005.オグリム支部案内課
「よぉポラン! 達者にしてたか」
オグリム支部案内課窓口に大きなダミ声が響く。
「あらモーガンさん、お帰りなさい。こちらに来るのは久しぶりですね」
窓口のポランが嬉しそう迎える。
モーガンに会うのはかれこれ二年ぶりになる。
「まぁな。採掘の運びなんてラクな仕事で申し訳ねぇが」
「そんなことないですよ。お勤めご苦労様でした。石は商業課の方へお願いしますね」
「もう預けてきたぜ。これで報告も終わって後は酒場へ繰り出すだけってな。ガハハハ」
高笑いしながら商業課の受領証明をポランの前にポンと置く。
「あ、はい。こちらで確認完了です。あんまり飲み過ぎないでくださいよ」
「なんだよ、心配してくれるのはありがてぇがもうこの年なんだ。好きにさせてくれや」
この年などと言っているがモーガンはまだ四十二歳。
もう暫くはバリバリ現役で働ける年齢であった。
「心配してるのはモーガンさんのことじゃなくて、モーガンさんに絡まれる人の方です」
「なんだそっちか。そりゃちげぇねぇ。ガハハハ」
笑いながら出口へ行きかけたモーガンの背中をポランが呼び止める。
「あ、モーガンさん! すみません、ちょっといいですか」
「どうした? 一緒に飲むなら待っててやるぜ。久々に飲み比べでもするか」
「いえ、それも魅力的な提案ですけど今日は残業があるので……じゃなくてちょっと聞きたいんですけど、ヤン君見ませんでしたか」
「ああ、ヤン坊ならさっき一階層ですれ違ったぜ」
「そうですか。で、どんな感じでした?」
「どんな感じって、別に普通だったが……」
「送りの人たちの様子は?」
「いや、そこまでちゃんと見てねぇがそっちも普通だったとしか……」
「そうですか」
「ヤン坊がどうかしたのかい?」
「いえ、なんでもありません。すみません、呼び止めてしまって」
「よくわからねぇが、ヤン坊のことなら何も心配いらねぇよ。どの案内人に聞いたってそう答えるだろうぜ。なんたってあいつはあのエルの……あ、いや、すまねぇ。久々のオグリムでちょっと浮かれすぎちまったな。じゃあもう行くわ。またな、ポラン」
ポランが何をどう口にしようか思案している間に、モーガンはとっとと手を振りながら出ていってしまった。
仕事場でその名前を聞いたのはいつ以来だろうか。
本人が滞在していない支部でも毎日のように話題に上がっていた名前。
ある日を境に誰もが口にするのを憚るようになってしまった名前。
ポランが一緒に働いたのはわずか2年半ほどの期間だったが、今でもあの顔あの声あの姿そして何よりあの人柄を思い出さない日はないと言っていい。
いつかひょっこり帰ってくるはずと信じているのはポランだけではないはずだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
ミミナリスの声で我に返るポラン。
「ごめんなさい、大丈夫よ。ありがとうミミちゃん」
「今の人、お知り合いですか?」
「ええ、そう。ミミちゃんはまだ会ったことなかったわね。C級のモーガンさんよ。普段はエンダの案内課付きなんだけど久しぶりにここまで来たんですって」
「ヤン君のこと、聞いてましたよね」
「あら、盗み聞き?」
上司の笑顔は時に恐ろしいものである。
「盗んでませんッ! 勝手に聞こえてきたんですッ!」
慌てて両手を振って全力否定するミミナリス。
「盗んでって……ウフフ。相変わらず面白いわね、ミミちゃんって」
「ムッ! 先輩それって軽くバカにしてますよね」
上体を前に乗り出して前屈みになるミミナリス。
それでもポランを見下ろすほどの身長差があった。
「してないわよ。誤解よ誤解」
「そうですか。それでヤン君の話に戻りますけど……」
普段はドジっ子ほんわかキャラのミミナリスだが、ここぞという時の突進力突破力は侮れない。
しかも今は上から被せてくるように圧力がかかる態勢だった。
「あらら、やっぱり誤魔化されなかったわね。さすがミミちゃん」
「もういいですからそれは。ヤン君の話をお願いします」
「話もなにも、特に何もなさそうだったってことを聞いただけよ」
「やっぱり気になってたんですね、先輩」
上体を戻してやや心配そうにするミミナリス。
「そうね。気にはなってたわ」
「先輩があんな風にタンカ切るなんて珍しいなって思ってたんです。ヤン君がいろいろ言われるの、別に今に始まったことじゃないですし」
「アレね……私も自分でびっくりしちゃったわ。突然スイッチが入っちゃったみたいで。何年この仕事してるんだか……」
「でっ、でも先輩の気持ちもわかります。私だって心の中ではコンチクショーって思ってましたから」
右手でゲンコツを作り肘を直角に曲げるミミナリス。
怒った表情もかわいらしい。
「ウフフ。ミミちゃん、ありがと」
「人を見た目や年齢だけで判断するのって本当に失礼だと思うんですッ!」
「そうね。でもある程度は仕方のない部分もあるのよ。それに私たちは仕事なんだから感情的になったりするのはホントは一番やっちゃいけないことなのよね。ああ、今日の仕事もう一回朝からやり直したいわ」
「えっ、それは先輩ひとりだけでお願いします。私はイヤです」
急に現実に戻り、上司と距離を取る新人の顔に戻る。
「そんなこと言わないで、一緒にやり直しましょ」
小さなポランが両手を胸の前に組んでちょっとだけつま先立ちで見上げるおねだりモード超かわいい。
「絶対イヤです」
顔を背けて目をつぶるミミナリス。
「じゃ代わりに一緒に残業しましょ」
ミミナリスの両手を取るポラン。
スキンシップ大作戦だ。
「なんでですかッ! そんなのイヤに決まってますッ!」
強い言葉の割にポランの手は解かないミミナリス。
「ミミちゃん、お願ぁ~い」
握ったポランの手に一層力がこもり、何故か腰もフリフリしている。
「あ、もうすぐ定時なのでそろそろ失礼しまーす」
魔力時計を見るフリで体をひねってようやくなんとか手を自由にすることに成功したミミナリス。
「いやちょっとそれはダメ。ちゃんと時間までは仕事してちょうだい」
両手を腰に当てて上司風をふかすポラン。
「残業はしませんよ」
「それは定時になってから考えましょ」
「定時になったら帰ります」
「ホラ、おやつあげるから」
どこかからかなにか出してくるポラン。
「子供ですかッ!」
叫びつつさっとそのなにかをつかむなり踵を返すミミナリス。
果たして彼女はちゃんと定時まで仕事をするのだろうか。
オグリム支部案内課は今日もまずまず平和に過ぎていくのだった――。