054.中層突破(四)
「うわっ!」
突然横から巨大なハンマーが襲ってきたのでエースはバックステップしながらセイラを睨み付ける。
「っぶないだろお前、どこ見てんだよ!」
「悪い、ちょっと興奮しすぎた。アハハハ」
悪びれる様子もなくハンマーを担いで笑うセイラを見てエースは溜息をつく。
この二人はセインの息吹のメンバーであるミリアルド・エースラック(レベル36Aランクの二十六歳)と、セイラ・オルセイン(レベル33Bランクの二十四歳)である。
敵味方入り乱れた大乱戦の中、いつの間にかお互い接近してしまっていたのだった。
「アハハじゃない。もし当たってたらどうするつもりだったんだ」
「そりゃエースがドジ踏んだってことで後でみんなに教えてやるさ」
相変わらずハンマーを担いだままで休憩しているつもりなのか、それともひとり周囲のアリを斬り捨てながら愚痴るエースを見て楽しんでいるのかわからないセイラ。
エースがミリアルドではなくエースと呼ばれるのは、名前が妹のミリアリアに似ていることで幼少時から色々といじられてトラウマがあるからで、以後エースで呼ぶよう学舎時代から何度も口うるさく主張し続けた成果だった。
最初のうちはミリアルドをミリアリアにわざと間違えて呼んでいたメンバーも、あまりにエースが毎回本気で怒って不機嫌になるのでだんだん諦めてエース呼びに落ち着いていったのだった。
尚、エース自身の容貌は五歳下の妹ミリアリアに非常によく似た整った顔立ちをしており、実際にエースは子供の頃に「ミリアのお姉ちゃん」とからかわれていた事もあって容姿の話題についても非常にセンシティブな扱いになっていた。
要するにちょっと面倒なヤツなのである。
一方のセイラは見た目は筋肉質な怪力魔法士だが、本人曰く心は女というこれまたセンシティブな存在ということの割に、意外とメンタルは強靭でむしろ狂人だった。
七騎士のナラクとキャラ被りしている点については否定しないが、セイラの方は見た目も話し方も普通に男なので描写上は完全に差別化されているから問題ないのである。
「いつまで油売ってるつもりだ。早く持ち場に戻れ」
コアリの胴体の繋ぎ目を長刀で切断しながらエースが怒鳴る。
「はいはい、うるさい小舅だなまったく……」
ゆっくりハンマーを肩から下ろすとそのまま片手でぐるんぐるん振り回しながら走り出すセイラ。
「赤いの見っけ!!」
アカアリに向かって一直線に向かっていく。
「死ぬなよ!」
その背中にエースが声をかけるが、もはやセイラには届いていなかった。
振り回した遠心力にダッシュの加速をつけたまま巨大ハンマーをアカアリの胴体に叩きつけるセイラがかろうじて見えた。
まだ命の心配は無用らしい。
「ライトニング……」
エースが静かに呟くと長刀トリスタンに雷属性が付与され、刀身が青白い光を纏いながらパチパチと火花を散らし始める。
* * * * *
「おりゃああああああああッ!」
叫びながらウォーハンマーを軽々と振り回し、まさに狂戦士らしく暴れまわるマルスを横目に見ながら、ハリーは一撃必殺でコアリを処理していた。
そろそろ第二陣も目途が立ってきたところだった。
「ヒャッハー! レベルアップしたぜ団長!」
マルスが嬉しそうにはしゃいでいる。
あそこまで無邪気に喜ぶマルスを見るのは初めてだったので、ハリーは目を細めて唇の端に笑みを浮かべつつも、「フン」と鼻息であしらう。
マルスもこの依頼が終わるまでにはSランク相当の実力になっているだろう。
それだけでもわざわざ迷宮まで遠征に来た甲斐があったというものだ。
「お疲れッス。もうそろそろッスかね」
あらかた駆逐し終えたマルスがハリーの横に並ぶ。
そろそろの意味するところが終わりなのか次なのかはハリーにはわからなかったが、特にリアクションもせず仁王立ちになって周囲を見回す。
中央の主力部隊周辺には残りのアリどもが集中攻撃でもしかけているのか、まだまだ戦火は収まっていない状況に見えた。
「あっちはまだやりあってて楽しそうだな」
マルスが羨ましそうに呟くと、一呼吸おいてハリーが答える。
「行ってもいいぞ」
「いやいや、冗談ッスよ冗談」
慌てて前言撤回するマルス。
「おいッ!」
突然緊張した声でハリーが鋭く叫ぶ。
本隊とのちょうど中間部分に新たな敵がポップしたのだ。
三つの頭と六本の腕……確かアシュラムとかいう上層の魔物だ。
そのアシュラムが数十体規模で広範囲に出現していた。
「あれが第三陣なのか……」
マルスも緊張した声音で低く呟く。
既に身体は前のめりの戦闘態勢に入っていた。
ハリーは迷っていた。
こういう場合の作戦は事前に聞かされていなかった。
もちろんいちいち指示が必要なわけではないが、本隊との中間という位置が問題だった。
下手に動くと本隊の行動を邪魔しかねないのだ。
「あれはヤバい。帝国の連中が孤立しちまってるぞ」
マルスの言葉とほぼ同時にハリーも状況を把握していた。
「行くぞ!」
「うッス」
二人は丘を駆け下りて援護に向かった。
* * * * *
アリの掃討作戦中、お互いの位置関係が曖昧になって担当エリアも交錯しはじめていたところへいきなり敵の増援がきたため、帝国軍チームは混乱していた。
「徴集ッ! 徴集~~ッ!」
エルモンド大佐の腹から搾りだすような大声と共に周囲が一瞬で明るくなる。
合図用の信号筒から発射された赤い光が地上5mほどのところに滞空していた。
作戦中の合図は信号筒を使って行われることになっていた。
今の光の色は赤、すなわち集合せよの合図だ。
ただし、全体への合図ではなくセクション単位(今回は右翼帝国軍チーム)のものであることは、光の高度と大きさにより区別できた。
周囲に現れた無数の(に見えた)見知らぬ魔物に、パニックになりかけていたムンバ少佐は大佐の声と信号の光で我に返った。
落ち着いて状況を整理しながら、エリンコヴィッチ准尉の姿を探す。
すると左手後方で、面妖な姿の新たな敵に囲まれながらも【連撃破】を放ち踊るように動き回っているのが見えた。
「准尉!!」
呼びかけるも、聞こえていないのか応戦で余裕がないのか、反応なし。
「少佐!」
再びエルモンド大佐の声。
今度は明確に自分に対するものだとわかった。
声の方を見ると大佐は既にノックホルト中佐と合流済みだった。
自分も命令に従いたいが、エリンコヴィッチ准尉を置いて行くわけにはいかなかった。
いや、そうじゃない。
「今、行きます!」
返事をする前から走り出すムンバ少佐。
先に合流しよう。
それから三人で准尉のところへ移動するのだ。
「すみません大佐。エリンコヴィッチ准尉がまだ……」
「わかっている。今から援護に向かうぞ」
「はいッ!」
事情は先刻承知のようだったので説明不要なのはありがたかった。
三人は狭い範囲に固まってお互いに死角を補完し合いながらコアリとアシュラムの入り混じった草原を移動していく。
「畜生! コイツらはオレと相性が悪いぜ」
ノックホルト中佐が悪態を吐きながらムンバ少佐に並ぶ。
中佐の【燃焼】スキルを使用すると土人形のアシュラムはより強度が増して固くなってしまうのだった。
これでは火魔法を得意とする冒険者なども同様に苦戦するに違いない。
「ムッ、まずいな」
エルモンド大佐がエリンコヴィッチ准尉のいる方向を見て呟く。
どうやら複数のアシュラムに同時に囲まれてしまっている様子。
「自分が行きます!」
ムンバ少佐が先行してダッシュ。
敵を倒すことよりも移動を最優先にした立ち回りで進む。
それでもムンバ少佐には【必殺剣】があるので、何回かに一度は即死攻撃を放つ。
土人形相手でも即死効果が発動するのを確認できてムンバ少佐も内心ほっとしていた。
「なんだありゃ。反則じゃねーか」
思わずノックホルト中佐が愚痴るのもこの状況下ではお察しします。
「ウッ!」
エルモンド大佐に思い切り背中を叩かれて息を詰まらせるノックホルト中佐。
「……失礼しました」
「行くぞ」
そんなやりとりの間も手足は忙しく動いており、アシュラムはまともに相手をせずコアリだけはしっかりと倒して進んでいく二人。
「准尉! 大丈夫か!」
走りながら声をかけるムンバ少佐だが、返事はない。
准尉に群がっていると思われるアシュラムはおそらく4体で、他にもコアリが5体ほどいるので全く姿は確認できなかった。
あれではエリンコヴィッチ准尉の【連撃破】も途中で遮られて効果を発揮できない。
准尉が苦戦するのも必然だった。
更に、周囲にいる魔物たちがどんどん集まっているのが見えた。
やはり自分がもっと早く合流すべきだった……と後悔しかけるがすぐにその考えを振り払って横から進路を塞いできたアシュラムに剣をぶつける。
ゴッ!
ムンバ少佐渾身のひと振りもほとんどダメージが通らない。
上層の魔物だけあって圧倒的な防御力と体力があるのだろうとムンバ少佐は推測する。
しかも六本の手にそれぞれ剣を持って振り回してくるのだから、今さっきまで戦っていたアリたちとはやはり一味も二味も違うのだった。
無様だな、と思いながら何度も剣を振るう。
【必殺剣】の発動待ちなのだが、下手な鉄砲数打ちゃ当たる作戦なので傍からは格上に軽くあしらわれてジタバタしているようにしか見えないだろう。
しかも、無敵の【必殺剣】も自分よりレベルが高い相手には発動率が下がるため、とにかく試行回数を増やすというのが最善手であり唯一手なのだった。
シャキーン!
キタッ!と内心ガッツボーズのムンバ少佐。
【必殺剣】の効果が発動した時に鳴るクリティカル音だ。
意外にも音量は控え目なので戦っていると最初は聞き逃してしまっていたのだが、一度この音を憶えてしまえば集中している限りは確実に聞き取れるようになっていた。
これがないと即死させた後もしばらく斬りつけ続けて、魔物が消滅して空振りする辺りになってようやく気が付くという失態を演じることになるのだった。
土人形らしくササーッと砂のように崩れ去るアシュラム。
「准尉ッ! 無事かッ!?」
更に魔物が増えた様子の目標地点に近づきながら声をかける。
「◎$♪×△¥○&?#$……」
戦場の雑多な騒音の中でくぐもったような声が確かに聞こえた気がした。
「准尉、頑張れ! 今助けるッ!」
声をかけながらコアリとアシュラムの密集地帯に突っ込んでいくムンバ少佐。
「どけッ! 邪魔だッ!!」
突然斜め前方から何かが進路に割り込んできたかと思ったらそのまま魔物の中に飛び込んでいった。
一瞬、ノックホルト中佐が何かのスキルで追い越してきたのかと思ったが声が違う。
足を止めたムンバ少佐の前を、ワンテンポ遅れて別の巨体が横切っていった。
「あれは……」
今度はちゃんと視認できた。
間違いない。
今のは七騎士のリーダーだった。
バギン!
バゴーン!
(なんという……)
あのアシュラムが一撃で頭を粉砕されていくのを見て唖然とするしかないムンバ少佐。
遅ればせながらその姿は王国の若獅子マルスと認識できた。
そこへ追い討ちのように頭のない胴体を真っ二つにしているのがハリー。
既に戦闘不能のアシュラムに死体蹴りの如き追い討ち。
非情・無慈悲というよりも戦闘狂のような戦いぶりだった。
「王国の騎士が手を貸してくれるのか」
追いついたエルモンド大佐がムンバ少佐の隣で感慨深げに呟く。
「行くぞ少佐!」
怒ったような口調でノックホルト中佐がムンバ少佐の背中を押して一緒に走り出す。
だが既に魔物の密集地帯は消滅し、倒れた魔物たちが順次消滅していく段階に入っていた。
大男ハリーが人の姿をしたものを肩に担いでこちらへ歩いてきた。
「准尉ッ!」
ムンバ少佐が駆け寄ると、ハリーは軽々とそれを放り投げて寄越したのでムンバ少佐は両手で准尉の体を受け止めねばならなかった。
その重さに思わず膝をつく。
完全に脱力した人間の体は想像以上の重さがあるのだった。
准尉は全身血まみれでぐっしょり濡れており、ピクリともしない。
「まだ息はある」
受け取った時に直感的に感じた絶望感を打ち消したその一言がムンバ少佐には天使の声に聞こえた。
「本隊に連れてけばうちのキリトが治してくれるだろ」
マルスが続けてそっけなく言う。
「間に合えばだけどな」
笑ったように見えるその表情にムンバ少佐は一瞬反感を抱いたが、助けてもらった立場を弁えて歯を食いしばる。
「連れていきます」
気を失っているエリンコヴィッチ准尉を抱えて立ちあがり、エルモンド大佐に許可を求めるムンバ少佐。
「うむ、急げ少佐」
「はいッ」
返事より早く駆け出していたムンバ少佐は【身体強化】を発動して全力疾走モード。
「おおっ、本気だしたら結構早いな」
それを眺めてのんびりと茶化すマルス。
「貴殿らには感謝する。部下を救ってもらって助かった」
エルモンド大佐が頭を下げるとノックホルト中佐も従う。
「礼には及ばない」
「そうそう。オレたち端っこでヒマだったし」
全然ヒマなどではなかったがこういう時に軽口がポンポン出てくるのはロスティの影響なのかもしれなかった。
「でもあいつ、ひとりで大丈夫なのか」
少しは心配してくれているのか、ムンバ少佐の行った方向を見ながらマルス。
「おそらく。本隊の指揮官がもう気付いている頃だろう」
「ヤンか……」
エルモンド大佐の答えに反射的に声に出して名前を呟くハリー。
「千里眼でも持ってるのか、あのヤンってガキは」
悪態を吐くマルスを見て、未だにヤンを軽視する者がこの部隊にいるのかと憮然としたノックホルト中佐が何か言いかけると――。
「お前もまだまだだな」
ハリーがマルスをからかうように諭すのを聞いて、今度は逆の意味で耳を疑うノックホルト中佐。
七騎士の強面リーダーがそこまでヤンを買っているとは俄かに信じ難かったのだ。
あの肥大化した自尊心の塊のような王国の人間がこの短い期間であんな少年(少なくとも見た目は)のことを正確に評価して尚且つそれを完全に受け入れるのか、と。
「団長もヤキが回ったッスね」
「フン」
茶々を入れられても鼻息一つで終わらせるハリー。
(これであの強さなんだから畏れ入るよまったく……)
「まだ終わってないぞ中佐」
ノックホルト中佐がひとり自虐モードに入っているのを察したのかエルモンド大佐が現実に引き戻してくれた。
「ですね。弔い合戦と行きましょう!」
「おい、勝手に殺すな」
帝国側もジョークの応酬ができるぐらいには戦意が戻ったらしい。
気が付くと、七騎士二人の姿は既にどこにもなかった。
* * * * *
「戻りました」
ヤンの下にジュノ軍曹がやってきて報告する。
「お疲れ様。大丈夫だった?」
「はい。まだ意識は戻ってませんが、身体の方は大丈夫です」
「さすがペクちゃん。ありがとう」
「いえ、キリトさんが手伝ってくださったので。今はボッツ少将の後ろで休ませています」
「ムンバ少佐は?」
「配置に戻っていきました」
「そっか。ところでペクちゃん、アシュラムはどうだった?」
「はい。さすがに硬いですね。あと顔の変更がキモいです」
「あはははは、そっかキモいか。そりゃいいや。」
ヤンは事前に全員に対してアシュラムは行動変化で面倒になるからできるだけ一撃で倒すよう、それが無理でも一体集中で極力短時間で決着させるように指示していた。
今のところそれはかなり徹底されていたようだったが、ジュノ軍曹に対しては一度観察して実際に行動変化を確認するように伝えていたのだった。
「で、水と雷どっちがいい感じ?」
「どっちも効果はありましたけど、私は水の方がラクです」
「雷は?」
「魔法のダメージは通るけど、打撃の補助にはならないかな。あっ、すみません、つい……」
「ええ~、そっちの方がいいのになぁ」
うっかり普段のタメ口に戻ってしまって謝罪するジュノ軍曹だが、ヤンは気にせず笑っている。
「ねえねえ、イチャイチャしてるところ悪いんだけどもうそろそろいいんじゃない?」
ジュノ軍曹の後ろからロスティがやって来た。
彼はしばらく前から削り役に嫌気がさしてきていて、いい加減デカい範囲魔法で一気に殲滅したくて堪らないのだった。
「まだだよ。第四陣が来るまで待って」
「ホントに来るの? 今ので終わりだったら責任取ってよね」
「くるくる、絶対くるから。あ、でももしかしたら第五陣もあるかも」
ヤンがややおどけた感じで煽るようにロスティをからかう。
「え、なら魔力残しとかなきゃダメじゃん。魔力回復役嫌いなんだよボク」
さすがにまともに相手にしないくらいには大人のロスティ。
いや、単に本当に魔力回復役が嫌いなだけなのかもしれない。
杖に貯め込んだ魔力も既に相当量使ってしまったのだろうか。
「大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのかと思いつつもそれ以上突っ込むのをやめたロスティはぶつぶつ何か呟きながらも配置に戻っていった。
「ヤンくん、すごいね」
「え、なにが?」
「だってあの人、ずーっと物凄い魔力を発散してたよ。よく怖くないね」
またタメ口に戻ってしまっていたが本人は無自覚、ヤンは嬉しいのでスルー。
「ペクちゃん、本当に怖い人は外からはわからないんだよ」
「ふーん、ヤンくんみたいに?」
「えっ!?」
急に真顔で接近されてドギマギするヤンを見て、してやったりの表情を浮かべるジュノ軍曹。
イチャイチャタイムはもう少し続きそうである。
* * * * *
「ナラク、合図だ」
レオナルドはフィールド中央に高く上がった大きな光を確認して振り返る。
「あら残念。そろそろお祭りもフィナーレね」
「まだ最初の階層だぞ」
「そうだけど、これだけ好き勝手に暴れられるのなんて久々じゃない」
まだ舌なめずりしそうな顔で剣先をレオナルドのすぐ前でひらひら揺らすナラク。
「相変わらずのスタミナお化けぶりだな」
「ちょっとレオ、ヘンな言い方はやめて。それを言うならスタミナマッチョよ!」
いやそっちもどうかと思うぞ、とはわざわざ言わないレオナルド。
「行きがけの駄賃にもうちょっと暴れましょ」
「おい!」
言いながら走り出したナラクに声をかけるも、諦めてレオナルドも後を追う。
青の信号弾は殲滅作戦に移行する合図で、残った魔物をできるだけ中央側に追い立てつつ、決して中央には近づきすぎないよう遠巻きに包囲して内側に魔物を集めるという作戦へ移行することを示していた。
これは階層の魔物殲滅作戦のうちでも最終フェイズが迫っていることを指す。
もちろん最終フェイズはボス戦である。
今の状況では第三十一階層の代理主が相手になるはずだった。
諜報部の資料によればオオムカデという魔物らしい。
「ちょっとレオ、ぼーっとしないでよ!」
ナラクから叱咤された。
「お前が張り切りすぎなんだ」
ボソリと呟きながら、ナラクの剣がトドメを刺し損ねたアカアリやアシュラムを斬り捨てる。
レオナルドの愛剣は氷剣アディヨーグという魔剣なのだが、通常は切れ味を増す氷属性がアシュラム相手には効果がなく、切れ味ではなく物理的な打撃で破壊するような形になってしまうのが美しくないとレオナルドは不満だった。
コアリやアカアリは造作もなく切断できるのにアシュラムで技の流れ、動きのスムーズさが阻害されてテンポが微妙に崩れるのが腹立たしかった。
傍から見ればほとんどわからないような違いだが、レオナルドの剣技のこだわりはまさにその流れるような美しさにあったので、そこは譲れないのだった。
「レオ、心の乱れが剣に現れてるわよ」
「うるさい」
ドンピシャリで指摘され、さすがのレオナルドも感情的になる。
「ちょっと、もういいわよ。それ以上行くと巻き添え食らうわよ」
「クッ……」
完全に追い討ち。
ぐうの音も出ず、黙り込むしかないレオナルドは足を止めて状況を確認。
「そこッ!」
包囲網から抜け出ようとしたアカアリに向けて、ナラクがエペリエームを伸ばして押し返す。
レイピア型の伸縮剣の最大射程は10mほどとも言われていた。
「おとなしくしてなさい」
ナラクがフフ~ンと鼻歌まじりに言い捨てる。
あとは包囲網外周から監視しながら、広域魔法を待つだけだった。
* * * * *
「ホラ、見て見て見て~ッ! ボクの魔法すごいでしょ」
ロスティは土魔法と火魔法を組み合わせた【メテオ】を上空に展開していた。
岩の塊を空中に集めて圧縮し、それを800度を超える高熱で包んでいく。
直径が50mを超えそうな真っ赤な太陽がそこにあった。
ボッツ少将は畏怖の念とここまで伝わってくる熱に思わず盾を前に置いて身構えてしまう。
エリンコヴィッチ准尉はようやく気が付いたものの、まだ自由に動けるまでには至っておらず不本意そうな表情でボッツ少将の後ろに中腰で待機していた。
「すごいですッ!」
本気で感心している様子のジュノ軍曹が太陽を見つめて立ち尽くす。
「でしょでしょでしょ~~ッ。でもまだまだこんなもんじゃないよ!」
言い終わるなりロスティの周囲の魔力が一気に膨れ上がる。
「きゃっ!」
ジュノ軍曹が驚いてロスティから飛び退くように距離を取る。
ヤンがその肩を優しく受け止める。
「大丈夫だよ」
それを見てちょっと顔をしかめたロスティだが、集中力を切らさないよう全神経を制御しているため、さすがに余計な軽口は出てこなかった。
「ああッ!!!」
ジュノ軍曹が叫ぶ。
さきほどまで燃え盛っていた太陽が、いつの間にか三つに増えていたのだ。
魔物を集めた一帯の上空にちょうど三角形になるように配置されていた。
「むぅっ……」
低い唸り声を上げたのはボッツ少将。
エリンコヴィッチ准尉はあんぐりと口を開けて目を大きく見開いたままフリーズ。
仲間のロックまでもがやや緊張した面持ちなのは、ここまでの魔法を展開することが滅多にないことの証明だった。
キキはというと、嬉々とした表情で三つの太陽を眺めていたが、ふとヤンと目が会うとニヤリと笑ってみせた。
それは「お前もアレくらいできるんだろ」とでも言ってるようだった。
「タイミングは任せるよ」
ヤンがロスティに声をかけると、ロスティも小さく頷く。
もはやこの階層全体が熱気でぐつぐつ煮えたぎりそうだった。
「はあああぁぁぁぁぁッ!!!」
真上に広げて掲げた両の手を一気に振り下ろすロスティ。
ドォォォォォンと轟音が鳴り響くと続いてズガガガガガガ……と連続して地鳴りのような地響きと爆発音の連続が聞こえてきた。
目の前は土煙と炎で何も見えない。
「けほけほっ……あれ、ヤンくん?」
すぐ隣にいたはずのヤンの気配がなくなったことに気付いたジュノ軍曹。
だが、ジュノ軍曹の声は誰にも届いていなかった。
* * * * *
「ゴホッゴホッ……ったく冗談じゃねぇぞ。もう少し上品にやれってんだ」
ダミアンが咳き込みながら恨み節を吐く。
「ダミアン」
すぐ後ろでヤンの声がしてビクッと驚くダミアン。
「師匠、いつからそこに?」
「いまきたとこ」
「仕事か?」
「うん、まだちょっと残ってるから」
「ヤン、来たのか」
リンがヤンの気配に気付いたのか、走って近づいてきた。
「リンさんもお願い。向こうの方」
指差して魔物が残っているという方角を示すヤン。
「わかった」
すぐに察して言われた方向へ駆けるリン。
「ダミアンは向こう。ちょっと遠いけど」
「了解」
「あ、アレ使っていいよ」
「マジか! よっしゃあッ! ハイパーダミアンッ!!」
秒で【身体強化】を発動すると弾丸より早く消え去るダミアン。
「ヤン君、来てたのか」
遅れてレツが駆け付ける。
「あ、レツさんはボクと一緒に来て」
「え? あっ……」
返事を聞く間もなく、レツを小脇に抱えてダッシュのヤン。
さきほどのダミアンより速かった。
抱えられたレツが心配になるほどに――。
* * * * *
土煙が落ち着いた頃、主力部隊のところへ三々五々集まってくるメンバーたち。
ロスティはさすがに肩で息をしていたが、表面上は至って平静を保っていた。
額に汗の粒が浮いているのを除けば。
いや、実際には背中も汗でぐっしょり濡れていた。
「ヤン君はどうしたんだ?」
ムンバ少佐がジュノ軍曹に尋ねるとジュノ軍曹も困惑した表情で答える。
「それがさっきからいないんです。他の人のところに行ってるのかも」
「ヤン君なら残った魔物を倒して回ってますよ」
後方から駆け足できたレツがヤンからの伝言を伝える。
「ボスが出たら倒すように、とのことです」
「はぁ?」
ロスティが信じられないといった顔で叫ぶ。
「我々だけで対処しろと?」
ボッツ少将がレツに聞くとレツはゆっくりと頷く。
「きっと何か考えがあるのよ、ヤンくんのことだから」
ジュノ軍曹がこの面々の中でも気後れせずに意見したのはある意味立派だった。
「あら、ヤンちゃんは?」
「ヤンはどこだ?」
左翼から戻った二人が同時に尋ねると、先に集まっていたメンバーはまたかとうんざりしたような表情になる。
「ん?」
「あれ?」
今度はハリーとマルスが合流。
口にこそ出さないが言いたいことはみんなもうわかっていた。
「あっ!」
「来るぞ」
ロスティの声とロックの警告がほぼ同時に発せられる。
つい先刻、ロスティの【メテオ】が炸裂した場所に大きな影が出現したのだ。
「おいおいおい……マジか」
マルスのやや緊張した声。
「なんだあのデカさは」
ノックホルト中佐のはより切実な、悲痛に近い声。
「ヤンくん……」
ジュノ軍曹は不安げな顔で思わず周囲を何度も見回してしまう。
ヤン、ダミアン、リンの三人を除いた全員が集まる目の前に、高さ5mはあろうかという巨大なアシュラムが姿を現した――。





