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龍旅の記  作者: OGRE
12/25

朱華の国2……犠美演武

『兄上からも許可が出た。「あれ」を使っても良いと……。私にしか使えない。混沌龍の奥義の一つ……』


 銅鑼の音が響きチャイナドレスを着た唐姫とリュフラが対峙する。しかし、戦況は序盤から一方的な展開を迎えた。リュフラは抵抗しているようなのだがまったく相手になっていない。確かにわき腹の傷は響いて居るしパワーは火龍族も混沌龍族もそこまで変わりはない。力業で互角なために技量での戦闘になるのだがリュフラは攻撃を受け続けていた。調子にのり続けている長女は軽業などを交えながら華麗にリュフラをいたぶる。長い黒髪をまとめたリュフラは開始三分で既にボロボロの状態。兄のヴァージは既に何かに気づいて動こうとするのだが……、確証もつかめないままに時間は過ぎる。


「へへん、姉様の圧勝ね。どこぞの馬の骨とも知れない龍族がヴァージ兄様の妹だからって強い訳じゃないのよ!」

「リュフラさん……。なんで抵抗しないんだろう。まるで何かを待っているみたいにずっと攻撃を受けてる……」

「は?」

「リュフラさんの戦闘スタイルならもっと速度もあるし手傷があってもあの速度の攻撃なら読めるはずなのに……」

「はあ? 何の冗談よ。事実は今闘技場で起きてるでしょう? そろそろ決まるわね」


 火龍族の戦闘スタイルは強力な火炎弾やブレスと体に高温の炎を纏い、打撃力を上げる戦い方だ。スタミナを多く消費する代わりに一撃一撃をかなり強靭にできるために敵は長く保たずに負ける。リュフラはその打撃を受け続けても膝すら突かずに耐えていた。そして、跳び蹴りを腹部にヒットさせて勝ったつもりらしい唐姫が母親の龍貴妃やヴァージに手を振っている。しかし、ここからがリュフラの反撃だった。九回目の銅鑼が鳴った瞬間にゆらりと起き上がるリュフラを龍貴妃が見ていたために試合は再開された。舌打ちをしてファイテングポーズをとる唐姫が一瞬で数メートル後ろに吹き飛ばされ、間一髪のところをガードしたらしい。


「お姉様、惜しかったですね」

「いいや。あの子の負けじゃ。リュフラ姫の圧勝じゃろうて。あの跳ねっ返り娘には良い薬になろうがな」

「あ、お姉様!!」

「じゃが……まさか、あの力を制御できる龍がまだ残って居たとは……。違うか、制御はできていないが食われんのかな」

「お母様?」

「そなたにはまだ早い。もう少し、もう少し年を重ねれば解ってくる。女とはおぞましいぞ。リュフラ姫は……恐ろしい人物じゃな。そして、哀れじゃ。あれを植え付けられたのは……」


 リュフラの体から紫色のオーラが噴き出し始め、気味の悪い笑みを浮かべながらフラフラと歩いている。意識がしっかりしていないようでかなり危ない気配が漂っていた。美しいと言えばそうだが……何かを失ったような惨い美しさだ。リュフラはその体勢から恐ろしく機敏な動きをし、唐姫をいたぶり始める。唐姫はリュフラが見えていない。ヴァージはそれを知っているがそれを使うリュフラを止めようとはしなかった。一撃一撃が重すぎるリュフラの打撃をだんだんと避けられなくなり始めた唐姫。初期にスタミナを使いすぎたのだ。リュフラはこれを狙ったのだろう。どんな力かは解らないが体をかなり増強させることができるリュフラのその力でスタミナを多く消耗してよれてきた唐姫をつぶすつもりだったのだ。


「あの技は……」

「姉様!! しっかりしてぇ!!」

「無理ですよ。リュフラさんが……本気で戦っているんですから」


 ヴァージとゼロが近くに立って話しているおそらくはリュフラの能力の話だろう。美しいまでの狂気に駆られた戦姫の姿を目に写しながらヴァージは拳を握りしめた。ヴァージとリュフラの兄妹には凄惨な過去がいくつも存在するらしく、これもその一つらしい。


「堕天使の烙印?」

「ああ、あれはな。太古の時代に天使が神より堕天を命じられた時につけられた罪の印なんだ」

「それがどうしたらああなるんだい? 僕には理解ができないよ」

「俺達の使う魔法と変わらない。メカニズムから何から何まで全てな。幼く、罪のない少女に焼き付け……罪を背負わせることで痛みを力に変える魔法なんだ」

「酷い……」

「俺は兄としてそれを止められなかった。だから、俺は彼女を止めることはできない。リュフラは……堕天使なんだ。美しい姿のまま、罪なき罪を背負わされたな」


 なぶるスピードもさらに上がり続ける。リュフラの意識は既にないだろう。ヴァージの説明によれば、受けたダメージ分を放出すれば収まるらしい。嬲るだけ嬲るとリュフラの動きが鈍くなり攻撃が止まる。唐姫は既に意識は無く、闘技場の地面に突っ伏してからは動かない。いや、動けないのだろう。本来、リュフラの攻撃は格闘であっても速撃必殺。時間をかけていたぶることはしない。その彼女がそれをすると相手は完膚無きまでに叩き潰される。それが龍族で戦闘に適している火龍族の戦士であってもだ。リュフラはいくら女性であっても混沌龍の戦士の中では高位に君臨し、混沌龍の王族に推挙されたヴァ―ジの妹である。少々、自傷しやすい性格ではあるが……やる時はやる錬強なる戦士なのだ。


「勝者!! リュフラ・アリストクレア・プルトネオ」

「大丈夫か!!」

「衛兵! 担架を二本用意せよ! 重傷者が二名じゃ!」


 そう、リュフラのこの力はあくまで魔法の効果で得られる戦闘の様式でしかない。回復をして攻撃を行っている訳ではなく傷ついた分だけその力を上げて対象者やその周りに居る者を無差別に傷つける力で、本人の体には敵以上のダメージが更に蓄積されているはずだ。リュフラも魔法の効果が消えた瞬間に倒れてしまい龍貴妃の呼び寄せた衛兵に運ばれて行った。この後に予定されていたミーナと蓮姫の決闘は延期となり二人が意識を戻すまでゼロが付ききりで看病し続ける。実はこの地方は漢方処方しかできる医者が居ない。骨折や内部の破損にも丸薬や飲み薬しか使えないのだ。一方、ゼロは西洋の北の寒い地方の氷龍族の出身で医者の多い家系らしい。性格は辛辣であまり人や他の龍族とは慣れ合わず、思想は混沌龍のそれに近い思想を持っていたらしかった。それを好まないらしいゼロは家を出て一人で旅を続けていたという。だが、彼は言うまでもなく優秀な医学者だ。手術や切り開く処置、固定処置から関節剥離療法などもできる。その彼が手を焼くほどに二人とも……特に勝者であるリュフラは傷ついているらしい。


「ん……うぅ……ううん……こ、ここは?」

「医務室だよ」

「ゼロさん?」

「一つだけ言わせて欲しい。一族の習性もあるから解るが…………君は解っていない! お兄さんの悲しそうな顔を見たいのか? 君が犠牲にしているのは君自身の体じゃない! 気味が犠牲にしているのは……ヴァ―ジのような君を守って慈しんでくれる人物の『思い出』なんだよ!!!!」

「……済みません」

「……五月蠅いわねぇ。寝れないじゃない」

「起きていたんですか」

「彼女は一日前に起きていたよ」


 少し目つきの釣り上がった怒りの収まらないゼロの表情は戻らない。そこにリュフラの意識が戻ったことで龍族特有のフェロモンの感知から二人の容体の回復を理解したミーナと蓮姫が駆けこんできた。その後ろからは溜め息混じりの龍貴妃とヴァ―ジ。全員がそこに集まり、決闘の当事者たちにその結果が言い渡された。美しく鮮烈な魔法陣を体に持つリュフラの能力によって彼女に勝利がもたらされたのである。敗者となった唐姫本人よりも姉が勝つと確信していた蓮姫の方が落ち込んでいた。その斜め後ろに居るミーナもリュフラが勝利していてもあまり嬉しそうではなかったようだ。その後、ゼロも含め二人以外のメンバーが病室に居たのは数分も無かった。ゼロの提案で安静にさせるために全員が外に出ていくということらしい。別々にこれからの行動を起こす面々。龍貴妃とミーナは連れだって彼女の部屋に向かい、ゼロとヴァ―ジは城郭の上を歩いている。リュフラの事は全員が兄であるヴァ―ジから聞かされているために二度目は口にしないが……。


「ねぇ、リュフラ」

「なんですか?」

「苦しくないの? その背中の紋章」

「いえ、私は苦しくありません」

「ふーん。悪かったわ。私はね、あんたたちみたいに外に出たかったのよ。掟に縛られてこの館や出れても下町まで……こんな窮屈な生活には飽き飽きしてた。あんたには旅をしている理由があるんでしょ?」

「えぇ」

「そう、どんな理由?」

「ある人に幸せになって欲しくて。幼い時から私を助けてくれた強い人を……幸せな未来へ導きたかった……私は彼の足枷なんです。ただの重い……重荷なんですよ」

「……」


 病室を遠巻きから見ることができる城壁の上で小さな酒瓶に詰められた酒を飲む二人。年齢も近く、妹が居たという経験からも似通っている二人は何かと気が合う。それに趣向や考え方、風習の観点でも近い物がある混沌龍と氷龍族のヴァ―ジとゼロはやはり通じ合う物があるのだ。ヴァ―ジが先に口を開く。ゼロはそれに応える程度にしか返事をしないが……彼の言葉を腹のそこですりつぶすように考えているらしい。ヴァ―ジは嫌いなことや牽制してしまうような彼にとって不利益な出来事を避ける傾向があるが、ゼロはその対極な位置する。忌み、逃げたいような出来事を反芻して自分を戒める。そういう男性なのだ。だが、彼ら二人には共通のことがある。二人はどんなことがあろうとも、思い悩んでそれを越えなければならないのだ。逃げても突きあたる壁は正面からぶつかるだけでは越えられない。二人は結果的に同じ境地に立っているということになる。


「すまないな。二度も手をかけさせた」

「いいや、気にしないでいいさ。これも医者の務めだよ」

「なぁ」

「ん?」

「お前は誰かと番になる予定はあるのか?」

「ないよ」

「なら…………リュフラなんてどうだ?」

「……」

「どうした?」

「いや、似てるんだ。僕の妹にさ。僕の妹は僕を守って死んだんだよ。そして、僕は医者なのに彼女を救えなかった。だから僕は家を出たんだ。君も一族の意思に反抗して外に出たと聞いたが……」

「そうだ。お前もそうなんだな。今夜はゆっくりしよう。あの子のことは考えておいてくれ、そろそろ兄離れしてもらわないと困るしな」

「はは、そうだね。考えておくよ。リュフラが僕の言うことを理解したときにね」


 ミーナは案内されるがままに奥の殿に連れて行かれていた。龍貴妃は取って食おうなどという訳ではないがびくびくしているミーナをからかって遊んでいる。それに大人も大人……1000歳を超えた大火龍の龍貴妃は多くの友人や仲間を見取っておりその一人一人を色濃く覚えているという。そして、彼女が案内した部屋に入ると水墨画で描かれた無数の絵が飾られている。リュフラがその中からいち早くヴァ―ジの物を見つけ龍貴妃に呼ばれるままに近づいて行く。そこの分厚い木の靴を履いている龍貴妃は元々スタイルもよくくびれの際立つ『超』のついた美人だ。それに、有無を言わさぬ気迫や遊び心など……一言には言えない人の広さや深さと言える者がるのだ。だからこそ、彼女は人望も厚く火龍族の長として居られるのだろう。


「あ、ヴァ―ジさんの絵ですね」

「やはり見つけるのも早かったか。それでな、リュフラは元気になってからあの医者の男、ゼロと共に描きたいのだが……今宵はそなたを描いておきたいのだ」

「はへ!?」

「ふふふ、初い反応じゃ。そうじゃ、服を取ってくれると……」

「ひぅ……」

「冗談じゃ。女子(おなご)の裸も良いには良いが妾は美男(びだん)の肌がこの身なのじゃ」

「い、意地悪しないでくださいよぉ」

「意地悪ついでに聞くが……ヴァ―ジの事を好いているんじゃろ?」

「……はい」

「なら、何としてでもあの男を口説き落としてくれ。妾では相手にもされぬしのぅ。過去が過去じゃ、あの男は自らが親や夫となる姿が想像できんらしい。そなたであればできるであろう。あのリュフラも、少なからずそなたの明るい性格に救われているようじゃしな」


 筆を走らせながら彼女はミーナに告げる。意地悪ついでと枕詞を添えるも真剣な声にミーナも真剣に聞いている。すると、ミーナの方を見た龍貴妃は笑顔になり彼女の顔を覗き込んだ。龍貴妃は確かに色白ではあるが龍も住む場所によって肌の色が変わる。特に新大陸の奥にある砂漠や草原の多いアフリカは黒い肌の龍族が多く、紫外線に強い鱗に進化したらしい。この辺りは冬や夏などを経るためにそのどちらにも耐えうる肌を持っている。少し、黄色みがかった白さでクリーム色に更に白を加えたような感覚だろうか。それと比べるとミーナの肌は真っ白だった。そのミーナに声をかけながら彼女も和やかな空気に浸っている。


「ふふ、そう堅くならなくていい。可愛らしい笑顔を見せておくれ。そなたの愛らし笑顔は人を幸せにするのじゃ。『笑う門には福来る』という。そなたは……、皆を幸せに出来る力を持っておるんじゃ。きっと、あの男もそなたには敵うまい」

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