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龍旅の記  作者: OGRE
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和の国2……侍遊戯

侍遊戯


 ヴァージはトラブルに巻き込まれていた。ミーナの美貌が裏目に出るとは思わなかったのだ。ミーナに難波をしてきたのは侍だった。質が悪いのはこの国が大名国家ではないために侍はやりたい放題やろうとするらしい。だが逆にこうとも取れた、やりたい放題やろうとするだけで実際はお国もとではないから平民が殴ろうが何をしようが罪に問われない。しかも、侍は平民に負けたら面子は丸潰れだ。だから、頭が良く、節度のある誠実な侍ならそんなことはしない。むしろ、この街の法度に従い住民の生活を向上させるために能があるならアドバイスをしていくのだ。そして、この侍は上方のボンボン侍らしい。衣服は整っていたがまったく覇気がないのだ。あるのは刀と脳足りんの頭くらいか。


「こ、困ります。お客さん」

「いいではないか。金はある、ちと遊ばんか?」

「お侍様、ここは遊郭茶屋では……」

「喧しい! 客に説教垂れるとはいい度胸だ! お上に進言しようか? この街は商売がしたくないのだとな!」


 ヴァージが立ち上がる。剣をつかみ侍にくってかかった。ミーナの牙が発達したのを見て状況判断をしたのだ。タイミングが遅ければミーナは怒りのままに侍の一人を再起不能に陥れただろう。表向きはヴァージが悪役を買って出たという場景だろうが、内情は違う。彼が二人を助けたのだ。いくら持久力がなく半分以下の覚醒しかしていないミーナでも龍族には変わりない。そんな腕力で殴りつければ簡単に死ぬだろう。侍はミーナが龍族であると気づかずただの異国の美人だと考えたのだ。そこがまず誤りだろう。異国にもなかなか白い髪と瞳の女性はいない。そのミーナを守るようにヴァージは前に出てから剣を再び掴み直す。彼の剣は鞘に収まっているが重さは普通の刀の数倍はある。板床に突くと一瞬、侍は驚いた。


「俺の女に手を出すなら剣で勝っていただこうか。お侍殿」

「何?」

「聞こえませんでしたか? 俺に剣で勝てないなら、『俺の女』に手を出すなといったんです」


 当然、侍はいきり立ち二人のうちで強い方が刀に手をかけてヴァージに怒鳴り散らした。そこから、ヴァージは店主に進言し賭けをさせる。賭事は金の流れを派手にするし賭ける物さえあればどこでもできるのだ。侍との勝負を賭の出汁にしたらしい。店の外は少し乾燥した風の吹く街道のために場も整っていた。そこに楕円を描くようにギャラリーが集まる。ヴァージが剣を構え、侍も刀を抜き構えた……が勝負は見えすぎていた。何も知らない住民や旅人は侍に多く賭けていたがリュフラとミーナはヴァージに大枚をかけている。ヴァージに勝てるはずなどないのだ。確かに人間には強い者もいるがその侍のレベルではヴァージには遠く及ばない。剣と刀が間合いの中心で合わさりさながら時計の針のようになっている。侍の動いた瞬間にヴァージの剣が振り抜かれた。一閃に見えたがリュフラや戦闘に慣れた者は感嘆の声と含み笑いをためてから各々に行動をする。


「……」

「……」


 ヴァージの振り抜いた剣は……。相手の侍の刀を切り裂いたのだ。そして、侍のプライドをズタボロにしたのは腹帯や結びの紐を切り裂いていたことらしい。侍は落ちてきた刀の刃に驚いて後ろに飛び退こうとしたのだが……袴がずり落ち、服も切られてほぼふんどしと雪駄をさらけ出した感覚だろう。侍は本当に面子が丸つぶれだった。ヴァージは剣を鞘に納めてみなに騒動を起こした詫びとさり気ない店の宣伝をするとミーナを引き寄せ、客寄せパンダ作戦第二段をはじめたようだ。ミーナがパンダ。ヴァージは飼育員……。ミーナの綺麗さが侍に目をつけられたことで箔がつき更に人気が出るのは言うまでもなく、軽いアイドル並みだった。そして、ヴァージとリュフラには……もう一つのオファーが来ていたらしい。お諒が兄の水太郎に告げ口し二人が猛者であると伝えたために侍所に呼ばれたのだ。侍達は刀以外の刀剣を扱うことはできない。そのために二人はかなり重宝していたのだ。先にリュフラが赴き、侍所の腕自慢達を完膚無きまでにボコボコにしてきたという。


「兄さん……どうしたの?」

「そこのお嬢さんの一閃にやられた」

「それでも男性ですか? 覇気も感じられませんよ」

「だそうだぞ。水太郎」

「ひでぇなぁ。フォローくらいしてくれよ」

「無理だ。お前も基本を疎かにしすぎなんだよ」


 食卓を囲み、ミーナは珍しそうに煮物や野菜の炒め物などを慣れない箸で突き刺しながら何とか食べている。ヴァ―ジは何度もこの国に来たことがあるらしく馴れた手つきで箸を握り挟んで食べていた、ミーナはそれを見てまねをしようとするが無理だ。こればっかりは一朝一夕には身につかない物なのである。しかし、果敢に食べるミーナを水龍の家族は和やかに見ていた。新しい家族のような感覚らしい。お諒や水太郎もリュフラやミーナを本当の家族のように思っている。というところなのだろう。水太郎は一つ上のヴァ―ジを案内し早朝から侍どころに詰める。その代りに愛想はあまり良くないように感じるがリュフラも彼女の髪の色や性格に合わせた濃紺の着物を着せられ店頭でミーナと共に悪戦苦闘しながら頑張って働いていた。ヴァ―ジは……。


「さっそくか?」

「すまないね」

「いや、いいさ。殺しても構わないのか?」

「……いいと、思う」

「殺してからでは遅いんだが……」

「まぁ、な」


 ヴァ―ジと水太郎は他の数人を連れて走る。その途中でヴァ―ジと水太郎は別働隊として分岐しヴァ―ジと数人でその場所に行く。賊はこの近隣で問題を起こしている物で区域の管轄官から討伐許可が下りている。ヴァ―ジはそれを聞かされ少し安心したように剣の柄に手をかけて走った。その頃のミーナ達は……。茶屋で働いている最中に遊郭街でトラブルが起きたために客が野次をしに行ってしまい隙をしていた。ヴァージのことについてお諒がミーナに聞いていると見える。確かに、ヴァージは初対面の人物にはなかなか好かれない性格だ。扱いにくい上に変に堅いためか彼はなかなか理解はされにくかった。


「ミーナさんはなんであの人が好きなんや?」

「え、えーとね……。私が初めて会った時にキュンときた人だかり」

「初恋で一目惚れ……ベタベタやな」

「ミーナはそういう純真なところがいいんですよ。私のように血なまぐさい女を好いてくれる人などいないですし」

「そんだけ乳張り出してよく言うよ」

「……そうだね」

「これは遺伝です」


 三人が話す。確かに、リュフラは美人だ。ミーナは自分の胸を押さえながら顔に影をつけつつ下を向く。リュフラは露出が大きいだけに周りに与えるインパクトも大きい。そして、ミーナと違うのはリュフラは完全とは行かないが完全体の手前程の覚醒をしており大人な美しさもある。なんと言おうか……妖美な美しさが彼女にはあるのだ。凹んでいるミーナをお諒が慰めつつ野次に行かなかった老夫婦の休憩にお茶と団子を出している。まだ女性的な発育の薄いミーナは羨ましいのだろう。だが、よくあることでリュフラは戦闘には邪魔だし肩も凝るから邪魔だと言っている。それを言われる度にミーナは沈むのだ。その時、老夫婦に慰められて少しずつ回復していったミーナ達の前を大名行列のような行列が通過した。お諒や老夫婦に合わせてミーナとリュフラも腰を折り、頭を深々と下げながらちらっと輿に乗った美しい女性を見る。


「チッ!! リュフラ! 応戦準備!」


 ヴァージの声が響くや強力なブレスが噴出されヴァージが剣で切り裂き、輿に乗った女性は守られたが水を高圧縮したフラッドブレスを体に受けた衛兵の数人が血を流して倒れた。ヴァージは逃げようとするその男を追って飛び上がり森に消えていく。そこに、息を切らした水太郎が現れリュフラに怒鳴られて集まった仲間と共に配置につけられた。


「ハァ……ハァ……何なんだよ。今日は……賊の次は……帝殺しかよ」

「何をしている! 貴様はそれでも一端の騎士のつもりか! はやく御方の防備に着かんか馬鹿たれが!」

「お、おう……」

「違う!! 敬礼しながらイエス!! マムだ!」

『イエス!! マム! ……?』


 とりあえず……訳も解らず言わされた他のメンバーはほおっておきヴァ―ジに視点を移そう。必死に逃げる龍族を彼は猛然と追いたてる。そして、椿の若木の葉を二枚むしり腕を振って前方を走る帝殺しに当てた。木の葉で人が斬られるなど恐ろしいの一言に尽きる。だが、ヴァージは苦痛に悶える男の首を掴んで地面に押し付けた。凄まじい腕力で抑えつけられた男は観念したようにヴァージに捕まり水太郎のところに連行されていく。そして、次は警護している部隊を指揮しているリュフラが狙われ毒吹き矢が死角から放たれた。それに気づいたミーナにより何とか間に合い吹き矢は道に落ち、帝殺し、暴動、毒吹き矢の事件関連性を鑑みて帝はこの街で一番格式のある三人が働く茶屋で一晩を過ごすことになったらしい。


「皆の働き感謝する。妾の命が無事なのも皆のおかげじゃ」

「そんな堅い挨拶はいい。ルフォンの水龍帝、乙姫が何故この国で帝を?」

「あ~、やっぱりバレちったかぁ~。ヴァーちんはいつから気づいてたの?」


 皆が不思議がる中、ミーナが唸りだした。先程から急に馴れ馴れしくなった水龍族の皇帝だという女性がヴァージに抱きついて離れようとしないからだ。ミーナ程ではないにしろリュフラもイライラしているように見えてきたのだからそうとうべったりくっついているのだろう。ついにミーナがヴァージにへばりついて来た。とうのヴァージは二人とも鬱陶しいらしくめんどくさそうに立ち上がってどこかに消える。残された三人は話し始めた。


「リュフちんはアタシのこと知ってるよね? まだこーんなちっちゃい時には遊んであげたもん」

「えぇ、その節はどうも。まだ下界になれぬ幼い私に芋虫を付けて大泣きさせたのは誰でしたか?」

「ぇ、リュフラさんって泣くんですか!?」

「…………そこで突っ込むんだ。で? 聖帝龍の末裔の女の子が何で彼にくっついてんの?」


 興味は持っていたがあまり好意的な感触のしない口調で問われたためにミーナも険悪そうに牙をむき出して……幼い顔を必死にいかめしくつくった。それに驚く乙姫。ミーナは覚醒が完全でないとは言えどリュフラを圧せるだけの力は既に持っていたらしい。ヴァージが心配する程のこともないだろうと楽観視されても仕方ない強さだった。ただ、彼はまだ確認していない覚醒の兆候を知っている。乙姫の相手をリュフラがしている間にヴァージをミーナに呼びに行かせた。ミーナは相変わらず変な走り方でパタパタ走り、ヴァージの発する微かなスッとする香料の香りを頼りに探した。


「ミーナか。どうした?」

「私、乙姫さんが嫌いです」

「そうか。アイツはアイツで喧嘩っ早いしな。お前も売られたら買うだろ?」

「はい!!」

「ま、お前がしたいようにすればいい。ただし、力を使うなら俺の前でだけ使うんだ」

「わかってます」


 帰ると……リュフラが部屋の隅でうずくまって沈んでいた。どうやら彼女のトラウマを乙姫が呼び覚ましたらしい。体操座りを横倒しにした状態でどんよりした雰囲気を周囲に立ちこめさせていた。あれでは回復するには時間がかかる。そして、乙姫は次にミーナへ食ってかかった。ミーナの立場をリュフラから聞いたらしい。それが気に入らないらしく彼女に喧嘩をふっかけたのだ。その類の喧嘩をミーナが買わない訳がない。……言わずともミーナは買ったのだ。


「何でよ!! 年齢は離れててもお姉ちゃんの方が美人だし経験豊富だし……他にも、他にもあるもん! こんなぺったんこで見るからにガキでお馬鹿そうなおとぼけさんを選んだの!? ヴァーちん!!」

「は!?」

「い、今のは聞き捨てなりません! 確かにぺったんこですけども……年増の若作りで大人気ない人には言われたくないです!!」

「ムキー!!!! もお、怒ったぁ!! いくら未覚醒のガキだからって許さないんだから!! お姉さんを怒らせると怖いのよ!!」

「知りません! 大人気ない人は私より幼稚です! もう一度、幼稚園からやり直すべきです!」

「なぁ~~!!!! こんガキィ! 決闘よ!!」

「いいですよ!! 受けて立ちます!!」


 諸々の悪口雑言の応酬を聞きながらまずはリュフラを立ち直らせているヴァージ。そして、二人は本当に肉弾戦をする覚悟で喧嘩していた。額をぶつけて部屋の真ん中を陣取りにらみ合いを続けている。そこにやっと立ち直った涙目のリュフラとヴァージが現れ、ヴァージは二人の額の間にチョップを当てて二人を落とす。恐ろしい形相に笑いをたくわえて口からは今にもブレスを噴き出しそうな勢いを見せる煙まで巻いていた。次の瞬間には二人の脳天にデカいたんこぶができている。二人は可哀想なことにそれから数時間の説教をうけ、ヴァージが審判をするという条件の許収まりのつかない腹の底を拭えばいい。……という結論に達した。


「お前らの脳みそのレベルは変わらない。これが答えだ。そこで、変わらない脳みそどうしでぶつかり合えば腹の熱も収まるだろう。決闘は俺が審判をすることで許可する。無理をしていたりしたら即刻とめるからな」

「いぃ~~だ!!」

「べぇ~~!!」

「お~ま~え~ら~? 聞いてたかぁ?」

「フミィ~~……」

「痛ぁい……」


 凄まじい拳骨の音がその後も数発響いたらしい。

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