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038.帝国ドリル(一)

「ハァッ!」


 八相に構えたムンバ少佐が鋭く剣を振ると斜めに傾いた半弧の斬撃が一直線に飛んでいく。

 剣術スキルの【斬撃波】だった。


グオオオオオオァァッ!!


 斬撃はマッドベア(まっくろ)の右腕にヒットするが切断するには至らず。

 決して浅手ではないが、マッドベア(まっくろ)の行動を制限するほどの深手でもなかった。


 キャンプ11-4を出てものの数分で遭遇したマッドベア(まっくろ)に対し、早速討伐命令を下したまでは良かったが、でこぼこした足場と決して明るいとは言えない空間で、全身真っ黒のマッドベア(まっくろ)は厄介な相手だった。


 マッドベア(まっくろ)は中層に出現する平均体長四mほどの熊種の魔物で レッドベアなどの上位種と比較すると格段にスペックが劣るのだが、それでも体力、攻撃力、耐久力など桁外れに高く、並の冒険者では苦戦必至の相手だった。

 また熊種の魔物は大型であるにも関わらず俊敏で四足歩行と二足歩行の切り替えが素早く、距離感が掴みにくいのと瞬時にそれを崩される点が非常に厄介なのだった。


 第三小隊の若き兵たちはムンバ少佐の指示で一旦距離をとって半円状にマッドベア(まっくろ)を囲んで臨戦態勢。

 既にこれまでの戦闘で兵たちは肉体的にも精神的にも疲弊していた。


 ヤンの警告後に数秒で接敵した時にはマッドベア(まっくろ)は二頭いたのだが、何故かそのうち一頭が足を滑らせて川に落ち、そのまま流されていったので相手をするのが一頭で済んだのは幸運だった。


 帝国兵たちは最初この魔物を外の世界にいるワイルドベアの亜種と認識したのだが、ヤンがこの魔物を指してまっくろだと叫んだので帝国兵たちは魔物名をまっくろと上書きしたのだった。


 ムンバ少佐は被害が出ないことを最優先にしつつ、兵たちに経験を積ませるべく少しずつダメージを与えて弱らせたところを自分がトドメを刺すというプランで最初は動いていたのだが、与えるダメージより兵たちが受けるダメージの方が遥かに大きく、敵が弱る前に自分たちが動けなくなりそうだったので急遽プランBに切り替えたのだが、それも失敗。


 深手を負う兵が出る前にここは撤退すべきではないかとムンバ少佐が考えはじめたその時、ヤンが兵の一部と何やら話しているのを視界の隅で捉えて驚く。


「ヤン君、危険だから離れていてくれ!」


 非戦闘員の案内人(ガイド)が魔物との戦闘領域にいるなどあってはならなかった。

 これまで卒なくなんでもこなすように見えたヤンがこんな初歩的なミスをするとは、やはりまだ年端のいかない少年ということか。


 大声で注意されたヤンだったが、一瞬きょとんとした表情をした後、すぐににんまりと笑う。

 急いで退避するような素振りもない。


 ムンバ少佐が再びより強く警告しなければと思った時


「ボクは大丈夫だから。それより前、前」


 ヤンが指差す前方からマッドベア(まっくろ)が四足歩行で突っ込んでくるところだった。


「回避ッ、回避~ッ!」


 マッドベア(まっくろ)の注意をなるべく自分へ向けるようにしながら、兵へ回避行動を促すムンバ少佐だったがマッドベア(まっくろ)は進行方向をヤンのいる方向へ変えた。


「ヤン君! プレスキー!」


 ムンバ少佐が叫んだとほぼ同時にマッドベア(まっくろ)の姿が消えた。


グォァァッ!! グァッ!


 くぐもった声が聞こえるのでいなくなったわけではなさそうだ。


「やった!」


 プレスキー一等兵が喜びの声を上げる。


「まだだよ。次ッ」


 ヤンが合図を出すとジュノ軍曹が両手を前に出して魔法を発動している。


 ゴァッ……ゴバッ……


 依然として姿の見えないマッドベア(まっくろ)の声がおかしな感じになっている。


「今ですッ!」


 ジュノ軍曹が叫ぶとマッドベア(まっくろ)が見えなくなった辺りの地面が光った。

 あれは魔法効果が重複した時の光だった。


 そしてマッドベア(まっくろ)の声はもう全く聞こえなくなっていた。


 ヤンがまるっきり無防備にてけてけと光った辺りまで移動する。


「オッケー」


 両手で頭の上に○を作ると、数名の兵たちが歓声を上げた。


 何がどうなったのかわからないムンバ少佐と他の兵たちはポカンだ。


「こっちに来て見て」


 ヤンが手招きをするのでムンバ少佐も警戒しつつ近づくと、そこには氷の張った穴が開いていた。


 穴の直系は約五m。


 氷は完全に固まっていて、その証拠にヤンが上に乗っている。


「これは一体どういうことなんだ?」


 特に誰に向けてということでもないが強いていうならヤンに対して言ったのではないかとムンバ少佐は言いながら思う。


「ハッ、自分が作った落とし穴であります」


 プレスキー一等兵が得意気に答えた。


「落とし穴? ああ、君は土魔法が使えたか。それではこの氷は?」


「えっと、それは私から説明します」


 ジュノ軍曹が一歩前に出る。


「ジュノ軍曹か。では説明を頼む」


「はい。マーヴィンさんが作った穴にまっくろが落ちたのでその穴を水で一杯にしました」


「水魔法か。それで次は氷魔法で凍らせたんだな」


 ムンバ少佐も事情が呑み込めてきたらしい。


「はい。ヤン君が、まっくろがある程度水を飲んでから凍らせるようにって言ってたのでタイミングを見極めるのが大変でした」


 ムンバ少佐はヤンの方に視線を向けるとヤンはすっと目を反らした。


「それで氷魔法をかけたのは……」


「自分です」

「自分もです」

「同じく自分も」


 この第三小隊で氷魔法が使える三人、即ちプレスキー一等兵、ホーネック一等兵、ホランド伍長が名乗り出る。


「なるべく短い時間で凍らせる必要があったからみんなで同時に【氷結】をかけてもらったんだよ」


 ヤンが補足して説明。


「あと、水魔法を間に挟んだのは凍りやすい水の中に入れてしまうためで、【氷結】を少し遅らせたのはまっくろが水を飲んでくれないと体の中まで凍らない可能性があったからだよ。周りの水だけ凍っても魔物は死なないから。一気に体の中まで凍らせるようなすごい魔法を使える人がいたら別だけど」


 なるほどなとムンバ少佐は納得。


 それにしてもこの短時間でそこまでの手順を考えたというのか。

 例え仕事柄マッドベア(まっくろ)との戦い方をよく知っていたとしても、今いるこのメンバーで最適な戦術を導くためにはもっと別な種類の能力が必要とされるはずだった。

 この少年にはそれが既に備わっているということなのか……。


 案内人(ガイド)という職業の仕事の詳細についてムンバ少佐はほとんど何も知らなかったが、ヤンが普段からこうした機転を利かせて冒険者をサポートしてきたのだろうというのは容易に想像が出来た。

 そしてこうしたサポートはスタルツまでの道中に付いていた案内人(ガイド)には見られなかったことから、ヤン個人の資質によるもので案内人(ガイド)の業務には含まれないのであろうことも。


「じゃあムンバ少佐、やっちゃって」


「え……?」


 ヤンが何を言っているのか今度は本当に理解できなかった。

 命令の内容が理解できない馬鹿な兵になったかのように棒立ちで固まるムンバ少佐。

 いつの間にかヤンは氷の上から退いていた。


「まっくろ、まだ死んでないからトドメ」


「あ、ああ……そういうことか」


 やっと理解できた。

 というか、ちゃんと理由を説明してくれなければわかるわけがない。


「必ず一撃で仕留めてよ」


 ヤンが注文をつけてくる。

 なぜだ、と思ったが特に尋ねることもせず頷くムンバ少佐。


「早くしないと死んじゃうよ」


 やたらと急かすヤン。

 死ぬなら放っておいてもいいのではないかとムンバ少佐は思ったが、これも何か理由があるのだろうと氷の上に立つ。


 身長に対してやや長めかつ太めのロングソードを頭上に高く振りかざすとそのまま氷に突き刺す。


「ハァッ!」


 ズガガガァァァァァン!!


 大音響と地響きが鳴り渡り、穴の氷が砕ける。

 剣術スキルの【刺突(スラスト)】レベル4はムンバ少佐最大の攻撃だった。

 レベル4からチャージ攻撃となり発動に溜めが必要な点から通常戦闘では使い勝手が悪いのだがその分威力は抜群。


「っと……」


 ムンバ少佐が砕けた氷から飛び退いて事なきを得る。


「さすが」


 ヤンが手を叩いてにこにこ笑っている。


 もしかすると自分が砕けた氷の間に落ちるのを期待していたのではないかと邪推をしたくなるような満面の笑みだった。

 さすがにそれは穿ち過ぎだとしても、少なくとも自分の最大の攻撃についてヤンはある程度推測出来ていたことになるのではないかとムンバ少佐は訝る。


「これで死んだのか?」


 ムンバ少佐は平静を装いつつ確認のためヤンに尋ねる。


「うん。しっかり凍ってたみたいだからもう氷ごとバラバラだよ。見る?」


「え?」


 穴を覗き込んでも砕けた氷に乱反射するためか、よくわからない。


「氷を解かしたらまっくろだけ残るよ、バラバラだけど。あ、でも早くしないと消えちゃうか。どうする? 見る?」


「いや、先を急ごう。助力感謝するよ、ヤン君」


 ムンバ少佐は魔石のドロップ有無を一瞬だけ気にかけたが、ここに長居をしてもしょうがなかった。


「ちょっと待って。まだだよ。次が来るから」


「次……?」


 ムンバ少佐がまだヤンの言葉の意味を理解しないうちに、新手のマッドベア(まっくろ)が現れた。


「こっちも来たぞ!」


 ウリゲル少尉が後方で声を上げる。

 どうやら前後で一頭ずつ挟まれてしまったらしい。


「少佐ッ!」


 マッコル軍曹が指示を求めてムンバ少佐にすがる様な目を向ける。

 幸いなことにその目に怖れの感情はほとんどなかった。


「ジュノ軍曹、さっきのやり方で後ろのヤツを頼む。あとは私と前方に集中!」


「サー、イエッサー!」


 威勢よく声が重なり、兵たちが素早く動き始める。


 するとマッドベア(まっくろ)たちも同時に動き出した。

 前後から四足で突進してくる。


 ムンバ少佐は集まって来た兵たちの更に一歩前に出てマッドベア(まっくろ)の正面に立つ。


 距離が足らないので【刺突(スラスト)】レベル4は使えないが、レベル3なら使える。


「ハッ!」


 ムンバ少佐が捨て身の顔面狙いで突き出したロングソードをマッドベア(まっくろ)はかわそうとするが間に合わず左肩口へ深々と突き刺さる。


 ムンバ少佐が衝撃で後方に弾き飛ばされる。

 突進は止まりマッドベア(まっくろ)が二足で立ち上がる。

 その左肩口には剣が突き刺さったままで、そのせいか左腕の動きが悪い。


「一撃離脱だッ!」


 起き上がりながらムンバ少佐が叫ぶと、直後に飛び込んだのが鎧騎士ウリゲル少尉だった、

 青光りする軽量化された全身鎧でその武器は大剣。


 左後方から飛び込み、勢いをつけた【斬撃】でマッドベア(まっくろ)の左脇腹付近へ深手を負わせることに成功するとその勢いのまま転がるように離脱。


 ウリゲル少尉が与えた傷の同じ場所へすかさず追撃したのが同じく鎧騎士エリンコヴィッチ准尉。

 こちらは真っ白の全身鎧(同じく軽量化)で両手剣を装備しており、ワンツーで左右から斬り付けると即離脱。


 マッドベア(まっくろ)の左脇腹から夥しい出血が認められた。

 真っ黒な体毛に真っ赤な血が映える。


 間髪入れず更に同じ場所へ今度はホランド伍長が片鎌槍を突き立てる。

 槍先がマッドベア(まっくろ)の体の奥まで入って片鎌の部分まで半分埋まっているのがわかった。


 次の瞬間、マッコル軍曹がその身体能力を生かした跳躍でマッドベア(まっくろ)の左肩に飛び乗るとムンバ少佐の突き刺した剣を握ってぐりぐりやり始める。

 マッドベア(まっくろ)には自身の左肩部位へ届く攻撃手段がなかった。


 激痛に荒れ狂うマッドベア(まっくろ)はまずホランド伍長の槍を動きの悪い左腕で折ろうとするが、パワーが足りず失敗。

 ホランド伍長がマッドベア(まっくろ)の動きを利用して無事に槍を引き抜くと傷口から血飛沫が飛ぶ。


「マッコル軍曹ッ!!」


 ムンバ少佐の声に反応してマッコル軍曹が離脱するのとほぼ同時にマッドベア(まっくろ)の左腹部がまるっと消失した。

 チャージしていたムンバ少佐の【刺突(スラスト)】レベル4がやや狙いを外しつつ命中したのだった。


 グゴオォァァァァッ……。


 唸り声のような叫びを上げながら前に倒れ込むマッドベア(まっくろ)

 俯せに倒れ口から血を吐きながらもまだ動こうともがいている。


「まだ息があるぞ!」


 叫びながらマッコル軍曹がマッドベア(まっくろ)の背中に自分の剣を突き立てるが、やはり普通の剣では深く刺さらない。


「どけッ、オレがやるッ!」


 ウリゲル少尉が大剣を高く振り上げながら助走をつけ跳躍すると空中でクルリと一回転して大剣をマッドベア(まっくろ)の首筋に叩きつけた。


 大剣スキルの【飛転両断】は予備動作も隙も半端なく大きいがその分威力は絶大だった。


 マッドベア(まっくろ)は首と胴体を切り離され絶命。


 ウリゲル少尉が剣を持ち上げふぅと深く息を吐くと見守っていた兵たちが歓声を上げる。

 その歓声が続く中、マッドベア(まっくろ)は消失し、大きな魔石が残った。


「おいしい所を持っていきやがって」


 エリンコヴィッチ准尉が隣に来て強めに脇腹を小突くと、ウリゲル少尉は全く脈絡のない言葉を呟いた。


「なんか音が鳴ったんだ……」


「おめでとうッ!!」


 そこへパチパチパチとヤンが手を叩いて近づいて来た。


 ムンバ少佐もやっともう一組の方を気にする余裕が出来て後ろを振り向くと、既にみんなこちらへ向かって歩いて来ていた。


「こちらも終わりました隊長」


 ジュノ軍曹が小走りでムンバ少佐の下に報告にやって来た。


「そうか、みんなは無事か」


「はい」


 疲れすら見せぬ笑顔のジュノ軍曹。


 マッドベア(まっくろ)三頭と連戦して全員無事とは、バルベルではBランクパーティに匹敵する戦績だったがムンバ少佐はそんな事は知る由もなかった。


「レベルアップ!?」


 ウリゲル少尉の大きな声がした。


「そうだよ。迷宮の中ではレベルアップすると音が聞こえるんだ」


 ヤンが説明している。


「あ、それさっき私も聞こえた気がします」


 ジュノ軍曹がヤンの横で両手を前に組んで嬉々としている。


「あれ? もしかしてステータスの事も知らないとか」


「いや、それは知っている。でも音の話は知らなかったな」


 迷宮入りした初日の夜、ステータス画面の話を聞いた帝国兵たちは全員その場で確認済みだった。

 だが、レベルアップで音が聞こえるという話は今が初耳だったのだ。


「テオ、お前レベル幾つになったんだ」


 エリンコヴィッチ准尉が尋ねるとウリゲル少尉が少し躊躇いながら答えた。


「レベル20だ……」


「なんだ、お前ようやく私と同じになったのか」


 どうやらエリンコヴィッチ准尉もレベル20だったらしい。


「なんだよ、悪いか」


「だってお前の方が先に昇進したからてっきりレベルも上だと思ってたんだ」


「軍人はレベルが全てじゃない。お前だってそんな事知ってるだろう」


「それはそうだが、それでもやっぱりレベルが高いに越したことはないだろうが」


 実際のところ、帝国軍ではレベルを余り重要視しておらず、その代わり訓練による基礎ステータス向上と軍の編成別の動きの同調や完成度、戦術理解といったものが重視されていた。

 そのため軍入隊後のレベルの成長は冒険者のそれと比較すると鈍る傾向があった。

 しかし日々の訓練による基礎ステータスの向上は冒険者の比ではなく(ヤンのドリルには劣るものの)、軍で必須とされるスキルの習得まできっちりと仕込まれるので総合的な戦闘能力としては申し分ない程度まで仕上がるのだった。


「ステータス見てみろよ」


 エリンコヴィッチ准尉に言われウリゲル少尉がステータスオープンと呟く。


----------------

 テオスカー・ウリゲル LV(20)

 年齢:22

 職業適性:騎士 LV(3)

 体力:197/301

 魔力:83/85

 状態:通常

 スキル:54/82

     大切断 LV(3)

     飛転両断 LV(2)

     剣防御 LV(2)

     斬撃 LV(2)

     瞬足 LV(2)

     体力増強 LV(2)

----------------


「本当だ。レベル20になってる。体力も増えてる。スキル値も上がった」


 改めて成長を実感して感慨に耽るウリゲル少尉。


「あの、私もレベル18になりました」


----------------

 ペク・ジュノ LV(18)

 年齢:16

 職業適性:モンク LV(2)

 体力:205/272

 魔力:119/143

 状態:通常

 スキル:63/72

     円空拳 LV(3)

     百烈拳 LV(3)

     回復術 LV(3)*

     火魔法 LV(3)*

     水魔法 LV(2)*

     雷魔法 LV(2)*

     体力増強 LV(1)

     身体強化 LV(1)

----------------


 こちらは自らのステータスを確認しながら嬉々としているジュノ軍曹。


「え、だってジュノ軍曹はまだ十六歳だよね? それなのにもうレベル18っていったいどうやって……」


 二歳年下の女の子が自分よりレベルが一つ上であるのがホーネック一等兵には信じられない思いだった。


 冒険者の間では自分の年齢がレベルと一致しているのが成長の指標としては及第点とされていたが、前述のように帝国軍人は入隊と共にレベルの成長が鈍化するため、年齢よりひとつふたつないしみっつ下というケースが多かった。

 レベルが年齢より上というのはレアケースなのだ。


「みんな、集まっってくれ」


「集合ッ!」


 ムンバ少佐が言った直後にマッコル軍曹が号令をかけると直ちに全員3×3に整列した。


 みんなの顔をざっと確認したムンバ少佐が話し出す。


「ワルベルク上等兵」


「ハッ」


「今後魔物からドロップした魔石の管理を頼む」


「了解でありますッ」


 直立不動で声を張るワルベルク上等兵。

 戦闘ではあまり出番がないのでひとつでも役目を与えられて内心ほっとしていた。


「我々の力でもこのダンジョンの魔物を倒せることが証明された」


 ムンバ少佐の言葉に疲れも忘れて自信に溢れた眼差しで大きく頷く兵たち。

 一呼吸置いてムンバ少佐の話が続く。


「諸君も実際に戦って理解したと思うが、軍対軍の集団戦とは違って魔物との戦いでは臨機応変な個々の判断や自らの能力を最大限生かした立ち回り、そして何よりそれらの効果的な連携が要求される」


「先程は二つの班に分かれての戦闘になったが、これは魔物の数や状況によって幾らでも変わりうるものだ。それを我々全員が考え実戦し経験を積み上げて学んでいかなければならない」


「これから先も魔物との戦闘は続く。くれぐれも慢心せず常に緊張感を持って行動するように」


「サー、イエッサー!」


 第三小隊の士気は現在、極めて高かった。


「では先へ進もう。ヤン君」


「はーい」


 軽やかな歩調で先導するヤンに続くムンバ少佐以下九名。


 こうして帝国軍遠征隊第三小隊の魔物討伐行軍が始まった。




* * * * *




 スタルツを出発した日、即ち帝国軍が迷宮入りして八日目の夜はキャンプ12-1での野営となった。

 このキャンプ12-1は下層でも一番広いキャンプであり、幅1.5mほどの川(小川に見えるが流れは急で川底も深い)を中央に挟んで両岸に比較的なだらかで広々とした空間が四ヵ所ほど連なっていた。

 また、その間に横道などもないため、前後を警戒しておけば比較的安全に野営が出来るのだった。


 帝国軍は到着順に一番奥の二ヵ所を第一小隊が、その次を第二小隊が使用していたので、自ずと第三小隊は一番手前のエリアを使用することになった。


 第三小隊が到着した時、先行していた二隊は設営を終え既に食事も済ませていた。



「おッ、やっとご到着だな」


 ラノックがヤンたち第三小隊を指差しながら岩に腰掛けるアノスに声をかける。

 第二小隊が到着後、結構な時間が経ってもヤンたちが来ないので二人とも心配していたのだった。


「あの様子だとヤンのやつ、だいぶ振り回したんじゃないか」


 アノスが半ば呆れながら立ち上がる。

 確かに姿を現した第三小隊の兵たちの顔には疲労が色濃く見て取れるし、その足取りも重そうだった。


 ヤンが二人を視認したようなので二人が手を上げるとその背中越しに――。


「お~~~いッ、師匠~~~~~ッ!!!!」


 一番奥の第一小隊のエリアからダミアンがヤンにクソ馬鹿デカい声で呼びかける。

 洞窟状になっているので妙な響き具合でやたらとよく声が通るのだった。

 付近の帝国兵が何事かとギョッとしている。


 ヤンが一瞬しかめ面を見せてからはいはいと手で合図してダミアンの相手は終了。


 そのまま、二人の下へ駆けてくるヤン。


「待っててくれたんだ」


「遅かったからな。心配したぞ」


 ラノックが保護者のような口調で声をかけるとヤンがてへっという顔をする。


「ごめんおじさん。ちょっと色々あって」


「なにがちょっとだ、ウソつけ」


 右の拳で軽くヤンの頭を小突くラノック。

 ヤンはてへへと笑っている。


「帝国兵の方は放っておいていいのか」


 アノスが実務的な話で割って入る。


「うん。すぐ設営に入るみたいだから」


「そうか。で、連中はどうなんだ。見込みありそうなのか」


 アノスはドリル初日の成果を聞きたいらしい。


「もう四人レベルアップしたよ。帝国の人ってなんでか知らないけどレベルが低めだから今のこの波の状態で魔物を倒してたら他の人たちも結構早くレベルが上がるんじゃないかなぁ」


「なるほど。お前のとこはみんな若い兵だからその分結果が出やすいんだろうな。うちは幹部連中が二人ほどレベルアップしただけだな」


「なに? おれんとこはまだ誰も……いやそもそも魔物と戦ったのもたった一回きりだぞ」


 ラノックがアノスに苦言を呈する。


「そりゃあれだ。あのウェルド君が片っ端から倒しまくってるからだな。うちだってそのおこぼれを幾つか分けてもらった程度だからな」


「ヤン、お前何とか言ってくれよ。もう少し魔物を残しておいてくれって」


「それならアノスさんの隊と少し距離をとるようにしたらいいのに。そうすれば魔物と遭遇しやすくなるよ。うちはおじさんとこからだいぶ離れた後ろを進んでるし、たまに脇道にそれたりしてるから狩り放題だよ」


「狩り放題ってなぁ……大丈夫なのかそれ」


「ラノックさん、誰に向かって言ってるんだ。ヤンだぞ」


 アノスに改めて指摘されてそう言えばそうだったと納得してしまうラノック。


「あの、明日からなんだけど、もうみんなでキャンプできる場所はないから基本的には自由行動ってことでいいんだよね?」


 ヤンが目をキラキラさせながらアノスに尋ねると、アノスはまたも呆れた様子で大きく溜息をつく。


「自由行動ってお前なぁ……。ちゃんと決められた日程でエンダまで上がって来るんだぞ」


「うん、大丈夫。六日後でしょ」


「まぁ予備日も一日あるから遅くても七日後だ」


 ラノックもほぼ諦めた様子で念を押す。


「おじさんとこは魔物が少なくてもなるべくアノスさんたちについていった方がいいよ」


「はいはい、わかってるよ。アマギ君に負担をかけるわけにもいかないしな」


「あ、そう言えばレツさんは?」


「お前の弟子んとこじゃないか。交替で見張り番をやるそうだ」


 ラノックが答えるとヤンが「じゃあボクちょっと行ってくる」と駆けて行ってしまった。


「こんな時でも全く変わらないんだな、彼は」


 アノスが後ろ姿を見送りながら呟く。


「いや、変わらないどころかいつもより楽しんでるな、あれは」


「ははっ、違いない」


 ラノックの答えに思わず笑ってしまうアノス。

 ではそろそろ自分の隊に戻りますか、と二人もそれぞれの場所へ戻って行くのだった。

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