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049.ヤンの計画(一)

 ギルドの営業開始と同時に入ってきた派手な集団が噂の七騎士(セブンナイツ)だとヒルダにはすぐにわかった。


 昨日彼らがエンダに到着した時には既にギルドの営業時間を過ぎていたため、不承不承エンダで宿を取り朝一番に出直して来たのだった。


「おはようございます。早くからご苦労さまです。よろしければご用件をお伺いします」


 今朝も麗しき未亡人スマイルのヒルダ女史が総合受付カウンターから声をかける。


「おはよーおばさん」


 無邪気な悪魔が小走りにやってきて総合受付のカウンターにちょこんと頬杖をついてヒルダに挨拶する。


 もちろんこの程度のことで心を乱されるようなヒルダではない。


「まぁかわいらしい紳士さんね。今日はどうしたの」


 にっこりと満面の笑みで問いかけつつ、絶妙な子供扱いでお返しをする。


「ボクたちゆうべエンダに着いたんだけどここ閉まってたんだ。レイチェルって人が一緒だったんだけど」


 ヒルダの意趣返しに気付いたのかどうか全く読めない調子でロスティが流暢に続ける。


 当たり前だが、昨夜のうちにレイチェルからギルドへ報告は上がっていたので、ヒルダは委細承知なのであった。


 ただエンダのギルド側は今日明日の到着を想定していたので、それより早かったことに多少驚いたものの、予定が少し前後するだけで大勢に影響はないと判断されていた。

 基本的には予定通りに進めるだけなので、昨夜のうちに今後の対応について改めて主要スタッフに周知徹底していたのだった。


「はい、伺っております。七騎士(セブンナイツ)の皆様ですね。お部屋のご用意をいたしますので少々お待ちください」


「あ、また別室なんだ。ふーん」


 もう目の前の人に用はないとばかりにカウンターに乗せていた肘を下ろして、後のお仲間の方を向いて肩をすくめてみせるロスティ。


 ちょうどその時、朝から二階で準備をしていたシリアが階段の途中からヒルダに合図を送った。

 それを確認したヒルダが受付カウンターから出てロスティの前に立つ。


「お部屋の用意が出来たようですので、どうぞ皆様こちらへ」


 これで三度目となる恒例の待遇に特段反応することもなく、無言でヒルダに従う七騎士(セブンナイツ)の面々であった。




* * * * *




「ですから中層は現在通行禁止に指定されているのです」


 先程から何度同じことを言わせるのか、と内心苛立ちながらモルドー冒険課長はこめかみを伝う汗をハンカチで拭いながら説明する。


 大波が本格化したことを受けて、正式に中層への立ち入り禁止の通達があったのは僅か三日前の事だった。


「我々はすぐにセインへ発ちたい」


 これまたハリーが何度目かのセリフを繰り返す。

 頑として譲らないという意思表示を貫いていた。


 モルドー課長はデンデロークス支部長に視線を向けるもその表情を見るや一瞬で外し、ゆっくりと反対側のシリアに向ける。


 そんな顔で見られても私には何も出来ませんからと、頭を小さくふるふるするしかないシリア。

 まさか自分がこの場でこんな相手に何かを発言するなどというのはありえないしあってはならない。

 第一今朝のミーティングでもそんな話は一切なかったではないか。


「じゃあもしボクたちが勝手に中層に入ったらどうなるの」


 ロスティが今にもそうするよと言わんばかりに尋ねると、モルドー課長の顔が青くなる。


「そ、それは困ります。ギルドの禁止事項に違反した場合は罪に問われてしまいます」


 かなり切羽詰まった口調で説明するモルドー課長だが、相手方は誰ひとり顔色を変えず。


「そうなったら誰がボクたちを捕まえるの?」


 楽しそうにに聞くロスティ。

 まるで歌っているかのように軽やかでリズミカルな口調。


「はい。その場合はですね、ギルドの保安局が身柄を拘束するのが決まりとなっております」


「保安局の人ってそんなに強いんだ」


「は、はい。迷宮でも最上位に近い人物が複数所属しておりますので……」


 何故手続きの話が強さの話にすり替わるのか全く理解できぬまま応答するモルドー課長。

 保安局の隊長クラスがどれくらいの強さなのかなど全然知らないため、ギルド内で耳にしたことのある表現を借りて説明するしかなかった。


「へぇ~そうなんだ。だってさ! 保安局に凄い人がいるみたいだよ」


 急に仲間の方に顔を乗り出して反応を待つそぶりのロスティ。


「んもう、アナタは少し静かにしてなさァい」


 隣に座っていたナラクが乗り出したロスティを正しく着席させ、口に指をあててシーっとやる。


「とにかく我々は先へ進む。誰にも邪魔はさせん」


 ハリーが断固たる意志を込めて宣言すると、モルドー課長もその迫力に圧されて黙り込むほかなかった。


 すると、それまで黙っていたデンデロークス支部長が突然口を開いた。


「このエンダで好き勝手は許しません。ギルドのルールを無視して塔の秩序を乱すというのであればすぐにでも王国に抗議の(ふみ)を送ります」


 その一言は思っていた以上に相手に効果があったようで、全員の顔色が変わった。

 (ふみ)というのはこの場合、国家間でやりとりされる公式文書を指すのだった。


 Sランクパーティに特権が与えられているといっても、国際問題になるような行為が免責されるほど無制限なのものではなく、係る行為はむしろ所属国家に多大な不利益をもたらず禁忌であるとされていた。

 Sランクというのは単に強さの証であるのみならず、名誉を背負った称号でもあるのだった。

 まして、七騎士(セブンナイツ)のメンバーは王国の要職にある人物ばかりなのだ。

 多方面で自らの立場を危うくするような危険をあえてここで冒す必要などあるわけがない。


「あの、お互いに少し誤解があるようですので、もう一度冷静に話し合いませんか」


 助け舟を出したつもりのキリトだが双方から睨まれる形になり、すこぶる居心地が悪くなってしまった。

 お互いに誤解、という部分が気に障ったらしい。


 全く面倒な人たちだなぁ、と呆れながらも次善の策を考えるキリト。


 普段ハリーに唯一対抗できる存在のレオナルドは今回の遠征では基本やる気なしモードである上、マルスとロックの二人に至っては対外的な交渉の席では毎回完全に空気なので当てにならないのだった。


「中層の立ち入り禁止措置はギルドの決定なので、これについてあなたたちと話し合う余地はないのよ。仮にもしそれについて検討することになったとしても結論が出るまで相応の時間がかかるでしょうね」


 デンデロークス支部長は有無を言わせない口調できっぱりと告げる。


「話にならん」


 ハリーが吐き捨てながら立ち上がる。


 モルドー課長が慌てて腰を浮かせ両手を広げて制するような仕草を見せるが、言葉は出てこなかった。


「ちょっとハリーちゃん。アナタも少し落ち着きなさいな」


 ナラクが立ち上がってハリーを宥めにかかる。


 もとより種類の異なるわがままっ子が二人いるようなパーティなのだ。

 宥め役もキリトとナラクの二人がそれぞれ異なる個性で役割を果たしてきたのだった。


「そうです。まずは座りましょうハリーさん」


 キリトも座ったままで声をかける。


「その必要はない。行くぞ」


 あらら、ハリーは見た目以上にヘソを曲げてしまっている模様。

 そのまま扉の方に歩き出してしまった。


「じゃあボクも。またね~」


 ギルド側の三名に手をひらひらさせながらロスティも立ち上がってハリーに続いて部屋を出て行ってしまった。


 デンデロークス支部長は視線をテーブル中央に固定して微動だにせず。

 モルドー課長はあわあわしながら落ち着かない様子。

 シリアはこの場にヒルダがいてくれたら、と思いつつ身を(すく)めてじっとしていた。


 ギルド側がノーリアクションだったためか、間もなくレオナルド、マルス、ロックの三人が音も立てずに退室。

 残されたキリトとナラクも仕方なく席を立つほかなかった。


「支部長、いいんですか?」


 七騎士(セブンナイツ)がいなくなったところでモルドー課長が尋ねると、デンデロークス支部長は短くふぅと溜息をつく。


「少し様子を見ましょう」


 その表情には安堵が見えた。


 ここまでは一応全て想定内だった――。




* * * * *




「ここで待っててくれ」


 一階に下りたレオナルドがロビーで待っていたハリーとロスティに声をかけた。


「どうしたレオ」


 ハリーの問いには答えず、レオナルドはヒルダのいる総合受付に近づくと静かに口を開いた。


「ヤンはどこだ」


「え?」


 これにはさすがのヒルダもベテランらしからぬ反応を見せてしまった。


案内人(ガイド)のヤンだ。ここにいるはずだ」


 レオナルドは真剣そのものといった表情で、ハリーとはまた違った頑固さを明確に示していた。


 (王国の人がヤン君にいったいどんな用があるのかしら……)


 ヒルダの心中は疑問と不安で一杯になっていたが、なんといっても相手はSランクなので不興を買うのは得策ではない。


「少しお待ちいただけますか。確認してまいります」


 一旦奥に引っ込んで課長クラスに相談するしかなかった。


「確認ではなく本人を連れて来い。少し話をするだけだ」


 やけに尊大な命令口調だが、おそらくこれは高位の貴族が平民に対する普通の話し方であって悪気はないのだろう。

 目の前の男が高位の貴族かどうかは知らないが、雰囲気からすると充分可能性がある。

 だとしたら、平民に話す言葉としてはむしろ丁寧な方とも言えるのかもしれない。


「お待ちください」


 畏まりました、と言ってしまうと相手の要求をのんだ事になってしまうため、待てと繰り返すしかないヒルダ。

 足早にその場を後にしてバックヤードへ飛び込むと、目に入った案内課主任のメイスンに声をかけた。


「メイスン主任、オルフェン課長はどちらですか」


「ああ、課長なら向こうの部屋にいると思う」


 ロビーで何が起きてるかなど知る由もないメイスンはのんびりと奥のドアを指差す。


 バックヤードの一番広い部屋には奥の方に各課の控室に通じるドアがそれぞれあり、ロビーに出ずに往来が可能となっている。

 控室はそれぞれ冒険課部屋、案内課部屋と呼ばれ(商業課はそもそも別区画)、各自の私物や衣類を保管するスペースやちょっとした休憩所代わりに使われているのだった。


 ヒルダが早速案内課部屋へ行こうと奥のドアに近づいたその時、直前で目の前のドアが開いてヤンが入ってきたのでびっくり。


「あ、ヤン君!」


「おはよう、ヒルダさん」


 若干キョドり気味のヒルダに対してヤンは平常運転だった。


「おはよう。今日は非番じゃなかったの」


 ヒルダも負けずに平常運転モードへ。


 大波のせいで案内人(ガイド)の仕事がほぼゼロになってしまってから、ヤンは休暇を取っていたはずだった。

 もちろんその間、毎日下層に行っていたのはギルドの多くの人間が知るところであった。


「うん、そうだけど色々あって」


「色々? ギルドの用事かしら」


 なんとなくイヤな予感がしてきたヒルダだが、努めて平静を装って会話を続ける。


「ううん、個人的な用事」


「そうなの。あ、でも今ロビーの方がバタバタしているからそっちに用なら少し後にした方がいいかもしれないわ」


 我ながら苦しいでまかせだと思いつつも、ヤンがロビーに出るのだけは何としても阻止する必要があった。


「王国の人が来てるんでしょ」


 あちゃー、バレテーラ。


 ヒルダの苦労などどこ吹く風で相変わらず単刀直入なヤン。

 一方、とんだ茶番を演じてしまった醜態に体の芯まで熱くなるヒルダ。

 こんなのは新人時代以来のような気がする。


「知ってたのね……」


 内心恥ずかしさに悶えながらも、表面上はしおらしく観念するヒルダ。


「うん、待ってたから」


 七騎士(セブンナイツ)が来るのをヤンが待っていた?

 どういうことなのか。


「じゃあ、行ってくる」


「あ、ヤン君……」


 ロビーに出るドアの方へ歩き出すヤンを思わず呼び止めてしまってから、かけるべき言葉がないことに気が付くヒルダ。

 観念したはずなのに往生際が悪いとますます恥じ入るのだった。


「なに?」


 それでも立ち止まって振り返ったヤンに何か言わなければ。


「頑張ってね」


 よりにもよってそれか、と自分に悪態をつくヒルダ。

 あまりにも凡庸。


「……うん」


 一瞬の間があってから笑って頷き、ドアを開けて出て行くヤン。


 どうか何事もありませんように。


 何事かをするために行ったのであろうが、そう思わずにはいられないヒルダであった。




* * * * *




「おはよう」


 今さっき受付の女が入って行ったドアから出て来たのは見覚えのある子供だった。


 (今、俺に言ったのか?)


 レオナルドは昨日の記憶と現在の視界とが交錯して非現実感の中にあった。


 (ああ、昨日ダンジョンの中で会ったパーティにいたあの正体不明の子供か)


「お前は昨日の……」


 思っていたことがそのまま言葉になって口から洩れた。


「あ、あっちにいる仲間の人も呼んだら?」


 言われてハリーたち(もう全員揃っていた)の方を見ると、向こうも意外そうな顔をこちらに向けていた。


 再びヤンに視線を戻すとあろうことかハリーたちに向かって手招きをしているではないか。


「おい……」


「こっちこっちー。集まって」


 レオナルドの言葉に被せるように大きな声で呼びかけるに至って、不審と疑念が湧き上がってくる。


 そうこうしているうちに七騎士(セブンナイツ)全員集合。


「どういうつもりだ」


 レオナルドがかなり厳しい口調で詰め寄る。


「近い近い」


 笑いながら子供が一歩後ろへ下がると、急に真面目な顔になってすっと姿勢を正した。


「C級案内人(ガイド)のヤンです。どうぞよろしく」


「なッ…………」


 レオナルドが言葉に詰まる。


 同じようにハリーも、マルスも、ロックも、ロスティも、キリトも一様に驚いた表情で固まる。

 唯一ナラクだけは「まぁ~~~ッ」と嬌声を上げて胸の前で手を合わせたのだが、誰も気にかける者はいなかった。


「お前がヤンだったのか」


 ようやくレオナルドが言葉を発した。


「うん、そうだよ。昨日は挨拶できなくてごめんなさい」


 笑顔で謝罪するヤン。


「うわぁ、まんまと騙されたなぁ。さすがクレイジーヤン」


 ロスティが茶化すように言いながらヤンのすぐ近くに歩み寄る。

 クレイジーヤン関係あるんけ。


「え、なんでそれ知ってるの?」


 今度はヤンが驚く番だったが、それには一切触れずにロスティが背比べを始める。


「ボクより全然背が高い! ボクの方が五歳も年上なのに!」


 確かに頭ひとつとまではいかないが、頭半分ぐらいヤンの方が背が高かった。

 最近成長著しいヤンは短い間にまた身長が伸びたのかもしれない。


「ホントに十二歳? さば読んでるんじゃなくて?」


「サバ?」


 自由過ぎるロスティにヤンは混乱している。


「うわッ……」


 急にロスティの体が宙に浮いて手足をバタバタ動かし始めた。

 ハリーがロスティの襟首を掴んでヤンから引き離したのだ。


 そのままホールドしているハリーがレオナルドに目配せする。


「お前を探していたんだ」


 レオナルドが改めて仕切り直しを図る。


「ボクも待ってたよ」


 間髪入れずに返されてまたも何か先回りされたように感じるレオナルド。

 最初からずっと相手のペースに翻弄されているようですこぶる気分がよろしくない。


「中層へ行きたいんでしょ」


 あまつさえ一番大事な用件まで先に切り出されてしまう始末。


「そうだ。お前に案内を頼みたい」


「いいよ」


 即答。


「そんな簡単に……いいのか」


「うん。でも幾つか条件があるんだ」


「条件だと?」


 ハリーが割り込んできた。

 隠せない怒気がヤンに襲い掛かる。


「だって中層は立ち入り禁止だからボクが案内するかどうかに関係なく、そもそも入れないでしょ」


 ぐぅの音も出ないハリー。

 まさについさっき同じようにデンデロークス支部長にやり込められ、不貞腐れて席を蹴って来たばかりなのだ。


「その条件とやらを飲めば立ち入り禁止はそっちで何とかしてくれるってこと?」


 ハリーに退場させられたばかりのロスティが再び割り込んできた。


「そうそう。話が早くて助かるなぁ」


「本当かッ!?」

「ナニッ!」


 ハリーとレオナルドが食い気味に一歩踏み込む。


「だから近い近い。王国の人の距離感っていつもこんな感じなの?」


 また一歩下がって苦笑しながらヤンが尋ねる。


「まさか。その二人がヘンなだけだよ」


 ロスティが答えると、言われた二人がきっと睨みつける。


「ホラね。こういう人たちだから」


 ヤンに向けて肩をすくめてみせるロスティ。


「ギルドの中じゃちょっとアレだから、外で話さない?」


 ヤンが周囲を伺うようにしながら少し小声で提案する。


「別にいいけど」


 言いながら他のメンバーの方を伺うロスティ。


「俺は構わん」

「俺もだ」


 ハリーとレオナルドも同意。

 他の四人も頷いている。


「じゃ、行こう」


 そのままヤンに続いてギルドハウスを出て行く七騎士(セブンナイツ)



「この辺でいいかな」


 ギルドから百mほど離れた目抜き通りの一本奥にある広めの路地で足を止めるヤン。

 普段は市場になっている場所だが、大波のこの時期仕入れもままならないので店は出ておらず人通りもなかった。


「それで、条件というのは何だ」


 ハリーより先にレオナルドが口を開いた。


「他にも同行させたい人たちがいるんだ。それを認めて欲しいのがひとつ」


「誰だ」


 ハリーには遠慮も忖度も分別も期待してはいけない。


「まず帝国の人」


「なんだと!?」


 ハリーは瞬間湯沸かし器でもある。


「あんなのが中層で役に立つとは思えないけどなぁ」


 ロスティも大いに不満がある様子。

 エンダに上がって来た帝国軍は見てもいないはずなのに、オグリム在留組の印象だけで判断するのはいかがなものか。


「まぁまぁ。気持ちはわかるけど人数が必要なんだ。だからちゃんと戦えそうな人だけ一緒に来てもらうよ」


「何人だ」


 レオナルドはまだ冷静のようで何より。


「うーん、五人か六人くらいかな」


「ハリー」


 ヤンの答えを聞いてレオナルドがすぐにハリーに振る。


「……いいだろう。ただ使えないようなら置いて行く」


「それはボクが判断するよ。案内人(ガイド)だから」


 ヤンの言葉と表情には絶対に譲らないという意思が感じられた。


「他には」


 ハリーの言葉は一応同意と解釈してよいものだった。


「冒険者を何人か。本当はSランクの人がいいんだけど、今エンダにはいないからAランクの人で」


「何人だ」


 またもレオナルド。

 お前は妖怪ナンニンダか。


「五人パーティだから五人」


「また五人か」


「合わせたら十人になっちゃうよ。ボクたちより多いじゃん。弱い人がそんなに増えて大丈夫なのかなぁ」


 納得しかけたレオナルドもロスティの言葉で事実認識を改める。

 確かにその通りだった。


「心配なのはわかるよ。じゃあもうひとつの条件を話すから、それを聞いてから考えてみて」


「言ってみろ」


 ハリーが促す。


「中層だけど二十四階層までは魔物を全滅させながら進むよ。そうすると階層が凪になって魔物が一定期間出現しなくなるんだ。もし上の階層でちょっと無理ってなったら安全にエンダまで戻ってこれるよ」


「後方の安全を確保しながら進むということか」


 すぐに理解したレオナルドは既に同意している模様。


「面倒だな。時間がかかりすぎる」


 ハリーは反対らしい。

 ある意味これは現実的な判断でもある。


「それは大丈夫。予定通りならセインまで五日だよ」


「魔物を全滅させながらで五日だと!?」


「全滅させるのは二十四階層までね。そこから先は一気に進むよ」


「なぜ二十四階層までなんだ?」


 ハリーがここまで食いついているということはもうほとんど相手に同調しかかっているのだった。

 他のメンバーもそれを理解していた。


「そこがポイントだよ。今バルベル迷宮は三十四階層までで攻略が止まっているんだけど、大波で三十四階層の魔物が二十四階層に下りてきているから、その階層主(ボス)を倒したらたぶん波は終わるよ」


 一同沈黙。

 ヤンの話が理解できなかったわけではない。


 自分たちは迷宮の攻略のためにやってきたのであり、それは即ち第三十四階層の階層主(ボス)を倒すことと同義であった。

 大波の影響で、第二十四階層が実質それと同じことであるという現実をヤンの言葉で改めて確認したのだ。

 だが、そうなると波が終わった後はどうなるのかという疑問が湧いて来る。

 まだ迷宮のことについては情報不足は否めなかった。


「波が終わると迷宮が元の状態に戻っていくから中層の残りの階層はすごく楽になるはずだよ。もちろんすぐに劇的に変わるわけじゃないけど、体感出来るレベルで変化はあると思う」


「それで五日なのか」


 レオナルドが納得したように呟く。

 計算ではなく体感レベルで納得できる日数だったのだろう。


「だから波が終わる前に出来るだけ沢山魔物を倒してレベルアップしてね」


 思ってもみなかった方向からパンチが飛んできたので再び一同沈黙。


「二十四階層の階層主(ボス)は実質三十四階層の階層主(ボス)だからもっと強くならないと勝てないよ」


 ダメ押しの一言。


「今の俺たちでは勝てないというのか」


 さすがにリーダーのハリーは黙っていられなかった。


「うん」


「なぜお前にそれがわかる」


「うーん、なんでって言われてもなぁ。わかるからわかるとしか」


「ふざけるな!」


「ふざけてないよ」


「話にならん」


「そっちがね」


「なんだと!!」


「まぁまぁハリーちゃん。ちょーっと熱くなり過ぎじゃない? 落ち着いて落ち着いて」


 見かねたナラクが仲裁に入る。


「ヤンちゃんももう少し言い方考えてもらえると助かるんだけど」


 今度はヤンの方を向いて言うナラク。

 ヤンはキョトン。

 主にこの厚化粧マッチョの見た目と口調のギャップに当てられた様子。


「ヤンさん、参考までにお聞きしたいのですが仮に今の我々が三十四階層の階層主(ボス)と戦ったらどうなるとお考えですか」


 キリトがこの場では初めて口を開いた。


「三十四階層の階層主(ボス)がどんなのかにもよるなぁ。ボクもまだ見たことがないし」


「知らないのか!!!」


 ハリーの怒りがまたしても爆発寸前。


「上層はまだ詳しくないんだ。C級になったのも最近だしなかなか行く機会がなくって」


 C級が自由に出入り可能なのは中層までなので確かにその通りなのだが、ヤンの口調では上層にも入ったことがありそうな感じだったのでそれはそれで問題だったりする。

 もちろん七騎士(セブンナイツ)にはそんなことまではわからないのだが。


「そんなんで本当に大丈夫なのか」


 たまらずマルスが口を出す。

 ヤンの実力云々の話ではなく、純粋に案内人(ガイド)としての知見が充分なのかどうかへの疑問だった。


「上層のことはジーグさんから色々聞いてるし、ゲル爺にも昨夜話を聞いたよ」


「S級案内人(ガイド)のジーグか。知り合いなのか」


 レオナルドは自らも報告書の記憶を辿りながら尋ねる。

 セインからの最終的な案内人(ガイド)候補の一番手がジーグだったのだ。

 もっともレオナルド自身は徹頭徹尾ヤン推しなのだが。


「うん、友だちだよ」


「そのゲルなんとかって人はなんなの?」


 ロスティが気になったのは報告書にも登場しないそっちの名前の方だった。


「迷宮博士のゲル爺だよ」


「迷宮博士? なにそれ、そんなの聞いてないよ」


 いや、まぁ初めて書いたからね。


 迷宮博士ことゲルハルト・エッシェンバッハは長年(推定約五十年)バルベル迷宮について個人的に研究している人物で、住まいはセインにあるのだが今現在はエンダに疎開してきていた。

 人付き合いが苦手とされているが実際には他人と関わると無限に時間を持っていかれてしまうということで自ら接触を制限しているだけで、普通に人付き合いは出来るしむしろ親しみやすい人柄であった。


 ヤンとは幼少時からの付き合いで、元々はヤンの父親のエルが親しくしていた繋がりでゲル爺からは孫ないし曾孫のような存在として可愛がってもらっていた。

 ヤンの迷宮に関する知識のうち、自ら体験したものでない座学的な部分はほぼ全てゲル爺から得たものだった。


 またギルドマスターのオスカーとも個人的に親交があり、新たな知見や仮説などはいの一番に共有されていた。

 今回の大波についてもゲル爺の考えをベースにオスカーが判断していたのだった。


 いずれにしろ滅多に表に出てこない人物だけにその為人どころか存在すら知る人は少なく、帝国の調査の手が及ばなかったとしても致し方ないところであった。


「我々もその人物に話を聞くことは可能でしょうか」


 キリトがヤンに尋ねる。


「ごめん。無理だと思う」


 申し訳なさそうに、そして名前を出してしまったことを後悔しているようにヤンが断る。


「だと思ったぁ~」


 ロスティが茶化す。

 まぁロスティならずとも皆なんとなく想定内だったのだが。


「とにかく、レベルアップのこともあるから二十四階層までは魔物は全部倒していくのがいいと思う」


「なるほど。安全確保と戦力強化の一石二鳥ということか……」


 ロックのはほとんど独り言。


「まぁいい。わかった。その代わり必ず五日でセインに連れて行け。いいな」


 ハリーはもう既に肚を決めたらしい。

 話し合いや検討をすっとばして勝手に決めてしまうのはいつもの事だが、大抵の場合それでうまくいっていたのでメンバーもハリーがこういうモードに入った時は判断を任せていたのだった。


「えー、弱い人連合で行くの? なんかちょっと不安だなぁ」


 ロスティが毒付くのもまぁいつものことだった。


「ギルドの方は本当に大丈夫なんだろうな」


 やはりその部分は気になるのでどうしても念を押したくなったレオナルド。


「うん、まぁなんとかなると思う」


 言葉には含みもたせているがその表情は自信たっぷりのヤン。


「いつ出発だ」


「ちょっとハリーちゃん、気が早いわよ」


「明日の朝」


 えっと全員がまたしても驚く。


「ハハハハ! いいだろう、気に入った」


 ハリーのこんな楽しそうな笑い声を聞いたのはメンバーも記憶にないくらいだった。


 面白くなりそうだ――。


 この瞬間、 七騎士(セブンナイツ)全員がヤンを案内人(ガイド)として認めたのだった。

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