(プロローグ)男、男、いい男ー!
――元旦。
あたしの家の近くにある稲荷大黒神社、通称お稲荷さんと呼ばれる場所はこの時期、特に大勢の人が訪れる。
『元旦なのだから当然じゃないか』
そう思うだろうけど、お稲荷さんの混み度具合は異常と言ってもいいぐらいで日本中の人々がここに集まっているんじゃないかと思うほど。
一歩足を踏み入れただけで、歩きづらい、臭い、疲れる、の三拍子。
人々が塵のようだ、とはこのことを言うんだろう。周辺住民はそういう事情をよく知っているため敬遠して二駅先のそれなりに有名な神社まで通っている。そう、去年まであたしもそうしてきた。
けれど意に反して、今現在あたし、平西李子がどうしてこんな学校の購買のような所にいるのか。それはひとえに人気の秘密である、神社の恩恵を得るためだった。
……恋がしたい、熱く煮えたぎるような恋がしてみたい!!
「りぃっこっ。ほらほら、言われたとおりこぉんなに」
「おー。ありがと、光」
人ごみの中、少し人だかりから離れた場所でさらさらしたセミロングの綺麗な黒髪がよく似合う可愛らしい女の子、本条光から四つの赤く長方形の品物を受け取った。
「ほんとお守り買うだけでも苦労するねぇ、ここ。人気あるだけ困りものだよ」
「うん。けどこれだけ買えばあたしにもきっと……」
うふふ、とあたしはにやけながらお守りを肩から下げたシルバーのポシェットに入れる。
「まぁ恋愛成就のお守り九個も買えば成就しないほうがおかしいんだろうね。お稲荷さんのお守りってすごく当たるって評判だし」
きょろきょろと光は周りを見渡してから、
「……だからこんな人も集まるんだよね」
そう、ここのお守りはよく叶うのだ。学業、就職、出産、健康、そして恋愛成就のお守りが売られておりその全てがなんと成就率八十%を越えるという。毎年全国テレビの特集でも神社に行くとしたらここ、と放送されているくらいよく叶うのだ。
それこそ人気過ぎて数量限定さえもされているほどで、一人五つまでとなっており、連れとして来てもらった光にも自分の分一つとあたしの分四つ多めに買ってもらった。
光の買った分五つとで合計九つ。
これできっと寂しい寂しい青春を送ってきたあたしにも春が訪れる!
「けどさぁ……好きな人もいないくせにそんなにお守り買うなんて、どうかと思うよ?」
光があたしを呆れ顔で見つめる。
「光だって」
「私は本当に恋したいわけじゃないし、いーんだよ。どうせ来たんだから周りに興じて1つくらい買わないと」
むっかー。自分がもてるからって。ちょっとじぇらしぃ感じちゃう。
そう、光はもてる。とどのつまり可愛いんだこの子は。背がちっちゃくて、そのくせ大きくてパッチリとした目で。顔もとっても整ってて……しかも性格だっていいしさー。それでいて全然気取ってないからいくらもてても本気で憎めないし、高校じゃクラス、ううん、学年のマスコットキャラクター的存在になってるんだよね。
それに対してあたしは……ブスだしがさつだし背高いしいいとこない。スポーツ出来るくらい? あ、それもマイナスか、やっぱり女の子はおしとやかな方がいいよね。
どうしてこんないい子があたしなんかと親友なんだろう。
……あぁ、幼稚園からずっと同じ学校、同じクラスだったからだ。すごい奇跡、運命だよねこういうのって、ある意味さ。
そんなことを伝えると。
「私、リコと幼馴染ですっごく良かったよ? 私の一番の親友は李子だけだよ」
「あぁなんて可愛いんだろうね、この子はっ」
つい抱きしめてぎゅうってしてしまった。人ごみの中なのにね。
こら、そこのオジサン、見世物じゃないよーっ。
――がらんがらーん。
境内に付いている鐘を鳴らす。お決まりの音が鳴った。
……嘘です、はい。鐘なんか鳴らせるわけないって、こんな前に進むのも困難な場所で。替わりにおっきーな賽銭箱が置いてあって、そこに入れろってことになってる。
それでもこんな交通渋滞警笛なりっぱなし状態じゃ賽銭箱に近づくも困難なわけで、小柄な光にはちょっとお賽銭投げても届きそうにないので替わりに投げてあげる。十五円十五円で合計三十円。こういうのはいっぱい投げてもあんまり価値ないんだよね。……って前にクラスの子に聞いたことがあった。で、あたしたちも今からそれを実践しようとしている、というわけだ。
十五円なら以後縁がありますように、って意味で縁起がいいらしいからね。
「えいやっ」
そう掛け声をあげて思いっきりお賽銭を投げる。
うわ、掛け声まで可愛くないよー、自己嫌悪。えいっ、とかのほうが良かったかも、なんて思うけど、とりあえずそんなことは置いといて、光と並んで、なんまいだーなんまいだー。ってお経じゃないんだから。
えーと、
『神様っ、恋愛がしたいです。男、男、いい男ー!!!』
――ぴかーん。
『その……が……う』
……。
……?
……ん?
え!? 今なんだか声が聞こえたような、気のせい……?
……ううん、気のせいじゃないよ。しっかと今この頭に響き渡りましたよっ。……うな気がする。
「光、ひぃかぁりー! 聞いて聞いて、お願いしたときにね、神様がいいだろうってー!!」
「え」
小躍りで光のあたしよりも格段に華奢で小さな手をひっぱって人ごみから逃れたとき、開口一番にそう言うと不思議そうな表情で小首を傾げられた。
……まぁそりゃ当然だよね、でもあたしにはちゃんと聞こえたんだ。渋めのおじ様の声で『その願い承ろう』って。
「気のせいかもだけどちゃんと聞こえたんだよー?」
「ん、そうなんだー。それより何祈ったの? やっぱり恋人ぉ??」
普通に流して話題転換されちゃったよ。あははーちょい切ない。
「そうだよ、いい男をって。光はなんて?」
「ぇ?」
光はちょっと俯いてから頬を赤くしてごにょごにょって口ごもった。
「ぉ、想いが伝わります、ようにって…」
そういう光が可愛すぎてもう一度抱きしめそうになったんだけど、その言葉をよぉく考えてかなり驚いた。
「え、まさか光って好きなやついたの!? 知らなかった……水臭いなあ。もお! で、どこの男よ? クラスのやつ?」
「ひ、秘密っ、どうせ叶わないもの」
「はぁ? 叶わないって告ってみなきゃ分かんないじゃん」
そういうと消え入りそうな声で、叶わなくていいのよ……と光が呟くのが聞こえた。光がこんなこと言うなんて……そんなにソイツってもてるんだろーか。すっごい聞き出したくなった けど正直者な光が口ごもるってことは今までの経験から絶対言いたくないって証拠だって分かる。
あたしは自然と別の話題を話し始めていた。
「ぷっはーっ」
あたしは家に帰るなりベッドにダイブして顔を枕に擦り付けている。あたしの右手には束にしてアクセサリーみたいな形にした恋愛成就のお守り。
ん〜、行きは疲れたけど楽しかった。
神社から結構離れた場所にいっぱいある屋台巡り、焼き蕎麦、たこ焼き、クレープ、その他もろもろ。美味しかったなぁ。それから金魚掬いとか的当てもした。楽しかったよぉ。
来年は彼氏を作って行きたい。そう思うけど光といつもみたいに二人で行くのも捨てがたい。あ、そだ。二回行けばいいんじゃない。あたしってば超天才!
そう思うなり眠気が襲ってきて……。
「まだ夕方なのに眠ぅ……夜ご飯も食べてないし、お母さんがきっと起こしてくれる、よ……ね」
あたしはそのままベッドに突伏したまま電気も消さず、眠気の安らかな流れにのってスヤスヤと寝入ってしまっていた……。
初投稿です。読みにくい文章や稚拙な所もあると思いますが、感想や批評頂けたら光栄です。これから宜しくお願いします。