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055.中層突破(五)

「あれもアシュラム……だよな?」


 ゲイルが信じられないといった表情でキキの方に視線を移す。


「見た感じそうだね」


 冷静そうに答えるキキも、その表情には緊張が現れていた。


「ちょっと! 確か三十一階層のボスってムカデじゃなかった?」


 ナラクが誰ともなく非難する口調で叫ぶ。


「オオムカデな。あとボスじゃなくてボスもどきだけどな」


 セイラが答えるとナラクは一瞬嬉しそうな表情をした後で、すぐに不満顔に戻る。


「フン、何だろうと倒せばいいだけだ」


 ハリーが静かに言った言葉が全員の耳にはっきりと届いた。


 それにしても、体高2mほどのアシュラムの倍以上はある大きさだ。

 一体その強さはどれだけになるのか。


「名前はギガントアシュラムです。概算で通常のアシュラムのステータスの三倍。但し体力や防御力は五倍ほどあるようです。厄介ですね」


 キリトが冷静に【鑑定】結果を共有すると、さすがにざわめきが起きる。


「先手必勝ッ!」


 叫びながらマルスが突っ込んで行く。

 アシュラム戦ではハンマー持ちのマルスが無双していたので自信があるのだろう。


「オレもッ!」


 同じくメガハンマー持ちのセイラも後を追う。


「足止めします」


 キリトが詠唱を始める。

 間もなく発現したのは地面から鎖が飛び出してきて、ギガントアシュラムの脚と腕に絡みつき拘束する形になった。


「ナイスだキリト!」


 既にギガントアシュラムの目の前まできたマルスが、ギガントアシュラムの振り下ろす剣を掻い潜ってウォーハンマー「エニグマ」を右脚の脛部分に全力で叩きつける。


 ガゴンッ!


 重く鈍い音がした直後、今度は左脚の同じ部分にセイラのメガハンマーがヒット。


 ドゴッ!


 しかしいずれの攻撃も、表面が僅かに剥がれたのみでほとんどダメージは入っていないのか、六本の腕のうち二本を振り回して応戦するギガントアシュラム。

 キリトが冷静にその事実を周囲に共有すると、周囲に絶望感が広がる。


水属性付与ウォーターコーティングッ!」


 直ぐに切り返したセイラが叫ぶとメガハンマーの周囲に透明な液体のようなエフェクトが発生。


「オレの勝ちィィィィィッ!!」


 大声で叫びながら再度メガハンマーに全力を込めてバットスウイングのように振り回すと今度は左脚のふくらはぎ辺りに直撃。


 ズシャアアアアアッ!!


 今度は先程とは全く違う音がしてギガントアシュラムの左ふくらはぎ部分が大きく削られた。


「いやっほーーーーぅ!}


 メガハンマーを高く掲げて雄叫びを上げるセイラ。

 そこへ巨大な剣が振り下ろされ、セイラが危うく身を躱す。

 おおおお、とそれを見たセインズのメンバーが盛り上がる。


「ちっ、反則だろ」


 マルスが負け惜しみを言いながらもスイッチを切り替える。


「ハアアアアアッ!」


 マルスはエニグマをハンマー投げのようなポーズで振り回しながら自らも回転すると、そのままギガントアシュラムの右脚に横から激突。


 ガンガンガンガンガンガゴォォォンッ!


 六回転目の打撃で脛の横を半分ほど破壊した。


「どうだ!」


 セインに向かってエニグマを突き付けるマルス。


 しかしセインの方は初ダメージを与えたことで満足したのか、余裕の表情で笑っていたのでマルスはますます面白くない。


 マルスが四歳も年下だというのを知っているセイラが年長者の余裕を見せつけたのかもしれないが。


 ガッシャン!

 ガチャガチャガチャ……ズズン。


 残る四本の腕の活躍で、キリトの魔法の鎖が破壊された音だった。

 続いて幾つも音が重なり、完全に鎖は破壊されてしまった。



「もう一度行きます」


 キリトが詠唱をはじめる。


「レオ、あなたどうするの?」


 すぐ後ろでナラクがレオナルドに尋ねる。


「オレはあいつとは相性がよくない」


「まさか休憩? こんな時に?」


「マルスたちで充分やれそうじゃないか」


「ちゃんと資料読んだの? あの顔が変わったら厄介なのよ」


「なんとかなるだろ」


 呑気なやりとりをしているように傍からは見えるかもしれないが、実際問題アシュラムの三倍、五倍のステータスがあるとなると普通に戦ってもダメージを与えられない。

 唯一あの泥人形どもに有効なのがハンマー系の武器だとわかっている以上、マルスたちの戦いぶりを見て自分の立ち回りを考えてみよう、という考えだった。

 そのハンマーコンビでさえ通常攻撃ではダメージが通らず、スキルを使ってようやくといった状況なのだ。


 まぁ帝国軍チームの方は圧倒されているというのが現実だったが。


「自信のある人はすぐ攻撃して!」


 キキがよく通る声ではっきりと宣言した。

 ヤンの不在をいいことに緩みかけた雰囲気に楔を打つ一言だった。


「今やろうと思ってたのにやる気なくすなぁ」


 ロスティがまた子供じみた減らず口を叩くが、実際に魔力を集中させている様子だったので誰も何も言わずにスルー。


 ハリーはキキの言葉の直後に既にギガントアシュラムに向かって駆け出していた。

 ナラクもその後に続く。


 ボッツ少将は現在地に残ったメンバーの一番前に出て盾を構える。


 ノックホルト中佐はスキルが逆効果なのでここは高見の見物しか手立てがなかった。

 ムンバ少佐もさすがにあの大きさの階層主(ボス)に【必殺剣】は限りなく可能性がゼロに近いだろうと感じて足が前に出ない。

 そしてエリンコヴィッチ准尉はまだ戦える状態ではなかった。


 帝国軍メンバーは現実的にこの段階で力不足を露呈したのだった。


 尚、ジュノ軍曹は回復士が主な役目なのでこの場合除外しておく。



「ん? なんだ」


 ロックは何か言いたげに自分を見つめているキキに気付いた。


「いや、ウインドマスターはどうするのかなと思って」


「あの図体じゃ魔導弓(マジックボウ)でもどうにもならないだろうな」


「そうなんですか」


 キキの目に一瞬失望の色が浮かぶ。


「そういうお前はどうなんだ」


 ロックは少しムキになって詰問するように言い返す。


「いいんですか?」


 挑戦的に尋ね返すキキ。

 さきほどとは打って変わったギラギラした眼差し。


「お手並み拝見といこう」


 半信半疑の気持ちもありつつ、興味の方が勝ったロック。


 キキはそのまますっと弓を持つとギガントアシュラムに向かって弦を引き、魔力を込める。

 一瞬で具現化した矢に更に魔力が蓄積されていく。


水属性付与ウォーターコーティング


 キキが呟いたのを耳にしたロックが目を見開く。


 本来、魔導弓自体は風属性の魔法を動力源にしている。

 他属性の魔法を動力源にする属性付魔導弓が存在するのは事実だがそれは極めてレアな存在であり、一般的には風属性の魔力を使って魔法矢を創り出して射出するのが本来の魔導弓の姿なのだ。


 魔導弓を風魔法で発動させた上で別の属性を付与するというのはロックも初めて見たのだった。


 そのような芸当を実現するためには最低限異なる属性の魔法で二重詠唱が可能でなければならない。

 七騎士(セブンナイツ)でそれができるのはロスティだけであった。

 よほどの才能と鍛錬がなければ、まず出来ないことなのだ。


 魔導弓で世界に名を轟かせ魔弓将の二つ名を持つロックをも驚愕させるキキの独創的な戦法であり、魔導弓の歴史に新たなページが拓かれた瞬間だった。


聖なる鎖(ホーリーチェイン)!」


 先程より少し時間をかけて魔力を込めたキリトの魔法が発動する。


 地面から飛び出した金色に輝く鎖がギガントアシュラムの脚や腕に絡みつき、動きを制限するが、その瞬間ギガントアシュラムが一瞬電池が切れた人形のように動きを止めると顔面が怒りの表情に切り替わった。


「あっ……」


 思わず声が出てしまったのはジュノ軍曹。

 声は出ずとも他の面々でも口を開けて驚愕の表情になった者多数。


 突然狂ったように暴れ出すギガントアシュラム。

 六本の手を激しく動かすが手に持った剣は鎖に届かない。

 ほぼ真下から上腕と前腕にそれぞれ鎖が巻き付いていて、土台可動域がかなり狭くなってしまっているのだった。

 脚の方も足首と膝上部分を拘束しているので移動はほぼ難しい状態。


 激しく動いているように見えるのは腕が六本もあることで錯覚しているのだった。


 そんな中、ロックはキキから目が話せないでいた。

 標的が拘束され動きが制限されたこの機会こそ絶好の射出タイミングなのだ。


巨化(ギガント)……」


 キキが静かに唱えると、ロックの表情は驚愕から畏れのそれに変化した。

 水属性が付与された魔法矢が少し拡大する。

 巨化(ギガント)は放った矢がどんどん巨大化する弓スキルで、目標を射貫く弓本来の特性とは真逆の、目標を圧倒的質量で破壊するのが目的のスキルであった。

 魔法弓スキルの中でも習得難易度がかなり高く、尚且つ使用する局面の判断も難しい上級者向けのスキルだったが、実際に使用する者はほとんどいないのだった。


 しかしまだこれだけでは終わらなかった――。


螺旋(スパイラル)……」


 (なんということだ……)

 立て続けに弓スキルを二つ重ねるキキを見て何かが大きく揺らぐロック。


 スキルは本来言葉にする必要はないのだが、集中して効果を高めたい時や精度を上げたい場合には敢えて言葉にすることがあった。

 単にカッコつけたい、叫びたいという理由でわざわざ口にする者も一定数いるが。


 特に今のキキのように魔法の二重詠唱中にスキルを二つ重ねがけするなどという非人間的なことをする場合には途方もない集中力と魔力制御が必要とされるのだ。


 絶対に外さない、最大限の効果を発揮してみせるという意思が現れていた。


ピシュッ!


 ロックは、本来聞こえないはずの魔導弓の射出音が聞こえた気がした。

 ※通常魔導弓は射出音ではなく魔法矢の飛行音のみが聞こえるのみ


シュルルルル……


 螺旋矢(スパイラルアロー)独特の飛行音。


 高速回転する風+水属性の魔法矢が飛びながらどんどん巨大化していく。

 キリトの鎖が拘束して動きが制限されている状態のギガントアシュラムは、キキの魔法矢に気付いても実際に回避行動をとることはほぼ不可能だった。


ゴガガアアアアン!!!


 胸の真ん中を狙ったキキの矢だったが、さすがに体を少しひねる程度の動きは出来たのと手首を返して剣を盾代わりにしたために、ギガントアシュラムは胴体への直撃は免れた。


 その代わり、左腕の上二本の上腕部から先を見事に破壊したのだった。



 落下した腕の破片を避けるマルスとハリー。


「クソッ!」


 ハリーは突っ込んだ矢先に後ろからキキの矢が追い抜いていって目の前に巨大な腕の破片が落ちてくるという散々な目にあってご機嫌ナナメ。

「今のはロック……じゃないわね。まさかあの金髪トゲトゲの子?」


 ハリーの後方にいて難を逃れたナラクが本隊の方を振り返る。


 金髪トゲトゲとはキキのことだ。

 通常より黄色成分の濃い金髪があちこち無造作に跳ねているのでトゲトゲ。

 もっともそう言ってるのはナラクだけだったが。


「チャーーーーンス! いいぞキキ!j


 セイラがここぞとばかりに再び突っ込んで、メガハンマーをギガントアシュラムの尻に叩き込むと轟音と共に尻が四分の一ほど欠けた。


 その時だ。


「アアアアアッ!!!」


 ギガントアシュラムが悲しみの悲鳴を上げた。

 見上げると顔が怒りから悲しみの表情にすげ変わっている。


 四本残っている腕に持った剣が魔法の色を帯びていた。


 右腕は上から順に雷(黄)、氷(青)、火(赤)の三属性。

 左腕は一本だけ残った一番下の腕が火(赤)属性。


 尚、さきほどのキキの攻撃で左半身の鎖が断ち切られてしまったことで、順次他の鎖も自ら破壊して再び自由の身になったようだ。


 今度は怒りモードの時とは違って、攻撃頻度は高くないものの着実に目標を狙って剣を振ってくる。

 剣を避けたと思っても剣が纏っている魔法が周囲に影響を与える上に、振り抜いた前方へ魔法を飛ばすため、目視より攻撃範囲をかなり大きく見積もって回避しなければならなかった。


  ゴッ!!

 「フムンッ」



 ハリーのシールドソード「ラグナロク」にギガントアシュラムの火属性剣がまともにぶつかるも、1mほど後退するだけで凌ぐ。


 ハリーの鎧は魔防鎧アンチマジックアーマーになっており、対魔法耐性75%という優れモノだったので、このような局面でもゴリ押しするのがいつもの戦い方だった。


 そしてもう一方のマルスは「火竜の鎧」という火属性攻撃無効のチート鎧を愛用しているのでこちらも平気ではあるのだが、いかんせん他属性に対しては耐性がないため、氷と雷は警戒しなければならないのだった。


 そんな王国最高パーティのメンバーたちの贅沢な装備を見て目を細めながらも、全く臆することなくギガントアシュラムに立ち向かうセイラ。

 彼の装備は特別でもなんでもない至って普通の冒険者の鎧(上)であった。

 但しその制作はあのガンツの装具工房なので品質そのものは極めて上等なのだが、セインズのメンバーは迷宮生まれ迷宮育ちなので装備品の質についてはガンツのものとそれ以外という程度の認識しか持ち合わせていなかった。

 事実、現実的にはそれだけで何の支障もないのであった。


「あーもう厄介だなコレ。まだ怒り顔の方がやり易かったぜ」


 マルスが愚痴りながら、氷剣の攻撃を回避。

 後ろに避けると魔法が飛んでくるので、腕の軌道に対して垂直方向に位置を取らなければならないのがいちいち面倒なのだった。


「うちのキキに感謝しなよ。じゃなきゃあんたの苦手な腕が二本余計にあったんだから」


 セイラが左腕の火剣に横からメガハンマーを叩き込みながら恩着せがましく叫ぶ。


 ゴッ!

 ガラン……。


「おっ!」


 セイラが思わず喜びの声を上げたのは、さきほどのハンマー攻撃がギガントアシュラムの左手下段の親指を砕いたため、火属性剣を持てなくなって地面に落してしまったのだった。


「なるほど、その手があったわね!」


 早速ナラクが右腕下段の親指に向かってエペリエームで【多段突き】を繰り出す。


「あらまぁ、随分硬い親指ね」


 表面が多少削れたのみで破壊には至らず。

 それほどまでにギガントアシュラムの全身の防御力は満遍なく高いのだった。

 ナラクがやたらと身をくねらせているのは悔しいからなのか、はたまたそんな強い相手に対して興奮してしまっているのか、誰にもわからなかった。

 わかりたくもなかった。


「おりゃあああッ!!」


 今しがたナラクが薄皮を剥いだ部分へ今度はハリーが渾身の力でかち殴る。


 バキッ! ガゴン……。


 ものすごい音がして親指が粉砕され、剣が地面に落ちた。


「フン、これでいいか」


「さすがハリーちゃん! やっといいところを見せられたわね」


 余計な一言のせいでにやけていたハリーの顔は一気に強張り、全身が怒気に包まれる。

 それを見てあわわわと口を塞いで素早く踵を返すと腰を振りながら本陣の方へ逃げ帰っていくナラク。


「ちっ」


 舌打ちをして再びギガントアシュラムに向き直るハリー。

 二本の剣と、親指のない拳を振るう二本の腕はちょうどマルスとセイラを追っているところだった。



「ちょっとした持久戦だったが、だいたい見えてきたんじゃないか」


 エースがゲイルに声をかけると、ゲイルは苦虫を噛み潰したような表情で振り返る。


「オレの出番がない」


 今そこ問題か?


「セイラの援護にでも行けばいいじゃないか」


「今更カッコ悪い真似できるかよ。だいたいそろそろデカい魔法で決着だろ」


「王国のヤツらか。でもキキの方が活躍したよな」


 アーロンが横から加わってきた。


「間違いねえ。この戦況を創り出したのはキキだ」


 ゲイルがにんまりとしながら言うと、アーロンが更に追い討ち。


「そしてキキとセイラ以外は何もしてない」


「おい、アーロン余計なこと言うな」


 エースが背中を小突くとアーロンは笑ってキキの方へ行ってしまった。


「このままじゃヤンに顔向けできねえよなぁ」


 ゲイルがぼそりと言う。


「それはマズイ」


「かなりマズイ」


 二人は顔を見合わせると、ほぼ同時にダッシュでセイラの方へ駆け出した。




「ねえ、水球(ウォーターボール)いける?」


 ロスティがキキの隣にわざわざやって来て小声で話しかけたので、キキは少し怪訝な表情を浮かべながら応対する。


「うん、行けるけど」


「じゃあ、なるべく大きくしてあいつの頭の上の方に待機させられる?」


「わかった」


「あ、あの!」


 そこへ割って入ったのはジュノ軍曹。


「私もいけます。水球(ウォーターボール)


「じゃあ二人で重ねがけしよう」


「はいっ」


「大丈夫? いきなりぶっつけ本番だけど」


 ロスティは本気で心配している様子。


「じゃあボクが火球(ファイヤーボール)出すからあいつの頭の所でちょうどぶつかるように水球(ウォーターボール)を落として。あいつに邪魔されないように少し上に離してキープしてよね」


 ロスティは水魔法を含む魔法合成が得意ではなかった。

 なので、他の人の水魔法に自分の火魔法を合わせることで水と火の衝突による大爆発現象を起こさせようというのだった。


 実を言うと広範囲攻撃魔法の鬼畜のような連発に加えて【メテオ】三発で魔力がすっからかんに近い状態だったため、大きな魔法は打てないし、簡単な魔法でもそんなに連発するのは出来れば遠慮したい状況なのだった。


 魔力の容量に対してフィジカル面が追いついていないというのがロスティの一番の弱点なだけにそれを他人に悟らせるようなことだけは絶対にしたくないのだった。


「いい?」


「はい」


 キキとジュノ軍曹の二人が即席コンビとは思えぬほどの絶妙なコントロールでひとつの水球(ウォーターボール)を創り出し大きく育て、尚且つギガントアシュラムの頭の上に移動させるという離れ業をやってのけるのを見届けたロスティは満足そうな表情を浮かべて最後の指示を出す。


「じゃあ、ちゃんと合わせてよね。絶対失敗しないで!」


 言うなり火球(ファイヤーボール)を創り出し魔力を込めて大きくするロスティ。

 ちゃんとキキとジュノ軍曹が無理のない角度で視認できる場所に創り出しているのはさすがだった。


 いつの間にかキリトが聖なる鎖(ホーリーチェイン)を再び詠唱していた。

 程なくギガントアシュラムに三度鎖が纏わりつく。


 感情があるのかないのか不明だが、三度目の鎖を相当イヤがっているのが誰の目にも明らかなギガントアシュラムは四本の腕でもがきながら、足や体も必死に動かして鎖を解こうとしていた。


 そのため、ちょうど頭上の約5mほどの高さに大きな水球(ウォーターボール)があるのに気が付かない。


「セイラ、他の二人も、デカいのが来るぞ!」


 駆け付けたゲイルが開口一番二人に呼びかける。

 ギガントアシュラムに言葉を解する知性があれば致命的な過ちになるところだったが、幸いそのようなことはなかった。


 ゲイルの言葉に状況を察した三人は即座にギガントアシュラムから距離を取る。

 三度目のキリトの鎖で今度こそトドメを刺してやると意気込んでいたので内心では若干不満があるようだったが、早くこの戦いを終わらせることには異論はなかった。


 せっかく駆け付けたゲイルとエースだったが、伝言係になっただけで同じく離脱。


「行くよッ!!」


 ロスティが100%緊張した声色で宣言。


 充分に育った火球(ファイヤーボール)が猛スピードでギガントアシュラムの頭部目がけて飛んでいく。


「今だッ!」


 キキがジュノ軍曹に合図を送ると、水球(ウォーターボール)がゆっくり下降してくる。


 ギガントアシュラムはまだ鎖と格闘している。

 いつの間にかニヤケ面に戻っていた。

 魔力が切れたのかもしれなかった。


 そして全員が見守る中、ギガントアシュラムの頭に二色の魔球が同時に着弾した。


ドバゴオオオオオオオオン!!! ンゴンゴンゴンゴ……


 轟音と閃光。

 地面と大気が同時に揺れる。


 少し遅れて物凄い風圧が熱と共に叩きつけてきて、誰もが必死で踏ん張らなければならなかった。


 耳がキーーーーンとする。

 視力がまだ回復しない。


「やったのか……」


 ボッツ少将の訝る様な呟きは誰も耳にも届いていない。


「まだ終わってないよー」


 やたらと呑気な、しかしよく通る声がした。

 ヤンの声だ。


「ヤン!」

「ヤンくん!」

「ヤン殿!」


 誰もが思い思いの呼び方でヤンの名を呼び、その姿を探した。


 耳鳴りが治まり、視力が回復し、世界を覆う土煙が晴れてきた時、ほぼ同時に全員がヤンを見つけた。


 ギガントアシュラムがいた方向、一同の10mほど先に立っていた。

 隣にあと二人の後ろ姿。


 そして続いて目にした光景に誰もが驚いた。


 胸の上部から上を完全に吹き飛ばれてなくなった状態のギガントアシュラムが、今まさに片膝をついた状態から立ち上がろうとしていたのだ。


 ギガントアシュラムは一本残っていた左腕も失い、右腕も一番上の腕は肘から先がなくなっていた。

 普通の生物なら絶対に命を落としているであろう状態であっても、まだ動いているのはこのアシュラム系の魔物が所謂ゴーレム種に属する存在だからだ。


 体を完全に破壊するか、(コア)のようなものを破壊しない限り活動を止めないのだろう。

 普通のアシュラムであればコアは人間でいう鳩尾(みぞおち)の辺りにあるという情報は上層探索の経験がある冒険者から共有されていた。


「師匠、オレにやらせてくれ」


 その時、ヤンの隣にいたダミアンが志願した。


「いや私がやろう」


 同じくヤンの隣(ダミアンの反対側)にいたリンが対抗する。


「二人ともこんな時までやめてよ。せっかくのレアボスなんだから後ろのみんなに最後までやってほしいんだけどなぁ」


 そう言いながら振り向いてみんなの顔色を伺うヤン。


 しかし、あれだけの大爆発でも倒せなかった魔物を、もし倒せる方法があるとすればもう一度アレをやるぐらいしか頭に浮かばないのだった。


「ほら、師匠!」


 ダミアンが待ちきれないという様子で急かす。


 ズシンズシンと地響きを立ててギガントアシュラムが近付いて来る。


 立候補がない様子を見て少し残念そうな表情を浮かべたヤンが仕方ないといった感じでダミアンの方を向く。


「じゃあ一撃で。失敗したらまた禁止だから」


「上等! おっしゃああああ、ハイパーダミアンッ!!」


 今やレベル3になった【身体強化】を見せつけるように発動させると、あっという間に飛び出して行ってしまった。


「【爆裂拳】!!」


 ドゴッ!

 ズガアアアアアアアアン!!!


 ダミアン渾身の一撃がギガントアシュラムの鳩尾に炸裂し、ワンテンポ遅れて内部から爆発。

 ギガントアシュラムの胴体部分が完全に破壊されて胸と三本の腕が地面に落下、腹から下の下半身も電池の切れたおもちゃのようにガクンと崩れ落ちる。


 一同呆気に取られていたその時、全員が色めき立った。

 ヤンを除く全員の頭の中にレベルアップ音が鳴り響いたのだ。

 ギガントアシュラムと戦っていない者も。


 そして次の瞬間、大地がエメラルドグリーンの光に包まれた。

 およそ見渡せる限り全ての地面から緑色の光が発せられていたのだ。


 やがてそれが緑の光の玉になってゆっくりと宙に浮かんでいった。

 無数の緑の蛍が出現したかのような光景。


「わああああああ」

「おおおおおお」

「なんだこれは!」

「まぁきれい!」

「虫!? 虫なのこれ?」


 感嘆の声、感動の声に一部違うものが混じっていたが気にしない。


凪蛍(ホワリ)だよ。凪が始まったんだ」


 ホワリが何なのかいまひとつよくわからなかったが、凪が始まったということはこの第二十一階層の魔物を全て一掃できたということなのだ、というのは伝わった。


「凪にしたことで大量の経験値がもらえるからみんなレベルアップしたんじゃない?」


 続けて語られるヤンの言葉にようやくみんな納得。


 もう十年前後迷宮で冒険者をやっているセインズの面々も、自分たちで凪を達成したのは初めてだったため、話半分でしか理解していなかった「凪の始まり」現象を体験できて興奮していた。


「師匠、やったぜ! 約束通り」


 ダミアンがわざとらしくゆっくり戻ってきた。

 彼だけは唯一この中でヤンと共に「凪の始まり」を経験済みの人間だった。


「うん、合格」


「っしや!」


 そのやりとりを羨まし気に見つめるリン。

 しかし、同僚ダミアンの活躍はそれはそれで頼もしく感じていたのだった。


「今日はこれでおしまい。もう魔物は出てこないから向こうでキャンプだよ。見張りもいらないよ。それから明日はちょっと早いからちゃんと休んでね。夜更かし禁止」


 ヤンの言葉で、ようやく長い一日が終わったことを誰もが実感したのだった。

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