第六話 接続する意志
「裕太、何を……」
詩織は、言葉の途中で言葉を失った。裕太は、詩織の腕からペンダントを引き抜き、ためらうことなく、それを自らのスマートフォンに押し当てた。水晶が、わずかに青白く光り、裕太のスマートフォンから、ノイズ混じりの電子音が響き渡った。
「裕太、それじゃ壊れる!」
詩織は、思わず叫んだ。しかし、裕太は、詩織の言葉に耳を貸さず、集中力を極限まで高め、スマートフォンの画面に映し出されたコードを、一心不乱に読み解いていた。
「深淵は、情報だ。意識だ。そして、この宇宙に遍在するネットワーク。ロジカルに、クリティカルに考えるんだ」
裕太は、呟くように言った。彼の言葉は、白銀雪の哲学的な言葉とは異なり、あくまでも、論理的で、技術的な視点に基づいていた。
「俺は、深淵に直接アクセスする。ハッキングするんだ」
異形の影は、さらに接近し、その巨大な影が、詩織と裕太を飲み込もうとしていた。影から、冷たく湿った風が吹き付け、詩織は、自分の体が、まるで氷のように冷えていくのを感じた。
「裕太、間に合わない!」
詩織は、叫んだ。しかし、裕太は、微動だにせず、指先を素早く動かしてコードを入力し続けている。
その時、詩織は、裕太のスマートフォンから放たれる光が、ペンダントの光とは異なることに気がついた。それは、青白い光ではなく、緑色の、まるでオーロラのように揺らめく光。そして、その光は、異形の影に触れると、激しい抵抗を生み出すのではなく、まるで吸収されるように、影の中に消えていった。
「何をしているの?」
詩織は、困惑しながら尋ねた。裕太は、額に汗を浮かべながら、答えた。
「俺は、深淵と接続しようとしてるんだ。俺たちの意識を、深淵の情報ネットワークに直接繋いで、あの影を制御する」
裕太の言葉に、詩織は、白銀雪の言葉を思い出した。
「深淵に触れようとすれば、その意識は、深淵の混沌に侵食され……」
「心配するな。俺は、深淵に呑み込まれたりはしない。俺は、ハッカーだ。情報を操り、システムを制御する。深淵もまた、一つの巨大なシステムに過ぎない」
裕太は、自信に満ちた表情で言った。
「詩織、俺の隣にいろ。俺の肩に手を置いて離れないようにしろ」
詩織が裕太の肩に手を添える。それを確認した裕太は、再びコード入力に集中した。緑色の光は、さらに強さを増し、異形の影全体を覆い尽くしていく。
異形は、激しく咆哮し、抵抗を試みる。しかし、その動きは、徐々に鈍くなり、輪郭はぼやけ始め、まるで解像度が落ちていくデジタル映像のようだった。
その時、詩織は、再びペンダントの中に、あの温かい存在を感じた。そして、その存在が、自分を通して、裕太のスマートフォンへと流れ込んでいくのを感じた。
それは、詩織の意識と裕太の意識が、ペンダントを通して繋がるような、不思議な感覚だった。
「裕太……」
詩織は、無意識に裕太の名前を呼んだ。裕太は、詩織の視線を感じると、一瞬だけ顔を上げた。
「詩織、ありがとう。俺一人じゃ、できなかった」
裕太は、優しい笑顔を詩織に向ける。それは、詩織が初めて見る、裕太の表情だった。
次の瞬間、裕太のスマートフォンの画面が、緑色の光で満たされた。そして、異形の影は、完全に消滅した。
ドーム状の空間に、静寂が戻った。