白夜の交わり
碧嵐の国より出国する直前の事。ゼロとヴァージが以前より話し合っていたことをリュフラとミーナに伝えるタイミングが訪れた。言わずもがなミーナは反発し、リュフラはゼロの落とす暗い影を敏感に感じ取っている。リュフラは恐らくアリストクレア婦人、ヴァージとリュフラ、2人の母が持っていた先見の力を開花させたのだろう。この先に皆が巻き込まれるであろう巨大な嵐。……見ずとも肌で感じる程に危険な波だ。
「なんでですか? ずっと4人で居ても大丈夫じゃないですか!」
「ごめん、ミーナちゃん」
「ゼロさん……」
「これには僕の過去と、この難所でリュフラが身重になってしまった事に起因する。これらは僕の責任なんだよ。ヴァージがプランとして立ち上げている龍旅の終着点は……セント・フェザー宮殿跡だ。そこに行くまでに例の敵が襲撃してくるだろう」
襲撃だけならば手数はあった方が好ましい。しかし、リュフラという弱点がミーナと入れ替わりに生まれてしまった。人間でもそうであるように身重の女性に無理はさせられない。通常の生活ならば問題ないのだが、襲撃に際しての戦闘ともなれば話は別である。
ミーナとヴァージだけならば空と陸での戦闘において円滑に対処できる。しかし、リュフラは今は龍体になる事で負荷がかかる。魔法を多少使うのはいいが、過使用や特異なブレス系能力は体や胎内の卵に負荷をかける。それは言うまでもなく流産に繋がり、母体にも深刻なダメージを出す事さえあるらしい。
龍体になれないという事は長距離飛行は出来ず、ゼロはそれほど飛行能力が優れてはいない。ならば空路を抜けなくてはならない本来のルートとイレギュラーから生じた陸から遠回りするルートに別れた方がリュフラを守る上では安定するのだ。
「ヒュドラオ山脈は確かに高い山だが、抜け道が多いし僕が居ればリュフラだけならば守れる」
「全員での行動よりも分散した方がリスクが少ない。それにリュフラの体調は変わらないのにどうも卵の発育がはやい気がする。いつ以前のような体の変化が起きても対応できる方が安全だ。ゼロの出身地はヒュドラオの奥地で知人などにも頼れるかも知れないからな」
「それに…リュフラには…知っておいてもらわなくてはいけない事もあってね。ヴァージには教えてある。だけど、ミーナちゃんにはまだ教えたくない。僕がそれを解決した上でしっかりと処理してから話したいんだ」
宥められたミーナだが完全に納得はしていないらしい。4人で陸路ではダメなのか? また別のルートは無いのか? などと考えているのだ。
しかし、分散する訳はもう一つある。襲撃してくるであろうヴィヴィレッドの眷属や従属が第一の標的にするのはミーナだからだ。リュフラは確かに敵ではあるが単体では大した敵では無いと思われている。更にヴィヴィレッドが龍界帝になるためにはその最有力候補となるミーナ、またはヴァージを抹殺する以外にはあまり大きな目標が今の所はないように考えられる。
そうなれば現段階においてこちらの弱点であるリュフラ、狙われる標的であるミーナの場所は離した方が賢明だ。それにヴィヴィレッドが何をどうした場合にどんな悪事がはたらかれるのか……。今は全貌がよく分からない。それを探る上でもヴァージとミーナはヴィヴィレッドと接触する必要があるのだ。
「兄上、ゼロさん。少しミーナと2人にさせてくれませんか?」
「構わない」
「解ったよ」
王家の客であるために用意された部屋も絢爛豪華。その部屋の隅に蹲る様に座り込んでいるミーナにリュフラは近づいて行く。この旅事態には期限も目的もない。目的を作るならば、『見つける事が出来ていない目的』を『見つける為』の旅だ。ヴァージはその旅の中で様々な運命の交わりを経験し、今に至るは苛酷な運命を背負った少女を導く旅路。その少女も自らと他者の交わりを経験する事で少しづつ、大人と呼ばれる『制約』と『自由』の入り混じる世界へと足を踏み入れたのだ。
泣き腫らしたのだろうか。目は腫れ上がり、涙の跡が頬や顎の付近に光る。そんなミーナの前に屈みにくそうではあるがリュフラが屈んで小さな箱を手渡す。ミーナは良く解っていないらしい不安気な表情をしている。
「まず先に、ハッピーバースデー、ミーナ。兄上に先を越された上にレースやドタバタで渡しそびれていたものです。それに貴女には謝らなくてはならない。私はミーナの思いを裏切る結果をとってしまった」
「私もすみません。もう、大人なんですよね……私も。リュフラさんに可愛いお子さんを元気に産んでもらわなくちゃいけないって解ってるんです。でも、どうしても寂しくて、リュフラさんや皆さんとの楽しい旅が……」
涙ぐむミーナを前にリュフラが表情を変えて記憶を遡りながらミーナに説明を加えた。リュフラの表情から読み取れるのは強い呆れだ。
「えっと、ミーナ……言い難いんですけどタイミングがどうなるかは解りませんがまた合流するつもりですよ? 私達も」
ミーナがキョトンとし、兄や夫の説明不足にリュフラは首を左右に振りながら溜息をつく。その後、会話の流れから読み取れなかったのだろうが、ミーナの大きな思い違いにリュフラは呆れながら笑顔を見せ、腹部を撫でながら立ち上がり言葉を紡ぐ。
兄がミーナの母であるフローディア妃と繋がり、更には2人の母であるエル・ノアール妃にさえ繋がりがあった。その繋がりの中に巨大な嵐に巻かれた者達の糸が絡み合う。ヴァージがフローディア妃の手紙から読み取った以外でリュフラが先見を用いて見てしまったミーナの未来をリュフラは語り出す。突然の事にミーナは驚きながらもリュフラの言葉を真剣に聞いている。悲哀、悲しみを織り交ぜながら、それでもミーナの背を押し、自らも共に戦う意思をリュフラはミーナに伝えているのだ。
「貴女はこの先にとても長く、辛い時期を迎える。でも、必ず貴女は貴女の必要としている人と再会するでしょう。時に別れ、約束し、再び紡ぎ、貴女の機軸は彗星のようだ。美しい」
「リュフラさん?」
「ミーナ、貴女はこのままでは……最愛の人を失う未来を歩む」
「え?」
「それが誰なのかは解らない。どんな状況なのか永遠か、はたまた一時なのか……貴女には強い力がある分だけ先が揺らぎ見えない。だから、私は貴女をたてる。龍帝となって、貴女の、貴女が進むべき空を思い浮かべて。私は貴女が住まう空を守る」
「リュフラさんには先見が使えるんですか?」
「はい。少し前に覚醒しました。母からの遺伝らしいですね。この事実はエイシャさんに教えて貰いましたけども」
ミーナは1度深呼吸したあとにリュフラの両手を握る。その後にヴァージが気にしているリュフラの事を心配しながらもリュフラへ再び笑顔を向けた。
龍の生態は種族、個体、果ては年代毎に変化が著しく一括りに出来ない点が多いと龍医学に精通したゼロがいう程に様々な形が見られるのだ。リュフラにもそれが当てはまり、妊娠の発覚から今までの期間は2週間程。しかしながら、リュフラの腹部には既に傍目にも解る程の変化が出ており、はやすぎる変化に兄は心配が隠せないらしいのだ。ゼロ曰く、心配する程体に負荷も無く母子共に健康体であるため心配もあまりない様子ではあるが……。
それよりもミーナには姉代わりとしてヴァージと共に彼女を導くような立ち位置であるリュフラの子供が気になるらしいのだ。混血龍である事は両親が別種である為に確実。そして、ある事にミーナは気づいた。
「双子なんですか?」
「はい。龍に双子はかなり珍しいらしいですね。硬く脆い卵である龍の卵ではなかなか見られないでしょう。このような二卵生の双子は特にですが」
龍の双子が現れ難いのには発育による原因がある。一卵性双生児の場合は卵がそれだけ大きくなるため母体に負荷がかかりやすい。また、卵自体にも負荷がかかりやすく割れてしまったり、卵のサイズによっては未熟児になりやすいのだ。一卵性双生児の場合はそれでもリスクは小さい。しかし、二卵生双生児の場合では二つの卵の干渉により割れ易く、母体にも相当な負荷がかかるのだ。リュフラの場合、二つ共健康体の卵であるため彼女の体は今現在特に辛いはずなのである。
変態や変身は言わずもがな体にダメージを出す。確かに龍と言う生き物はそれを凌駕した存在だが……。それはあくまでダメージを最小化出来ているだけに過ぎない。魔法や超常科学、人間など寄せつけぬ生物としての利口さなど。その全てを用いても彼らとて寿命を縮める事で体を変化させたり、高速治癒をしているのだ。その上でも龍がいかに強固な生き物でも絶対は有り得ない。命を失う。1つしかないのだ。命は……。
「私はいえ、私達は自らの知らぬ禍根に苛まれ、何か苦悩を抱えています。でも、それも何かのきっかけに成りうる。現に私は貴女と出会い、幸せですから」
「リュフラさん」
「わたしはこれからも幸せになれる様にして行きたい。たとえ、何が有ろうとも私の全力を持って打開します。今は……その為のおやすみを貰いたいんです」
「解りました。必ずリュフラさんのお子さんを抱っこさせて欲しいんです」
「ははは、さすがミーナですね」
ヴァージもゼロがもたらした情報により、様々な面でのプランを構築しようとしていた。ゼロが何故龍の自治が集まる地域に居ながらその土地に進まず僻地で野営をしながら敵を警戒していたのか……。それはとある人物が関係し、その人物達が組織していると言う革命思想を持つ龍集団の軍に彼は所属していたらしいのだ。そうなれば茶山の国を出国直後に雷龍の軍隊に遭遇した理由、更にはゼロが敵意剥き出しでヴァージを急襲した理由などの辻褄が合うのだ。
その人物をゼロはヴァージに伝えている。しかし、ミーナやリュフラには未だに伝えずヴァージもその人物の助力は期待していないらしい。革命を起こすならば敵となる物がある。それに掛り切りになるだろう。それにヴァージの行動圏で何かがありヴィヴィレッドがそれの糸を引いているならばなお厄介だ。革命は恐らく強硬な姿勢を続けている龍王政に向けて……。ヴィヴィレッドが何かをしているならば必ずそこでぶつかって来る。
「流石だね」
「いいや、この先は何が起きるか解らん。だから、お前の故郷や度量に依存するプランを組まざるを得なかった」
「それでも、札付きも札付き……もっと言えば危険な思想を持っているかも知れない僕なんかを信用してくれてるんだ。僕は応えない訳には行かないよ。君の妹の命、僕と彼女の子供の命を預かってるしな」
「お前は絶対に嘘が付けない男だ。これまでの旅で見てきたから良くわかる。そんなお前だから俺はリュフラの未来を託した。俺達は必ずセント・フェザーで落ち合う」
「あぁ、絶対にな」
酒を酌み交わしながら2人も誓いをたてあったらしい。まもなく碧嵐の国を出国し、別々の旅路を歩む事となる。陸路は古き時代に存在した隣国との貿易ルートに紛れた抜け道。空路は最も過酷と伝わり続ける風龍族の聖域を抜けるルートだ。今のミーナとヴァージであれば何のことない道であろう。対する2人には険しい道程だ。それでもリュフラの体を案じればこちらの方が良い選択なのであろう。碧嵐の国に風が吹き荒れるこの季節にヒュドラオ山脈やそれの付近にある高所帯は風が止む。風が吹き荒れる季節のヒュドラオ山脈付近は氷龍ですら通過を躊躇う程のブリザードとなる。移動するならば今しかない。そして、そのヒュドラオを抜けた先でゼロには超えねばならない試練が有るのだと……。
ミーナとの会話を終えたリュフラのもとにゼロが現れた。いつも柔和な笑顔の彼ではあるが少しばかり気難しい表情をしている。リュフラの先見がどのような能力であるかは詳しく解らない。しかし、リュフラは話の内容を把握しているような素振りをしている。
「私はどのような貴方であっても受け入れるつもりですよ」
「"先見"だね」
「はい、ですが私の先見はそれ程確実性は強くないようです」
「?」
「私の先見は必ずしも未来を映さない。ですから、私はこの力を打破する為に更に力を欲します」
「君は真っ直ぐな女性だ。僕には君を止める事は出来そうにない。だが、僕は君を守る為に全力を尽くすつもりだよ」
「ありがとうございます。恐らく、先見を手に入れたと言うことは私も"母の様"になるんですから……」
翌朝、碧嵐の国を出国するにあたり、盛大な見送りを経て二手に別れた一行。ミーナ、ヴァージはその先にある金陵の国へ。リュフラ、ゼロは彼の故郷でもある土地だ。ヒュドラオ山脈に囲まれ、その山々を超えた先にある紺氷の国へ向かう。