婚約破棄されましたが、ショックを受ける暇はありません! 前世の推しにそっくりな騎士様をトップアイドルにするのに忙しいので!
私は転生者である。名前はカタリナ・フォン・エクセル。
つい五分前までは「次期王妃」という輝かしい肩書きもあったのだが、あいにく今は「不敬な元婚約者」という身軽な身分に成り下がったところだ。
華やかな夜会の中心で、第一王子が声高に宣言した。
「カタリナ! 貴様のような冷酷な女との婚約は破棄する! 私は真実の愛を見つけたのだ!」
隣には、震える小鹿のように彼にすがる男爵令嬢。
いやいや、真実の愛ってなんなのって思ったけど、私は静かに扇を閉じ、一礼してその場を去った。
周囲の嘲笑も、王子の勝ち誇った顔も、今の私にはどうでもよかった。
ただ一つ、心残りがあるとすれば――。
「……あの王子、顔だけは前世の推しに似ていて、鑑賞用には最適だったのになぁ」
そう、私は日本人なのだ。
前世では「推し」のために働き、「推し」のために生き、「推し」のために散った筋金入りの徳活女子。
この世界に転生してからは、あの王子の造形を「推し」に見立てて、なんとか精神の均衡を保っていたのである。
夜会の喧騒を抜け、王都の裏通りをトボトボと歩く。
ショックだ。非常にショックだ。明日から何を糧に拝めばいいというのか。
そんな絶望の淵に立たされた私の前に、彼は現れた。
夜回りの最中だろうか。街灯に照らされ、銀の甲冑を鳴らして歩いてくる一人の騎士。
その顔を見た瞬間、私の心臓が、前世のライブ会場で爆音を浴びた時のように跳ねた。
(待って。え、待って……無理。尊い。死ぬ)
切れ長の涼やかな目元。スッと通った高い鼻梁。少しだけ冷たさを感じさせる薄い唇。
それは、前世で私が全財産を注ぎ込んだ、あの伝説の韓国風アイドルのセンターに生き写しだった。
「……お嬢様。このような時間に、お一人でどうされましたか?」
声まで低い、良い声だ。私は無意識に駆け寄っていた。
「騎士様! 私のアイドルになってください!」
「……あいど、る?」
騎士は眉を寄せ、困惑したように私を見下ろした。
そうだ。この世界にアイドルなどという概念はない。
光り輝くステージも、ペンライトの海も、中毒性の高い重低音も。
「何でもありません。……いえ、何でもなくありません! 私が、あなたを世界一輝かせます!」
そこからの私の行動は早かった。
公爵家から持ち出した慰謝料(という名の軍資金)を全投入し、魔法工学を駆使して「魔力投影機」を開発。
光魔法でスポットライトを作り、風魔法で彼のマントを絶妙な角度でなびかせた。
衣装は、騎士服をベースにしながらも、体のラインが美しく見える現代風の細身シルエットへ魔改造。
数ヶ月後。
王都の広場には、かつてないほどの人だかりができていた。
魔力投影機が夜空に巨大な彼の姿を映し出し、私は舞台袖で、魔力石を埋め込んだ自作のペンライトを激しく振る。
「きゃあああああ! 素敵よ、エリオット様ー!」
令嬢たちが黄色い声を上げ、会場が揺れる。
「……ふふふ、計算通り。私のプロデュースに狂いはない」
そこへ、噂を聞きつけた元婚約者の王子が、顔を真っ赤にして現れた。
「カタリナ! 貴様、こんなところで何をしている! 私を差し置いて、あんな得体の知れない男を担ぎ上げるとは――」
「あ、王子。チケット持ってます? ないなら帰ってください。今、推しのソロパート中なんで」
「な、なにっ……!?」
「警備員(エリオット様の同僚)さーん! 営業妨害です、こちらの方つまみ出してください!」
無慈悲に引きずられていく元王子を見送り、私は再びステージへと祈りを捧げる。
すると、曲の合間にエリオット様が、最前列(私専用席)に向かって、私が教えた通りの「指ハート」を飛ばしてきた。
「っ……!!(尊死)」
鼻血を押さえて倒れ込む私に、エリオット様がステージを降りて駆け寄ってくる。
「プロデューサー! 大丈夫ですか! ……全く、あなたは他人の心配ばかりして。俺が本当に見てほしいのは、観客じゃなくて、あなた一人なのに」
耳元で囁かれた低音ボイス。
あ、これ、ファンサにしては手厚すぎませんか?(調教済み)
推し活が忙しすぎて、自分の恋フラグが立っていることに気づくのは、もう少し先のお話である。
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