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051.中層突破(一)

 ラナとエリナは朝五時に起きてヤンのために朝食とお弁当を用意していた。


 六時半過ぎにヤンが朝稽古から戻ってくると、早いだの眠いだのとボヤきまくるラノックを叩き起こしてみんなで食卓を囲んだ。


 ヤンの出発が七時半だというので、今朝はいつもより若干巻きで進行していたのだった。


「帰りはいつ頃になりそうなんだ、ヤン」


 ラノックが口の中に食べ物が入ったままもごもごと尋ねる。


「うーん、まだわかんない。ちょっとかかるかも」


「ヤンのちょっとは普通に一カ月以上だったりするもんね」


 笑顔で当てつけるラナ。

 もうすっかり慣れたものではあったが、今回はいつもより緊張感がある感じで心配だったのでつい口に出てしまった。


「ラナ。ヤンはあたしたちのために波を鎮めに行ってくれるんだよ」


「それは分かってるけど……」


「お姉ちゃんはヤン兄ちゃんのことが心配なんだよね」


「余計なこと言わないでよエリック」


「ヤン兄ちゃん、大丈夫だよね? 大波なんかに負けないよね」


 エリックが不安と期待の入り混じった目でじっとヤンを見つめる。


「大丈夫だってエリック。今回のことが終わったらたぶんまた迷宮中にヤンの武勇伝が広まるぞ」


「ホント!?」


 エリックが目をキラキラさせながら食いつく。


「おうともよ。今度はどんな二つ名が付くのか楽しみだなぁ」


「それはイヤだなぁ。勘弁してよおじさん」


 ヤンがガチで嫌そうな顔をする。


「アンタ! 出かける前のヤンに余計なこと言うんじゃないよまったく」


「お父さん、最低……」


「ちょ……おい! なんでオレが全部悪いみたいになってんだ。元はと言えばラナが――」


「アンタ!!」


 エリナの一喝にびくっと首をすくめてラノックが言葉を詰まらせる。


「ごちそうさま!」


 あっという間に朝食を平らげたヤンが手を合わせる。

 そもまま立ち上がって食器を台所へ下げると、食卓の横に戻ってきた。


「それじゃ、行ってきます」


 いつの間にかもう荷物を背負っていてすぐに出発する気マンマンのヤン。


 一瞬の沈黙の後、まずラノックが口を開く。


「おう、気をつけてな」


「ヤン兄ちゃん、頑張ってね」


「あ、ヤン! お弁当!」


 ラナが台所に駆けて行くと包みを持って戻って来た。


「はいコレ。とりあえず三食分だけだけど」


 とても三食分とは思えない量の包みの大きさだったが、ヤンの拡張バッグ(そこなし)のことはラナたちも知っているので、そこそこな荷物でも遠慮なく持たせてやれるのだった。


「ありがとうラナ。食べるの、楽しみだなぁ」


「ヤンの好きなモノ、いっぱい入れてあるから」


「わぁ、ありがとう!」


「ヤン。これも持って行きな」


 エリナが奥から何か持ち出してきてヤンが抱えている包みの上に乗せた。


「これは?」


「うちの試作品。ちゃんと効果があるかどうか実際に確かめてきておくれ」


 エンダに来てからというもの、店の仕事がないエリナはひたすら商品の改良と新規開発に挑戦していたのだが、幾つか出来上がったものをヤンに持たせることにしたらしい。


「ええっ、いいの?」


「いいも悪いもこっちが頼んでるんだよ」


「それじゃ、ありがたく使わせてもらいます。ありがとう、エリナおばんさん」


「頑張りなよ」


 バシッと背中を力いっぱい叩くエリナ。


「うん!」


 全く意に介さない様子で元気に返事をするヤン。


「みんなも元気でね。行ってきまーす!」


「行ってらっしゃい」


 こんな時でも名残を惜しむとか後ろ髪を引かれるとかいうのが一切ないのがヤンらしいのだが、それでも少しくらいはしんみりするような時間をくれたっていいのにと思いつつ手を振るラナ。


 そんなラナの姿など一切目に入れず、もちろん気持ちにも忖度なく、まるでちょっと近所に出かけるような調子で玄関を飛び出して行くヤンだった。




* * * * *




 帝国軍人の朝は早い。

 そして今朝はいつにも増して早かった。


 上官たちが迷宮攻略のため少数精鋭で今朝出発することは既に昨夜のうちに兵たちの知るところとなっており、そんな日にのんびり寝てなどいられぬと全員四時起きで壮行の意を込めて鍛錬に励んでいたのだ。


 そんな兵たちを目の隅に捉えながら、攻略班の六人は集合場所である西の関所(ゲート)へ向かう。


 残留組のナンダス准将と参謀長は、出発する六人を宿舎の前で見送っていた。

 

 二人ともまんじりともしない一夜を明かしたが、それでもまだ気持ちの整理がつかない部分が残っており、見送る表情もぎこちないものだったことは否めない。

 それがまた申し訳ないという気持ちに拍車をかけるのだった。


「情けないとは思わんか、ハウエル」


 ナンダス准将が真っ直ぐ前を向いたまま傍らの参謀長に声をかける。


「言うな。言っても始まらん」


 苦渋に満ちた声色で答える参謀長。


「俺は帝都に戻ったら退役することにした」


「……閣下が許して下さるとは思えんな」


「なに、許してもらえるまで訴えるだけだ」


「嫌がらせにしては地味すぎるぞ。貴殿らしくない」


「そんなつもりはないが……そうか、嫌がらせになるのか。それは困るな」


「自分の去就を考えるのは帝都に戻ってからでも構わんだろう。今回の任務の結果もまだわからんのだ」


「お前は少しのんびりしすぎなのだ」


「参謀の職にある者が急いてどうする。じっくり推考を重ねるのが仕事なのだ。仕方あるまい」


「いくら考えたところで我々が戦力外とされた事実は変わらんではないか」


「そうだな。しかし軍に不要と言われた訳ではない」


「詭弁だな」


「いや、貴殿が考えすぎなのだナンダス。こんなことで判断を誤ってはならん」


「参謀長に考えすぎと言われるほどの頭脳は俺にはないよ」


「フン、出来の悪い者ほどドツボに嵌る。だから止めよと言っているのだ」


「やはりお前も俺の出来が悪いと思っているのではないか」


「おい止めろナンダス。いつの間にそんなに卑屈になったのだ。悔しいのは貴殿だけではないぞ。私にこんな役回りをさせてくれるな」


「……すまん。頭を冷やしてくる」


 力なく呟くとナンダス准将は宿舎へ戻って行った。


 その姿が見えなくなると参謀長は大きく溜息をついて再び六人が向かった方向を眺め、目を細めるのだった。




* * * * *




 西の関所(ゲート)に最後にやって来たのは七騎士(セブンナイツ)の七人だった。


「おはよー。これで全員そろったね」


 ヤンが声をかけると、七騎士(セブンナイツ)はそれぞれアイコンタクトで返す。


 関所(ゲート)の横のスペースでは正面にヤンと保安局の三人。

 向かい合う形で中央に帝国の六人。

 奥に『セインの息吹(セインズブリース)』の五人。

 そこへ七騎士(セブンナイツ)を追加して合計二十一名の参加者が集合していた。


 他にギルド側からアノスが立ち合い人として来ており、最初に参加者を紹介した後で改めて今回の任務について説明を始めた。


「今回、ギルドの手続き上は王国の七騎士(セブンナイツ)と帝国の人たち、それに『セインの息吹(セインズブリース)』の三つのパーティによる合同依頼という形になります。それに案内人(ガイド)のヤンと、そのサポートとして保安局から三名が同行します。それから先程の紹介でもお話したように回復士のジュノ軍曹にもサポート側に加わってもらいます。ジュノ軍曹、前へどうぞ」


 言われた通りに前に進んでヤンたちと並び、向い合せに立つジュノ軍曹。

 多少緊張はしているようだが、それでも臆することなく堂々としたものだった。


「この大波の中をセインまで行ってもらうのは大変困難なことであるのは重々承知していますが、どうか無事にやり遂げてくれることを祈っています。合同依頼の場合はギルド側に指揮権がありますので、今回はうちのヤンが全体のリーダーということになります。ヤンはまだ若い案内人(ガイド)で至らぬ点もあるかとは思いますが、その実力は確かです。どうか彼を信じてついて行ってやってください。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるアノス。

 ヤンと保安局三人、そしてジュノ軍曹も頭を下げる。


 全員姿勢を戻したところでアノスがヤンにバトンを渡す。


「それじゃ、ヤン。頼んだぞ」


「うん」


 頷いたヤンが一歩前に出て話し始める。

 合同依頼のリーダーという役割自体、初めてだったが気負いも臆した様子もなく普段通りのヤンのままだった。


「これから五日間でセインまで到着するのが今回の目的だけど、二十四階層までは各階層毎に魔物の全滅を必須条件にするよ。草原フィールドは比較的簡単だけど森フィールドは時間がかかると思う。手分けして効率よくやっていかないと時間ばかりかかってしまうから配置についてはボクから都度指示するから。あと道中は出来るだけレベルアップすることを意識しながら戦うこと。スキルも出来れば使うものを限定してそれを繰り返すように。集中と反復がこの迷宮で成長するための最重要ポイントだよ。あ、あとみんなこれ背負ってね。重さはそれぞれに合うよう調整済みだから。ピンチの時は下ろしてもいいけどステータス向上系のスキルがない人はこの先必須だから寝る時以外は常に背負ったままでいるのをオススメするよ」


 言いながら例の石入りザックを取り出して一人一人に配り出したヤン。


 『セインの息吹(セインズブリース)』のメンバーとヤンとはBランク時代の顔見知り程度の間柄だったが、先方はドリルヤンの噂は耳にタコが出来るほど聞いているので「これが例のザックの実物か」などと感慨深そうに受け取る者までいる始末。


 帝国の人たちはというと、ムンバ少佐とエリンコヴィッチ准尉は既にマイザックがあったのでそれ以外の三名に配布。

 すぐにムンバ少佐がこれがなんであるかを詳しく説明したので特に混乱はなかった。


 問題は七騎士(セブンナイツ)であった。


「なんだこれは」


 ヤンが差し伸べたザックにハリーは手を伸ばさず、不機嫌そうに尋ねる。


「中に重い石を入れたザックだよ。加重負荷で体を鍛えるんだ」


「この俺に今更こんなものが必要だと言うのか」


「まぁいいからものは試しにやってみてよ」


 笑顔で説得するヤン。

 それでもまだ手を伸ばさないハリー。


「言う通りにしろ。時間の無駄だ」


 隣にいたボッツ少将がいつもの良く響く低い声で窘める。


「なにッ!?」


 気色ばんだハリーが一歩詰め寄ろうとするのをヤンが体を張って止める。

 大男のハリーが子供のヤンに軽々と阻まれるのを見た帝国と『セイブラッド』の面々が「おお」と低く歓声を上げる。


「俺のをくれ」


 横からレオナルドが手を出す。


「あ、レオさんのはこっち」


 ヤンはハリーのザックを一旦左肘にかけて別なザックを取り出してレオナルドに手渡す。


「レオさん?」


 マルスがキッと睨み付けるがヤンはまるで気にする様子なし。

 レオナルド本人も特に違和感なく受け入れている――ように見えたが実際にはやや驚きつつも面白がっていたのだった。


「重いな」


「じゃないと効果がないからね」


「なるほど」


 納得した様子でザックを背負うレオナルド。


「ハリー。お前も早く背負え」


「……チッ。仕方がない」


 渋々と、本当に渋々といった様子でヤンに手を伸ばすハリー。

 その手にザックを受け取ると、一瞬意外そうな表情を見せるがすぐに真顔に戻ってレオナルド同様にザックを背負った。


 その後、マルス、ナラク、ロックの三人も大人しく受け取ったがやはりこの男は違った。


「えー、ボクもやるの? いらないよそんなの」


 七騎士(セブンナイツ)の他の面々は半ば予想していたのか、やれやれといった表情を見せつつヤンのお手並み拝見モード。


「ロスティナンドさんこそ必要だよ。この中で一番体力ないんだから」


「ハァ!? ボクこの中で一番魔力あるし。体力なんかなくても全然問題ないんですけど」


「いや体力は必要だろ」


 味方のマルスのツッコミ、入りましたー。


「ちょっと! どっちの味方なんだよ!」


「味方とか関係ない。お前が間違ってるだけだ」


 周囲から含み笑いが聞こえてくると、ますますヒートアップするロスティ。


「間違ってませんー。魔導士は魔力があれば体力いらないって知らないのは素人だからですー。今まで一緒にいてそんなこともわからないなんてありえないんですけどー」


 なんだその言い方w


「魔力がなくなったらどうするの?」


「は?」


 ヤンのツッコミに呆れてアホ顔になるロスティ。


「マギカプレ持ってるボクが魔力切れなんか起こすわけないじゃん」


 ロスティの持つ杖、マギカプレは所有者登録で専用化することで所有者の全魔力の三倍分をストック出来る、超優秀な魔力タンクとしての機能を有していた。


 魔力量が王国一のロスティがその三倍のストックを得ることで、これまで圧倒的な力を発揮してきたのだった。


「今まではそうだったかもしれないけどこれからもそうである保証はないよ」


「バカなの? 魔力回復薬(マナポーション)だって持ってるんだからありえないんだって」


「ない前提でいるよりある前提でいた方がいいと思うけど」


「間違った前提で行動するなんてバカげてるよ」


「いい加減にしろ、ロスティ」


 自分がさんざん渋ったことを棚に上げてハリーが諫める。


「えー、自分だってゴネまくったクセに」


 ですよね、そう言いたくもなるのはわからないではない。


 しかしハリーの目に怒気が満ちるに及び、渋々と諦めざるをえなくなったロスティはヤンに手を伸ばしてザックを受け取る。


「イタッ!!!」


 ドスンとザックを地面に落として左手を抱えるロスティ。


 まぁ誰か一人はやってしまう、いつものあるある風景なのだが――。


「なにこれ、重すぎるでしょ。おかしいって絶対。イッタぁ……」


 今度は含み笑いではなく明らかな笑いが周囲から起きる。

 恥ずかしさと痛みで真っ赤になるロスティ。


「ごめんごめん、ちょっと間違えちゃったかな。これでどう?」


 ヤンが機転を利かせて中の石を幾つか取り出して軽くした上でもう一度ロスティに手渡す。


「フンッ」


 左腕の痛みに耐えながらザックを背負うと、取り付く島もない様子でそっぽを向くロスティ。


 最後にキリトに手渡したところで無事ザック配布終了。


関所(ゲート)の手続きは終わってる。そのまま行って大丈夫だ」


 ヤンの横にアノスがやってきて耳打ち。


「ありがとう、アノスさん」


 小声で礼を言うヤン。


「じゃ、行ってきます」


 アノスに挨拶すると隊列の方を向いて号令をかける。


「出発するよ!」


 オウと声が上がってヤンを先頭にした一行は関所(ゲート)を通って第二十一階層へと入って行った。


 武装した大人たちがその上からザックを背負って並んでいる様子はやや滑稽ではあったが、まだ早い時間ということもありそれを目撃する人はほとんどいなかった。

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