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龍旅の記  作者: OGRE
9/25

和の国4……和祭遊戯

『アタシはお勧めしないよぉ……。だって、考えてもみなよ。ヴァーちんは傷を広げられるんだからさ。アタシだったら許せないよ』


 ミーナが断崖絶壁に腰掛けるヴァージに近づいて行く。ヴァージは酒を人前ではあまり口にしない。アルコール度数の高い酒を好むため周りの者とは趣向が折り合わないようだ。とっくりに入っていたその酒を飲み終えると彼は背後にいるミーナの気配から振り向かずに彼女に言葉を飛ばした。感傷に浸っているヴァージは投げやりな性質を帯びる。ミーナが近づくのにもあまり深い感情や思念を持たずにただ受け入れるだけだったのだ。ヴァージの座っている岸壁の近くには石がある。毎年誰かがその石を手入れするらしく石は周りの荒れた雰囲気とは違いまだ綺麗だった。


「どうした? ミーナ」

「どうもしません。ヴァージさんが何をしてるのか気になっただけですから」

「そうか」


 とっくりを横に置き彼は何も言わずに海と空の境界から姿を見せる黄色い大きな玉を見ている。それからヴァージは口を開いた。彼から過去を語ることなどないが周りに他の三人の気配を感じとったのだろう。それも合わさりゃ彼は彼が体験したことの粗筋を語った。失意のヴァージはエリュデの死を忘れられず人界で廃れた生活をしていたらしい。そんな時出会ったのが飛び降りた少女だったという。気立てのいい可愛らしい少女で普通に生きていれば彼と同い年……この地域では夫と結ばれ、子を残していてもおかしくない年齢になっているという。


「お嶺は……身よりのない村娘でな。その時はまだこの辺りもすこし荒れていて茶屋町も娼婦館のような場所だったんだよ」

「……」

「別にお嶺がそうであった訳ではない。たまたまだ、俺がアイツを軟派から助けたのさ。それだけ、それだけでアイツは俺に『お慕いしております』とぬかした。あの女には参ったよ。あそこまでメルヘンなやつも少ない。そして……素直な奴もな」


 ミーナのような性格だったらしい。すこし抜けていて脳天気……人を振り回すのだけには長けている。そんな少女だった。そして、彼は小石を掴んで海に投げながら言葉を続ける。ミーナは更に彼に近づきながら密着する手前まできていた。ヴァージはなおも続ける。ミーナに訓戒として与えたいのか何なのかは解らないが彼は強く彼女に語りかけるように前を向きながら……お嶺とのその後を告げた。


「どこかのお喋りが口を割ったらしいから隠しはしないがな……お嶺はここから飛び降りた。俺と結ばれるためにだとよ。龍族と人は寿命が違いすぎる。あいつは言った……『私とアナタに繋がり、結ばれる機運があるのならば……私は生まれ変わってアナタの妻になります』とな。まったく、やってくれたよ。ミーナ……お、お前が……」


 ミーナは村娘と同じ様な服をしていた。茶屋町の仕事用の服ではなく、ヴァージがお嶺と共にいた頃のそれだ。髪をまとめあげたミーナは乙姫曰わくお嶺にそっくりだった。彼は顔立ちから何から何までミーナに似通った点を既に見つけていたのだ。それをミーナは乙姫から聞き出し服を買わせて着付けてもらい、普通の村娘よりも裕福なこの周辺の村娘になっていたのだ。


「だから……ヴァージさんは私を見たときにあんなに取り乱したんですか?」

「何のつもりだミーナ」

「お嶺さんの気持ち……人だった私にはよくわかります。愛した人と相容れないのならいっそのこと……来世に身を任せようと。メルヘンとかそんな軽い言葉じゃ補えませんよ……お嶺さんの『想い』は確かにあった物なんですから」

「黙れ!! あの時の俺の気持ちが解るのか!? お前等は身勝手だ。確かにお嶺は嫌いではなかった。……だがな、龍と龍すら相容れない世の中で……龍と人が共に居られるのか? お嶺はそれを俺から聞かされ身を投げた!! 俺が殺したようなものだ。そんなことをするなら他にやりようはいくらでもあったさ……なのに、何故死んだ?」


 ミーナがヴァージの頭を抱きしめた。後ろの方でみていた三人はかなり驚いている。確かに二人の意見は正しい。相対する意見だが二人とも正しく、二人とも的がずれていた。ヴァージの言うように血を体に受ければリスクはあるものの死ぬ確率は低い。それを彼の目の前で身を投げたのだ。彼には大きな心傷が残った。彼の立場からはそうなる。だが、それを知らないお嶺の立場ならどうだ。お嶺は自分は愛する想い人と一緒に居られない。ならいっそのこと、来世に託すという……。彼女の最良の手段だったに違いない。身よりもない自分を助けてくれたヴァージに……彼女の想いをぶつけて、それが引き継がれるならば……。それが良かったのだ。


「ヴァージさんって女の子泣かせるの得意ですよね」

「あ?」

「だって、私を抜きにしても……リュフラさんもそう、お嶺さん、乙姫さんのお姉さんと妹さん。みんなあなたのことが好きなのに……まぁ、リュフラさんは実妹ですから無理でしょうけど」

「お前等なぁ……前にも言ったがな? お前等は何千年を生きる気か知らんが番になれるのは一頭だ。ハーレムはできないんだよ。龍族はそういう生き物……」


 ヴァージの学識は殆ど聞き流したミーナは乙姫から代表して花を受け取るとお嶺の墓前に手向けてヴァージの腕を引っ張った。ヴァージの背中にミーナが乗り、乙姫の背には行きと同様にお涼が乗ってリュフラは帰りは乗せずに茶屋町の家に帰る。祭時は茶屋町に人は来なくなるが宿として使われるためにどこの茶屋も安定した収入が得られた。ヴァージ達は下宿を借りていたためにあまり害は出していないらしい。そして、……彼らの全員が浴衣に着替えてから街に繰り出す。上の街と呼ばれる遊郭茶屋町は今が書き入れ時だそのために躍起ではあるが女連れの男を引っ張る程馬鹿でもない。ミーナは白に金魚の柄の浴衣を着付けてもらいヴァージの腕に抱きついたまま離れないようだ。水太郎は嫁と妹に振り回されていてそれどころではない様子……。そんな中、リュフラと乙姫も話していた。


「不思議な子よねぇ、ミーナ・エンジェリア」

「そうですね」

「リュフちんも好きだったんだ。ヴァーちんのこと」

「兄でなければですよ」

「でも、あの子の破天荒ぶりには驚いたけど、落として纏めるところには纏めるから収まりは良いわね」

「それが良いところですよ。ミーナは……あれでいいのです。純真無垢で清いままで」

「意味深ね……まぁ、いいわ。その辺で美男子捕まえておごらせましょうよ」

「はい? ……ちょっと!!」


 ヴァージはずっとミーナに付きっきりだった。今日の彼はミーナに対しても素っ気ないことはなかった。いつもは遠ざけないにしろ鬱陶しいらしく一歩外側に置くような状態だった。しかし、今回は違う。ミーナのやりたいようにさせていた。おそらく、お嶺とミーナを重ねて居るのだろう。まだ発育の進みきらない少女の面影の強いミーナを暖かな瞳で眺めながら彼もミーナに付き合って歩いていた。水飴を買うとミーナは割り箸をグリグリとこね回して食べている。舐めると言うよりはすこし歯を立ててこすりとると言った方が正しいかもしれない。定時になると神楽舞の時間が訪れた。ヴァージは大柄だがミーナは人混みの中からでは見えない。少し人混みからそれるとヴァージが肩の上にミーナを抱き上げて座らせる。彼女も幸せそうな柔らかな笑みを浮かべて収まりよくヴァージの肩に腰掛けた。


「今日は特別だ。気が済むまで相手をしてやる」

「ほんとうですか?」

「あぁ、あんまり突飛なことを言わなければな」

「きゃふぅ……」

「その反応は変な期待をしたな?」

「しました」

「そうか、口に出さなければ問題ない。お前が約束さえ守れば女龍の群には引き渡さないから安心しろ。リュフラもいるからな」


 神楽舞が終わるまで二人は小さく囁きあっていた。その頃のリュフラと乙姫は……。リュフラはやはり武闘派龍族の混沌龍(カオスドラゴン)で腕っ節が強い。イカ焼きを口に頬張りながら観戦している乙姫が呆れる程強かった……。腕相撲大会であっという間に優勝してしまい二人でかなり楽しんだ様子だ。祭は夜半を過ぎても続いて居る。ミーナは疲れたのかお涼と共に寝息を立てながら二人で寄りかかりあっていた。大人組は酒をあおりながら空を眺めている。


「ヴァーちんはミーナを番にはしてあげないの?」

「しない。この子が……本当に俺を抑える強さに成長して俺を倒す時がきたらだな」「ふーん……全然変わってないね。女泣かせなとこ」

「ん? どういう意味だ?」

「ヴァージ…しゃん……」

「確かに、この子ならヴァーちんに釣り合うかもね」

「……」

「二人とも不思議だもん」


 酔いが回っている乙姫は布団の用意を始めて二人を寝かしつけ始めた。リュフラも同様に二人を運んで再び兄の横に腰掛ける。腕相撲大会の賞金の一部を懐から出すとそれを茶屋の主人に渡して酒をもらいながらアルコール度数の低めな酒をかんづけにしたものをぐい飲みで飲んでいた。ヴァージもリュフラも黙って酒を煽るだけで会話は始まらずいつの間にか寝かしつけていた乙姫も川の字状態で眠ってしまっている。リュフラも酒には強いらしいが警護や警戒に敏感な彼女は酔いが回らないようにしているらしい。大きな瞳と反対の潰れた目は何を見るとなしに空に向いている。それはヴァージも変わらない。


「よ、あんちゃん」

「俺はいつからお前の兄貴になったんだ?」

「そう固いこと言うなてぇ、俺からのおごり。腕相撲大会の二位の賞品だ。天定吟醸」

「ほう、良い酒だな。頂こう。嫁さんも呼べよ」

「だな」


 夜が更けるまで四人での酒盛りは続いた。和の国の夜は静かで美しいものだ。今の季節は初夏。鈴虫の奏でる音色が心地良い……。体温の低い女性の龍族は暑い夏でも夜になると人肌を保のが難しくなる。人肌恋しいということばがあるが正にそれかもしれない。リュフラもアルコールとかんづけの熱では足りなくなり始めていた。水太郎とその妻は既に寄り添い、互いに体温を合わせて円満な雰囲気で過ごしている。


「済まないな、水太郎。来るときはいつも急だし、墓の手入れまでさせちまって。お清さんも済まないな」

「いいさ、来てる時に働いてくれてるんだしよ。それに、あんたはお嶺を見捨てようとはしなかったじゃねぇか。あんな断崖絶壁から落ちりゃぁ龍族だってただじゃ済まねえよ」

「あなたのお嶺ちゃんへの気持ちは愛じゃなかったけど……大切だったんだろ? それはそれでいいじゃない。お嶺ちゃんも上で微笑んでるよ、きっと……」


 リュフラが寒そうに兄のヴァージの体へ遠慮がちにすりより始めた。ヴァージもあまりそういうことに器用ではなかったため無言のまま少し近づいて、リュフラの体が密着するように肩を寄せる。兄妹で和やかに触れ合うのも久しぶりらしくリュフラは顔を赤らめながらもその日、過去の重荷を取り除くことができた兄へ寄りかかるのだった。過去の強く優しかったヴァージの面影を肌に感じながらリュフラは更に酒を煽る。祭は夜が深まる中、煌々と燃え上がる熱気のような物となり街をのんで行く。大人の大御輿が担がれて通りを練り歩いて行くのを起きている大人組は暖かな風情として胸にしまっていた。


「……まだまだ祭は有るんだからゆっくりしていけばいいのに」

「いや、皆さんのご好意は有り難いがこの子には世界中を見せておきたいので」

「ヴァージさんはミーナさんのお父さんみたいですね」


 お涼の言葉に苦笑いするヴァージ。彼がお涼の父から給料として受け取っていた金を水太郎に手渡した。家族に一大事が起きた時に使いなさいという緊急資金にあてろということだろう。水太郎は代表してヴァージと握手をする。するとどこからともなく帝の三姉妹が現れた。今回の旅では深く顔出ししなかった長女と三女も居るのだ。そして、その三人を代表して乙姫が細い錦で包まれた物を手渡した。中身はかなり豪華な造りの簪だ。そして、長女は着物、三女が下駄を……それぞれ手渡す。ヴァージは荷物が増えるのが嫌らしいがそこはリュフラがたしなめた。彼女はミーナに大きな理解がある。妹のようでそれだけ可愛いということらしいのだ。お涼からも三人に一つずつ手渡したされた。


「女の子は着飾るものよ。せっかく美人なんだからさ……良いもの着けなさい」

「んもぉ、乙姫姉さんは……はい、ミーナ様。これからも我が水龍とのご縁を……」

「永久に……切にお願いいたします」

「はい! 大切にします」

「うちからも、……はい。お三方程じゃないけどな。うちも頑張って作ったんや」


 三人に各々の特徴を表した綺麗な布の手拭いが手渡された。ヴァージもちゃんと受け取りミーナのリュックに詰めて別れを告げる。急ぐ旅ではないが二、三日すると次の目的地に向かう経路に大型の台風が来るだろうと彼が語ったからだ。台風を上空から見せたいらしい。リュフラもそれには賛成したらしく早めではあるが和の国とは別れを告げ、思い出を胸にしまいつつ次なる場所へと旅立ったのだった。

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