053.中層突破(三)
「ようやく出番だな」
横目に動きを捉えていたゲイルがコアリと戦闘に入ったのを確認したアーロン・ペンデルトン(レベル36Aランクの二十五歳)は相棒のサーベルを手に取って自らもアリの群れに突入して行った。
セイン支部長アラン・ペンデルトンの養子アーロン・ペンデルトンは、『セインの息吹』のサブリーダーである。
息子の身を案じる父からは早く冒険者を引退してギルド職員になるよう再三言われていたが、当人はゲイルとの約束を叶えるまで冒険者を辞める気はサラサラなかった。
今回の依頼はその約束へ近づくために重要なステップだった。
なんとしても成功させたいし、そのためにも戦いの中で自分自身が強くならなければ、と意気込んでいたのだった。
既に遠く左手に僅かに視認できる距離で七騎士の二人がフライング気味に戦端を開いたのを確認していたため、毒吐きたくなる気持ちが抑えきれなかった。
せめてもの嫌がらせとばかりに初手で【竜巻波】を左方向に放ち、放出した波を中央側に引き寄せることで自分の左前方にいたコアリをごっそり中央側に寄せて七騎士の獲物を横取りしてみせる。
更にアーロンは自分の周囲に【竜巻渦】を展開すると、周囲の敵を引き寄せつつ片っ端から【真空斬】で斬り捨てていく。
【真空斬】は貫通型の射程延長スキルで短距離範囲攻撃であり集団戦に有効なスキルだが、尋常ならざる鍛錬と集中力が必要とされるため、習得するのは極めて困難とされているレアスキルだった。
アーロンの【竜巻渦】はレベル3でその効果範囲はアーロンを中心とする半径10mにまで達する。
範囲内に進入したコアリは渦の回転に抵抗するため行動の自由を奪われる。
そうして渦の回転に必死に逆らっても徐々に中心に引き寄せられていくのだった。
そんなほぼ無防備状態のところへ【真空斬】が飛んでくるのだから避けようがない。
切断されたコアリは一気に回転に巻き込まれながらそのまま上昇気流にのって打ち上げられ、上空で彼方に吹き飛ばされた挙句最終的には落下ダメージも加わる(まだ生きていればの話だが)という寸法だ。
尚、途中で死んだ場合(大抵はそうなる)には落ちてくる前に消滅してしまうため、時間差で魔石だけが落下してくるのだった。
しかもこの間、アーロン自身は常に渦の中心にいて完全無風状態なので何ら行動の制限なく動けるというチート技である。
この戦法の弱点は地中もしくは中心部真上からの攻撃と竜巻の渦を無力化するほどの強力な攻撃なのだが、アリ種にそんな芸当は望むべくもなかった。
酸攻撃も全て渦によって巻きあげられてしまうため、完全に成す術なし。
横取りした分を含めたコアリどもが面白いほど簡単に掃討されていく。
アーロン本人は久しぶりに使う大技にテンションアゲアゲ。
なにせこの技はある程度視界が開けている場所で尚且つ天井の高いフィールドでしか使えない上に、近くに人がいるとほぼ確実に巻き込んでしまうので普段は封印しているのだ。
気が付くと手が届く範囲に敵影は皆無になっていた。
立ち止まって状況を確認する。
左手で派手な爆発音を響かせているのは七騎士のスキルか魔法か。
ゲイルの位置はここからではわからないが、おそらくヤンと張り合って前に出て行ってるはずだ。
(ヤンか……)
念願叶ってようやくヤンと行動を共にしているが、戦場での姿を見てないので共闘感が薄いというかまだ実感が湧いてこなかった。
ゲイルのみならず、アーロンもまたヤンに注目してきたのだった。
第二十九階層を突破し、セインへの道を切り拓いたヤンの父親英雄エル。
その『エル道場』で五年弱に渡って知識や技術を仕込まれたのが『セインの息吹』のメンバーたちだった。
十歳以降の伸び盛りの時期に貴重な経験をさせてもらった恩を全員がずっと胸に大事に抱え、一生懸命ひたむきに研鑽を積んで来た。
師と仰いでいたエルの代わりにいつか階層突破を果たす。
その姿を息子のヤンに見てもらいたい。
だからその時にはヤンに案内人として同行してほしい。
それが『セインの息吹』の総意であり、目標だった。
だから今回の依頼は絶対に成功させる。
ヤンにみっともない所を見せるわけにはいかなかった。
* * * * *
ヤンが生まれる前は、学舎が終わると四人で真っ直ぐエルの家に向かい、すぐ隣の空き地(エルは庭と主張していた)でエルの組んだメニューでトレーニング。
運良くエルが居る時には体術や剣術の稽古をつけてくれたり、外の世界の話や迷宮の話を色々してくれたものだった。
エルは話上手ではなかったが、すべて実体験に基づくそれはリアルで生々しく、子供たちはどきどきわくわくしながら夢中になった。
それはまさに英雄自ら語る唯一無二の冒険譚だった。
また、ヤンの母アリアの温かいもてなしも子供たちの大いなる喜びだった。
アリアもよく色々な話をしてくれた。
迷宮生まれの子供たちにとって外の世界の話はただでさえ御伽話のようだったが、とりわけアリアの童話的な架空の物語は興味深かった。
他にもエルがあまり話してくれなかった失敗談なども、アリアの口から聞かせてもらえたのでみんなエルと同じくらいアリアのことが大好きだった。
二人ともヤンが生まれるまでは本当に親しい身内のように子供たちと接してくれていたし、アーロンが言い出した『エル道場』という呼称が定着し出すと、みんな門下生気分でますます入り浸るようになっていったのだった。
学舎を卒業してからも当たり前のように『エル道場』は続いた。
しかし、ヤンが生まれて間もなくアリアが病で亡くなってしまうと自然とみんなの足が遠のいてしまった。
リーダー役だったゲイルが冒険者となり底層で活動を始めたこともあるが、エルの家に行くとどうしても優しく温かかったアリアを思い出して悲しくなってしまうのと、エル自身がヤンと共に家を留守にする事が多くなったためだった。
まだ乳飲み子の息子を連れて連日出歩くなどまともな親のする事じゃないとエルを批判する声が聞かれ出したのもこの頃からだった。
エルにもヤンにも会えないまま、周囲の噂話に耳を塞ぎつつも自主的に冒険者目指して励んでいたある日、エルの家が取り壊されて更地になっていたとゲイルから聞いた。
あの時の喪失感、絶望感、そして罪悪感をアーロンは今でもはっきりと覚えている。
それらから逃れるように、打ち消すようにアーロンは鍛錬に打ち込み、やがて無事冒険者となった。
オグリムに下りたアーロンはもうエルにもヤンにもほとんど会う機会はなかったが、Cランクになって中層以上に行けるようになればエルを案内人に指名できるかもしれないと、それを励みにゲイルやエースと合流して一緒に頑張っていたのだった。
そして五年前のあの出来事が起きた。
『セインの息吹』を結成してまだ四年目で、当時まだCランクパーティになったばかりだったため、捜索活動には頑として参加させてもらえなかった。
* * * * *
「第二波が来るよ」
前線で暴れていたヤンが一旦戻って来ると、ボッツ少将は少しうんざりしたような表情で溜息をついた。
ヤンの後ろにいたジュノ軍曹がそれを見て苦笑い。
この時、キキも【気配察知】で魔物の第二陣登場を感知していたので、ヤンと目が合った時に一瞬だけ強い視線を送ってアイコンタクトを交わす。
キキ・エルセインは『セインの息吹』最年少メンバーの十八歳(レベル27のCランク)。
まだパーティに加入して三年目だが、兄貴分四人とは幼い頃から既知の間柄だった。
キキの両親はセインの宿屋の住み込み従業員で、清掃や厨房から接客まで毎日休みなく忙しく働き詰めであったため、キキは日中ずっと放ったらかし状態だった。
宿泊客に遊んでもらったりということもなくはなかったが、セインの冒険者は高レベルのガサツ者が多かったので両親は住み込みの部屋でじっとしているよう言い聞かせていた。
しかしキキは歩いて動き回れるようになると勝手にひとりで勝手に外に出ていき、夕食までには戻ってくるという生活パターンになっていった。
そしてキキの両親がそのことを知ったのはかなり後になってからであった。
キキが『エル道場』に出入りするようになったのは三歳を過ぎた頃のこと。
最初は年の離れたマスコット的な存在としてゲイルたちに可愛がってもらっていただけだったが、次第に彼らのトレーニングを見様見真似でやるようになり、勝手にレベルアップしてしまう事件が発生。
「あららった~」
キキがレベルアップの音を真似て歌うとゲイルたちがみな驚いて集まってきた。
「キキ、なんだそれ」
「どうしてそれを」
「まさかお前……」
という流れからステータスオープンを教えてもらってめでたくレベルアップが確認されたのだった。
通常、魔物と戦って得られるはずの経験値をまだ幼子のキキがどうやって獲得できたのかは未だに謎だが、エル道場のトレーニングがその小さな体に与えた負荷が魔物を倒したのに匹敵すると塔が認めたのだろうと後でエルが話してくれた(ホンマかいな)。
そんな調子でキキはみるみるレベルを上げ、ゲイルたちを驚愕させた。
「くそッ! オレももっと早くからトレーニングするんだった」
心の底から悔いているように吐き出したゲイルの顔をキキは今でも憶えていた。
こうしてキキは三歳から六歳までの四年弱をエル道場で鍛え、おそるべきことにレベル10にまで達してしまったのだった(もちろんトレーニングだけではなく実際に魔物を倒したりもした)。
ちなみにトレーニングだけでレベルアップできたのはエル道場ではキキ以外には誰一人いなかった。
ヤンが産まれ、エルが冒険者を辞めて案内人になり、十五歳になったゲイルが冒険者になってオグリムへ下りて行ってしまった後も、キキはアーロンたち三人と共に毎日エルの家に通った。
アリアと話したりお茶をしたり、基本は庭でひとりでトレーニングだ。
眠っているヤンの顔を見てほっぺを人差し指でつんつんしたり、泣いたら抱っこしてあやしたりおむつを変えてあげたり。
ヤンにお乳をあげるアリアを見ながら羨ましい気持ちと恥ずかしい気持ちでじわじわしたり。
そしてたまにはエルに会えて、稽古をつけてもらったりする。
そんな生活が続いた。
いや、続くと思っていた。
あの日までは……。
あの日のことは忘れたくても忘れられない。
アーロンたち三人はその日、ゲイルに会うためオグリムまで下りていたため不在。
キキだけがいつものようにエルの家に向かった。
そしてキキは半開きの扉を不審に思い、中に入って二人を見つけたのだ。
一瞬で血の気が引いた。
「大変だ」と慌てて飛び出したはいいが、どこに行けばいいのか誰に言えばいいのかわからなくて途中で泣きだしてしまったこと。
そこへたまたま通りかかったジーグが声をかけてくれて、大泣きしながら事情を説明(になっていなかったと思われるが)して一緒にエルの家まで戻ったこと。
ジーグがエルを起こすと、目を覚ました彼は状況を理解するなり泣き崩れた様子はスローモーションのように記憶にこびりついている。
ジーグがエルを怒りながら立たせてヤンの行方を尋ねると、エルが思い出したように立ち上がって隣の部屋に走って行って、するとすぐにヤンの泣き声が聞こえてきたこと。
追いかけていったジーグがヤンを抱いて戻ってきて、その後をガックリとうなだれたエルがついてきたこと。
その時になってようやくキキはエルが大怪我をしていることに気付いた。
左腕と左脚の部分が黒く濡れ、床には大量の血が零れていたのだ。
キキの顔面蒼白な様子を見たジーグが慌てて近くにあった布を引きちぎってエルの太腿と腕に巻いていたのを憶えている。
それから、キキはエルとヤンを見ているようにジーグに言われ、ジーグが一旦外に出てしばらくしてオスカーとかいう人と一緒に戻ってきた。
だいぶ後になってその人がこの迷宮のギルドマスターだと知った時は本当に驚いた。
そこから先はキキもだんだんと記憶がおぼろげになっていく。
何日後かにアリアの葬儀が行われ、セインの住民全員が参列したのではないかと思えるほどの人数が集まって、まだ墓碑もまばらなセイン墓地に埋葬したのだった。
その間ずっと泣き続けていたヤンを時々あやしたのはなぜかよく憶えていた。
(この赤ん坊にはもう母ちゃんがいないんだ……)
そう考えるとキキは途端に足下がぐらぐらするような、同時に背筋が寒くなるような不安と恐怖に取り付かれてしまうのだった。
自分のことでもないのに、ヤンがかわいそう、ではなく「怖い」がキキの一番強い気持ちだったのだ。
葬儀からまた何日かした頃、やっとゲイルたち四人がセインまで上がってきてアリアの墓参りをした。
四人とも墓碑の前に跪いて号泣、暫く起き上がれなかった。
その頃にはもうエルは仕事に復帰していたため、おくすり堂に預けられたヤンの顔だけ見てゲイルはまたすぐ塔を下っていき、アーロンたちからは詳しい話を訊かれたのだが、キキは「ボクもよくわからない」を繰り返すしかなかった。
あの日、ジーグとオスカーに
・「今日あったことは決して誰にも話さないこと」
・「君が今日ここへ来た時にはもう私たちがいてすぐに家に帰るよう言われたことにする」
という二つを一生の約束として固く誓わされたからだ。
やがてエルの家が取り壊されると、アーロンたち道場の兄貴分たちに会う頻度もみるみる減っていき、ひと月もしないうちにエル道場は完全に失われてしまった。
しかしキキはその後も相変わらず同じ場所でトレーニングを続けた。
そして学舎帰りのトレーニングの後には、ヤンの様子を見るためにおくすり堂に立ち寄るのが日課となった。
月に一回か二ヶ月に一回ぐらいにはエルにも会うことがあった。
その時はここぞとばかりに、自分の成長を自慢しながら直接稽古をつけてもらい、案内人についてエルの話を聞かせてもらった。
それがキキにとって何よりのご褒美、至福の時間だった。
でも時々ふとまたあの恐怖に囚われることがあった。
どうしてアリアは死んでしまったのか。
どうしてエルはあんな大怪我をしたのか。
どうしてあのことは秘密にしなければならないのか。
それを考えるだけで恐怖が底なしに広がっていくのだった――。
ヤンが言葉をしゃべり始め、立って歩けるようになると、おくすり堂に行くのがますます楽しみになっていった。
おくすり堂にはヤンと同い年のラナもいたし、やがて弟のエリックまで産まれた。
三人の兄妹が出来たような気がして毎日が楽しく、兄としてその成長が誇らしかった。
エル道場消滅後も、キキはこのおくすり堂でほぼ六年間という長い間ヤンたちのお兄ちゃんとして過ごし、自身はエルのように戦える案内人になることを目標に定めたのだった。
エルはなにとヤンを連れ出して迷宮に潜ることが多くなり、時には仕事の日もヤンを連れていくことも度重なっていった。
ヤンに会う機会が減っていくのは残念だったが、その二人の帰りを待つ時間というのもキキは不思議と嫌いではなかった。
十二歳になったキキはすぐにギルドへ行き、見習い案内人になった。
最初の研修ではエルが自らキキの指導役をかってでてくれた。
そして通常二年間かかる研修をキキはたったの一年で終了し(特例措置)、十三歳で正式に案内人となった。
これはヤンに更新されるまでギルド最短記録だった。
しかし、同じ年にエルが行方不明となると、キキはせっかく昇格したばかりの案内人をスッパリと辞め暫く消息を絶つ。
実際にはひとり迷宮に籠ってレベリングに励んでいた。
十五歳になると同時に冒険者に登録(家名を持たない者が冒険者登録時に任意に申請できる家名はエルの名前をもらってエルセインにした)すると、僅か一年余でDランクまで駆け上がり、セインの神童(初代)と称えられながら、ゲイルたち『セインの息吹』へ合流することになる。
低ランクのキキの加入でパーティのランクは一時的にCに下がったが、ゲイルはじめメンバーの誰もそんな事を気にする様子もなく、むしろ全員でキキのレベリングに協力してくれたことで半年ちょっとでキキはCランクになり、パーティもBランクに復帰した。
キキの目標はまず上層に行くこと。
そしてエル失踪の手掛かりを自分で探す(可能ならパーティみんなで探す)こと。
将来的にはヤンの力になってやること(ヤンの意思を尊重する)、だった。
その最初の目標(実際にはまだ中層だが)と三つ目の目標の第一歩が今この瞬間同時に実現している。
(やっと……やっとここまで来たんだ)
万感胸に迫る想いで注いだ視線だったのに、ヤンの返しが思いのほかそっけなかったのがちょっとご不満のキキだったが、それもまたヤンらしいとも言えた。
小柄で細身のキキはお世辞にも体格に恵まれたとは言えない。
パワー面ではどうしても見劣りしてしまう。
だから人より努力した。
だから遠距離攻撃主体の戦い方をメインに鍛えた。
弓と魔法だ。
もちろんエル道場で培った身体能力はそのまま伸ばしながら。
エルと同じ格闘家を目指す選択肢もあったが、やはり体格あってのジョブだと思った。
また、射撃系のスナイプスキルとは相性的に競合するということだったので諦めた。
だからこそ、今の自分にできることは全部やる。
最大限まで研ぎ澄まし、極める。
その上で自分独自のものを習得する。
そこまで考えて日々鍛錬していたキキは、魔導弓が扱えるようになったことでより幅広い戦い方を身に付けていった。
「お前、マジックボウは何年目だ?」
初めて七騎士のロックに声をかけられた時はさすがに緊張した。
「まだ一年ちょっとです」
「なんだと!? それでそこまでやるのか」
魔弓将ともウインドマスターとも呼ばれる外の世界の英雄の驚いた表情を見て、ひと泡吹かせたような爽快な気分になるキキだった。
ただ、すぐ隣で見ていたキキには自分との圧倒的な力量差も身に染みていた。
同時に少しでも盗めるものは盗もうとその所作や弓の扱い、魔力の扱い方をじっと観察していたのだった。
そしてそんな様子をロック側も感じていたからこそ、興味をもって声をかけたのだった。
「お前、王国にくる気はないか」
「……とても有難いお話ですが、自分にはここでやるべきことがあります」
「そうか」
キキの真剣な目を見たロックは小さく頷くとまた寡黙な男に戻るのだった。
そろそろ第二陣がポップし終えたようなので合図がくる頃だった。
「また同じ順番でやるよ」
ヤンの声が響く。
「まったく人使いが荒いなー。しかも削り役なんて一番つまんないし」
束の間納まっていたロスティの愚痴がまた始まった。
口は減らないが魔力も減る様子なく延々と範囲魔法を放ち続けるのがキキには信じられなかった。
(こんなすごい連中と一緒なんだ。絶対に負けられない)
負けん気の強さ、飽くなき向上心はキキの最も特徴的なパーソナリティだった。
実際、キキは今この戦いの最中も驚くべき速度で成長していた。
* * * * *
「なぁ局長。俺たちの出番はいつ来るんだ?」
ダミアンが呆れ気味にボヤく。
リン、レツ、ダミアンの保安局三人は後詰として本隊から離れた最後方にいた。
本来ならば中央、右、左と充分に間隔を空けて待機するべきで、もちろん最初はそうしていたのだが目の前で繰り広げられる果てしないアリの大量殺戮に呆れ果て、いや実際には退屈すぎて飽きてしまい自然と真ん中のリンのところへ集まってしまっていたのだった。
「知るか」
そんなのはヤンに聞けと言いたいリンだったが、ダミアンなら本当に聞きに行きかねない。
実を言うとリン自身も戦いたくてウズウズしていた。
「姉様、ダメですよ」
そんな心中を見透かしているかのようにレツが釘を刺す。
フンと鼻を鳴らすと剣の頭に左掌を置き、前方を見つめるリン。
その直後、リンの背中に緊張感が漲る。
「後ろに湧いてきたぞ」
ニタリと笑いながら長い髪をなびかせて振り向くリン。
すぐにダミアンも【気配察知】で状況を把握すると、レツに目配せする。
第二陣発生と同時刻のことだった。
「やっぱそうこなきゃな。面白くなってきやがった!」
「ダミアン、まだアレは使うなよ」
ヤンがいたらおそらく口にしたであろう警告をリンが代弁する。
「わかってるって。師匠から許しが出るまで使う気はねぇ」
言い終わるより先に駆け出すダミアン。
「おい待て! そっちは私の獲物だ。お前の相手は向こうだ」
リンもすぐ後を追いながら、左方向を指してダミアンに進路変更を促す。
振り向いたダミアンが「はいはい」と言いながら渋々と自分の持ち場の方へ向きを変える。
「二人とも浮かれすぎだ」
苦笑しつつ二人の背中を見送ると、レツも自身の担当領域へ走り始めた。
幸いにも、二人よりもアリの数は少なそうだった。
かくして戦線は360度全方位に拡大していった――。





