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龍旅の記  作者: OGRE
22/25

碧嵐の国2……翼姫疾風

 ブラストレース二日目。今回の種目は耐久性の問われるものだ。前回の直線飛行とは異なり高さに縛りがあるコースで曲がりくねった峡谷を飛行する。大型な龍族には酷なステージで今回は例年見ない程の強風も相まってとても危険なのだという。それに、今年度のブラストレースには前年度優勝者、さらに一年前の優勝者などと強豪がひしめいている。ヴァージも予想だにしない程の混戦模様になることが見込まれているのだ。

 スタンドからは予めヴァージから武器を取り上げられて何もできないリュフラと身重のリュフラを支える様な態度をとるゼロが厳しい面持ちで二人を見ている。なぜなら、ミーナには風に耐えられるだけの経験がない。それでは突風に煽られて眼下に流れる激流に飲み込まれる可能性すらある。ヴァージの様にイレギュラーな形態変異どころか完全体にすらなれないミーナではまず助かる見込みはない。さらに彼女にはほかの選手という壁もある。ほとんどが成体で完全型の龍だ。そんなものに押しつぶされれば命はない。


「これは本当に厳しい戦いになりそうだね」

「はい。ミーナ……変わってあげられるなら……」

「いくら君が健康体だったとしてもそれは許さないよ? この場合はヴァージが何とかするだろう。今の僕らにできるのは信じることと外部からの妨害を防ぐことくらいだね」

「……そうですね」

「あと彼女はとても嬉しそうだよ? 隣にヴァージがいるからだろうね。外見が少し幼いけど傍から見れば仲睦まじい番にしか見えないのに」

「えぇ、このままミーナが番になってくれれば兄上の悲観的な考え方も和らぐと思うのですが」


 予選を通過した戦士達がひしめく中、二人は空を駆ける。

 レース序盤からペースを考えずに加速するミーナを見ながら、ヴァージは自ら悪役を買って出た。これはミーナを守るための手法のようだ。

 ブラストレースのルールには武器とブレスの使用禁止と爪や牙、攻撃魔法の使用禁止しか記載がない。ならば、体当たりなどの直接的な妨害はありなのだ。

 妨害があり……とは言うが前提がある。長年の経験、類稀な感性を持つ場合など本当に空中戦に長けた龍でもなければ速度を維持しながらの戦闘など満足にできない。ましてやヴァージなどの大型の龍族に対して質量の観点から殆どの予選通過者が無力なのだ。この地方に多く住み、その多くが第一次予選を通り抜けた風龍族ではヴァージなどの戦龍に喧嘩を吹っ掛けるなど自殺行為に他ならない。

 それをよそにミーナは自らの飛翔感覚に酔い、現実をみれていない。……本当に空に愛されているようだ。風が読める…風が見える? そのどちらの表現も当てはまらない。風がぶつかり圧力がかかる細い峡谷の乱れた風をものの見事にかわし、序盤から一位を崩さない。その真後ろを絶妙な間合いで飛行しているのがヴァージだ。先ほど彼はイレギュラーな変態ができると述べたと思う。ヴァージは戦闘に長け、それを行ううちに次々に体が戦闘に順応したのだ。風を受けても抵抗が少ない…しかし、それでいて分厚く堅い鱗の守りとシャープなフォルム。風龍のフォルムに独特な分厚い鱗を誇る混沌龍の特徴を織り交ぜているのだ。二位のヴァージはミーナの近くを追飛行しながら三位が彼を追い越そうとするタイミングで壁にその龍もろともタックルし、撃墜しているのだ。


「なんてことを……」

「でも、医者の務めを外れていれば…戦術的に僕もあれをしたと思う。まだ、一撃で命を奪わないだけマシだよ。彼は手加減して翼を折る程度で抑えてるみたいだ」

「兄上は……時々人が変わったように罪なき者を叩きます。私は兄上を慕っていますが」

「怖いかい? でも、男にはやらなくちゃならない時がある。彼にとってミーナちゃんがそれだけ大切なんだよ」


 そんなヴァージを掻い潜ろうと複数の風龍が彼の周りをかく乱するように飛行を始める。風龍以外の龍族ではこの強風の中でもまれてしまえば飛行など本来ままならないのだ。それを容易く可能にしているのがヴァージが育て、空に愛された少女、ミーナなのである。風龍も気づいたのだろう彼がなぜ体を張ってミーナを守るのか。それはミーナに防御力がないからだ。体当たりを受ければいかに軽い体つきをした風龍であっても体長は10メートルを超える。ならば人間の体に龍の防御力を受けているミーナでは質量的に耐性があるとは言えない。

 ついにヴァージを掻い潜り、二頭の風龍がミーナに迫る。その内の一頭がミーナと横に並び、加速しているのだ。その風龍は王国騎士団の団長で前年度の優勝者とのことらしい。巧みに風を読む手腕は確かに本物だ。しかし、ミーナを完全に追い越すまでには至らない。風龍が追い抜こうとするのに合わせてミーナが加速しているような構図になっているのだ。

 おそらく、ヴァージはこれも警戒していたに違いない。自らの実力を超えて制御できない速度を出している場合、激突や翼骨の骨折が考えられるからだ。ミーナにはどちらも大ダメージとなる。完全体となっていたとしても聖帝龍は防御面に乏しい。攻撃性、魔法適性、知性が高い代わりに聖帝龍は流血と戦闘を拒み、鱗は退化したのだ。あるにはあるが戦場の真っただ中で攻撃を受ければ耐えられない。


「まずいです。この先はかなり危険なコースのはず。急カーブをとても曲がり切れない」

「……でも、ミーナちゃんは楽しそうだね」

「ですが……」

「リュフラや僕では解らない。彼女の視線…彼女には今飛んでいる空がどんな場所なのかわかるんだと思うよ? 今は信じよう」

「……はい」


 危機感からヴァージは荒療治に出た。彼をかく乱し、あわよくば抜いていこうと策略を回している風龍達を大きな翼を翻すことで距離感を狂わせて壁にぶつけたり、翼で薙ぎ払ったのだ。風龍達はヴァージに叩かれ隊列を乱し、仲間に気を配れずに離散した。ヴァージもなりふり構わずミーナに接近を試みるがヴァージはこの場所から速度を上げる事が出来ないらしい。言うまでもなく重く、大柄な体躯で機敏な切り返しを行うには相応の限界値があるからだ。彼は巨大な翼を持つがこの峡谷は狭い。硬度の低い砂岩を水が削り出来上がった地形はかなり脆く、彼がぶつかれば多量の死者を出す事故を引き起こしかねないだろう。もちろん、その場合はミーナも巻き込む事になる。

 その頃のリュフラとゼロは動き出していた。今年のブラストレースは何かがおかしい事に風龍の兵士が気づいていた事を聞いたのだ。ゼロは確かに平時は柔和で優しい笑顔を持つが、その反面怒りを顕にした場合……ヴァージにも勝るとも劣らない。


「ミーナ! 速度を落とせ!」

『気持ちがいい。私、空を飛んで…負けてない。ヴァージさんの役に立ってる。このまま……』


 ヴァージの声は風の壁に阻まれて届かない。

 しかし、無情にも連続的な急カーブが続く峡谷最大の難所は目前だ。そして、風龍の騎士団長が仕掛ける。どうやらこのコースが得意なようだ。風龍の強みは軽くしなやかな体躯を用いた柔軟な飛行技能にある。防御力は低いが逃げ切れるのだ。空中戦での対個人戦もヴァージのような規格外が現れなければ風龍の独壇場。負けるはずが無い。

 ………………と思われた。


『おぉっと!! ミーナ選手も加速する!! 種族不明の彼女だがぁ? いったいどんな飛行を見せてくれるのかぁ!!!!』


 風龍の騎士団長は歯を食いしばりミーナに食らいつこうと必死だ。ミーナは徐々に龍族の魔法の力が強靭になり、体も相応の強さを持ち始めた。風龍の騎士団長が体を捻り急カーブに対応する前に加速しながら体をスピンさせ、さながら弾丸のように空気を切り裂いて一番最短の斜角を描き飛行しているのだ。

 そして、完全体が不便だったらしく、ヴァージも半龍体に変異してミーナを追う。だが、詰まる距離は僅かだ。それどころかヴァージの前にいるはずの三人のうち最後尾に位置した風龍に追いついた。風龍は後ろに追いついて来たヴァージの形相に度肝を抜かれヴァージから逃げるように加速するが……哀れな事に恐怖に駆られた風龍の騎士は急カーブに差し掛かる場面で曲がりきれず岩壁に激突したのだ。


「全く……。風騎士もおちた物だな」


 重傷の風龍をヴァージはアクロバットし、掴みあげてから胸に抱く形で保護し前方二人を追尾する。

 前方の二人は依然として危険な駆け引きを続けている。それでも傍目には解りにくいが連続する急カーブを巧みに通り抜けてゆく二人だが明らかな差が現れ始めていた。楽しそうに……緊張感を持たずに体を捻り、弾丸となって風を切り裂き、下手をすれば岩壁を無傷で抉ってゆくのだ。スピードは二人共似たような速度であるにも関わらず体力と気持ちの面での差は開いてゆく一方だ。ミーナの強さはここにあるのかも知れない。リュフラが恐怖する程に無尽蔵な体力や急激な体の変化への順応力など……。

 遂に風龍との差が開き始めた。翼を動かす筋肉が痙攣を始めている。風龍とミーナの根本的な違いは自身の翼と筋力を用いているのか、はたまた自身の翼と魔法を用いているかだ。体力的にも平均よりも劣る風龍に対しミーナには無尽蔵とも言える程に膨大な魔力が内在している。普通の龍族では追随すら許さない比類無き頂点の存在なのだ。


「ミーナの笑顔は依然崩れませんね。それに、兄上も段々と和らいでいてくれてとても安心しています」

「ははは、君達の過去は確かに辛かったんだろう。だからこそ……いや、エイシャさんに言われたことや龍貴妃様が彼に伝えていた内容が響いてるはずさ。もちろん、君の事もね」

「微力でも…ミーナには力添えして行きます」

「そうだね。僕も最大限の手助けを君にするよ」


 ゼロの柔らかな笑顔にリュフラは赤面していた。二人以外のスタンドにいる観客達はヴァージの動向を見ている。これまでに撃墜された風龍はみな軽傷で、重傷と判断される風龍をヴァージが保護しているからだ。すぐに死に関わるような状態では無くとも全身を岩壁に打ち付けているその風龍の様態は危ない。

 そして、前方二人の姿を小さく視認できるが距離に入り、ヴァージは何故か全速力の急激な加速を行う。

 直線的なコースに入り、ヴァージが勝利をもぎ取りに来たのだと観客は歓声を上げる。しかし、リュフラは気づいた。叫び声のような兄へ向けた急上昇を願う声を上げる。だが、それよりも先にヴァージは気がついていた。その思惑は前方二人を救う事……。突然に何の前兆も見せず現れた隔壁にミーナが気づいたが今からでは間に合う訳がない。風龍の騎士も死を覚悟するように体を丸めながら一縷の望みに託すような挙動をかけた。

 だが、二人は飛び抜けて行く。二人は目を疑っていた。自分たちは守られたのだ。


「ヴァージさん!!!!!!」

「飛び続けろ! お前にはお前の軸がある。負けるな……どんな未来が有ろうとも!!」


 最初に抱えた騎士を抱えたまま、体を最大限に硬化したヴァージが隔壁を全て突き破った。しかし、ミーナと競り合っていた騎士は外殻から崩れた落石と接触し、飛行がままならなくなり落下してゆく。絶叫を残す騎士団長を救出する為に隔壁と衝突し、速度が落ちていたヴァージは急降下しながらミーナに言葉を残して峡谷の奥深くに消えてゆく。

 ミーナはそのままゴールし、形式上一位だ。しかし、ヴァージは未だ帰還しない。あの峡谷は昔、風龍が他の龍族から身を守る為に要塞化した名残があるらしいのだ。狭い上に必ず敵を生かしては返さないという残酷な要塞らしい。

 ヴァージ他二人の行方が解らぬままに翌日のレースは開催される。ミーナが優勝したが彼女の気持ちは晴れず、彼らの龍旅が暗雲に包まれる予兆のような物を見せ始めていた。そして、龍帝としてのミーナが頭角を現す最初の段階を今、この地で踏み出す事になろうとは誰もが予想打にしなかっただろう。

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