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040.帝国ドリル(三)

 第十二階層――。


「二時の方角、まっくろ三頭」


 ヤンの声に即座に反応するムンバ少佐とジュノ軍曹。

 少し遅れて鎧騎士団(アーマーナイツ)ペアが前に上がってくる。

 第三小隊で前衛の即戦力たりうるのはこの四人だった。


 マッドベア(まっくろ)が四足でこちらに突進してくる。

 前衛四人の体に緊張がはしったその時、


「ボクが先に行くよ」


 ヤンが飛び出す。

 ムンバ少佐もジュノ軍曹も反応出来ない速さ。


 ムンバ少佐たちの目の前三mの距離で一瞬にしてマッドベア(まっくろ)三頭が腹這いになって呻いていた。


「な……」


 言葉が続かず呆気に取られるムンバ少佐。

 ヤンが直接魔物と戦うのを見るのはこれが初めてだったが、直接見ていたにも関わらず未だ信じられぬ光景だった。

 となると昨夜のジュノ軍曹との立ち合いでは随分と手加減をしていたのだな、と頭の片隅で思う。


 ジュノ軍曹含め他の隊員たちも信じられないという顔で口を開けたまま硬直している。


「じゃあムンバ少佐から。全部一撃で仕留めて」


 そういえば昨日も同じような事を言われたなと思い出すが、考えるより今は行動が先だと言われるまま、【刺突(スラスト)】レベル3で三頭個別にトドメを刺す。


 二個ドロップした魔石をワルベルク上等兵が手早く回収。


 ムンバ少佐はヤンとアイコンタクトをとるとすぐに進軍指示を出す。


「よし、進路クリア。マッコル軍曹!」


「ハッ。第三小隊集合!」

「ぜんたーい、すすめッ!」


 マッコル軍曹の号令に続いてワルベルク上等兵がカウント開始。


「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ、キュウ、ハイッ!」


 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッズザッドンッ!

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッズザッドンッ!

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッズザッドンッ!




* * * * *




「あの、隊長」


 後ろからムンバ少佐に声がかかる。


「なんだ、ジュノ軍曹」


 ドンッ!


 頭だけ振り向いたムンバ少佐にヤンが横から体をぶつける。

 ちょうど十のタイミングだったのだが、ジュノ軍曹との会話を軽く邪魔したように見えなくもなかった。


「ぐっ……。ヤン君、今のはちょっと強すぎたんじゃないか」


 バランスを崩してよろけながらムンバ少佐が不満げに言う。


「気のせいだよ。体勢が良くなかったのかも」


 確かに振り向いていたのでバランスを崩しただけなのかもしれないが、真相はヤンのみぞ知る。


「すみません私のせいで」


 後ろから一部始終を目撃したジュノ軍曹がムンバ少佐に謝罪する。


 ドンッ!


 それにしてもこの体当たり行軍は会話するには極めて非合理的だなとムンバ少佐は内心で苦笑いをする。


「それで用件はなんだ、ジュノ軍曹」


「私たち今朝からまだ一度も魔物と戦っていないんですが、これでいいんでしょうかッ!」


 ドンッ!


 ジュノ軍曹も話しの終わりに体当たりのタイミングが来たので語尾に力が入っていた。


「と言ってるがヤン君、どうなんだ?」


 全てヤンの指示でムンバ少佐がひらすら弱った魔物にトドメを刺すというのを繰り返していたので、ジュノ軍曹の質問はそのままヤンに投げるしかなかった。


「みんなは午後からかな、たぶん」


 ヤンが答えるが、どういう意図なのかはさっぱりわからなかった。

 しかもたぶんってなんだよ、たぶんって。


 ドンッ!


「あ、そうだ。ムンバ少佐、迷宮だんご!」


 突然思い出したようにヤンが大きな声を出す。


「ああ、昨日のアレか。まだ持っているが、どうかしたのか」


「食べて。今すぐ」


 ドンッ!


「歩きながらか?」


「うん。早く」


 言われるがまま、昨日ヤンからもらった迷宮だんごを取り出して頬張るムンバ少佐。

 列の先頭なので後ろからは見えないことを祈りつつ……。


「む、これは美味いな……」


 思わず口に出てしまう。


 ドンッ!


「ごほッ、むぐッ」


 まだ口にある状態でしゃべったところへ体当たりを食らってむせてしまうムンバ少佐。


 ヤンがすぐに背中を叩いてくれたのでだんごは無事胃の方へ落ちていった。


「すまないヤン君。ありがとう」


 ドンッ!


「どういたしまして」


「しかしなぜ今なんだ?」


「だってスキルたくさん使ったでしょ。回復しとかないと」


 ドンッ!


「今のだんごにそんな効果が!?」


「見てみたらいいよ」


「ステータスオープン……おおッ! 本当だ!」


 スキル値が全回復しているのを見てムンバ少佐が驚愕する。


 ドンッ!


「あの、それで私たちは午後までただ待っていればいいんでしょうか」


 ジュノ軍曹が不安そうに確認してくる。


「ヤン君がそう言うんだから仕方がない。堪えてくれジュノ軍曹」


 ドンッ!


 言った方も尋ねた方も体当たりのタイミングを外さないよう集中は切らさない。


「わかりました」


 ジュノ軍曹が引き下がったのとほぼ同時にヤンが新手の登場を告げる。


「十一時方向、まっくろとレッドベアもいるね」


「なにッ!? 行軍停止だマッコル軍曹」


 ムンバ少佐がマッコル軍曹に命じる。


「ぜんたーい、止まれッ!」


 隊員の停止を確認した上で、マッコル軍曹が続ける。


「防御陣ッ!」


 レッドベアがいるため、万一接近された場合に備えて防御主体の隊形を組むよう命じたのだ。

 これまでの道中で実際に魔物と戦うのはヤン一人とわかっているから、というのもある。

 いずれにしろこの辺はムンバ少佐とマッコル軍曹の阿吽の呼吸の為せる業であった。


 マッドベア(まっくろ)五頭を従えたレッドベアがゆっくりとこちらへ向かって来る。

 突進してこないのは余裕なのか、あるいは警戒しているからなのか。


 敵が約五m先でピタリと停止し、暫し睨み合いとなった。


「ヤン君、今回も同じようにやるのか?」


 第一小隊が苦戦したレッドベアを目の前にして急に不安になって確認するムンバ少佐。


「うん」


 ヤンの答えはいつもシンプル。


「あの敵でも一人で大丈夫だと?」


「うん。全然問題ないよ」


「そうか。くれぐれも無理はしないでくれよ」


 納得して送り出すしかないのはわかっているが、ついつい老婆心で余計な事を付け足してしまうムンバ少佐。


「ははは……」


 短く乾いた笑いを残してヤンが消える。

 何度見てもこの動き出しの驚異的なスピードには唖然とするしかない。

 そして魔物を瞬時に無力化する恐ろしいまでの強さ。

 到底自分の物差しで測れる相手ではないと半ば思考放棄させられるほどの存在。

 ヤンの事はかなり信頼できると思っている一方で、その底知れぬ実力が畏れとなってある種の不気味さを感じているのもまた事実なのだった。


 ムンバ少佐が思案している一瞬のうちに既にヤンは仕事を終えていた。


 隊員たちからはおお!と低い歓声があがる。

 もはや彼らの中の誰も、ヤンをただの案内人(ガイド)の少年などと思っている者はいなかった。


「ムンバ少佐、一撃だからね」


「わかっている」


 これも既に今日何度目のやり取りだろうか。


 万が一がないよう確実に【刺突(スラスト)】レベル3でトドメを刺す。


 最後に、動けなくなってはいるがその目は怒りに満ちており、唸り声も発しているレッドベアの前に立った時、首筋にピリッと強めの静電気に似た嫌な感じの痛みが走った。


 その直後、レッドベアの腕だけが大きく動いてムンバ少佐の足を刈り取ろうとした。


「ああッ!!」

「隊長ッ!」

「危ないッ!」


 隊員たちもムンバ少佐を注視していたのでレッドベアの動きに気付き、大声を上げる。


 しかしムンバ少佐にはレッドベアの動きがスローモーションのように見えたので、なんなくステップで回避成功。

 直前のピリッで首筋に当てた手はそのままだった。


「ナイス! じゃあ早くトドメ!」


 褒めた後ですぐ急かすヤン。


「わかった」


 ここは更に念には念を入れて――。


「ハァァァッ……ハァッ!!」


 【刺突(スラスト)】レベル4で巨体の半分を消し飛ばしてやった。


「あッ……」


 ムンバ少佐が固まる。


「やっと来たね~。おめでとうムンバ少佐」


 ヤンが隣にやって来てムンバ少佐の背中をポンとした時、ムンバ少佐は我に返って更に驚きの表情に変わる。


「ヤン君……一体なにが……」


「ステータス見たらわかるよ」


 言われるままにステータスを開くムンバ少佐。


----------------

 エルクック・ムンバ LV(29)

 年齢:28

 職業適性:剣闘士 LV(4)

 体力:456/476

 魔力:111/112

 状態:絶好調

 スキル:117/152

     刺突 LV(4)

     斬撃 LV(3)

     斬撃波 LV(3)

     斬り払い LV(3)

     掌撃 LV(2)

     体力増強 LV(1)

     必殺剣 LV(0)

     直感 LV(0)

----------------


「こ、これは……」


 見たこともないスキルが新しく二つも増えていた。


「どうかしたでありますか、少佐」


 ムンバ少佐のただならぬ様子にマッコル軍曹が気付いて心配してくれた模様。


「いや、大丈夫だ。ありがとう」


 いやいやどういたしましてと照れるマッコル軍曹はムンバ少佐の視界に入っていたかどうか。

 一方、その背後ではワルベルク上等兵が魔石を回収していた。


「ちょっと……」


 ヤンが少し離れたところで手招きしていたので、そちらへ移動するとそっと耳打ちで話しかけられる。


「どっちもパッシブスキルで勝手に効果があるヤツだけど【必殺剣】は取り扱い注意だよ。今後稽古や模擬戦みたいに人間相手の時は剣で戦うのはなるべくやめた方がいいかな。無意識に殺しちゃうから。あと今後は格闘を積極的に使った方がいいと思う。そっちのスキルまだ少ないみたいだし」


 ムンバ少佐の格闘術の師匠は若いうちはスキルよりも基礎重視で肉体と精神の鍛練をとことん突き詰めるタイプだったので、ヤンの言う通り格闘系スキルは一つしか習得していなかった。

 代わりに比較的若いうちに【体力増強】を覚えたので同世代の中ではフィジカルは頭ひとつ抜けていたのだった。


「もしかして君は鑑定持ちなのか?」


「あれ? 言ってなかったっけ。ごめん。ドリルの間はずっとみんなの成長を確認してるんだ」


「常時鑑定……そんなことまで出来るのか。本当にどこまで底が知れないんだ君は」


「とりあえずムンバ少佐の分はこれで一旦終わりだよ。後は自分で新しく覚えたスキルのレベルを早めに上げてもらって、剣術の攻撃回数多くなるヤツとか覚えると必殺剣が活きてくるんだけど、出来る?」


 出来るかと言われても何をどうすればどういう結果になるのかサッパリだった。

 攻撃回数が多い方がいいというなら、速度を上げてなるべく手数を多くするよう心掛けるくらいか。


「努力してみるよ」


 出来ないわからないとは言えない。

 今まで部下を差し置いて自分だけ経験値稼ぎさせてもらった負い目もある。


 それにしても一度に新スキル二個か……ふふふ、面白い。

 これがドリルヤンたる所以なのだな、なるほど。


 昨日レベルアップした時以上に心が沸き立つのを抑えきれないムンバ少佐だった。




* * * * *




 第三小隊は狭く長い穴を進んでいた。


 穴の直径は約三mぐらいあるので、体当たり行軍は続けられていた。

 直前の休憩時に石が一つ追加されていたが、隊員たちの足取りには大きな変化は見られない。


 ヤンが片手を上げた。

 止まれの合図だった。


「ぜんたーい、止まれッ」


 最後尾のワルベルク上等兵になんとか聞こえる位まで声量を落としてマッコル軍曹が号令をかける。

 穴の中では音が大きく響くので事前にヤンから注意があったのだ。


「魔物か?」


 ムンバ少佐が小声でヤンに尋ねる。


「うん。たぶんクモだと思うけど結構たくさんいるみたい。ちょっと厄介だなぁ」


 ヤンがクモと呼んでいるのは正式名タランテスと言う平均体長一m程のクモ種の魔物である。

 元々下層にいる魔物なので中層の魔物より討伐難易度は低いが、狭い場所で糸を出されると身動きが取れなくなって成す術もなくやられてしまうため、出来ればなるべく広い空間で出会いたい魔物であった。

 しかも群れで行動する習性があるため、基本的には見かけたら逃げるというのが冒険者の鉄則とされている。


 一応上記の情報はムンバ少佐も把握していたので、即座に状況を理解したのだった。


「では一旦後退だな」


「ううん、せっかくだから経験値稼ぎしよう」


「大丈夫なのか?」


「ペクちゃんと氷魔法使える三人でやるよ。あとは少し戻って待機で」


「わかった。マッコル軍曹、聞いていたか」


「もちろんです少佐」


 言うなりヤンの指名した隊員に声を掛けに行くマッコル軍曹。

 ジュノ軍曹はすぐ後ろで聞いていたので既に理解していた。


「では頼んだぞヤン君」


 ムンバ少佐は他の隊員と共に後方に下がっていった。


「じゃあ氷結の準備だけしといて」


 身を低くしたヤンが小声で指示を出す。


 同じく身を低くしたままホランド伍長、ホーネック一等兵、プレスキー一等兵がそれぞれ頷く。

 ジュノ軍曹もヤンの隣で同じ姿勢で待機。


 前方に小さい光がポツポツと見えてきた。

 タランテス(クモ)の眼が光っているのだった。

 よく見ると二つの光が等間隔でセットになっているのがわかる。


「クモは横や上にもいるから氷結は奥行き五mくらいで穴全体をぐるっと凍らせるイメージでね」


 ヤンの言うことを理解した三人はそれぞれ大まかな担当範囲を相談して決めた模様。

 後はじっとヤンの合図を待つのみ。


「今だよッ」


 タランテス(クモ)の姿がはっきりと視認できるようになったところでヤンが合図を出す。


 三人が一斉に【氷結(フリーズ)】を放つと、三重詠唱(トリプルスペル)による強力な効果が発生する。

 魔力効果重複の光と共に辺り一帯を急速に冷気が覆う。


 パキパキともミシミシともいう音が響き、みるみるタランテス(クモ)の脚まで巻き込んで穴の壁面が凍る。


 だが、タランテス(クモ)の数は尋常ではなかった。

 脚が凍って動けないタランテス(クモ)を乗り越えるように後ろからタランテス(クモ)がまた湧いて来る。


「まだまだ。どんどん凍らせて」


 ヤンが檄を飛ばすと、三人も気合を入れて二度目三度目と【氷結(フリーズ)】をかけ続ける。

 すると徐々にタランテス(クモ)の脚から体までも凍っていく。

 厄介な糸を出す尻まで凍れば合格だった。


「ペクちゃん、糸が来たら燃やして」


「はいッ」


 乗り越えたタランテス(クモ)がだんだん近くまで来るようになったのでそろそろ糸が届く頃合いらしい。


 言ったそばから一本飛んできた。

 空中でその糸が燃えて消える。


「ナイス、ペクちゃん。その調子」


「はいッ」


 タランテス(クモ)の糸は粘性と弾力に優れているだけでなく魔法耐性まであるのだが、唯一火属性が弱点だった。

 ただ、飛んでくる糸を回避する身体能力や空中の糸を燃やし尽くすだけの火力がないとどの道被害は避けられないので、必ずしも火魔法があれば安全とは言い切れないのだった。

 また、現在の場所のような狭いところで火魔法を使うのは酸欠及び二酸化炭素中毒のリスクがあるため、ただ闇雲に使えばいいというものでもなかった。


「そろそろかな」


 ヤンが呟くのをジュノ軍曹だけが耳にした直後、急に新たなタランテス(クモ)が奥から出てこなくなった。


 ヤンがいきなり振り向いてじっと見てきたのでジュノ軍曹はドキッとする。


「ペクちゃんは待機ね」


「はい……教官」


 頬を赤らめながら突然教官呼びのジュノ軍曹。


 ヤンはジュノ軍曹に教官と言われてまんざらでもなさそうな顔で照れているが、ジュノ軍曹以外の三人は意味がよくわからないという顔をしていた。


「じゃあみんな、好きな方法一つだけ決めてあのクモ全部倒しちゃって。奥のクモは堰き止めてるから心配しなくていいよ」


 ヤンが残り三人に向かって告げると、ホランド伍長が立ち上がって尋ねる。


「剣でも魔法でもいいのか?」


「うん、何でもいいよ。但し決めたらその方法だけで倒してね」


「了解。みんな行くぞ!」


 さすがホランド伍長、三人の中では階級が一番上だけある。


 三人で駆けて行くとホランド伍長は槍で、ホーネック一等兵とプレスキー一等兵はいずれも氷槍(アイスランス)で次々と体半分ぐらいまで凍って動けず糸も出せないタランテス(クモ)にトドメを刺していく。

 タランテス(クモ)自体それほど防御力がある方でもないので、攻撃がしっかり当たればダメージは通るのだ。


 順調にタランテス(クモ)を倒していく三人。


「あっ……」


 突然ホーネック一等兵が動きを止めて棒立ちになる。


「どうしたウィル!」


 プレスキー一等兵が駆け寄って肩を激しく揺すると、ホーネック一等兵が力なく呟いた。


「魔力切れだ……」


 茫然と立ち尽くしていたホーネック一等兵がそこで両膝を着いて座り込んでしまった。


 魔力切れになると体力が半減するのだが、ホーネック一等兵の体力がこの時そこまで減っていたとは思えないのでこれはあくまでも精神的ダメージによる一時的虚脱状態と思われる。

 一度説明済ではあるが魔力切れになると充分な休息を取るまで魔力が回復出来ない状態になる。

 これはアイテムやスキルでも回復不可なので魔力切れにならないよう注意するのは基本中の基本だった。


「おい! しっかりしろ! まだ魔物はいるんだぞ」


 プレスキー一等兵が再び肩を大きく揺するが、反応がない。


「ホーネック一等兵が魔力切れを起こしたって事はプレスキー一等兵もそろそろ危ないんじゃないのか」


 ホランド伍長がプレスキー一等兵の傍まで来て警告する。


「あ、はい。そうだと思います」


 立ち上がって答えるプレスキー一等兵。


「あーごめんごめん。注意するの忘れてたよ」


 ヤンがやって来てニコニコしながら謝る。


「ホーネック一等兵はこれで体力回復して、後は仕方がないから剣で倒そうか」


 言いながらホーネック一等兵に回復薬(ポーション)を飲ませるヤン。


 体力が全快して少し気持ちに余裕が出来たのか、ホーネック一等兵が自分で立ち上がる。


「申し訳ない。浮かれて油断してしまった」


「まぁまぁ。仕方がないよ。とりあえず後は剣で倒してね。頑張って」


 ホーネック一等兵を励ましつつ、プレスキー一等兵の左腕を取って何やら念を込めているヤン。


「おわぁッ、なんだこれ!」


 プレスキー一等兵が大声を上げる。


「どうしたんだ?」


 ホランド伍長が心配して声を掛ける。


「魔力が……魔力が流れ込んでくる……すごい……」


「ボクの魔力を分けてあげたから、まだ魔法使えるよ。足りなくなりそうだったら言ってね」


 あっけらかんとヤンが言った内容は一般常識的に有り得ない異常事態だった。


 魔力を回復する手段というのは休息による自然回復以外では魔力回復薬(マナポーション)を使用するのが一般的とされるが、魔力回復薬(マナポーション)は極めて高価な上に常時品薄状態で入手困難であった。

 他に幾つか魔力回復効果のある特殊なスキルが存在するとされるが、【鑑定】以上に希少なスキルとされていた。


 今、ヤンが行ったのがそのスキルによるものなのかそうでないのかはヤン以外には誰も知る由もなかったが、何の前ぶれもなく唐突にしかも自然に行うようなものでないことは誰もが理解していた。


※参考:魔力回復系スキル

 【魔力収集】大気の魔素から魔力を抽出して自家生産する。レベルアップで収集効率上昇。

 【魔力供給】自分の魔力を他人にシェアする。レベルが上がると複数人にシェア可能。

、【魔力変換】自分の体力と魔力を相互に任意の量だけ変換できる。レベルアップでチャージタイム減少。

 【全回復】体力・魔力・ステータス異常を全て最大回復する。レベルアップでチャージタイム減少。


「さぁ、まだ次があるから早く全部やっつけちゃってよ」


 ヤンに急き立てられるようにタランテス(クモ)の始末に戻る三人。


 ヤンの言う次があと何回続くのかについては誰も考えようとはしなかった。




* * * * *




 第十三階層――。


 ヤンが片手を上げると、ムンバ少佐の指示を待つまでもなくマッコル軍曹が停止合図。


「じゃあ今度は鎧の二人だね」


「おうッ!」

「っしゃ!」


 ヤンがウリゲル少尉とエリンコヴィッチ准尉に向かって微笑みかけると、待ってましたとばかりに二人がヤンの隣に並ぶ。


「万が一のためにペクちゃんもお願い」


「はい、教官」


 ジュノ軍曹が嬉しそうに反対側のヤンの隣に立つ。


 少し先により明るい空間が広がっている。

 これまでの経験から拓けた空洞状のスペースがあると思われた。

 どうやらそこに魔物がいるらしい。


 エリンコヴィッチ少尉は今こそ自分が力を見せる時だと猛烈に意気込んでいた。


 幼馴染のテオ(ウリゲル少尉)と一緒に故郷である地方都市バラドムを後にして帝都へ出て来たのは十五歳の時だった。

 すぐ軍に志願し即採用となってからはひたすら訓練訓練訓練に明け暮れる日々。

 それがようやく昨年、昇進と同時に念願の鎧騎士団(アーマーナイツ)と称される帝国軍第四師団第三大隊に配属され、より一層の努力と鍛錬を続けてメキメキ頭角を現してきた矢先に今回の遠征メンバーに選ばれたのだった。


 第三大隊からは都合十人選抜されたのだが、ダンジョンの中に入れたのは自分とテオだけだった。

 それ自体は嬉しく誇らしかったが、本当は第三大隊に残ってその中で切磋琢磨していたかった。

 こうしている間に、同期や仲間たちにどんどん置いて行かれるのではないかと思うといても経ってもいられなくなるのだった。


 しかし、今この下層に入ってからは状況が変わった。

 自分たちが確実に成長できる手応えを感じつつあったのだ。

 

 このヤンとかいう案内人(ガイド)は聞けばまだ十二歳の子供だと言うではないか。

 それなのに司令官閣下ですら苦戦したと言われる魔物を一瞬でのしてしまう実力の持ち主なのだ。

 そして彼が自分たち小隊の育成に手を貸してくれると言う。

 実際すぐにテオはレベルアップしてみせたし、他に四人もレベルアップしている。

 スキルを覚えた者もいるし、スキルレベルが上がったという者もいたようだ。


 だが、まだ自分は何も成していない。

 何も得ていない。


 だから今ここで、そうまさに今こそが自分の出番なのだと固く信じて疑わなかった。


「で、相手はどんな魔物なんだ?」


 エリンコヴィッチ准尉がヤンに尋ねる。


「たぶん男爵かな。数が多いからまた魔物寄せを使おうかな」


「男爵ってなんだ?」


 貴族の爵位なのはわかってはいるが、魔物にそういう名前のものがいるとは聞いたことがなかった。


「ああ、ごめん。確か正式名称はヒューミーバットだったかな。ハラジロコウモリの進化種だよ」


「いや、そのなんとかコウモリをまず知らねぇよ」


 確かに帝国軍遠征隊は底層でもハラジロコウモリには遭遇していなかった。

 もともとメインルート付近に出てくる魔物ではない上に、波の最中ということもあっておそらくは上位の魔物の養分になってしまっていたものと考えられる。


「エリコヴィッチ准尉、教官に対してそういう口の利き方はよくないと思います」


 ジュノ軍曹がヤンの反対側から身を乗り出してエリンコヴィッチ准尉を軽く牽制する。

 特に怒っていたりという風ではなく、少し眉をしかめて困ったような表情。


「は? 別に上官でもなければ軍人ですらない子供に口の利き方も何もねぇだろ」


 別に気を悪くしているのではなく素でこういう口調なのだ彼女は。

 そう、エリンコヴィッチ准尉は女性なのだった。


「でも今は私たちを訓練してくださっている教官です。そうですよね、隊長!?」


 最後のところを取り分け強調して後ろに投げかけるジュノ軍曹。


「そうだ。ヤン君は今、我々の教官だぞ」


 即答したムンバ少佐の言葉に一部がざわつくが、既にレベルアップ済みの隊員たちは納得した顔で頷いていた。


「ほら、隊長も言ってます」


 ジュノ軍曹の笑顔には誰も逆らえない。


「わーったよ。次から気を付ける。次からな」


 エリンコヴィッチ准尉の言質が取れたジュノ軍曹がにこにこして大きく頷く。


「オルガ、無駄話はその辺にしとけ。ヤン教官、その男爵とやらの情報をくれ」


 ウリゲル少尉が精悍な顔で話を戻す。

 早速教官呼びに順応する辺り、上官の言葉に素直に従う優秀な若者であった。


「男爵は体はコウモリで人間の子供くらいのサイズだけど頭は人間っぽくて知能も低いけど一応あるよ」


 ヤンの説明によると男爵は主に噛み付きと超音波を攻撃手段としている(ハラジロと一緒)。

 噛み付きは吸血効果を伴っており、体力と魔力を奪われるため極めて危険とされる。

 超音波はそれ自体には三半規管を一時的にやられる効果しかないが、男爵の場合麻痺・催眠・混乱の三つの効果がランダムで付随するのでより危険度が上がっていた。

 但し、超音波には指向性があるので頭の向いている方向の直線上にいなければ影響を受けない。


「飛ぶヤツは厄介だな。で、どうやって倒すんだ? まさかオレたちも瀕死の魔物の息の根を止めるだけなのか」


 ウリゲル少尉が皮肉っぽく言うのもわからないではない。

 曲がりなりにも皆で協力して倒した昨日とは違って、今日は朝からずっと胸糞の悪い作業ばかり見て来たのだ。


「魔物相手に自分の力を見せつけたいならそれでもいいけど、強くなりたいんじゃなかったの?」


 皮肉には皮肉を。

 ヤンも一切容赦がなかった。


「それは……」


 言葉に詰まるリゲル少尉。


「面倒臭ぇこと考えるんじゃねぇよ。言われた通りやるのが軍人の仕事だ」


 エリンコヴィッチ准尉がウリゲル少尉の不甲斐なさを詰る。


「……わかった。言う通りにする」


 納得したのか諦めたのかはわからないが、とりあえず了承したウリゲル少尉。


 後方のムンバ少佐からの無言の圧が物凄かったのも大きかったと思われる。


「あ、そうだ。マーヴィン! ちょっと来て」


 ヤンが後ろに向かって声をかけるとプレスキー一等兵がやって来た。

 いつの間にそんなに親しくなったのか。


「これから土魔法を使うからよく見てて。もし出来そうなら一緒にやってもいいから」


「わかりました、教官」


 いつの間にお前も教官呼びになったのかプレスキー一等兵。


「じゃあ行くよ」


 ヤンに続く四人。


 すぐに予想通りの拓けた広い空間(ホール)に出た。

 天井が妙にもぞもぞしているのは男爵たちがこちらの気配を察したからだと思われる。


 ホール入口のところで一旦停止し、四人を待機させるとヤンは早速行動に移る。


 魔物寄せと呼ばれる撒き餌(今回のはコウモリ用に血を混ぜてある)を地面に置いて男爵をおびき寄せると、毎度お馴染み土魔法で岩を天井付近に作り、集まった男爵どもの上に落とす。

 ハラジロよりも体力がある男爵は多くが息絶えることなく持ちこたえるが、まず確実に羽根をやられるため再び飛ぶことは叶わないのだった。

 コウモリ種の超音波は飛行中にしか発することがないとされていたので、飛べないコウモリはザコ中のザコでありもはやただの経験値袋に過ぎなかった。


 尚、落下する岩に巻き込まれず難を逃れた男爵へはヤンから石礫が容赦なく飛んで行って直撃。

 致命傷にはならないよう敢えて肩の部分を打ちぬいている様子。


「あんなの無理だろ……」


 事前に聞いていて自分も援護するつもり満々だったプレスキー一等兵が絶望の表情を浮かべていた。


 岩落しをかれこれ十回くらい繰り返したところでヤンが合図を出す。


「いいよーッ!」


 ヤンが声を発した瞬間、待ち構えていた二人が飛び出す。

 こちらも事前にヤンから注文があり、出来るだけ連続技を意識して倒すようにとのことだった。


 双剣のエリンコヴィッチ准尉はともかく、大剣のウリゲル少尉にはなかなかに難しい注文だったが、それでも必死に全力で剣を振るい続ける二人はすぐに汗びっしょりになりながらも、その動きはだんだんと研ぎ澄まされていくのだった。



「ハァッ、ハァッ、ハァッ……これで全部か?」


「ああ……たぶんな……ゴホッ」


 辺り一面に魔石が散らばっている中、肩で息をしながらもまだ戦闘態勢で立ち続ける鎧騎士二人。


「エリンコヴィッチ准尉!」


 突然呼ばれたので振り向いたところへヤンが大きなものを放り投げてきたので、反射的にそれを斬り刻むエリンコヴィッチ准尉。


 バラバラになった肉片が地上にボタボタと音を立てて落下するのを見ていたエリンコヴィッチ准尉が叫ぶ。


「いよっしゃーッ!! キターーーーッ!!}


 両手を大きく頭上に掲げてガッツポーズ。

 エリンコヴィッチ准尉はレベルアップと共に新スキル【連撃破】を獲得。


 【連撃破】は連続技(コンボ)継続により攻撃力が上昇するレアスキルで、手数の多い双剣で最も有効と言われている。

 技がヒットしていれば与ダメージ有無は無視される上、バフ効果に上限がないとされているため、連続技(コンボ)を継続させる技術さえあれば理論上は物理攻撃最強にもなれるはずであった。

 しかもスキルレベルを上げると攻撃力の上昇率と共に会心率まで上昇するおまけ付き。


「おめでとう」


 ヤンが拍手。

 ちなみにヤンが放り投げたのはレベル4の男爵だった。

 (それまで相手にしていたのはレベル3)


「なんだよ、また抜かれちまったのか」


 ウリゲル少尉が疲れを忘れたような笑顔で戦闘態勢を解く。


「お二人とも、怪我はありませんか」


 ジュノ軍曹が近づいて来て声をかける。


「いや、大丈夫だ」

「あってもかすり傷だ、こんなもん」


 今の二人のアドレナリンでは多少の怪我などものともしないのだろう。


「お疲れ様でした」


 笑顔で二人の奮闘を労うジュノ軍曹。


「自分は役に立てませんでした。すみません教官」


 ジュノ軍曹の後からやって来たプレスキー一等兵がしょんぼりしてヤンに報告する。


「気にしなくていいよ。実戦での土魔法の使い方の参考になればいいから」


 慰められて気を取り直した様子のプレスキー一等兵。

 立ち直りの早さは一級品か。


「もう終わったようだな。ご苦労さま」


 後方に待機していた隊員たちを連れてムンバ少佐が合流してきた。

 ワルベルク上等兵が物凄い速さで魔石を回収していく。


「もう遅いから今日はここでキャンプにするよ」


 ヤンがおもむろに提案する。

 確かにもう夜の九時を過ぎていた。


「魔物は大丈夫なのか?」


「ここにいた分は全部倒したからね。ホールの前後に見張りを立てれば大丈夫だと思うよ」


 ムンバ少佐も納得した様子なのを見てマッコル軍曹が号令をかけると、すぐに全員が野営の準備に動き出した。

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