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059.名コンビ復活

 翌朝、関所(ゲート)の開門と同時にヤン率いる階層突破隊(七騎士(セブンナイツ)、セインズ、MAXの三パーティ合同)は第三十一階層へ上がって行った。


 その構成は以下。


 案内人(ガイド):ヤン(C級)、ジーグ(S級)

 案内人補佐:ジュノ軍曹

 随行護衛:リン、ダミアン

 『七騎士(セブンナイツ)

 ・ハリー

 ・レオナルド

 ・マルス

 ・ロック

 ・ナラク

 ・ロスティ

 ・キリト

 『セインの息吹(セインズブレス)

 ・ゲイル

 ・アーロン

 ・エース

 ・セイラ

 ・キキ

 『MAX』

 ・マリオ


 以上総勢十八名の合同パーティだ。


※案内人補佐

 案内人が任意に選任し、随行させることができる。

 案内対象の人数が多い場合などの助手的な役割。


※随行護衛

 複数パーティの合同依頼など人数が多い時に全体の秩序維持及び案内人(ガイド)の護衛として、随行が認められる。


 ちなみにレツはセイン駐在の保安局メンバー数名と、念のため中層を下って帝国軍チームを迎えに行くことになったため、今回は不参加。


 五年ぶりの階層突破(オーバーテイク)となれば塔をあげての祭りに発展しそうな大事件であるにも関わらず、見送りは心配しすぎて寝不足なペンデルトン支部長とレツたち保安局の数名だけという寂しいものだった。


 オスカーすら顔を見せなかったのは意外だったが、なにか考えがあってのことなのか、昨夜の十年モノのスピナーで二日酔いになったからなのかは本人のみぞ知る。




* * * * *




 魔物のラインナップ的には大波で中層に潜った時の再戦ということなるが、今度は相手が本来の力を存分に発揮できる山岳フィールドだった。


 山岳フィールドでは基本的に勾配のきつい岩山を移動する。

 足下は大小様々な石や岩からなり、あちこちにゴツゴツした巨岩や背の低い植物がブッシュのように生い茂っていたりと、視界の確保も容易ではない。

 当然ながら険しい斜面や崖のような地形も少なくなく、時折沢や滝のほか洞窟なども散見されるがそれらの多くは(トラップ)である。


 そして魔物のレベルも高く、雑魚のコアリでもレベル3。

 中層に出現していたのはレベル2程度までだったので、最低でもそれより強い個体が出現するということだ。


 これらの条件から上層は通常Aランクパーティでも最初から手加減なしの本気モードで行かざるを得ない位にはハードモードなのだが、そこは大波の中層を駆け上がってセインに辿り着いた一騎当千の精鋭たち。

 四日半の中層突破で平均9レベルアップの実力たるや凄まじいもので、おそらくは本人たちも今、相当驚いているはずである。


 コアリはもとよりアカアリですら一撃で仕留めているハリー、マルス、レオナルド、ナラクら四人を筆頭に、二発でアカアリを沈められるようになったのがゲイルとセイラ。


 まだ三打必要だが楽に対峙できるようになったアーロンとエース。


 キキは今日もナックル装備でパンチ連打も全く危なげなく立ち回り、討伐スピードは『七騎士(セブンナイツ)』たちにも引けを取らなかった。


 ジュノ軍曹も今日は最初から積極的に討伐に参加。

 モンクスキルの【激】でアカアリもワンツーパンチで撃破。

 つまりはゲイルやセイラに並ぶ攻撃力ということになる。


※【激】はモンク職専用スキルで打撃の威力を増幅する効果がある。


 ロスティは今回は削りの必要がなくなった事をすぐに把握するなり小躍りして喜ぶと、どれだけ自分が成長したのか確かめるように習得魔法をひとつずつ試しながら周囲に撃ちまくる。

 魔物と見るなり撃ちまくる。

 結果、フィールドに雨あられと魔法が降り注ぐのだが、それでいて誰一人としてその行動を邪魔しなかった。

 まさに卓越した制御と戦況把握能力。


 そんな仲間の戦いぶりを嬉しそうに見守りながら時々回復をかけるキリト。

 かと思うと、ふと気紛れに愛槍グングニルを構えて近接戦を仕掛けてはなんなくアカアリも仕留めるほどに戦えるのを自ら確認してほくそ笑むのだった。


 毎度最後尾に位置するリンとダミアンは今回も適当に戦いながら遅れずに追走。

 魔物の処理が各段に楽になっているのを実感していた。



 こうした状況を目の当たりにして絶句するほどのショックを受けていたのが二人。

 そう、ジーグとマリオであった。


 二人はセインズと『七騎士(セブンナイツ)』の中間で両パーティの凄まじさをまざまざと見せつけられたのだった。


 『七騎士(セブンナイツ)』は世界に名高いSランクパーティとは聞いていたが、ここまで常識外れのバケモノ軍団とは予想だにしていなかった。


 そして何より以前からよく知ってるはずの格下パーティだった『セインの息吹セインズブレス』が、今やまるで別人。

 こっちが『七騎士(セブンナイツ)』だと言われても何の疑問もなく信じるであろうほどの強さなのだった。




* * * * *




「おい、どうなってんだ一体」


 マリオがジーグに食ってかかる。


「なにがだ?」


 なぜか不自然に一本調子なジーグの訊き返し。


「コイツ等だよ、おかしいだろ」


 前も後ろも、どこを見渡してもこの上層の魔物を軽く屠っている連中ばかりなのだ。


 マリオは自分たちが上層に挑戦した時の様子を思い返して、そのあまりの違いに愕然としているのだった。


「見たまんまさ。オレも信じられんよ」


 言った通り、ジーグも今見ている光景に目を疑っていた。


 初めて見る『七騎士(セブンナイツ)』の想像を遥かに超える非人間的な強さはもちろんだが、ついこの間Aランクになったばかりの『セインの息吹(セインズブレス)』の別人としか思えない成長ぶり。


 特にキキが赤髪のヤンかと思うような戦闘スタイルで魔物を圧倒しているのには、思わず「嘘だろ」と漏らしてしまったほどだ。

 ずっと弓が主装備だとばかり思っていたのだから無理もない。


 そして一番前で誰よりも多くの魔物を一瞬で蹴散らしているヤン。

 戦っているというよりも軽く捻っている、遊んでいるといった方が正しい。

 一体どんな稽古を積めばあんな境地に達するのか。

 あれはもうこの中の誰とも比較にならない高みにいるのではないか。


 冒険者を辞めて案内人(ガイド)になった自分を今だけは少し後悔した。

 もし現役の冒険者だったらヤンと一緒にもっと成長できていただろうか、と。

 この九年をブランクと感じてしまうことが悔しかった。


「ぼーっと見てないでアンタも戦えよ」


 マリオに怒鳴られて我に返ると、近づいてきたコアリ二匹を瞬殺。

 剣を通して伝わって来る感触がジーグの目を覚まさせる。


「フン、まだ腕は鈍っちゃいねぇようだな」


「おかげさまでな。だがお前の方はそうでもないみたいだな」


 ジーグの歯にもの着せぬ言い草はマリオの自尊心をいたく傷つけたが、マリオ自身が既に自覚していたことなので怒って更に恥の上塗りをするわけにはいかなかった。


「抜かせッ!」


 今この瞬間マリオが何よりも腹を立てていたのは自分に対してだった。


(くそが!)


 口から出そうになる悪態を辛うじて堪え、心の中で叫び続ける。

 何度も、何度も……。


 完全に舐めていたのだ。

 この塔を……冒険者を。

 だからもうかれこれ五年近くも迷宮攻略とは無縁の怠惰な生活を送ってきた。

 気が付けばもう今年で三十二だ。

 冒険者としてのピークはもしかすると過ぎてしまったかもしれない。


(いったい何をしていたんだオレは)


 怒りと哀しみと自虐がないまぜになったまま、魔物を斬る。


 剣の感触がまだ両手に馴染まない。

 こいつと本気で向き合ったのはいつが最後だっただろうか。

 すまなかった……頼む、もう一度力を貸してくれ。


 マリオことマリオン・ヴォルデオーネの職業は重戦士レベル4。

 両手にそれぞれ異なるユニーク武器のバスターソードを持って戦う異質な二刀流。

 その剣は一本でも片手で扱えそうにない大きさ重さを備えていたが、マリオは軽々と振ってみせるのだった。

 防御と攻撃の両方に巧みに二本のバスターソードを使う、タンク兼アタッカー。

 前線に留まりながら暴れまわって道を切り拓くスタイルから重戦車(ヘビータンク)の異名を持つ。


 とはいえ、この数年のツケでレベルは39のAランク止まり。

 かつてはバルベル最強を謳われながら実はAランクだったというのがマリオの評判にも大きく影を落していたのだった。




* * * * *




 マリオがまだ十二歳になったばかりの頃、突然塔に現れて八年ぶりとなる階層突破(オーバーテイク)を果たしたのがエル率いる『不死鳥』だった。


 エンダの街はマリオがそれまで見た事も聞いた事もないほどのお祭り騒ぎになった。

 当然『不死鳥』は一躍有名かつ一番人気パーティになり、そのリーダーだったエルは塔民の英雄になった。


 それが翌年にはまさかの二階層突破で一気に第三十階層に到達し、セインへの道を切り拓いたのだ。

 塔民の熱狂ぶりたるや想像を絶するもので、一カ月間まともに仕事にならなかった者も数多くいたという。


 子供たちにとってエルがとういう存在だったかも、言わずもがなである。


 マリオは崇拝していた。

 外の世界からやってきた勇者なのだと本気で信じていた。


 だから自分も冒険者になることに決めた。

 それまでは漠然と、冒険者もいいなぁくらいに思っていたのが、はっきりと自分の目標として定まったのだった。


 しかしその二年後。

 マリオがやっと冒険者登録をしたばかりの年に、正確には冒険者になった次の月に『不死鳥』は解散しエルは冒険者を辞めたのだった。


 マリオの失望いかばかりか。

 これがマリオにとって最初の裏切りの記憶になった。


 マリオはそれでも冒険者を辞めずに踏みとどまり、努力してランクを上げていく。


 エルが案内人(ガイド)になったことを受け、いつかエルを伴って自分が階層突破(オーバーテイク)を成し遂げるという新たな目標を持ったのだ。


 エルに待望の第一子ができたと聞いたその年、当時一番人気だったパーティ『漆黒の探索者(ブラックシーカー)』にスカウトされそこでジーグに出会う。

 マリオ二十歳のことであった。



 ジーグは当時のマリオの印象について「ギラギラした野心を隠さないヤツ」と語っていたらしく、実際マリオは毎日のように迷宮に潜ってレベリングに励んでおり、自らの技術にも磨きをかけていて、その努力だけなら当時の冒険者でも一、二を争うほどだった。


 ただその野心が時々焦りや他者への苛立ちに転換されることがままあって、一緒にパーティを組んでもすぐに解散するというようなことが何度もあった。


 仲間とうまくやれない一匹オオカミ的なイメージが完全に定着していたマリオ。

 ソロプレイでは中層のような広いフィールドで複数の魔物と対峙するのはデメリットしかなく実際かなり難しくなるため、階層攻略の方も停滞気味になっていたところへ有名パーティから声がかかったというわけだった。


 ジーグは当初からマリオに目をかけて戦い方だけではなく、装備や携行品から食事のことまで細かく面倒を見てやった。


 マリオも先輩冒険者からそのように世話をしてもらうのは初めてのことで、照れ隠しでそっけなくしていたのも最初だけですぐに「先輩、先輩」と慕うようになっていった。


 マリオが二刀流をやりだしたのも、ジーグの二刀流を真似てのことだった。


 ジーグもそんな弟分がよほど可愛かったのか、自分とは違うスタイルの二刀流であるにも関わらず、パーティ行動とは別に実戦訓練に頻繁に連れ出しては色々アドバイスしたりしつつ、時には自分のスタイルの気付きになったりとまさにお互いに競い合うように成長していったのだった。


 こうしてジーグとの関係をベースにパーティにも徐々に馴染んでくると、パーティは中層も難なくクリアしてセインに拠点を移し、とうとう念願の階層突破(オーバーテイク)に挑戦することになった。

 しかも案内人(ガイド)にエルを指名して。


 あの時の作戦、第三十二階層の階層主(ボス)を倒してセインに戻るまでの行程三日間をマリオは今も鮮明に憶えている。

 S級冒険者でありパーティリーダーのジーグの強さも、それに負けじと何度も無茶をした自分も、そして何より冒険者を辞めたはずのエルの圧倒的な強さを。


 マリオにとって人生で最も充実感・達成感を感じたあの時間。


 同時に仲間との絆や共感、エルへの信頼回復など、様々な感情がごちゃ混ぜになりながらも、自分の未来は明るいと、まだまだ先を目指していけるんだと自信を持ったあの日。


 それなのに今度はジーグがパーティを解散して冒険者を辞めるのだと言った。


 人生二度目の裏切りはもっとも身近でもっとも親しい兄貴分からの仕打ちだった。

 同時にパーティ解散により、自分の居場所も失うことになった。


 だが今度のマリオは怒りを原動力に変えてすぐに動き出した。


 エンダとセインを行ったり来たりしながらなんとかメンバーをかき集め、『MAX』というパーティを自分で立ち上げたのだ。


 『MAX』は解散した『漆黒の探索者(ブラックシーカー)』に代わり、期待を集めたがマリオはそれに応えるように次々と結果を出していく。


 Cランクから始まった『MAX』は僅か三年でAランクに昇格したのだった。


 マリオは今度は自分のパーティでエルを案内人(ガイド)階層突破(オーバーテイク)を成し遂げて、ジーグの鼻を明かしてやろうと思っていた。


 だが、翌年『深淵(アビス)』という外から来た正体不明のパーティが第三十三階層の階層突破(オーバーテイク)を果たし、案内人(ガイド)をしていたエルは道中で消息を絶ってしまったのだった。


(またか……またなのか)


 マリオはそれを三度目の裏切りのように感じた。

 理不尽なのは自分でもわかってはいたが、思いの大きさ強さ故に、エルが二度自分を裏切ったのだと憎まずにはいられなかったのだ。


 エル失踪の知らせを聞いた時、当然マリオは捜索隊に参加した。


 だが、心の中ではもう諦めていたのだった。

 見つかるはずがない、と。


 マリオは考えた。

 あのエルが魔物にやられたり、迷宮の罠にかかるようなドジを踏むわけがない。


 自分でこっそり塔から外に出たというのも考えられない。

 息子がセインにいるのだから。

 そんな無責任な父親ではない。


 自分の意思で雲隠れした可能性はなくはない。

 ただ幼いヤンを置いていなくなるのはよほどのことがある場合に限る。

 これが当たりなら、おそらくエルの過去に関係があるはずだ。

 しかしそれについては全くなんの情報も得られなかった。


 考えたくはなかったが一番可能性が高いのは既に死んでいることだ。

 死んで、ではなく殺されて、だ。

 あの『深淵(アビス)』とかいうパーティが怪しい。

 エルがいなくなった状態でロクに探そうともせず、早々にセインに戻って一応ギルドに報告だけすると今度はすぐに下りて塔を出ようとしていたらしい。

 不自然だ。

 それにあまりにも恩知らず、礼儀知らず過ぎる。


 ギルド側で事情聴取のためセインに一週間滞在させた後、これ以上はということで下りるのを許可したらしいが、甘すぎる。

 何か尻尾を出すまで拘束を続けるべきだったのだ。


 連中はオグリムまで下りて塔を出ると、そのまま真っ直ぐタリムも出国してしまった。

 ギルドで追えるのはそこまでで、それ以降は他国のギルドからも一切情報がなく、解散して別名義で行動しているのではないかとさえ言われていた。


 ただ、ここまでの話を知っている者自体極めて稀であり、マリオ自身はジーグを介して情報を提供してもらったというのが実態だった。


 この顛末もマリオの気分を酷く萎えさせた。


 結局、以降のマリオは『MAX』としての活動はほぼ休止し、代わりに『マグマリオ』というクランを創設してあまり柄がいいとは言えない連中まで配下において人数を増やし、クランの特権を利用するだけして自分はもっぱら夜な夜な酒盛りをしているという生活に堕ちていったのだった。


 たまに依頼を受けたかと思えば、適当な仕事ぶりや傍若無人な態度など悪評が増えるだけで、『マグマリオ』は今や迷宮ギルドの目の上のたんこぶ状態。


 一番上のセインに拠点を置いて極力他のパーティと関わらない状態だったのが逆に幸いだった。

 それがマリオの意図した状況だったのかどうかはさておき。


 ただそのことでセインに上がるパーティの精神的壁になっていたのは否めず、結果的に上層攻略の足枷になっていたのは事実であった。


 マリオはエルの失踪について考えるのを止めてしまっていた。

 考えてどうなるものでもない。

 疑わしい連中は外の世界でしかも消息不明。


 現場を調べようにも第三十三階層の奥など、ちょっと行って来るというような場所ではなく命懸けのハイキングになるのだった。


 エルの息子のヤンについても意識して避けていた部分があった。

 その近況なども決して自分から知ろうとはしなかったが、案内人(ガイド)になったということだけは聞いていた。


 あのドリルの噂を聞くまでは――。


 それ以来ヤンのことが気になって仕方がなかった。

 ただ意地になっていた部分もあって、やはり自分から情報を求めるようなことはせず、専らクランの部下たちの噂話などに注意深く耳を傾ける程度ではあったが。


 真偽不明な様々な噂を聞くだけでも並外れたヤツであるのはわかった。

 だからますます興味が湧いた。

 いつの間にか勝手にライバル視していたことにマリオ自身気付いていなかった。


 それが、昨夜酒場でジーグから大波解除の話を聞いた時に、はっきりと完全に理解できてしまったのだった。

 嫉妬と憧れがごちゃ混ぜになった感情、かつてエルに対して感じていたコンプレックスと種類は違えどその強烈さはさすが親子と納得せざるを得ないものが、自分の中に存在していたのだと。




* * * * *




 上層を進む一行の様子はあたかもトレイルランニングの大会のようであった。


 立ち止まることも歩くこともほとんどなく、ひらすら走り続ける。


 魔物はただの障害物に過ぎず、すれ違いざまに手早く排除してどんどん先に進む。

 討ち漏らした魔物がいても後続が始末してくれる。

 あるいは別にそのまま放置でも構わない。


 もはやアシュラムでさえ、行きがけの駄賃で倒すだけの力があった。

 顔が三つあるからなんだ、手が六本あるからなんだ、倒してしまえば関係ない。


 間違いない。

 自分たちはこの数日間のうちにとんでもない成長を遂げた。

 思い込みでも勘違いでもなく、今この瞬間実感できる事実として。


 かくして上層攻略への手応えを感じて意気上がる一行(若干二名を除く)。


「ペースあげてくよー!」


 ヤンが一言宣言すると全体の移動速度が一段上がった。


「なっ……!!!」


 マリオは正直音を上げる寸前だった。

 もう三時間近く全力疾走し続けているのだ。

 それでも徐々に置いていかれる。

 後ろからダミアンに急かされる。

 背中を蹴られる。

 終いには背中を押されながら走るという屈辱。

 ジジイじゃねぇぞオレは!と叩く軽口すら出てこない。

 息が上がってそれどころではないのだった。

 もうダメだ脚が動かない心臓が破裂する、と思った瞬間回復魔法がかけられて有無を言わ さず復活させられる。

 拷問か……。


 対してジーグの方は一応現役案内人(ガイド)として日々迷宮内を走り回っているだけあって、体力的には充分ついていけた。

 そうでなくとも元S級冒険者なのだ。

 腐っても鯛なのである。

 ただもう三十八歳と、決して若くはないしなんなら完全にオジサンである。

 案内人(ガイド)の定年まではまだまだ余裕はあるが、冒険者の定年もしあるとすればにはもう後そんなに時間がない程度には年を取ってしまっていた。


(この調子じゃ先が思いやられるな……)


 現実には心中穏やかではなかった。


「はいストップ!」


 ヤンの停止合図にマリオとジーグは心底安堵した。


 どうやらあっさりボスエリアへ到達したらしい。

 そして、姿を見せたは今度こそオオムカデだった。


「えー! あのデカいヤツじゃないの?  ちぇっ、つまんない」


 あからさまにやる気を失くしてみせるロスティを周囲が笑って見ている。


 ジーグとマリオはポカーンだった。

 ここに至るまでに大概驚き尽くしたと思っていたがまだ足りなかったらしい。


 代理主(ボスもどき)とはいっても仮にも上層のボス級だ。

 なぜあそこまで緊張感なくリラックスしていられるのか。

 そしてデカいのとはいったいなんなのか。


 マリオと違い、夜中必死にヤンの案内報告書に目を通していたジーグは知っていた。

 ヤンたちが第二十一階層でアシュラムの上位種と思われる巨大アシュラムと遭遇し討伐したことを。

 その他にも第二十四階層の合体ヘルライガー(ヤン曰くデカトラ)のことなど、興味深い新たな魔物の情報がヤンの目を通して極めて冷静かつ詳細に記載されていたのだった。


 ジーグがふと視線を感じて周囲に目をやると、ほぼ全員が期待に満ちた目でこちらを見ていた。


 隣のマリオもその気配に気付いたようでジーグと顔を見合わせて怪訝な表情。


「なんだよ」


 バツが悪そうにマリオが口にしたその時、背中をバシンと叩かれた。


「なにしやがる!」


 振り向くとそこにいたのはダミアンだった。

 保安局のダミアンとは何度となくやりあってきた。

 向こうも血が上りやすいタイプのようで、つまらないことですぐに口論になるのだった。

 さすがのマリオも保安局に手を出すほどバカではなかった。


 そのダミアンがこのところずっとヤンとつるんでいるという話は聞いていたが、久しぶりに会ったのがよりものよってこんな状況とは。


「お手並み前拝見ってことだよ」


 どこか上から目線の口調と態度がマリオの気に障った。


「なに?」


 しかし意味がわからないという疑念の方が強かったため、ダミアンのことはスルー。

 一瞬遅れてその意味に思い当たった。


「おい、まさかあのムカデをやれってことじゃないだろうな?」


「まさかじゃねえよ、それしかないだろ」


 なるほど知らない人間がいたら、まずその実力を試してやれということか。

 ここまで来る間はザコばかりだったから参考にならないという判断か。


 ここまで軽く見られるのは久しぶりで逆に新鮮な気分になった。


(まぁ、現役バリバリのSランクから見りゃオレなんか眼中になくてもしょうがねぇわな)


 と開き直ってジーグの方を見ると、そのジーグにはリンが絶賛種明かし中。


 こちらに気付いたジーグが呆れた顔でマリオを見つめてきた。


 なんだその顔は!もっと覇気のある顔しろや。

 こっちが不安になるじゃねえか。


 もたもたしているとますます舐められるな、と思い直してマリオは前に進み出る。

 ジーグもその横にすっと並ぶ。


 わくわくというオノマトペが頭の上に浮いて見えるかのような見守り連中を見て、マリオも完全に覚悟が決まった。


(やってやろうじゃねえか)


「行くぞ先輩」


「懐かしいな、マリオ」


 九年前のあの日も同じこの階層でムカデとやり合ったのだった。

 但し、あの時はパーティ六人全員揃っていたのに対し、今回は二人っきりだ。

 背中に武者震いがくる。


「うるせえ、ごちゃごちゃ抜かすな」


 マリオがびびってなさそうなのが心強かった。


「じゃお先に」


 突然加速してダッシュするジーグ。

 かつての兄貴分として出遅れるわけにはいかない。

 自分の尻を叩く意味でも。


「てめぇッ!!!」


 負けじとマリオが追いかける。


 元『漆黒の探索者(ブラックシーカー)』の名コンビがここに復活した。




* * * * *




案内人(ガイド)もS級になるとあれくらいはやれるのか」


「いえ、彼は確か元Sランク冒険者です。階層突破(オーバーテイク)の経験もあるようです」


 ハリーがジーグの戦いぶりを見て言うとキリトがそれに答える。


「へぇ、それって何年前のこと?」


「確か九年前だったかと」


「ええ~~ッ! もう大昔じゃんそんなの。ってことはあの人もうだいぶおじさん?」


 さすがロスティ、容赦なし。


「年の話はやめてぇ~~~っ!」


 ナラクが嬌声をあげる。


「あんたのソレもやめろよ、もう」


 マルスが辟易した様子でチクリとやるが、ナラクは一向お構いなし。


「でもあの案内人(ガイド)も結構いい男だわ~。引き締まった筋肉が見える、見えるわ!」


 周囲は完全スルーモード。


「あれだけ動けるってことはちゃんと普段からやってるってことだ」


 ロックが冷静に分析。


「それに比べ、あっちのデカイのは……」


 レオナルドが話の矛先をマリオの方に向けると、雰囲気が変わった。


「武器に振り回されているようでは話にならん」


 ハリーが一刀両断。


「そうね、でもハリーちゃんばりのバスターで二刀流なんて面白いじゃない」


「見世物としてならな」


 更に厳しいハリーの追い討ち。


「だが、前衛のセンスはある」


 ロックの良かった探し、ありがとう。


案内人(ガイド)の方との連携も悪くない」


 レオナルドがもうひとつ褒めると、ハリーが不満そういうフンと鼻を鳴らす。


「所詮なまくらだ」


 ハリーがこういう時がどういうことなのはみんな知っているのでそれ以上は言わなかった。




「そこだマリオ行けッ!」


「ジーグさん、裏!裏!」


「よーし、その調子!」


 一方のセインズメンバーの方は完全な観戦モードで応援していた。


「ジーグさんまだ全然現役でやれるんじゃね?」


 セイラが興奮していた。


「そうだな、でもマリオはダメだ。全然本調子じゃない」


 ゲイルが笑いながら酷評すると、みんなそうだそうだと同意。


「もうオレたちの方が完全に上だよなー。あのマリオを超えちまったってか」


 セイラが自信満々にブチ上げると、みんなも我が意を得たりの沈黙。


「でもだんだん動きが良くなってきてる」


 そんな中、エースはしっかり観察していた。


「あの剣の重さに慣れてきたのかもね。あれ、一回持たせてもらったことあるけど、とんでもない重さだったからなぁ」


 アーロンはあれはいつだったっけと思い出そうとして思い出せず。

 だが剣の重さだけはハッキリと憶えていた。


「あの重さが大事なんだ。あれを回しながら遠心力とかいうヤツでパワーを増大して敵にぶち込むのがマリオの戦い方なんだ」


 ゲイルは以前シドから聞いた話を思い出していた。

 最前線でダブルバスターソードを振り回しながらまるで踊っているかのように舞う。

 それが「ダンシングマリオ」の異名の由来なんだと。


 但し、その名はマリオが死ぬほど嫌っていて、口にしたヤツを殴りつけるほどだったので誰もマリオ本人の前では言わなくなり、そのうち知る人ぞ知る異名になってしまっていたのだが。


「おっ、ムカデの後ろ斬り飛ばしたぞ!」


「チャンスだチャンス、行けー!」


「マ・リ・オ! マ・リ・オ!」


 マリオコールが起きる。

 当の本人に聞こえていたかどうかは定かではないが、すぐ近くにいた七騎士(セブンナイツ)たちが何事かと奇妙なものを見る顔だったのはちょっと気持ちよかった。




* * * * *




「お疲れ様。レベルアップした?」


 オオムカデを倒して肩で息をしているマリオに尋ねるヤン。


「ああ、そうらしいな」


 疲労の中に充実感を感じているような目で答えるマリオ。


 こいつ確か鑑定持ちだろ。

 わざわざわかりきったことを言いにきやがって。


 と思ったのは事実だが、悪い気はしなかった。


 なにせ久しぶりのレベルアップだったのだ。

 やはり冒険者にとって一番モチベーションアップになるのは金とレベルアップだ。


 出発前にペンデルトン支部長から、今回の報酬は最低金貨三枚保証で、あとは実績を鑑みて追加すると言われていた。

 金の方は始めから問題なし、だったのだ。


「おいヤン、いきなり人使いが荒すぎるぞ」


「でもジーグさんもレベルアップしたでしょ」


 ジーグが愚痴るとヤンは笑顔で返す。


 はいはい、と言いながらジーグは剣の手入れを始めた。


「おいマリオ、お前もちゃんと手入れしろよ」


「言われなくてもわかってる」


 かつてもこんなやりとりが毎日のようにあったであろう二人。

 再びこのような日が来るとはなんという運命の悪戯か。


「あと少ししたら出発するよー」


 ヤンの声が響く。

 相変わらず容赦がなかった。


 しかし現実はもっと過酷で、ヤンの鬼畜ぶりはこれから更に加速するのだった――。

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