龍旅の騎士
龍族の騎士
激しい戦争の絶えない大地の真っ只中……。剣を杖の代わりにして少年騎士が森の中をふらふらと進んでいく。足取りもシャンとせず剣を握る手も痙攣して、既に視界は霞み体の限界も近いと見えた。どのような戦場で受けたのか深い傷口からは真紅の血液の流出を止められず負傷した箇所を庇うこともできない上に体を支える力も無く……。そのまま、けもの道の真ん中に彼は倒れてしまった。剣を左手の横に投げ出し、うつ伏せになった状態で倒れた彼はすぐに動かなくなってしまう。血の匂いが立ち込めてだんだんと野生の生き物が集まる。この森には肉食の野獣が少ないらしく……、最初に彼の周りには小型の草食動物や鹿などの中型と言える大きさの草食獣が集まる。皆、彼を守るように集まり次々に数が増えていくのだ。夜の間中は彼の側から離れず数も増す一方である。森の住民たちは彼に何を感じたのだろうか……。彼を守るように……離れず牡鹿や野生の馬などの大型の草食獣、……遂に肉食獣までもが守りに近づいてくる。熊や狼、大きな蛇まで彼を守るように……。夜が明け、靄がかかりはするが開けた森のお陰なのか日光は十分に届き彼らを照らしている。そこに木の実を集める採集用の鞄を腰に提げた少女が通りかかった。一瞬だけ血の匂いに顔をしかめたがすぐに騎士の存在に気づき近くにいた樵風の服装をした男性を大声で呼んだ。
「お父さん! 男の人が倒れてる! お父さん!」
「何!? うお! 何なんだ!? この状況は!」
その少女が近づくと大型の動物たちはゆっくりと森に帰り始める。大きな動物たちから順に離れ中型、小型とその場所から居なくなり最後に兎とリスが少女にすり寄ってから帰ると……。その少女の父親と少女が互いに肩を通すように担いで彼らの家に運んでいく。運ぶには重すぎる鎧は途中で彼から取り払い、少女の方は長い黒髪や分厚い筋肉の胸板、鋭い爪と異様に発達した犬歯と大きな瞳孔、人間とは別の特徴を多く持つ彼が気になるらしいが彼を家で介抱し騎士が目覚めるのを待つ、昼になると彼女の父親は騎士の鎧を回収しに再び森へ向い……母親と共に彼の怪我の手当をし続ける少女。色白で見目麗しいの言葉がそのまま当てはまる少女は村の中でも人気らしい。水を汲むために河原へ行くのにも何人もの村の男達が手伝いを志願する。しかし、それを断って彼女はヨタヨタと細い足を前に出して水桶を果敢に運び彼の傷を丁寧に洗って行く。白くて細い指と細い腕が傷に触れる度に騎士の様子を確かめるために顔を見ていた。それでも騎士は目覚めずに傷を洗い終えた少女は、椅子に座り様子を見ていたのだが……麗らかな陽光に当てられ、うつらうつらし始めている。そんなときに彼女の耳に騎士の声が届いた。
「ん……、ここは?」
「あ、起きたの? よかったぁ……」
「お前は……人間か?」
「え、うん、貴方もそうでしょ? 別に大きな違いはないし」
「そうか……」
ベッドに手をついて動こうとする彼だが……、少しも動けない。彼自身は気づいていないようだが彼の傷は深く、簡単には自身の力だけで治癒できない程深く、傷ついている。胸の辺りに刃物でざっくりやられた傷痕があり細い切り傷や擦過傷程度なら体中にあるようだ。それに、背中には沢山の矢傷があった。彼の場合、人間でないために生きていられたという方が正しいのかも知れない。そんな彼の腕には大きな刺青のような物があり、それを隠すように彼はベッドの近くの机の上に置かれた自分の上着を取ろうと手を伸ばし掴もうとした。しかし、それすらできない程に彼の体は大きく傷ついていて動くことすらままならないのだ。綺麗に畳まれた上着を掴めずにベッドから落ちる自分の体すらも満足に支えられない彼を彼女は必死に掴んでベッドに押し上げる。大柄で筋肉質な男と華奢で見るからに細い色白な少女では情景としていろいろと不釣り合いだろう。しかし、彼女も健気に……頑張って彼を押し上げる。普通よりは少し身長はあるが少女の方はあまり馬力があるとは思えなかった。騎士の体をよく見れば刺青は腕だけではない。体中のいたるところに同じような模様がある。体が動かせないと解るや彼は急におとなしくなり、ベッドに横になって窓の方を向いた。粗末ともいかないが豪華とも言えない石造りの古い家の一室に二人は居続け、彼女は気を使って話しかけたりもしたようだ。しかし、それからというもの、彼は一言も口を開かなかったという。彼女の父親が鎧を回収しその部屋に置きに入るがそれすら無視し運ばれて来た昼食も完全に無視している。見かねた少女が食べさせようと匙で取り上げて口に運ぼうとするが……。口も開かない
「……あの……、お口に合いませんでしたか?」
「お前は何故、見ず知らずの俺にそこまでする?」
「え、あ、いえ、傷ついた方をほおっておくことなんて……」
「そうか……、俺が龍族だと知ってもか?」
「え?」
「何度も言わせるな! 俺は龍族の騎士だ! 貴様ら人間の恩情など受けない! 誇りを捨ててまで俺は生きる気も無い! 俺の剣はどうした! どこにやった!」
そこに逞しい体格の彼女の父親が入って来た。彼女の父親は龍族の少年騎士の持ち物とは別の剣を丁重に手渡し言葉を告ぎ始める。よく見れば彼女の父親は農民にしては無骨で傷の多い男性だった。その彼は過去を語りながら少年に語り聞かせる。さらに、はるか昔の……。彼ら龍族と人間の始まりからの昔々からの話だった。人間と龍族はその昔は仲もよく共存のできた民族だったのだ。しかし、文明が肥大し知恵を大きく発達させて強欲になった人間達は人間同士での大規模な戦争に龍族を巻き込み世界中の各地で戦闘を始めたのだ。龍族はそんな人間に愛想を尽かして人間との共存という手段を捨てたという。中には人間に友好的な龍族も居たが昔のように人間と龍族との交友は密でなくなり廃れた。そのために、人間の一部は巨大な力を有する龍族を『悪魔』の化身として忌み嫌い、殺戮までもを行っている。彼女の父親もさのことについて言い難そうではあるが歴史を語り、次は自身の体験と彼を落ち着かせるための話を始めた。どうやら、彼には龍族との交友があるらしいのだ。昔懐かしいように天井ともその先にある大空ともつかない物を仰ぎ見ながらその男性は言葉を深く刻んで行く。
「私も龍族の血を体に流している。いや、血縁という訳ではない。昔、昔のことだ。エンバーズという龍族の騎士が瀕死の私に血を分けてくれたのだよ。エンバーズが今どこで何をしているかは解らない。だが、私が龍族に恩があることも確かだ。君を見た瞬間に娘は人と勘違いをしたようだな。それほどに君たち龍族は人間と似通っているのだよ」
「エンバーズ? ロナルド・エンバーズ公爵のことか?」
「彼を知っているのか? ならば、今はどこに?」
「あぁ、エンバーズ殿はこの区域での戦闘の引き金となった方だ。彼は人に殺された。戦争の策略を含んだ罠によって……」
「……そうか、なら、君を止めることは私にはできない。使うならばこの剣を使え、それはエンバーズから貰い受けた誓いの剣だ。その剣にかけて私は嘘をつかない。君が回復ししだい出ていくのもよし、残るもよし、だが、私には私の動きがあるのだよ。君が回復するまでは面倒を見なくてはな」
彼も鞘から引き抜いて剣を眺めた。確かに剣の剣身には『ロナルド・エンバーズ』という名前が刻まている。その剣を鞘に納めてから割合と大きな体をもたげて少女の父親を眺めるように緩く睨みつけている……。これまでの口振りから今の彼には簡単に人間を信じることができないのだろう。しかし、彼は鞘に包まれたその鋼を鍛えられた白刃の剣を握りしめながら噛み締めるように言葉を告いだ。彼にも彼なりの流儀や考え方がある。曲げの効かない性格の騎士の少年は、その漆黒の瞳を少女の父親に向けて威圧するように再び睨みを効かせた。
「貴様等の言うことの全ては信用しない。だが、エンバーズ公爵との交友はこの剣の語りを信じよう。それに、俺はな……、受けた一度でも受けた恩情の分だけは返す。この周辺の村の警護をしてやる。どうせ、戦争の波でこの周辺にも賊が往来し始めるはずだ。体の回復などすぐにできる」「無理はするな。私の息子も戦争で死んだ。私だけおめおめ生き残り……君をほおっておけなかったのはたしか……だ。命は一つしかない。大切にするべき物だ」
それから彼は一日の休養で恐ろしい回復力を見せた。回復したとは言うが完全に回復した訳でもないことに加えて彼がもともと持っていた剣は芯が折れていて使い物にならないらしい。そのため、彼はしばらく周辺の農家の手伝いをするといい数日が経過した今も未だに村に残っていた。それから、彼はだんだんと交友の幅を増やし、若い農夫達の手伝いや世話をしてくれた少女の家族を手伝って農業なども手伝いを進んでしている。特に森での採集などには警護を大きな目的として付き添う。彼の口からは悲しい連鎖が語られた。戦争は人間の心に……いや、人間だけではなくこの大地に住んでいて知能がある生き物に荒みを与え治安の悪化を呼ぶ。そのため、戦争だけを悪の根元とは一概に言えない。彼からすれば……戦争よりもその後に残ることの方が後味が悪い。根元の戦争においての欠乏から盗賊や山賊、海賊などの賊を始めとして暗殺をし金を稼ぐ殺し屋や敗残兵を専門に狩る殺し屋なども動き弱い者は守る術を知らずに次から次へと削られていく。華やかに国が祭り上げて国家間が起こした戦争がいくら正当化されていてもそれが血生臭いことには変わりがない。そして、いつも憂き目を見るのは弱い者……弱い者に向けられる狂気はいつ、いかなる時も油断ならず彼等を襲う。蛇に狙われた蛙が助かるには警戒するしかないのだ。
「殺気……伏せろ!」
「うわ!」
「親父殿はお嬢さんを守ってください。俺は敵を打ちのめした後に合流します」
「解った!」
それから彼は武器を使わずに数人の弓を持った盗賊たちを蹴散らして行く。人数など定かではないが彼が振るう拳は族の顔や体にめり込み嫌な音を立てて木々にぶつかり死ぬか伸びていった。それから、スイッチを切り返したように、およそ人間とは思えない速度で走り抜ける。近づくにつれて強まる寒気がするような背筋を撫でる感覚……物が燃える煤臭い匂いや騒ぎ声や奇声、怒号など……。ここまでくれば誰でも街が襲われていることくらい理解ができよう。何人も村人が殺されていた。手遅れになる前に対処をしなければ皆殺しにあってしまう。そこで、彼は……自らが枷をした禁忌の技を発動し、世話になった村人を守る決意をする。彼の背中から翼が生えて体の巨大化が始まった。林がメリメリと音を立てて割れ始め、木々を押しつぶし首をもたげて目標を決めた彼は真下にある盗賊の気配に気づいたらしい。盗賊の数人が気づかれたことに気付き、逃げ始めるが……。太い腕がそれをよしとはしなかった。引きずられるように攫われそうになっていた村人は怯えている。彼は生き残っていた数人の村の人間をすくい上げて武器を持った村の男達のところに送り届ける……。そこには最初に別れた少女やその父親、数が減っては居たがこの数日間で仲良くなった若い衆もいた。それに背を向けて彼は皆に別れを告げる。
「今日でお別れだ。俺は奴らを蹴散らす。俺のことは忘れ、皆で仲良く生きてくれ。お前たちは人間の中でも好意が持てた。では、達者でな」
その場を飛び立ち、逃げる盗賊達を空中から見つけて家畜や攫った女性を積んだ荷馬車の屋根を爪で崩す。怯える皆だったが聞き覚えのある声を聞き少し安心したように意識を緩めたらしい。とうの彼は荷馬車へ覆いかぶさるように降りると翼と体を丸め、巨大な翼と体の表面を覆う鱗で雨のように放たれる弓から内側の人間達を守る。彼ら龍族の真髄は体の堅さと強い力、そして、咆哮と息吹だ。戦闘において強力なそれが盗賊を巻き込んでいく。龍族が知識をつけて宗教的な思想において彼らを嫌うのは彼らが強すぎるからだ。彼はすぐにやりすぎを抑えるために体を人間の姿に戻し、人間の皆を生きている荷馬車で元の所へ運んでいく。荷馬車の周辺には村人が集まり再開や解放を喜ぶ。馬から彼が降りるとその場から去ろうとするが……。少女が彼を引き止めようとしたらしい。彼を助けた少女だ。
「残ってよ! ここに……」
「ふん、俺は龍族。貴様ら人間の生ぬるい生活にはついて行けない。傷つけられる前に……俺が貴様等を傷つける前に……俺は貴様らとは関係を切らなくてはならないからな」
「それなら……」
「ちっ! 全員伏せろ!」
突如として放たれた銃弾を一部だけ変化させた体に受けても体勢を崩さない彼……。翼で後ろに居る住民達を守ったのだ。銃弾で数枚の鱗が剥がれ落ちた。だが、鱗の再生も体調が完全に回復している彼ならばどうということはないらしい。彼が睨みつける相手……住民に牙を向くのは国の軍である。この周辺の龍族は国に仇を為した罪人として扱われていた。その龍族をかくまった罰は一族郎党の『殲滅』だ。龍族に触れた者は汚れたと判断され……問答無用で殺されてしまう。
「もう少し、だな。動くなよ!」
龍族のもう一つの特異な点は人間の間で失われた『魔法』の技術を継承していると言うことだ。右手の前にエネルギー球を造り出し……火器を使う兵士たちは一瞬の閃光が見えた瞬間に薙ぎ払われる。兵士の中で動ける者も居るだろうが閃光で視界が霞み、見える訳がない。その間に彼は次に行うべきことを行った。住民を助けるのだ。体のさらなる巨大化をし住人達を……生き残った住人達を背中に乗せてなだらかな上昇をして空に浮きあがった。空をゆっくりと飛び抜け雲の波を撫でつけながら遠くへ遠くへ飛んでいくのだ。下方では……何かが軍と戦っている。違うな、彼が叩いた統率の取れていない軍を蹂躙しているようだ。……龍族の騎士たちらしい。彼等はそのまま遙か彼方へと消えていったのだった。雲間に吸い込まれ、彼らは遙か彼方の新天地へと逃れていく。彼らには新たな生活が待っているのだ。