003.最年少案内人(二)
「そろそろだよ」
ヤンがあまりにさらっと言うのでノビリスには一瞬何のことかわからなかった。
「よっしゃ! やっと出番か」
よほど待ちかねていたのか、ミゲルにはすぐピンときたらしい。
「その前に休憩しとく? なんかいつもよりちょっと数が多いみたいだから」
「いらねーよ、どうせ雑魚なんだろ」
ヤンの言葉をあっさり聞き捨てるミゲル。
「あーあんたそれ事前に言ったらダメなヤツ」
「は? なんだよそれ」
「知らないならいいわ、残念」
「わけわかんねーなー、女はよー」
「ヤン君、数が多いというのは魔物のことだよね。まだ見えないのにもうわかるのかい?」
ヤンにも察知系のスキルがあるのだろうかと思いつつ確認するノビリス。
「うん、まぁだいたい。数が多いだけじゃなくてレベルもちょっと高いかも。そっか……最近この辺で魔物狩りする人達いなかったもんな……」
後半はほぼ独り言のような呟きだった。
「なるほど。軽くウォーミングアップのつもりだったけど少し気を引き締めてかからないといけないみたいだね」
「いいじゃん、手応えあるのは大歓迎。望むところだぜ」
「ヤン君、ちょっと待ってくれ」
ノビリスが前を行くヤンに声をかけつつ、後方のメンバーには止まれの合図を出す。
「いいか。オレたちはまだこのダンジョンについてほとんど何も知らない。ガイダンスじゃほんの触りくらいしか聞いていないからね。だからここの魔物と実際やり合う前に少しでも知見を深めておいた方がいいと思うんだ。ヤン君、ダンジョンの魔物についてオレたちが知っておくべきことがあれば教えてくれないか」
さきほどのヤンの呟きもしっかり聞いていた上で慎重なノビリスらしい提案。
他のメンバーも特に異論はないようだった。
「うーんと、じゃあまずは魔物の生態から説明するね――」
やにわにヤンの魔物講座が始まる。
迷宮内は各階層毎に幾つかのエリアで構成されているらしく、そのエリア単位で魔物の種類や数が管理されていると推定される。
これは誰が管理しているとかではなくそういう迷宮なりの自然法則があるらしいという意味だが、迷宮に住む人たち(塔民)はこうした法則のことを『塔則』と呼んでいる。
迷宮に出現する魔物はバルベル固有の魔物が多く、この事実が階層攻略の足枷になっている側面もある。
但し、イージーエリアとされる底層については外の世界と共通の魔物の方が多いので初見でも対峙し易くなっている。
魔物は迷宮から魔素(魔力の元で魔物や魔族のエネルギー源となっている)を吸収するため食事によるエネルギー補給を必要としない。
人を襲うのは魔物の本能とちょっとしたデザート感覚で間食をしたいためだと言われている。
迷宮内の魔物は死ぬと数秒でその肉体は完全に消失する。
これは新たな魔物を生み出すために迷宮に吸収されるのだと考えらる。
死んだ魔物は生き返らないが、一両日中に新たな個体が同一エリア内に出現することでエリア内の魔物の数がキープされる仕組みになっている(塔則)。
一方でエリア内の魔物が死ななくとも一定間隔で新しい魔物は追加されるらしく、長期間に渡って魔物が討伐されないエリアではどんどん個体数が増えてしまう。
エリア内の魔物数が増えすぎると魔物同士で殺し合いが始まる。
こうして生き残った個体はレベルが上昇しているといった寸法だ。
エリア内の魔物の平均レベルが高くなると、次にエリア内に現れる魔物のレベルも高くなる傾向がある。
このように特定エリアの魔物のレベルが高止まりしてしまうことをギルドでは『高潮』と言う。
高潮になると魔物のレベル上昇だけでなく、亜種が生まれたり上位種への進化が起きたりする場合もあるとギルドには報告されている。
高潮を治めるには一旦エリア内の魔物を全滅させる必要があり、この作業を『鎮め』と言う。
鎮めは冒険課のクエストとして実施されるのが一般的。
各階層には階層主が配置されているが、一度倒すと復活しないため攻略済みの階層には階層主はいない。
代わりに階層主のいたエリアに代理主と呼ばれる魔物が出現する。
代理主は当該階層の他の魔物より強く階層主より弱いが、階層主と違って倒してもまた別個体が出現する。
現在迷宮は第三十四階層が最高到達層となっており、第三十三階層の階層主が討伐されたのは三年以上前になる。
「ちょっと待ってくれ少年。まだ続くのか? 一旦休憩……そう、休憩にしてくれ」
ミゲルが堪らず音を上げたが実際のところ他のメンバーもそろそろ一区切りにしてほしいと感じていたところだった。
『青の開拓者』はメンバー全員が元々こうした座学系は得意ではないのだ。
「いいよ。じゃ続きはまだ今度ね」
あっさり中断を受け入れるヤン。
「ありがとうヤン君」
お礼を言いつつも、続きをお願いする時は果たしてあるのかと考えるノビリス。
「じゃこの先は暗いからこれ」
ヤンは腰のポーチからヘッドライトのようなものを四つ取り出す。
メインルートを外れると壁の塗料が塗られておらずほぼ真っ暗になるため照明が必要なのだった。
「これはベルトーチっていう魔道具だよ。暗くなると真ん中の石が勝手に発光するからそのまま頭にベルトで巻き付けて使うんだよ」
ヤンがベルトーチをそれぞれに手渡す。
四人中、アモンだけは首を振ってベルトーチを受け取らなかった。
ソロ時代の経験で夜目がきくのと【気配察知】スキルがあるため必要ないと判断したのだろう。
「ヤン君はいいのか」
だいたい予想はついてはいたが、一応声をかけるノビリス。
「ボクは大丈夫。慣れてるからね」
だろうなと納得したノビリスだが、もうひとつ要確認事項があったのを思い出す。
「サラ、本当に君も見学するつもり?」
「そのつもりだったけどそうもいかなくなりそうね。残念」
ひと安心したノビリスは先行して歩き出したヤンが今まさにメインルートを外れて脇道へ入って行こうとするのを見て焦る。
ヤンのことだから心配ないとは思うが、闇に紛れて見失ったらと思うと自然と足が速くなるのだった。
* * * * *
漆黒の闇の中を三筋の光と共に慎重に進む五人。
メインルートから五分程進んだ所で、サラは後方のアモンが弓を取る気配を感じた。
ほとんど同時にヤンが止まれの合図。
「そこの角で戦闘準備」
囁くようなヤンの小声に無言で頷くノビリス。
ミゲルとサラは腰の剣の握りにそっと触れて感触を確認する。
「いつも通りにやるぞ」
ノビリスは充分声を抑えたつもりだったが、思った以上に響いたような気がして内心驚く。
「なるべく灯りを手で塞いで。光よりは音の方が用心だけど念のため」
再びヤンの小声にはっとして三人は額の上の石を片手で覆う。
完全には遮断できず僅かに光は漏れるが、ゆっくり歩く分には却ってちょうどいいかもしれない。
五人は足音を殺して進む。
左手、角の向こうに魔物がいるそうだが今のところは物音ひとつしない。
ノビリスには魔物の気配よりもアモンのピリピリとした緊張感の方がリアルに感じられた。
【気配察知】持ちのアモンの感覚には全幅の信頼を寄せているので、その彼の緊張感こそが魔物が近くにいるという紛れもない証だった。
ヤンから待機の合図。
その脇をすっと抜けて前に出たアモンが角から頭を出して獲物を確認してすぐに戻る。
「ヒューラット、最低八」
つまり獲物はヒューラットが八体以上いるらしい。
ヒューラットは別名タテガミネズミとも言われる体長1m30~80cmの大きなネズミタイプの魔物だ。
突進と噛み付きが主な攻撃方法でレベル1の個体なら楽勝な相手なのだが、先刻のヤンの発言通りならレベルはもっと上らしい。
レベル2以上だと噛み付きに毒効果が追加されるので油断出来ない相手になる。
とはいえ、既知の魔物で良かったという安心感もあった。
通路は幅5m程なので自分とミゲルとである程度前は踏ん張りが効きそうだと考えたノビリスはそこでふとヤンの身の安全をどうしたものかという点に思い至る。
見学すると本人は言っていたがだからといって完全に放置してしまってよいものか。
敵の数が数だけに常時気にかけている余裕はないだろう。
もし魔物がヤンの方に向かった場合直ぐには対処出来ない可能性が高い。
さて、どうしたものか……と思ったところでヤンの姿が見えない事に気付く。
ノビリスがヤンの姿を探すと、既に後方に退いていて目が合うと右手の親指を立ててニッコリと笑顔を返してきた。
不安は拭えないものの、この期に及んで気にしてもしょうがない。
開き直ることに決めたノビリス。
静かに呼吸を整えると、ハンドサインでメンバーに指示を出す。
各自が頷いたのを確認すると、それまで隠していた頭の灯りを解放。
直後にGOサイン。
まずノビリスとミゲルが飛び出すと、次いでサラ、アモンの順に出る。
これが狭路における『青の開拓者』の標準配置だが、実戦ではまだ数回しか運用実績がないためダンジョンでどこまで通用するかは未知数だった。
前衛二人が接敵する直前に最後方のアモンが前方へ照明石を投げ込み周囲一帯の光源を確保すると、すぐにベルトーチは光を失い逆に視野はクリアになる。
ノビリスが左手で構えた盾に第一波の突進がくる。
「ぐっ......」
予想を大きく越える衝撃に一瞬バランスを崩すが、すぐ立て直して第二波に備える。
「気を付けろ! 思った以上に強いぞ」
メンバーに注意喚起するがどの程度伝わるか。
「うりゃあ〜ッ!」
ノビリスの盾に跳ね返された三体がもんどり打つのを確認したミゲルが盾の右手から飛び出す。
しかし飛び出したところへ別の二体が突進してきて二対一。
ひるんだミゲルの足が止まったところへ、前進したノビリスが並んで二対二。
ノビリスが盾で一体を弾き飛ばす隣でミゲルは正面からきた一体の胸の辺りに剣を突き立てる。
心臓をひと突きで絶命させたつもりが微妙に狙いがズレたか。
やはり生命力や防御力も強化されているらしく、剣を突き立てたまま激しく暴れ抵抗するヒューラット。
ミゲルの剣がやっと抜けた瞬間、続けざまに矢が襲いかかりヒューラットの眉間や目に次々と突き刺さる。
アモンの絶妙な援護でヒューラットはピンと体を硬直させ崩れ落ちる。(1/??)
念のためミゲルが倒れた獲物にトドメを刺した直後、別の一体が歯を剥いて飛びかかってくる。
刺した剣を抜く動作の分対応が遅れたミゲルとヒューラットの間にサラが滑り込むと【連続突き】で足を止める。
そこへ改めて振りかぶった剣でミゲルが叩きつけトドメ。(2/??)
そんな二人を横目に見ながらノビリスは第三波に耐えていた。
今度も三体。
完全に同時ではなくコンマ何秒の時間差で衝撃が連続して入るのでバランスが保持しにくい。
最後の衝撃に耐えて盾の位置を少し修正しようとした瞬間、僅かに隙間のあいた左側を一体がすり抜けて行った。
「すまん、後ろ!」
叫びながら盾位置を戻したノビリスは意を決したように盾の裏に仕込んである特注のショートバスターソードを右手で引き抜く。
ノビリスが叫ぶより早く獲物を視認していたアモンは考えるより先に素早く腰の短刀を抜いて構える。
一撃で仕留めたいがミゲルとの様子からそれは断念し、まずは足を止めることに全力集中。
真っ直ぐ突っ込んできたヒューラットをステップでいなし、体を反転させながら短剣で右前脚の腱を切断。
派手に転倒したヒューラットはすぐさま立ち上がるも、負傷した右前脚を地面から浮かせて警戒態勢。
おそらくこれで最大の武器である突進力は奪ったはず。
アモンが次の攻撃に移ろうとしたその時、サラの唱えた【氷槍】が三本同時にヒューラットの胴体に突き刺さる。
手負いのヒューラットにはさすがにオーバーキル気味の攻撃だった。(3/??)
獲物を奪われてややご機嫌斜めのアモンに対し、ナイス連携だったでしょとばかりにウインクして二本指を頭の横からスッと離すサラ。
そのサラの背後からミゲルの上を飛び越した新手一体が襲いかかろうとするところを今度はアモンが弓で三連射。
二本は腹、一本は下顎から上顎を貫いて噛み付きを封じる絶妙なコントロールだった。
矢が自分に向けて放たれたと一瞬勘違いしたサラは反射的に恐怖と怒りと驚きの表情を見せるが、矢の軌道を察して自らの判断ミスを悟り後ろを振り返った所へどうと倒れたヒューラットを目にしてからのトドメの一突き。(4/??)
安堵と照れ隠しと感謝の表情で振り返ったサラに対し、さっきのサラと同じポーズで返すアモン。
一方のノビリスは背後で二人の気配を感じつつも盾越しの活きのいいお相手様にそろそろご退場願おうと盾の中段にある窓を開くとその空間にバスターソードを突っ込む。
ヂューッ!
突進してきたヒューラットの一体にカウンターで突き刺さるバスターソード。
一撃で頭をカチ割って致命傷を与える。(5/??)
さて、とノビリスが盾の向こうを見やると何度か跳ね返されたであろうヒューラットが五体ほど突進のタイミングを伺ってる様子。
いずれも多少はダメージを蓄積しているように見受けられるが、更にその奥にまだ元気満々な個体が二体。
他のメンバー達の分も含めこれまで倒したのは五体。
今現在残っているのは前方の七体。
全部で十二体だったのか、それともまだ他にもいるのか。
弱った一体を今ミゲルがしとめた。(6/12)
更に【氷槍】が三体の胴に一本ずつ命中。
間髪入れずにそれぞれの頭部に矢が突き立ち、絶命。(9/12)
「よし、残りを片付けるぞ!」
接地して固定していた盾を持ち上げ、ノビリスが前に出る。
残る三体のうち手前の弱っている一体にトドメを刺そうとバスターソードを振りかぶったところへ元気な二体が猛スピードで突進してきた。
慌てて左手の盾を前に出してガードするがタイミングが合わず、衝撃でバランスを崩し転倒。
地べたに仰向けになったノビリスを盾ごと踏みつけてヒューラット二体はそのままサラへ向かって再加速。
「させるかよッ」
ミゲルが【瞬足】を発動して後ろからヒューラットに追いつき一体を横殴りに斬りつけると返す刀でもう一体も斬り捨てる。
二体目はよほどスピードと力が乗っていたのか胴体から真っ二つで即死。(10/12)
壁に叩きつけられ瀕死の一体目の方はサラがトドメ。(11/12)
この様子を見て逃げようと奥へ走り出した最後の弱った一体へアモンの矢が降り注ぐ。(12/12)
かくしてバルベル迷宮での初陣は無事終わり、静寂が訪れた――。
* * * * *
パチパチパチ……。
「お疲れさまー。みんな強かったねーさすが」
肩で息をしている三人(アモンを除く)の所へヤンが手を叩きながら合流する。
「ヤン君も無事で良かったよ」
起き上がって身体をパンパン叩きながらノビリスはなんとも言えない表情。
終盤の立ち回りを反省しているのだろう。
そんなノビリスにアモンが視線を送り小さく頷く。
周囲に残った魔物はいないということを知らせたのだった。
「いい運動になったぜ。なぁサラ」
「そうね。でもこれが第一階層の魔物だと思うと先が思いやられるわ」
最後にピンチを助けたミゲルがちょっと誇らしげに声をかけるが、サラはドロップした魔石の回収中で表情を見せない。
「なぁ少年、ダンジョンじゃこれが普通なのか?」
特に気にする様子もなくご機嫌なミゲルは今度はヤンに声をかける。
「チャッキーは普通に底層の魔物だけど今のはレベル3くらいだったね。普段は第三階層まではレベル1のはずだから強くなってるなぁ」
「チャッキーってヒューラットのこと?」
「そっちかよ! それよりレベル3の方だろ気になるのは」
まぁそこは両方気になっていいところではある。
「塔のみんなはチャッキーって呼んでるよ」
ヤンはサラの方を拾って答える。
「他の魔物にもそういう愛称があるの?」
「あるよ。ほとんどの魔物にあるんじゃないかな。塔の人たちからしたら正式名称ってヤツの方が堅苦しくて馴染みがないものだから。慣れない呼び方を使ってる人たちを見るとちょっと壁を感じちゃうところはあるかも」
「余所者扱いってわけか」
「ちょっと言い方! 国や地域毎に独自の言葉や風習があるのなんて別に珍しくもないでしょ」
「そうなんだ!? いいなぁ外の世界。行ってみたいなぁ……」
ヤンが久しぶりに年相応の子供に見えて一同ほっこり。
「ところでヤン君、さっきの魔物のレベルの話なんだけど」
メンタル復活したノビリスが話を戻す。
「それね。やっぱり高潮がきてる可能性があると思う。どこまでの範囲なのかこれから上の階層も確認していきたいけど、この後も魔物と戦う感じでいいよね?」
「あったり前よ!」
「そうだね。今みたいな感じなら充分対応できると思うけど、もし状況が変わってくるようだったら改めて相談させてくれるかい?」
「うん、いいよ」
「ねぇヤン君。この先もずっと魔物のレベルが高い可能性があるってことよね?」
「そうだね。底層全体で高潮になっているのかも」
「底層全体? そんな規模で?」
「最近新規入塔者は減ってるし、いても底層はほとんど素通りするのが当たり前になってきてるから」
「そういや、入塔ガイダンスだったけ? アレもそんなに人いなかったよな」
実際には全十二人の参加者がいたのだが、ミゲルの記憶に残っていたのはエントランスで見ていた女性に関するものがほとんどだったのかもしれない。
「ガイダンスに参加してた人よりも入塔手続きしてた人の方が少なかったわよね」
サラの言う通り冒険課受付ではノビリスの前に一組、後に一組並んでいるだけだった。
「まぁすぐにダンジョンに入らなくても、町に滞在するって人もいるだろうからね」
『青の冒険者』一行は今朝オグリムに到着したその足で迷宮ギルドへ向かったのだった。
ノビリスはオグリムまで五日間を要した移動を思い出しながら、自分たちも町で一日二日休養してもよかったなぁと思う一方ですぐにダンジョン入りした選択は間違っていなかったという確信もあった。
「ガイダンスだけ聞きに来る人もいるんだよ」
とヤン。
「ええッ!? その人たち一体何が目的なの?」
「ティナさん」
「どういうこと?」
「なるほどわかったぞ少年。オレにはわかる!」
「あんたにわかるっていうのであたしにも今わかったわ……ハァ」
「なんだよ、聞いたのはお前だろうが」
「そうだけど……」
言い淀むサラをスルーして矛先を変えるミゲル。
「ちなみに少年はティナ嬢はアリなのかナシなのかどっちだ?」
「うーん、ボクにはまだわかんないや」
「そうかそうか。まだ少年は少年だからな。それでいいんだ少年。いやぁなんか安心したわ~」
ミゲルが満面の笑みでヤンの肩に手を回すのを呆れた表情で眺めるサラ。
その手に魔石が三個あるのを目にしたミゲル。
「それが今回の戦利品か、サラ」
急にふられて慌てるかと思いきやニヤリと不敵に笑うサラ。
「そうよ。魔石が三つ。これどのヒューラッ……じゃなくてチャッキーが落したんだと思う?」
わざわざ言い直したサラに一瞬驚いてから破顔するヤン。
「どれってそんなのわかるかよ。やりあってる最中にいちいち見てねーだろ普通」
「あら、そうなの? でもアモンならわかるわよね?」
「……サラが倒したヤツだ」
「マジかよウソだろ……」
ヤンの肩に手を回したままもう一方の手も反対側のヤンの肩をがっしり掴んで愕然とするミゲル。
ミゲルに体重を預けられて迷惑そうなヤンだが安定した下半身は微動だにしない。
「そういうこと。やっぱりアンラッキー男子じゃ無理だったみたいね」
「オイまさかその魔石、自分のモノとか言うつもりじゃ……」
「やめてよ、あんたじゃないんだから。ちゃんとパーティに預けます!」
「ハイ二人ともそれくらいにしとこうか。ヤン君も困っている様子だし」
またもやサラに点火しかけるミゲルに堪らずノビリスが割って入る。
「それじゃ魔石はボクの方で預かろっか」
一歩踏み出しながら自然にミゲルの手を解いたヤンが拡張カバンを指差して言うとノビリスが「頼むよ」と即答。
ヤンはサラから魔石を受け取るとそのまま収納。
「ねぇヤン君、その魔石だとここではどれくらいの価値になるの?」
「傷もないし大きさも結構あるけど下級魔石だから換金してもそれなりだと思う」
「それなり、かぁ……」
「でもうちのギルドは魔石の換金率が外の世界よりいいって他の冒険者の人たちはよく言ってるよ」
「そうなの?」
「それはオレも聞いているよ。だいたい一割か二割増しで買い取ってくれるらしい」
さすがリーダーともなれば事前にお金関係の情報くらいはちゃんと入手しているらしい。
入塔税や案内人の依頼料については知らなかったけれども。
「それならメシ代と飲み代くらいにはなりそうだな」
「あたしの魔石代をそんなものに使わないでよ」
「あぁ? なんだよテメーさっきはパーティのもんだって言ってたくせに」
「パーティの資金とあんたの飲み代は全然別でしょ、バカ!」
「ああどうせバカですが何か? そのバカに助けてもらったのはどちら様でしたっけ?」
「あーあ、やっぱり自分でそれ言っちゃうんだ……。つくづく残念な男ね」
「オイやめろ、今のナシ。バカはいいがそのガチのヤツだけはやめてくれ……」
うっかり自爆して狼狽するミゲル。
人生でそう何度もない汚点になるかもしれない一言は残念ながらもう取り消せない。
「はぁ~……」
一際大きなサラの溜息と共にボヤ騒ぎは終了。
まだ照明石の光がはっきりしている内にとノビリスが装備の手入れを始めると、他の三人もそれに倣う。
防具や武器に異常があれば次の戦闘で命取りになる可能性もあるため、戦闘後の確認と手入れ作業は冒険者にとっては半ば習慣化した作業だった。
まれにそれを怠る者もいるが、そのほとんどは冒険者人生を早々に諦める羽目になるのだった。
ここで手持無沙汰となったのか、ヤンが饒舌モードに突入。
「ねぇねぇ、ノビリスさんのあの防御ってスキルだよね? すごいなぁ。あんな大きな盾を使う人見たのボク初めてだよ」
「ハハハ、よくわかったね。あれは【盾防御】っていうスキルで実際の盾の表面積より広い範囲の物理攻撃に対して防御効果があるんだ」
「えーッ、すごい! それでチャッキーを一度に三匹も跳ね返せたんだね。カッコイイなー」
ヤンのハイテンションな姿に、盾の傷を指でなぞって深さをチェックしていたノビリスもまんざらでもない様子で答える。
最後に盾ごと踏み付けにされたのはもう忘れたか。
「オイ少年! オレ様の剣技だってカッコ良かったろ?」
「うん。最初のは急所を外して苦労してたけど最後は速かったよ。あれ【瞬足】に【斬り払い】でしょ」
「……まぁな。よく知ってるな」
「うん。前に何度か見たことがあるよ。【瞬足】はボクも教えてもらったけどアレ結構疲れるよね」
「なに!? お前も使えるだって……?」
「アレって使った直後に一瞬隙ができるから結構使いどころが難しいんだよね」
「そう……だな。そう、難しいんだよ」
「ぷっ」
思わず吹き出すサラ。
ミゲルはおとなしく剣の手入れに戻るしかなかった。
ヤンはまだまだ止まらない。
「サラさんも【氷槍】を同時に三本も出せるなんてすごいね。おまけに剣の【連続突き】スキルまであるなんて!」
「いやん、わかっちゃった? もっと褒めてもいいわよ」
「でもやっぱり一番すごかったのはアモンだったなー。弓と短剣の使い分けが見られたし、弓のスキルもさすが元狩人って感じ。状況判断や視野の広さなんかボクも見習いたいなーって思っちゃった」
アモンは特に答えなかったが、一瞬ヤンと視線を合わせて元のポーカーフェイスに戻ったその表情がどことなく満足気だった。
しかしこの時、二人のやりとりが他の三人の内面に思わぬ波紋を巻き起こしていた。
ヤンがアモンを呼び捨てにし、アモンがそれを気にしていないことについての驚きと疑問。
自分達の知らない所でいつの間に親しくなったのか。
ヤンはずっと先頭を歩いていたし、アモンの方は終始殿だったはずだ。
何より相手があのアモンなのだ。
どうやって彼の懐に入り込んだのか、そもそも親しくなるほど会話が成立したのか。
あまりに想像がつかな過ぎて吐き気がするほどモヤモヤする。
今にして思えば最初にギルドで会った時から何となくアモンの方もシンパシーを感じていたような節があった。
道中、何か見逃していたことがあったのだろうか。
ノビリスは急に霧の中に放り出されてしまったような感覚に陥るが、そんな自分の弱さを受け入れて更に成長するのがダンジョンに挑戦する目的のひとつであることを改めて思い出す。
照明石の効果が薄れて周囲が薄暗くなってきた頃、各人装備の手入れも終わり戦闘後の休息も充分取れたということで移動を再開。
明るいメインルートへ復帰後、一行は上階を目指す。