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050.ヤンの計画(二)

「お疲れさん。で、うまくいったか」


 ギルドハウスに戻って来たヤンに、ロビーで待ち構えていたアノスが声をかけた。


「うん。王国の人たち、思ってたより話がわかる感じだったよ」


 ひと仕事終えてきた素振りもなく、いつものヤンそのもの。


 総合受付カウンターからヒルダが伺うような視線を投げかけてきているがそこは二人ともスルー。


「それなら次は俺の番だな」


「よろしくお願いします」


 珍しく身内に敬語で頭を下げるヤン。


「おいおい、こっちが緊張するからやめてくれ。ただでさえ気が重いんだ」


「あ、そういえばAランクパーティの人たちは大丈夫なの?」


 さらりと話を変えてくるヤン。


セインの息吹(セインズブリース)か。この後ランチを一緒にする予定だからそこで話す。まぁ大丈夫だろう」


「ボクも行った方がいいかな」


 目をキラキラさせるヤン。


「なんだ、タダメシ狙いか。俺の懐具合は心配してくれないのか」


「え、昨日の魔石。換金したんでしょ」


「これからするんだよ。昨日はもう遅かっただろうが」


「じゃあお金持ちだ。ごちそうさま」


「ダメだダメだ。お前には厳しく指導するようにラノックさんから言われてるからな。自腹なら連れて行く」


「ちぇっ。ボク今手持ちが少ないからパス。おじさんちに戻ろっかな」


 セインから疎開してきているラノック一家の借家が現在のヤンの仮住まいなのだった。


「それがいい。ラノックさんが退屈してるだろうからな。出発前にエリナさんやラナちゃんにもちゃんと説明しておいた方がいいぞ。どうせまた黙って出かけるつもりだったんだろう」


「え、そんなことないよ」


 と言いつつ悪戯を見つかった子供のようにテヘペロ顔をするヤン。


「いいからちゃんと話をしろよ」


「はーい。じゃボクもう行くね。頑張ってアノスさん」


 ヤンは手を振ったかと思うとあっという間に外に出て行ってしまった。


「頑張って、か……。よしッ!」


 パチンと両手で頬を叩いてバックヤードの方へ歩き出すアノス。


 まずはモルドー課長の篭絡からだ――。




* * * * *




 まだ開店して間もない『メイズ1059』は客もまばらで静かだった。


「なかなかいい店じゃない。あッ、あの店員さん。タイプだわ~」


 ナラクを先頭に七騎士(セブンナイツ)の面々が入ってきた時も、新参客に特に注目する者もなくするっと空いている席に落ち着いた。


 昼飯代わりに注文した酒とつまみがすぐにテーブルに出され、各々適当にやり出す。


「美味いな」


 肉にかぶりついていたロックが珍しく料理の味を褒めた。

 酒をやらない主義のロックは食い物にはうるさく、滅多に褒めることはなかったのだ。


「ねぇロック。これ、何の肉か知ってる?」


「ジャイアントボアの肩肉だ。」


 ロスティが試すようにロックに尋ねると、ロックは当然のように部位まで答えてみせた。


「絶妙な焼き加減ですよね」


 キリトもお気に召したらしい。


 尚、この世界ではミディアムウェルが最上級の焼き加減とされ、ミディアム以下は生焼け扱いされるのが一般的なのだった。

 但し食にうるさい貴族でもウェルダンやベリーウェルダンを好む者も少なくなく、通常はウェルからウェルダン辺りの焼き加減で提供するのが飲食店の常識となっていた。

 これは生食忌避の生活習慣から来ているものと思われるが何にしろもったいないことこの上ない。


 ちなみに『メイズ1059』では上質な肉はミディアムウェル、通常品質の肉はウェルで提供されていた。


「えー、ボクはもう少し火が通ってた方が好きだけどなぁ」


 ほら、ここにも一人貴族舌のおぼっちゃまがいらっしゃる。


「アタシはもっと生々しい、血の滴るような肉が好きッ。なんなら生でもいいわ。生最高!」


 お前は少し黙ってろ。


「うっわ、キモッ。お腹壊しそう……」


 ロスティが心底イヤそうに顔をしかめながらナラクをバイ菌を見るような目で見る。


「肉なんぞ、食えればそれでいい」


 既に三杯目の麦酒(ビア)を飲み干したハリーがつまらなそうに言いながら杯をテーブルにドンと置く。


「それよりレオ、お前の見立ては正しかったな」


「ああ、思った以上だった」


 レオナルドは特級ぶどう酒(銘柄不明)を特別仕様のミスリルグラスでゆっくり味わいながら満足気に答えた。


「あいつ、ヤバかったよな。なんで団長やレオさん相手にあんなに堂々としてられるんだよ」


 マルスも麦酒(ビア)が入ってテンションが一段上がっているようだ。


「そんなにすごかったかなぁ。ボクよりちょっと背が高いだけの子供に見えたけど」


「またまたロスティったら、昨日はちゃんと警戒してたくせに。実際に会ったら男前過ぎて嫉妬しちゃったんでしょ」


「はぁ? 全然違うし。何言ってんのこの人」


「明日になればわかる」


 相変わらず肉を片手にノールックでぼそりとロック。


「そうだ。明日だ。明日だぞ? ハハハハ!」


 ハリーは朝一番でデンデロークス支部長にやり込められた直後にそれをひっくり返してもらったのがよほど嬉しかったらしく、遠足前の子供のようにご機嫌モードだった。


「階層の魔物を全滅、か。ちょっと想像もつかないが、本当に可能なのか」


 今回初めてバルベル迷宮に入った七騎士(セブンナイツ)たちにとって、ひとつの階層全体の広さというのが認識できず、したがって魔物全滅についてもいまとつピンと来ていない部分があるのだった。


「今さらそんなこと言わないでよレオさん。やるしかないっしょ」


 レオナルドの一番弟子を自負するマルスが師匠を鼓舞してみせた。


「そうだな。ハリーじゃないが、俺も明日が楽しみだ」


 これまで終始不満そうで非協力的だったレオナルドがヤンに会った途端に普通に戻るどころか、普段でも見せないような態度になったのをマルスは複雑な思いで受け止めていたが、マルス自身も楽しみなのは同じ気持ちだった。


「オレじゃないってのはどういう意味だ。別にオレと同じでいいだろそこは」


「いや、それはちょっと」


「なんだと!」


 言葉こそ荒々しいが笑顔で言い合う二人のやりとりを五人の仲間は心地よく聞いていた。


「んーこれこれ。この空気感を待ってたんだよオレは!」


 言いながらぐいっと麦酒(ビア)を飲み干すマルス。


「おかわりッ!」


 大声で注文すると他に三人ほど便乗した。


「肉も追加してくれ」


「オレは注文係じゃないんだけど」


「…………」


「ちぇっ。おーい、この肉と同じヤツ追加で!」


「二皿だ」


「二つで!」


 ロックに使われるマルスを見てロスティがクスクス笑い出した。


 パシッ!


 思わずその頭を叩くマルス。


「イタッ! なにするんだよ!」


「自分の胸に聞いてみろ」


「なにそれ、バカじゃないの」


「バカって言うヤツがバカだって知らないのか」


「うわー、その返し自体がすごいバカ丸出しだね」


「二人ともその辺にしましょう。せっかく楽しいランチなんですから」


 キリトが仲裁に入るも、まだ視線と口パクでの攻防が止まらない。


「喧嘩なら外でやれ。店に迷惑だ」


 ハリーが急に真顔になったのでさすがにマルスとロスティもおふざけ中止。即中止。


「弱い、か……」


 せっかく収まったところへロックが爆弾投下。

 誰もが無意識に避けていたその言葉をとうとう発してしまった。

 途端に全員金縛りにあったように動きが止まる。


「ちょっとロックちゃん、今それを蒸し返すの?」


「あいつ、失礼にもほどがあるよな」


「ボクは弱くないから関係ないね」


「よくあの時抑えられたな、ハリー」


「ああ、自分でも不思議だ。感情とは別の何かが働いたとしか思えん」


「勘ね」


「勘だと?」


「そう。本能的に感じちゃったのよ。ヤンちゃんが自分より強い相手だって」


「バカな。そんなことはない」


「いやハリー。俺も感じたぞ。コイツは次元が違うってな」


「次元ってなんだ」


「次元は次元だ」


「わからん。ちゃんとわかるように説明しろ」


「要するに格上ってことだ」


「ありえん。このオレが格下だと言うのか」


「お前だけじゃない。俺も、他のみんなもだ」


「だーかーらー。ボクは違うってば!」


「魔法士だからか?」


「ボクは魔導士! 魔法士じゃないから」


「同じようなものだ」


「全然違うし! それならロックだってただの弓兵じゃん」


「別にそれで構わない」


「おいロスティ」


「えっ、なに?」


「お前、オレと戦って勝てるのか」


「えー、タイプが全然違うしそんなのわかんないよ」


「いやそこは誰でもわかるだろ。お前がチンタラ魔法発動させる前に団長がドカンと一発決めて終わりだ」


「そこはちゃんと障壁(バリア)展開するし」


「だからその前に終わるっつってんの」


「はぁ~。これだから筋肉バカはイヤなんだ。ボクが近接戦対策してないとでも思ってるの? 団長の攻撃が仮に当たったとしてもダメージなんてほとんないんだってば」


「そうなのか?」


 これにはハリーも思わず聞かずにはいられなかった。

 実際問題、ロスティが近接戦闘状態になること自体がほとんどなかったのでその辺は詳しくなかったのだ。


「なんならやってみる?」


「いや、そこまでは必要ない。お前の言葉を信用しよう」


「わかればいいんだよ、わかれば」


「それなら明日以降、ヤンとお前のどっちが強いかよく見ておこうじゃないか」


「レオさんに賛成。オレもよく見ておくからな」


「あら~、これは墓穴掘っちゃった感じ? せいぜい頑張ってねロスティ」


 とどめにロックがフンッと鼻で嗤って終了。


「勝手にすればいいよ、もう」


 本格的に店が混み始める前に七騎士(セブンナイツ)たちは上機嫌(若干一名を除く)で店を後にしたのだった。




* * * * *




「――以上だ。ではこれにて解散ッ!」


 ボッツ少将の言葉で二日に渡って続いた会議が終了した。

 通常は参謀長が仕切るところを、今回司令官が自ら締めたのは異例だった。


「では攻略班メンバーは明朝六時集合。それ以外は野営地周辺で訓練だ」

「サー、イエッサー!」


 エルモンド大佐が続けて指示を出して本当に解散となった。


 会議中、ほとんど口を開かなかったナンダス准将と参謀長がうな垂れるように部屋を出て行く。


 思わず声をかけようとするムンバ少佐の肩をエルモンド大佐が掴んで止める。


 奥の扉からボッツ少将が退室して行った。


「閣下もさぞお辛い決断だったでしょうな」


 エルモンド大佐が誰にともなく呟く。


「ですが底層の時と比較すると下層に入ってからのパフォーマンスが明らかに低下していたのは事実……」


 ノックホルト中佐があけすけに事実を言ってしまう。

 ここにいる幹部だけでなく、一般兵でも聡い者にはわかったであろうと思われる。


「ましてや、ウェルド殿やヤン殿のような者と一緒に行動して、尚且つ昨日の七騎士(セブンナイツ)を見てしまえばその差は歴然。おそらくご本人達が一番よくわかっておられるはず」


 エルモンド大佐は自らも本来であればそちら側であるという自覚があった。


「あんなのを見せられたんじゃ、自分だって自信を無くしますよ」


 ノックホルト中佐の口調には悔しさが滲み出ていた。


「王国は確かに凄かったですが、私はやはりヤン君が別格だと考えます。彼がいてくれれば中層でも充分やれる気がします」


 ムンバ少佐だけは気遅れすることもなく熱く前向きだった。


「それは少佐自身もやれるという意味なのか」


 ノックホルト中佐がやや皮肉めいた口調で尋ねると、意外にもムンバ少佐は大きく頷いた。


「はい、やれます。やります!」


 言ってしまった後に一瞬、刺突(スラスト)レベル5の光景が脳裏に浮かんだが、ムンバ少佐はその映像の主人公を自分に置き換える事によって悪夢を打ち払うことに成功したのだった。


「その意気だ少佐。頼りにしているぞ」


 エルモンド大佐が今度は先程とは別な意味で再びムンバ少佐の肩に手を置いた。


「それにしても少佐、あの人選はどうなんだ? 本当に大丈夫なのか」


 ノックホルト中佐は会議でムンバ少佐が推した人物について甚だ疑問があったのだが、ボッツ少将が即座に認めたので異論を唱えることが出来なかったのをここで改めて問うた。


「大丈夫です。あれはヤン君の推薦でもありますから。後は本人の意思次第です」


「なにッ? まだ本人は知らないのか」


「ええ、一応先に許可を頂いてからでなければと思ったのですが、間違ってましたか」


「いや、間違ってはいないが……」


 本人が乗り気でなければどうするつもりなのだ、と言うのを飲み込んだノックホルト中佐。

 先に許可が下りたと言えば、それはもうほぼ命令に等しい。

 となれば軍人である以上本人に拒否権はないのだ。


 これまでとは比較にならない危険地帯に、自分自身危険を覚悟して尚怖気づくような場所に、上官命令で放り込まれる幼気な兵士を思うとなんとも言えない気持ちになるノックホルト中佐だった。


「まぁ、うまく説明してやることだな少佐」


 エルモンド大佐がまとめたところで、ムンバ少佐がはっと何かに気付いた様子になった。


「大佐、腹が減りました」


「なに?」


 エルモンド大佐の顔が見たこともないような表情になる。

 会議の参加者は朝食を軽くとっただけでそれ以降何も食べていなかったのだ。


「俺もだ」


 ノックホルト中佐も乗っかったその時、大佐の腹がぐぅと鳴った。


 三人同時に噴き出して大笑いしたまま部屋を出ると、野営地に向けて歩き出した。




* * * * *




 自室に戻ったボッツ少将は灯りもつけずにそのままベッドに腰かけると、両膝に肘をのせ組んだ両手を額に押し付けた。


 自分の決断が間違っていたとは微塵も思っていなかったが、心情的には完全に有罪。

 献身的に仕えてくれた二人に対し、ある意味戦力外通告をしたのだから当然と言えば当然だった。


 七騎士(セブンナイツ)のあの男の強さは圧倒的だった。

 

 もしあの男が苦戦するような状況になった場合、自分はその場で立っていられるだろうか。

 ナンダス准将や参謀長、エルモンド大佐やノックホルト中佐、ムンバ少佐は?

 他の兵士たちならどうだ。


 分からない。

 分からないが限りなくそれはノーに近い。


 これがもし戦場ならば話は違う。

 あの二人は自分の傍らに置き、存分にその腕を奮ってもらえるはずだ。

 用兵に置いて彼らは最も優秀で信頼できる片腕なのだ。


 しかし、今ここで行われているのはそうではなかった。

 一定のチームワークが求められる点では完全な個人戦とは言えないのかもしれないが、圧倒的な個がそれすら吹き飛ばしてしまうのを見てしまった。


 そしてムンバ少佐の第三小隊だ。

 短い期間で急成長を遂げた対応力。

 若さ――なのか。


 若いと言えば、あの案内人(ガイド)のヤンという子供は僅か十二歳だと言う。

 不思議な子供だ。

 あどけなさの裏に底知れぬ気配を感じさせる。

 あの男が見せた強大な力以上の何かを期待してしまうような気配が……。


 それがなんなのか、ヤンと一緒に行けばわかるような気がする。

 

 そうすれば、自分自身の新たな道も示されるだろう。

 ギリギリの状況から掴み取る何かが。


 だから何があっても、食らいついてでも、先へ進むべきなのだ。

 あの二人にはそのための個の力が足りない。


 何度自分に問うても答えは同じだった。


「すまない……」


 くぐもった掠れ声が仄暗い闇に吸収される。

 ボッツ少将は深夜遅くまでそのままの姿勢を崩さなかった。




* * * * *




「ペクちゃん」


 エンダの帝国軍野営地の外れで夜稽古中だったジュノ軍曹に、背後から声がかかった。


「あら、ヤンく……教官。どうしたのこんな時間に」


 振り向くとそこには思っていたような笑顔ではなく、真剣な表情のヤンがいた。


「もう教官はやめてよ」


 バツが悪そうに照れるヤン。

 表情が崩れて笑顔の片鱗が見られただけでジュノ軍曹は安心した。


「うふふ、そうね。なんだか久しぶりだったから」


 実際、エンダに来てから二人がこうして会うのは初めてだった。


「そうだね。その後調子はどう」


 まだ表情が硬いヤン。


「ここに来てからは残念ながらまだ何の成果も出せていないの。やっぱりダンジョンに行かないとダメみたい」


「そんなことはないと思うけど……。石は?」


「あッ、そうだった。ごめんなさい私、なんだかぼんやりしてたみたい」


 慌ててザックを取りに行こうとするジュノ軍曹をヤンはいいよいいよと止める。


「帝国の偉い人たちは毎日迷宮に行ってるのに他の人たちはエンダで訓練じゃ、つまらないでしょ」


 ヤンのあけすけな言葉に迂闊に答えたら軍紀違反にも問われかねないため、返答に詰まるジュノ軍曹。


「偉い人たちの会議の中身について何か聞いてる?」


 ヤンもそれ以上追及せず話題を変えてきた。

 おい、それもまともに答えたら軍紀違反になるぞ。

 まさかジュノ軍曹を軍から追放させて迷宮に残らせる作戦なのか(笑)。


 昨日、下層から戻ったムンバ少佐たちがそのまま夜遅くまで何やら話し合いをして今日もまた朝からずっと続けていたのは、兵士たちの間でも噂になっていたのでジュノ軍曹も知っていたが、具体的な内容についてはサッパリだった。


「ううん。なんだかすごく深刻そうな感じだったから少佐やマッコル軍曹にも聞けなくて」


「そうなんだ」


 ヤンにしては珍しく話がまどろっこしい。

 ここにきて迷いや躊躇いのようなものが口調にも表れていた。


 何か言いたそうにしているのはジュノ軍曹にもわかっていたが、二人での会話が久しぶりでまだ少しお互いに手探りの部分があったせいか、今一歩踏み込めないのだった。


「あのさ、ボクと一緒にセインまで行かない?」


 しかし唐突に本題に斬り込んできたヤン。

 さすがにそれはちょっとどうだろうか。

 説明不足にもほどがある。


「えっ……どういうこと?」


 ですよねわかります。

 普通はそういうリアクションになるものです。


「たぶん、ボッツ少将とかムンバ少佐も一緒になると思う。王国の人たちも。みんなで魔物を倒しながらセインまで行くんだ」


 まるで遠足に行くかのような調子で説明するヤン。


 いきなりこんな話を外部の人間から聞かされたジュノ軍曹はたまったものではない。


「えっと……どういうこと? 私も行けるの? 行っていいの?」


 絶賛大混乱中のジュノ軍曹。


「ごめん。突然こんな話をして。でも今のペクちゃんの正直な気持ちだけ聞かせて。行きたい?行きたくない?」


 またそんな女の子を追い込むような聞き方をしてこの小僧は……。

 いやまだ十二歳じゃしょうがないのか。


 もっと詳しい話を聞きたいのは山々だったが、わざわざヤンがこうして直接訪ねて来てくれたこととが嬉しかったジュノ軍曹はそれでも暫くじっと考え込んだ後、ヤンの目をしっかり見つめて答えた。


「行きます」


「わかった。ありがとうペクちゃん」


 ヤンがここでようやく破顔して満面の笑みを見せた。


「あの、それで結局どういう……」


「じゃあまた明日ね。おやすみペクちゃん」


 ジュノ軍曹の質問を途中で遮って既に駆け出していたヤン。

 用が済んだらさっさと次のことで頭が一杯になる、仕事は出来るがダメな男の典型じゃないか。


「もう、ヤン君ったら……」


 さすがのジュノ軍曹も半ば呆れつつ半ばおこモード。


 (でも明日? 明日って言ったわよね……???)


 ヤンの姿が見えなくなると、明日というワードへの疑問で頭が一杯に。


 すると間もなく、ヤンの消えた方向からムンバ少佐がこちらへやってくるのが見えた。




* * * * *




 その夜、ギルドハウスの支部長室にはアノスとモルドー課長が訪れていた――。


「いいわよ。それで進めてちょうだい」


 まさかデンデロークス支部長がふたつ返事で許可するとはさすがのアノスも思っていなかったため、拍子抜けと同時に何か裏があるのではと勘繰る部分も芽生えてきてしまうのだった。


「ありがとうございます。では手続きの方は私とオルフェン課長の方で進めておきます」


 同席していたモルドー課長の方はアノスのような逡巡も疑念もなく、申し入れた提案を快く許可いただいたという極めてポジティヴな受け止め方をしていたので、淀みなく受け答えが出来ていた。


「どうかしたの、アノス」


 喜ぶ素振りも見せず棒立ち状態のアノスを気にしたデンデロークス支部長が声をかける。


「あ、いえ。てっきり反対されるか、何か条件を付けられるのではと考えていたので」


 不意打ちに思わず率直な返答をしてしまうアノス。


 デンデロークス支部長は不快になるどころか、この素直なアノスの言葉に更に気を良くした様子でうふふと含み笑いをする始末。


「正直なところ、私にも言いたい事はあるのだけれどあなたが直接こうして頼みに来てくれたのだから無下にするわけにもいかないでしょ」


 と言われてもアノスはどう答えていいものやら。

 困り顔のアノスを見て益々舌が滑らかになったデンデロークス支部長が続ける。


「それにこの件については陛下の方からも事前に頼まれていたから」


 頼まれていたという部分を殊更に強調したデンデロークス支部長。


「マスターから?」


 この話が出たのは昨日今日の事なのにどうしてギルドマスターが?と訝るアノス。

 そもそも何をどう頼まれたというのか。


「陛下は何でもお見通しなのよ」


「いや、そうではなく、マスターは具体的には何と仰ったのですか」


 微妙に噛み合わない会話に僅かな苛立ちを覚えつつも、聞かずにはおれないアノス。


「ヤン君の好きにさせてやりたまえ、よ」


 何故かこの時だけは心なしか不機嫌そうな表情を見せたデンデロークス支部長。


 しかし彼女の伝えた言葉自体はアノスも充分に納得できるものだったため、ようやく心の底から安堵したのだった。


「そうですか。ご理解とご支援に心から感謝します支部長」


「礼には及ばないわ。でも、せっかくだから彼らが無事出発したら軽くお祝いでもしましょう」


「え?」


 再び虚を突かれるアノス。


「あなたは残るんでしょう?」


「ええ、そうですが」


「なら問題ないでしょう。彼らの任務達成を祈願して、ね」


 完全に色目使いモードのデンデロークス支部長に、アノスはげんなり。


「わかりました。ご相伴させていただきます」


 こんな事でギルドのお偉方の気分を損ねるわけにはいかない。

 この先もまだ何があるかわからないのだ。

 アノスは人柱になる覚悟を決めた(笑)。


「支部長ッ、是非私もご一緒させていただきたく!」


 よし、とアノスは心の中でガッツポーズをしたが、モルドー課長の懇願は完全無視という形であっさり却下されたのだった。




* * * * *




「こんばんはー」


 玄関口にヤンの声が響いた。


「入れ」


 リンが招き入れる。


 清凛館の道場ではリンの他にケンシロウ、ダミアン、レツの四人が正座でヤンを待っていた。


「遅くなっちゃってごめんなさい」


 ヤンが道場の入口で一礼して入って来る。


「無事終わったのか」


「うん、バッチリ」


 リンの問いに笑顔で答えるヤン。

 ここに来る前、アノスに会ってデンデロークス支部長の許可を得たことは確認済みだった。


「では予定通り、明朝出発だな」


「うん、またよろしくリンさん」


「こちらこそ。ダミアン! レツ! お前たちもよろしく頼むぞ」


「ハッ!」


 ダミアンとレツが同時に返事をする。


「くれぐれも無茶だけはしないように」


 ケンシロウが三人の顔を見ながら穏やかに話しかける。


「館長さん、留守の間、エンダをよろしくお願いします」


 ヤンがケンシロウに頭を下げる。


「館長代理だ、ヤン」


 リンが訂正する。

 この件、もう何十回やったかわからないほどだが、ヤンはずーっと最初からケンシロウを館長館長と呼び続けているのだった。

 なので、リンに訂正されても全くリアクションしなくなっていた。


「兄者、無理を聞いてもらってありがとうございます」


 リンもケンシロウに頭を下げる。

 リンたち三人がエンダを留守にしてしまうと、保安局員不在になってしまうため、ギルドにかけあってケンシロウを保安局員として臨時雇用してもらう段取りになっているのだった。


 実質局長代理である。

 館長代理が局長代理。


「なに、ラクをして給金がもらえるならむしろありがたい話だ。気にするな」


 実際大波の現在では人の往来もほとんどなく、小さな諍いはあっても基本的には各安全層(セーフレイヤー)とも平和だった。


「それじゃ、出発前の景気付けに派手にやろうぜ!」


 ダミアンが立ち上がってヤンに向かって構える。


「待て! 私が先だ!」


 リンがダミアンの前に出る。


「いやいや、局長は明日に備えて休んでなって。俺がやる」


「ダメだ、私だ!」


「いや俺だ!」


「私だ!」


「俺だ!」


「じゃ、二人一緒でッ」


 シビレを切らしたヤンが先に動くと、二人もすぐさま反応する。


 二対一稽古が始まってしまったので、レツはケンシロウと共に端に移動して見取り稽古と決め込む。

 今夜はもう自分の出番は回ってこないだろうな、とはなんとなく予想がついていた。

はなんとなく予想がついていた。

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