029.天城ドリル(三)
「おいおい、なんの冗談だよ……」
ダミアンは思わず目を疑った。
トカゲドンの背に馬乗りになったヤンがこちらに手を振っている。
トカゲドンの口は縄のようなものでぐるぐる巻きにされ、開けないようになっていた。
またその巨大な尻尾は半分ほどの長さしかなく、断面から千切られたものと推定された。
「早く! こっちこっち」
笑いながら手招きするヤン。
(こっちって言われてもな……)
苦笑するしかないダミアン。
まさかダミアンにも乗れというわけではないだろうが、あまりいい予感がしない。
「これ全部教官がやったのか」
とりあえずトカゲドンの近くまで来てヤンを見上げながら尋ねる。
周囲にはドサカが五頭座り込んだり倒れたりしていて既に戦闘不能状態になっていた。
消えていないというのはまだ死んではいないのだろう。
「うん。早くトドメ刺して」
(まさか、俺に殺させるために生かしておいたのか……)
子供の無邪気さは時に邪悪と紙一重の残酷さを持ち合わせるのだった。
ダミアンは今、身震いするのを我慢しながらそれを実感していた。
「わかった……」
「あ、必ず一撃で倒してね。頭を狙えばいいよ」
そんな爽やかに言うセリフじゃねえだろ。
「ああ……」
どうにも気分が乗らない。
執行官の中でも血の気の多さでは一番を自負する自分でも、こんな気分になるのか。
「気合が足りないよッ!」
そんな心を見透かしてかヤンがダミアンの背中に檄を飛ばす。
気合っつったってなぁ……。
とは言えやるしかない。
「クソだらぁッ!」
バゴッ! …………。
「おりゃああッ!」
ドゴッ! …………。
「うるぁッ!」
ゴギッ! …………。
ほとんどヤケクソ気味に全力の拳をドサカの側頭部に叩き込むと、その都度頭蓋が粉砕される音と共にリアルな感触が伝わってくる。
シュイーン……。
例の召喚音がしたと思ったら大きな打撃音と共にトカゲドンが暴れる。
縛られた口からくぐもった唸り声がしていた。
おそらくヤンが何かしらの攻撃をして召喚を解除したのだろう。
さっきの一回は召喚させるために見逃したのだとして、その前と合わせて二回は召喚を阻止したことになる。
少なくともヤンはトカゲドンのことはよく知っているようだ。
さっさと残りの二頭(ダミアンとレツとで両腕を斬り落としたヤツを含む)を始末してヤンの下へ戻る。
「終わったぜ教官」
「あ、魔石は?」
「大丈夫だ」
ダミアンは魔石を片手で持ち上げて見せる。
結構なサイズの純度の高そうな魔石が三つドロップしていたのだった。
「じゃあ最後はコイツだね。このままやっちゃって」
「は?」
このままやっちゃってとは?
ヤンが乗ったままで仕留めろってことか。
まだトカゲドンの体力は結構残っていそうな雰囲気なのだが。
「ドサカのトドメは右でやってたみたいだから、コイツも右の連打で。はいっ!」
はいじゃねーよと思いつつ右の連打をトカゲドンの左脇辺りに叩き込む。
ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ。
「気合が足りないよ! 気合入れてッ!」
うるさい教官だぜチクショー。
「こんのぉぉぉぉッ!」
ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
「尻尾くるよ」
トカゲドンが大きなモーションで半分になった尻尾を振り回してきた。
サイドステップで射程外に出るダミアン。
「ああッ違う。ダメダメ、ガードしなきゃ!」
「……マジかよ」
全行動に注文がつくのかとうんざりするダミアン。
いや、確かに最初にそういう訓練だとは聞いていたが、自分たちは敵の数減らしの攻撃部隊のはずだろうが。
「はい攻撃。休まないで」
はいはい、やりゃいいんだろ。
なんだこのクソ教官。
マジで腹立つぜ。
ちょっと強いからって……いや、ちょっとどころじゃねえな。
強すぎるヤツは弱いモンの気持ちなんかわからねえってヤツか。
クソだらぁ……。
「おりゃッ」
ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
「また尻尾」
「フンッ!」
向かってくる尻尾に思い切り肩からタックルするように体重を預けて当てる。
ドガッ。
吹き飛ばされずにその場に踏みとどまることが出来た。
同時にダミアンはヤンが尻尾を半分にした意味を理解した。
尻尾の長さがないため振り回した勢いが足りず、純粋に尻尾部分の質量が移動してきた分のパワーしか感じられなかったのだ。
それだけでも本来恐るべきダメージになるはずなのだが、この四日間いや三日半の訓練でいつの間にか衝撃に対する受け身がスムーズに取れるようになっていたのだった。
(いやはや、こりゃ畏れ入ったぜ。自分でもびっくりだわ)
さっきまでの嫌悪感が感心あるいは尊敬の色に染まりつつあった。
「あっ」
ヤンが突然ヘンな声を出した。
「今度はなんだ?」
また注文がくるのかと身構えるダミアン。
「新手が来るみたい。早く片付けて」
なんだよ新手って。
なんだよ早く片付けろって。
やはり前言撤回だ。
イライラMAXをそのまま右拳に込めてダミアン一世一代の渾身の一撃をトカゲドンの横っ腹にブチ込む。
ドゴォォッ!!
右拳が肘の辺りまで腹にめり込んだ。
それでもまだ内臓までは届いておらず、皮下脂肪を破壊した程度。
激しく暴れのたうつトカゲドン。
「いいね。今のはなかなか良かったよ」
チクショーなにがなかなか良かっただよ。
まだこんなに暴れる元気があるじゃねえか。
俺の人生最高の一撃だぞ。
まったくどうかしてるぜ。
「もう時間がないからこれ着けて」
ヤンが上から何か放って寄越したのでキャッチすると、変わったネックレスみたいたアクセサリーだった。
チェーンの先に小さな金属が付いている。
巻貝のような渦巻の形をしていた。
「着けろって、これをか? 俺が?」
「いいから早く!」
ヤンが真剣だったので仕方なく首にネックレスを着けようとするダミアンだが、こんなもの生まれてこの方着けたことがなかったためになかなかうまく出来ない。
「ねぇまだ?」
ヤンが焦れる。
「待ってくれ、もう少し……」
返事もそぞろに首の後ろに両腕を回してセルフ絞め技のように格闘するダミアン。
「前で合わせて回すんだよ」
「え? あ……おおっ」
ヤンの言葉でようやく装着完了。
チェーンが切れずに済んで何より。
「着けたぞコラ!」
ダミアンがヤンに悪態を吐いたその瞬間、ダミアンの周囲に風が渦を巻くように空気が動き、一瞬地面から頭の上まで光が走ったような気がした。
その直後、全身に力が漲るような感覚が溢れてきたダミアンはいてもたってもいられなくなり思わず叫ぶ。
「うおおおッ、なんじゃこりゃあッ!?」
気分爽快、元気爆発、パワー全開。
「どう?」
ヤンが相変わらずトカゲドンの上からどこか得意げに尋ねてくる。
「どうって言われりゃお前、最高に決まってるだろこんなもん!」
マッチョポーズで体に漲る力を感じ取るダミアン。
「じゃあ続き、早く!」
この教官鬼畜過ぎる。
ダミアンが意味に気付くまで一秒ロスしたが、すぐにスタンバイ。
「いくぞコノヤロー! だらあぁぁッ!」
ズドバァァァン!!!
さっきプチ穴開けたのと同じ場所に正真正銘全身全霊をブチ込んだ一撃を叩き込むとこれまで経験したこともない衝撃を右腕に感じて体の芯までビリビリ痺れるダミアン。
なんか沢山飛び散ったものが顔やら体のあちこちにへばりついてるが暫し目を閉じて今の一撃の余韻に浸りたかった。
その時、頭の中にピロリロリンが静かに鳴った。
ドォォン。
大きな地響きがして目を開けるとトカゲドンが横倒しになっていた。
その左腹の部分は爆発したかのように大きく削り取られている。
ということはアレですよね、今自分の顔のどろどろぬるぬるしたヤツはそのなんというかコイツの……ダミアンはそれ以上考えるのをやめた。
「はい、お疲れ様」
いつの間にか地面に降り立っていたヤンが隣にいて、手拭いをダミアンに渡す。
「お、気が利くね。どうも」
礼を言って受け取ると顔やら首やら頭をごしごし拭くダミアン。
ついでにぬるぬるの右腕も一通り拭いとく。
「わあ、デカい」
ヤンがトカゲドンのドロップした魔石を拾って喜びの声を上げる。
「はい、これ」
それをダミアンに差し出す。
「いいのか?」
訓練中のドロップはギルド所有になるとキャンプ同意書に書いてあったはず。
「うん。記念だからいいよ」
「記念? トカゲドン討伐のか?」
「それもあるけど、もう確認した?」
(そうか、ヤン教官にはステータスがバレバレなんだったな)
ダミアンはこれまたキャンプ同意書にあったのを思い出していた。
「いや、これからだ。ステータスオープン」
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ダミアン・ウェルド LV(27)
年齢:27
職業適性:剣闘士 LV(6)
体力:234/386
魔力:101/105
状態:通常
スキル:68/131
剣乱舞 LV(4)
瞬足 LV(3)
気配察知 LV(2)
身体強化 LV(0)
爆裂拳 LV(0)
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「おい、こりゃ……すげえ、すげえよヤン教官! アンタいったい何モンなんだよ!?」
ステータスを眺めながら大興奮のダミアン。
「すごいのはボクじゃなくてダミアンさんだよ。【爆裂拳】なんてかなりレアスキルだし」
「それにしたって俺は今年レベル26になったばっかりだぞ。来年まで次のレベルはねえと思ってたのに……しかもレベルアップと同時にスキルを二つも!」
一般にレベル20を超えるとレベルアップが極端に遅くなり、レベル25以上になると普通に頑張っていても次のレベルまで一年以上は必要とされるというのがこの世界の常識だった。
「高潮で魔物のレベルも高かったしね」
この第十八階層でいえば、通常レベル2~3のところがレベル4だった。
「そういう問題なのか?」
「大物を連続六頭倒したからね」
例え高潮状態であったとしても大型の魔物を一人で続けて倒すのは稀有なことだった。
「ああ、そういやそうだったな」
正直ドサカ五頭は死体蹴りみたいなものだったが。
「それより【身体強化】だよ。早く慣れてレベル上げないとね」
「【身体強化】っていやあ教官、この首のヤツなんなんだ? 着けてから体がおかしいんだが」
「あ、そうだった。せっかく【身体強化】を覚えたんだから使わないとね。効果は重複するけど強い方に慣れちゃうと後で物足りなくなるだろうから、それ返して」
つまりヤンのネックレスは【身体強化】に似たバフ効果があり、更に【身体強化】とは重複出来るものらしい。
なんとまぁチートすぎるアクセサリーか。
「はぁ……」
ヤンが何を言ってるのかいまいち飲み込めなかった上にさっき苦労して着けたばかりのモノをもう返せとかますますわけがわからなくなるダミアン。
だが、ヤンの言うことなら素直に従った方がいいと既に魂レベルで調教済みなのでおとなしくネックレスを外してヤンに渡す。
ネックレスの効果がなくなってもレベルアップ直後なのでバージョンアップした新しい自分という感覚は変わらない。
「じゃあそろそろ次、いいよね?」
「そういや新手がどうとか言ってたな」
「今壁で止めてるから」
「ああ……」
(全く何から何まで用意周到で頭が下がるぜ)
「じゃあやりますか、教官」
「頑張って」
「え、俺だけ!?」
特に考えていなかったがはっきり現実を突きつけられると少々不安になるダミアン。
「うん。訓練だから」
やべーな、さすが教官半端ねえわ。
だが、教官がそう言うからにはやれるんだろうし、やらなきゃならないんだろう。
「あ、ちょっと待ってくれ! 【身体強化】ってどうやって使うんだ?」
覚えたばかりのスキルの使い方を知らないことに気付いたダミアン。
慌ててヤンに尋ねる。
「イメージをするだけだよ。まぁ何か言葉にして言うのが一番わかりやすいけど。スキル名とか」
「言葉か……よし!」
何か心に決めたようなダミアンの表情。
「来るよ!」
確かにダミアンにも魔物の気配がわかる。
【気配察知】は一応レベル2だが、その割にあまり得意ではなくて普段は使わないのだった。
現れたのはドサカ三頭にトサカが二十匹余り。
ヤンが来る前のダミアンなら、一人では到底対処しきれない相手だった。
さて、レベルアップ後のダミアンならどうなるのか。
「ハイパァァァァァダミアンッ!」
突然叫んだダミアンの足元から頭の上に光が奔る。
これが身体強化発動エフェクトなのだろう。
「キタキターッ! いいぞ、くははは!」
笑いながら魔物の群れに突っ込んで行く。
「えー……」
ヤンが引き気味の顔で見守る。
確かにアレは恥ずかしい。
もう二十七の大人なのに……
ハイパーダミアン(笑)の攻撃は容赦のないものだった。
もはやトサカ如きでは相手にならず、普通のパンチ一発でほぼ致命傷。
ワンツーなら確実。
一応レベル4トサカの体力はドンチャッキーの半分程もあるのだが。
トサカが三分の一くらいまで減ったところで、ダミアンは【瞬足】で最寄のドサカの左に接近しながら勢いそのままに【爆裂拳】。
【爆裂拳】は拳を打ち込んだ対象の内部に少爆発相当の威力のある内部破壊効果を付随するスキルで、打ち込んだ拳による外からの外圧と相まって打撃点を中心に直径一メートルほどの範囲を粉砕するというのが基本スペック。
後はスキルレベルと本人の能力値次第で効果が増減するのだが、それにしてもハイパーダミアンのそれはエゲツないほどの威力だった。
食らったドサカは胴体の真ん中が吹き飛び、背骨とその付近の外皮でかろうじて繋がっていたものの、ほぼ二つに分断されたような状態。
当然生きていられるはずもなく、間もなく消失すると魔石をドロップした。
「一撃かよ……」
これにはダミアン本人が一番驚いていた。
手応えが残っているうちに続けて残りの魔物もあっという間に片付けてしまったダミアン。
達成感よりも未だ信じられないと言った顔で自分の右拳をじっと睨みながら立ち尽くす。
「下層の魔物じゃもう相手にならないね」
ヤンが正当な評価を下す。
確かにこれなら下層の階層主クラスにも楽勝しそうな気がした。
代理主などはトカゲドンと大差ないので言うに及ばず。
「教官……いや師匠! 俺を弟子にしてくれ……してくださいッ!!」
唐突にダミアンの土下座。
「えー、ボク弟子はとってないよ」
あまりに急な申し出に困惑するヤン。
「いや、あの助手のなんとかってヤツは自分は師匠の弟子だって言ってたぞ……言ってましたが」
タッツォールね。
まぁ確かに覚えにくいし言いにくい名前ではある。
「面倒くさいから敬語はいらないよ」
「すまねえ、どうも学がないもんで。とりあえず弟子にしてくれ。してくれるまでここを動かねえぞ!」
再び土下座。
ガンと地面に額を打ち付けるダミアン。
痛くないのか、まだハイパーなのか。
「えー、それお願いじゃなくてもう脅迫だよね。困るなあもう」
「頼む! 師匠の下でもっと強くなりてえんだ」
少なくともダミアンの声は真剣そのもの。
頭も上げず必死に頼み込む。
「執行官はどうするのさ。ボク、リンさんに怒られちゃうよ」
「そ、それは……俺が自分で局長を説得してみせる! だから頼むッ、この通りだッ!」
リンという単語に反応して一旦頭を上げたものの、再び地面に頭を擦り付けんばかりの土下座。
下は岩ゴツゴツでさぞかし痛いだろうに。
やはりまだハイパーなのか。
「じゃあ自称弟子で。ボク弟子はとらないけど、勝手に弟子を名乗るのはもう一人いるから構わないよ」
ヤンにしてみれば別にこれまでと何も変わらないので譲歩でもなんでもないのだが、要は捉える側の気持ちの問題なのだ。
そんな風に手玉に取ってしまうヤン恐るべし。
「マジか! あ、本当ですか……いや、いらないんだったな。マジか!」
ヤンも思わず失笑。
「とにかくありがてえ。これからもよろしく頼むぜ、師匠ッ!」
立ち上がって改めて頭を下げるダミアン。
この男、意外と素直で真面目なところもあるのだ。
「とりあえず一回本隊に戻ろっか」
「あ、師匠。このハイパーダミアンはどうやって解除したらいいんだ?」
やっぱりハイパーじゃねえかオイ。
そこは解除して土下座するのが礼儀と違うんか。
「それも強化と同じでなにか言葉を割り当てれば出来るよ。あと、時間切れでも自然に戻るけどその場合反動がすごいからオススメしないよ」
【身体強化】はアクティブスキルで時間制限があるが、時間切れになると強化の反動が百パーセントそのまま使用者に跳ね返ってきて暫く行動不能になるペナルティがあった。
時間以内に自ら解除した場合は使用時間に応じた反動(最大五十パーセント)があるだけなので、例え一秒前でも自ら解除するのが常識とされている。
「リリース! ……これでいいのか?」
なるほどそれを解除に合言葉にしたのかダミアン。
自分の身体で効果を確かめる。
体中の筋肉がやや痛むのと神経痛のような体の中の痛みが両方あった。
反動というのはこれか、と納得するがこの程度ならまぁ苦にしないレベルだった。
「にしても師匠は詳しいな。もしかして同じスキル持ちなのか?」
「うん、そうだよ」
ああ、ヤン!
だから個人のスキル保有情報は慎重にっていつもギルドから言われているのに。
少しでも気を許すとこうしてすぐ正直に言ってしまうのは何とかしないと。
「ちなみにレベルは?」
「5だけど」
「うっは、やっぱ半端ねえ。レベル5ってどんだけ強化されるのか、今後のためにも是非教えてくれ師匠」
「運気以外全部三倍かな」
【身体強化】のレベル別効果は以下の通り(レベル4以上は激レア)
レベル1:運気以外全パラメータ15%向上 持続時間30分
レベル2:運気以外全パラメータ30%向上 持続時間60分
レベル3:運気以外全パラメータ50%向上 持続時間90分
レベル4:運気以外全パラメータ100%向上 持続時間120分
レベル5:運気以外全パラメータ200%向上 持続時間180分
「三倍!? やべーやっぱ超やべー。どう考えても化けモンだわ」
「ちょっと失礼だなぁ、破門するよ」
頬を膨らませてご不満な様子のヤン。
「ははは、ナニちょっとした冗談じゃねーか師匠。それくらいわかるだろ」
滅茶苦茶焦っているダミアン。
額と首筋にさっきまでなかった汗が光っている。
「冗談でも次言ったら破門」
きっぱり宣言。
「言わねえ。もう二度と言いません。」
以降おとなしくなったダミアンを連れてヤンは本隊へ戻るのだった。
* * * * *
天城キャンプ最初の魔物討伐訓練から無事キャンプ18ー3に戻ったヤンたち一行は興奮冷めやらぬまま夜を迎えていた。
食事も済ませ、就寝前の自由時間を各々思い思いに過ごしているワンシーンの切り抜き。
「先輩、ずっと楽しそうですね」
「ん、そうか。まぁ人生色々だ」
「なんですか、似合わないですよ」
「うるせーな。お前の方こそどうだったんだよ、今日の成果は」
「俺ですか。最後のアレはなかなか厄介でしたね」
「アレ?」
「トカゲの誘導ですよ。本当に苦労したんですから」
「くははは、そりゃご苦労ご苦労」
「先輩こそ、ヤン教官にだいぶしごかれたんじゃないですか」
「そうだな、ありゃヤバかった。師匠はガチでドSなんだと確信したぜ」
「師匠って何のことですか」
「ヤン教官に弟子入りしたんだ」
「えっ!? いつ?」
「まぁ今日だな。くくっ」
「ちょっと話が見えないな。どうしてそうなったんだか……執行官はどうするんですか?」
「いや、普通にやるよ。別に弟子入りっつっても付き人やるわけじゃねえんだから」
「でも姉様……局長にはなんて?」
「そこが問題だ。なんかいい案はねえかレツ」
「知りませんよ。自分でなんとかしてください」
「そこをなんとか」
「なりません」
「チッ。まぁいっか。なるようになれだ」
「能天気が先輩の取り柄ですしね」
「それだけじゃねえぞ」
「えっ?」
「俺はもう今までの俺じゃねえってことだよ」
「はいはい、わかってます」
「師匠について行けば俺はもっともっと強くなる。それが今日証明されたんだ」
「俺だって強くなりますよ。先輩には負けません」
「ざーんねん。もうお前は俺には追いつけねえよ」
「どうしてそんな自信満々なんですか」
「それはなぁ……俺様がハイパーダミアンだからだ! くははは!」
「……ハイパ……なんですか、それ」
「お前もそのうちわかる。くくっ」
「頭でも打ちました?」
「頭を打ち砕いてやったんだよ」
「……わかりました。もうそろそろ休みましょう。明日もありますし」
「いや、俺はこの後師匠と稽古があるんだ。お前は先に寝てていいぞ」
「こんな遅くにですか?」
「そうだ」
「じゃあ俺も見学させてください」
「寝不足になるぞ」
「先輩より寝つきはいいですよ」
「知るかッ」
「ハイパーなんとかも見れますかね」
「見たら腰抜かすぞ」
「抜かしませんよ」
「俺様の才能に絶望するからやめとけ」
「先輩の才能が絶望的なんですか」
「ちげえよバカ。お前が絶望するんだよ」
「しませんよ」
「そうか、ならいい。明日はお前の番だそうだからな」
「えっ?」
「師匠が言ってたぜ」
「ヤン教官が……そうですか。フフッ、それは楽しみですね」
「だからお前も自分の準備でもしとくんだな」
「そうさせてもらいます。すみませんが見学はまたの機会に」
「あ、おい! ったく、気のはえー野郎だぜ」
「まだ寝ないのか」
「ああ、今日の訓練を思い出してた」
「討伐のか」
「あいつら、よく頑張ってたよな」
「そうだな。普段の稽古とも違って楽しそうにしてやがった」
「ははは、そりゃあれだけ成長がわかりやすけりゃ俺だって楽しくなるよ」
「正直羨ましかったな、俺は」
「だな。俺ももう少し若けりゃなぁ」
「まったくだ」
「二、三年もしたら追いつかれるな、ありゃ」
「馬鹿なこと言うな。そんなわけあるか」
「お前はまだ大丈夫だろうが、俺はそろそろ頭打ちだよ」
「ネイサン……」
「心配するな。まだまだ辞める気はない。ちゃんと後進を育てるまではな」
「俺はまだ諦めちゃいないぜ」
「師範に勝つまで、か」
「そのために続けてきたんだ。諦めて堪るか」
「稽古ならいつでも付き合うぞ」
「なら今からはどうだ?」
「いいだろう。丁度俺も体を動かしたかったところだ」
「決まりだな」
「ヤン、アレはなんなんだよ」
「アレって?」
「あのオッサンだよ。ダミアンとかいう」
「ああ、ダミアンがどうかしたの」
「飯の後にオレんとこに来て、今日から弟子入りしたからよろしくな、だってさ。マジであんなの弟子にしたのかよ」
「してないよ」
「やっぱりウソだったんだ?」
「ウソっていうか、自分で言ってるだけならタッつんと同じでしょ」
「は? いやオレちゃんと弟子入りしたよね?」
「ボク、弟子はとってないよ」
「ええーッ!? ちょっと待って。じゃあ今までのは何だったの?」
「タッつんの思い込み?」
「なんだよそれー。悲しいこと言うなよ」
「でも友達だよ」
「え、あ、まぁそれはそうだけど」
「タッつんは友達より弟子の方がいいの?」
「いや、それは友達がいいけど、でも弟子も大事っていうか、ちゃんとヤンの下で強くなりたいっていうか……」
「ならダミアンやオンドロも一緒だよ」
「あいつらは最初から他人じゃん! オレはヤンの先輩でヤンの友達でヤンの弟子なんだよ。それがいいんだよ!」
「タッつん、なんか面倒くさいよ」
「うわーッ! 面倒くさい言うなーッ!」
「ホラ、面倒くさい」
「違う、これは違うんだ。違うけど……うわーッ!」
「じゃあボクそろそろ時間だから行くね」
「え? 何の時間? どこ行くの?」
「ダミアンと手合わせする約束だから」
「ちょっとなにそれずるいッ!」
「タッつんもやる?」
「……やらないよッ」
「なら先に寝てていいよ」
「寝ないし! 一人で稽古するし!」
「そっか。じゃあまた後で」
「……ああ、オレのバカ。バカバカバカッ」
「ねえ、明日はどんな訓練になるのかな」
「今日と同じだろ」
「そうなの?」
「今日から魔物討伐が新しく始まったけどそれまではずっと同じ訓練だったろ」
「うん」
「だから明日からは魔物討伐ありでずっと続くんだよ。それがヤン教官のやり方なんだ」
「前回参加した時もそうだったの?」
「ああ。とにかく一日に何度も、そしてそれを毎日繰り返すのが基本なんだ」
「ずーっと?」
「ずーっとだ。だからオレたち参加者はヤン教官のことをドリルヤンって呼んでた」
「ドリルヤン? どういう意味?」
「ほら、学校で計算ドリルとかやったろ。毎日やらされるヤツ」
「うん、やったやった。あれがドリル?」
「そう。何度も繰り返す反復練習がドリルなんだ」
「そっか、それでドリルヤンなんだ。なんかカッコイイね」
「オレたちは辛いけどな」
「今回も辛い?」
「いや、前回はもっと後になってから魔物討伐をやったから今回の方が全然面白いよ」
「いいなぁゼノスは。二回も参加できて」
「そんなこと考えてるヒマがあったら今回どうやってもっと成長するか考えろイザーク」
「だってボクの班、今日はトカゲを二匹倒しただけだったんだよ。ゼノスのとこは四匹とトサカまで倒してたのに、班の差がありすぎるよ」
「イザークのとこは班長のカルロスがビビりすぎなんだよ。あと保安局のサンシロから来た二人も全然動きが悪かったよな。確かにアレじゃ可哀想だから明日タッつんに言ってみるよ」
「ホント!? ありがとうゼノス」
「いいって。もしダメでも最悪オレと入れ替えるだけでも提案してみるから」
「でもそれじゃゼノスが……」
「オレは二回目だからな。気にすんな」
「そう言えば今日またレベルアップしたんだよね? すごいね」
「たまたまだよ。トドメ役の恩恵かな」
「ボクもトドメ役だったけど今日はなんにもなかったよ」
「明日に期待しとけって」
「うん、そうする」
「ヤン教官はみんなのことちゃんと見てるから必ずどっかでフォローしてくれるはずだ」
「ヤン教官、ボクより五つも年下なのにスゴイよね」
「ああ。だからオレたちも負けてられないだろ」
「うん。ボク明日も頑張るよ」
「明日からも、だろ」
「明日からもずーっと!」
* * * * *
翌五日目以降も順調に訓練は進み、九日目で第十八階層の高潮を平定。
最終日の朝の訓練終了時までに参加者全員のレベルアップ又はスキル習得を実現して天城道場キャンプは無事終了した。
三十代の師範代二名はいずれもレベルアップ。
十代二十代の参加者はレベルアップとスキル習得の両方を達成したのが二十三名で、残りはいずれか一方。
また、複数スキル習得者は約三分の一となる十二名。
この結果はギルドに過去最大の衝撃をもたらし、ヤンのキャンプへの要求が過熱する原因となるのだった。





