朱華の国3……白麗演武
ミーナと蓮姫の試合は……混沌の極だった。姉の唐姫とリュフラの戦いはシンプルな格闘と格闘の戦闘でけりがついたが……。蓮姫は姉の唐姫とは違い頭の中の回路が一直線で融通の効かないところがある。だから、姉が負けたことで意地でも勝ちたいと言うのだ。ミーナはミーナでそんな喧嘩腰の蓮姫に闘争心を燃やしている。一触即発の間合いでその二人が見せる闘気に衛兵達が身震いするほどだ。17歳のミーナはまだ半覚醒状態でそれ程龍族から見れば恐るるに足りない……と言うような感覚だが相手の蓮姫は母親が母親だけにかなり覇気の強い人物で逆に後込みしないミーナが強くさえ感じられる。普通ならその場で失神してもおかしくないような気迫と気迫のぶつかり合いが起きて居るのだ。まだ合図の銅鑼がなって居ないのだが二人の間合いもじりじりと近づいているように見えた。そして、生唾を飲んで目を瞑りながら、小さな体で思い切りばちを振って蘭姫が銅鑼を響かせる。言うまでもなく弾かれたように二人はぶつかり合いを始めた。ただし、姉の唐姫やリュフラのようにスマートではない。半人半龍のミーナは未だに完全体にはなれていないのだ。爪と牙は龍の強度を持つが破壊力と攻撃特効性は恐ろしいの一言に尽きる者である。特にミーナは破壊力や機動力の高い聖帝龍族の半龍だ。それも今は覚醒の兆候が強いその姿……おそらく、火龍ごときでは耐えられる攻撃力ではない。ふわっとした猫毛の髪を揺らし、彼女の瞳が変化する。彼女は今回初めて面と向かって侮辱された。そのために爆発的な怒りを胸に止めている。
「……!? はや!!」
「遅い……私、そんなにやわに見えた?」
ミーナの背中の翼は力を強く解放すると大きく広がる。まだまだ半分の覚醒だから短時間の飛行と加速程度しかできないが……それでも今の実力ならば十分すぎるくらいだ。それに、今のミーナは現在の状態では恐ろしい程の力である。その力を吟味するようにヴァ―ジは見続けているのだ。突発的に何らかの強力な力が解放されて蓮姫の命にかかわることになるのは避けなければならない。ミーナの力はそれだけこの短期間で強く、危なくなっているのだ。そこから激しい殴り合いに発展した。恐ろしい速さでの殴り合いは普通の兵士たちには既に見えなくなって三女の蘭姫も目をこすっている。龍貴妃もヴァ―ジもゼロでさえ目を凝らし二人の応酬を見ながら飛びこむタイミングをはかっている。蓮姫の髪の毛は団子結にしていたのだがミーナの鋭い爪で髪留めが切れてしまい赤い髪をなびかせながら戦い、ミーナは数発が顔に当たっており口が切れて唇から血が垂れている。だが、なおも戦いは続く。
「く……舐めてたわ! 本気で行くわよ!」
「な! 覚醒体でなんて無理!」
そう、ミーナにはなれない覚醒体の状態に移行して彼女を圧倒しようとしているのだ。だが、ルール上は反則でないのために誰もそこに飛び込もうとはしない。ただし、完全体になろうとも年齢を重ねなければ龍族の戦闘は一朝一夕に習得できず数多く戦を味わった龍ほど強いのだ。そのため、蓮姫もそこまで練達した戦士とは言えない。母である龍貴妃は過去何度も雷龍族と戦闘をしているが唐姫を始め三姉妹は誰一人として戦闘を経験したことは無い。更に言えば制御の仕方を知らない。
「ねぇ、ヤバくない? リュフラ」
「えぇ、ミーナがあのままでは少しまずいですね」
「じゃぁ、大丈夫だと思ってるんだ」
「はい、彼女にはまだ未開の力がいくつも存在していますから。私なんかよりも数段強いはずです」
蓮姫が焔のブレスを打ち放つ。焔の弾が何発もミーナを狙うが……今のスピードに乗っているミーナにはなかなか当たらない。数が増える火球を何とか逃げているにしろ当たるのは時間の問題だろう。いくら覚醒の超高が強まり体の機能が強まってもなかなかスタミナはつかない。ミーナはリュフラのように訓練したりトレーニングをした事のある女龍ではないからだ。そして、姉妹の中で一番短気らしい蓮姫がイライラの末に強力な焔の大玉を口の前で構える。兵士たちが逃げ始めた。おそらく闘技場の底面を丸ごと焼き払うつもりなのだ。唐姫とリュフラは防ぐことができるだけの強さがあるためにどっしり構えているから良いが普通の龍族では王族の龍が放つ強力なそれを回避することは不可能だろう。ミーナもそれを見て冷や汗を流している。しかし、その瞬間、ミーナにも変化が表れた。龍族は順応力という力が強い。その時々に応じた力を解放できるのだ。例を上げれば、ヴァ―ジは幼少より戦闘が多かったために混沌龍族においても発現しない特異な特徴が数個存在する。ましてや、ミーナはまだ覚醒前の半龍状態。何が起きてもおかしくない。そして、それが起きた。ミーナは……。
「あ、あれ、あれを見て!」
「つに来ましたか。彼女の龍族としての最初の段階が」
「もしかして……あれだけの戦闘ができるのに鱗一枚出てなかったの!?」
「はい、私も不安でした。このままあのミーナが覚醒しない不完全発生龍族となってしまうのではないかと……ですが、来ました。あれはおそらく大地聖龍の変身作用ですね。先に聖帝龍の特徴が出なかったのは残念ですが……」
ミーナは衣服を焼かれても体が熱くないという不思議な感覚を感じていた。大地聖龍……究極龍という龍族の一つに含まれる物の一つで恐ろしく強いのだ。絶対的な防御力を誇るその龍族には聖帝龍族、混沌龍族以外の龍族から以外の攻撃や打撃、ブレスは一切受け付けない。そして、特異なブレスを使えることで有名だ。更に特徴を告げれば全龍族の監視役で王族を持たない孤高の龍族なのだ。その龍族のミーナには打撃、焔などのそれは全く当たらない。ミーナは尾を出現させたことはあるが……あれは羽毛に包まれた人間の皮膚が特異発生した物だ。それが……遂に人間の形態であるにも関わらず鱗を出現させ、大地聖龍賊の特徴の体表結晶までもが現れたのだ。
「熱くない。なんだろう、……力が……湧いてくる」
「な、なんなのよ! 何で本気でぶつけた焔が効かないのよ!」
「これならいける!」
飛び上がる大型の龍族の本来の姿をした蓮姫は飛び上がる。長龍は翼が無くても飛ぶことのできる魔法龍の一種だ。それをまだ、人間の姿のままのはずのミーナの背中から関節部分に結晶の鋲が飛び出したミーナが追うように飛び上がる。ミーナのこれまでの覚醒は全て鱗のように見えたのは聖帝龍に見える鱗のように固い羽毛だ。本来の龍の鱗ではない。それが……薄い青と緑を混ぜたような大地聖龍特有の鱗に変わり、空へ飛んでいくのだ。ヴァ―ジはそれを注意深く見ている。そして……、本気になった二人が人間に見られてしまうのを防ぐためだ。だが、それも杞憂に終わる。お互いに経験が薄いことから空中では攻撃が当たらなかったのだ。
「はぁ……はぁ……、あながち、嘘じゃないかもね……、あんたが、聖帝龍族だってのも」
「別に、私は、そんなことはどうでもいいんです。私は……なんで自分で戦おとしない人に馬鹿にされたかということが気にくわないんですよ。ヴァ―ジさんは私の大好きな人です。なんで掟なんかに縛られなくちゃいけないんですか!!」
「は!?」
その時に手招きされてヴァ―ジと龍貴妃が話している。ミーナは人間の文化に触れたために今の龍族の文化や掟に対して敵対心があるのだ。そのために彼女の性格からそれに抗わず当然のように従うことに対して激しい憤りを覚えているのだ。そのミーナに自分が言ったことや行動に身に覚えがない……いや、忘れている彼女に向けてミーナが恐ろしい技を繰り出す。
「貴殿よりもあの子の方が解りが良いな。ヴァ―ジよ、妾には無理だがそなたのように若く柔軟な生き方のできる龍族だから頼みたい。子を残してくれ。このままえは龍族は滅んでしまうのだ。先陣の考えた抑えるという掟は……既に恐ろし事を起こしてしまったのだよ。戦をすることの多い男の龍族は命を落としてしまい数を減らした……子を残せぬ女龍達も多いのだ。だから……より多くの子をのこしてほしい。滅びてしまう前にな」
その言葉の後にすぐヴァ―ジが飛び込んだ。ミーナの放ったのはブレス魔法だ。ブレスを簡略化して掌の前から放出する強力な魔法である。その魔法を撃ち込まれそうになった蓮姫を守ったのだ。すると、力を使いすぎたミーナもその場で倒れそうになるがヴァ―ジが抱き抱えて部屋に運んでいく。何時になく難しい困惑した表情をするヴァ―ジはそのまま誰とも口を開くことなくどこかに居なくなってしまったのだった。そして、彼は彼の部屋でミーナが目を覚ますまでずっと様子を見ているらしい。その間に二人で声をかけられたゼロとリュフラは龍貴妃について行く。ミーナも入ったその部屋に入ると既に飾られているミーナの肖像画を見つけたリュフラに龍貴妃が声をかける。
「ふふ、つくづく面白い兄妹よのぅ。そなたも20歳にもなって番も持たんとは」
「いえ、私はこれまでは戦士として生きてまいりました。兄の命ずるまま戦闘をすることを望んで。しかし、今は違います。兄が私の道を切り開く糸口をお与えくださったのっでそれに沿いたいと思っております」
「そなたは?」
「僕ですか? 僕は命を守るために放浪している医者ですので、これまでは所帯を持つことなど考えたことなどありませんでした。僕もリュフラやミーナ、ヴァ―ジと居ることで少し気持ちは変わっていますが……」
「うぬ、まぁよい。そこにお掛けなさい。兄の事、侯爵家の子息ゼロは妹の事を気に病んでいるのなら……忘れて乗り越える事を勧める。特に、死者は帰らんのでな。ゼロよ」
意味深な言葉を残し龍貴妃は二人の肖像画を描きだす。その間にミーナは目を覚ましている。顔に見覚えのない痣が目立つことに気づいて顔を抑えながら記憶の飛んでいる自分の事をそばに居たヴァ―ジに問いかけていた。それもそうだ。彼女は急に使いなれぬ力を解放されそれを使うことはできたにしろ体力が切れてしまい結果や納得のいく間もなくその力を再び開くことができないのだ。不安にもなろう。そして、ヴァ―ジはなにか澄ましたような感情を読み取りづらい顔をしていることがおおい。それなのだが……今は違う。とても難しい……何と言おうかあまり前向きな感情を見せない表情をしている。それに気付いたミーナが何かを言おうとしたのだが……彼が立ち上がりすぐに彼女に声をかけてしまうためにその言葉は彼女の胸の中にしまわれた。
「……」
「気づいたか、気分は悪くないな? それより、お前自身は解っていないと思うが……一つ、龍族の力が覚醒したんだ。自覚は無くてもその内解るさ」
そのまま部屋を出ていくヴァ―ジを今回は追うことはしないミーナ。そこに唐姫が入ってくる。リュフラの時と同様に頭の良い唐姫はミーナにゆっくりとした調子で話しかけた。ミーナには少し警戒というか先日の事もありあまり良い表情はうかがえないがかまわずそのまま話続けている。
「すまないわね。妹の無礼は私から謝っておくわ」
「そんなことしなくても良いです」
「そうね。でも、私は……いえ、私たちは貴方に嫉妬してたのよ。貴方は何か理由があって外を旅しているんでしょうね? それができることは私たちの長年の夢だった。でも、私たちは一生それが叶わないという星の元に生まれたの。ここまで言えば理解してくれたと思うけど……。貴方自身が嫌いなわけじゃないのよ。更に言えば純粋に恋愛ができる貴方が羨ましくて……言いたいのはこれだけよ。じゃ、もう少し寝てるといいわ、顔も真っ青だし」
事実、それまでミーナは眠ってしまっていた。リュフラの話ではミーナのようにまだ幼い容姿の若い女龍は比較的に体力面が弱く疲れやすいとのことだ。しかし、そろそろ彼女も普通の龍族のようになってもおかしくないころなのだとか……。そして、起き上がると夕暮れで少し毛質が細いためか寝癖が付いてぼさぼさになっているその髪を撫でつけながら長い廊下を歩いて行く。そこで出会ったのは……やはり何時になく悲しげな表情のヴァ―ジだった。
「寝癖くらいなおせ」
「……どうしたんですか?」
「は?」
「なんか……元気ないじゃないですか」
「お前のせいだよ」
「はい!?」
「着実にお前は俺と同じ道を歩んでる。その内解るさ。急激に覚醒を勧めると体に不備も出るし歪んだ何かが出始める。だからそれに耐えることができる20歳以降になってからお前が龍族ななることを考えたんだ。だが……お前はこうも早く覚醒していく。二人目の俺を見ているようで……よくわからん感情になる」
「……ヴァ―ジさんってそれが自分のせいだとか考えてます?」
「いいや」
「なら、良いじゃないですか。私は私がしたいようにします。貴方には関係ないんですから」