004.最年少案内人(三)
「おりゃッ! 今ので何体目だサラ!?」
「知らないわよ。あたしは、あんたの、御守りじゃ、ないん、だか……らッ」
ミゲルと目を合わせることもなく剣を振るサラは残り少ない魔力で【氷槍】を放つ。
『青の開拓者』の面々にとって本日七回目の戦闘。
相手は毎度お馴染みとなったヒューラットのグループ。
偶然のエンカウントが二回、第一・第二階層の代理主がそれぞれ一回、ヤンの案内する魔物多発ポイントでのガチ戦闘が三回。
一戦毎に充分な休憩を取っているとはいえ、身体の奥深くに蓄積された疲労はそう簡単に抜けるものではなかった。
徐々に言うことを聞かなくなる肉体を気合で動かして戦う四人。
身体だけでなく精神的な疲労も色濃くなってきていたが、正味十五分程で魔物の掃討を完了。
「ハァ、ハァッ。これで全部だな。みんなお疲れ様」
盾を一旦放棄しバスターソードを両手持ちで振り回していたノビリスが剣を地面に突き立てて疲れた体を支えている。
「さすがのオレ様もそろそろ限界だぜチクショー」
「あたしももうスッカラカンよ。チャッキー祭りもいい加減おひらきにしてほしいわ」
今回の戦闘はこれまでで一番魔物の数が多かったので全員疲労困憊。
しかしその分魔石は七個もドロップしたので頑張った甲斐はあった。
「……レベルが上がった」
「えツ!?」
「ハァ!?」
「なんだと!?」
アモンの一言に三者三様の驚愕リアクション。
誰もが一瞬体の疲労を忘れるほどの衝撃。
「マジかよ?」
「マジなの?」
「アモンは確かここに来る前はレベル18だったよね。ってことは……」
「ウソ!? あたし追いつかれたの? 二つも年下なのに!」
「いや待ておかしいだろ。なんでレベルアップしたってわかるんだよ」
レベルは【鑑定】スキルで見えるステータス情報により確認できるが、【鑑定】スキルは結構なレアスキルであるため恩恵に預かれるのは極々一部の者に限られていた。
そのため通常は冒険者ギルドにある鑑定石という魔道具を使って確認するのが一般的だった。(ちなみに占いでも判定可能とされるがその精度については諸説ある)
鑑定石は【鑑定】スキルのレベル1と同等の効果があり、誰でも使用できる点と使用にあたって消費するコストがゼロという点で非常に有用な魔道具である。
但しギルドで使用する際には一人一回につき銀貨一枚の有償サービスとなっており懐に優しくないため、実際の利用頻度はそこそこであった。
「あ、みんなにはまだ言ってなかったね。ごめん。塔の中ではみんな自分のステータスが見られるんだ」
ヤンの口ぶりではどうやらこのバルベル迷宮では様子が違うらしい。
まだピンときていない三人がどういうことだとぶつぶつ呟きあっていると――。
「ステータスオープン」
低く静かなアモンの声が迷宮内に響いて息を呑む三人。
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アモンディ・キルモアド LV(19)
年齢:17
職業適性:レンジャー LV(3)
体力:144/172
魔力:92/93
状態:通常
スキル:25/68
気配察知 LV(3)
弓連射 LV(3)
命中補正 LV(2)
回避攻撃 LV(2)
罠解除 LV(2)
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アモンが目の前を指差して三人の方を見つめるが、三人にはアモンのステータスは見えていない。
「それならオレも……ステータスオープン」
何かを察したノビリスが半信半疑で同じ言葉を口にする。
「うわッ!」
ノビリスの目の前、顔から約30cm程離れた空中に薄青い枠が浮かび上がっていた。
滑稽なほど大袈裟なリアクションで驚くノビリスを見てミゲルとサラまでビクッと身を固くする。
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ノビリス・クー LV(22)
年齢:22
職業適性:盾兵士 LV(3)
体力:134/286
魔力:83/84
状態:疲労
スキル:18/85
盾防御 LV(3)
盾攻撃 LV(1)
体力増強 LV(1)
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「……すごいな。鑑定石と同じだ。二人もやってみろ」
初めて鑑定石以外の方法でステータスを開いたノビリスは感慨深そうにまじまじと表示を見つめている。
鑑定石を使用した場合は石の真上にステータスが表示されるので道具を使った感があるのだが、今は何もない空間に枠だけが表示され、しかも自分が動くとその枠も一緒についてくるというのが新鮮でもありやや気味悪くもあるという不思議な感覚だった。
「マジかリーダー。そんなら……ステータスオープン」
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ミゲル・カブレオラ LV(20)
年齢:19
職業適性:剣士 LV(3)
体力:103/215
魔力:81/82
状態:疲労
スキル:15/70
斬り払い LV(2)
回転斬り LV(2)
瞬足 LV(2)
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「ステータスオープン」
サラも続く。
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サラサール・リャドフ LV(19)
年齢:19
職業適性:魔法師 LV(2)、剣士 LV(2)
体力:98/184
魔力:4/152
状態:疲労
スキル:23/58
連続突き LV(2)
炎魔法 LV(1)*
氷魔法 LV(2)*
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「本当に鑑定石と同じものが見えるのね。なんだかすごく得した気分」
サラが氷魔法の列付近に触れると、何かに軽く触れたような感覚と共にポッという柔らかい控え目な音が聞こえて目の前の枠の上に更にもうひとつ枠が現れる。
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スキル:氷魔法 LV(2)
- 氷槍 LV(2)
- 氷結 LV(2)
- 氷盾 LV(0)
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「これも同じね……ってあら、新しい魔法をおぼえてるわ。じゃ早速……【氷盾】!」
直後、サラが伸ばした右掌の先に氷の結晶が集まるようなエフェクトが現れる。
集約した結晶が一瞬光った後に半透明の青白い盾が空中に現れた。
「できたッ!」
喜ぶサラ。
改めてステータスを見ると【氷盾】がレベル1になっている。
「でも発動するまでちょっと時間差があるのが気になるわね……」
「どれどれ……」
ガキンッ!
盾を出したままサラが思案していると、ミゲルがいきなり剣を盾に叩きつけた。
「ちょっと何すんのよいきなり!」
「いや、実際どんなものかと思って。もう一回、今度は本気でやってみるわ」
「お断りよ! あんた加減ってものを知らないんだから」
「いやいや、盾の性能を検証するのに加減してどうすんだよ。いざ実戦で役に立ちませんでしたじゃ目も当てられねぇだろーが」
「ちょっと待って! その盾は魔法で作ってるから魔力消費で強度を維持できるけどサラさんは今もう魔力不足だからやめといた方がいいと思うよ」
「そうなの?」
あわててステータスを確認するサラ。
4あった魔力が今は1にまで減っていた。
「ちょっと! あんたのせいで魔力切れ起こすところだったんだけど!」
ミゲルの左肩をがっしり掴んで食って掛かるサラ。
通常魔力は時間経過や食事、睡眠により自動的に回復するのだが、魔力が0になると魔力切れ状態となり現在の体力が半減するほか一定時間魔力が回復しないペナルティが発生するのだ。
「いや知らねーし」
サラのあまりの剣幕に引き気味のミゲル。
サラの鷲掴み攻撃で体力が1減ったのだがそれを指摘するのも憚られた。
自分でもちょっと調子にのったかなという自覚はあったらしい。
とは言え、そもそも魔力が4しかない状態で初めての魔法を使うサラもどうかしている。
【氷盾】の消費魔力が3だったので運良く1残ったが、もし消費魔力が4なら即魔力切れになっていたのだ。
「それと言い忘れてたけどステータスを見るのは魔法扱いになってるみたいで魔力を1消費するよ。うっかり魔力切れにならないように気を付けてね」
「それ早く言ってよ。あたし今もう1しか残ってないんだけど」
「サラ、それをヤン君に今言うのはどうかな」
『青の開拓者』の良心ノビリスが仲裁に入る。
「え……でも新しい魔法、使ってみたくなるじゃない」
「気持ちはわかるけど、自分の魔力の管理はあくまでも自己責任だろ」
「……うん」
「なぁ少年。このステータスってのは便利なもんだけど、一体どういう理屈なんだ?}
しょぼくれたサラを不憫に思ったのかミゲルが珍しく話題を変える。
「正確なことはわからないけど色々諸説あって今はこの塔内専用で使える汎用スキルみたいなものじゃないかっていうことに落ち着いてるみたい。実際誰でも使えるからね。魔力があればっていう条件付きだけど」
「誰でも使えるの?」
「うん。子供でもね。ボクみたいに」
「そんでこのステータスはいつになったら消えるんだ? ずっとあると邪魔なんだけど」
「ほっとけば十分くらいで消えるよ。あと枠の右下にある印に触れても消えるけど」
「おお! ホントに消えた」
言われて即実行のミゲル。
なんだかんだでサラとはよく似た者同士なのかもしれない。
「あ、サラさんは気を付けてね。消したら次は暫く見ちゃダメだよ」
「え、なんで……ってああ、そっか。魔力切れか」
「うん。まぁどのみちもう今日はこれでおしまいにするけど」
「そうだね。ヤン君の言うとおり、今日はもうここまでにして休む場所を探そう」
「場所はすぐそこだから大丈夫。ギルドで決めてあるキャンプ用の場所だから比較的安全だよ」
* * * * *
キャンプ3-1は第三階層で一番よく利用されるベースキャンプで、スタルツまでの道程の三合目付近、メインルート左側がいい具合にひらけた空間になっている場所にあった。
「今日はここでキャンプだよ」
言いながら既にヤンはテントの設営を始めている。
メインルートの右壁から12~3m程離れた対面の壁際はうす暗くなっていて寝場所にちょうど良さそうだった。
「ちょっとした広場だね。メインルートに隣接しているし、なるほどこれはいい場所だ」
ギルドが椅子代わりに幾つか置いてある大きなレンガのひとつに腰掛けながらノビリスはヤンが置いた革の水袋に手を伸ばす。
「テントなんざなくても寝られそうだな」
ミゲルも口の端から垂れる水滴を拭いながら人心地ついた様子。
「うん、でも寝てる間に誰かが通るかもしれないから一応目隠しになる程度のものはあった方がいいでしょ」
ヤンは寝床の上から斜めにテントのタープだけを斜めに設置して通路側からの目隠しにしていた。
「あッ、もしかしてそれエアマットじゃない。すごい! 贅沢!」
サラがはしゃいだ声を出したのは寝床にエアマットを見つけたからだ。
エアマットは快適な野外生活には必須のアイテムなのだが比較的高価なので普及率はまだ低いのだった。
「これもギルドのサービスなのかよ。やべぇなマジで」
ミゲルも初体験に期待の眼差しでエアマットを見つめていた。
そうこうしている内にヤンはポンプで4人分の空気を入れ終えて、食事の準備に取り掛かっていた。
「夜は猪と野菜の煮込み鍋だよ。パンは硬めと柔らかいのがあるから好きな方選んでね」
「少年、パンは両方食ってもいいのか?」
「いいけど食べ過ぎると明日に響くからほどほどにしてね」
「なんだよ、お前はオレのかあちゃんかよ」
「フフッ。あんた絶対お腹一杯になるまで食べる気だったでしょ」
「ち、ちげーよ。ちょっと聞いてみただけだろーが」
「あとチーズもあるよ」
「うはっ! 最高かよ」
「食べ過ぎ注意だよ」
ヤンが悪い笑顔で釘を刺す。
「うるせーよ。なんでダンジョンの中にかあちゃん役が二人もいるんだよ……」
愚痴るミゲルの言葉を聞きながら四人が四人とも(絶対食べ過ぎるだろうな)と思っていたことを本人は知らない。
一方、ヤンは口を動かしながらも手際よく支度を進めていた。
いつの間にかアモンもその隣で調理の手伝いをしている。
『青の開拓者』ではいつもアモンが調理担当なのだった。
普段なら手を貸していたノビリスも今日はなんだか二人の間に割り込むのは野暮だなとおとなしく見守ることにする。
ほどなく食欲をそそる匂いが漂い始めた。
「できたよー。みんなこっちに来て。あとボクはちょっと次の仕事があるから。あっちの方で大きな音立てるけど気にしないでゆっくり食べててね」
言うなりキャンプ奥の隅の方へ駆け出すヤン。
「ヤン君の食事はいいのかい?」
ノビリスはヤンの後ろ姿に声をかける。
「ボクは作りながら食べたから大丈夫」
足を止めずに振り向いて答えるヤン。
そうなのかという思いで一緒に作っていたアモンを見ると、彼は静かに頷き返す。
それなら遠慮なくいただこう。
出来上がった鍋を囲む形に配置されたレンガへそれぞれ座り込む四人。
色々ありすぎて目まぐるしい一日だったが今までになく充実していたという満足感が疲労を心地よいものへと変えていた。
「何これおいしい!」
最初に口をつけたのはサラだった。
「本当だ。いつものアモンの味付けとも違ってより深みのある味だね」
「マジでうまいなコレ。毎日食っても飽きねぇ味だ」
「……ヤンの調味料だ」
迷宮内では食料保存の必要に迫られて干物や発酵食品が発達していた。
ヤンが使ったのは地元セインで作られた味噌系の調味料だった。
「このパンと一緒に食うと更にうまいぜ」
ミゲルは既に二つ目のパンにかぶり付いていた。
「チーズとパンもすごく合うわよ」
「この食事だけでもヤン君に来てもらって感謝だな」
「あのエアマットもね」
ノビリスの言葉にサラが付け加える。
「ちげぇねぇ。ははははは」
そこから四人はひたすら食べることに集中した。
* * * * *
鍋も空になり、後はパンとチーズで少しずつ満腹感を調整している四人。
「で、少年はさっきから何やってんだ?」
ヤンが仕事とやらをしている方向を見ながらミゲル。
食事中に向こうからガガガガと大きな音がしていたが、寝床同様目隠しにタープが張ってあるため何をしているのかはこちらから一切見えない状態だった。
「ものすごい音だったわよね」
途中からカカカカという高くて小さい音に変わっていたのだが、今現在は音は止んでいる。
「採掘の経験があるって言ってたからもしかして何か掘ってるのかもな。ははは」
ノビリスにはあまりジョークのセンスはなかった。
「それにしても今日一日戦ってレベルが上がったのは結局アモンだけかよ」
「私は使える魔法がひとつ増えたから別にいいけど」
「ちぇッ、それも運のおかげかよクソ! 不公平だろ」
「まぁまぁ、そう焦らなくても明日もあるんだから」
不満そうにパンにかじりつくミゲルをなだめつつ、ノビリス自身にも忸怩たる思いがあった。
今のレベルになってからかれこれ一年は経つがそれ以降なかなか成長が実感できていないのだった。
ミゲルに言った言葉はむしろ自分自身へ向けたものだったのかもしれない。
暫しの沈黙――。
四人それぞれが静かに今日一日を振り返っていた。
「遅くなってごめーん。できたよー!」
ヤンが向こう叫んでいる。
「…………?」
できたとは何のことか。
皆さっぱり見当もつかない。
あっという間にヤンが四人のところまで走って来てにこにこしながらリアクションを待っている様子。
「ヤン君。その……できたというのは一体なんのことか教えてくれると助かるんだが」
「あ、ごめん! だよね、うん。できたのはお風呂。みんな疲れただろうからお湯に漬かってゆっくりしたらいいよ」
「風呂!? マジか」
「ヤン君! ホントに!?」
ようやく期待していたリアクションが得られたのか満面の笑みで頷くヤン。
「じゃ、サラさんからどうぞ。タオルとサラさんの荷物は向こうに置いてあるよ」
「ありがとうヤン君! まさかダンジョンでお風呂に入れるだなんて。さっそくお先にいただいてくるわね。キャーッ! 嬉しいッ! 最高ッ!」
歓喜の声を上げながらタープの方へ駆けだすサラ。
冒険者が野営する時は大抵濡らした布で体を拭くのがせいぜいで、疲れているとそれすら億劫になってそのまま寝てしまうことも少なくない。川や湖が近くにあれば水浴びもできるのだが、あくまでロケーション次第であった。
水魔法が使える者がいれば飲み水の調達も含め大変重宝されるのだが、当の本人にとっては常にそういう役割を求められるのが結構なストレスになる場合も多く、水魔法使いの憂鬱として冒険者の間では広く知られていた。
これはもちろん拡張カバン持ちにも同じようなことがいえるのだが、拡張カバン持ちの場合は水関係に限らずなんでも屋兼ポーター役がほぼ必須でくっついてくるため、最初からパーティ内で優遇条件が設定される場合が多いので大きな不満には繋がらないのだった。
「案内人を雇うと風呂までついてくるのかここは……ハンパねぇ」
「お風呂を作れるのはボクだけじゃないかな。ミゲルさんたちラッキーだったね。ボクがたまたまオグリムにいて」
「えっ、ヤン君はオグリム所属の案内人じゃないのかい?」
見習いというからには底層あたりしか担当できないのではないかとノビリスは勝手に思っていた。
「見習いのうちは所属はないんだ。ボクの場合はオグリムとスタルツで受ける仕事は半々くらいかな。スタルツでも底層の依頼が結構あるから」
なるほど。ノビリスは少し考えを改めた。
上の階層に行けば更にその上の階層を、という風に自分で考えてしまっていたが確かに下の階層の依頼を引き受けて稼ぐのもありだな……。
「ヤン君の考えを聞きたいんだけれど、ちょっといいかな」
「うん、なぁに?」
「昼間、オレたちのレベルだと下層は頑張らないといけないって言ってたと思うんだけどやっぱり下層は底層とはだいぶ違うのかな」
「そうだなー。人にもよるんだけど『青の開拓者』の場合はバランス重視で各個撃破タイプみたいだから広いけど見通しはよくない下層みたいな場所だと工夫しないといけないんじゃないかな」
「下層ってのはどんなとこなんだ少年」
「あのね、岩場っていうか狭かったり広かったり地面も壁も天井もゴツゴツして川もあってすごく戦いにくいところだよ」
「岩にゴツゴツに川ねぇ……洞窟みたいな感じか」
「そうそれ。あ、確か鍾乳洞とかいうのに似てるんだって」
「鍾乳洞? なんだそれ」
「ミゲルは鍾乳洞を知らないのか。地下水で浸食されてできた洞窟で、中は岩が氷柱のように沢山垂れ下がっていたり地面から盛り上がったりしてるんだ。何百年何千年とかけて作られていくらしいよ。オレもまだ実際に見たことはないんだけど」
「オレはある。見事なものだった。ただ確かに戦闘向きの地形じゃない」
出ましたまさかのアモンの長台詞。
「そ、そうなのか。それでオレたちはその下層ではどういう風に立ち回ったらいいのかな。ヤン君なりのアドバイスがあったら是非聞かせてほしいんだけど」
「一人一人がもっと強くなることかな。一対一だけじゃなくて一対多でも戦えるくらい」
「なんだよ、オレたちが弱いって言いてぇのか少年」
「弱いっていうか戦い方? お互いの連携に頼りすぎてる感じ」
「うーん、理屈はわかるが少年に言われてもなぁ……」
ミゲルはピンときていないようだったが、ノビリスにはなんとなくわかるような気がした。
これまで『青の開拓者』としての戦闘は数的優位を崩さないのを原則としており、万一多数と対峙する場合には今日のダンジョン内でのように壁役を使ったりして一度に相手にする数を絞るか、可能ならば極力撤退を選択してきた。
地理的情報も生息する魔物についても事前に充分に情報収集した上で臨んでいたので、そうした意味でもこれまでとは全く異なる状況で尚且つ数的優位が相手にあるようなシチュエーションと考えるとノビリスは途端に自信が萎んでいくのだった。
「強くなるったってどれぐらい強くなればいいんだよ。だいたい少年でも下層行ってるんなら別にオレらでも余裕だろ」
「ヤンは強い」
アモンがミゲルを諫めるように強い口調で断言する。
「はぁ? どういうことだよ」
「アモンはヤン君を随分と買ってるんだな。何か根拠があるのかい?」
「ヤン……見せてやれ」
「ええー、ボク今ようやくできた休憩時間なのになぁ」
「…………」
アモンの尋常ではない眼力による無言の圧力。
「こんなの案内人の契約には入ってないんだけどなぁ」
ぶつぶつ呟きながら仕方なくといった感じでヤンが少し離れた場所に移動する。
背負っていた荷を下ろし中から例の石を六個ほど取り出し両手に持つ。
その時点でミゲルは目が点になっていた。
もう一人、身を以て石ひとつの重さを知っているノビリスも驚愕の表情。
「一回だけだからね」
言うなりおもむろに石を頭上にひとつずつ放り投げるとお手玉よろしく回しだした。
「よッ!」
小さな掛け声と共に一際高く石を放り上げると残る五つも次々と放つ。
ノビリスは驚愕の表情のまま完全にフリーズ。
順番に投げた六つの石がほぼ同じタイミングで落ちてくるように投げる高さを調節していたことに気付いたのだ。
その石はヤンを中心として当たるか当たらないかの範囲に散らしてあるように見える。
ミゲルが隣でゴクリと喉を鳴らす。
石がヤンの背の高さ辺りまで落ちてきた次の瞬間――。
ゴゴゴッ!
石が消えた。全部消えた。
衝突音のようなものは三回分しか聞こえなかったが六つの石が全て空中で消失したのだ。
ヤンはなにごともなかったかのようにすっとその場に立っている。
「はい、終わり。もうアモンの頼みでもやらないからね」
そう言うと再び荷を背負って地面に散らばった石の破片を散らすように蹴り飛ばす。
「今、いったいなにをした? どうやったんだ?」
「アモン、君には全部見えていたのか?」
頷くアモン。
もう少し口頭で説明してくれると助かるのだが。
「なら教えてくれよ。少年は今何をしたんだ? 石はどうなった?」
「全部砕いた」
ありがとうアモン。
「ど、どうやって?」
「拳……いや、掌でだ」
再びありがとうアモン。
「……ヤン君はもしかして格闘家なのか」
滅多に見かけることはないが、武器を使用せず己の肉体のみで戦う格闘家という職業があるとは聞いていた。
それがまさかこんなところで、しかもこんな少年とは。
ヤンは聞こえないふりで明後日の方向を見ている。
「ヤン」
アモンが促すとしぶしぶといった表情でこちらに向き直る。
「そうだよ。一応格闘家だよ」
「格闘家なのはいいとして、さっきの石のヤツはどうやったらあんなことができるんだ少年」
もしかするとミゲルは格闘家についてよく知らないのかもしれない。
「練習」
「いや、どんな練習だよ」
「最初は石を投げて掴むだけだよ。それでだんだん数を増やしていくんだ」
「増やすったって……」
「ヤン君は最大いくつまでだったら出来るんだい?」
「今の石は大きすぎて持てる数が限られちゃうけど小さい石なら何個でも」
「何個でも?」
「持てるだけ。片手で二十から三十は持てるとしたら両手で最大六十個とか」
「六十って……ウソだろもうそれ人間じゃねぇし」
「失礼だなぁ。ボクれっきとした人間だし。朝昼晩の一日三回毎日やれば誰でもそこそこできるようになるよ」
「ヤン君はそれをどれくらい練習したんだい?」
「今はたまにしかやってないけど案内人になるまでは毎日欠かさずやってたから五年とか六年とかじゃないかな」
絶句する三人。
さすがのアモンもそこまでは聞いていなかったらしく驚いていた。
「ねぇ、どうしたのみんなで突っ立って。お風呂あがったから次の人どうぞ」
サラが頭にタオルを巻いて髪の水分を拭き取りながらやって来た。
さっきのヤンの試技は見ていなかったらしい。
急に風呂の話題を振られても誰もすぐにはリアクションできず、暫し固まっていた。
「ちょっと! 無視とかなんなのよ感じ悪い。私のいない間にケンカでもしたの? ミゲル?」
「なんでオレなんだよ」
名指しされてようやく我に返ったミゲルが反論するが勢いはない。、
「あ、いや、ごめんサラ。なんでもないんだ。じゃあ次は誰が入る?」
ノビリスもこっちに戻って来たらしい。
「じゃ、お先に行くぜ。ちょっと風呂で頭整理してくるわ」
ミゲルは既に風呂のある方へ歩き出していた。
「なに頭整理って? 慣れないことしない方がいいわよ」
サラが笑いながら声をかけるがリアクションなし。
「……なんなの? やっぱりなんかヘンよ」
サラの疑問は生温かくスルーでうやむやにされるのだった。