龍旅の始まり
龍旅の始まり
ミーナは空の旅を楽しんでいた。今更ながら彼女の生活を語っておこう。気づいて居る皆も少なくないとは思うが彼女は結構……お馬鹿なところが脳内の割を占めている。しかも、かなり強引にことを進めるのにかけては天才的だった。お陰でヴァージは背中の上に天真爛漫な少女を乗せて旅をするはめになったのだ。ヴァージは龍族でも大型な体格のようで空でなければミーナが寝泊まりできるほど広い背中を持ち、ミーナはピクニックか何かと勘違いしているように気持ちの良い風に吹かれながら早朝に自分で用意したフルーツサンドを頬張っている始末だ。その頃のヴァージは天爺の縄張りを抜け出たために他の龍族からの襲撃を警戒し続けていた。ミーナは未だに半分の覚醒すら済んでいない。龍族の外観は手に入れたが彼女は変身もできずに龍族特有のフェロモンの放出も抑えられないのだ。ヴァージもそれに関しては考慮しつつ出来うる限りに安全な空の旅をしているらしい。龍族は寿命が長い分だけ成長もゆっくりなのだ。
「ヴァージさん! 目的地はどの辺りなんですか!」
「ない……」
「ないんですか……。無いの!?」
「まだ理解していなかったのか……。バカにも程が……」
「バカって言った人がバカなんですよ!! ということでヴァージさんもおバカさんです」
「何とでも言え……」
ヴァージの滑空は滑らかだ。飛行に初心者の龍は体が真っ直ぐに安定させることが出来ず、蛇行した飛び方をしてしまう。体が滑るという現象が起こり、真っ直ぐに飛んでいるつもりでも実際は体が傾いて居るために斜めに飛んでしまうのだ。そのために龍族は飛べるようになるまでに長い時間を要する。時たま天才的に飛ぶことを早く習得する者もいないことはないがそれも極少数だ。その飛べないミーナは雲に触って遊んで居る。速度が出ている現在のヴァージの飛行状態だからできるのだ。まるで水に触るように表面に触れば彼女の手をよけて再び合わさる。手に取れない雲を触り続けるミーナをよそにヴァージが着陸をすると彼女に告げた。いくらヴァージでも体力の消費には勝てない。よって、休憩をするために近くに見つけたまばらに椰子の木が生えるだけの無人島に降り立ったのだ。ミーナはエメラルドグリーンの浅い海を興味深そうに見ている。天爺の島には大きな海岸はない。何故なら海底火山の噴火でできた島のために海底に柱がたっているような構図だからだ。だが、ここには綺麗な珊瑚礁があり平たく浅い海が広がっている。ヴァージは島に着くなり荷物を一カ所にまとめて上着を脱ぎ捨てて海へ歩いて行く。ミーナが赤面していると呆れたように溜め息をついて説明をしてから海に入って行った。
「……(ポッ)」
「はぁ……。魚を取ってくる。お前は意外と食うからな。さっきのフルーツサンドだけだと足りんだろう。行ってくる」
ヴァージが居なくなると彼女も靴を脱いで水に足をつけた。暑い陽気の中でもひんやりしていて波打つ感じが気に入ったのか彼女はハシャぐように歩き回っている。小魚を見つけたらしい。それを追いかけている。見ているだけであれば小さな子供の行動とそこまでは変わらんだろう。それでも楽しそうに海で戯れる美少女。その頃のヴァージは……。水底の深いところで大きな魚を探していた。魚は底の窪んだ岩場や隠れやすい岩場に多い。体の面でも彼もエネルギーを多く使う変身を使っていたために空腹感はかなりのものだろう。ヴァージはいきなり速度を上げて泳ぎ……、巨大魚を見事に貫いた。腕で……。そして、海面に上がって行く。すると……、浅い場所で伸びているミーナが居た。近くには椰子の実が落ちている。おおかたはそれが頭に当たったのだろう。汀で倒れて居るためにずぶ濡れになっていた。そのミーナを抱き上げて揺り起こす。
「キュ~……」
「……」
「う、ぅう……あ、ヴァージさん。お帰りなさい」
「お前は一人で留守番もできないのか?」
「だ、だって、初めてだったんです。海が……それでつい」
「そうか、それなら仕方ないな。だが、少しハシャぎすぎだ。もう少し皇女の血筋である自覚を持つように」
「はーい……」
『返事だけはいいが……不安だ』
ヴァージはミーナに協力させながら魚を捌く。ミーナの爪は細く抉るのに適した形状をしている。おそらくは太古の昔には彼ら『聖帝龍』は果物や木を抉る文化があったのだろう。ヴァージの物は細く切り裂く事に長けている。正しくは切り裂き内部を抉るのに適した形状だ。深く刺さった爪を内部で動かせば傷が広がる。これは彼が戦闘龍だということを証拠づける特徴だろう。あらかた魚を捌くと彼は魚の切り身を焼き始める。待ちかねているらしいミーナは既に涎を見せ始めた。香ばしい匂いと空腹感を誘う時間が重なることもありヴァージもそんな彼女に注意をしない。ミーナに椰子の葉を使った皿で切り身を渡した。瞬く間になくなる切り身とミーナをヴァージは気持ちよさそうに見ている。その時……、ミーナが切り身をよく噛まずに喉に押し込んだらしく詰まらせたらしい。ヴァージはすぐさま椰子の実に穴を開けて飲ませた。椰子の実ジュースを飲み少し咽せる。その後に少し表情を沈ませた。
「ケホッ! ケホッ! 死ぬかと思いましたよ。ありがとうございました」
「あまりがっつくな。まだ沢山ある」
「……そうですね」
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもないです」
「寂しいんだろう? 覚悟ってのはななかなか固まらんものだ。お前が歩む道にそんな物はこれから先にごまんと出てくる。前を見て歩け。今みたいに、楽しいことを探してな」
ヴァージの逞しい手のひらが彼女の白い髪の毛を撫でる。下を向いて目尻に涙が浮いていたミーナがにこやかに笑い再び魚にパクついていた。珍しくにこやかに笑いヴァージもそれに引けを取らない量を食べ、魚は……骨だけになっている。ヴァージはその骨さえも無駄にしない。骨は削り出してナイフの代わりにし、ミーナが海で遊ぶのを見ている。ヴァージにはそのような時代はなかったのだ。人間や他の生物でもそうだが必ずしも皆が幸せな訳ではない。彼はその幸せでなかった部類のようだ。ミーナを羨むように眺めて空を仰いだ後に椰子の木陰で横になり腕を枕に昼寝でも始めるつもりらしい。剣は何時何があるかわからないためにそばから離さないが鎧は着ていない。それに、ミーナも今は服がずぶ濡れになったためにヴァージが貸した薄着で思う存分海を楽しみ続けている。未だに羽ばたくほどの力がない背中の小さな龍翼を揺らし白い髪を靡かせる姿は何とも美しいが……。貝殻拾いや蟹の捕獲、小魚との戯れなど、やっていることは10歳未満の子供と変わらない。そして、ヴァージはいつの間にか弱く寝息を立て始め……。ミーナがそれに気づいた。
「あ、ヴァージさんが寝てる……。チャ~ンス!」
「……」
何を企んだのか知らないがヴァージに抜き足差し足しながら近づくミーナ。ヴァージは一向に起きない。これまでの彼なら有り得ないことだ。ミーナは徐々に近づいて行く……。何がしたいのだろうか。顔には満面の笑みを見せながら彼女は更にヴァージへ近づく。やはり見た目と行動の伴わない少女だ。もう少し落ち着いていれば彼女は好印象なのだが……。ついにヴァージの目前にまで迫る。……そして、ヴァージにミーナが飛びかかった。
「ヴァージさん! 覚悟!」
「ぐあっ!! おぁ、ミーナ……」
飛びつかれたヴァージは苦しそうだ。腹の上に馬乗りになられてしまい食べたばかりだと言うこともあり動きが取れないらしい。可哀想なヴァージはキャッキャと子供のように遊び続けるミーナに降りるように言葉を放つ……。しかし、ミーナは盛りがついたようにヴァージの上で悪戯を続け……。ついにヴァージにも軽い怒りの表情が浮かんだ。彼は敵意がなければ爪や牙を立てたりはしない。そのために彼はミーナの肩を掴んで体勢を逆転させることから始めたようだ。ヴァージが上になりミーナを見下ろす。ミーナは少し驚いたようにヴァージの顔を凝視したが……。すぐに赤面させて視線を逸らす。状況は確かにそうだが、ヴァージはいたって真剣にミーナに視線を注ぐ。
「ヴァージさんったら……だ・い・た・ん……」
「(プチッ)」
「あ……」
正座をさせられたミーナの頭にはたんこぶができている。痛そうにフルフル震えながら涙目でヴァージを見返すがヴァージもなかなか許してくれない。躾も彼はしようと思ったのだろう。彼は外の世界で生きてきた。そのために厳しさも教えたいと考えても不思議ではない。だが、甘えさせることもさせたいらしく頭に手を置いて撫でた後に体を翼のない龍のように変化させて背中にミーナを乗せた。
「遊ぶなら少しは年齢相応の遊びがあるだろう。お前の遊びは少し幼稚だ。貝殻や魚ならまだしも俺に飛びついてじゃれるな。今頃の龍族覚醒で困惑してるのも解るがお前は龍族の姫だ。もう少し高貴な楽しみ方もあるだろう」
スキー板が無いが龍族ならばそこまで痛さは感じないだろう。海面を滑るように海面を撫でる。ヴァージは海を泳いで居るがミーナは水面を滑っている感覚だろう。その時……ミーナの翼が大きく開き彼女の体が浮く。ヴァ―ジという原動力に頼る所も大きいとは言え彼女の始めての飛行だ。小さくて風を受けるののいは未だに不安の残るミーナの翼……。ヴァ―ジはそれに驚いている。すると……ミーナの手がロープを離した。みーマーの体は余力でそらの高いところに飛んでいく。ヴァ―ジも急いで急上昇しミーナを捕まえる。空中で制御できないミーナを空に飛ばせたままにしているのは自殺行為だしかない。他の龍族や巨鳥にはかっこうの獲物だろう。ミーナをつかんで島に帰る。
「おいおい、飛ぶなら訓練してやるから」
「今……飛べましたよね?」
「あぁ、そうだよ。自力でではないが飛行の感覚には恐ろしくよい感性を持っている。この分ならすぐに飛べるようになるだろう」
「ほえ?」
「龍族はな、真っ直ぐ飛べるようになるまで時間がかかるんだよ。お前も例外ではないんだよ」
「ヴァ―ジさんは?」
「普通に飛べた」
「ずるいですよ!」
口を膨らませるミーナにヴァ―ジは宥めのつもりなのだろうか、たくましい掌を頭の上に乗せて撫でる。彼はよくこの行動をする。何故なのだろうか。それは今は触れないでおこう。ミーナもそれが嬉しいらしく今はそれでいいのだ。ミーナが急に上に向けて牙をむき出しにした。上空を抜けて行く龍が居るのだ。ヴァ―ジは全く気にしていない。それどころかミーナを抑えるように言葉をかけ、彼の翼を開く。匂いは時として威嚇を表す物として表してしまう。ヴァ―ジがそれを抑制する何かを放出しミーナの威嚇フェロモンを相殺しているのだ。遊び疲れたミーナは彼に寄りかかると小さく寝息を立てている。寝ている時は匂いの放出は抑えられるため、彼も安心していたようだ。島の真ん中にある大きな椰子の木にミーナを寄せて椰子の葉で隠して魚をもう一度取りに海底に向かう。龍族はそれ相応の変身技能を経験から学ぶ。たとえば、ヴァ―ジは既にしているが翼を引っ込めて鰭と水掻きを発達させることや人間の形態のままに翼を出すなどの技能を習得しているのだ。
「はれ? ヴァ―ジさん? ん……ヴァ―ジさんの匂い。いい匂い」
「俺の匂いがどうしたって?」
「ふえ!? いつから?」
「今さっき、晩飯の魚が取れたからな。ついでに椰子の実を飲めるようにして置いた。俺は甘すぎであんまり好きじゃないんだがな」
「美味しいですよ」
「だろうな。それから、お前の成長の早さにも驚くよ」
「はへ?」
自分では気づかない成長もいろいろある。とくに、ミーナはヴァ―ジの認識では未だに子龍の域だ。既に数日前のように人間のころの金色の髪の毛に戻ることも無くなった。数時間の間に起こる成長の痛みなども他の龍族とは違いかなり緩いと見えた。混合された龍の特徴の影響で不安定なのか……、それとも、彼女の中に眠る潜在的な何かなのか。人間やほかの動物にも個人差があるように龍にも個人差はある。ヴァ―ジの経験はかなり傷みを伴う急成長だった。彼の体は戦闘に適したそれに急激に成長するために筋繊維の大幅な増量や内臓器官の急速な成長などが関わり彼には成長という言葉よりも肉体の変容と言った部類の事が起きたのだ。しかし、ミーナにはその速度よりも数段早い成長が見られるのに痛みも伴わず吐血や発熱なども見受けられない。彼も彼女の成長の速度などを逐一気にしているらしい。いつ暴走行為を起こしてもいいように。
「注意しておくがお前も少しは自分のことについて考えろよ。龍族は人間とは違いかなり扱いに困る力も手に入れることになる。龍族は知らないで成長してしまえば人間と大差ない。知ることで自身の力を受けることになる。お前は既に俺を見て多くを知ったんだ。自らを自制する手段を覚えろ……」
「はぐはぐ……」
「聞いてるか?」
「はい?」
「お前……まぁいいさ。いざとなれば解ることだ」
「ヴァ―ジさんにも何かあったんですか?」
「ま、いろいろな。俺の場合は血なまぐさいから言わないが」
その夜はヴァ―ジも眠りミーナを守るように眠る。翼は彼女を抱くように開き、彼女もヴァ―ジに身を預けるように横になっていた。ミーナも彼には全幅の信頼を置いているらしく何も気にしない。翌朝からは彼の背中に乗って再び二人の旅路は続く。相も変わらずミーナの食欲は旺盛でヴァ―ジも手を焼いているらしい。しかし、彼もそれが何故か楽しいらしく彼女を観察し続けている。彼らの新天地へ飛び続けながら龍旅を綴っているのだ。