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057.中層突破(七)

 第二十四階層はこれまでの草原フィールドとは(おもむき)がガラリと変わって、フィールド全体が比較的大きな起伏のある丘陵地帯な上に、そこかしこに大小様々な岩があり、そして地面には亀裂が走っていた。


 亀裂は長さも幅もまちまちだが、唯一深さだけは全く底が見えないという点で共通していた。

 この亀裂は落ちたら即死(過去、落ちて戻った者はいないので塔ではそのように思われている)の落下罠のようなもので、ここまで登って来た冒険者にとっては最も危険な難関と言われていた。


 ここから先は塔民が高原フィールドと呼ぶエリアに入るのだった。


 ちなみに一応メインルートと思しき辺りの亀裂の手前には落下防止の木の柵が設置されているのだが、魔物との戦闘中いつ破壊されるかもわからない程度の代物で安心にはほど遠かった。


 そして今、そんな高原フィールドには夥しい数の魔物の群れが待ち受けていた。


 このロケーションでこの数はマズイ。

 メンバーの誰もがそんな危機感を初っ端から抱いてスタートするのだった。




* * * * *




「クソッ! これも大波ってやつの影響なのか」


 マルスはエニグマを振り回しながらアリ退治に忙殺されていた。


「知らないわよ、アタシに聞かないで!」


 ナラクは長く伸ばしたエペリエームで延々とアリを薙ぎ払い続けていた。


 ハリーとレオナルドはほぼ無言で黙々とアリやオオムカデを返り討ちにする。

 一番隊がだいぶ体力を削ってくれているのだが、後から後から湧いて来る魔物全てを削り切れているわけではなかった。

 それでなくともレベル3の魔物はステータスが強化されているのでかなり本気で力を奮う必要があったのだ。

 

 中層に入ってもう四日目。

 昨日まで毎日2レベルずつ上がっているにも関わらずこの状況。

 確かにエンダでヤンが言った通り、あの時の自分たちではここまで戦えなかったかもしれない。

 昨夜までの余裕とやや浮かれた気分はすっかりどこかへ消えてしまっていた――。



 第二十四階層は崖のせいでこれまでのように横に大きく開いた隊列は組めないため、ヤンの指示で第二のシフト(縦長の隊列)で進軍していた。


 先頭の一番隊は露払い役でヤン、ジュノ軍曹、ロスティ、キキの四人。


 続く二番隊は本命の殲滅役で七騎士(セブンナイツ)のハリー、レオナルド、マルス、ナラクの四人。


 三番隊がセインズのゲイル、アーロン、エース、セイラの四人。


 続く四番隊が、ロック、キリト、ボッツ少将、エルモンド大佐、エリンコヴィッチ准尉の五人。

 主に左右と後方に対する遠距離攻撃人員とそのサポート(護衛)といった形。


 しんがりを務める五番隊がノックホルト中佐、ムンバ少佐、リン、ダミアン、レツの五人。


 出来るだけ隊の間を空けず、囲まれるのを避けて進むよう指示されていたが、現実にはそううまくいくわけもなく、幾度となく周囲を包囲されかかっては前後の隊に助けられるという顛末を繰り返していた。


 まだ階層攻略を開始して一時間も経過していないにも関わらず、既に疲労が浮かんでいるメンバーが何人もいる状況だった。



「この地形にアリとムカデは反則だろ、チクショウ!」


 ゲイルが悪態を吐きながらハルバードを奮う。


空気砲(エアキャノン)!」


 ほぼ垂直な崖を登って来るアリどもをアーロンが風魔法でまとめて下へ吐き落とす。


 この地形ではアリやムカデがどこでも移動できることもあって、いきなり崖から敵が湧いて来るのが厄介だった。

 平地のように敵を密集させて広範囲魔法で削る、という戦法も効果が薄れる。

 ハネアリの数がだいぶ控え目なのがせめてもの救いだが、それでも魔物の数が多すぎて察知系スキル持ちですら全個体を把握するのは難しかった。

 

 例え一体ずつであっても、敵の絶対数をまず減らさないことにはどうにもならない。

 各人が一撃で倒せるだけの火力があればいいのだが、必殺系スキルを序盤から連発するわけにもいかないし、七~八割の力で可能な限りダメージを与えて二、三発で倒せれば恩の字といった状況だった。


「セイラッ」


 雷魔法付与の長剣をアリの腹に突き刺すエース。


「任せろ!」


 シビレて動けないアリの頭をメガハンマーで確実に潰すセイラ。


 二人はペアのツーパンチ必殺コンボで確実に敵を倒していた。

 ただ、二人で一体を相手にしていることで効率の方はよいとは言えず、どうしても後手後手に回らざるをえなかった。


「キリがないぞゲイルうおっ!」


 すぐ横まで来ていたコアリを魔法の矢が貫いていた。

 ロックの援護も、これまでと比べるとかなり負担がきているのが見てとれた。


「堪えろ、ヤンが何とかしてくれるはずだ」


 ゲイルはそう答えるしかなかったが、自分でも本当にそう思っていた。

 そしてそれはゲイルに限った話ではなかったのだ。




* * * * *




「ねぇどうするのこれ。数が多すぎるよ」


 相も変わらず広域魔法で魔物の体力を削り続けているロスティがとうとう音を上げた。


 その間も、キキは雨矢(レインアロー)で一度に多くのコアリにトドメを刺している。

 ただ、空中でハネアリに当たった分は下のコアリが生き残っていたり、アカアリはそもそもまだ体力が半分以上残っている状態だったりで、なかなかフィールドの魔物が目に見えて減っていく感じではなかった。


 そのキキもそろそろ魔力回復薬が必要になりそうな状態。


「ヤン君、これじゃ本当にキリがないよ」


 ジュノ軍曹も不安げな顔でヤンを見る。

 一応この一番隊での役割としてはロスティやキキに直接攻撃してこようとする魔物を倒す、あるいは遠ざけることだったが、なかなか骨が折れる作業となっていた。


「そうだね。やっぱりこの階層は凪化は諦めた方が良さそうだなぁ。仕方がないか……」


 時々姿を消して(たぶん魔物を倒して)戻ってきてはまた消えるということを繰り返していたヤンだったが、ようやく決断する気になったように思えた。


「はいストーーーーーップ! みんな集合!!」


 ヤンがよく通る高い声で叫びながら後ろを向いて両手を上げた。


 ジュノ軍曹から、しんがりの五番隊が素早く反応するのが見えた。

 後ろから押し上げて合流していってそのまま一番隊の位置に集合するまで僅か十数秒ほど。


 その間ヤンはロスティ、キキ、ジュノ軍曹とで周囲の敵を完全に排除。

 同時にいつの間にか周囲10mほどをぐるっと囲むドーム状の壁が出来上がっていた。


「わお、これキミがやったの? すごいね、ほとんど一瞬じゃん」


 ロスティが興奮してヤンに詰め寄るが、ヤンは集合した人数を確認すると、呼び寄せたダミアンと何かを相談している様子。


「この壁は光を通すんですか?」


 キリトが興奮気味にヤンに質問を投げかける。

 魔法オタクの関心を刺激せずにはいられないヤンの土魔法。


「うん。じゃないと真っ暗で何も見えなくなっちゃうでしょ」


「それはそうですけど、一体どうやって……」


 そこまで言いいかけて口を噤む。

 キリトもようやく今はそんな質疑応答の時間ではないと気が付いたようだった。


 間もなくヤンが片手を上げながらみんなの方へ向き直る。


「あのね、予定変更。この階層は魔物と地形の相性が最悪で全滅は難しいから、このまま最速で階層主(ボス)を目指すことにするよ」


 はっきりと宣言するヤン。


 メンバーたちは凡そそうなるだろうと予測していたのか、おとなしく聞いていた。

 不平不満を言う者もなく、次の言葉を待っている。


「ヤン殿、よろしいか」


 ボッツ少将が前に出て来た。


「うん、なに?」


「誠に遺憾ではあるが、我々はどうやらここまでのようだ」


 ヤンがじっとボッツ少将を伺うようにして何も反応しない。


 すぐ横でジュノ軍曹が小さく「えっ」と驚く。


「我々のことは気にせず、任務を果たしてくれ」


 慚愧の念に堪えないと全身で訴えているボッツ少将。

 後ろの方では帝国軍の面々が申し訳なさそうに、そして悔しそうにボッツ少将の背中をじっと見つめている。

 唯一エリンコヴィッチ准尉だけはずっと地面を睨み付けていた。


「わかった。ボクたちがここの階層主(ボス)を倒したら大波も終わるから、ここから先も普通の中層に戻って通れるようになるよ。だからそれまでは下の階で待ってて」


「承知した」


 ボッツ少将が軽く頭を下げてまた顔を上げる。

 僅かにどこか安心したような気配が伺われた。


「あの……ヤン君、わたし……」


 ジュノ軍曹が困惑した表情で言い淀んでいると、ボッツ少将が大きな声を出した。


「ジュノ軍曹!」


「はいッ」


 反射的に直立不動姿勢になるジュノ軍曹。


「軍曹には引き続き本隊と行動を共にしてもらう。これは命令である」


 ジュノ軍曹は再び混乱中。

 一瞬ヤンの方に視線を走らせるが、すぐにまた目が泳ぐ。


「軍曹!」


 後ろの方からムンバ少佐の声が鋭く響く。

 直属の部下に対する激励であり叱咤の声であった。


「了解しましたッ。引き続き本隊に同行します!」


 目をギュッと瞑って可能な限り背筋を伸ばしたまま敬礼するジュノ軍曹。

 そのため、ボッツ少将の一瞬だけ緩んだ表情や、ヤンの安心した表情を見ることは叶わなかった。


「ではヤン殿、あとを頼む」


 そう言い残してボッツ少将は後ろへ退くと、そのまま帝国軍の部下に声をかけ、土ドームの後方へ移動を始めた。


 そこへダミアンが合流したところで土ドームが消失。

 ヤンが魔法を解除したのだろう。


 ドームにとりついていたと思われるコアリが上から落ちてくるが、地面に到達する前にロックとキキが螺旋矢(スパイラルアロー)でダメージを与え、そのままごっつぁん状態で近接部隊がトドメを刺す。


「じゃあ行くよ、みんな!」


 そんな光景を視界に捉えつつ、突進してきたアカアリを軽く弾き飛ばしながらヤンが叫ぶ。

 誰もが応戦中で返事をする余裕などなかった。

 撤退中の帝国軍も早くも敵に囲まれていたが、ダミアンが接近するなりまとめて吹っ飛ばすのが見えた。


「全力で走ってついてきて。魔物は無視していいからとにかく遅れないように。もし遅れた人がいたら後ろからリンさんに斬り捨ててもらうから!」


 最後はちょっとしたジョークのつもりだったのかもしれないが、リンがカチンと一瞬だけ刀と鍔をぶつけると(この混戦の中はっきりと聞こえた)緊張感が一気に高まった。


 走り出したヤンは前方の魔物を悉く数十mほど弾き飛ばしながら進む。

 ジュノ軍曹と、セインズのメンバーたちが後に続く。


 やや遅れて七騎士(セブンナイツ)がパラパラと追従。

 軽く駆け足をしているように見えてスピードはかなり出ていた。


 最後方をリンとダミアンが務める形となっていた。


 それとは逆方向に走り出したのが帝国軍チーム。

 果たして無事に第二十三階層に戻れるのだろうか。




* * * * *




 「全軍停止」


 エルモンド大佐が号令をかける。

 全軍と言っても五人しかいないのだが。


「閣下、この辺りでいかがでしょう?」


「うむ、いいだろう」


 ボッツ少将が鷹揚に頷くと、バスターソードを地面に突き刺して振り向く。

「我々はここで可能な限り抵抗を試みる」


 エルモンド大佐が告げる。


 ここは第二十四階層と第二十三階層との移動エリアのすぐ手前の見通しのよいスペースになっていた。



 移動エリアというのは、階層と階層とを繋ぐブリッジの役割を担っている場所だ。

 一種の転移システムに相当する。


 フィールド上の見た目は階段である。

 幅の広い階段。

 横幅だいたい5mくらい。

 余裕ですれ違いできる広さだ。

 階段の段数は八段程度でその先は雲のような白い靄に覆われていてわからない。

 その靄の中に入ると次の階層へ移動できるのだった。


 上の階層へ行く移動エリアは上り階段、下の階層へ行く移動エリアは下り階段と見た目にもすぐにわかるようになってる。


 この階段は魔物にとっては認識阻害がかかっている領域らしく、階段に足を踏み入れてさえしまえば魔物に襲われる心配はない。


 かといってセーフエリアのように利用できるのかというとそうでもなく、階段上に留まろうとすると、自動的に次の階層へ飛ばされてしまう仕組みになっている。

 なぜそうなるのか、どうやっているのかは全く不明。


 所謂「塔則」に該当する現象であるとされているが、実はこの移動エリアを使用する際には魔力を都度1消費(魔力がない場合は体力を10消費)するのだった。

 従って延々移動エリアを往復しているといずれ死んでしまう。

 実際に死んだ人というのはまだいないらしいが。


 尚、未攻略階層には上り階段は存在しない。

 当該階層の階層主(ボス)を討伐すると、それがキーとなって上の階層への移動エリア(上り階段)がアンロックされ使用可能になるのだった。



 話を戻して帝国軍。


 絶賛凪中で魔物がいない超安全地帯の第二十三階層へと続く下り階段の手前で、いわば脱出口の目と鼻の先で、レベリングのために魔物を可能な限り倒そうではないかということだ。


 うん、なんかこう……いや、なんでもありません。


 ヤンには第二十三階層で待機するよう言われたのに、二十四階層に踏みとどまって戦い続けるという決断そのものは充分に賞賛に値するとは思いますよ、思いますけれども(笑)。


 セコイ!!!


 でも頑張れ!帝国軍。




* * * * *




「ここが階層主(ボス)エリアだよ」


さすがのヤンも少し緊張した声音だった。


「ボスはどこだ!?」


 若干息が乱れているハリーが叫ぶ。


「三体いるぞ!」


 【気配察知】持ちのロックが警告を発する。


「バケモノだ。なんだこの魔力……」


 三体のボスの魔力を視覚情報として捉えたロスティが驚愕の声を上げる。

 ロスティをそこまで驚かせるほどの魔力とは一体どれほどなのか。


 そして前方からその脅威が姿を現した――。


 燃えるような真っ赤なタテガミと同じく真っ赤な体毛。

 そこに更に濃い赤で縞模様が入っているのが見える。

 ネコともイヌとも思えるような顔付きだが、可愛らしさとは完全に無縁。

 縦長の瞳に狂暴な色を称え、二本の牙がサーベルタイガーのように鋭く伸びている。

 悠々と四つ足歩行で近づいてくるそれはヘルライガーと呼ばれる魔物だった。


 塔民はこの赤いヘルライガーをアカトラと呼んでいた。

 アカトラは非常に知能が高い魔物と言われ、敏捷性も極めて高かった。

 体高2~3m、体長5~8mのサイズ感が超スピードで暴れまわるのだ。

 魔法障壁スキルがあって魔法耐性が約70%と言われている。

 攻撃方法は噛みつきや爪の他に炎のブレス攻撃。

 上層ではレアな中ボス的な存在で、Aランクパーティが総員全力でぶつかっても倒すのが難しい難敵と言われていた。


「アカトラ?」


 ヤンが訝る様な声を発すると、セインズメンバーが即座に反応する。


「こいつがあのアカトラか」

「マジか、アカトラだって?}

「やべぇ、いきなり未討伐(ノーキル)かよ」


 ギルドで未だ討伐報告がない、討伐者不在の超高難度に指定されている魔物をノーキルと呼んでいるのだった。

 上層には未知の魔物のほかにも、このようなノーキルの魔物が数多く存在するとされていた。

 

「じゃあ代理主(ボスもどき)なのか」


 キキがヤンに尋ねると、ヤンも首を捻って考えている様子。


「おい、他の二体はどこだ?」


 ハリーがロックに怒鳴るように訊く。


「気配はあるんだが姿が見えない。隠蔽系のスキル持ちかもしれない」


 さすがに所持スキルまではロックにもわからないらしい。


「確かに【気配遮断】を持っています。しかもレベル2です!」


 キリトがみんなに聞こえるように大きな声で鑑定結果を伝える。


 となると何等かの察知手段を持つ者以外、いきなり背後から襲われる可能性があるということになる。


「気を付けろ」


 ダミアンが呼びかける。

 何故お前がそれを言った!?

 言いたかっただけなのか。


「前ッ!」


 いきなりアカトラが大きく口を開いたのを見てエースが叫ぶ。

 ブレス攻撃の予備動作だ。


 ハリーがシールドソードを盾モードにして構えると、他の七騎士(ゼブンナイツ)たちがその背後に移動する。

 言葉を発せずとも速やかに連携が取れるのはさすがだった。


「みんなはこっちへ!ペクちゃん!」


 ヤンがセインズメンバーに声をかけると、続けてジュノ軍曹に合図を出した。


「はいッ」


 良い返事をしたジュノ軍曹が一歩前に出ると、両手を前に突き出して詠唱を始めた。


聖なる盾(ホーリーシールド)!」


 発声と同時に大きな半透明の緑の盾が現れた。


「早く後へ!」


 ジュノ軍曹が叫んだ直後にアカトラが炎のブレスを勢いよく吐いた。

 僅かにセインズが盾の後ろに回り込むのが早かった。


ゴオオオオオァァァァァァッ!!!


 アカトラの吐くブレスは約900度で明るい赤色をしていた。

 おそらく高レベルになるともっと高温になると推測される。

 ちなみに今出現しているアカトラはレベル2で、もしこれが本来の上層に出現する場合にはレベル3以上になると思われる。


 

 ジュノ軍曹は盾の維持に必死だった。

 シールド系の魔法は属性に関係なく、発動時間によって魔力を消費する。

 また、盾の強度にも魔力を使うため、強力な攻撃を長時間防ぐというのは相当な負担を術者に強いるのだった。

 その上、炎自体は防げてもその熱を完全に遮断するのは不可能であり、盾を直接保持しているジュノ軍曹が一番その熱の影響を受けるという点でもまた過酷であった。


 その点もう一方のハリーはというと、盾防御(シールド)レベル5は魔力は消費せずしかも効果範囲が非常に広い。

 ハリー自身が炎耐性の鎧を着用している上に、本人に魔法耐性レベル2スキルまで所持しているため、いかなアカトラのブレスと言えどちょっとした火遊び程度のダメージにしかならなかった。


 ブレスは約五秒もの間続いた。


 ブレス攻撃を凌ぎ切ってほっとしたのも束の間、目の前のアカトラの姿が消えていた。

 ジュノ軍曹は、慌てて周囲を見渡すと右前方でアカトラとヤンが戦っていた。


 セインズメンバーも状況を理解して、すぐにヤンに加勢しようと動き出したその瞬間、横から別の青いヘルライガー(アオトラ)が突進してきた。

 キキが警告を発したのだが間に合わなかった。


 アーロンとセイラがアオトラの前脚に薙ぎ払われて数十mも飛んでいった。

 ジュノ軍曹は治療のためにそちらへ向かう。


 キキが弓で援護しつつ、ゲイルとエースが必死に応戦していたが、明らかに翻弄されているといった感じだった。


 ジュノ軍曹は二人を交互に治療をしながら(一方だけを処置しているともう一方の傷が酷くなる可能性があった)周囲に気を配る。

 すると、いつの間にかリンがすぐ傍に立っていた。


「治療に集中して」


「はいっ」



 七騎士(セブンナイツ)の方はというと、ほぼ同じタイミングで黄ヘルライガー(キトラ)と開戦していた。


 ロスティは一通り持ち魔法を試したところで完全にお手上げモード。

 キリトの魔法もほぼ効果なく、聖なる鎖(ホーリーチェイン)は相手の反応が速すぎて捉えることすら出来なかった。


 ロックの魔導弓も基本魔力を用いた攻撃手段なので効果は薄く、通常矢モードに切り替えて攻撃するものの、やはりなかなか当たってくれない。

 【命中補正】レベル5持ちのロックですら当てられないのだ。

 一体誰の攻撃ならば当たるというのか。



 キキも同様に通常モードで矢を射ていたがやはり当たる気配なし。

 動きの牽制にはなるので、諦めずになんとか仲間と連携しようと頑張ってはいるのだが、どうにも明るい結末が予測できない状況だった。


 そこへヤンが戻って来た。

 アカトラは交替したダミアンとレツで足止めしているようだった。


「キキ兄ちゃん、どんな感じ?」


「あまりよくない」


「やっぱ当てるの難しい?」


「ああ」


「弓じゃなくてナイフにしてみたら」


 ヤンがキキの腰にあるものを指差す。


「いや、一番得意な方法で戦うよ」


 キキがこの状況に似合わない愉悦とも見えるような表情を浮かべた。


「え? まさか……」


 ヤンが驚いた顔をしたので、キキはますます嬉しくなる。


「ヤンに見せるのは初めてだったか」


 ベルトの後ろのホルダーから取り出したのはアダマンタイト製のナックル(ペア)。

 ガンツ工房という箔だけではなく、ガンツ自ら手掛けた一品もののナックルで敏捷+30%、力+30%、物理防御無効の特効付きだ。


 両手にそれを嵌めてアオトラの方に視線を送るキキ。


「行ってくる」


 言い残すや否や猛烈なスピードでダッシュするとその勢いのままアオトラの死角から飛び込んでいって左後ろ脚の足根骨付近へ思い切り右フック。


 前方のゲイルとエースに集中していたアオトラは完全に意表を突かれてまともに被弾。

 ゴキンという大きな鈍い音とアオトラの悲鳴のような咆哮が響く。


 この空間に一瞬時間が停止したかのような静寂が生まれた。


 その直後、全員が見ている前でアカトラとキトラがアオトラの近くまで移動すると、三体の魔力がみるみる増大し(見える人感じられる人にのみわかる)刹那眩い光を放った。


 目潰し攻撃か、と警戒して身構える中、光が薄れて姿を現したのは一体の魔物――。


 さっきまでいたヘルライガーとは比べ物にならないサイズのデカイ魔物だった。

 体高約4m、体長が約10mほどだろうか。


 体の形状こそヘルライガーのそれに酷似しているが、決定的に違うのが首から上。


 三つの頭が、アカトラ・アオトラ・キトラの頭がそこにあったのだ。


 こちらの世界なら地獄の番犬ケルベロスとでも呼ぶであろうその姿だが、今このヤンたちの世界では初めて人によって目撃された魔物であった。


「なんだこいつ……」


 ゲイルがほとんど呻き声のように絞り出す。


「頭が三つ! 頭が三つもあるよ!」


 ロスティが嬉々として叫ぶ。

 何故そんなに喜んでいるのかは誰にもわからなかった。


「合体……したのか」


 キキの呟きがやけにはっきりと他の人の耳に響いた。


「合体だと!?」


 レオナルドも驚きと畏怖を隠せなかった。


「信じられん、魔物が合体するなど聞いたこともない」


 とはロックの弁。


「古い書物で読んだことがあります。魔王国にはそのような魔物がいると」


 キリトは以前王都の図書館の通常入室が禁止されている書庫に立ち入った際の記憶を必死に呼び起こしていた。

 あれは確かに禁書とされていた書物だった。

 本の題名はなんだったか……。


「魔王国の魔物だとでも言うのかコイツが」


 マルスが怒気をそのままキリトにぶつける。


「いえ、それはわかりません」

「お勉強はまた後でね。今はコイツを倒すのが先」


 ヤンがはっきりと言う。

 そりゃそうだ。


「師匠、どうするんだ?」


 ダミアンがヤンに問いかけたその時、デカいヘルライガー略してデカトラが動いた。


 体が大きくなった分動きが捉えやすくなるかと思えば然にあらず。

 むしろ合体前より速いのではないかと思わせる俊敏な動き。


 ボコッ!


 消えたと思ったデカトラが真横に吹っ飛んでいたが、何が起きたのかは誰も理解できていなかった。


 デカトラはすぐに体勢を立て直すが、前脚の歩様がややぎこちない。

 何かしらのダメージを負ったのかもしれない。


「ブレスだ!」


 向かって左側のアオトラが大きく口を開ける予備動作に入っていた。


 先程アカトラ単体の時に受けた経験がそのまま頭にも体にも残っていたのだろう、ついブレスに備えて全員が防御の体勢に入ってしまった。


 しかし頭はあと二つあるのだ。

 アオトラがブレス準備中でもデカトラは普通に移動してきて、そのまま最前列で盾防御(シールド)を構えていたハリーたちを薙ぎ払った。


「うおっ!」

「うわぁっ!」

「ぐあっ!」

「きゃあっ!」


 ハリーとマルスにロックとナラクまでもがまとめて吹き飛ばされる。

 ロスティも範囲内にいたのだが、「疾風の指環」の効果で辛うじて攻撃を躱すことができたのだった。

 ※「疾風の指環」は敏捷+25、魔法詠唱速度+100%の永続効果の他に、二十四時間のうちに一度だけ攻撃を完全に回避する特効がある。ロスティの守りに対する自信の根拠のひとつ。


 しかし一度使用してしまった以上、今この瞬間はまるで無防備な赤子同然。


 デカトラの二撃目が直撃する寸前、ヤンが間に入って左前脚をビタリと止める。


「下がって」


 ヤンの言葉にロスティは慌ててジュノ軍曹の近くまで退避。

 アーロンとセイラの治療は既に完了していたが、今はキリトと手分けして七騎士(セブンナイツ)の治療をしているのだった。


「おりゃああああああッ!」


 雄叫びと同時にダミアンが懐に飛び込んでおそらくは【爆裂拳】のパンチを横っ腹に叩き込もうとしたその瞬間――。


 ピカァァァァッ!


 またあの光が一際明るく輝いたかと思うと、ダミアンは見事に空振りをしていた。


 そしてデカトラの姿はどこにもなく、代わりに三体のヘルライガーが再び姿を現していたのだった。


 驚いたことに左脚を負傷していたはずのアオトラの歩様は何事もなかったかのように回復していた。


「また戻った!」


 大袈裟に叫ぶロスティの声がした。


「青いヤツの脚が治ってる。これは厄介だぞ」


 キキがヤンの耳元で囁く。

 合体した時のデカトラ状態で既に脚に異常は見られなかったので、合体と同時に個別に負ったダメージはチャラになるのかもしれなかった。

 ただそれだと、合体時に受けたダメージが分離した時にどうなるのか。

 それもチャラになるのだとすると、合体分離を繰り返して何度でもダメージを自動回復できるチートボスということになる。


「あいつらが近づかないよう、牽制してくれませんか」


 キキが今度はロックのところまで言って伝える。

 ちょうど今簡単な治療が終わったばかりのロックはまだ腕をさすっていた。


「ダメージは期待するなよ」


「はい。離してもらえさえすれば大丈夫です」


「やってみよう」


 ロックの承諾を得られたところでヤンとアイコンタクトするキキ。


 二人ほぼ同時にアオトラに突っ込む。


「局長! レツ!」


 それを見たダミアンが声をかけて一番近くのキトラにダッシュ。

 リンとレツも続く。


 フリーのアカトラにはキキ以外のセインズ四人が突撃。


 見事な阿吽の呼吸で各個撃破作戦に移行していった。


 ヤンとキキが素早いフットワークでアオトラをかく乱しながら、直接打撃で着実にダメージを加えていく。

 攻撃も速さ優先なので充分に力を伝えるための溜めが作れない。


 保安局チームはリンの斬撃でかすり傷程度は負わせられたが、ダミアンの【爆裂拳】も溜めが作れず不発。

 レツは囮役で注意を引きつつ牙を折ろうとしているが、うまくいかない。


 セインズたちはさすがの連携でポジションを入れ替えてアカトラに的を絞らせない。

 そうこうしているうちにエースのライトニングソードが比較的まともに入って感電発動。

 ここぞとばかりにボコろうとしたところで、アカトラが全身から発火。

 手が届く位置まで接近していた四人そろってまともに火を食らってしまい、もんどりうって後退。

 唯一セイラの一撃がアカトラの右眼にヒットして目を潰すことに成功。

 眼球の防御力まではさすがに高くなかったらしい。


「ざまあみろコノヤロー! アチチ……」

 セイラのしてやったり顔。


 ガオオオオオ!


 アカトラが咆哮すると、アオトラとキトラがアカトラの方をチラと見て、一気にアカトラの位置までジャンプしてきた。


 ロックが矢を放ったが空中でアオトラの背中に当たって跳ね返された。


 ピカァァァァッ!


 そしてまた出たデカトラ。

 当然ながら五体満足でどこにも傷ひとつない。


「くそ、またかよ」


「これ繰り返されたら無敵じゃん」


「でも魔力は消費しているようです。無限にはできないはずです」


 以上はマルス、ロスティ、キリトの順。


 キリトの言葉は正しかったが、実際に何回できるかまではわかるはずもなく、現実にはそこからいたちごっこが繰り返されることになる。


 そろそろ二桁回数に突入かと思われたデカトラ見参の時、ヤンが言った。


「ごめん。もう倒そう。だいたいわかったから」


 言ってる意味がよくわからない。

 何がごめん、なのか。

 だいたいわかったとは何なのか。

 もう倒そうとは?

 そもそも誰が倒せるというのか。


「ダミアン」


 ヤンがダミアンを手招きする。


「なんだよ師匠」


「デカトラ抑えるの手伝って」


「抑えるって、素手で捕まえるってことか?」


「後ろ脚がいいと思うんだけど」


「いいか悪いかより出来るか出来ないかじゃないのかよ」


「やるかやらないか、だよ」


「……わーったよ、やりゃいいんだろ」


「ハイパーしてね」


「はいはい。ハイパァァァァァダミアンッ!!}


 こんな緊迫したボス戦の最中でもやっぱりそれをやらずにはいられないのかお前は。


「ハリーさんはアレ準備しといて。レベル5のやつ」


 ヤンがすっとハリーの横にきて囁く。


刺突(スラスト)のことか?」


「うん、あれなら当たれば倒せると思う」


「……いいだろう」


 ハリーが言い終わる前にヤンの姿が消える。


 ゴガァァァアアアア!


 デカトラが不快そうに吼える。

 見ると、右脚をヤン、左脚をダミアンがガッシリ掴んでいる。

 ダミアンの方は脚を蹴り上げる動きの度に体ごと持っていかれそうになるも、ヤンの方はビクともしない。


 ハリーはスキルのチャージ体勢に入る。

 (今のオレなら五秒もあればイケる……)

 そんな確信があった。


「ブレスが来るぞ!」


 キキが叫ぶなり、デカトラの方に突っ込んで行く。

 何をするつもりなのか、と思いきや口を大きく開けたキトラの顎からパンチを叩き込んでブレス攻撃を中断させてしまった。


 しかしほぼ同時に今度はアオトラの頭がブレス体勢に入る。

 幸いなのはデカトラ自身が動けず固定されていることだった。

 

 キキがそのままデカトラの右前脚にしがみついていた。

 少しでも動きの自由度を下げようということなのだろうが、危険すぎる。


「わああああああ」


 大きな叫びが幾つも重なって聞こえたかと思うと、セインズの四人が全速力でデカトラに取り付き、左前脚にしがみついたのだった。


「あいつら……」


 マルスの声には呆れと、同時にどこか憧れるような響きがあった。


聖なる槍(ホーリーランス)!」


 キリトが聖魔法レベル4の攻撃魔法を発動。

 魔法で創出した槍だが、実体を持ちその攻撃は物理攻撃となるものだ。


 長さ5mほどの巨大な槍が十本。

 デカトラの体の周囲に柵のように突き立つ。

 うち二本はデカトラの肩と尻に突き刺さる。


「ハァッ!」


 直後にハリーの気合が炸裂。


 ビュッと空気を切り裂く鋭い音とほぼ同時に湿ったような打撃音と何かが潰れるようなイヤな音がして戦いが終わった。


 デカトラは胸の真ん中に大穴が空き、大量の血を流して地面に伏していた。

 さすがに一瞬でトドメを刺されたら分離するのは不可能だった。


 脚抑え隊の面々がそれを囲んで互いに肩を叩いたりしながら喜んでいると、ほどなくデカトラがサラサラと消滅していった。


「さすがだな」


 レオナルドがハリーを労うために近寄ると、ハリーが身震いしていた。


「おい、どうした?」


「レベルアップだ」


 ハリーがステータスを確認すると喜びを噛みしめるような歓喜の表情を向ける。

 もしかすると多段アップしたのかもしれない。


「ここまで順調にレベルは上げてきただろう。今更何がそんなに嬉しいんだ?」


 レオナルドだって今のボス戦でまたひとつレベルが上がっていた。

 さすがに上層の階層主(ボス)クラスともなると得られる経験値は莫大なのだろう。


「ちょうどレベル60になった。王都を出る時は47だった。それが今は60だ。信じられん……」


 レベル53になったばかりのレオナルドは祝いの言葉を言おうとしたが、ハリーとのレベル差が3だったものが今や7になってしまったことが内心相当堪えたのか、それ以上言葉が出てこなかった。


 ハリーは今の戦闘で七騎士(セブンナイツ)の中でも頭一つ抜け出した領域に踏み入ったのだった。



 こうして第二十四階層(実質第三十四階層)の階層主(ボス)を討伐完了。


 大波はこれで終了するはずだが、凪化の時のような演出はなさそうだった。

 ヤンが何か聞き耳を立てるようなそぶりをしたのをジュノ軍曹が隣で確認したが、ヤンからは以降何のリアクションもなし。


「じゃあみんな、このまま休まずに上へ行くよ!」


 ヤンの明るい元気な声が響き渡る。

 なぜこんな遮蔽物もないような広い空間でこんなに声が通るのだろうか。


「マジかよ...…」


 ゲイルがうんざりしたように呟くと、アーロンやエースも同じような表情で顔を見合わせている。


「さすがクレイジーヤンだね。この人でなし!」


 ロスティが吐き捨てると、ナラクが口に人差し指を当てて「シーッ」とやっていた。


 そして有無を言わせず、再びダッシュダッシュまたダッシュの道程(みちのり)が始まる。


 なぜそんなに急ぐ必要があるのか。

 放っておけば大波の影響がどんどん薄れて本来の中層の生態系に戻り、移動も戦闘も各段に楽になるというのに。


 安全第一ならば確かにその通り。

 しかしヤンの目的は別のところにあったらしい。


 後日ジュノ軍曹が語ったところによると、まだ大波効果が残っているうちに一階層でも多く先へ進んで上層の魔物の情報を収集しておきたかった、のだそうだ。


 まさに恐るべしヤン。


 迷宮の申し子。


 ともあれ、大波鎮圧合同作戦は無事成功し、帝国軍チームを除く全員が翌日昼にはセインに到着したのだった。


 それから遅れること二日で帝国軍五人がセインに到着した時には、ヤンたち一行は既にセインを後にしていた――。

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