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043.帝国の採掘

「おお! どうなってんだこれは!」


 採掘済の鉱石を仕分けしていたダラック三十五歳が大声で叫んだ。


 みなさんダラックの事を覚えてますか?

 誰それなどと思った人はエピソード12の緊急救難信号(二)をもう一度読みましょう。


「どうしたんですか、ダラックさん」


 近くにいたタッツォールがやって来て不安そうな顔で尋ねる。


「どうもこうもこれ見てくれ。ミスリルだ」


 ダラックが鉱石のひとかたまりを手に取ってタッツォールの方に見せる。


 ミスリル鉱石は中層で稀に採れる希少性の高い鉱石で、バルベル迷宮産のものは全般的に品質が良く市場価値が高いとされていた。

 鋼より硬い性質がある一方で非常に加工し易く、魔力との親和性も高いため様々な高級魔道具や装備等に使用される事が多かった。

 また、磨くと透明度が増し透き通ることから、貴族や王族が好んで贅沢品(家具や装飾品)に使用する事でも有名だった。


 ダラックが見せたのは鉄や銅の鉱石とは違ってほんのり青白く輝く銀色の鉱石だったが、それがミスリルであるかどうかまではタッツォールにはわからなかった。

 なにしろ実物を見たことがなかったのだから仕方ない。


「これがミスリルなんですか?」


「おうよ。正真正銘のミスリルだ。採掘管理者二級のオレが言うんだから間違いねぇ」


 ダラックはヌルヒチと一緒に第一回採掘管理者認定試験を受験して見事合格していた。

 ちなみにダラックは二級だがヌルヒチは準一級である。

 ヌルヒチも今回の任務に採掘管理者として同行していたが、今はシフト外で休んでいた。


「こんな底層でミスリルが出たなんて聞いたことがないんですけど」


「オレだってねぇよ。初めてだこんなのは。あの噂はやっぱり本当だったんだな」


 ダラックは興奮した様子でミスリル鉱石を様々な角度から眺めてはうっとりしていた。


「あの噂ってどんな噂ですか」


「波だ。波の時期には魔物が強くなるのは知られてるが、実は採掘で採れる鉱石も質のいいものが出るって話だ」


「えっ!? そうなんですか」


「あんまり大っぴらにはなってねぇが前回の波の後の採掘でもすごかったらしいぜ。オレはそん時は参加してなかったんだが、ヌルヒチの兄貴から直接聞いたんだ」


 そう言いながらヌルヒチが休んでいるテントの方に首ごと向けるダラックは今にもヌルヒチを起こしにいきそうな気配だった。


「ダメですよ、起こしちゃ」


「誰も起こすだなんて言ってねぇだろ」


「そうですけど、起こしに行きそうな勢いだったじゃないですか」


「それはお前の見立て違いだ。残念だったな」


「別に残念とかじゃないですから。ところでダラックさん、帝国の人たちの働きぶりはどう見ますか」


 帝国兵たちが初めての採掘作業に最初はかなり戸惑ったり手こずったりしていた様子なのを見ていたタッツォールは、採掘のプロから見た評価を是非聞きたいと思っていたのだった。


「まぁみんな初めてにしちゃ上出来だよ。やっぱり体が鍛えてあるし精神的にも強いんだなぁ。とにかく黙々とやって経験を積んでるから今はぎこちなくてもすぐ慣れるんじゃねぇかなぁ」


 やはりそうなのかとタッツォールは納得。

 素人目で見ていても過去の採掘作業員がやっていたものとはまるで別モノのように集団でまとまった動きをするようになったし、何より一人一人の集中力が段違いなのが明らかだった。


 ちなみにここで迷宮内の採掘について少し補足しておこう。


 バルベル迷宮では至る所に採掘ポイントと呼ばれる鉱床がある。

 鉱床は黄緑色に光っているため見た目ですぐにそれとわかるが、迷宮の奥深くにある場合などはなかなか発見されなかったりするので、現在探索できる階層でも未発見の鉱床が存在する可能性はある。


 各鉱床で採掘される鉱石の種類はある程度は決まっているとされるが、採掘者の技量や運、また今回のように波の影響などで変化することが知られている。

 また一般的には上の階層になればなるほど貴重な種類の鉱石が採れると言われている。


 採掘作業自体は所謂現実の採掘作業とは異なり、つるはしやハンマーなどの道具を使って鉱床に衝撃を与えることで鉱石や外れ岩がドロップするという形になっている。

 外れ岩とはアイテム化されずにそのまま暫く放置すれば消えてしまう賑やかしエフェクトのようなもので、下手な者が作業するとこればかりが出てきて鉱石は全然採れないという事になるのだった。

 鉱床部分はいくら採掘をしても見た目の変化はなく、現実の採掘作業のようにどんどん削れて掘り進むようなものではなかった。

 そのため同じ鉱床で半永久的に採掘作業をすることが可能なのだった。


 但し、ある程度採掘した鉱床は休眠状態になることが知られており、その間は採掘をしてもドロップ率が著しく低くなる。

 休眠中の鉱床は発光が微弱になると同時に衝撃を加えた時の音が異なるのですぐにわかる。

 休眠期間は不規則であるため、鉱床の休眠状況を定期的に確認する必要がある(=採掘調査)。


 このように鉱床と採掘作業については極めてゲームチックな仕様となっており、迷宮ルールのひとつとされていた。


「それならかなりの成果が見込めそうですね」


 三交替シフトで二十四時間の採掘を二週間続けたらどれだけの量が採れるのか、タッツォールにはちょっと想像が出来なかった。


 以前の採掘では二交替シフトが通常であり、食事や休憩等もあるため一回のシフトでは実働八時間程度。

 それが新体制の採掘ではシフト一回の実働が七時間。

 シフト外で食事や睡眠をとり、シフト中は途中休憩一回のみとなっているためトータル実働時間が格段に増えたのだ。

 しかも三交替なので作業者はいつもフレッシュな状態を維持できるのでストレスも格段に少ない。


 警護役は依然として二交替なので役割別のシフトがズレているのがどうかと思われたが、採掘管理者という専任の現場監督がこちらも二交替で対応してくれるのでなかなか合理的に感じられた。


「まぁせいぜい頑張ってもらうさ。掘る方は三交替でもこっちは二交替だから体調管理が第一ってな。それより見張りの方は大丈夫なんだろうな? あんたの事はまぁ信用してるが、あの兄ちゃんだけはどうにも信じられねぇんだよなぁ」


 あの兄ちゃんとはオンドロの事である。

 一年前のあの時の記憶がある人ならばそう思うのも当然だった。


 幾らタッツォールが口頭で説明したところで、こればっかりは実際に自分の目で見て評価を改めてもらうほかないだろう。


「まぁ見ててください。オンドロは生まれ変わった別人ですから」


 引き攣った半笑いでそう言う位しかタッツォールに出来る事はなかった。


 ちょうどその時、噂の当人の出番が突然やって来た。


「そっちの通路から魔物ッ。トカゲが三匹」


 北側中央の通路口にいるオンドロが右の通路を指しながら緊張感のある声で警告。

 そっちはそっちで何かしら来ているのか、通路の奥を気にしながらこちらに声をかけるオンドロ。


「了解ッ!」


 今回の警護にはオンドロと『草原の風』だけではなく、一般の冒険者も二人参加していた。

 その内の一人が十八歳になったゼノス・カークだった。


 ゼノスはヤンのキャンプの後、急成長を遂げ今やCランク冒険者となっていた。

 特定のパーティには所属せず、フリーで時々助っ人として他のパーティに参加したり、清凛館の仲間と臨時パーティを組んで探索したりしていたが、基本はソロで活動していたのだった。


 彼曰く、いつかヤン教官が冒険者になってパーティを作った時にすぐに参加出来るようにソロのまま強くなるのを目指しているのだそうだ。

 ちなみにチームヤンへの加入も熱望していたのだが、ダミアンによって即却下されていた。

 リンの息のかかった人間は自分だけでいいとの理由らしいが、これ以上引き抜いて上から目を付けられるのを回避したかったのだと思われる。


 ゼノスが快足を飛ばして単身で右の通路に突っ込んで行く。


「あッ……」


 一声かけようとしたタッツォールだが全く間に合わなかった。


 キャンプ終了後も毎日訓練を継続していたゼノスは今やレベル19とは思えぬ成長ぶり。

 同じくレベル19になったオンドロと比較すると、スキル面ではオンドロに軍配が上がるものの、ステータスの総合力や実践での戦闘力という意味ではゼノスの方が優勢ではないかと思われるほど。


 そんなわけで誠に頼もしい警護役なのだった。

 警護シフトB班が『草原の風』四人なのに対してA班がオンドロとゼノス、そしてあと一人の三人だけなのもそれで充分という判断からだった。


 尚、タッツォールの本業は案内人(ガイド)であって当然ながら警護は任務に含まれていない。

 含まれてはいないが、万が一何かあった場合は協力するようにとギルドからは言われていた。

 結局タッツォールだけは実質休みなしの控え警護みたいな扱いなのは不満だったが、逆にA班稼働中の間は出来るだけサボっておこうと割り切っていた。

 そうでなくとも案内人(ガイド)としての仕事はほぼ無いに等しいのだ。

 ギルドも新体制下での案内人(ガイド)の業務最適化までは気が回らなかったらしい。


「おい、ノロマ!」


 またもオンドロの声が響く。


 ノロマと呼ばれたのはもうひとりの一般冒険者、ノロイだった。


 二十八歳のノロイはレベル22と本来であればCランクになっているべきであるにもかかわらず、昇格試験が面倒くさいという理由で数年間Dランクのままでいる変わり者だった。

 その名前の通り普段の動作がやや緩慢なのはずんぐりむっくりな体型も関係しているのかもしれないが、口数も少なく穏やかで争いを好まず草木や動物を愛でるという本人の性格由来のものもあるのかもしれなかった。

 かなり重装甲な濃紺の鎧を着用していて、両腕の肘まである漆黒のガントレットは一際目を引いた。

 武器は今やほとんど見かけることがなくなったモーニングスターで、一見してかなりの年代物に見えたが不思議な模様の装飾が施されていて何やら曰く有りげな代物であり、鎧と合わせて本人のキャラクターに全く適合しておらず、その妙なアンバランス感が滑稽さを演出していたのだった。


「はいッ」


 慌てて返事をしてオンドロの所までドスドスと駆けつけるノロイ。

 体格に似合わぬ甲高い声がまた一層コミカルな印象を与える。


「ちょっとここを頼む。少し先まで行って侵入を食い止めてくれ。出来るな」


「わかりました」


 意外とまともな指示を出しているオンドロと自信なさげながらも素直に返事をするノロイ。


 他の通路からも魔物が来ているという事か、と左の通路へ移動するオンドロの姿を目で追いながらタッツォールは理解した。

 確かに平常時と比べると魔物の数や現れる頻度が格段に多い。


 これが波なのか――。


 迷宮に暮らす子供たちは物心つく頃から、波の時は迷宮に入ってはいけないと両親や周囲の大人たちから口を酸っぱくして言われて育って来た。

 タッツォール自身、十六歳になった今でも仕事とは言え波の時に迷宮に入るなんて真っ平御免というのが本音だった。


 そうこうしているうちに北側の三つの通路それぞれに警護の冒険者がひとりづつ入って姿が見えなくなってしまったため不安に駆られたタッツォールは、それまでオンドロに任せていた索敵を【気配察知】を使って行ってみる、

 

 なるほど三人が三人とも絶賛戦闘中だった。


 魔物の数はいずれも一、ニ匹で且つ大物というわけでもなさそうなので何とかなるだろう。

 ノロイについては正直実力が全く未知数なのだが、オンドロが任せたのであれば自分も見守るほかない。


 間もなく、三人の冒険者がそれぞれの仕事を終えて採掘現場に戻って来た。

 ノロイもオンドロやゼノスに引けを取らない強さであるのがわかった。


 お互い声はかけずにゼスチャーだけでコミュニケーションを取っている三人を見て、少しだけ羨ましく感じるタッツォールだった。




* * * * *




「よーし時間だお前たち。準備はいいか」

「オウ!」


 『草原の風』のリーダーであるガモンが気合を入れると、メンバー三人が威勢よく声を上げた。


 警護役シフトの交替時間になったので、新たにB班が各々持ち場に着く。


 一方のA班はやっとお役御免。

 オンドロとゼノスはタッツォールの方へ軽く手を振って寝床を作りに向かう。

 ノロイがドタドタとその後をついて行く。


 (結局ロクに休めなかったな……)


 A班の稼働中に出来るだけ休んでおくという目論見はいきなり打ち砕かれてしまった。

 それだけ魔物の出現頻度が高かったのだ。


 採掘開始から十二時間の間で実に六回。

 うち二回はオンドロが早期に手を打ち、残り四回はゼノスやノロイも戦闘に参加する規模だった。

 魔物の数にしておよそ二十体余りだと思われる。


「よぉ、案内人(ガイド)のあんちゃん。A班はどんな感じだったんだ?」


 ガモンが早速状況確認にやって来た。


「結構大変でしたよ。魔物の数で言ったらだいたい二十くらい出ました。出現回数だと六回ですね」


「なにッ!? たった半日でか?」


 さすがのガモンも驚きを隠せなかった。

 通常の警護任務であれば一日何もない事も少なくないのがこの仕事の旨味でもあるのだ。


 やはり波の影響が顕著という事なのだろう。

 一年前の高潮の時をイヤでも思い出さずにはいられないガモンだった。


「出たのはどんなヤツらだ?」


 気を取り直して更に情報を聞き出すガモン。


「ほとんどトカゲとトサカですね。一頭だけキバウリが出たみたいです」


「ちッ、どいつもこいつも底層にゃ縁のないお客さんじゃねぇかクソッ! 厄介だな……」


 パーティとしてはCランクに昇格したものの、メンバー個々のレベルで言うとまだまだ実力不足を自覚しているだけに、下層の魔物でそれなりにレベルの高い相手となるとリスクも大きくなるのだった。


 ちなみに平常時におけるバルベル迷宮の各ブロックでの推奨冒険者ランクは以下とされる。


 底層:Dランク以上

 下層:D~Cランク

 中層:C~Bランク

 上層:B~Aランク


 あくまで上記は参考であって、実際には冒険者個々のレベル、ステータスやスキルによってその実力には大きく差があるため、一概にランクのみで判断するのは早計であった。

 これはギルドの人間やある程度迷宮滞在暦の長い者であれば常識であったが、そうでない者たちには誤解される事が多かった。


「やぁちょうど良かった」


 そこへダラックとの申し送りが済んだヌルヒチ三十七歳がやって来た。

 彼は今回の採掘業務全般の総責任者でもあった。


「のっけから大変だったらしいね」


 一年前の印象からは随分と落ち着いて貫禄のようなものが出てきたように見えるヌルヒチ。

 言葉使いまでギルドの偉い人みたいだ、とタッツォールは思った。


「今ちょうどその話をしてたんだよ。いくら波だからって魔物が多すぎだろ。こちとら割に合わねぇ仕事は御免だぜ」


 ガモンが早速ヌルヒチに愚痴を零すが、だからといってヌルヒチに報酬を上げる権限などは当然ない。


「お前さんのパーティは昇格したてで今回がCランクとしての初仕事じゃなかったかな。それなら多少の事には目をつぶってでもしっかりやり遂げるのが今後のためにも大事なんじゃないか」


 ヌルヒチがピンポイントで痛い所を突いてくる。


「そりゃまぁそうに違ぇねぇけどよぉ……」


 あっという間に丸め込まれるガモン。


 さすがヌルヒチ、伊達に採掘管理者準一級を取得しているわけではないという事らしい。

 何しろ現在バルベル迷宮で唯一の準一級取得者なのだ。

 それが今回、総責任者に任命された最大の理由だと思われる。


「いざとなれば帝国の連中も戦闘に参加させるさ。こちとら戦闘員の数だけは有り余ってるんだ。ははは」


 ヌルヒチは随分と余裕のある口ぶりだが、一方で深く考えても仕方ないとどこか投げやりになっている風な感じも見受けられた。


 数的不利または強敵相手には帝国兵も戦闘に参加させるべし、とはタッツォールも聞いていたが、その帝国兵たちがどの程度戦えるのか、伝聞でしか知らなかった。

 せめてダミアンほどに強ければ非常に心強いのだが、それはそれで別な心配の種にもなるのであまり考えたくないという部分もあるので、ヌルヒチの気持ちも何となくわからないでもなかった。


「念のため、トカゲドンとドサカも警戒しておいた方がいいと思います。キバウリが出るくらいなので」


 急に現実に戻って、最悪の事態の想定も伝えるタッツォール。


「万が一そいつらが出たらお手上げだな。さすがに俺たちだけじゃ手に負えねぇ」


 ガモンがあっさり白旗を上げる。


「そうなったらその時考えるさ、どうせなるようにしかならん」


 ヌルヒチの諸行無常観。


「一応俺も手伝いますよ」


 タッツォールは申し訳程度に言い添える。


「はは、期待してるよ」


 ヌルヒチが心にもない事を言う。

 もし一年前のタッツォールを想像しているなら致し方ないところではあるが……。


「それじゃ、よろしくお願いします。俺はちょっと休憩させてもらいます」


 タッツォールは少し仮眠をとることにして、その場を離れる。

 もしもの時にはいの一番にA班を叩き起こそうと心に決めていた。




* * * * *




「左の通路から来ます。数は三」


 タッツォールがガモンたちに接近する魔物の情報を伝えると、ガモンが配置を指示して動くというシステムでシフトB班の警護任務が続いていた。

 休憩?

 当然魔物が出た途端に叩き起こされた次第。


 なんでオレが……と何度心の中で呟いたかわからないタッツォールだが、やらなければもっと面倒な事になるのがわかっているのでやらざるを得なかった。


 『草原の風』には索敵スキル持ちがいなかったのだ。


 一年前はそんな事など全く気にせず任せっきりにしていたのが今更ながら恐ろしくなった。

 いや、そもそも採掘の警護任務に索敵スキルが必要という発想自体、タッツォールのみならず他の誰にもなかった。

 採掘現場にたまに現れるはぐれ魔物を討伐する。

 採掘の警護とは本来そういう仕事なのだ。

 

 だが今この状況において索敵系はまさに必須スキル。

 少しでも後手に回るとあっという間に魔物が採掘スペースに侵入してしまうし、そうなるとやるべき事が増えてしまう。

 採掘現場に姿を見せる前に倒すのが必須条件なのだ。


 結局、トカゲ三匹を倒すのに四人がかりで十分近くかかった。


 タッツォールも戦闘に参加していればもう少し早く倒せたかもしれないが、そうなると索敵が疎かになってしまう。


「すまないね。アタシの【風詠み】はダンジョンの中じゃ効果がなくって……」


 カイヤがわざわざタッツォールに謝りに来たのはトカゲが現れる前の事だった。


 外の世界では風を操って索敵に似た効果を得ることが出来るらしいが、迷宮には自然の風が吹かないので意味がないらしい。


 B班に交替してからかれこれ八時間になるが、これまで魔物との戦闘は三回。

 魔物の数で言うと十体と、A班の時と比べたら出現数も頻度も少ないのだがやはり戦闘毎の消耗が激しいため、疲れが蓄積して徐々に厳しくなってくるという悪循環に陥りつつあった。


「ご苦労さま。本当に助かるよタッツォール君」


 戦闘が終わる度にヌルヒチがやってきて労ってくれるのだが、素直にそれを受け入れるのもなんだかなぁと思わずにいられないタッツォール。

 心が狭くなったようでどうにもイヤなのだが、自分の気持ちに嘘はつけなかった。


「いえ、仕方ないですよ」


 力なく笑ってそう答えるのが精一杯。


「私も一応【危機察知】というスキルはあるんだが、これは自分の身に危険が迫っている時にしか発動しない上にその危険の内容までは一切わからないんだ。使えないスキルに思えるかもしれないが、これでも今まで何度か命を救われているのも事実なんだよ」


 ヌルヒチの言ってるのは申し訳ない体を装った自慢なのではないか。

 下層の魔物数匹程度では反応しないとは、大した余裕のあるスキルだなと言うわけにもいかないし。

 ただその【危険察知】をもっと磨けば【気配察知】まで習得できたんじゃないのか。


 そんな風に考えてしまう自分に少なからず落ち込むタッツォール。


 警護担当の組分けを再検討することもヌルヒチには提案してみたのだが、『草原の風』が機能するためには四人揃っている必要があるという見解により却下されたのだった。


 それにはタッツォールも同感だったので何も言い返せなかった。


「それじゃあ、もしその【危険察知】が来た時には念のため俺にも教えてください」


 それから【気配察知】をとばして間に合えばいいのだが……。


 ヌルヒチはもちろんだと言って採掘作業をしている帝国兵たちの方へ戻っていった。



 その後も順調(?)に魔物はやって来た。


 なんとか凌いでいたB班だったが、とうとう討ち漏らしたトサカ三頭が採掘現場に侵入する事態に発展。


 やむを得ずヌルヒチが帝国軍を動かす決断をして採掘担当十五人が討伐に加わることに。


 大人数でドタバタやったため、さすがに警護A班はじめ休憩中の帝国兵まで起き出して危うくパニックになりかけたのだが、状況を理解したA班の三人がトサカをサクッと討伐して一件落着。


 『草原の風』四人も三十人の帝国兵たちも、A班の実力を目の当たりにして静まり返ったのだった。


 しかしその直後――。


「タッツォール君! 危険が迫っている!」


 ヌルヒチが大きな声でタッツォールに危険を知らせる。

 ああ、本当に警告するだけのスキルなんだな、と思ったのは内緒だ。


「デカいのが来るぞ!」


 オンドロの【音波(ソナー)】にも引っかかったらしい。

 ヌルヒチに遅れをとるとは油断したな、オンドロ。


 すぐにタッツォールも【気配察知】を飛ばすと、一番左の通路の奥に大きな反応があった。

 想定していたより強い魔物じゃありませんように。


「マズイぞ。後ろからも群れが来てるッ!」


 続けてオンドロが叫ぶ。


 え!?

 後ろ?

 後ろって誰の後ろ?


 タッツォールも含め今ここにいるほとんどの人間は採掘場の北側を向いている。


 ――ということは?


 メインルート側からだと!?


 再び【気配察知】をとばすタッツォール。


「なんで……」


 思わず声が漏れる。


 ドンチャッキーの群れだ。


 底層の代理主(ボスもどき)として出てくるような魔物が一度に七頭も出るなんて前代未聞だった。


 顔馴染みである底層の魔物が久々に出たと思ったらこの展開。

 波とはなんと意地悪なのだろうか。


 ヌルヒチの察知した危険とはこちらが本命だったらしい。


 (くそ! 油断してたのは俺じゃないか。このバカバカバカ……)


 さっきの【気配察知】をもう少し長くとばしていれば気付けたものを。

 奥歯をギリッと噛みしめながら全力で自分を罵るタッツォールだが、そんな暇はないぞ。


「ヌルヒチさん! 後ろからドンチャッキーの群れが来ます。警護班だけじゃどうにもならないのでもう一度帝国兵の方、お願いしますッ」


 タッツォールが声をかけると一瞬で顔面真っ青になるヌルヒチ。

 しかしそこは唯一の準一級採掘管理者。

 狼狽する様子は見せず、ダラックにも声をかけけて一緒に帝国側のリーダーと短く会話したかと思うと、瞬く間に帝国兵全員が武器を持って整列待機状態へ。


 この辺の迅速で統率の取れた動きはさすがであった。

 

 先程トサカに侵入された時は何の準備もしていない状況だったので混乱していたが、今回は違った。


「先にこっちをやる! そっちは守りに専念してろ」


 オンドロがタッツォールに、というよりヌルヒチの方に叫ぶ。


 そのオンドロの背中越しにドサカの頭が通路からぬっと出てくるのが見えた。


 そして背後からは大きな重い生き物が複数走ってくる足音が響いてくる。


 帝国採掘部隊、絶体絶命のピンチだった――。

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