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030.インテルメッツォ

「失礼するよ」


 エンダの監査局にある局長室の扉がノックもなしにいきなり開いた。


「陛下!? 」


 デスクで執務に集中していたハキーム監査局長は慌てて席を立つとオスカーを迎えに扉に駆け寄る。


「どうぞ、こちらへ」


 左手側にある応接セットの一番奥の席へ案内するハキーム。


 オスカーがゆっくり腰を下ろして落ち着くまでの間、ハキームは傍らに立って待機する。


「サイラス、君も掛けたまえ」


「はい。では失礼いたします」


 オスカーに対して横向きとなる隣の長椅子に掛けるハキーム。


「忙しいところ、突然で済まないね」


「いえ。何か緊急の案件でもございましたか」


「なに、エンダに来る用事があったからついでに少し話をしたいと思ってね」


 そのまま言葉通りなのかあるいは腹に一物あるのか、表情からはまるで読めない。


「恐れ入ります、陛下」


 ハキームとしては顔を出してくれただけで望外の喜びであったのだが、あまりそういうことを言葉にしてしまうとオスカーからは不興を買うというのを知っているので最低限の言葉だけにして頭を垂れる。


「新しい局員の方はどんな感じだね」


 最終選考をひと月ほど前に終え、監査局に新たに五名の人員が採用されたのだった。


「はい。おかげさまで優秀な人材を確保出来ましたので、順調に調教を進めております」


「そうか、それはなにより」


 オスカーは満足そうに頷くと暫し目を閉じた。


「先日はドリルヤンのキャンプを監査局向けに開催してもらい、フィジカル面の底上げも行ったところです」


「そう言えば監査局でもやったんだったね。君も参加したのかねサイラス」


 やや悪戯っぽい目をして尋ねるオスカー。


「いえ、小生は出発前の壮行会のみで後は副局長のリンデロームに任せておりました」


「それは残念。折角の機会だったのに惜しいことをしたね」


「小生も出来れば参加したかったのですが、さすがに十一日間も職を離れるのは色々と支障がありますので」


 心底残念そうというよりはやや困惑した表情で答えるハキーム。


「ははは、そうだね。君の立場としては現実問題として難しいだろうね」


 オスカーが愉快そうに話しているのは果たしてそのままの意味なのか、あるいは自分がいない場合の体制作りが出来ていないことを揶揄する意味を含めた皮肉であるのか、ハキームは判断しかねた。


 短い沈黙を破ったのはオスカーの方だった。


「ところで例の双子のその後についてだが……」


 こちらが本命かと慌てたハキームはオスカーの言葉を遮って報告し始める。


「畏れながらその件につきましてはあまり芳しくない状況でございます。やはり契約魔法で口封じされておりまして、こちらはヴァルプルギュス様にも見ていただいたのですが解除は難しいとのことでした」


 冒険者連続襲撃事件の犯人の双子は監査局の収容所にある独房にそれぞれ監禁され、現在に至るまで連日取り調べを行っている最中であった。


「ほぅ、リューレでもか。エルゴの闇ギルドには凄腕の魔導士がいるようだね。」


「そちらについては、もしかすると教会関係の線もあるかもしれません。」


「……闇ギルドと教会が裏で繋がっていると?」


「はい。そう考えた方が合理的だと思われる節が幾つかあり、現在も間諜が情報収集に当たっております」


 宗教国家であるアラゴン教国は教皇イグナートを頂点とする教会組織が国家の運営を担っていた。

 アラゴンの首都エルゴにある闇ギルド(暗殺者ギルド含む裏社会の組織)と教会勢力との繋がりを示唆する事実が幾つか間諜からハキームへ報告されていたのだった。


「なるほど。今後はアラゴンの動向も注視しなければならないか……。大丈夫かね、サイラス」


 オスカーが懸念しているのは人的リソースとハキーム自身のキャパシティの問題なのだろうが、ハキームは敢えて後者を無視して前者の意味でのみ答える。


「新人の仕上がり次第かと」


「私に出来ることがあれば言ってくれたまえ。遠慮は無用だよ」


「有り難きお言葉にございます、陛下」


 そうは言ってもハキームとしては簡単に要望を上げるわけにはいかないのも事実だった。


 その時、ハキームのデスクにある塔通話(タワーコール)が発光点滅してミーンミーンと蝉の鳴声のような音を発した。

 塔通話(タワーコール)とは電話のような通信装置のことで塔の独自技術(塔技術(タワーテクノロジー))による魔道具の一種だった。

 塔の安全層(セーフレイヤー)同士の間に限り、塔通話(タワーコール)間で会話が可能になるというものだ。

 見た目はぶ厚い板状の石にしか見えないのだが、その石に手をのせることで相手と通話が可能になるというもので、どのような仕組みで実現されているのかなどについては全く解明されていない。

 もっとも塔技術(タワーテクノロジー)そのものが未知の技術なので致し方ないところではあった。


「失礼します」


 ハキームはオスカーに一礼して立ち上がると急いでデスクに戻り、塔通話(タワーコール)のぶ厚い板の上に手を置いた。


「そうか、遂に来るか。規模は? ……ふむ、わかった。引き続き頼む」


「陛下!」


 ハキームがやや切迫した雰囲気でデスクからオスカーの下まで戻ると、続けて報告する。


「たった今、オグリムから連絡があり、帝国が動き出したとのことです」


「やっと来るか。随分のんびりしていたものだな」


「グランダムとの小競り合いがようやく落ち着いたのでしょう。むしろ王国が手をこまねいているのが不思議です」


 グランダム連邦共和国はベリオール帝国に次ぐ大陸第二の勢力で両者は覇権を争っていた。

 両国は一部で国境を接しており、そこは常に紛争の火種を抱えている状態なのだった。


「何か計画に問題が起きたのかもしれないね。フフフ」


 意味深そうに笑うオスカー。

 真意を察したハキームが続ける。


「例の工作の主犯格は既に外に脱出していると思われます。外まで網を広げるべきでしょうか」


「いや、それには及ばないよ。君たちのおかげで大事に至らずに済んだわけだし、捕えた者と泳がせてある者の処理だけ慎重に判断しようじゃないか」


「仰せのままに」


「後はギルド側の歓迎体制をしっかり整えておく必要があるね」


「はい。そちらはひとまずプランAで進めます」


「うむ、頼んだよ。では私はこれからキャサリンの所へ行って内緒の話でもしてこよう」


「……畏まりました」


 内緒の話に興味を惹かれたがどうせ教えてもらえないのでスルーしたハキーム。


 オスカーが退室すると、ハキームは急ぎ各支部の監査局に塔通話(タワーコール)で通達を出し、帝国の迷宮攻略部隊を迎える準備をするよう指示した。

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