女の子の怖さ
「からかったのは謝る、だけど、からかわれた事にも気付いて無さそうだから本来は謝らなくていい」
「……何の話?」
「はぁ……どこまで説明すれば、いやどこからか」
「マジでわかんねぇんだけど」
「わかりやすいのはあてらからのメッセージなんだけど……ごめん、これは見せられない。友達を売るつもりはない」
「売るってお前」
「……ただ今あてらが言ってた事ぐらいは話してもいいかな」
目押ちゃんはベンチに座り、コーヒーを一口流し込んだ。
その目はまっすぐ俺を捕らえていて、目をそらせそうな空気ではない。
「あてらも勘違いしてるしセンパイも勘違いしてると思うんだけど、さっきね、あてらはこう言ったの」
"私の彼氏に変な事したら怒るからね"
彼氏?
……女友達同士で誰か男を取り合ってるって事か?
確か柚月が言ってたな、女同士の争いは陰湿でドロドロしてるし、それを決して男の前じゃ見せないって。
「ケンカしてんのか?」
「するわけない、あてらの勘違いなんだもん」
「それで……何で俺をここに呼んだ」
「今のあてらはね、センパイと付き合ってる事になってる」
思わずコーヒーを吹き出してしまった。
何で?
何でそうなるの?
「きったな……」
「ごめん、でも何でそうなった? 好きって一言も言ってないし言われてないし、そもそも付き合って下さいとも言ってないぞ!」
「だけどあてらはそう思ってる、センパイがパチンコ打ちとして最高だって褒めた事を女性として褒められたと思っているし、完璧だって発言は理想の女性だって言われたんだって思ってる」
「そんなつもりは」
「後は重いって言ってるのをセンパイは何か別の物、おそらく確率重たいぐらいで受け止めたのかもしれないけど、あの子は自分について話してた。浮気の話だって別のパチンコを打つ事を浮気って表現するのは一部の人だけで、あてらは本気で浮気の話をしていた」
……そうとも、取れるな。
「そしてそれを聞いてセンパイは、むしろお願いしたかったとか言ってしまった。もう、勘違いじゃなくて確信になってしまったの、アレが最終確認だった」
「……そんなつもりは無かったんだ、すぐ謝ってくる」
「ダメ」
ベンチから立ち上がった俺を目押ちゃんが座らせる。
服を掴まれていて、座るしかなさそうだ。
「私はあてらの友達、親友だと思ってる。だから勘違いは正してあげたい」
「ならなおさら言わないと」
「だけどそれをここで言えば、あてらは傷ついてしまうし、壊れてしまうかもしれない。そんなの、私が耐えられない」
「じゃあどうすんだよ」
「ゆっくり誤解を解いていく、いきなりはダメ」
「だけどさ、やっぱこういう事って」
「包丁」
包丁?
「包丁怖くないの?」
「……どゆこと」
「傷ついて、ショックを受けたあてらは何をするか分からない。性格的に、貴方を殺して私も死ぬって言うタイプだから、本当に殺されるよ」
死!?
え、勘違いで死!?
「ごめん、盛った。でも決して可能性が無い訳じゃないから」
「……どうすれば」
「さっきも言った、ゆっくり誤解を解いていく。それしかない」
「勿論だけど、協力してくれるんだよな?」
目押ちゃんは缶コーヒーを咥えて、首を縦に振った。
「これさ、実は前から目押ちゃんと知り合いで俺達が付き合ってるって話をでっち上げれば解決したりしない?」
「そんなの私が最初に殺される、絶対言わないでね」
「分かってるよ、目押ちゃん」
「目押でいい」
「分かった」
「あ、名前呼びはダメだからね。あてらが嫉妬するから」
そう……なるのかな?
「あてらの前じゃ私は目押、間違えないでね」
「大丈夫だよ、目押」
「ん、分かればいい」
目押と話をした。
そして出た答えは、今日これ以上あてらと一緒に居ないほうがいいって事だった。
確かにまたどんな勘違いをされるか分からないし、殺されたくないし、間違ってない。
だけど、だけど!
「じゃあ目押があてら連れ出してくれるんだよな?」
「あの台を捨てろって言うの? センパイが行けばいい、あてらは引き止めておく、まかせろ」
「いやいや、せっかくの休日なんだから友達同士どっか遊びに行ったほうがいいって」
「センパイこそ、パチンコ以外にやる事ないからこんな事になってるのを反省して遊びに行くべき。例えば、ナンパしに行くとか」
「それはちょっと……期待値無いし」
「それを言うなら私もそう、ここでやめるのは期待値が無い、欠損する」
互いに一歩も譲らない争いが始まってしまった。
分かってはいたが、目押は俺と同じマインドを、期待値を求める心を持ってやがる。
あの期待値てんこもりの台を捨てる訳がない。
「老い先短いセンパイは若人に譲るべき」
「一つしか違わないし、仮に老い先短くても譲るつもりはない」
「老害センパイ」
「うるさいぞ、罰として退店だ退店」
「うるさいのはそっち、迷惑だから退店」
「ぐぬぬ」
「むむむ」
一分ぐらい睨み合い、なんとも言えない空気が流れた。
隙を見せれば退店させられる。
絶対に負けられない戦いだ。
「そういや駅前のホールが今日結構熱いらしいぞ、言ってみたらどうだ? 示唆はスロットの物が多かったがパチンコにも結構いいやつ入るんだよ」
「はいダウト、あそこはパチンコが強い時はスロットが弱い。つまりスロットが強い今日はパチンコ打てないレベルで弱い」
知ってやがったか。
「それより、センパイが隣町のホールに行けばいい」
隣町の?
ハッハッハ、バカめ!
「あのホールは昨日が一番熱いんだよ!」
「そうじゃない、店員が可愛い。あてらレベルじゃないけど」
「期待値ねぇっての!」
「私に期待値ない事勧めてきたくせに」
振り出しに戻っちゃった。
「……待って、センパイ、争ってる場合じゃないかも」
「あん? ついに退店の決意をしたのか?」
「違う、もう私達が出て15分は経ってる。センパイならこの15分の意味……わかるでしょ?」
台に飲み物は置いてある。
だが、離席する際に金目の物は全て回収して持ち歩いていて、玉を少し残しただけだ。
店から見れば空き台、整理開放されてもおかしくない!
「とりあえず戻るぞ!」
「一時休戦、決定」
急いで入口に戻ると、そこにはあてらがいた。
とびっきりの笑顔で、俺と目押を見ている。
「あ、先輩と目押ちゃん! もうどこに行ってたんですか? 心配しましたよ」
「……まずい、めちゃくちゃ怒ってる」
俺にだけ聞こえるような声で、目押はそう呟いた。
怒ってる? これが?
ははっ、まさか。
こんなにも可愛い笑顔なのに?
「悪い悪い、ちょっと目押と話し込んでたら」
「それは、目押ちゃんと先輩、どっちが声をかけたんですか?」
空気がさらに変わった。
冷たくて、痛い。
笑顔は何も変わってないのに、さっきまでと何一つ表情は変わってないのに、氷の中に閉じ込められているかのような冷たさに襲われる。
「……目押に、目押から呼び出されたんだ」
「ちょっと、センパイ!?」
「そっか、ですよね! 先輩が裏切るわけないですもんね! ねぇ目押ちゃん、ちょっと私ともお話してくれるかな」
「お前、私を売ったのか!?」
「何のことか知らないけど……フッ」
これで台に戻れる!
つーかマジで急がないと台が他人に取られるって!
「じゃあ俺は台戻ってるから」
「先輩、今回は大目に見ますけど……あんまり心配させないで下さいね?」
「わ、わかった」
「それじゃあ私はちょっとお話してきますね、先輩!」
目線で助けを求める目押を無視し、店内に進む。
「裏切り者! 私が殺されたら次は」
「目押ちゃん? 先輩に迷惑かけるのはよくないって思うんだけどなぁ」
ふぅ……さて、パチンコ打つか。