オカルト少女は外さない
運。
それはパチンコを打つ上で必要な物だ。
どれだけ台に期待値があったとしても、運が無ければ始まらない。
パチンコやスロットは数十万回も回せば期待値どおりの動きをするが、俺みたいな一般人がその台をそれだけ長く打つ事は不可能。
だけど、期待値がある方が勝ちやすいって事に嘘は無い。
期待値と実際の結果、収支の差を運と呼ぶのであって、全てが運で決まる訳ではない。
それでも、運は必要不可欠な物で、あればある程いい物なんだ。
「んなっ……!」
そしてどうやら、今日の俺には運が無いらしい。
500人が並ぶ抽選で俺の番号は459番。
1番から入店するんだから、459番目に入る俺が狙っている台を取れる可能性は限りなく低い。
最悪だ、こんなに熱い日にこんなクソ番を引くなんて、なんてついてないんだ。
今日の示唆は人気のない台だった。
スペック的に、当たる確率や出玉の数的には他の人気台と変わらないんだけど、あの台はやたらと演出がごちゃごちゃしていてまぁ煩い。
そこまでうるさくても当たるならまだいいんだが、あれは別に熱い訳でもないのに他の台ではもう当たっているような演出を見せるし、何が起これば当たるのかさっぱり分からない。
これでは、一般受けはしないだろう。
「人気無いから普段なら取れるんだけど、今日はなぁ」
だが、俺みたいに期待値を考えて稼ぐ為にパチンコを打つ人間からすれば話は別だ。
どんなにつまらなくても構わない。
俺レベルになればパチンコはもはや仕事だし、動画や映画を見ながらやるついでの作業でしかない。
それでも画面を見なければいけないタイミングは定期的にやってくる。
細かなテクニックだが、例えば保3止めだ。
パチンコはハンドルを捻り、玉を台の左側に飛ばして中央の穴、ヘソと呼ばれる場所に入れる所から始まる。
ヘソに1回玉が入り演出が1回起こる事、これを一回転と呼ぶんだが、現在見ている演出とストックしておける演出の総数の最大は5回分であり、これ以上ヘソに玉を入れても何の抽選も受けられない。
だから俺は今流れている演出、当該変動と演出のストック、保留を3つだけ貯めておくようにしている。
ここを4にしない理由はすごく簡単で、時々連続してヘソに入る事があり、4貯めるような打ち方をすれば4.5となって入ってしまう。
5は死にカウントだから、無駄玉だ。
だけど3で止めるようにすればこの事故はまず起きない。
つまり、保3止めが最適なんだ。
いつも通りコーヒーを飲んで、入店開始を待つ。
周囲からはどの台が熱いとか、どこを狙うだとかの話が聞こえてくる。
その殆どがスロットの話なので関係無いんだが……。
「一生のお願いだから来て、打ってくれるだけでいいから」
「もちろんお金は返す、でも、返すためにも勝たないといけない」
「大丈夫、あてらにはパチンコの才能がある」
「今日はね……」
スマホで誰かに話をしている女の子が、俺の狙っている台の話をしていた。
あの子……出来るな、俺と同じ匂いがする。
そして彼女は俺よりも前に並んで行ったから、確実に一台は取られてしまう。
残りは二台、頼む……どうか……!
普通に取れたわ。
さっき話ていた女の子だけは座っているが、二台空きがある。
他の人はこのお宝台に見向きもせず必死に台を探したり、残念そうな顔で狙いではない最新台に座る奴までいる。
ふっ、この店のレベルが分かるな。
この隣の彼女を除けば、だけど。
彼女はイヤホンを付け、スマホでアニメを見ている。
何のアニメかまでは分からないが、視線は殆どスマホに向けられていて、なのに保留が3になるタイミングでは玉を打ち出すのを止めている。
側には充電器とペットボトルのコーヒーがあり、長期戦の準備は完璧だ。
……一応パチンコ打てる年齢なんだよな?
めちゃくちゃ幼く見えるし、身長も……140ぐらいか?
でも顔は中性的でおとなしい。
決めた、今日俺はコイツより長く稼働する。
とくに争う必要も理由も無いが、とりあえず決めた。
……当たらない。
おい、もう12時だぞ?
もう3時間打ってるのに一切当たらないんだけど?
これ朝からもしかして……。
「チッ、朝から銀河鉄道かよ」
隣の女の子が舌打ちして俺が考えてる事と同じ事を言った。
そう、このままだと999回転に行ってしまう。
この状況を銀河鉄道と言ったりエクスプレスと言ったり、発車するとかまぁ色々言うんだが、そこまで頻発する物ではない。
今打っている台の当選確率は319分の1で、999回転も当たらない確率は約4.5%だ。
おいどうなってんだマジで!
良くない確率引きすぎなんだっての!
4.5%ってお前、14回転で当たる確率とほぼ一緒じゃねぇか!
なんで良い4.5%は取れないのにこんな4.5%ばっかり……。
しかも隣の女の子と並んで当たらないし、凄まじい確率だぞこれ。
「……やるしかない」
隣の女の子が足元に置いたバッグから……え?
何あれ、札?
札と……白い三角形の……塩!?
まてまてまてまて!
いやめちゃくちゃクールでかっこ可愛い見た目からいきなりオカルトグッズ取り出すなって!
ちっちゃい子がそんなの取り出したらもうお遊戯会みたいに見えてくるっての。
ダメ……笑うな俺!
でも……こんなの持ってくる奴本当にいるんだ……フフッ。
「お」
いきなり熱い演出が彼女の台に来ているーッ!
何で、さっきまで仲良くハマってた、当たってなかったのに、ずっと静かだったのに!
くっそ、当たるな、当たってくれるな!
ハズレろハズレろハズレろ!
「ん」
このタイミングのボタン、これは裏ボタンだ!
演出のとあるタイミングでボタンを押すと演出の途中でも当たっているかどうかが分かる裏ボタンをここで押すのか!?
ありえない。
そんな、さっきまで仲良くしてたのに。
お前だけ当たるなんて俺は認めない!
……まさか札か?
それとも清めの塩か?
あれらが彼女に当たりを呼び寄せたとでも言うのか!?
あ、目が合った。
綺麗な瞳だ。
真っ直ぐな瞳じゃないけれど、不思議な感じが、まるで……そうだ、道端にいる占い師のような目をして……。
「あ」
つまり、胡散臭いって事じゃん。
「あっ」
ボタンを押しても音は鳴らないし、演出も変わらない。
つまり、これはハズレている。
そう!
これから先どんな演出が来ようとも、絶対に当たらない!
っぶねー!
先越される所だったわ、ふざけんなよお前。
そもそもな、札と塩で当たりが取れるなら苦労しねーっての!
「…………」
固まってやがる。
フフフ、抜け駆けしようとした罰だ、ざまみろ!
「今ハズレて良かった、そう思ったでしょ」
彼女は俺を見ている。
さっきまでの胡散臭い瞳じゃない、真っ直ぐな、勝負師の目を向けているっ!
「良く見て、ボタンは押してない」
「んなっ……! だ、だけどその演出の大当たり占有率は50%、つまり! ハズレる確率も50%だぞ!」
「へぇ、ならこれが当たったら、ご飯ご馳走してよ」
「ああいいさ、見ろよ! その絶望の白色のテロップをな!」
最終場面、この大切な場面で演出の文字が白色だ。
バカめ、この台の白テロップはハズレ一直線、お前の負けなんだよ!
「言ったからね、お兄さん。約束だから」
ん?
彼女が台を指差している。
右下の……演出とは関係ない場所を指差して……何だ?
そこには何も無いぞ?
「お兄さん、浅いでしょ。良く見て」
これは……まさか、いや、バカな!
こんな所に小さなランプがあるだと!?
気付くわけねぇだろうが!
待てよ、ランプ?
まさか、まさかお前……!
「光ってるの、気づかなかった?」
「バカな! その演出で当たる訳が無い!」
「そうだね、この演出じゃ普通は当たらない」
彼女の台には、343と数字が現れ、3のリーチが外れた事を教えている。
だが、ランプは光ったままだ。
「お兄さんにお姉さんが教えてあげるよ、この台のこの演出のパターンはね」
画面がヒビ割れ、虹色と金色が画面いっぱいに広がる。
そこには……そこには……!
「必ず、復活演出で当たるんだよ」
777の数字が揃っていた。
ラッシュ確定の大当たりを、このタイミングで引いて来たって言うのかよ……クソが。
「まだまだ浅いね、晩御飯、ごちそうさまです」
「……クッ」
認めるよ。
俺はお前ほどこの台に詳しく無い。
ただ期待値がある、それだけの理由で打っているからな。
だけどお前は、こんなクソ台の事すら知り尽くしている、俺よりもレベルが高いって事を証明して見せた。
「負けたよ、完敗だ」
「フフッ、こんなに美人のお姉さんにご飯をご馳走出来るなんて君もある意味当たりを引いたじゃん、おめでとう」
その後、俺も釣られるように当たりを引き、入れた金額を取り戻してなんとか収支をプラスにする事に成功した。
時間は午後9時、そろそろ引き上げの時間だ。
閉店まであと2時間以上あるが、パチンコで絶対にやってはいけない行為の一つである"取り切れない"を避ける為にもここで止めるべきだろう。
「切り上げ?」
「ここで当たって閉店まで続いたら、取り切れなくなったら最悪だろ」
「確かにね、ふふん、それじゃあご飯よろしくね」
「わかったよ……だけど店は俺が決めるからな?」
「えっちな所に連れ込んだら叫ぶからね?」
「しねぇっての」
さてと、柚月以外の女の子と飯に行くなんて初めてだからどんな所に連れていくべきなのかさっぱり分からん。
アイツみたいに色んな場所知ってるわけじゃないし、そもそもこの時間から行ける店って……ダメだ、考えるのも面倒になってきた。
そもそも、そもそもだが俺は金を貯めなきゃいけない。
だから勝ったからと言って無駄に金を使うのは避けるべきだ!
なら、食うものは決まったな。
「ついてこい」
「お供しますとも、ご飯のために」
「ついたぞ」
「え?」
彼女を連れて向ったのは近くにある牛丼チェーン店だ。
ホールから徒歩5秒、圧倒的近さ、そして圧倒的安さを誇る俺の相棒!
「勝ったのに、牛丼? 女の子にご馳走するんだよ? こんなに可愛い子にさ」
「俺は勝っても負けてもこんな飯しか食わねぇよ、だって、高いの食べても期待値ねぇだろ? 食って寝るだけなんだから」
彼女は目を丸くした。
ポカンとしているって表現がここまでしっくりくるのを初めて見たな……漫画みたいだ。
「フフッ、そうだね、言われたらその通りだね」
そして彼女は笑った。
その笑顔はさっきまでオカルトグッズを広げていた激ヤバ女と同じとは思えない程綺麗で、その瞬間は中性的な顔立ちが女の子に傾いていたような気がした。
「でも豚汁ぐらい頼んでいいでしょ? 女の子とご飯なんだから少しは期待値あるだろうし」
「いいけど牛丼は並盛りな」
「仕方ない、それでいいよ」
食べ終わった後で俺は明日のホールの情報を探していると、彼女が俺をじっと見ているのに気付いた。
「何だよ」
「何してるのかなって」
「明日の情報調べてんだよ」
「ねぇ、もしかして本気で期待値稼働してたりする?」
「そうだよ、お前と一緒でな」
彼女はクスッと笑うと、椅子から降りて出口に向って行った。
「お兄さんが本当に期待値に真剣ならこの先も出会うかもしれない、その時はよろしくね、ごちそうさま」
変わった奴だったな……よし、とりあえず明日のホールの下見に行ってみるか!
さて伝票は……あ?
なにこのレモンティーって……持ち帰りで頼んでるけど……。
「アイツ勝手に頼んでやがったなァァァ!!」