006.朝のドリル
物音で目覚めたノビリス。
ダンジョン内には朝も夜もないので、目を開けて周囲を見ても時間の感覚がはっきりしない。
頭はスッキリしている。
エアマットのおかげか昨日の疲労感も完全に消えていた。
隣で寝返りを打っているミゲルを起こさないよう気を付けながらタープの外に出ると、少し離れたところにヤンとアモンの姿を確認。
起き抜けに聞いた物音は彼ら二人が朝稽古をしている音だった。
「おはよう。朝から精が出るね」
二人に近づきながら声をかけるノビリス。
「おはよー。ノビリスさんも一緒にやる?」
ヤンは夜の見張り番もしていたはずだが、昨日と全く変わらぬ様子で元気一杯だ。
そして驚いたことにもう既に例の荷物を背負っていた。
「そうだね。じゃあちょっとだけ付き合おうかな」
軽い気持ちで承諾したノビリスだがすぐに後悔することになる。
とはいえもともと朝はスロースターターで起床は早いくせに体がちゃんと動くまでには時間がかかる体質のノビリスにとって、この申し出自体ありがたかったのも事実だった。
「アモンも早いね。昨夜はよく眠れたかい?」
アモンの隣に並んで声をかけるノビリス。
「ああ」
今朝のアモンは平常運転だったが、よく見ると彼も背中に小さめのザックを背負っている。
中にはヤンのものと同じあの石が入っているのだろうか。
「じゃあノビリスさんもこれ」
どこから取り出したのかヤンがノビリスに差し出したのはもうひとつのザック。
「ああ、ありがとう……ぐぁッ!!」
ヤンが片手で寄越したため、ノビリスもうっかり片手で受け取ってしまった。
ザックのショルダーハーネスを右手で持ったままドスンと地面に落とす。
昨日のミゲルの再現をしてしまったという羞恥心も束の間、右腕の激しい痛みでしゃがみ込んでしまう。
「大丈夫?」
ヤンが申し訳なさそうに気遣う。
「……大丈夫だ。心配かけてすまない」
声のトーンはまるっきり大丈夫ではなさそうだが。
朝イチの寝起きにこれは精神的にも肉体的にもかなりくる。
「これで楽になるよ」
ヤンが何か塗り薬のようなものをノビリスの右腕の肩口から手首にかけて刷り込むと、たちまち痛みが引いていった。
「これは……すごいな。ありがとうヤン君」
「ヤン、それを分けてくれ」
横からアモンがまさかのクレクレ。
「いいよ。じゃあこれ。傷薬じゃないから傷のあるところには使っちゃダメだよ」
「わかった。助かる」
小さな容器を受け取ったアモンはそれを自前の腰袋に入れた。
ヤンが持っていたのは迷宮産の回復薬の一種で商品名をバルベル軟膏・赤という。
効能は塗布した部位に対する急速な消炎効果と栄養補給促進による疲労回復効果。
即効性がある上に、塗布した薬が蒸発したり汗で流れたりで皮膚表面からなくならない限り持続効果があるという優れモノ。
だが作れる人が現在一人しかおらずレシピも非公開なため、第三十階層セインの商業課売店にのみひっそりと置いてある知る人ぞ知るレアアイテムだった。
尚、ヤンの言う通り傷口や粘膜に塗ると副作用が出るため禁忌とされている。
「それじゃ再開しよっか」
ヤンの声で三人のトレーニングが始まる。
腕上げスクワットから腕立て伏せその他諸々の筋力トレーニングをじっくり三十分ほど。
短い休憩を挟んで今度はヤンが設置したと思われる八本のポールの間を出来るだけ最短距離のダッシュでくぐり抜けるというのを三本1セットで3セット。
これを全て重しを背負った状態で行う(一部は荷を腹乗せ)と、一段落した頃にミゲルとサラが起きてきた。
「おはようノビさん、アモン。ヤン君も」
「ったく朝から張り切りすぎだろ。暑苦しいったらないぜ」
二人ともちょうど今さっき起きたばかりのような素振りだが、どうも途中で出て行くと自分たちも参加させられると考えて一通り終わるのを待っていたフシがある。
「おはよー」
ヤンが挨拶を返し、アモンも小さく頷く。
「おはよう二人とも。ゆっくり寝られたかい?」
ノビリスは努めて平静を装ったつもりだが今にも倒れ込みたいのを必死に堪えていた。
「ヤン君のおかげでぐっすりよ」
「なんだそれ。夜中に特別サービスでもしたみてぇな言い方だなオイ」
「……朝からあいかわらずのゲスっぷりありがとうミゲル」
サラは朝は少しテンションの上がりが抑制されるタイプなのかもしれない。
「朝食前にダッシュをもう1セットやろっか」
ヤンの元気な声にノビリスは冗談じゃないと青くなるがアモンが頷くのを見て絶望する。
「二人も一緒にやる?」
「あたしはパス!」
「オレはちょっとクソしてくるわ」
ヤンの勧誘を即座に拒否してそそくさと逃げる二人。
ノビリスは二人の背中を見送る気力もなく、心の中半ベソ状態でヤンとアモンのスタンバイしている位置に並ぶのだった。
* * * * *
「ヤン君、今日の予定はどんな感じなのかな」
キャンプを後にして間もなくノビリスが尋ねる。
朝稽古の激しい疲労は食事とポーションで回復済みだった。
「そうだなー。普通なら第四階層から魔物が強くなるからもうこの階は飛ばして早く上がった方がいいかも」
「オッ、いよいよ本番ってわけか。こりゃ俄然腕が鳴るぜ」
ミゲルが右腕をぐるぐる回しながら調子のいいことを言う横で、サラが小さく「はいはい」と呟く。
「みんなも異論がなければヤン君の言う通り第四階層へ行こうと思うけど、いいかな」
「異議なし」
「賛成よ」
二人の賛意にアモンの頷きで満場一致。
「それじゃ頼むよ、ヤン君」
「はーい。じゃ第四階層で魔物の様子見てその後のことは考えよっか」
様子を見るとはおそらく魔物のレベルとノビリスたちの戦いぶりの比較なのだろう。
「その辺は任せるよ」
と言いながら、ノビリスは背中が気になって仕方がなかった。
いつも背負っている盾の下に今朝の稽古で使ったザックも背負っていたからだ。
おかげで動く度にザックの中のゴロゴロしたものが動くし、盾もザックと擦れてやや安定を欠いてしまう。
ヤンによると荷重による筋力アップだけでなくバランス調整により体幹も一緒に鍛えられるらしいが、この状態で万が一魔物と遭遇したらと考えると不安もある。
アモンも同じようにザックを背負っているが向こうは普段と全く変わりない様子で進んでいる。
ザックは同じ重さなのだろうか、などと考えてしまう自分がやや情けなくもあった。
実際にはノビリスのザックの方がアモンのものよりだいぶ重かったのだがヤンはそれについては一言も口にしなかった。
* * * * *
ヤンは実はドSなのではないかとノビリスは思い始めていた。
第三階層の代理主戦でも先程の第四階層での魔物討伐でもザックを背負ったまま戦うように言われたのだが、これがもう動きにくいのなんの。
まだノビリスは盾を構えて移動は最小限のスタイルだからアモンよりは全然マシなはずだが、実際やってみると全然マシとかいうレベルではなくとにかくいちいち邪魔でイラッとさせられることこの上なし。
アモンが何も言わずに黙々と戦っているので自分だけ愚痴るわけにはいかないとノビリスはひたすら辛抱していた。
しかし、戦闘が終わってヤンがにこにこしているのを見ると不満が湧いて来るのを抑えられなかった。
「この階層でも大丈夫そうだね。じゃあどんどん行こう!」
座って装備のメンテナンスをしながらも心穏やかではないノビリス。
「ノビさん、大丈夫?」
さすがに動きが悪いのはバレバレなのでサラにまで余計な心配をさせてしまったと更に心を乱される。
「ああ、大丈夫。心配いらないよ」
口に出してしまうのがわざとらしくはないか、逆に心配されるのではないかと気を揉む。
「そう。ならいいけど、無理しちゃダメだからね」
「もちろん。ありがとうサラ」
わざと笑顔を作って答えながらも(何をしているんだオレは)と心の中で叫ぶ。
パーティのリーダーがこんなザマではいけない。
やっと念願のダンジョンに来ているっていうのに。
「焦るな」
耳元でアモンの声がしたので驚いて我に返るノビリス。
見上げるとアモンが小さく頷く。
見慣れたいつものアモンの仕草だが何故か妙に優しく感じられてみるみる目が潤んでしまう。
(焦っていたのかオレは……そうか。ザックがどうのヤン君がどうのじゃなくてオレの問題だったんだな)
「アモン、ひとつ聞いてもいいかい?」
「……なんだ」
怪訝そうに答えるアモン。
「ダンジョンに来て良かったと思ってるかい?」
「当たり前だ」
少し怒ったような表情をしている。
「そうか。なら良かった」
本当に良かったと心の底から安堵するノビリス。
そんなノビリスの様子を見て、一瞬躊躇したように見えたアモンが一言付け加える。
「お前がうちのリーダーだ」
言うなり背を向けて離れていくアモン。
突然思いがけない言葉を投げかけられて呆けるノビリスの両目から涙が一滴頬を伝った。
慌てて頬を拭って周囲から見えないよう体の向きを変えるノビリス。
ゆっくり三度、深呼吸をするとすっと立ち上がる。
「よし! そろそろ行こう」
みんなの方を向くとすぐにヤンと目が合い、一瞬怯むがすぐに逆に強い眼差しを送り返す。
ヤンがにっと笑ってサムズアップ。
ノビリスには不敵な笑顔を返す余裕が戻っていた。
* * * * *
迷宮入りから三日目のキャンプ6-1。
今朝もヤン、アモン、ノビリスの三人は早くから朝稽古に励んでいた。
昨日の今日で筋肉痛が心配されたノビリスだが疲労の色もなくスッキリした朝を迎え、トレーニングのモチベーションも高かった。
「あっ……」
突然ノビリスが動きを止めた。
何か困ったような表情をしている。
「どうしたのノビリスさん」
ヤンとミゲルも動きを止めてノビリスの様子を伺う。
「あ、いや、今なにか音が聞こえたような気がして……。外から聞こえるんじゃなく頭の中で鳴ったような感じの」
「やったね、ノビリスさん」
「え?」
「とりあえずステータス見よ」
「……?? よくわからないけどステータスオープン」
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ノビリス・クー LV(22)
年齢:22
職業適性:盾兵士 LV(3)
体力:288/313
魔力:83/84
状態:通常
スキル:85/85
盾防御 LV(3)
盾攻撃 LV(1)
体力増強 LV(2)
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パッと見た時には特に変化がないように思えたノビリスだが、よく見ると【体力増強】のレベルが上がっていて体力の最大値も増えていた。
「どう? どう?」
ヤンがキラキラした瞳で急かしてくる。
「体力が増えてるね。これもトレーニングの成果なのかな」
「ちょっと【鑑定】使ってもいい? 詳しく知りたいでしょ」
ちなみに【鑑定】スキルを使用する際に相手の許諾が必要というルールは特にない。
ルールは特にないが、勝手に誰彼構わず【鑑定】で覗いているのがバレたら当然相手の不興を買うことになる。
【鑑定】スキル持ちは相手の情報を一方的に得られる優位な立場にあるため一目置かれることがある反面、そのスキルを所持しているという事実だけで疎まれたり敵視されることも少なくなかった。
【鑑定】に限らず所持スキルによっては自分の立場や他人との関係性に大きく影響することがあるため、個人の保有スキルに関する情報はなるべく非公開にするのが迷宮の中と外とに限らず常識となっていた。
もちろん、同じパーティの仲間については連携上の必要性で教え合う場合はあるし、個人的に信頼関係の深い間柄などでは例外的に打ち明けたりする場合もある。
「ヤン、お前【鑑定】持ちか。レベル幾つだ?」
だから当然アモンもヤンのスキルについては知らなかった。
「レベル3だよ」
保有スキルを明かすだけでなくレベルまで口にしてしまうのは軽率の極みではあるが、子供ならではの無邪気さからくるハードルの低さなのか、あるいはヤン自身そうしたことに無頓着な性格なのかもしれない。
「レベル3……すごいな。それじゃ折角だからお願いするよ」
【鑑定】レベル3持ちなど国に一人いるかいないかレベルだというのはあまり知られていない。
それでも驚くほど希少であるという認識は普通の冒険者であれば常識。
ノビリスたちにとっては実際に出会うどころか話に聞くのすら初めての相手であった。
「ありがとう。じゃ見るね」
ヤンの眼差しが一瞬鋭くなった。
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ノビリス・クー LV(22)99.54%
年齢:22
職業適性:盾兵士 LV(3)27.15%
体力:288/313(272+41)
魔力:83/84
筋力:53(46+7)
生命力:81(70+11)
防御力:66(58+8)
敏捷:30(26+4)
知力:31
器用:27
運気:23(22+1)
状態:通常
スキル:88/88
盾防御 LV(3)
盾攻撃 LV(1)
体力増強 LV(2)+15%
装備:ショートバスターソード
鋼の大盾
上質な皮鎧
皮の肘当て
皮のベルト
上質皮の膝当て
上質皮のブーツ
幸運の御守り
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【鑑定】スキルの各レベル毎の効果は以下。
レベル1は簡易ステータス表示で、迷宮内でステータスオープンにより表示される内容と同一。
レベル2は全ステータス表示で、七種類のパラメータと装備が追加。
レベル3は詳細ステータス表示で、レベル経験値の達成率表示やパラメータの補正前と補正後の表示が追加。
もともと希少なスキルとされるがレベル2の保有者は更に厳選される。
その上で、レベル2とレベル3の間には越えられない壁があると言われ、保有者はレベル2の百人に一人とか千人に一人などと言われているのだった。
また、レベル2までは空中に枠が見える形での表示になるが、レベル3ではVR表示的に視界の中に直接書き込まれたように見えるので使用感もだいぶ異なるらしい。
一寸思案するヤンを見ながら、(そういえば鑑定とは言わなかったな)などと呑気に考えているノビリス。
「なるほどね。【体力増強】のスキルがレベル2になったからプラス補正値が高くなってるのかな……」
「どういうことだい?」
思わず聞き返すノビリス。
「えーっとね、体力が増えたのはノビリスさんも自分で見られたと思うけど、他にも筋力と生命力と防御力と敏捷の四つの数値でプラス補正が増えてる感じだね」
「四つ……そんなに!?」
「レベル3の【鑑定】ではそんなものまで数値化されて見えるのか……」
一方、アモンは【鑑定】レベル3の効果に衝撃を受けて饒舌になっていた。
「【体力増強】のレベル1がどういう効果だったかわからないけど、レベル2で15%のプラス補正になっているからたぶんこれまでは5%補正くらいだったんじゃないかな。だとすると今この瞬間さっきまでより一割強くなってるってことだね。やったねノビリスさん」
「お、おお……。なんだかわからないけどありがとうヤン君」
いきなり一割強くなったと言われても何の実感も沸かないがとりあえず礼言っとけモードのノビリス。
「【体力増強】ってボクも初めて見たスキルだから勉強になったなぁ。すごいスキルなんだね」
「ははは……」
ノビリスはなんなく気恥ずかしくて愛想笑いに逃げてしまう。
自分のスキルがそんなに珍しいものだとは知らなかった模様。
「それとね、あ、これ言ったらよくないのかなぁ。うーんどうしよっかなー」
「焦らさないでくれヤン君。お願いだ頼むよ」
めちゃめちゃ気になるので必要以上に下手に出てしまうノビリス。
「じゃあ教えちゃうけど、たぶんノビリスさん今日中にレベルアップするよ」
「え!?」
「そんなことまでわかるのか、ヤン!」
何だかさっきからアモンの勢いが凄い。
「うん。今レベル22で99.54%まできてるからあと0.46%でレベル23になるよ」
「本当かヤン君! レベル23……オレが……やっと……」
取らぬ狸のなんとやらではあるが、既に感極まりそうになるノビリス。
まだ早い、まだ早いぞ。
「待てヤン。その0.46%ってのはどれくらいに相当するんだ?」
「自分のなら感覚的にわかるけど他の人のはちょっとわからないなぁ。でも一日目一杯頑張れば誰でも0.5%くらいは達成できると思うよ」
「お前の基準じゃないのかそれは……」
やや呆れ気味のアモン。
そんなアモンとヤンのやりとりを隣で聞きながらノビリスは少し冷静さを取り戻していた。
「とにかくレベル23がもうすぐそこだってことだけは確実なんだよな。よし! やるぞ!!}
どうやらモチベーションが極限まで引き上げられたらしい。
「アモンのも見る?」
「必要ない」
ですよね、アモンは初日にレベルアップしたばかりですしおすし。
「それよりヤン、【鑑定】はどうやって覚えたんだ?」
「採掘を手伝いながら鉱石の仕分けを毎日やってたら覚えたよ」
「鉱石の仕分けか……むぅ」
難しそうに黙り込むアモン。
お前も【鑑定】スキルが欲しかったのか。
「さ、稽古に戻るよ」
ヤンの合図に、ノビリスのみならずアモンまでかつてないほど熱心な瞳で頷いてみせるのだった。
* * * * *
迷宮入りから四日目のキャンプ8-2。
今朝の稽古にはなんとミゲルとサラの姿もあった。
一体どういう風の吹き回しなのかはまぁそのうちわかると思われる。
「はい、じゃあ五分休憩してから次またダッシュを3セットね」
「マジかよ……鬼教官め」
ヤンの言葉にミゲルがぜぇぜぇ言いながら座り込む。
サラもその隣で四つん這いになって必死に呼吸を整えている。
「二人はまだ何も背負ってない分ラクなんだからこれくらい平気だろ」
ノビリスが前日朝とは打って変わって涼しい顔で疲労困憊の二人を励ます。
朝稽古に参加したいと申し出た二人にヤンはザックを背負うよう提案したが頑なに拒否され、仕方なく加重なしで参加することになったのだった。
もちろんノビリスとアモンはもはや当然のようにザックを背負っていた。
「チクショー……お前らなんで平気なんだよ……おかしいだろ……」
確かにミゲルとサラ以外は見た目でわかるほど疲弊している様子はない。
「さすがに今日でもう三日目だからね」
ノビリスがしれっと答える。
「なぁ、毎日同じメニューなのか、これ」
「そうだね。ヤン君曰く同じことを何度も繰り返す、反復練習がとにかく重要らしいよ」
「一日でもしんどいのに毎日やるとかどんだけマゾなんだよ……」
「ミゲルもそのうち慣れるよ……あ、でも今日が最終日か」
「リーダー、なんか性格悪いぜ」
苦笑いのノビリスに今度はサラが声をかける。
「ノビさん、一昨日はあんなに辛そうだったのにいつの間に……」
サラとミゲルは昨日の朝はギリギリまで起きてこなかったので稽古の様子は見ていないのだった。
もし見ていたらノビリスの変化は今朝からだとわかったはずだ。
「ははは、それはなんといってもレベル23だからね。もう全然余裕だよ」
珍しく浮かれまくった発言で満面笑顔になるノビリス。
実は言うほど余裕でもなかったのだが、なんとか泣き言を言わずに済むくらいには体が順応してきていた。
体力増強に続いて自身のレベルが上がったことでパラメータが底上げされた影響は想像以上に大きかった。
昨日の朝、ヤンにすぐレベルアップすると言われたにも関わらず戦っても戦っても一向にレベルアップする気配がなかったノビリスは焦りに焦っていたのだが、最後の一戦の最後のヒューラットを倒した瞬間に念願のレベルアップ。
全力咆哮でメンバーを驚かせた後、キャンプに戻ってからも上機嫌で自らヤンの調理を手伝ったはいいが思わず芋を焦がしてしまうという失態でヤンに即時解雇されたりと何かと話題の中心だったノビリス。
初日のアモンに続いてノビリスまでレベルアップしたとなれば、他の二人にも当然思うところがあるのが人情というもの。
「だいたい二人だけでこっそりトレーニングってのがセコいんだよ」
ミゲルのスキル【理不尽な苦情】(そんなものはない)が発動。
「二人じゃなくて三人だよ」
「うるせーよ少年。この三日間でよくわかった。お前は色々と規格外のバケモンだ。絶対おかしい。オレらとは根本的に何か違う生き物なんだよ。そうに決まってる。だから人数には入れてやらねぇんだよ」
よくわからない理屈を一気に捲し立てた直後ゲホゴホと咳き込むミゲル。
「二日目の朝に二人のことも誘ったのに断ったんじゃないか」
ノビリスが満面笑顔のままミゲルに諭すように話す。
「オレは断ってねぇよ。用を足しに行っただけだ」
「なにそれ。バッカじゃないの」
「うるせーよ。お前は断ったんだろーが。パスとか言って」
「よく覚えてるわね。それなら自分の下手な言い訳もわかってるでしょ」
「うっせーうっせー! おい少年! お前がもっとちゃんと誘わないからだぞ!」
「え、ボク?」
とんだとばっちりを受けるヤン。
「あ、いやすまない。今のは言葉のアヤだ」
少しは冷静になったらしいミゲル。
バケモノに暴言を吐いたら後が怖いと気付いたのかもしれない。
いつも一言多くなる性格は早く治した方がいい。
「じゃ、休憩終了! はい立って立って」
ヤンが両手を叩いて稽古の再開を告げる。
「ちょ、待てよ。まだ五分たってねぇんじゃねぇか」
「あんたのせいよ……」
サラが恨めしそうにミゲルを睨むが、ミゲルは全力で目を逸らして何やらぶつぶつと呟いていた。