007.高潮(一)
昼前には第九階層まで辿り着いた『青の開拓者』一行は現在軽食&休憩中。
「みんな念のため回復薬で回復しておいて」
ヤンは個別に回復薬を配りながら声をかける。
「助かるぜ少年。正直朝のアレの後じゃいくらオレ様でもしんどかったからな」
例によって仁王立ちで腰に手を当てて一気飲みするミゲル。
強がって朝稽古の後の回復薬を固辞したのはどこの誰だったかといつもならサラあたりが突っ込んでくれるところだが、さすがに今日は当のサラも静かに回復に専念しているようだ。
ヤンは最後にノビリスに回復薬を手渡す。
「ありがとう、ヤン君。おかげでここまで順調に来られたよ。あと少しの間よろしく頼む」
「ノビリスさんダメだよ。この階が今までで一番大変なんだから」
「ははは、ごめん。別に油断したわけじゃないんだが。大丈夫、最後まで気は抜かないよ」
「そうそう。レベル23だからって安心しちゃダメだよ」
そこまで直接的に言われるとノビリスも二の句が継げない。
「ヤン。この階層はどう進めるんだ?」
ここでノビリスに助け船を出したのはアモンだった。
「うん、ここはね、メインルートは今までみたいに細い通路なんだけどそれだと結構遠回りになるから近道するよ」
「近道!?」
アモンが好戦的な表情になる。
「そこの奥の右の方に入って行くとメインルートの三分の一に短縮できるよ」
「そんなに!? でもそっちは暗闇で魔物も多いんじゃないのか」
ノビリスも若干興奮気味に聞いてくる。
「うん、そうだよ。たぶん今までで一番たくさん戦うことになると思うけど、やってみたいでしょ?」
「おうよ! やるに決まってんだろ」
回復したミゲルが最初に食い付く。
「他のみんなはどう思う?」
ノビリスが決を採るかのように尋ねる。
「賛成だ」
「もちろんやるわよ」
「ということだから全員一致で近道に決定だ。ヤン君、よろしく」
「うん。それじゃ行くよー」
言いながらベルトーチを取り出してアモン以外の三人に手渡すヤン。
「あ、それと一応確認だけど、もし万が一みんながピンチになった時はボク、助けに入った方がいいのかな?」
「それは助かるけど、いいのかい?」
「うーん、今回の契約条件的には本当はダメなんだけど近道させる責任もあるから仕方ないかなって」
「だが少年、本当に本当のピンチの時だけにしてくれよ。手柄の横取りとかはナシだぜ」
本当のピンチの時には案内人は緊急救難信号を送ってギルドの救援を待つのが規則なのだが、もちろんミゲルはそんなことまでは知らないし、ヤンもわざわざそんな指摘はしないで軽く笑顔でやり過ごす。
「なんの手柄よ。魔石の一つもドロップしないクセに」
「てっ、てめぇサラふざけんな! 今から大量ドロップしまくるかもしれねーだろうが」
「はいはい。可能性はゼロじゃないってヤツね」
「そう、そうだよそれだ……ってオイ! 勝手に行くなよ」
「いや、さっきヤン君が声かけてたじゃないか。聞いてなかったのか」
ノビリスに諭されて慌てて後へ続くミゲルとサラ。
もちろん聞いてなかったですよものの見事に。
* * * * *
ベルトーチの灯りの先が急にひらけた空間になった。
ノビリスが振り向いて何か言おうとした瞬間、アモンが照明石を前方に投擲。
周囲を照らしながら落下していくその先にうじゃうじゃ影が蠢いていた。
「戦闘準備!」
ノビリスの合図で全員武器を構える。
続けて一つ、また一つと照明石が投げられ、見える範囲が広がっていく。
サッカーコートが二つは余裕で取れそうな広さだが、ここはサッカーがない世界なのでサッカーコートという表現はあくまで読者用である。東京ドーム何個分よりかは分かりやすいはず。
「おいおいマジか。やべぇなんつーもんじゃねぇぞ」
数を見たミゲルが心底ビビりながらも、から元気でなんとか体面を保とうとする。
「上!」
アモンが叫ぶのを聞いて見上げたサラが一瞬固まる。
「きゃああああああああッ!!!!」
「なんだよサラてめー、うるぜーぞ」
「上……上ッ!」
上を指差して震えるサラ。
「上がなんだっつーんだよ、天井があるに決まって…………うぉあッ!!」
思わず腰が引けるミゲル。
この広場は天井も少し高くだいたい10mほどあるが、その天井にびっしりと何かが密集していた。
黒い本体に大きな白い目玉?があるようなものがたくさん。
その数……数は数えきれない。
経験豊富な冒険者でも一瞬にして集合体恐怖症に陥るほどのエグい光景。
「二人とも集中しろッ!」
ノビリスが檄を飛ばす。
実は彼は視力が少し弱い(0.6程度)ので天井がどんな具合なのかはっきりとは見えていないのだった。
幸いなことに地上にいるヒューラットと天井の魔物はまだ襲ってくる気配がない。
こちらを認識してはいるはずなのだが、多勢に無勢で余裕があるからなのか。
果たしてそんな知能がこの魔物たちにあるのかすらわからないが、短絡的に襲ってこないのがまた不気味であった。
「わぁ~、これはすごいなぁ。完全に高潮に入っちゃってるみたいだ……」
『青の開拓者』がみな緊張感超絶MAXの中、ヤンののんびりした声が響く。
「撤退するのか?」
アモンの質問はノビリスに対してのものなのか、それともヤンに対するものなのか。
ノビリスの考えは頭の中では撤退一択ともう決まっていた。
上下合わせて百や二百では済まない大群なのだ。
そんなものを相手にして万に一つも勝ち目などあるわけがない。
だが一度背を向けたが最後、全魔物が一斉に襲ってくるのではないかという恐怖が思考を停止させてしまっていた。
(前を向いたまま少しずつ後退)
(前を向いたまま少しずつ後退)
(前を向いたまま少しずつ後退)
ノビリスはメンバーに出すべき指示をただただ頭の中で繰り返すのみであった。
「天井のはハラジロっていってコウモリの魔物だよ。あいつらはボクが何とかするからチャッキーは任せるね」
ヤンはやる気マンマンの様子である。
ハラジロは正式名称をハラジロコウモリといい、体長は40cmから大きいものは1mになるものまでいる。
お腹の部分に白い模様があり、真ん中が黒くなっているので目玉に見えることからメダマと呼ぶ者もいるが基本ハラジロで通じる。
ぶら下がり状態ではほとんど脅威はないが、いざ飛行しだすと超音波攻撃で三半規管をやられたり、噛み付きで毒を受けたりする。
そして最も警戒すべきなのが吸血攻撃で、血を吸われると体力と魔力をごっそり持っていかれ最終的には死に至る。
群れで行動するため非常に厄介な魔物として忌避されているのだった。
「え? あ……ああ、わかった」
永久呪文モードから現実に引き戻され、よく理解してないまま流れで了解した風な返事をしてしまうノビリス。
「大丈夫なのか、ヤン」
『青の開拓者』の中でアモンだけは至って冷静。
「うん、楽勝」
言うなりパッと姿を消すヤン。
アモンが気配でヤンを追うと猛スピードのダッシュで移動しながら何かを地面に置いていってるようだった。
すると置いた何か目がけて天井からハラジロが一斉に群がってきた。
「なんだなんだ!?」
ミゲルが状況を飲み込めず、急に地上でバタバタやりはじめたハラジロを見て驚く。
「さぁ、オレたちはオレたちの仕事をしよう。隊形ッ!」
と指示を出してしまってから初日夜のヤンの言葉を思い出すが、今更撤回もできないのでそのまま押し切るつもりのノビリス。
ドーン! ドーン! ドーン!
ものすごい大音響と地響きが広場全体に轟き、土埃が舞う。
「ヤンだ! 気にするな!」
アモンが種明かしをしてメンバーを安心させる。
今は土埃で視界が悪くなっているが、アモンは見た。
ハラジロが集まっているところに巨大な石だか岩だかが突然落ちてきて大量のハラジロを圧し潰すのを。
おそらくヤンのスキルか、土魔法によるものではないか。
要は天井にいたハラジロを地上に下ろして密集させ、上からまとめて圧し潰すという作戦なのだろう。
ハラジロだけでなくヒューラットも相当数巻き添えになって潰れているようだが、ヤンはそれすら狙ってやっているようにアモンには思われた。
ドーンの音はまだ続いている。
ヒューラットどもも現状に戸惑っているのか、あるいは警戒してか、まだこちらへ近づいて来る様子がないのをアモンは気配察知で感じ取っていた。
「視界が戻ったら行くぞ」
ノビリスが言い終わった瞬間、アモンが動きを察知。
「来る!」
百を越えると思われるヒューラットの大群が一斉に『青の開拓者』へ襲い掛かってきた。
* * * * *
「キリがねぇぞクソッ! どんだけいるんだよ……」
ミゲルは既に左のふくらはぎ、左肘の下、右肩の三箇所を噛まれて絶賛毒祭り状態。
一刻も早く毒消し薬を飲みたいのだがそんな余裕もなく次々やってくるヒューラットに翻弄されていた。
体力も既に三分の一ほどに低下しており、もし大技を連続で食らったりしたらお終いのピンチ。
「ノビさん、一旦集合して壁作らないとミゲルが」
「すまない。こっちも今手一杯だッ」
四人とも距離的にはそう離れていないのだが、それぞれ孤立してヒューラット軍団のターゲットにされてしまっている状態だった。
サラとアモンだけは途中からペアになって互いに背中合わせになり対応範囲を限定することで何とか無傷でいた。
接敵からまだ2分ほどしか経過していないにも関わらずどの顔にも焦りと疲労が色濃く浮かんでいる。
「ノビリスさん、盾ちゃんと構えてて!」
どこからかヤンの声が聞こえた。
「ヤン君? どこだッ!?」
「いいから盾ッ!」
「わかった! いいぞ!」
ガンッ!
金属に何かがぶつかるような音が響いたかと思ったらノビリスが盾を構えた姿勢のままミゲルのいる場所まで吹っ飛ばされる。
「うおいッ! 危ねーだろリーダー」
ミゲルは言葉とは裏腹に明らかに安心したような様子。
「すまない……フンッ!」
ノビリスも一応謝ったものの、とりあえずやるべきことをやろうと自らミゲルの前に立ち塞がって盾を地面に突き立てる。
続いてサラとアモンの二人とノビリスとミゲルの二人の間に何かが複数投げ込まれたかと思いきや、その周辺にいたヒューラットがジュージューと声を上げてその場から逃げ出した。
「合流して!」
ヤンの声がドンと背中を後押ししたような感じでサラはノビリスたちのところへ走る。
アモンはサラの位置と近くのヒューラットの位置とを確認するように、ややゆっくりと警戒しながらその後に続く。
「石壁!」
どこからともなくヤンの声がしたかと思うとミゲルの背後に幅10m位の石壁が出来上がっていた。
高さもほぼ天井近くまであって充分な上、壁がやや湾曲していてちょうど四人の後ろ半分180度をカバーするような形状になっているのだった。
これで壁を背にミゲルを三人で囲むような形にそれぞれがポジショニング。
「すごい……」
一息ついたサラが感嘆の声を上げる。
ヒューラットたちは少し離れた所でこちらの様子を伺っている。
と、いつの間にかサラのすぐ隣にヤンが立っていた。
「あ、ヤン君……」
「大丈夫?」
サラは一旦置いといてミゲルに声をかけるヤン。
「すまねぇ、マジ助かるわ。恩にきるぜ少年」
やっと毒消し薬を飲むことができたミゲルが心の底から感謝の言葉を述べる。
「じゃ、これも」
回復薬をミゲルに渡すヤン。
ミゲルが体力を回復している間、他の三人は散発的に襲ってくるヒューラットに対応している。
「ちょっと突っ込みすぎだったね、ミゲルさん」
「お、おぅ……そうだな。次はヘマしねぇよ」
「なんか範囲攻撃系のスキルとか持ってないの?」
「え? ……ん、まぁあるっちゃあるんだけどよぉ」
ミゲルが言い淀んでいるのは過去にそのスキルでノビリスやサラに怪我をさせてしまった経験があったからだ。
もともと得意にしていたスキルだったのだが、以来苦手意識が生まれてしまってほぼお蔵入り状態になっているのだった。
「じゃそれ使って。もうそれだけで戦う感じでいいから」
「ハァ? どういうことだよ」
「いいからいいから」
「待て待て。あれは近くに人がいたら危なくて使えねーんだって。ここじゃ無理だろ」
「また突っ込めばいいよ」
「……マジで言ってんのか?」
さすがのミゲルもかつてない真剣な表情になる。
「うん。マジマジ」
一方のヤンは相変わらずの笑顔。
「クソッ、知らねーぞ」
今ウダウダ悩んでるヒマなんてねぇと半ばヤケになって同意するミゲル。
「はーい、ミゲルさん行きまぁーす!」
何事かと三人が一瞬振り返る。
ドンとミゲルの背中を押すヤン。
「うわッ!」
物凄い早さで飛び出していくミゲル。
「え?」
「なに?」
「ッ!?」
三者三様の驚き。
「頑張って~。ホラッ、早くスキルスキル!」
おちょくってるようにしか見えないヤンの応援。
ヒューラットたちがミゲルに向かって動き出す。
あっという間に囲まれたミゲルだが、すっと息を吸い込むと鬼の形相になる。
直後、剣を振り回すかのように回る、回る、回る――。
「おりゃおりゃおりゃおりゃあああああああッ!!」
何もそんなに叫びながらやる必要はないのではないかと思うかもしれないが、回転に力を加え直すタイミングで発声する方がやりやすいというのがミゲルが導き出した結論なのでここは好きにさせてやってほしい。
ちなみに最後の伸ばすところでは三回転している。
【回転斬り】は複数の敵を同時に相手にするのに適した攻撃で、自身の体を軸に回転しながら武器で斬りつけるのだが、回転と斬りつけのタイミングや武器の捌き方で効果が大きく変化するため技術的な難易度が高いスキルとされる。
また、レベルが上がると実際の武器のリーチよりも攻撃判定の範囲が広がるのでより使い勝手がよくなる反面、フレンドリーファイアのリスクも上がってしまうという諸刃の剣でもあった。
ミゲルに斬りつけられたヒューラットが回転の勢いもあって次々と放射状に飛ばされていく。
実に半年ぶりに見せるミゲルの【回転斬り】レベル2であった。
これがもしまだレベル1であればヒューラットの勢いで回転が殺されていたかもしれない。
「ようやく吹っ切れたんだな……」
ノビリスがぼそりと呟く。
いや、無理矢理なんですけどね。
「ノビさん、前!」
うっかり敵前で感慨に耽りそうになったノビリスにサラが喝。
ヒューラットの攻撃が徐々にまた勢いを増しつつあった。
そんな彼女は右手に剣、左手の先に【氷盾】を展開して上手いこと敵を捌いている。
ノビリスは体当たりにきたヒューラットにカウンターで盾をぶつける【盾攻撃】で対抗。
【盾攻撃】!
敵が一体だけなら目下これがノビリスの最大火力となる攻撃だった。
「それ、繰り返して!」
いつの間にかヤンが斜め後ろに来ていた。
「え!?」
「いいから、繰り返して!」
聞こえてはいたが、敵が一体ずつ来てくれないとタイミングが合わせられないんだよとノビリスは心の中で言い返すが、とりあえず一体で来るものについてはどんどん【盾攻撃】を打っていこうと思った矢先――。
「ホラ来たよ」
【盾攻撃】!
「次ッ」
【盾攻撃】!
「もういっちょ」
【盾攻撃】!
いやちょっと待て、どうしてそんな都合よく一体ずつやってくるんだ?とノビリスが疑問に思うのも無理はない。
何故かノビリスのちょうど正面に向かって、まるで左右に見えない壁があるかのようにまっすぐ一体ずつヒューラットが突っ込んできているのだった。
「ヤン君、これは……」
「来るよッ!」
【盾攻撃】!
「まさか何か……」
【盾攻撃】!
「したのかい?」
【盾攻撃】!
【盾攻撃】!
【盾攻撃】!
「おりゃおりゃおりあああああッ!!」
この大混戦の中でもミゲルの声はよく響いている。
(大活躍じゃないか)とノビリスは【回転斬り】の復活を心から嬉しく思うのだったが……。
【盾攻撃】!
【盾攻撃】!
こちらもまだまだヤンが許してくれない状況なので一時も気が抜けない。
「これ食べて」
突然ノビリスの口に何かが入ってくる。
「んんむんん(なんだこれ)……」
【盾攻撃】!
「迷宮だんごだよ。食べると元気が出るよ」
【盾攻撃】!
「んん(なに)? んもんんごんんむ(元気ってどういう)……んガッ!」
ノビリスがいつまでもふがふが言ってるので業を煮やしたのかヤンが背中をドンと叩く。
それでようやく口の中のものを飲み込めたらしい。
「急にこんなもの……おおッ!?」
【盾攻撃】!
スキルの連発でどんどん減衰しているのを実感していた気力が一気に復活したような高揚感。
迷宮だんごはバルベル迷宮特産の食べ物で、効能としてスキル使用で消費する気力が回復する効果がある。
ギルド中層以上の商業課売店に売っている人気商品で一つ銀貨三枚と食品としては破格の高額商品なのだが、まとめ買いする人が多く現在では一人三個までの購入制限が付いている。
それでも入荷しては売り切れの繰り返しで常時品薄状態になっているのだった。
「じゃ、そんな感じで頑張って」
言うなり姿を消すヤン。
と思ったら今度はミゲルの傍に現れて同じように迷宮だんごを無理矢理口に入れる。
「んがッ? んむがんごが」
「スキルの回復だよ」
「んむぐッ……マジか、サンキュー少年!」
こちらもみるみる体に気力が充実してテンションが上がってくる。
「おおしッ! まだまだ斬りまくるぞー」
「頑張って」
ヤンが再び姿を消す。
「おおりゃあああ、りゃッ、りゃッ、うりゃあああああああッ!!」
聞き慣れるとだいたい何回転してるかわかるようになってくる不思議。
「うわッ! クソ、やられた。このッこのッ! よっしゃ毒セーフ!! りゃあああああッ!」
ハイテンションミゲルはちょっと賑やかすぎる。
* * * * *
ヒューラットの数が目に見えて減って、近場ではもうパラパラと残っている個体が十数体といったところ。
ヤンの作った壁のおかげでそれまで各自360度警戒して対応していたところが三人で180度対応になったので、比較にならないほど楽をさせてもらった結果のこの成果であった。
だがまだ奥の方に開幕からずっと動かない群れが待機していてそれが不気味だった。
「みんな、今のうちに回復しておこう」
ノビリスの言葉で各々回復薬で回復がてら小休憩。
ミゲルも少し前から単独行動をやめてパーティに合流していた。
「ミゲルさん、ちょっと一緒に来て」
そこへどこからともなくヤンがやって来てミゲルの手を取ると、問答無用でその手を引いて走っていく。
ヤンなりにミゲルの走力に合わせているのだろうが、かなり引っ張られてる感が強かった。
「なんだよ少年! どこに行くつもりだよ」
走りながら尋ねるミゲルにヤンは答えず目的地まで走り続ける。
「ここだよ。これ、まだ息があるからトドメ刺して」
立ち止まったヤンが指差したのは瀕死の魔物。
石で圧し潰したハラジロ及び巻き込まれヒューラットのうち、死んだものはもう消滅しているがまだ瀕死のものはその場に横たわっていたのだった。
「トドメって、オレがかよ? なんで?」
「いいからいいから。早く」
とにかく急かすヤン。
既にもう瀕死なので放っておいてもすぐに勝手に死んで消えてしまうのだが。
「わーったよ。なんか知らねーけどやりゃいいんだろ」
渋々といった面持ちで剣を突き立てトドメを刺していくミゲル。
「なんかよー、これあんま気持ちいいもんじゃねーよなー」
言いつつも手は止めない。
「はい、じゃ次こっち」
一通り処理し終わったところでまたミゲルの手を引き、走り出すヤン。
どうやら遠距離攻撃のできるサラとアモンにも何か言っておいたらしく、二人も別の瀕死グループにトドメを刺しているようだった。
こうして四箇所目の瀕死グループにトドメを刺している時、ミゲルが叫ぶ。
「おわッ! なんだッ!? 今なんかヘンな音が鳴ったぞ」
「やっとかぁ。結構かかったね」
「何がだ少年。なにがやっとなんだ?」
「ステータス見て、ステータス」
「はぁ? しょーがねーなー。ステータスオープン……ん? 別に何も変わって……あッ!!!」
「なになになに?」
「なんか新しいスキルが増えてるぞ。【必殺剣】ってなんだ?」
「え? ああ、そっちかー。えええ~ッ。まぁでもいっか。おめでとうミゲルさん」
「なんだよそのハズレ感満載の祝福は」
「一撃でたくさん殺したから覚えたんだね、きっと。いやーびっくりしたなぁ」
「なんで少年がびっくりしてんだよ。びっくりしてんのはオレだっつーの。で、なんだよ【必殺剣】ってのは」
「確か一定の確率で即死ダメージを与えるスキルだったはず。常時自動で発動する便利なスキルだから特に意識しなくてもいいんだけど、例えば誰かと稽古したり武技の大会とかに出る時なんかはうっかり相手を殺しちゃう可能性があるからそういう時は……あれ? えーっとそういう時は……」
「そういう時はなんだよ少年。それ一番大事なヤツなんじゃないのかオイ」
「なんだっけ?」
「オイーッ!! なんだっけじゃねーよどうすんだよコレ」
「スタルツについたらギルドの人に聞くからそれまで待ってて」
「待てっつったってこれ自動で発動するとか言ってなかったか」
「言ったね」
「言ったね、じゃなくて!」
「でもたくさんの魔物を相手にする時はすごく有効だと思うからこれからすぐに役に立つよきっと。【回転斬り】で【必殺剣】発動したら無敵だよミゲルさん」
「なんか誤魔化されてるような気がするんだが……」
「無敵だよミゲルさん!」
「……無敵? そ、そうか? じゃあまぁ良かったってことだよな」
大丈夫かミゲル。
そんなに簡単に口車にのせられているようでは先が思いやられるぞ。
「ミゲル! ヤン!」
アモンが大きな声で二人の名前を呼んだ。
指差している方向からすると、どうやら奥の魔物に動きがあったらしい。
一旦集合した方が良さそうだとヤンとミゲルは顔を見合わせ、ノビリスのところへ走って戻るのだった。