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036.帝国の挑戦(四)

「やはりオレの予想通りでしたね」


 ぼそりと呟いたのはA級案内人(ガイド)のアノス・ホックリー三十二歳。

 バルベル迷宮ギルドにおける案内人(ガイド)のナンバー3と言われている。

 普段はセイン所属だが、今回の帝国遠征の任務に駆り出されてここ、スタルツの食堂兼酒場でオグリム組からの申し送りを待っていた。


「まぁ大人数だからな。色々あったんだろ。むしろ一日遅れで済んだのがラッキーなのかもしれんぞ」


 天空豆を頬張りながらラノックが呑気に答える。

 帝国の遠征隊は道中四日の計画で入塔したのだが、一日遅れの今日夕刻にスタルツに到着していた。


「それにしてもチラッと見て来た感じだと帝国の連中、相当へばってる様子だったな。モーガンさんたちは大丈夫だったのかな」


 ここに来る途中、アノスは一人で帝国の野営地を覗いて来たのだった。

 全部で九十人という事だったが、ざっと見た感じ半分以上の兵は激しい疲労状態で負傷者も片手で足りない状況に見えた。

 第九階層の代理主(ボスもどき)戦が原因なのか、それ以前に既にこの状態だったのかはわからないが、いずれにしろこれは出発も遅れそうだなとあたりをつけたのだった。


「さてな。まぁあいつの事だから大丈夫だろ。なぁヤン」


「うん、おっちゃんなら大丈夫」


 骨付き肉に齧り付きながら答えるヤン。

 自分一人だけ食事をとっているのを申し訳ないと思っている様子や気配は微塵もなく、食べるのに集中していた。

 どうやら体の方はまた一回り成長した模様。


 食べ盛りの少年が無心に食べているのを見るのは大人の喜びとでも言わんばかりに、にこやかにそれを見ているラノックとアノスだった。


 一方、二人の前には店のサービスで配膳される天空豆が一皿ずつしか置かれていない。


「ははは、ヤンのお墨付きなら安心だ」


 そろそろ自分も何か腹に入れようかと思い始めたアノス。


「にしても遅えな。酒頼んじまうぞ」


 ラノックは店に入った瞬間から酒を飲もう飲もうとうるさく、いちいちそれを止めるのがアノスの役割になっていたが、いい加減それも億劫になってきたところだった。


「ラノックさん、まだダメだ。一応仕事が終わるまではシラフでいてもらわないと」


「酒の一杯や二杯で酔っ払うようなヤワじゃねえぞ、オレは」


「そういう問題じゃない」


「そうだよおじさん」


 骨付き肉に集中しているかと思いきや、ノールックでちょいちょい口を挟むヤン。


「わかったよわかった。だからそれひとつくれよヤン」


 ラノックがヤンの前の骨付き肉の皿に手を伸ばそうとするが、ピシャリとヤンにその手を叩かれる。

 もちろんノールックで。


「ダメだよおじさん。自分で頼まないと」


「ってーな。おいヤン、少しは手加減しろよ。手の骨が砕けるとこだったぞ」


 ラノックの大袈裟な言葉は完全スルーするヤン。


「ラノックさん、大人げないですよ」


「ふんっ、知るか。酒もダメ、肉もダメ。そんならどうしろってんだコノヤロー!」


 と言いつつ天空豆を食っているラノック。


 そろそろ無くなりそうだな。

 そしたらオレのを食べるつもりなんだろうな。


 とアノスは漠然と考える。


 何故ながらラノックが今食べているのはヤンの分の天空豆だったからだ。


 どうでもいい事を考えながら、酔ってないのにここまでクダを巻けるラノックにある意味感心するアノス。


「すんません。遅くなりやした」


 そこへ満を持してモーガン登場。

 後ろに若者二人を連れて店に入って来た。


「おお! 待ってたぞコノヤロー。どんだけ待たせんだよコラ」


 ラノックが嬉しそうに悪態を吐く。


「いや、それが帝国の連中がなんだかゴネまくりやがって、ちょっとギルドでひと悶着あったんですよ」


 モーガンが忌々しそうに話す。


「とりあえず座ってくれ。そっちの二人も……」


 モーガンに着席を促す一方で、ひと仕事終えた若手案内人(ガイド)にも声をかけるラノック。


「どうも。久しぶりですラノックさん」


「暫く見ないうちに立派になったなぁライリー。今回はご苦労さま」


 わざわざ席を立ってライリーの所まで行って固く握手するラノック。


 元々セインで暮らしていたラノックは当然ヤンだけでなくライリーとも旧知の仲であった。

 それどころか、モーガンがヤンの指導役だったように、ラノックは見習い時代のライリーの指導役だったのだ。

 ラノックとしてはライリー同様、ヤンも自分の手で指導したかったのだが、その希望は通らず代わりに指導役になった後輩のモーガンの事をちょいちょいネタにして憂さ晴らしをしているのだった。


「お、ヤン坊、いいモン食ってんじゃねーか。おーい! こっちに骨付き肉二皿頼む!」


 ヤンの隣に座るなり、店員に同じものを注文するモーガン。


「食事もいいが、申し送りを済ませるのが先だ」


 アノスが仕切りに入る。


「わかってるって。若いモンに先に腹ごなしさせるくらい別にいいだろう」


 なるほど、二皿というのはライリーとパテックの分らしい。


 そう言われると既にヤンが二皿も食べてしまっているだけにそれ以上言えないアノス。


「おっちゃん、お疲れ様。帝国の人たちはどうだった?」


 ヤンはようやく骨付き肉(もうほとんど骨だけになっていたが)を皿に置くと、ノールックではなくちゃんとモーガンの方を向いて話しかけた。


 ちょっとムッとした表情になるラノックを見て、やれやれという感じで微笑むアノス。


 モーガンはヤンにまぁ待てと手で合図を送りながら、皆が席に着くのを確認して話し始める。


「さっきの続きだが、ギルドハウスで帝国の連中が出発を後らせたいって言いだしやがったんだ」


「ひと悶着ってヤツがそれか」


 ラノックが天空豆の最後の一粒を口に放り込みながら話す。


「へぇ。まぁ実際底層であそこまでやられちまったんじゃ、そのまま下層に入るのは無謀もいいとこなんで気持ちはわかるんだが」


「そんなに酷いやられようだったのか、帝国は」


 アノスはやはりなと思いつつ尋ねる。


「それなんだが、やっぱり波の影響なのか、第一階層でいきなりキバウリ三頭が出てくる有様で、とにかく滅茶苦茶だったんだ」

 

 モーガンが思い出すのもうんざりという顔で愚痴る。


「キバウリ三頭だと!?」


 ラノックが椅子から転げ落ちそうになる。


「よくそれで無事だったな。君たちも、さぞ大変だったろう」


 アノスが若手二人に声をかける。


「は、はい。まさか第一階層でいきなり出くわすとは思ってなくて、びっくりしました!」


 パテックが緊張しながらも、憧れのアノスに声をかけてもらった嬉しさのハイテンションで話す。

 人見知りでもこういう時は別なスイッチが入るらしい。


「二番隊がいてくれたから、オレは平気でした」


 ライリーは自分の事は敢えて口にせず、一応謙遜するような口ぶり。


「そうかそうか、くはははは!」


 大声が響いたと思ったら店内が一瞬静まり返る。


 泣く子も黙る審判(ジャッジメント)二番隊のレツとダミアンが店内に入って来たのだ。


「師匠! 俺もお供していいか」


 答えを待たずにズカズカとやって来てモーガンと反対側のヤンの隣に腰掛けるダミアン。


 ちょうどアノスと向い合せの席になる。


「すみません。邪魔はしないようにしますので、気にせず続けてください」


 後からやってきたレツがダミアンの更に隣に座る。


 案内人(ガイド)の有名どころが四人(ヤン、アノス、ラノック、モーガン)も揃っている所へ、更に審判(ジャッジメント)の二番隊まで来たとあっては店内の注目もうなぎ上り。


 あちこちから好奇の視線に絶え間なく晒されることになってしまった。

 ひそひそ話もそこかしこで囁かれている。


「しまった……何の話だったかな」


 モーガンがスキンヘッドを撫で回す。


「キバウリ三頭だろ」


 すかさずラノックが突っ込む。


「いや、それよりまずは帝国の話を聞こう」


 そうそう、仕切りはアノスに任せておくべし。


「送りの完了報告でギルドの窓口まで行ったところで、敵の司令官様がいきなり明日の出発は一旦見送りたいと言い出したんだ」


「司令官自らギルドハウスに出向いたのか、珍しいな」


 アノスが何か考え込む様子で答える。


「そうなのか? まぁそれは知らんが、とにかくそこで突然言い出したって感じで帝国の参謀とか准将とかいう人たちも慌てた様子だったな」


「となるとオレたちの出発は明日じゃなくなったってことなのか」


 ラノックが腹を立てるのも無理はない。

 モーガンたちが帝国軍をスタルツまで案内した後、翌日はラノックたちが帝国軍を案内することになっていたのだ。

 スタルツまでの遅れは想定内だったとしても、そこから更に出発をズラすという話は寝耳に水だった。


「ギルドは了承したのか? ギンガミル支部長は何と?」


 アノスがモーガンに尋ねると、モーガンは難しい顔をする。


「一応その司令官様と幹部連中が二階に案内される所までは見てたが、その後のことは知らねぇ。ここに来る約束があったし、待ってろとも言われてねぇからな」


「二階に案内したのは誰だ」


「オリバー課長だったな」


 モーガンの答えを聞いて渋い表情になるアノス。


「くそッ、面倒だな」


「どういうことだ、アノス」


 珍しく悪態を吐いたアノスにラノックが尋ねる。


「あのオリバー課長のことだ。今回の予定変更をこっちに伝えない可能性がある」


「はぁ? なんでそんなことをするんだ」


「オレたちにいやがらせをしたいのさ」


「だからなんでだ」


「……ヤンがいるからだ」


 ラノックが口を開いたままフリーズする。

 そして暫し沈黙。


「なんだそれ。いじめられてんのか師匠」


 ダミアンが面白そうにヤンの顔を覗き込む。


「別に。あの人ちょっと面倒臭いんだよね」


 あれだけ事ある毎に罵られて面倒臭いだけで済ませるのもどうかと思うが、ヤンの認識ではその程度ということなのだろう。


「じゃあ俺がちょっと行って締めて来ようか」


「いいよ。可哀相だよあの人弱いんだから」


 弱い者いじめダメ絶対、のヤンであった。


「弱いのに化け物みたいな師匠をいじめてるのか。くははは! こりゃいい!」


 手を叩いて喜んでいるダミアン。


「その辺はネックス課長もいるから大丈夫じゃねぇかな」


 モーガンが思い出したように付け加える。


「ああそうか。確かにそうだな。いずれにしろ今夜中には知らせがあるといいんだがな。我々の無駄足を省くためにも」


「あ、いた! 良かったぁ~」


 そこへ甲高い声のヨイノが入口に現れ、ヤンたちを見つけると走って来た。


「バーンズさん……じゃなくてネックス課長からの伝言で、明日の出発は延期になったから待機しててくれ、との事です」


 うっかり漏らしてしまったのはご愛敬。

 どうやらバーンズもバックヤードにいたらしく、事情を汲んでネックスへ確認でもしたのだろう。

 実際にはバーンズから直接ヨイノに頼んだらしい事がわかる。


「わかった。わざわざ伝えに来てくれてありがとう」


 アノスがヨイノに礼を言うとヨイノは照れまくってペコリと頭を下げ、そのまま走って出て行った。


「しかしすごいタイミングだったな」


 ラノックが感心してアノスの方を見るとアノスは苦笑。


「たまたまだ」


「じゃあ明日はオフって事で、もう今日は飲みまくっても平気だな」


 ラノックが店員に向かって手を上げようとするのを、アノスは待て待てと止める。


「ラノックさん、相変わらずだな。だがそろそろ俺も一杯やりたくて堪らねぇ気分だ」


「おいおい、あんたもかモーガンさん」


 アノスの呆れ顔が一層濃くなる。


「おーい、りんご酒二つくれ!」


 ダミアンが自分らは関係ないとばかりにレツの分も一緒に注文すると、もう限界。


「こっちもだ! りんご酒大一つ!」


「あ、同じものこっちもだ!」


 ラノックとモーガンがそろって注文。


 アノスは頭をふりふりしつつ諦めモード。


 りんご酒を配膳にきた店員にアノスがベリーソーダを三杯(パテックは下戸)とりんご酒一杯を追加で注文。


 飲み物が全員分そろった所で乾杯。


 ヤンはここでようやくライリーとベリーソーダの杯を合わせて目だけで挨拶を交わしたのだった。


 以後は申し送りなのか飲み会なのかわからない雰囲気のまま閉店まで全員帰れまテン(は?)。




* * * * *




 帝国軍はスタルツの町外れの草地で野営をしていた。

 オグリムの時とは違い、ごく一部の幹部以外は全員こちらに滞在する形であった。


 兵と一緒に食事を摂った後、幹部たちは宿舎の方へ移動して会議に入った。

 今回はボッツ少将自らも参加し、他にはノックホルト中佐やムンバ少佐も加わっていた。



「ではここに残す兵には鉱夫の真似事をさせるというわけですな」


 エルモンド大佐が苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。


「大佐、閣下の御前ですぞ」


 参謀長が窘めるが、エルモンド大佐は全く意に介さない。


「それについてはオグリムでもう話がついているものだと思っていたが、ここにきて何故蒸し返すような事を言うのかね」


 ナンダス准将が詰問する。


「命令だから従ったまで。私は最初から納得しておりません」


 エルモンド大佐の頑固さは帝国一かもしれない。


「ならばこれも命令だ。スタルツに残す三十名を速やかに選別せよ」


 ボッツ少将が無慈悲に告げると、エルモンド大佐が即答する。


「御意」


 エルモンド大佐はそれきり押し黙ってしまった。


「それで負傷者含め兵の方はどんな状況なのだ、ノックホルト中佐」


「ハッ。負傷者は既に回復士によって完治しておりますので現状ではゼロです。ただ、兵たちは皆疲労が蓄積しており、精神面のケアも含めて充分な休養が必要と思われます」


 ナンダス准将の質問に答えるノックホルト中佐。

 アノスが見て取ったように実際に帝国兵のほとんどが極度の疲労と精神的ストレスで参っていたのだった。


 第一階層でキバウリ三連戦をこなした後も、幾度となくイレギュラーな魔物と遭遇しその都度戦闘になった。

 重傷者も数名出たが熟練回復士のおかげでなんとか回復したし、強敵には幹部クラスが身を挺して立ち向かってくれたおかげで兵の直接的な損害がなかったのが不幸中の幸い。

 ただ、スタルツ到達直前の第九階層の代理主(ボスもどき)戦で下層ボス級のデカマ(正式名称ジャイアントマンティス)が亜種チャッキー五体と共に出て来た時は幹部諸共ピンチに見舞われ、かなりギリギリの戦いを余儀なくされたのだった。

 尚、実際にはこっそりダミアンとレツがアシストしていたのは言うまでもない。


「どの程度必要なのだ」


 ボッツ少将が問う。


「ハッ。万全な状態に戻すため三日は必要かと存じま……」


「二日だ」


 ノックホルト中佐が答え終わる前にボッツ少将が宣言する。


「御意」


 ノックホルトは頭を下げながらも内心ニヤリとほくそ笑んでいた。

 ボッツ少将の性格を考慮した上で三日とサバを読んで答えたので二日貰えれば充分なのだった。


「明日明後日を完全休息日として三日後に出発とする」


 ボッツ少将が改めて今後の予定を確定する。


「隊の再編成は明日の午後までにまとめよ」


「御意」


 ボッツ少将以外全員が声を揃える。


「では私はこれで失礼する。後は頼んだぞ准将」


 そのまま部屋を出て行ったボッツ少将を見送ると、ナンダス准将は皆に向き直り改めて会議を仕切り出す。


「それで正直なところ貴殿らはどう思っているのだ。このダンジョン攻略の目的達成について」


 暫し重苦しい沈黙が流れた後、ムンバ少佐がすっと手を挙げた。


「よろしいでしょうか」


「構わん。自由に発言しなさい」


「はい。私は第三小隊についていたので、他の隊よりは魔物との戦闘頻度は少なかったと思うのですが、それでも事前に想定していたものより数段激しい戦いを強いられました。『バルベル迷宮に関する報告書』の内容、特にダンジョン内の魔物関係についてはかなり信憑性に欠けると言わざるを得ません」


「確かに。スタルツまでの底層ブロックは冒険者の初心者レベルが多少苦戦するレベルであると書かれていたが、どこがだ! 佐官クラスの将校がいなければ全滅もあったぞ。報告書と現実の乖離が激しすぎる」


 ムンバ少佐に続けてノックホルト中佐も激した口調で吐き捨てる。


「それについては少し補足させてもらいたい。モーガン殿から聞いた話では今現在このダンジョンは波とかいう現象の最中で、その波の影響でダンジョン内の魔物が著しく強化されているとの事だった。報告書との差異はその波が原因なのだろう」


 参謀長が入塔初日の夜にモーガンから聞いた事を伝える。


「それについては私もダミアンとかいう者から直接聞きました。数年に一度起こる現象との事でしたな」


 エルモンド大佐が補足する。


「私も案内人(ガイド)のライリー殿から聞きました。今回の波は今までの波に比べると規模が大きいというかより効果が強い、つまり魔物への影響が大きいものである可能性が高いとライリー殿は考えているようで、我々の計画も見直す必要があるかもしれないと助言して下さいました」


 ムンバ少佐が言うと、エルモンド大佐がフンと鼻を鳴らした。

 無関係の余所者に計画見直しなどと言われたのが癇に障ったのだろう。


「むぅ……なんとも厄介だな」


 ナンダス准将が腕組みをして考え込む。


「閣下は波については何と?」


 ノックホルト中佐が参謀長に尋ねる。


「うむ。これが試練であるならば受けて立たねば帝国軍の名が廃ると仰っておられた」


 参謀長が答えると場がざわついた。


「如何にもボッツ少将閣下らしいお言葉だ」


 ナンダス准将が感慨深げに呟く。

 これには他の者たちも頷いて賛意を示すが、といって諸手を上げて歓迎とも言えないのが現実。


「時期を待つという選択肢は消えたわけですな」


 エルモンド大佐が少し面白そうに口にする。

 この男も困難に立ち向かうのが性分なのだった。


「だが、心持ちだけでは結果はついて来ないのも現実。ここで実りある成果を勝ち取るための編成を今一度考えたい」


 参謀長が言うと一同納得したような顔で頷く。

 この後、編成に関する議論が真夜中を越えて延々と続くことになる。

 その前半、大まかな方針がまとまるまでの流れを要約するとざっと下記。


「底層での魔物との戦闘で一般兵がほとんど戦力にならないのがわかった。まずはこの点をどうするかだ」

「力のある者を第一小隊に集めるしかあるまい」

「三十人単位の運用もあまり現実的ではないがな」

「まぁギルドの規則上、そういう形にしてあるだけで実際の運用は別でも構うまい」

「というと」

「三十人を十五・十五の二隊のように動かせばよい」

「いや、それなら十・十・十の三隊の方がより現実的なのではないか」

「まぁそうでしょうな」

「いよいよ冒険者のパーティ風になりますな」

「何か問題でも」

「いや、我々の最大戦力たる第一小隊を更に分割するとなると、最大戦力を集中させるという主旨と相反するのではないかと」

「確かに……」

「しかし、仮にその十人の分隊に最大戦力を集中してしまうと残りの二分隊が手薄になってしまう」

「痛し痒しですな」

「それなら、魔物の強さによって分隊の編成を変えるのはどうですか」

「なるほど。しかしかなり柔軟で機敏な対応が要求されるな」

「それも訓練の一環だと思えば」

「面白そうですな」

「後でボッツ少将閣下に確認してみよう」

「そうして頂けるなら」

「それでその分割運用についてギルドの方へは……」

「まぁ道中で説明するのがよかろう」

「そうだな。そうしよう」

「他の小隊はどうするのだ。魔物に襲われても太刀打ち出来ぬぞ」

「そこはギルドの知恵を借りるとか」

「帝国軍人としてそれは容認しかねる」

「ではどうするのだ」

「それを考えているのだ」

「考えてもどうにもならんだろう」

「あの案内人(ガイド)の護衛についていた者たちはこの後も同行するのか」

「それはわからん。明日確認してみよう」

「各小隊の隊長はこの中の誰かがやるとしてもやはり……」

「第一小隊の分隊とは少し意味が異なるが、こちらも人数を抑えて動きやすくする手はある」

「逃げる、ということか」

「あるいは隠れるとか」

「下層というのは確か岩場と水場が多いのだったな」

「中層は草原や森林が主体だという話です」

「確かに少人数の方が何かと動きやすいだろうな」

「いっそ、ひとつは訓練用の部隊を想定して若手を集めるというのも良いのではないか」

「小隊長はどうする」

「ムンバ少佐が適任だろう」

「え、私ですか」

「どうだ、自信がないか」

「……いえ、やらせてください」

「うむ、決まりだな」

「となるともう一隊は必然的にそれ以外という事になるな」

「なんとも消極的な理由だが致し方あるまい」

「そちらも必要に応じて分隊を作るのが良いかもしれないな」

「あくまで離脱用の分隊としてなら問題ないでしょう」

「そうだな」


 果たしてこの方針が吉と出るか凶と出るか――。




* * * * *




 出発の朝。


 スタルツの西関所(ゲート)前に帝国軍九十人が整列していた。 

 列は六十人のグループと三十人のグループに分かれており、後者はもちろん残留組であった。


 残留組は遠征組を見送った後、昼前に採掘場所へ移動して早速作業に入る予定になっていた。

 案内人(ガイド)としてタッツォールが、護衛にはつい最近Cランクパーティに昇格したばかりの『草原の風』とオンドロが付く事になっているのだった。


 ちなみに採掘場所は第八階層採掘ポイントαである。


 今はまだタッツォールしか来ていないが、もし関係者全員集まったらおいおいおいな雰囲気になるのは間違いなく、ギルドも狙って依頼を出したのではないかと思わずにいられない奇跡の再会になると思われる。


 遠征組に帯同する案内人(ガイド)三名と、審判(ジャjッジメント)二番隊二名が到着するといよいよ出発かという緊張が現場に漲って来た。


「おはよー」


 先頭を歩くヤンが普段と全く変わらぬ様子で元気よく挨拶すると、一瞬兵たちがざわつく。


 全く気にする様子もなくそのまま列の前に立つボッツ少将、ナンダス准将、参謀長の横まで歩いて再び


「おはよー」


 と片手を上げて挨拶。


 数秒ラグがあってナンダス准将が一番先に挨拶を返す。


「おはよう。君はギルドのお使いか何かかな」


 ヤンが答える前にその後ろからやってきたアノスとラノックを見て何かを察したような表情になるナンダス准将。


「これは失礼した。ナンダスです。どうかよろしく」

 

 頭を下げたナンダス准将に対し、立ったまま素面で


「ヤンです。よろしくお願いします」


 と答えたヤンにまたも兵たちがざわつく。

 いや、大きくどよめいたと言い直そう。

 敵意のような強い視線が何十とヤンに注がれる。


「お待たせしました。A級案内人(ガイド)のアノス・ホックリーです。セインまでご案内させていただきます。どうぞよろしくお願いします」


「同じくB級案内人(ガイド)のラノックです。よろしくお願いします」


 二人が挨拶するのを見て二度ほどきょろきょろした後、ヤンが改めて自己紹介をする。


「C級案内人(ガイド)のヤンです。よろしくお願いします」


 今回は二人に倣ってちゃんと(軽くだが)頭を下げたヤン。


「なるほど、お三方が今回の我々の案内人(ガイド)でしたか。私はナンダスと言います。そしてこちらが我々の司令官であられるボッツ少将閣下、その向こうがシュタインベルガー参謀長です。急な予定変更などあってご迷惑をおかけしたかと思いますが、どうかよろしくお願いします」


 ナンダス准将と一緒に参謀長も頭を下げる。

 ボッツ少将は当然ふんぞり返っていた。


 二番隊の二人は既知なので軽く会釈をしただけで挨拶を済ませる。


「ちょっと待って」


 兵士たちをじっと観察していた風のヤンが急にアノスたちに向き直って声をかけた。


「どうしたヤン」


「なんだ、なにがあった?」


 アノスはそうでもないが、ラノックは明らかに慌てている。


「あのさ、帝国の班分けってどうなってるの?」


 ナンダス准将の方に向き直ったヤンが尋ねる。


「……第一小隊が上層での攻略を目指す主力部隊になる。第二小隊はその予備兵及び補給部隊。第三小隊は若手中心に小回りの利く編成といった形だが、何か気になることでも?」


 それぞれの隊の説明と、それがどの隊列かを示しながら説明するナンダス准将。


「わかった。ありがとう」


 ヤンは礼を言うと再びアノスらの方へ小走りに駆け寄る。


「担当を変えたいんだけど」


「なに?」


「おいおい、今更何言ってるんだヤン」


 それには答えず、二番隊に手招きをするヤン。


 すぐに二人がヤンの所まで来て五人で丸くなって内緒話をするような形になった。


「どうかしましたかな」


 ナンダス准将が訝って声をかけてくる。


「なんでもない。ちょっと打ち合わせ」


 ヤンが振り返って答え、またすぐ内緒話に戻る。


「ボク、あの第三小隊を担当したい」


「いや、だが案内人(ガイド)リーダーのお前が第一小隊に付かないのはさすがにマズイだろう」


 ヤンがリーダー指名された事情を知っているアノスが考え直すよう説得を試みる。


「あ、それ別に絶対やれって言われたわけじゃないんだ。だからリーダーはアノスさんに任せるよ。ボクはあの若い兵隊さんをちょっと鍛えてあげようと思って」


「まさか師匠、帝国軍にまでドリルをやるつもりなのか」


 ダミアンがいち早く気付いて指摘する。


「うん。だって才能ありそうな人、結構いるんだもん。もったいないからさ」


「もったいないってお前なぁ」


 ラノックが呆れる。


「エンダでまた再編成が必要になりそうですね」


 レツ、お前も大概鋭い。


「後でギルドマスターに何か言われてもオレのせいにしないでくれよ」


 事実上了解したも同然のアノスの発言。


「うん、大丈夫。ありがとうアノスさん」


 ヤンはアノスに礼を言うと返す刀でダミアンに指示を出す。


「あとダミアン、アノスさんと一緒に第一小隊の方について」


「了解だぜ師匠。しかしこりゃまたバカ面白くなりそうだな、くははは!」


 ヤンがやるはずだった遠征隊の露払いを代わりにやれという事だとすぐに察したダミアンは快諾。

 突然大声で笑い出したダミアンを見て帝国側からの不審度が更にアップする事になったのはご愛敬。



 案内人(ガイド)の担当変更は帝国側に先に担当が伝えられていなかったため、むしろ等級通り妥当なものとして受け取られたので全く問題なかった。


 こうして帝国軍は下層へ向けて出発した。


 西関所(ゲート)から出る前、ヤンはタッツォールとアイコンタクトでお互いの任務達成に向け激励し合ったのだった。

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