第一話 異世界のおばちゃん幽霊召喚!?
金色のシャンデリアが、泣いていた。
涙のように垂れたガラスの雫が、残酷な輝きを放っている。
まるで、胸中の無数の後悔が反射しているかのように。そんな煌めきの下で、わたしは、婚約者に突きつけられたのだ。
「……侯爵令嬢のくせに、華も品もないなんて、笑わせるなよ」
ぶちまけられたのは言葉だけ。でも、それはワインを浴びせられるより、冷たく私の心を凍らせた。彼の声音ひとつで、羞恥に頬が灼ける。胸元にべたりと、赤黒い感情が滴り落ちる。
――クラウス。わたしの婚約者。伯爵家の御曹司。
「そもそも、お前の家に“侯爵”の爵位がなければ、とっくに婚約なんて破棄してるぞ?分かってるか?俺は爵位のために妥協してやってるんだ。感謝しろ」
――ざわり、と音を立てて空気が止まった。まるで、誰かが世界の回転を止めたみたいに。
舞踏会の音楽は途絶え、擦れた絹の衣擦れの音が空間に響く。突き刺さるような貴族たちの視線が、皮膚を裂き、肉を抉り、わたしの心を殺す。
羞恥が、怒りが、屈辱が、ぐつぐつと煮立っているのに――口が動かない。舌が回らない。声が出ない。無力の沈黙が喉元を支配して、わたしは。
逃げた。
見られないように。誰にも気づかれぬように。まるで、負け犬みたいに。
足元に絡むドレスの裾。袖口を濡らす涙。金糸で刺繍された鳥たちは、わたしの代わりに泣いていた。泣いて、泣いて、それでも、翼は動かなかった。
向かったのは、屋敷の書庫の奥。誰も近づかない、古びた扉の向こう側。重たい埃と秘密の匂いの中で、それは眠っていた。
禁書――悪魔召喚の禁忌魔法。
震える指でページをめくり、かすれた声で紡ぐ呪文。心臓が跳ね、喉が震え、魂が軋む。
「お願い……!魂でも命でも差し出すから……あの男を見返させて……!婚約破棄させてぇぇぇ!!」
赤黒い光が、床に描かれた魔法陣から噴き上がる。空気が巻かれ、空間がゆがみ、何か――『それ』が、こちらを覗き込んだ。
「出でよ、我が契約者ッ……!」
──ボフッ。
『……あらやだ、ここどこ?』
――え?
出てきたのは、丈の短い真紅のドレスに身を包んだ五十代ほどの女。けばけばしい化粧に、ふっさふさの扇子。肩で切り揃えられた黒髪の向こうに、なぜか背景が透けて見える。透けてる。透けて見えてる。
「え……悪魔……?」
『え?アンタ誰?てか、ここ六本木じゃないの?』
意味が、分からない。頭が、ついていかない。世界の理解がガラガラと音を立てて崩れていくのを聞きながら、それでも、わたしは言った。縋るように。祈るように。
「……お願いします、悪魔様。糞男に仕返ししたいんです!力を貸してくださいッ!!」
『誰が悪魔じゃ、コラッ!!』
ぱしんっ、と音を立てて、彼女の扇子がわたしの頬を打った。
次の瞬間、視界に光が弾け、意識が、ぷつりと――
途切れた。
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