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星輪のギメルス エフェス編  作者: アドム・ザナヴ


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第16話 エルフの魔法と友情の芽生え

星霊暦五〇四年一月二十九日、火曜日。


「ちょっとだけ俺にも見せてくれよ、その綺麗な紅い剣」


 エルウィン長老の家は、先ほどまでの張り詰めた空気が嘘のように、子供たちの好奇心に満ちた喧騒(けんそう)に包まれていた。

 ファラとフィンネルが、抜かれたばかりの星剣オールエッシャーの刀身を、食い入るように覗き込んでいる。


「すげえ……。こんな紅い金属、見たことねえ。何だこの文字……」

「改めてしっかり見ると、この柄頭(つかがしら)に埋まってる石……赤いのと紫のか。とんでもない魔力を感じるな……緑の石は、森の魔力そのものじゃないか……」


 フィンネルまでもが警戒心を一時忘れ、職人のような目で剣の構造を吟味(ぎんみ)している。

 その様子を見て、エフェスはすっかり得意になっていた。


 そうだ、この剣だけじゃない。自分にはあの鎧猪を仕留めた「力」がある。魔法詠唱のコツをつかんだ今なら、魔法も使えるかもしれないと意気込んだ。


「ふふん。剣だけじゃなかとよ。さっきは失敗したけど、これがあれば多分魔法も使えるけん!」


 彼はそう言うと、鎧猪との戦いでアトレイクスの側にあったあのピンク色の原石を懐から取り出した。

 そして、あの瞬間の高揚感(こうようかん)を思い出し、星剣を天に掲げて高らかに叫んだ。


「見とけよ! 雷神鼓(オリオン)ッ!」


シーン……。


 ただ居間に静寂が戻っただけだった。エフェスの腕にも剣にも何の反応もない。


「……あれ?」


 もう一度、今度はもっと強く心の中で「雷」を念じる。


「雷神鼓(オリオン)ッ!」


シーン……。


「……やっぱり、口だけか」


 ファラが心底がっかりしたような、そして「さっきと同じじゃん」とでも言いたげな呆れた顔で呟いた。


「ち、違う! あん時は本当にこう、バチバチッてなって!」

「はいはい、分かった分かった。口だけじゃなくて、俺の『本物』を見せてやるよ」


 ファラはエフェスからコップをひったくると、その小さな両手で包み込むように持ち、目を閉じた。


「……ったく、今回だけだぜ……」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、その表情は「お前にだけ特別だぞ」と自慢したくてたまらない子供のそれだ。


『花咲け向日葵使(クリュティエ)!』


 ファラがそう唱えた瞬間、エフェスは目を疑った。

 何もないはずの木製のコップから眩い光と共に細い緑色の蔦(つた)が、生き物のように伸び始めたのだ。それは瞬く間にコップの縁に絡みつき、次の瞬間、ポン、ポン、と軽やかな音を立てて薄紫や薄桃色の可憐な花々が一斉に咲き誇った。


「うわ……!」


 エフェスは思わず声を上げた。

 火でも水でも風でも土でもない。ガラーシャ村では見たこともない魔法。


 ファラがふっと息をかけると、咲き乱れた花々から数枚の花びらがひらひらと宙を舞った。それはあまりにも幻想的で美しい光景だった。


「どうだ。お前の口だけの雷より、よっぽど綺麗だろ」

「す、すげえ……! ファラ、すげえな! なんでそんなことできるとっか!?」


 エフェスは劣等感よりも純粋な感動で、目をきらきらさせていた。


「こら、ファラ!」


 その時、エルウィン長老の厳(おごそ)かな声が響いた。


「エフェスさんならまだ良いものを、安易に我らの力を見せるでない。それに、わしのコップに花を生やすな。後でちゃんと元に戻しておきなさい」

「う……はーい」


 ファラはバツが悪そうに肩をすくめた。

 エルウィンは向き直ると、今度はエフェスに諭すように語りかけた。


「エフェスさんや。過ぎたる力は時に身を滅ぼす。特に、おぬしが使ったという雷の力……それはこの世界の秩序の中でも極めて強力で珍しい力じゃ。使えるようになったとしても、むやみやたらと人に見せるものではありまさんぞ」

「はい……」


 エフェスは素直に頷いた。


「それに」と長老は続ける。

「わしも先ほどその紅い剣を持たせてもらったが……あれは持ち主を選ぶ特別な魔法器じゃ。わしやフィンネルでは、あの剣が持つ真の力を引き出すことはできん」

「え? どういうこと、爺ちゃん?」

「わしらエルフ族とあの剣では……どうやら生命力の“相性”が合わんようじゃ。無理に使おうとすれば、逆にわしらの力が吸い取られてしまうかもしれん」

「相性……」


 エフェスにはまだ、その言葉の本当の意味は分からなかった。


「なんでエフェスが相性が良くて俺たちがダメなんだよ! エフェスだけなんかずるい!」


 ファラが不満そうに口を尖らせる。


「ずるいも何もなく、当たり前のことじゃ」とエルウィンが首を横に振った。

「人間は色んな人種に分かれておるが、わしらの魔法と同じで、その人種人種に得意不得意の相性がある。ただそれだけのことじゃよ。じゃから特別な力を持っていたとしても、それを『特別』と思わないことも実は大切なんじゃ」


 エルウィンの言葉がエフェスの胸にすとんと落ちた。

 たしかに自分は魔法が苦手だ。でも、この剣は使える。ファラはすごい花の魔法が使える。

 人にはできることとできんことがある。ただ、それだけだ。


(……爺ちゃんも、似たようなことば言いよったな)


 ヤコブの温かい笑顔を思い出し、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「うん。魔法のことやこの星剣のことは、今までよりよくわかったけん」


 エフェスはすっきりとした顔で拳を握りしめた。


「よし、じゃあ今度は、おいの剣技やね!」

「おい」


 ファラが呆れたように突っ込む。


「今さっきエルウィン爺ちゃんから、力をほいほい見せるなって言われたばかりだろうが」

「それとこれとは別ばい!」


 エフェスは胸を張って言い返した。


「しかも剣技って、魔法と違って特別な力というよりは日々の修練の成果やろ?」


 その言葉には、毎日母マリアと打ち合ってきた確かな自負(じふ)と経験がこもっていた。

 その子どもとは思えないほどのはっきりとした自信に、フィンネルが初めて興味深そうな目でエフェスを見た。


「……ほう。どうやら剣の方は、本当に自信がありそうだな。よかろう。せっかくだ、この俺が手合わせしてやる。外に出るぞ」

「お! そいつは楽しみやね!」


(よしっ!)とエフェスが拳を握りしめた、その時。


「二人とも、何を言っているのかしら?」


 リーファの完璧な笑顔が二人の間に割り込んだ。


「エフェス君はまだ治療中でしょう? 今日は絶対に激しく動いちゃダメよ。エフェス君は私の家でゆっくり休むの」

「う……はい」

「それと、フィンネル」

「は……はい」

「あなた、エフェス君をいじめたら私が許さないからねー。エフェス君は私の『弟』なのよ。私の『弟』なの。……分かった?」


 リーファの笑顔の奥にある絶対零度の圧。

 それはフィンネルとファラにとって、あの滋養薬湯粥の匂い以上に恐ろしいものらしかった。


「は……はいッ!」

「(……お、俺は、弟になった覚えはなかけど……)」


 エフェスは突っ込む言葉をぐっと飲み込んだ。今、この人に逆らえばベッドに括り付けられ、あの緑色の粥をただただ三食流し込まれるような、そんな未来しか見えない。

 ファラがそんなエフェスの心中を察したのか、(うんうん、それでいいぞエフェス。リーファ姉ちゃんを刺激するな)という表情で必死に頷いていた。


◇


 結局、手合わせの話は立ち消えになり、エフェスたちはエルウィン長老に別れを告げその家を後にした。

 フィンネルは「見張りがある」と、すぐに自分の持ち場へ戻っていった。


「ごめん、リーファさん。シギロア村ば見て回りたいんだけど、案内とかお願いできん?」

「リーファ姉さんって呼んでね。うーん……エフェス君との夕ご飯を作らないといけないから、ファラ、あなたにお願いしていいかしら」

「えぇー! シギロア村に面白いばしょって、そんなないぜ……。でも、たしかにまだ遊べそうだしな……。まぁ、いいぜ!」

「じゃあファラ、よろしく。暗くなる前には家に戻るのよー」


 リーファと別れ、エフェスはファラに連れられて初めてシギロア村を自由に歩き回った。

 村は想像以上に広く、これまではエルウィンの家までしか見ていなかったが、いたる場所でも巨木の枝から枝へと蔦で編まれた吊り橋が、何本も何本も空中にかけられている。

 自分たちよりも小さい村の子供たちはその吊り橋の上を、まるで地面を走るかのように平気な顔で駆け回っていた。


「お、おい! ここ、結構揺れっばい!」

「はは! だっせー! こんなの目をつぶってても渡れるぜ!」


 ファラに挑発され、エフェスも負けじと吊り橋を渡る。高い場所はマイムハレムの森で慣れているはずだったが、足元が揺れる感覚はまた別物だった。

 二人は村で一番高い見張り台まで木登り競争をしたり、森の奥で手のひらよりも大きな虹色に輝くカブトムシを見つけて興奮したり、ガラーシャ村の子供たちと何ら変わらない時間を過ごした。あっという間に日が傾き始める。


 ファラはエフェスをリーファの家まで送る途中、ふと真剣な顔になって足を止めた。


「エフェスは、何日後にこの村を出ていくんだ?」

「長老さんが言うてた通り、まだ分からん。まぁ、おいも身体が完全じゃないから、早くても四日くらいじゃないかな」

「そうか、四日か……」


 ファラは何かを決意したように、エフェスの目をまっすぐに見つめた。


「じゃあ、それまでにはお前の剣技とやら見せてもらうぜ。……例えば、狩り、だな。一回くらいは狩りに行こうぜ。だから、はやく身体を治せよ」

「おう! そうやね! 狩りやったら、それこそおいの剣が火を噴くばい!」

「お前、魔法使えないから火は噴かないだろ。でも、あの紅い剣が火を噴いたら格好いいだろうな」

「おー! それいいな! おいも頑張って魔法ば使えるようにならんばやな!」


 そうこうしている間に、リーファの家に着いていた。

 家の外まで、あの独特の匂いが漂ってきている。


「エフェス君、おかえりー! ファラもありがとうね! ファラはどうする? ここで食べていく?」

「ううん。さすがに食べてきちゃうと爺ちゃんに怒られるから、夜は帰るね」

「じゃあ、はい、お土産。鍋ごと持って行って」

「……うん、ありがとう」


 リーファがファラにずっしりと重い鍋を手渡す。


(……あれ? 昼間、あんなに嫌がっとったのに)


 エフェスは意外そうにファラを見た。ファラはエフェスの視線に気づくと、照れくさそうにそっぽを向いた。

 よく見ると、ファラが渡された鍋から漂う匂いは昼間のものより心なしか薄いような気がした。


「エフェス、また明日な! 場合によっちゃ、アレに行くからな!」

「おう! わかった! また明日やね、おやすみー!」

「おやすみー!」


 昼間にあれだけ言い合ったのに、不思議と別れ際は少し寂しかった。


(まぁ、意外と良いやつやしな……)


 エフェスは故郷以外でできた初めての「友」の背中を見送った。


「ふふふ、二人とも仲良くなって良かった。さぁ、エフェス君、沢山料理用意しているわよ、食べましょう!」

「やったー! リーファさん、ありがとうございますー! 早よ食べたかです!」


 その夜、リーファが振る舞ってくれたのは、あの薬湯粥だけではなかった。

 香ばしく焼かれた木の実のパン、甘酸っぱい果実のソースがかかった鎧猪のロースト。エフェスの胃袋と身体は、間違いなく回復へと向かっていった。


 十五日ぶりの本当の満腹感と温かい寝床。エフェスは夜の八時を回る頃には、もう深い眠りに落ちていた。

 窓の外では、満月の二日ほど手前の明るい月がシギロア村を幻想的に、静かに照らし出していた。


◇


星霊暦五〇四年一月三十日、水曜日。


 翌朝。エフェスは木々の水分が霧となった、朝日に照らされてキラキラと輝く美しい森の風景の中で目を覚ました。昨日までの痛みや疲労が嘘のように消え去っている。


「リーファ姉さん、おはよう!」


 感謝を伝えようと居間へと向かったエフェスが目にしたのは、昨日とは全く違うリーファの姿だった。

 彼女は部屋の入り口に立ち尽くし、血の気を失った真っ青な顔でわなわなと震えていた。


「エフェス君……」


 絞り出すような掠(かす)れた声。


「……大変……!」

「ファラが……」

「ファラが、いないの!」


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