026.ドリルヤン(三)
「はい、いち、に、いち、に……」
ヤンの合図に合わせて参加者十人全員がサンドバッグに拳や蹴りを叩き込む。
サンドバッグは全てヤンの自作で、土魔法で作った石壁の間に通した鉄棒から下ろした吊り下げ式。
特製皮袋に乾いた重い砂を入れたものだが、砂には魔力加工が加えられていて衝撃が加わると静電気程度の雷魔法が発動するようになっている。
・筋力増強
・攻撃動作の練度向上
・魔法耐性獲得
の三つを主に狙って導入した冒険者向けキャンプ用の新兵器だった。
参加者をDランクの男性冒険者十人に限定したのは求められる結果を実現するべく個別対応を手厚くする必要に迫られたからだった。
「いつまで続けるんだ?」
「もう限界だ教官」
「オレも……もうダメだ」
「い、痛い……」
「なに言ってるの。ここからだよ! 辛くなってからが一番効果があるよ! 今まではただの準備運動なんだから、こっからが本番!さあ、頑張って!」
ヤンの叱咤激励もだんだんと堂に入ってきた。
「いち、に、いち、に……勝手に休まない!」
「いち、に、いち、に……遅れないで!」
昨日のキャンプ初日は移動と設営、後は軽くウォーミングアップ程度(タッツォール曰くそんなことない)で済ませたため、本格的な訓練は今朝が初めてだった。
ヤンのキャンプも若手案内人二回、全年齢案内人二回ときて今回の若手冒険者向けが五回目の開催となる。
タッツォールは全て助手として同行してヤンのサポートに努めてきた。
今回初めて冒険者向けにより実戦的な訓練をやるということが決まってから、ヤンと何度も打ち合わせを重ねてきた。
そうして生まれたのがサンドバッグであり、このメニューなのだった。
ヤンは普段と全く変わらない様子だが、タッツォールは内心不安だった。
なにより案内人の立場以外で冒険者と対峙する経験がこれまでほとんどなかったことが大きい。
舐められず且つ反感を買わない接し方について手探りで進めるのにタッツォールは随分神経を使っていた。
「はい休憩。ちゃんと汗拭いて水分補給してね」
ヤンの合図でやっと一セット終了。
「はぁっ、はぁっ、だ、だめだ……死ぬ」
「これは、しんどい、な」
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……」
「手が痺れて感覚が……」
半数以上はグロッキー状態。
「なぁ、回復薬飲んじゃダメなのか?」
Dランクソロのムスカ十七歳がタッツォールに声をかけてきた。
これまでの所、特に問題なさそうな人だったが回復薬等のアイテムは持ち込み禁止だったので、ついカチンときたタッツォール。
「出してください」
「は? え?」
「回復薬を出してください。持ち込み禁止なので」
「あ、いや、聞いただけだって。別に持っちゃいないんだ。誤解させるようなこと言って悪かった。すまない」
「そうですか。もし見かけたら没収しますから」
自分でもわかっているがついそんな態度になってしまう自分がイヤだった。
タッツォールは逃げるようにその場を離れた。
回復薬を飲めば疲労は即座に回復するが、そうなると折角の訓練で与えた負荷まで綺麗になかったことにされるので、折角の努力を無に帰する愚かな行為なのだった。
これは冒険者の常識的には完全に盲点になっていて、普段なかなか訓練や実戦での成果が成長に反映されないことの一大要因なのではないかとヤンとタッツォールは考えているのだった。
「はい休憩終わり! 繰り返すよー」
「はい、いち、に、いち、に……」
ヤンは容赦なく訓練と休憩をひたすら繰り返していく――。
「はい終わりー。みんなお疲れ様」
全員地面に倒れ伏して言葉を発する気力すらなかった。
「ヤン、さすがに朝からやりすぎなんじゃないか」
「うーん、普通はなんとか踏ん張れる運動量なんだけどなあ。最近のDランクってみんな運動不足なのかな?」
「やめろよヤン。聞こえてるぞ」
いや、誰もそんなの耳に入れる余力なんてないから安心してくれタッツォール。
声を音として認識していても意味までは理解できないほど思考へのエネルギー供給がシャットダウンしているのだ。
ヤンは朝食の準備をさくっと済ませると、まだほとんど動けない参加者に声をかける。
「朝ごはんだよー。食べないと体がもたないから頑張って食べよう」
ごはんと聞いただけで嘔吐した者が二名。
更に具合が悪くなった者が三名。
残りの半分は無理矢理にでも起き上がって食べに行く。
タッツォールが朝食組を担当し、ヤンは動けない五人の介抱に向かう。
これも予め決めていた役割分担だった。
一体どのような方法を使ったのかわからないが暫くすると残り五人も食事組に合流して少しずつ食べ始めた。
食後は一時間の自由時間を挟んで午前の訓練へ。
といってもやるのは朝と全く同じ内容の繰り返しである。
うんざりしている参加者。
まだまだ先は長いのだが大丈夫なのか。
ヤンのキャンプに於いては徹底した反復を基本にして全てが設計されていた。
ひたすら同じことを繰り返すのが一番効果が現れやすいのだとタッツォールはヤンから何度も聞かされていたし、自分でも体験してわかっているのだが、改めてこうしてその過程を見てみると狂気じみているとしか思えなかった。
「いち、に、いち、に……」
ヤンは合図を出しながら参加者一人一人のステータスをリアルタイムでチェックして体調や訓練の進捗を把握しているのだと言う。
もちろん参加同意書によりキャンプ中は鑑定でステータスを確認しながら進めることに全員同意していた。
タッツォールも自分のステータスは何度となく見たことあるが、これを見たからといってヤンが何をどう判断しているのかはサッパリわからないのだった。
そんな部分からもヤンと自分の差をひしひしと感じるタッツォールだった。
永遠に続くかと思われたサンドバッグ打ちがようやく終わったのがほぼ正午。
不思議なことに朝の時ほど人事不詳に陥ってる参加者はいなかった。
ヤンが朝食に加えていた付与効果のある調味料が効いているからなのだろうが(今回のキャンプから試作的に導入)、実に恐ろしいまでの効果だった。
ヤンは目的のためには手段を選ばない。
そしてあくまでも結果を出すために全力で取り組むのだと、タッツォールは完全に理解してぶるっと身震いした。
* * * * *
参加者の食欲も考慮してランチは軽めにしたのだが、五分ほどで全員完食。
訓練直後の様子からして信じられないタッツォール。
またしてもヤンが何かやったのではないか。
事前に示し合わせた内容はあくまで予定調和的なもので実際に現場で起きる様々な不測の事態にはヤンが一人で対応するのが、キャンプの暗黙の了解だった。
これまでの四回は案内人向けで、訓練も基礎体力向上と夜の暗視訓練に注力していた内容だったのが(一部例外あり)、今回からガラッと変わったのでタッツォールも色々と戸惑うことが多かった。
参加者へのフォローはおそらくヤンの案内人としての普段の戦闘サポートをベースにしているのだろう。
GGL外の行為だが、タッツォールにもなんとなく想像できるものも僅かだがあった。
ただ自分ではやったこともやろうと思ったこともないことばかりなので、同じことをやれと言われても絶対に無理だし、たぶんやり方がわかっていても実際には使い物にならないだろう。
そもそもE級案内人に戦闘サポートの技能は必要とされておらず、当然タッツォールもまだ触り部分の勉強を始めたばかりだった。
改めて案内人ヤンの凄さを思い知った。
これで更に冒険者よりも強いのだから手に負えない。
そんなのが現状見習い扱いなのだ。
まさしくクレイジーヤン!
昼休憩を挟んだ午後の訓練はそれまでとは別メニューだった。
本当は午前と同メニューを何日も延々と続けるのが一番効果が高いのだが、さすがに人間のやる事ではないとヤンも同意してくれたので、一日の中でも多少のバリエーションを保たせる事にしたのだった。
とは言え使用するのはやはりサンドバッグ。
但しこのサンドバッグは午前中使用していた吊り下げ式の重たい本格的なヤツではなく、地面に立てて直接支える用に作ったこれまた自作のサンドバッグ二号だった。
二号は一号と比較すると少し軽くてその分衝撃吸収用のクッションが効いている。
万が一この二号が倒れてきても押し潰されるような事がない程度の重量感なので、持ち上げる事も不可能ではない。
あ、いま万が一と言ったが実際には倒れてくるどころか一緒に吹っ飛ばされるのが当たり前になるのだが、それは後述する。
午後トレは受け身訓練という名目だが、実際は適度なダメージを身体に受けることによる筋力強化及び衝撃を受け止めたり受け流したりする体幹バランスの育成が目的であった。
まず参加者を二つの班に分ける。
一班はヤンが、二班はタッツォールが担当するのだが、要は身体能力的に他より一段劣っているのが二班という事だった。
一班八人はヤンを中心に周りを囲むような位置について、それぞれ二号を立てて自らの体で支える。
ヤンとの距離は各々三mくらい。
「準備はいい? ちゃんと体を押し当てて受け止めないと意味がないし、怪我するからね」
ヤンから全員におおよその内容は説明済みなのだが、改めて注意喚起。
「もしバランス崩したり倒れたりしてもすぐ元の姿勢に戻してね。ちんたらしてると損するのは自分だよ」
追加の説明を参加者が理解する暇もなく開始の合図。
「はじめっ!」
ズバッ、「ぐわっ!」
ドゴッ、「ぎゃっ!」
バゴッ、「おごっ!」
ボゴッ、「げふっ!」
ズドッ、「ごあっ!」
バゴン、「あふぐっ!」
ダダンッ、「どぅはっ!」
瞬く間に八人に連続攻撃が炸裂し、一人残らず二号もろとも吹き飛ばされる。
「えーっ」
ぐるっと見回して不満そうにするヤン。
えーじゃありません。
あなたが加減を間違えたんでしょうに。
その横で二班の二人とタッツォールが呆然と立ち尽くしている。
参加者二人がゆっくりタッツォールの方に顔を向けて懇願するような表情を見せるが、もちろんぶるぶると頭を振って否定するタッツォール。
あんなことは自分はやりませんよアピールが通じたらよいのだけれど。
「早く立って位置につく!」
ヤンが一班の八名を急かす。
「あの」
立ち上がって二号を引きずりながら十九歳のウェスリーがおずおずとヤンに声をかける。
「ん、なに?」
「もう少し手加減するというのは……」
「え、それじゃ意味ないよ。ある程度強い衝撃を体で受け止める訓練なんだから」
「いや、それはわかってるんですが、毎回これだとさすがに厳しいんじゃないかと」
周りの参加者も一斉に同じような懇願の目をヤンに向ける。
「えーっ」
しかしヤン教官におかれましては大層ご不満である様子。
「ヤン教官、衝撃に耐えるコツとかないんですか」
十七歳のゼノスが前向きな質問をして懐柔をはかる。
この冒険者はちょっと有能かもしれない。
「あるよ。まずサンドバッグに対してしっかり体の一部を密着させて、あ、姿勢はなんでもいいよ。やりやすいのは少し斜めに肩から上半身をくっ付けて頭の横を付けて反対の手も支えて後は下半身。そうそう。サンドバッグを少し自分の方へ倒した方がバランス取りやすいかも」
一班のみんなが思い思いに工夫して自分のベストな体勢を模索していく。
これにはヤンも満足気にどんどんアドバイスを与えるのだった。
「ずっと同じ姿勢だと辛くなるから左右入れ替えたり一番衝撃を感じるポイントをズラすように工夫してみてね。両手でがっちり挟み込んだり、後ろになって背中側で支えたりしてもいいよ。ボクの攻撃はその時一番安全な場所を狙うけど、効果がない場所じゃ意味ないから少しは痛い所になるかもしれないけど我慢してね」
似合わない長台詞の間になんとかみんなそれぞれポジションを見つけた様子。
タッツォールは、そこからヤンが一人ずつバランスチェックのため軽く攻撃を入れてはアドバイスして微調整、からの再攻撃を繰り返す流れを八人分、驚くべき手際良さで進めるのを眺めていた。
「じゃ再開するよー」
瞬く間に八人に的確な打撃を加えていくヤン。
タッツォールからはさっきよりも気持ち手加減しているようにも見えた。
その証拠に今回は誰も吹き飛んでいない。
「やった」
「堪えたぞ」
「この感じか、なるほど」
「よし、次来いッ」
一回の成功体験が自信とやる気を驚異的なまでに引き上げるという実例をタッツォールは今目の当たりにしていた。
「さぁ、俺たちもやろう」
タッツォールは二班に声をかける。
こちらは二人はいずれも十六歳でまだ本格的な魔物討伐も経験していなさそうなソロ冒険者。
タッツォールは二人を自分の左右に配置して、交互に打つというスタイルを取った。
ヤンからは絶対に手加減しないように何度も念押しされていたが、いざやるとなると手足が萎縮するのが自分でわかった。
タッツォールには本気で人を殴った経験がなかった。
事前にヤンと練習はしていたものの、何をしても絶対大丈夫なヤンにでさえ、全力で殴るのにかなりの時間を要したので後は推して知るべし。
ボス、「うっ」
パス、「んっ」
オレ程度じゃこれが限界なんだよチクショウ。
打撃音と参加者の反応でヤンとの違いは一目瞭然。
全然負荷が足りていないのだった。
「タッつん!」
ヤンが厳しい視線を投げてよこす。
「わかってるよ」
やや意地になって不貞腐れ気味に答えるタッツォール。
すぐに再挑戦。
バスッ、「うぐっ」
ボゴッ、「はうっ」
少しはマシになったと思いたい。
一方ヤンの一班は既にポジションチェンジのアドバイス中だった。
自分が逡巡しながら二周するうちに、ヤンは一体何周したのだろうか。
こんな風に一緒にやっていると何かにつけてヤンと自分を比べて悲観してしまうのが、目下タッツォールにとって一番の悩みの種だった。
ただここで我々は思い出したい。
バーンズが似合わない話を熱弁した時のことを。
身近にいる比較相手に刺激されてひたむきに頑張る人間がどこまで成長するのか。
いずれわかる時が来るかもしれない。
わからないままかもしれない(笑)。
* * * * *
キャンプ八日目の朝。
これまでキャンプは極めて順調に進んでいた。
昨夜の夜稽古終了までに十人全員が【暗視】を覚えた。
その他、現時点で覚えたスキルとしては【体力増強】【魔法耐性(雷)】が各五人、【忍耐】【根性】【筋力向上】が二名、【受け流し】が一名と上々の成果と言える。
特に【受け流し】は武器を使用して伸ばすことで【パリイ】に派生するレアスキルなのでこれを覚えた最年長十九歳のスリーは今後の成長が期待される。
タッツォールとヤンは昨夜改めて相談して今日からのメニューを変更していた。
スキル習得状況によって変えていこうとは言っていたものの、実際にやるとなると少し怖いとタッツォールはビビっていた。
「おはよー。朝はいつもと同じだけど午前の内容は今日から変更になるよ」
メニュー変更と聞いて参加者一同ざわつく。
期待と不安では不安の方が大きかったが、彼ら自身が勝ち取ったスキルが自信になっていたので精神的には落ち着いたものだった。
キャンプに参加した当初とはもう既に身も心も別人なのだ。
そして朝稽古が終わり、朝食を済ませ、休憩を挟んでいよいよ午前の練習。
「みんなもうスキルを覚えるのはノルマ達成したから、もうひとつだけコツを掴んで帰ってほしいから今から組手をやるよー」
「組手?」
「なに組手って」
「知らない」
「お前知ってる?」
「いや、お前は」
「全然」
当然みんな知らないのですぐにざわつく。
「じゃあボクとタッつんで見本やるからよく見ててね。タッつん!」
「オス!」
タッつんが気合を入れると、聞きなれない掛け声に対してざわつきと笑いが起きる。
気にせずヤンのいる中央まで歩いていって一礼するタッツォール。
そして次の瞬間全員目が点になる。
合図も何もなしにいきなりタッツォールがヤンに攻撃を仕掛ける。
ステップで間合いを詰めて右突き。
ヤンは体を軽く傾けるだけで紙一重でかわす。
逆方向からタッツォールの左回し蹴り、に対して右手を軽く添えるだけで止めてしまうヤン。
一旦引いた左足を今度はローで蹴りにいくタッツォール。
右膝を軽く曲げて浮かせて受けるヤン……からの前蹴り。
腹に食らって後ろへ二歩後退してよろけるタッツォール。
よくぞ堪えた。
ヤンはすぐ距離を詰めて左右パンチの連打で追い討ち。
ただしこれはかなり手加減してタッツォールに受けさせるための攻撃だった。
見た目は派手なので参加者たちは興奮しつつもビビる。
タッツォールがヤンの左に回り込んでからの右フック三連打。
全てヤンの左肘でガードされる。
逆にタッツォールの打ち終わりに合わせて右の裏拳をタッツォールの右顔面に叩きこむ。
バゴンッ!
強烈な音がしてタッツォールが左方向に吹き飛ぶ。
ゴロゴロ転がってそのまま動かなくなったので、慌ててヤンが駆け寄って回復役を使う。
ムスカが一瞬ピクリと反応したが誰も気が付かなかったと思われる。
「ごめん、うっかり当てちゃった」
ヤンが謝ると、右顔面を抑えながらタッツォールが上半身を起こす。
「死ぬかと思った……」
「本当にごめん」
平謝りのヤン。
そして参加者一同は言葉もなく沈黙。
ヤンよ、やっちまったなあ。
「えーっと、あれ?」
改めて参加者たちの方を見て自らのミスを自覚するヤン。
「今のはちょっとした手違いだから、みんなの時はもっと手加減するから大丈夫。大丈夫だよ。大丈夫だから」
思わず三回も繰り返してしまい余計不安を募らせる結果に……。
「本当に大丈夫だから。最初はほんの軽めからスタートするし」
タッツォールも援護に回ると、少しは不安と緊張が薄らぐ気配があった。
「じゃ、やるよー。みんな一列に並んでー。順番はどうでもいいから」
タッツォールが間に入って参加者を並べる。
先頭から一人ずつヤンが相手をしていくという寸法だった。
「行きます!」
先頭にいたのは期待の最年長スリーだった。
目で見て覚えた動きをスムーズに自分の身体で再現するセンスも高いようで、タッツォールに近い動きが既に出来ていた。
さすがにこれにはタッツォールも心穏やかではおれず、ヤンに早くやっつけてしまえと心の中で祈るのだった。
「ぐはッ……」
続けざまの攻撃がスリーにヒットして右方向に弾き飛ばされ一ラウンド目終了。
「次っ」
ヤンの合図で前に出る二番手。
こうしてヤンとマンツーマンで素手の攻防を繰り返すこと十五ラウンド。
小休憩を挟んでの約三時間。
当然のことながら全員疲労困憊なのだが、目は死んでいない。
他の参加者の組手中も動きをよく見て、自分でイメージして、というのを繰り返しているのでどの瞬間も貴重な学びの時間だった。
ラウンドを増す毎に動きがよくなる子、思わぬ動きをしてくる子、受けに徹する子など個性も明らかになってきて、タッツォールもウズウズするのを我慢しながら進行のサポートを続けていた。
「はい、じゃあ質問コーナー!」
突然ヤンが元気に声を上げる。
みんなきょとんとしているので更に説明する。
「今日までの訓練についてでもいいし、他のことでもなんでもいいよ。ボクに聞きたいことがあれば手を挙げてー」
「はいッ」
ゼノスが最初に手を挙げる。
「どうぞ」
「今回のキャンプでは全て素手での訓練になっていますが、どうしてなのでしょうか」
「ん? どういうこと?」
「魔物と戦ったりするには武器が必要だと思うんですが、武器を使った訓練はしなくていいのかなと」
「ああ、そういうことか。うん、いらないよ」
「どうしてですか」
「武器は君たち自分で練習して使えるようになったんだろうし、これからも上手くなっていくでしょ」
「はぁ……」
「再確認だけどこのキャンプは戦闘訓練じゃないよ。自分の身体の基礎能力を鍛えてスキルも覚えられたらいいねっていう主旨でやっているから。もちろんみんなわかって参加したはずだけど、こうしていざ実際にやっていくとまた途中でわからなくなったり疑問に思ったりするのは仕方ないよ」
「よくわかりません」
「うーん、そうだなー。じゃあちょっとタッつん木刀持ってきて」
「了解」
タッツォールが備品置き場から木刀を持ってくると、それをゼノスに渡すヤン。
「じゃあ、やってみよう」
「え?」
「いいから、ボクを叩きのめしてみて」
「でも……」
「早く!」
「は、はい。行きますッ」
ゼノスの剣技は非常に練度の高いもので、しっかりした師に学んだものだと思わた。
伝統の型と実践的な応用が若干十七歳にしては出来過ぎていると言ってもよかった。
しかしヤンはその全ての攻撃を受け流すかかわすかの二択で無効化したのだった。
約三分ほど全力で打ち込んだゼノスは疲労困憊。
ぜえぜえ言いながら立ち尽くしていた。
「剣を習っている人は無意識のうちに剣に集中しちゃうよ。あと相手も剣を持っているイメージで練習することが多いからボクみたいに素手の人間相手だと攻防のイメージがうまく出来ない傾向があるよ」
「確かに、そういう部分はあるかもしれません……」
息を整えながらも同意せざるをえないゼノス。
「剣は腕で使うものだけど人間は全身を動かしているから腕に意識が集中するのはよくないんだ。全身に意識を行き渡らせつつあまり意識せずに腕を動かせるようになればもっと強くなるよ。だから全身動かすために素手なんだ。武器を持つことを一旦頭から追い出してどうやって体を動かすかを覚えるんだよ」
本来は武器も体の一部になった意識で動くべし、というのが正論なのだがそれだと武器前提の話になってしまうのでヤンなりに理屈をひっくり返してみた表現だったのだが果たして伝わったのか。
「あの、教官」
十八歳のボイドが手を挙げる。
「自分は盾兵士なので、サンドバッグの防御練習はすごく参考になったんですけど、攻撃するイメージがどうしても湧かなくて悩んでます」
「盾なんだ。いいねー盾。【盾攻撃】を覚えたらいやでも攻撃すると思うけど、今このキャンプでは素手だから拳っていうより肘で押し込むようなイメージでやってみたらどうかな。肘打ちのイメージでもいいと思うけど」
「ああ、なるほど。わかりました、やってみます」
「でも大事なのは下半身だからね。絶対に。低い重心と腰の捻りを意識してほしいなー」
「重心と腰ですか……わかりました。ありがとうございます」
十八歳なのに十一歳のヤンを教官として認めてちゃんとした言葉使いが出来るボイド君すごい。
「ヤン教官!」
お次は十六歳のソロ冒険者ウーヴ。
「はい、どうぞ」
「素手でも魔物は倒せるんですか」
「うん、余裕だよ。この後みんなで魔物討伐に行くからそこでやって見せるよ」
おお、と声が上がる。
「オレたちも魔物と戦っていいんですか?」
質問したのはスリーと同じ最年長十九歳のウェスリー。
「もちろん。でも武器なしだよー」
途端にざわつく。
「マジか」
「武器なしで魔物? ウソだろ」
「無理無理、絶対無理」
「素手で殴ったら痛いんじゃないの?」
「逃げたらいいのか?」
「魔物ってどの魔物?」
「チャッキーでも素手じゃなぁ」
「はい、じゃあ早速行ってみよー。みんな移動」
いきなり歩き出すヤンにみんな慌ててついていく。
一行はチャッキー退治を繰り返した後、最終的に第七階層の代理主討伐まで成功するのだった。