031.チームヤン
「あれ? 師匠はどうしたんだ?」
稽古場所のキャンプ11ー1に遅れて顔を出したダミアンが挨拶もなしに尋ねる。
「なんか朝イチでケイトさんに呼ばれてるからって、今朝は先に始めてたみたいでついさっき終わって戻ってったとこですよ。先輩すれ違いませんでしたか?」
不思議そうな顔をしてタッツォールが逆に聞き返す。
「いや全然。師匠のことだから秘密の近道でも使ったんじゃねえのか。にしてもいったい何時からやってたんだか。まだ六時すぎだぞ」
「俺が来た時はもう結構やってた雰囲気だったから少なくとも五時前、たぶん四時頃には始めてたんじゃないかなぁ」
タッツォールも曖昧に答えるしかないのは憶測だから仕方がない。
この間ダミアンから弟子同士は平等なんだからタメ語でやろうぜと言われたのを思い出したので頑張ってタメ語にしてみたものの、口調も表情もぎこちなかったのはご愛敬。
「四時前!? 師匠はいつ寝てるんだよ。昨日も遅くまで仕事してたはずだぞ?」
「先輩はなんでそんなにヤンの仕事に詳しいんですか。そっちの方が気になりますよ」
また敬語に戻ってしまうタッツォール。
タッツォールにとっては一回り以上歳が違うダミアンは親の世代に近い存在な上、知り合ってまだ三ヵ月(もう三ヵ月とも言うが)程度のこの時期にタメ語というのはいかにもハードルが高すぎるのだった。
「そりゃお前、弟子たる者常に師匠の一挙手一投足に注目してスケジュールまで把握しておくのは当然の務めだろ」
無茶言うなよ最年長。
「その割にはいつ寝てるんだとか、今朝は何時からとか、知らねーことだらけじゃねーか」
横から口を挟んできたのはオンドロ。
やあオンドロ、久しぶり。
会いたかったよ。
「やれやれ、今朝も変わらぬ塩対応どうもありがとう、ドロ君」
「ドロ君言うなやオッサン」
どうやらオンドロの方はダミアンのお願いをしっかりと守っている様子。
タッツォールは半笑いで見守るしかない状況。
「四つしか違わないのにオッサン呼ばわりは数年後にブーメランが刺さる自虐ネタだぞドロ君」
ちなみにこの世界にもブーメランはある。
あんなもんちょっと器用に木が削れれば猿でも作れるのだ(暴論)。
「うっせーよ。だいたい五時集合なのに六時すぎて来た奴がなんでそんなエラそうにしてんだよ」
「オッサンには色々と大人の事情があるんだよ。お子様にはわかんねえだろうがな。くくっ」
「いいから先輩も早くアップ始めてください」
いい加減にしてくれと言わんばかりにタッツォールが間に入る。
ムキになって反論しようと口を開きかけていたオンドロが渋々と矛を収める。
「了解、タッ君」
サムズアップするダミアンをスルーしつつ、タッツォールは稽古の続きに戻る。
どの道遅れて来たダミアンは別メニューで勝手にやるしかないのだ。
オンドロとタッツォールが合わせてやる義理はないし、元々自分のことだけで精一杯なのだった。
最近二人が背負っているザックにはどちらも石が七個。
ダミアンが最初に来た日、対抗意識からいきなり十個でやろうとして尻もちを着いたのは今でも恰好のいじりネタになっていたのだが、結局五個からスタートしたダミアンが今や八個と二人を追い抜いていた。
オンドロやタッツォールが最初三個からスタートしてヒイヒイ言っていたのに比べると最初から五個というのは充分すごい。
さすがに元々の身体能力の違いは如何ともし難いといったところか。
ダミアンはとにかく自らを鍛えることに貪欲で、その最大効果を狙うための創意工夫たるや兄弟子(?)のオンドロやタッツォールが見習うべき点が多々あるのだった。
突然やってきた年上の弟弟子が自分たちより遥かに強いという事実が兄弟子二人のやる気を更にアップさせたのは言うまでもない。
ちなみに今日時点の三人のステータスをざっくり見てみると――。
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ダミアン・ウェルド LV(27)
年齢:27
職業適性:剣闘士 LV(6)
体力:405/405
魔力:105/105
状態:寝不足
スキル:131/131
剣乱舞 LV(4)
瞬足 LV(3)
気配察知 LV(2)
身体強化 LV(1)
爆裂拳 LV(1)
体力増強 LV(1)
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ダミアンは弟子入りしてようやく三ヵ月目。
体力養成キャンプと違って日々それぞれの日課をこなしながらの稽古ということで、短期集中的な爆発力はないものの、毎日地道に積み重ねたものは確実に血肉となっているのだった。
ダミアンのステータスはまだ稽古の効果が表れ始めた頃という段階だが、石の個数の例を持ち出すまでもなく確実にパワーアップしていた。
スキル面でも新たに【体力増強】を習得。
その効果で関連パラメータ(上記には表示していない)が各5%アップしているので、【身体強化】使用時には更にハイパーな状態になること請け合い。
本人は【身体強化】の他に【爆裂拳】のスキルも早く上げたがっているが、さすがに稽古で使うには危険なのでヤンに止められている。
実は時々こっそり下層の魔物狩りに出かけているのは内緒。
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オンドロ・ヴィヴリアージュ LV(18)
年齢:23
職業適性:格闘家 LV(2)
体力:235/235
魔力:92/92
状態:通常
スキル:99/99
音波 LV(3)
音波 LV(2)
音波障壁 LV(2)
音速 LV(2)
音狂 LV(1)
隠れ身 LV(2)
逃げ足 LV(2)
体力増強 LV(2)
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オンドロは救難信号事件の頃はレベル14だったのが今はもう既に18に到達していた。
一年弱の間に4レベルも上げる驚異的な成長だが、加えて【体力増強】レベル2によるパタメータ補正も相当効いている。
職業適性も兵士から格闘家へと進化した(但し格闘家スキルは未習得)。
ヤンの長所育成特化型の訓練が最大限功を奏した希少な例と言えるだろう。
また、極めてレアな(おそらくはユニークスキルと思われる)スキルである【音波】スキルの派生を促すための地獄の特訓(ヤン曰く)に相当な時間を費やしており、新しく習得した音波スキルの練習にも一人で地道に取り組んでいる模様。
そのせいか、タッツォールでも習得している【身体強化】は未習得となっていた。
いずれにしろ、囮作戦当時から更に実戦での特異性が際立つ存在になってきていると思われる。
現状で一番の問題は本人の性格かもしれない。
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タッツォール LV(15)
年齢:15
職業適性:格闘家 LV(2)
体力:182/182
魔力:51/51
状態:通常
スキル:71/71
暗視 LV(2)
気配察知 LV(2)
体力増強 LV(2)
身体強化 LV(1)
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タッツォールも現在はレベル15と、オンドロに勝るとも劣らない驚異的なスピードで成長中。
ヤンに弟子入りする前まではまともなトレーニングなどしてこなかったため、基礎パラメータが低いという弱点はあるものの、こちらも格闘家になったおかげで今後も更なる成長が期待できる。
とはいえ、直接戦闘に有効なスキルが【身体強化】だけというのはやや心許ない。
ヤンとしてはあくまで案内人という仕事を考慮した方向へ成長させたいと考えているのかもしれない。
どうやら本人の希望はそれとは少し違っているようだが……。
* * * * *
タッツォールとオンドロが組手を終えて息を整えていると、一人メニューをこなしたダミアンが近付いてきた。
その顔付きからイヤな予感がするタッツォール。
「なぁ、そろそろオレたち一門の名前を決めようぜ」
唐突な提案だったが、タッツォールにも意味はすぐにわかった。
「なんだよ名前って」
オンドロの方は察しが悪かった。
「オレたち三人とヤンを入れた四人のグループ名ってことだよ」
タッツォールが説明する。
「そうそう、タッ君は察しがよくて優秀だ」
「誰が察しが悪いってコラ」
ダミアンが茶化したのに秒でつっこむオンドロ。
「おいおい、被害妄想はいけねえな。オレは一言もそんなことは言ってない」
そうだ。
言ったのは(書いたのは)作者の方だ。
「何が妄想だコラ、喧嘩売ってんのか」
「オンドロいい加減にしろよ。ヤンに言いつけるぞ」
ああ、タッツォールそれ学校で一番嫌われるヤツ……。
しかしオンドロには効果抜群だったりするw
「……わかったよ」
「わかればよろしい」
ダミアンが胸を反らせて満足気に言う。
「!!?」
またつっかかりそうになるオンドロを腕で制止するタッツォール。
「それで先輩、何かいい案でもあるんですか?」
「いやない。オレは考えるのは苦手なんだよ」
両手でWを作ってお手上げポーズのダミアン。
「結局全部他人任せじゃねーか」
やはりウザ絡みをやめられない止まらないオンドロ。
多少声のトーンを柔らかくしているのは自制なのかどうか。
「仲間同士助け合いと言ってほしいね」
「オッサンに助けてもらった覚えはねーんだが」
しかし徐々にヒートアップ。
「幸いなことにオレもまだないな」
ダミアンは完全にオンドロとの会話をキャッチボールとして楽しんでいる風。
傍目には悪意がないのは見て取れるのだが、言われた本人にとっては癪に障るのだろう。
「コラッ! 大人二人ッ!!」
唐突にタッツォールの怒りが爆発。
思いがけない方が噴火したのでダミアンもオンドロもきょとーん。
「ヤンがいないからって自由すぎだろ。一番年下のオレになんでこんな無駄な気苦労させるんだよ。ふざけんな!」
あまりの剣幕に引き続ききょとーん継続。
「名前だろ。わかったよオレが付けてやる。ヤンと三馬鹿トリオ! これで決定だ。文句あるか!?」
思わず自分まで馬鹿仲間に入れてしまっているのは無自覚なのだろうか。
ロングロングきょとーんタイム。
からのダミアンとオンドロ二人が互いにゆっくりと顔を見合わせてようやくきょとーんタイム終了。
「それはちょっと……」
ようやく口を開いたオンドロは目を逸らしてモゴモゴ。
「ちょっとなんだよ」
容赦なく問い詰めるタッツォール。
目が血走っている。
「いや……ヤンが何ていうか……」
それで逃げたつもりか、誤魔化せたつもりか。
タッツォールにしろオンドロにしろ結局都合よくヤンをダシに使うのはいかがなものか。
「くははははは!」
今度はいきなりダミアンが大笑い。
「いいじゃねえか三馬鹿。でもよ、どうせならサンバカーズの方がカッコイイんじゃねえか」
考えるのが苦手なのがよくわかるアイディアだなダミアン。
「よくねーよ」
ボソリとオンドロ。
「じゃあオンドロも何か考えろよ」
タッツォールもサンバカーズはさすがにイヤなのかダミアン案はスルーの方向。
少しはタッツォールの怒りも収まってきた様子なのでオンドロも必死に考えてみる。
「……チームヤン」
数秒の後、オンドロが蚊の鳴くような声で提案する。
「え!? なんて? 聞こえないよ!」
わざわざオンドロの耳元まで来て怒鳴るタッツォール。
まだ怒ってたー。
「チームヤン!!」
同じぐらい大声で叫んだオンドロ。
言った途端に顔が赤くなって思わず俯く。
「いいねえッ!!」
バシッとオンドロの背中を叩くダミアン。
よほど力任せだったのか、オンドロがととっと五、六歩前に飛び出してしまう。
「ってーなオッサン。加減ってもんを知らねーのかよ」
ぶつぶつ言いながらもそれほど棘のある響きではなく、どうやら褒められたために更に照れている様子。
「すまんすまん、つい力が入っちまった。チームヤン、いいじゃねえか最高かよ。くはははは!」
オンドロの肩を抱いてポンポンやりながら高笑いするダミアン。
「そうだね、シンプルだけど一番しっくりくるかも。オンドロ、ナイス!」
タッツォールもどうやら気に入ったらしい。
ついでに機嫌も直ったようで何よりだ。
まぁ名前自体は何のひねりもなく普通すぎるのだが……。
「じゃあ今度師匠に改めてお伺いを立てるってことで。チームヤンか……くくっ、いいねぇ……うん、いいッ」
よほど気に入ったのかダミアンはその後も何度かチームヤンと口に出してはくくっと笑っていた。
その度にオンドロがやや照れ気味になるのがタッツォールには面白くて仕方がなかった。
しかし果たしてヤンがこの名前を気に入るかどうか。
そもそも自分たちをチームとして認識してくれているかも含めて色々と不安が残るのだが、タッツォールは敢えて言わずに黙っておくことに決めたのだった――。