027.天城ドリル(一)
初めての冒険者向けキャンプを無事終えてギルドに戻ったヤンとタッツォール。
帰ろうとしたところをケイトに呼び出されて案内課へ行くとそこで今後のキャンプに関する提案を打診された。
ケイトはキャンプ無事終了の労いの言葉もそこそこに早速ヤンに切り出す。
「参加年齢の引き上げの要望が殺到してるんだけど、やっぱり次回も同じ条件でやるのかしら?」
「うん」
ヤンがまたかという顔でそっけなく答える。
案内人を全年齢にする時もひと悶着あったのだが、結局スキル習得云々は問わないというギルド側の確約によって渋々ヤンも納得した(というよりも押し付けられた)のだが、冒険者相手では根本的に話が違ってくる。
案内人は所詮ギルド職員なのに対し、冒険者はギルドの管理下にはいるものの基本自由業の人々なので支払いに見合った対価を要求するし、最悪ギルドが参加費と称して冒険者から搾取したなどと言われる可能性もあるのだ。
もちろん十一歳のヤンがそこまで考えて拒否しているわけではないだろうが、中途半端なことをするくらいなら普通に案内人の仕事をしてた方がいいという位の職業意識はあっても不思議ではない。
「せめて二十代まで引き上げるのは?」
「うーん、難しいと思うなー」
一応困った顔をしている、という風のヤン。
「どうして? 十代と二十代で何がそんなに違うの?」
ケイトもそう簡単には引かない。
「成長力」
「それはどういうことなの?」
「キャンプは実質十日の訓練でしょ?」
「ええ、そうだけど」
「十日間のキャンプで参加した人が納得できる結果をある程度保証できるのがたぶん十代が限界」
「そうなの?」
「普通に考えればわかると思うけど。若くて低レベルの人の方が成長が早いし何より基礎訓練の成果がしっかり身になるんだよ」
「そうなの?」
先日のバーンズとの会話でもそうだが、どうも冒険者絡みの体験ネタになると途端に鈍臭くなるケイト。
「ケイトさん今から新しい習い事やるのと、十年前に始めるのとではどっちが上達早いと思う?」
仕方ないなぁという感じでヤンが例を挙げる。
「それは当然十年前でしょ」
そんなの当たり前じゃないという顔で即答。
「なんでそれがわかるのにキャンプの話はわからないの?」
ズバリと止めを刺しにくるヤン。
「……」
ようやくケイトにもヤンの言わんとすることが伝わった様子。
「実際はもっとはっきり違いが出るから」
「例えば?」
粘るケイト。
そろそろ終わってもいいところでも粘る。
「十八、十九の参加者と十四、十五の参加者だと、ほぼ若い方が暗視スキルを早く覚えるよ。それでだいたい年齢が上の人が最後になるよ」
「そうなの? タッツォール君」
とうとう助手の証言まで取り出したケイト。
「はい、そうです。今まで五回やって五回ともそうでした。三十代以上でスキルを覚えた人は極僅かでしたし、二十代未満でもより若い人の方が早い傾向は確かにあります。もちろん個人差はあると思いますけど」
「二十代でもスキルを覚えられない人はそんなに出そうなの?」
全年齢案内人キャンプでスキル未習得者は実際何人か出ていたのだが、二十代までならそれもレアケースだろうとケイトは思っているようだった。
「まぁ二十歳や二十一歳ならなんとかなるかもしれませんが、ヤンが十代って言ってるならそれが正しいんだと思います」
タッツォールも真面目に答えてるのエライ。
実際、いつもキャンプ終盤でスキル未習得の参加者に対してはタッツォールもヤンもかなり気を使って時間を割いて対応しているので、正直そこの人数が増えるのは勘弁してほしかった。
「スキルを覚えられなかった人が増えるのはヤン君のキャンプのブランドイメージ的には大ダメージね……」
「なにそれ?」
ヤンが食いついたのはおそらくブランドイメージのところだと思われ。
「ヤンのキャンプに対するみんなの評価が下がるかもしれないってことだよ」
タッツォールがケイトの代わりに説明する。
「なんで?」
「だってスキルを覚えられない人が増えていったら『なんだやっぱりそんなもんか』みたいに思う人が出てくるだろ」
「それのなにが悪いの?」
「悪くはないけど……」
「参加者の年齢上げたらそうなるのは当たり前なんだから、それがその通りになっただけだよ」
「まぁそうだね」
タッツォールは元々ヤンの考えを理解しているのでそこは完全に同意できる。
「ええーっと、とにかくよくわかったわ。ありがとうヤン君。疲れてる所だったのにごめんなさいね」
ヤンとタッツォールの間の微妙な空気を察したのか、ケイトも慌てて話を打ち切りに来た。
もう少し早くその判断をするべきだったのだが。
「ううん、別に疲れてないよ。今からタッつんと稽古だし」
「えっ……」
「ヤン、オンドロもだろ」
「あ、そっか。三人で、だね」
「それじゃまた明日」
さっさと帰ろうとするヤンとタッツォールを見送ろうとしたケイトだが急に思い出して慌てて呼び止める。
「あっ、ヤン君ごめん、もう一つだけ。ギルド関係じゃなくて外部から出張開催の依頼が来てるんだけど、それはどう?」
おそらくは関連書類なのだろう。
手に取ってやや考える風にヤンに確認するケイト。
「若い人が対象なら別にどこでも誰でも問題ないよ」
「なるほど、参加者が十代なら可、と。ありがとう。二人ともご苦労様」
ケイトは部屋を出ていく二人を見送ると、今さっき話に出した出張開催の要望書に目を落とす。
「どうせやるならせめて費用は弾んでもらわないとね」
独り言を言いながら承認欄に判を押すと課長に回す用のトレイに載せ、すぐ次の書類に目を通し始める。
まだまだ確認すべき書類は山とあるのだった。
* * * * *
「こんにちわー」
「失礼します」
清凛館の玄関口に声が重なる。
「どうぞ、入ってくれ」
リンが奥から二人を呼ぶ。
道場には天城流の門弟が一堂に介して二人の訪問を直立不動で待っていたのだった。
ヤンとタッツォールが道場に足を踏み入れると門弟たちが一斉にこちらを向いた、
続いてリンの隣にいた師範のケンシロウが耳が痛くなるほどの大声で叫ぶ。
「先生に礼っ!」
「よろしくお願いしますッ!」
道場内にわんと響く声。
一糸乱れぬシンクロ率で全員が直角に腰を折るとそのまま保持。
二人が道場の隅をてくてく歩いていく間、全く無音無言無動作で耐える門弟たち。
なにこれちょっと怖いよ。
タッツォールはかなりビビっていた。
清凛館と言えばあの審判総隊長のルーツでありお膝元に等しい場所。
一介の案内人に過ぎない自分などが間違っても足を踏み入れるような所ではないとちゃんと頭では弁えていた。
まさかヤンがその総隊長と親しくなっていたとは全然聞いていなかったし、しかも体力養成キャンプを出張開催することになるだなんて!
二人がリンの隣まで来たところでケンシロウが再び号令を発する。
「直れっ!」
全員姿勢を戻して向きを変える。
動きのシンクロ率がやはりヤバい。
「こちらがヤン先生とその助手のタッツォール君だ。今回はくれぐれも失礼のないように。いいな!」
「はいッ!」
折角ケンシロウが紹介してくれたのだが、早速ヤンが異議を唱える。
「あの、ボク先生はちょっと……。いつも教官でやってるから今日もそれがいいなー」
こんな場所でもヤンの言動は全くブレないのだった。
「そうか、わかった。じゃあヤン教官だ。お前たちもいいな!」
「はいッ!」
リンがすっと一歩前へ出る。
「クレイジーヤンのキャンプについては諸君も色々と耳にしているかもしれないが、訓練に入る前にそれらは一旦全て忘れてもらいたい」
ヤン教官と紹介したばかりなのに敢えてその通り名を出しながらややニヤけているリン。
一呼吸置いて表情を引き締めると門弟たちを左から右へ見据える。
「これからヤン教官に指導してもらうのは諸君の肉体改造だ。これまで稽古を積み重ねてきた剣術とは一見相容れないように思うことがあるかもしれないが、余計なことは考えず無条件で受け入れてもらいたい」
何名かの門弟の目に僅かな揺らぎが見えた。
「諸君はこれから十一日間、迷宮に入ってもらいそこでヤン教官の訓練に参加してもらう。普段は底層で実施されているそうだが今回は特別に下層で実施していただく。迷宮内の環境が底層より厳しくなるので、諸君も充分に注意しつつ、慎重且つ大胆に行動してもらいたい」
門弟たちの反応に満足したリンが続ける。
「実際に訓練に入る前に、諸君にはヤン教官の力の一端をその目で見て感じてもらいたい」
リンの目が力を増した。
「リュウ!」
「はいッ!」
「ネイサン!」
「はいッ!」
威勢よく返事をしたのは二人の師範代だった。
リンやケンシロウから少し離れたところにいた二人が前に出て並ぶ。
「二人でヤン教官と模擬戦をしてもらいたい」
「館長、我々二人同時に、でしょうか」
リュウが尋ねる。
「そうだ。なんなら私も一緒にやってもよいが」
「いえ、それには及びません」
「ヤン、すまんがひとつ頼まれてくれ」
やはり事前の相談なしだったか。
タッツォールも全然聞いていない流れだったのでどうなるのかと内心ヒヤヒヤしていた。
「いいよ。どの程度でやればいいの?」
「そうだな、怪我は困る」
「わかった」
やりとりを聞いていた師範代二人の顔色が変わるのをリンは面白そうに見ていた。
ケンシロウは無表情で押し黙っている。
師範代に木刀が渡され、門弟たちが道場の四辺にさっと移動したタイミングで、ヤンと師範代とリンが中央に集まる。
「はじめッ」
リンの合図。
最初は受けにまわるヤン。
師範代二人が交互に、またある時は同時に打ちかかってくるのをほんの僅かな動きで紙一重にかわしていく。
全く当たらない、掠りもしない。
その気配すら感じさせない。
既に相当な運動量のはずだが、さすが師範代だけあって呼吸の乱れなどはまだまだない。
すると師範代コンビの動きが更に一段鋭くなった。
門弟たちからおおっと声が上がる。
ヤンは今度は相手の打ち込みの途中から木刀に手を添えて軌道を変えるやり方にシフト。
第三者にはヤンが木刀を打ち払っているように見えるだろう。
再びおおっという声と共に騒めきが起こる。
二人の師範代はいずれも門弟たちを遥かに凌ぐ実力者なのだ。
リュウは三十一歳で入門十四年目。
ネイサンは三十三歳で入門十五年目。
門弟たちの目標でもある師範代が何も出来ずに軽くあしらわれているのだ。
しかも素手の子供に――。
最後はヤンが師範代の木刀をそれぞれ片手に掴んでそこからちょいと力を加えると二人がくるりと床に転がり木刀だけがヤンの手に残ったところで勝負有り。
「やめッ! そこまで」
リンの声に被さるように大きな歓声と拍手。
ヤンが少し照れくさそうに一礼。
師範代二人も起き上がって改めてヤンと向き合い、礼。
リンが歓声と拍手を手で制する。
「諸君が今見たようにヤン教官は恐ろしく強い。訓練中に逆らおうなどとは努々思わぬことだ」
少し笑いが起きる。
「これが真剣だったら違ったなどと考えるのも極めて愚かなことだ。ヤン教官がその気になればここにいる誰もが一歩踏み込む間に倒されているだろう」
今度はどよめき。
「しかし諸君はヤン教官の強さを学ぶわけではない。諸君の強さをヤン教官が引き出してくれるのだ。人智を超えた強者でなければ成し得ぬ方法で必ずや諸君を一段高い景色へ誘ってくれるであろう」
静寂。
「再びこの道場へ帰って来る諸君を心から楽しみにしている。精進せよ!」
「はいッ!」
これまでで最大音量の声が道場に響き渡る。
* * * * *
天城道場清凛館の門弟たち全三十三名のうち師範代二名を除くと十代はわずか七名で他は皆二十代だった。
当初は出張キャンプの参加条件は従来通り十代限定としていたのだが、ヤンとリンとで相談という名の交渉を行った結果、二十代まで参加を認める形に落ち着いたのだった。
そうなると結果的に門弟たちは全員参加可能となる。
大人数に対応するため引率とサポートの名目で師範代二名も同行することになったのだが、ここへリンが更に無理難題をねじ込んできて保安局から五名が特別門弟として参加するのを認めさせられたのだった。
「もう滅茶苦茶だよ、リンさん」
第十九階層を移動中にリンと並走しながら(全員走って移動中)愚痴るヤン。
まさかリン本人までついてくるとは事前に知らされてなかったしおそらくは確信犯なのだろう。
遠足気分なのか、どことなく楽しそうな表情のリン。
「無理を言ってすまない、ヤン」
以前道場で相対した後からリンはヤンを呼び捨てにするようになっていた。
「この後のキャンプ開催に影響出たら責任とってよね」
特別門弟についてはリンの立っての要望によりギルド側へも一切報告していないのだった。
「わかった。何かあれば審判で処理する」
「いやそうじゃなくて。怖いよ」
「そうか、ははは」
笑いながら走るリンを近くにいた門弟たちが別人を見るような目で遠巻きに眺めていた。
第十九階層は下層にしては移動しやすい地形ではあるが、それでも岩場で足を取られたりする可能性も高い中で、特に苦労する様子もなく皆走ってついて来られる辺り、身体能力とバランス感覚はよく鍛えられているようだった。
「ねえ、そう言えば門弟さんの中に一人見た顔がいたんだけど」
門弟の中に最初の冒険者向けキャンプに参加していた者がいるのに、道場に入ってすぐ気付いていたヤン。
「ああ、ゼノス・カークか。すまん。彼は偵察で送り込んでいたんだ」
「そうそうゼノス。そんな名前だった。道理で剣術が普通じゃなかったわけだ」
「それは褒めてもらってるのかな」
「うん、まぁ」
「彼も喜ぶだろう」
「いや、それはいいとして偵察ってなに?」
「今回の件をお願いする前に実際にどんなものか確認しておきたかったのだ」
「そんなのボクに聞けばいいのに」
「いや、ヤンの説明ではダメだ」
「えー、なんで?」
「あくまで参加者から見た現実が知りたかったのだ。正直甘かった。私の予想を遥かに超えていたよ」
「今回はどうかわからないけどね」
「何故だ?」
「人数が多いし、二十歳以上の人の方が圧倒的に多いし、おじさん二人もいるし」
「おじさん……フッ」
思わず笑いが漏れるリン。
師範代二人が聞いたらさぞ立腹するであろう。
「おじさんは気にするな」
「まぁしないけどね」
「では遠慮なくやってくれ。徹底的に」
「努力はするよ」
もうすぐ第十八階層に下りるエリアに入る。
見習い案内人のヤンとE級案内人のタッツォールでは本来であれば下層へ入ることは出来ないのだが、今回は特別にギルド側が許可した形で下層でのキャンプ実施が認められたのだった。
ヤンがいれば大丈夫だろう、というのが許可の理由だった。
なんともお気楽な組織である。
主に支部長のギンガミルの意向であったが、エンダのデンデロークス支部長が事後報告を受けて苦虫を噛み潰したような顔をしたことなどは知る由もない。
キャンプは第十八階層からのスタートを予定していた。
* * * * *
天城道場向けキャンプのメニューは基本的にはこれまでと同じもの。
但し、午後の後半だけは木刀を使った訓練を取り入れる予定。
この時、二十代の門弟は師範代に任せて普通に天城道場の剣の稽古をやってもらうことにして、十代の門弟たちを集中的に鍛えることにしたのだった。
ヤンの十代の参加者に対する期待や思い入れはそれほど強いものだった。
門弟たちは案内人や冒険者と比べると身体能力が平均して高い上に皆真面目で従順だったため、キャンプはかつてないほどスムーズに進行していった。
やはり十代の方からスキル習得が進んでいく。
といって二十代が焦るかと言えば特段そういう様子もなく、対抗意識で訓練に熱が入るくらいならむしろ歓迎だった。
三日目の朝、リンが保安局に戻らねばならないと突然言い出したのでヤンもタッツォールも驚いた。
「では後を頼むッ」
と言ったきり走り去ったが結局なにしについてきたのかよくわからなかった。
てっきりまとまった休暇を取ってついてきていたのだとばかり思っていたら、ただの土日だったらしい。
それにしたって今から出たのではどんなに急いでもセインに着くのは午後になると思うのだが、そういうシフトなのだろうか。
さすがに特別枠でねじ込んできた保安局の若手は研修業務扱いらしく、最後まで参加するらしい。
リンがいなくなったのは門弟たちには好影響だったようで、緊張や気負いがいい感じに抜けてのびのびやるようになった子が多かった。
その夜、タッツォールはいつものようにヤンとミーティングをしていた。
「本当にやるのか、ヤン」
タッツォールは心配そうに尋ねる。
「うん、やるよ。ちょうど高潮もいい感じになってきたところだし」
「だからそれが心配なんだって。なんでキャンプで使うこの十八階層が高潮の時にわざわざやるんだよ」
第十八階層が高潮になりそうだという話をタッツォールが最初に聞いたのはエンダに向かう途中、第十九階層に上がった直後だった。
ヤンも気を使って第十八階層にいる間は言わずにいてくれたのだろうが、そもそもなぜもっと早く教えてくれなかったのかという思いは未だにタッツォールの中には根強く残っていたのだった。
「違うよ、タッつん。もともとここは高潮になりそうな感じだったからボクたちが来させられたんだよ」
「え、どういうこと? この場所に決めたのってヤンじゃないの?」
「うん。底層ならどこでも良かったんだけどエンダから近いしまぁいいかなと思って」
「いや、そうじゃなくて誰がどうしてここに決めたのか聞いてるんだよ」
「えー、それタッつんが今聞いて何か役に立つの?」
「役に……は立たないけど。なに、じゃあヤンはオレには黙って助手の仕事だけしてればいいって思ってるんだ。へえ、そっかそうなんだ」
「タッつん、下手すぎだよ。もう少し駆け引き上手くならないとね」
タッツォール渾身の芝居もあっさり見破られてしまったらしい。
「はぁー、やっぱダメかー」
「まぁ努力に免じて教えてあげると、スタルツの悪巧みの大半はギンガミル支部長が糸を引いてるんだよ」
「ええッ、支部長が?」
「うん」
「支部長って人のいいおだやかなオジイサンだとばっかり思ってたよ」
タッツォールよ、オジイサンはさすがに可哀想だからやめてあげて。
「それだけじゃギルドの支部長は務まらないんじゃないかなあ」
「なんでヤンがそんなことまで知ってるんだよ。どっからそういう情報仕入れて来るの?」
「それは内緒」
「ですよねー。ヤンのケチ」
ヤンは得意げにタッツォールに語っているが必ずしもそれが真実の全てではなかった。
例えば具体的な階層指定についてはオリバーが一枚噛んでいたのだし、バーンズやネックスももちろん承知の話。
ギンガミルが自分の意思で全てを差配したわけでは決してないので、黒幕呼ばわりは気の毒とも言える。
「とにかく明日の討伐訓練だよ、タッつん」
「大丈夫かなぁ 」
「まぁなんとかなるよ」
「いざとなったらヤンがいるしね」
「そういうこと。はぐれ者だけは出さないように注意してよ」
「わかった。あのおじさんたちにも手伝ってもらえば大丈夫だと思う」
タッツォールも師範代二人をおじさん扱いするのか。
まぁ年齢的には仕方ないのかもしれないがもう少し大人に優しくしてあげて。
* * * * *
四日目。
朝と午前の訓練を終え、参加者たちは興奮と熱気の中にいた。
今日になって急にスキル獲得者が急増したのだ。
キャンプ四日目ともなればこれまでの開催でもぼちぼち効果が現れる時期ではあったが、さすがに十人も一気に、ということはなかった。
そもそも参加人数が今回多いのはあるとしても、連鎖するようにスキル獲得者が現れるとよし次は自分だと自然と全体のモチベーションが段違いに上がるのだった。
「うーん、困ったなぁ」
ランチ後にヤンがボヤくのをタッツォールが聞きつけた。
「どうしたの?」
「ちょっとみんなの気合いが入りすぎてるんだよなー」
「気合い入ってたら何かマズイの?」
「入りすぎはダメ」
「なんで?」
「えー、そこはもうわかってよタッつん」
「え、ごめん。でもなんで?」
「気負いすぎると精神状態も身体のコントロールも普段通りじゃなくなるからミスや怪我に繋がるんだよ」
「そうなんだ。オレじゃまだそこまではわからないなぁ」
「ならタッつんも今回のキャンプで経験しといた方がいいかもね」
「えっ、いや、ちょっとオレはまだ……」
「余裕があったらでいいよ」
「ないよ、ないない」
「ふーん。ま、いいけど」
タッツォールは腰が引けたのを自覚してはいたが、高潮での討伐のことで頭が一杯で、自分の成長云々まではとても頭が回らないのがわかりきっていたので仕方なかったのだ。
正直、高潮と聞くだけであの時の心細い気持ちや緊張感、恐怖心がまだ生々しく蘇ってくるのだった。
ヤンが物足りなさそうだったのはわかっているけどこればっかりは無理。
出来ない事まで手を出して失敗したくなかった。
そしていよいよ午後の訓練の時間がやってきた。





