計数あてらの素敵な出会い
今日は土曜日、いつものパチンコ屋が熱い日、つまり勝ちやすい日だ。
昔は何日が熱いとか広告で知らせる事が出来たが、今の規制じゃそれは出来ない。
ならどうやって熱い日を見分けるかだが、色々とやり方はある。
例えば店のサイトを見てみると明らかにとある日だけ色合いが違っていたり、制服の色が違ったりもする。
そして巷ではこの店は今日が暑いと言われているし、俺も過去のデータを見てそれを確信してる。
「いざ、戦場へ!」
田舎のホールなので電車で30分もかかってしまった。
さらに遅延して朝の抽選締め切りの8時30分に間に合わないかもしれないレベルでギリギリになっている。
電車の扉が開いたらダッシュするしかない。
駅から今日のパチンコ屋は見えてんだ、3分で行ける!
息を整えて、軽く足首を回してダッシュに備える。
「朝早く起きたのに抽選受けられねぇとか、一番期待値ねぇからな」
電車が止まり、気の抜けたアナウンスが流れる。
さあ、扉が開いた。
間に合え!
そして俺ぐらいしか使わないショートカットルー卜を使えば30秒は短縮できる。
「や、止めてください!」
薄暗い裏路地、もといショートカットルートで女の子が男となにやら揉めている。
おいおいおいおい何横幅いっぱいに広がってんだよ、そこ通らないとパチ屋行けないんだっての!
「いいじゃんか、俺と遊ぼうよ」
「貴方は知らない人だし知るつもりも無いし興味も湧かないんだから嫌! 手放してよ!」
早くどけ、どいてくれ。
「そんな事言うなって、ほら、いいからこっち来いよ!」
「嫌ッ!」
朝っぱからからナンパで揉めやがってクソが!
ダメだ、待ってたら遅刻する。
「そこのお前! 邪魔だからどけ!」
「あん? 何だお前」
「お前がそこ塞いでるせいでパチ屋に行けねぇんだよ! どうしてくれんの? 遅刻して抽選受けられなくて、いい台取れなくて今日の稼働がプラマイゼロで終わったらどうしてくれんの?」
「稼働……よくわかんねぇけど邪魔すんn」
「よくわかんねぇじゃねぇよ! お前が出玉保障してくれんのか? 今日の期待値の分ここで俺に金払うんか?」
「だから何言ってるかわかんねぇって」
「お前のせいで期待値欠損してんだよ! そこどかないとお前マジヤバいよ? 期待値だけじゃなくて命まで欠損する事になるぞ」
男は俺を何か不気味な物を見るような目で見てやがる。
「怖……何だコイツ」
そして、捨て台詞を残して消えて行った。
よし、道は開けた。
「あの、助けてくれてありが」
「おう! じゃあな!」
女の子が礼を言う為に近寄ってきたが、邪魔だったから俺も一言残してホールにダッシュした。
ホールに着いた。
時間は8時25分、ギリギリと言えばギリギリだがショートカットしなくても間に合ったな。
つーかさっきの揉めてたやつ……一つ間違えたら俺殴られたりしてたんじゃね?
「パチンコじゃなくて拳当てられる所だったって事か」
さてと、後はいつも通り人が沢山いる所に並ぶだけだ。
今日は200人ぐらいかな?
まぁ朝から並ぶ奴は殆どはスロット狙いだろうから、俺からすればそこまでライバルが多い訳じゃない。
さてと、抽選が始まるまで動画でも……。
「こっち、早くして」
「ちょっと待ってよ……ハァ……ハァ」
「一分前なんだから、約束の時間から五分近く遅れてる、プンプン」
「目押が変な裏路地を教えたせいで大変な目にあったんだからね! わっけわかんない男に朝からナンパされて、そのせいで遅れたんですぅ!」
「はっ、確かにあてらは可愛いけど、中身を知ればその人も声掛けなかっただろうに。中身の一番外側が外見って言うけど、そんな事ないみたいだし」
「うるさい……ってそんな事より聞いて! それでね、こまってた私を助けてくれた人がいたの」
「もの好きに襲われそうになってもの好きに助けてもらったのか、そのもの好きさん、グッジョブ」
「こらその人をバカにするのは許さないからね! ……それでね、その、その人がこのパチンコ屋さんに向って行くのを見たから……探したいなって」
「あてら、パチンコを打つ男にろくなのはいない。やめておきなさい」
「あの人は違うから! 目押みたいに人からお金借りて打つクズとは違いますぅ!」
後ろの人……さっきの人か?
振り向くとそこには、青色のショートカットの……あ、昨日の勝手にレモネード頼んで消えた女児体型の女がいる!
それと助けたあの子は……黒色のセミロングで、よく見ると確かに可愛い顔立ちの女だ。
「あっ」
そして、黒髪の女の子と目があった。
「あの、さっきはありがとうございました!」
ペコリと頭を下げる彼女を見て、俺も頭を下げる。
「その……名前聞いてもいいですか?」
「俺は貸玉ってんだけど……さっきは大丈夫だった?」
「はい! おかげで助かりました! それでその、初対面なのに図々しいって思われるかもしれませんけど……下の名前は……その」
「ああ悪い悪い、遊だ、貸玉遊」
「遊さん……」
何だ何だ。
何でガン見されてんだ。
え、助けないほうがよかったとか?
いやでも助けてくれてありがとうって言ってたし……。
「じー」
そしてなんかレモネード女も見てくるんですけどぉ!?
「ちょっと目押……ちゃん、遊さんが困ってるじゃないの!」
「いや、何かあてらが見てたから私も見ておこうかなって思ったんだよね……って今私の事なんか変な呼び方で」
「そう言えば自己紹介がまだでしたね! 私はあてら、計数あてらっていいます、あてらって呼んで下さいっ!」
あてらちゃんか……そして隣の泥棒が……。
「私は目押、目押巡。目押って名字だけど目押し出来なくてスロット引退しました。また会ったね、お兄さん」
目押ちゃんか。
「昨日はごちそうさま、おいしかったよ」
「俺が知らない間に注文したレモネードはそんななに美味しかったか?」
「うん、お金を払った時特有のエグみがなくて飲みやすかった」
こ、この女児体型!
まったく反省してねぇぞ!
……ダメだ、ここで怒って熱くなるのには期待値が無い。
熱いのはパチンコだけで十分だっての。
「ところで二人共パチンコ打ちに来たんだよな? 今日は何狙いだ?」
「私は打ちに来たけどあてらは違う。いい番号を引いたら交換してもらう為に呼んだだけ、いわゆる引き子のあてら」
引き子か……店によっちゃダメなんだが……。
「ふふん大丈夫、この店には引き子禁止のルールは無かった。事前調査済みです、ブイ」
俺の考えている事を読み取ったかのように目押ちゃんはブイサインを作りながら答えた。
そうか、この店引き子の禁止してなかったのか。
なら柚月を連れて来て番号を引引いてもらおうかな?
……まぁ、断られるだろうけど。
「って事は計数さんはパチンコは打たないんだ、じゃあ店に入るのは俺と目押さんだけに」
「いえパチンコ大好きです! それはもう毎日打つレベルで大好きです!」
「……あてら、今日おかしいよ。普段からパチンコはクズのやる物だとか、今すぐパチンコ止めないと友達まで辞める事になるだとか、他にも」
「目押ちゃん、ちょっとスマホ見てくれるかな」
……二人共仲良いな。
「これ本当だよね、嘘じゃないよね?」
「うん、私は嘘つかないでしょ、目押ちゃん」
「あーごほん、遊さん、あてらはね、めちゃくちゃいい子なんです」
……へ?
いきなり何?
「まず料理ができる、オシャレな物から家庭的な物まで作れない物は無いレベル。さらに可愛い、色々な女の子と知り合ってきたけどあてらレベルで可愛い子はそういない。とどめに……パチンコ代を貸してくれる! これはもう、決めるしかないですよ!」
何故俺は背伸びした女児体型の女の子に肩を掴まれて、別のこれまた初対面の女の子のセールスポイントみたいなのを聞かされてるんだ?
え、何かのキャッチだったりすんのか?
「目押ちゃん、遊さん困ってるからやめなさい! まったく、昔から常識を持ってって言ってるのに……ごめんなさい、遊さん」
「いやいや大丈夫、大丈夫なんだけど……この後」
「はい時間あります! なんなら明日まで全部予定ありません! あったとしても全部今予定消えました!」
「ごめんね遊さん、ほらあてら遊さん困ってるから少し離れて。昔から落ち着きを持てって言ってるのに……ごめんね」
どうやら悪い人達ではなさそうだが……って、そんな事よりももう抽選始まってんな、前の人達がゆっくりと進み出した。
「ねぇ目押ちゃん、この列って……パチンコ屋の抽選、だよね?」
「そう。パチンコ屋、まぁ私レベルのパチンコ打ちならパチンコ屋なんて呼ばずにパチンコホール、略してホールって言うけど、ホールが熱い日、つまり勝ちやすい日にはこんな風に朝から抽選をするんだよ」
「そうそう! そうだったね、今日のホール? は熱いみたいで良かった」
なんだろう。
「それでその、抽選で打てるパチンコ台が決まるんだよね」
「……そ、そういうホールもあるけれど、今日の所は違う。普通の抽選、クジみたいなのを引くかボタンを押して機械が番号を決める抽選を受ける、そしてその自分が引いたら番号順に並んで、一番から順に入店出来る」
「あ……あー! そうだったね、前のホール……と違うの忘れてた」
このあてらって子、めちゃくちゃ初心者なんじゃないか?
本人はパチンコ大好きって言ってたけど、抽選が何なのか、ホールって呼ばずにパチンコ屋って……パチ屋とかならまだ分かるんだけどさ、パチンコ好きって言ってる奴でそう呼んでるやつ見たことねぇんだけど。