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龍旅の記  作者: OGRE
10/25

天空の世界

 ミーナは背中の上に乗ることにもかなり慣れてしまい昼寝ができてしまう程ヴァージには安心感を抱いていた。同時に厚い信頼感や尊敬なども徐々に強さを増しているらしい。彼との旅をし、彼から優しさや厳しい態度であっても彼に触れることで少なからず彼の影響を受けているのは間違いではなく『お父さん』という表現も間違いではなかった。時たま厳しさが度を超えるヴァージの説教や苛々を抑えたりミーナの逃げ場所となるのは言うまでもなくリュフラだ。ミーナは彼女を姉のように慕い、またリュフラもそうやって接してくれるミーナがとても可愛いらしい。上空数千メートル。リュフラは寒さに弱いが彼女にしがみついているミーナは元々の種の起源は北欧の豪雪地帯だった。だから、彼女は寒さなどこれっぽっちもこたえていない……。途中からヴァージの勧めで身をミーナはリュフラと肩を寄せるようにしがみつき、上空から台風の雲の壁を見つめた。そして、ついにヴァージが二人にしがみつくように伝えて垂直に上昇を始める。台風の目を上から見るために大気圏のギリギリまで上がるのだ。龍族でなければできない奇業だがそれをするだけの価値があるのだろう。ヴァージが見せたいと言うのだ。それは間違いないと思われる。


「垂直に飛び上がる! しがみつけ!」

「はーい!」

「りょ……了解……です」


 スピードもそうだが高度や空気の薄さにミーナが苦しみ始めた。リュフラは空気の薄さや高度、体にかかる力などにはあまりダメージを受ける気配はないが、やはり寒さには弱いらしい。ミーナを抱きしめながらもう少しだなどと背中をさすりながら半分は人間と変わらないミーナを優しく気遣い続ける。後ろの二人だけならまだしもヴァージも霜や寒さで体の数カ所に氷が張り付いていた。そして……ついに大気圏のギリギリに到達し平行飛行に移るやミーナが歓声を上げた。白と水色の空の境と大きく渦を巻く巨大な生き物のようなそれを上からみているのだ。美しく……それでいて巨大な力を感じる地球の息吹とでも言おうか。ミーナがはしゃいでいる中でヴァージが急に周りを警戒しだし、それに気づいたリュフラがミーナをヴァージの体にしがみつかせて龍族の形態に移行する。何かを感知したらしい。


「来た!! 応戦体勢!」

「は!!」


 下から六頭のあまり見かけない龍族が彼らに攻撃を仕掛けて来た。ヴァージの目がカッと開き、下から攻撃してきた二頭の龍族を空中格闘の末に叩き落とす。この高さから彼の攻撃を受けて叩き落とされれば助かる見込みはないだろう。だが、リスクがあるのはこちらも同様……。ミーナを攻撃されてしまう前に敵を叩き落とさなければこちらは大きなダメージになるのだ。ミーナは耐久力の観点は人間と殆ど変わらない。その無防備な彼女を守るヴァージも多少の手傷は覚悟していると見える。どうやら攻撃してきたのは武装した龍族の戦士だったらしいのだ。台風は龍族の戦闘においての条件ではかっこうの奇襲戦略の場……。それを抜かったヴァージにも非がある。戦闘が激しさを増すに連れて苛々を募らせたヴァージがついに怒りを露わにして吼えた。戦龍の本来の姿なのだろう。ミーナに言伝てから彼はとあることをした。それは戦を生業にするヴァージ達、混沌龍には至極当然の戦術で相手が多かろうが少なかろうが彼らはその一撃で薙払うのだ。その攻撃は龍族どうしでも直撃すれば命に関わる大業で簡単には使えないはずなのだが……。


「ミーナ! 今からブレスを使う。しがみつけ!」

「……ブレス!?」


 ヴァージの口から黒い焔が噴かれ、前方の十頭近くの雷龍を飲み込み焼き払った。ヴァージは戦龍として大成しているために戦闘においてはかなり強い。その彼がミーナを守るためとは言えそれを使えばそうなるだろう。雷龍達は哀れな姿になり次々に墜ちていく……。龍族の鱗を焼くほどの焔を口から吐くとヴァージは後方を旋回していたリュフラへついてくるように指示を出し、急に翼を体に密着させるように閉じて体を垂直に落とした。これ以上の無駄な消耗を避けたいらしい。リュフラも同じように垂直降下をしながら海面で直角に体を起こし、低空飛行に切り替えて無人島を探す。雷龍の戦士たちは翼の構造上ホバリングが苦手な種族でヴァージが滞空反動を使い大きく翼を広げて海面近くでぶつかるのを避けたようなことはできない。リュフラは比較的体が軽いためにホバリングせずに頭を起こすだけで体を持ち直し、スピードを調節しながら兄に付き添うように斜め後ろを飛行する。その時、無人島をミーナが見つけてその浜辺に降り立った。彼も予想だにしなかった龍族同士の戦闘……。彼が薙払ったのは雷龍の戦士で軍隊だったらしい。和の国で彼が語ったように龍族同士であってもけして仲がよい訳ではないのだ。特に和の国の水龍と『朱華の国』の海岸沿いに定住する雷龍族は昔から仲が悪い。太平洋と呼ばれる広大な海の側に住んでいる水龍族は雷龍を恨みはしないが和の国に居住する大陸海側の水龍は雷龍を憎んでいる。雷龍族は気性が荒く、荒くれ者として他の龍族からは嫌煙されていた。それが一度ならず侵略行為を続けているらしい。しかし、今は乙姫の力で雷龍の領主は深手を負い沈静化しているらしいのだ。


「済まない。俺が抜かった」

「気にしないでください。ヴァージさんが悪い訳じゃないですし。リュフラさん……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。心配は……あ、兄上……痛っ!!」

「噛まれたな。無理は絶対にしないでくれ、たった一人の肉親を失いたくはない」

「兄上……」

「……ミーナ。リュフラがどこかに行かないように見ていろ。俺は薬草を探してくる」

「はい!! お任せあれ!!」


 頼まれたことが嬉しそうに返事をしたミーナの頭を撫でるとヴァージは意外と大きな無人島を探索して薬草を探しに歩いていった。ミーナはリュフラの近くで座り椰子の木の木陰で休んでいる。日本海でも夏場は暑い。肌の白いリュフラは爛れてしまうと一大事だ。実は、戦龍として最強の立場を見せる混沌龍は病気に弱いのだ。普通の龍族ならば死なないような比較的軽い病気でも簡単に命を落としてしまうと言う。だから、皮膚はいつも清潔でありヴァージに至っては潔癖すぎるレベルだった。それをヴァージから聞いていたミーナのリュフラへの気遣いなのだろう。


「すみません。……私が弱いばかりに」

「それを言うなら私だって……飛べないんですから。戦力になりませんし」

「あなたはそれでいいんですよ」

「嫌ですよ!! ご兄妹揃って勝手に考えていますけど私だって二人が傷つくのは嫌なんです!!」

「はは、ミーナは優しい。そうやって私に反論してくるのもあなただからなんです。皆の幸せを考えて、一途に一人の影を追い続ける……。あなたはそれでいいんですよ。穢れず、美しいままでね」


 リュフラはにっこりと笑いながら意味深なことを呟き傷を見た。わき腹をやられたらしく痛々しい歯形が残っている。龍族の戦闘は長引くことはない。龍族は殺し合いをするがある一定のレベルに被害が達すると多くは戦闘を放棄して逃げるか弾幕から逃れて帰還するかのどちらかだ。背後からのブレス攻撃を受けるのは部隊の全滅を意味する。それを避けるべく全体を何個かの分隊に分けて退却する手法だ。ちなみに、ヴァージ達は戦龍であるためにスタミナや筋力、ブレスの破壊力は雷龍の物よりはるかに高い。雷龍を一とするなら百の力があるのだ。だが、混沌龍の最大の弱点は……毒や病気。それなのだ。ミーナは案じるようにお涼から習った回復の魔法を使いながらリュフラを介抱する。彼女は水龍ではないのだが聖帝龍は殆どの魔法が使用可能だ。効力は水龍のそれより下がるが無いよりはましだろう。露出の大きなリュフラの奇抜な服の影響か傷は深くなくともくっきりしていて痛々しい。確かに体に傷痕をたくさん残してはいるが……。そんなことを思案しているミーナにリュフラが声をかけた。


「空は綺麗でしたか?」

「え、……はい、とっても」

「私は……空を飛んだのは16になってからなんです」

「え?」

「トラウマがあるんですよ。兄上が私の部下に攻撃されて落ちるという……ただし、兄上にかなう混沌龍はいませんから……皆、死に絶えました。ミーナは空が好きですか?」


 遠い日の自分の体験を語るリュフラ。自分の部隊……いや、その頃の混沌龍は頭首であるヴァーゲルデの政策に洗脳されていた。その中でも過激な戦士達によって兄を空から落とされたのを見ていたと言うのだ。それから彼女は長い間、翼が開かなくなったという。それがために皮肉にも陸上の戦闘では負けないしブレスに際しても確実に目の前の敵を薙払うことができると断言した。しかし、未だに不安になることがあると言う。空が怖いのだ。愛して止まなかった兄が去って行った空……味方にその兄が攻撃された場所……龍族の戦場……。


「あなたは私を強いと勘違いしていますが私はけして強くない。ただの甘ったれた女の龍……。技を磨いたのはその本当の自分を隠すためです。私は心が脆弱な弱い女なんですよ。あなたのように自由に生きたかった。籠に押し込まれた私は……死ぬに死にきれず、愛する兄は遠のくばかり……」


 ミーナはキョトンとしている。すると今度はミーナが小さく笑いながらリュフラを抱き締めた。おそらく、リュフラが相手を拒絶するような触りを見せたのは深く干渉されて弱さをさらけ出されるのが嫌だったのだろう。だが、ミーナはそんなリュフラにも臆したり疑念を抱かず、素のままで接した。だからリュフラは彼女を信頼し本来の優しい彼女で接していたのだ。兄にも見せなかった弱音をミーナにぶつけたのもその信頼があってからだろう。ミーナもその彼女にさらに親近感が湧いたのか少し離れるとくるくる回って自分の翼を広げた。羽毛のような白い毛に包まれた龍翼で鱗の付け根から生えているらしい。最初の頃とは違い、彼女の体を支えられるだけの大きさにはなっているミーナの白い翼。ミーナはヴァージやリュフラとは違い、小さくはなるものの常時小さな翼が可愛らしくついている。その翼を羽ばたかせながらミーナが語り出す。


「私、ただ守られるなんて御免です。それに、いつまでもヴァージさんやリュフラさんにおんぶに抱っこは嫌なんですよ。だから、私も戦います。二人が傷つかないように……私も強くなりたいんですから!」


 リュフラも笑いながら上体を起こした。彼女の場合はヴァージとは違い一定の理解がある。手招きしてミーナを呼び寄せると初めて見せる悪戯な表情でミーナの額に軽くチョップを加えた。すると、リュフラはミーナの髪の毛を撫でながら抱き締める。年上のリュフラはだいたい解っていた。初めてではないにしろ空中格闘は恐ろしかったに違いない。それをあえてしに行くというミーナの決意を受け止めて答えを出したのだ。リュフラは自分の幼少期が殺伐とし、温かみに欠ける物であったことからせめて成人まではミーナには血なまぐさい戦闘などを経験せず、ヴァージが管理する決闘や血を見ない戦闘で済ますつもりだったらしいのだ。リュフラはため息をついて娘をたしなめるように優しく抱きしめ、撫でながら語る。


「ミーナ……来てください」

「あて……」

「悪い子ですね。私は自分のようになって欲しくないことからあなたに未来をあてがっていました。ですが、あなたが望なら……仕方ないですね。あなたが進む未来ですから……青い、清い、天空の世界を目指してください」

「……リュフラさんってお母さんみたい」

「え? そうですか?」

「今はこうやってしていたいです」

「ふふ、随分と若いお母さんですね。でも、いいですよ。私も妹ができたみたいで、実はとても嬉しかったんですから」


 リュフラとミーナが互いに暖かな空気に包まれている中でヴァージはトラブルに巻き込まれていた。傷ついてはいないが警戒心を丸出しにした違う種族の男性の龍族に攻撃されていたのだ。槍騎士らしいその頑な性格という印象を受ける龍族の奇襲に驚き、一度体勢を立て直すために浜辺へ戻ろうとしたらしいがその龍族の猛攻に対処できずに走って逃げて来ていた。そして、浜辺で追いつかれ剣を抜き、切羽詰まった状態になり……ミーナに助けられたのだ。しかし、それは一瞬で片付いた。ミーナがいかめしくしたつもりらしい表情でヴァージの前に両手を広げて立ちふさがり男の龍族に向けて怒鳴ったのだ。相手の龍族も面食らい、槍を下ろした。


「止めてください!! 怪我人が居るんです!!」

「ミーナ!!」

「怪我人? 君達は何者なんだ?」

「ヴァージ・アリストクレア・プルトネオ。逸れ龍だ。どうこうしている妹のリュフラと事情があって保護しているミーナ」


 男は丁寧な対応に驚いたがすぐに医者だと名乗りリュフラの治療を始めた。手際のよい治療のためにすぐに痛みも引き、彼はヴァージに頭を下げて詫びている。とても丁寧な性格の人物だった。ヴァージもそれが気に入ったのか握手をすると医者だという大柄だが細身で細い眼鏡をかけた男性に礼を言いながら素性を話し始めている。


「先ほどは済まなかった。僕はゼロ・アブソリュテ・ブリーザン。氷龍族の医者さ」

「ブリーザン……まさか、ブリーザン公爵家の子息か?」

「どうしてそれを?」

「俺は元混沌龍の王族だったからな」

「ヴァージ……!! では君が……そうか、そういえば君は逸れ龍と言っていたね」

「ああ」

「僕も同行させてもらえないか? 何分、一人旅は辛い。同行者が居ると楽しいものだし、そちらも医者は欲しいだろう?」

「まぁな。よし、願ってもない。頼みたいのは一時的でいいかミーナを背中に乗せて欲し……」

「いや、僕は患者の娘を乗せるよ。それがベストだ」

「わかった」


 突然の仲間の加入に驚く二人だったがこれで医者は確保された。そして、空は台風一過となり晴天の中、雷龍の張っている海岸を避けてヴァージの知り合いが住んでいるという内陸部へ向かう。ミーナはヴァージの上で翼を開く練習を始め、リュフラも今はおとなしくしている。ヴァージの先導する中……目的地は目と鼻の先に迫っていた。朱塗りの壁が建ち並ぶその街の近くの林に降り立つ四人。朱華の国に到達したのだ。

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