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056.中層突破(六)

 帝国軍チームのキャンプはさながらお通夜の様相を呈していた。

 何しろ凪になってこの場所へ移動してきてから、まだ誰も一言も発していないのだ。


 やはり口火を切るのは自分の役目なのだろう、とムンバ少佐が覚悟を決めようとしていたその時、以外にもジュノ軍曹が果敢にチャレンジしたのだった。


「もし回復が必要であれば命じてください。あと必要なものがあれば取ってきます」


 同期が一人いるとはいえ、司令官と三人の佐官を前にしてよくぞ言ったとムンバ少佐は心の中で快哉を送っていた。


「我々は大丈夫だ。軍曹も休みたまえ」


 エルモンド大佐が重い口を開いた。

 その口調こそ柔和だったものの、表情には疲労が色濃く出ていた。


 ジュノ軍曹は黙って一礼すると、少し離れた場所に腰を下ろして荷の確認を始めたようだった。

 そのすぐ隣ではエリンコヴィッチ准尉が早めに横になって休んでいた。


「閣下、我々はもはや……」


「言うな、大佐」


 エルモンド大佐の言葉を低い声で遮ったボッツ少将。

 その先は言わなくてもわかっている、ということなのだろう。


 お互い大軍を率いての戦などはこれまで幾度となく経験してきた。

 ボッツ少将は過去負けナシで、帝国上層部では不敗将軍などと言われるほどだった。

 実際、どんなに厳しい状況であっても最悪でも負けずにその場を納める、粘り強い指揮が信条だったのだ。


 しかし今日の戦は完全に負け戦だった。

 もちろん勝利したのはこちら側だったが、自分たちの軍は後半戦ほとんど成果を上げられなかったも同然なのだ。


「発言許可を求めます」


 ノックホルト中佐がエルモンド大佐とボッツ少将の方をまともに見つめて言った。


「許可などいらん」


 ボッツ少将が吐き捨てるように言うと、ノックホルト中佐は「では」と立ち上がる。


「僭越ながら申し上げます。先刻より随分と悲観なされているようですが、小官は少し違う見解であります」


 この先を言ってもよいか、の確認のため直立姿勢のままリアクションを待つ中佐。


「申せ」


 エルモンド大佐が促すとノックホルト中佐が続ける。


「本日の戦闘で小官は二度レベルアップを果たしました。おそらく作戦に参加した者のほとんどがそうだったはずです。たった一日の戦闘でレベルアップするなど、およそ現実に起きたこととは考えられないにも関わらず、それが二度であります。これはまさしく異例中の異例、稀有な状況であったと考えるべきです」


 そこまで一気に捲し立てて、少し呼吸を整えてから続ける。


「常日頃から斯様な非日常を生業としている冒険者どもと我々帝国軍人では係る事態への対応力に関しまして格差があるのは必然であると考えます」


「ここまでの道中で僅かばかりの経験はあったものの、本日のような大規模かつ過酷な状況は未だかつて遭遇したことのない事態でありました」


「不肖、わたくしズール・ノックホルトは本日の失態による汚名を晴らすべく、是非とも名誉挽回の機会を頂戴したく存じます」


 ムンバ少佐は驚き、感動していた。

 このようなやり方もあったのか、と。


 もちろん、言い訳がましい部分も多分にあるがそれを完全に自覚した上で、恥を承知で上訴するという行動で喝を入れたのだった。


 伊達に燃焼スキル持ちではなかったのだ。

 まさかここまで熱い魂の持ち主だったとは……。


「失礼しますッ! 小官にも是非名誉挽回の機会を与えていただきたくッ!」


 ムンバ少佐も思わず立ち上がって頭を下げる。


 それを横目で見たノックホルト中佐も思い出したように頭を下げる。


「フッ、閣下。これはいい所を持っていかれましたな」


「全くだ。部下にこんな形でケツを蹴られるとはな」


 顔を見合わせるとハハハと大笑いを始めた二人。


 頭を下げていた二人も姿勢を戻して笑っていた。


 それを興味深く見ていたジュノ軍曹だったが、ふと気配を感じて後ろを振り向く。


「あ、ヤン君」


「大丈夫みたいだね、帝国の人たち」


「はい、心配して来てくれたの?}


「ううん、ペクちゃんの顔を見に来ただけ」


 言われて顔を真っ赤にするジュノ軍曹。

 すぐ近くで寝ているエリンコヴィッチ准尉が僅かに動いた気配がしたが、起きているかどうかまではわからなかった。


 一方の男四人はというと、気持ちが解れたのか今日の戦闘についてそれぞれ見たもの経験したことなどについて熱心に語り始めるのだった。




* * * * *




「ん、来たな。おーい!」


 ヤンを伴ってキキがやってきたのを目ざとく見つけたゲイルが立ち上がって迎える。


「よっ、総大将のお出ましだ」


 アーロンが冗談めかして賑やかすと、エースやセイラも立ち上がって拍手で二人を迎える。

 すました様子のキキと頭の後ろを掻くヤン。


「まぁ座ってくれヤン。今日はお疲れ様」


 みんなで火を囲んでいたところへ、ヤンを促しつつ自ら先に座るゲイル。


 ヤンとは出発前の集合地点で軽く挨拶だけは交わしていたが、あとは具体的な配置や作戦の話だけで案内人(ガイド)になったヤンとちゃんと話すのはこれがほぼ初めてのようなものだったため、柄にもなくゲイルは緊張していたのだった。


「みんなもお疲れ様。ちゃんとレベルアップした?」


 いきなりジャブをかますヤンに、苦笑する面々。


「オレたちはみんな2レベルかな。セイラは3だっけ?」


「恥ずかしながら」


 全然そんな素振りもない様子で答えるセイラ。


「そういやキキは? お前あんだけ活躍したんだから3レベルぐらい上がっただろ」


 エースがキキに話を振る。


「うん、まぁ……」


 戦闘中とは違ってちょっと恥ずかしそうに照れるのがまた可愛いところなのだとメンバーみんなは理解しているので「さすが」とか「すごいじゃないか」などと言いつつ微笑ましく見守る。


「ヤンはどうだったんだ?」


 アーロンが何の気なしに尋ねる。


「ううん、ボクはほとんど戦ってないから」


 答えを聞いてちょっとバツが悪くなるアーロン。


「でも凪の経験値って全員もらえるんじゃなかったか」


 エースがウロ覚えの知識で確認する。


「そうだけど、魔物を倒してないとほんのちょっとだけだよ」


「そうなのか?」


 ヤンの言うほんのちょっとがどれだけなのか推し量りかねるようにゲイルが尋ねる。


「そうそう。でも明日も明後日もあるから一回くらいはレベルアップしたいなぁ」


「はははは」


 みんな笑ってはいるが、なんとなく想像がついてしまっていた。

 自分たちが複数回レベルアップを重ねるくらいの経験値を獲得しても、ヤンにとってそれはレベルアップ一回分にも満たないのだと。


 それでも「ヤンのことだから仕方ない」で済ませるのが塔の人間の正常な思考だった。

 唯一、キキを除いて。


 キキは今のヤンの言葉を重く受け止めていた。

 自分より六歳も年下なのに、もうどれだけ先まで行ってしまっているのか。

 ヤンを守り、助けるつもりで頑張ってきたつもりが、これでは役に立てないのではないかと不安になるのだった。




* * * * *



 

「いやぁ今日はなんかひっさびさに大暴れした気分だ」


 マルスが両腕を上に広げて背伸びをしながら明るく語り出す。


「気分じゃなくて実際暴れてたでしょ」


 ナラクが半分呆れながら笑って訂正する。


「マルスのエニグマとあのアシュラムは相性抜群でしたからね」


 今日は終始サポート役だったキリトが持ち上げる。


「まぁな。あの冒険者のハンマー野郎も水を得た魚みたいだったし」


 マルスはセイラの戦いぶりを思い出して褒めたつもりだったが、隠し切れない羨望の念がダダ洩れだった。


「まぁ実際水を得ていたからな」


 無口なロックが冗談を言ったためか、他のメンバーたちの視線が集中。

 ロックはそれに気付かないフリでまた弓の手入れを始めた。


「水魔法がこんなに活躍したのなんて見たことがないよ」


 またもロスティの文句垂れ流しが始まる。


「だいたいなんだよ、ずーっと削り役で同じ魔法ばっかり。なんか今日は人生で一番こき使われた気がする」


「ハハハ、さんざん大口叩いてたわりに最後はひぃひぃ言ってたよな」


「ひぃひぃなんて言ってないし!」


 マルスが茶々を入れるとロスティがムキになって言い返す。

 周囲にはまた始まった、という空気が流れ出すが二人は止まらない。


「実はもう魔力切れ寸前だったんだろ?」


「何言ってんの!? マギカプレがあるんだからそんなことありえないよ!」


「どうだかなぁ」


「はぁ!? なんか文句……」


「オイ、その辺にしろ」


 ロスティが立ち上がりかけたところでハリーが止める。

 絶妙なタイミング。


「ところでハリーちゃんは今日幾つレベル上がったの?」


「……2回だ」


「アタシもーーーーッ! すごいわよね。アタシたち位のレベルの人間が一日で2回もレベルアップするなんてあまりに現実味なさすぎて夢見てるみたい」


 ナラクが胸の前で両手を握りしめて乙女の感激ポーズ。


「オレは3レベル上がったぜ!」


「ウソ!? なんで? ボクは2レベルだったのに!」


「そりゃお前、素質の差ってヤツだろ、ハハハ」


 またすぐ再燃しそうになるマルスとロスティ。


「単にお前がもうSランクでレベルも上位だったからだ。無駄につっかかるな」


 レオナルドが諭すように間に入る。


「なぁんだ、じゃマルスが弱いからその分レベルが上がり易かったのか」


「はいはい、そういうことにしといてやるよ」


 なんとか消火できた模様。


「ところで、どう見る?」


 ハリーが地面に視線を落しながら独り言のようなテンションで呟く。

 どうやら隣のレオナルドに向けた言葉らしい。


「ヤンか?」


「ああ」


「あれはやはりとんでもないな」


「ほう、具体的に何がどうとんでもないんだ」


 興味を惹かれてレオナルドの顔を見るハリー。


「それについては私からもひとつ。彼は鑑定できませんでした」


 反対側の隣にいたキリトが入ってきた。


「それはどういうことだ?」


 レオナルドが尋ねる。


「そのままです。鑑定が通らなかったんです。私よりもレベルが相当上か、もしくは鑑定阻害のようなものが働いていると思われます」


「鑑定阻害?」


 今度はハリーが反応した。


「同じ鑑定スキル持ちであればより鑑定レベルが高い方が有利で、低位の者は鑑定が通らなくなります。これが鑑定のレベル差による阻害と言われれるものです。他には隠蔽系スキルの高レベル持ちであればレベル2の私の鑑定スキル程度は完全に無効化できるでしょう」


「阻害されるとどうなるんだ?」


 これはレオナルド。

 鑑定スキルの詳細を聞く機会はあまりなかったので興味を惹かれたのだった。


「何も見えません」


「何も? 名前や職業もか」


「はい、何も」


「やはりとんでもないヤツだな」


 自分の主張の裏が取れたようで納得のレオナルド。


「とんでもないと言えば、見たか? あの弓使いの冒険者」


「それってあの金髪の跳ね頭?」


「なかなか整った顔した美少年よね~」


「そういうことじゃない」


 マルスとナラクの軽口を封じるロック。


「見たよ、ひとり二重詠唱やってたね」


 ロスティがちゃんと見ていたのは驚きだった。


「二重詠唱? 魔法か」


「しかも、それと同時にスキルの重ねがけをやっていた」


「ナニッ!?」


 ハリーの声が大きくなる。


「簡単そうに見えるけど、とんでもないよ」


 落ち着いた口調で忌々しそうにロスティが賞賛するのを聞いて、周囲はますますこれはただ事ではないという空気になっていった。

 ロスティが続ける。


「ロックならできる?」


「魔導弓で二重詠唱など考えたこともなかった。スキルは……種類にもよるがおそらくできると思う」


「ってことは今までやったことはないんだね」


「ああ」


「それをあのキキってやつは簡単にやってのけた」


 決して簡単になどということはなかったとロックは知っているが、今ここでそれを言っても詮無いことだった。


「王国にスカウトした方がいいじゃないの?」


「もうした」


 ナラクが冗談めかして言うとロックが即答。


 えっ!と声が漏れた人が複数。


「だが断られた」


 残念なような、それでいて安心したような、微妙な空気。


「あいつはヤンの古い知り合いらしい。ヤンの傍にいたいんだろう」


 そういうことか、それなら納得の空気に即変化。


「ヤンって言えばあいつ、ギガントアシュラムが出てくる前からいなくなってたけど、あれってたぶんこの階層にまだ残ってたアリとかアシュラムとかのザコを残らず倒してたんだと思う」


「あの男と女も一緒にか?」


「うん。魔物の魔力反応からの推測だけど」


 ハリーの質問に答えるロスティ。


「三人ともものすごい速さで処理してたよ。まるでそのために連れて来たみたいな」


「あのダミアンとかいうのは確かに相当な手練れだった」


 レオナルドが最後の一撃を思い出したように呟く。


「オレたちが数人がかりで必死にやっても倒せなかったボスを、一発で鎮めちまったんだから認めざるを得ないね」


 負けず嫌いのマルスでも素直に認める実力。

 良かったなダミアン、努力の成果をこんな形で認めてもらって。

 まぁ本人は一切与り知らぬところの話だけれども。


「でも爆裂拳とか叫んでたアレはちょっと……」


 返す刀で下げることも忘れないマルス。


「その前にもなんか言ってたよね。確かハイパーダミアンとかなんとか。プッ、アハハハハ」


 思い出して笑いが止まらなくなったロスティ。

 これには他のメンバーたちもさすがにつられて笑い出す。


 あっという間に笑い者に格下げされたダミアン憐れ也。


「ウケるんだけど。あの人何歳だよ」


 笑いが収まったところでもう一度蒸し返すマルス。


「もうオジサンなのにアレはないよ。明日も見れるかな、プッ、くくくく」


 マルスとロスティもこういう時には波長が合うらしい。

 またもや笑いに包まれる。


「もう一人いた女はどうなんだ?」


 レオナルドが思い出したように尋ねる。

 戦っているところを全然見ていないので想像もつかなかったのだ。


「知らんな」


「ずっと後ろの方にいたみたいだから見てないなぁ」


 ハリーもマルスも情報なし。


「でもヤンとあのオジサンと同じくらいの力量はあるんじゃないのかなぁ」


 ロスティは【魔力察知】でなにか見てとったのかもしれない。

 魔物排除活動も認知していたくらいだし。


「まぁ明日はちょっと注意して観察してみましょ」


 ナラクの言葉でリンの話題は一段落ついた。


 それからは、明日以降の数日間でどれだけレベルが上がるかについて盛り上がった七騎士(セブンナイツ)たちであった。




* * * * *




 翌朝早くに第二十二階層へ向けて出発した一行。

 昨日と同じ配置で全魔物掃討による凪化に挑戦する。


 昨日の魔物に加えてアリ種の飛行タイプであるフライアント(ハネアリ)が新たに出現するようになっていたが、これは魔導弓の恰好の的だったらしく出る傍からキキとロックがビシバシと倒しまくるため、他のメンバーはほとんど意識することもなく地上の魔物に専念できたのだった。


 また昨日と比較して、キキの魔導弓の威力が明らかに向上しているのが誰の目にも明らかだったため、ゲイルをはじめとするセインズのメンバーは内心とても誇らしかった。


 帝国軍チームもかなり健闘し、2レベルアップの効果が充分に現れていた。


 第二十一階層の凪化による大量経験値獲得を身を以て体験したため、全員が非常に高いモチベーションで臨んでおり、誰もが昨日より強くなった自分を確認しながらより効率の良い討伐を意識して戦っていたため、思った以上にサクサクと掃討作戦は進行していった。


 増援のアシュラムが出現しても昨日のような劣勢になる局面はほとんどなかった。


 第二十二階層終盤はアカアリの上位種であるフレイムアント(ヒアリ)が大量に登場したものの、ここぞとばかりにマルスやハリー、ゲイルの同属性持ちやセイラあたりが縦横無尽に暴れまわると、更に火属性系の魔物であればとレオナルドやロスティが得意の氷属性で無双し始めるといった有様。


 ボス戦が通常の代理主(ボスもどき)キンググリズリーということで、ギガントアシュラムよりは与しやすい相手だったのもあり、無事凪化に成功すると対前日比で七~八割程度の消耗で、またしても全員2レベルアップを達成してしまった。




* * * * *




 更に翌日の第二十三階層では、これまで登場したアリ種が序盤から全員集合する超アリ祭りが派手に開催された。

 おまけにフィールド中央にクイーンアント(じょおうアリ)が鎮座していて無限にアリの卵を産み続ける、その卵がわずか数分でふ化するという悪夢のような光景が広がっていた。


 この日はキリトがクイーンアント(じょおうアリ)の様子を見て、神への冒涜だと大層お怒りになってしまい(実は虫系全般が苦手だったらしい)、全員を退避させた上で聖属性魔法レベル3から使用可能な聖光線【怒りの日(ディエス・イレ)】を雨あられのようにぶっ放してありとあらゆるアリ種と共にクイーンアント(じょおうアリ)をも血祭りに上げてしまわれたのであった(祭りだけに)。


 そして代理主(ボスもどき)はオオムカデの更に上位種キングオオムカデ(デキン)が出現し、再び怒り心頭のキリトが【怒りの日(ディエス・イレ)】でデキンをかち上げて腹を見せたところへ全員集中砲火という工程を三度繰り返したところで討伐完了。


 尚、キリトはこの日結局一人だけ3レベルアップの大活躍となった。

 しかし、キリトは一日で魔力を二回使い切る直前まで消費(魔力回復役で補填)したし、他のメンバーも実はこれまでで一番魔力体力の消耗がしく、決してラクな戦闘とは言えなかった。

 ただそれでも初日のように大きな負傷をする者もなく、無事に凪化を達成できたことは充分な成果だったし、レベルアップで士気も保てていた。


 ただ、もしかするとそこに僅かな油断や慢心が生れる隙がもしかしたらあったのかもしれない。


 翌日の第二十四階層で、いきなり躓くことになったのだ――。

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