで、私の隣から上目遣いで見つめながらそう聞いてくる。

 2人でこっそり出ていったんだからあまり話しかけて欲しくないかもしれない。

 だから私は首を振って、

「……つけてみない?」

 冗談で、そう言ってみる。もちろんこれはみぃちゃんなことだからきっと、だ、だめだよそんなお邪魔みたいなの、とかたどたどしくもきっちりと否定してくれると分かっていながら。

 けれど、みぃちゃんは意外にも小さく頷いて、

「う、……うん。つける……」

 こう言われると言い出しっぺの私が今更失礼じゃ、とか言えるはずもなく――結果的に私とみぃちゃんは尾行することになったのだった。

「ひかりひかりっ、そっちのも食べていいー?」

「うん、はいどうぞ」

 可愛らしく笑って李緒クンの口元にソフトクリームを運ぶ光。李緒クンはありがと、と言いながら自分の分のソフトクリームを光にも同じように分け与えた。

「あ、こっちもおいしーっ」

「こっちは……うん、あんまり甘くない普通のソフトクリームって感じ。私……好きかも」

 間接キス。

 それに2人は全く気付いていないんだろうか、と思ってしまうほどに自然とお互いのソフトクリームに口をつける光と李緒クン。

 2人は恋人のように寄り添いながら――本当は全然違うのかも知れないけれど――お土産品を見回っている。

 ……これは、幼馴染だから?

「……千代、ちゃん……あの2人って、付き合ってる……の?」

「ううん、そんなはずは……ないはずだけど」

 自信なんてない。

 あんなに楽しそうにしている2人だ。特別な関係にしか見えない。例えそこに手を繋いでいたり、腕を組んでいたり、ありきたりな恋人がする動作が見られなくてもやっぱり、何か特別な関係にあるとしか思えなかった。

「あ、これ見て、見てっ。李緒っ。可愛いっ」

「マリモのぬいぐるみ? へぇ、中に磁石が入ってるんだー。ってこれマリモ同士の口同士が?」

「ほらほら、ちゅって。可愛いし、面白いでしょ? 一緒に買おうよ」

「そーだね、面白いかも」

 にこにこと、親友と呼ばれるであろう私やみぃちゃんにもあまり見せないような魅力的な笑顔で、光は李緒クンに心の底から嬉しそうに話しかけている。

 ……ていうか、普通あんなのただの異性のトモダチ同士が買う? いくら幼馴染でも。すんなり了承する、李緒クンも、……李緒クンよ。

 苛々する。まだ、あれの症状が長引いてでもいるんだろうか。

「あ、李緒、また唇かさかさ。もう、ちゃんとリップつけときゃなきゃダメだよ?」

「えっ? ……んー、こんなの舐めとけば大丈夫。っていうか最近リップなんて持ってきてないよ? 男子で持ってる子なんて珍しいしー」

「ダメダメ、荒れちゃうよ。李緒昔から荒れっぽいんだから。はい、これ」

「んー……ありがとっ」

 きゅっきゅ、と唇に、なんだかんだ言って嬉しそうに光から借りたリップをひいている李緒クン。そして、あたしも、と同じように李緒クンから返してもらったリップを唇にひく、光。

「何よ、あれ……」

「……」

 思わず、口から言葉が漏れて2人に聞こえないかと口を押さえる。みぃちゃんは神妙に2人を見つめてから、小さく私にこう呟いた。

「……千代、ちゃん……ソフトクリーム、……溶けかけてる」

「あっ」

 溶けてたれてきそうなソフトクリームをぺろりと舐める。すると、甘いけれど、ほんの少し苦い味がした。

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