025.ドリルヤン(二)
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クレイジーヤンの体力養成キャンプ
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泣く子も黙るクレイジーヤンこと奇跡の見習い案内人ヤン少年が参加者の限界まで徹底的に鍛え上げる体力養成キャンプ開催。
たった十日であなたは変われる!
未来のS級案内人へ確実にステップアップするため、この千載一遇のチャンスを絶対に逃すな!
開催日時:十月十日〜十月二十日
開催場所:底層(第一階層〜第九階層)
定員:十五名
参加資格:二十歳未満の案内人
※男女問わず
※見習い案内人を含む
参加費用:銀貨二十五枚
※給与からの分割払い可
申込み方法:申込書に必要事項を記入の上、スタルツ支部案内課まで提出
申込み期限:十月一日
※但し、定員になり次第締め切り
主催:スタルツ支部案内課
協力:スタルツ支部冒険課
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「ケイトさん、大変です!」
「どうしたのアイシャ」
「うちに苦情が殺到してます」
「苦情? なんの?」
「ヤン君のキャンプに参加させろって」
「え? もう定員オーバーしちゃったの? そんなにやる気のある若手多かったんだ。意外」
「いえ、違います」
「違うって何が?」
「定員オーバーで申込み受付を締め切ったのはそうなんですけど、苦情を言ってるのは参加資格のない人たちなんです」
「え? まさかベテラン勢が参加したがってるの?」
「はい。うちだけじゃなくて他の支部からも相当な数の苦情が送られてきてます。スタルツは若手以外切り捨てるつもりか、っていう論調が多いですね」
「切り捨てるって、たかが体力養成講座くらいで大袈裟な……」
「実際大ごとになってるみたいですよ」
「なにそれ詳しく」
「まずセインとオグリムの支部長名義で来ていたものは既にうちの支部長に押し付けてきましたので、それ以外ですと各支部の案内課課長からや冒険課課長からも幾つか来ています。これ、ネックス課長にそのまま投げちゃいますね」
「アイシャ、あなたなかなか肚が据わってるわね」
「これくらい普通ですよ。自分で抱える仕事を無理矢理にでも減らさないと幾ら残業したって終わらないんですから」
「えーっと、それについてはごめんなさい。私の方で引き取れるものがあれば遠慮なく言って頂戴」
「はい、喜んで!」
本当に微塵も遠慮しなさそうな返事だった。
「それで他の苦情はどんな感じなの?」
「年齢制限に関する苦情以外では、ヤン君に関するものですかねえ」
「ヤン君がなに? まさかオリバー課長みたいなのが他の支部にもいるの?」
「いえ、違うんです。スタルツはヤン君を独占するつもりなのか。ヤン君はギルド全体で等しく分け合うべきだ、みたいな論調のが……」
「なによそれ。ヤン君はモノじゃないのよ」
「あとまた監査局からヤン君の勤務状況について確認が来てますね」
「また? ホントしつこいわね。いい加減にしてほしいわあのヘビ局長」
ヘビ局長とはハキーム監査局長に対するギルド職員内での仇名である。
総じて悪い意味で引き合いに出す場合に使われている模様。
最も監査局についての良い話題というのはついぞ聞いたことはないのであるが。
「それでどうしますか?」
「苦情? それいちいち相手にしないといけないものなのかしら」
「さあどうでしょう」
「あ、さてはあなた私に丸投げするつもりね!」
「丸投げも何も元々ケイトさんの仕事だと思います。私の方で出来るのは来た苦情をまとめて上司に報告する所までですので」
「そ、そうね、確かに」
「という訳で後はよろしくお願いします。こちら苦情のまとめになります。お疲れ様でしたー」
「え、あ、ちょっとアイシャ!」
既に定時をだいぶ過ぎていたので早く上がりたかったのだろう。
アイシャはケイトの机の上にポンと一式置くなりさっさと帰って行った。
ケイトは仕方なくそれに目を通し始める。
「はぁ、今日も午前様コースね……」
ケイトの住まいはギルドの独身寮で職場のすぐ近くなので仕事面では便利だった。
既婚者のケイトが何故独身寮に入っているのかというと夫が外の世界の冒険者で滅多に帰宅しないため、ほぼ独身時代と変わらぬ生活をしているのをギンガミルが気の毒に思って結婚前からの部屋に引き続き住むことを認めているのだった。
それにしてもケイトの夫とやらが誰なのか、スタルツのギルド職員でも知っている者がいないというので一部では偽装結婚疑惑がまことしやかに囁かれているとかいないとか。
* * * * *
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第一回クレイジーヤンの体力養成キャンプ
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◇参加者の感想より◇
クレイジーヤンにひと目会いたくてエンダから三日かけて来ました。
初めて会った印象は思っていた以上に幼くて驚きました。
それ以上に驚いたのは彼の案内人としての知識・技術・考え方です。
見習い案内人なのにあれはもうS級でもいいと個人的には思います。
キャンプの内容には満足しています。
暗視と体力増強のスキルを覚えられて非常に幸運でした。
このキャンプは新しい試みだそうですが、ひとつ気になったのは全てがヤン君におんぶに抱っこというか属人的要素が強すぎて今後の開催継続が心配です。
助手の人も一人いたようですが、もう少しギルド側のサポートがあってもいいと思います。
大人の職員は少し楽をしすぎではないですか。
(一班/レイ/19歳)
ヤン教官は神です。
ひ弱なボクでもみんなについて行けるように細やかな気配りでメニューを調整してくださいました。
メインルート以外をあんなに奥まで入ったのは初めてですごく興奮しました。
暗視と耐性向上のスキルを覚えて、レベルも上がりました。
本当に信じられない体験でした。
こんな素晴らしい企画を実現していただきありがとうございます。
次回も絶対参加したいです。
(一班/ひ弱な案内人/17歳)
これインチキじゃないんですか?
みんなレベルアップしたりスキル覚えたりしたみたいなのに自分何もなかったんですけど。
同じ参加費払ったのに納得いかないです。
返金してください。
これで毎月給与天引きされるとか憂鬱すぎて辞めたい。辞めるかも。
いいんですか辞めちゃいますよ。
よく考えてください。
(一班/暗視は覚えた/18歳)
基本的には満足。
年齢に関係なく案内人全員受講すべき内容。
ただ、ヤンは別にいいんだけど助手のタッツォールとかいうのがマジウザかった。
なんなのあいつ死ね。
弟子だかなんだか知らないがこっちには関係ないっつーの。
助手はマジでいらなかった。
次もしあるなら自分がやります。
(一班/助手志願/17歳)
参加する前は半信半疑というか、どちらかというとヤン君と親しくなりたいという下心の方が大きかったのですが、完全に予想外でした。
ヤン君があんなに厳しい教官だったなんて。
女の子にも一切容赦がなくて正直引きました。
あれは主催者も一度現場を見ておくべきだと思います。
でもレベルアップ出来たので全部水に流します。
暗視も覚えたし、あと3日くらいあれば他にも何か覚えられたかもしれないとヤン君に言われたので次も参加したいです。
自分一人でやるのはたぶん無理です。
(一班/ヤン君は友達くらいがちょうどいい/15歳)
とにかくきつかったです。
でもヤン教官はボクより年下なのにすごいと思いました。
レベルが2もアップしました。
代理主との戦い、本当に怖かったけど楽しかった。
ボクもヤン教官みたいに戦う案内人になりたいです。
(二班/オイゲン/12歳)
最初から最後までめっちゃ楽しかった。
ただオレは基礎体力に自信あったからいいけど、普通の人じゃきついと思う。
苦しくても頑張った結果がすぐに目に見えてわかるって本当にすごい。
でもヤン教官みたいになるのは絶対無理っす。
あれは目指すべき目標じゃない。
遠くから崇め讃えるもの。
これからもヤン教官の活躍に期待してます。
(二班/匿名希望/18歳)
三日目の朝から筋肉痛が酷くてもう無理だと思ったけどヤン教官の塗り薬のおかげでウソみたいに痛みが消えてびっくりしました。
あの薬自分も欲しいのでギルドで仕入れてもらえないでしょうか。
キャンプ自体もとても有意義なものでしたが、底層を歩きながらのヤン教官の話が本当にためになりました。
案内人たるものやはりあそこまで迷宮に通じる必要があるのだと強く感じました。
正直自分の指導員だった人よりも全然詳しくて驚きました。
自分も弟子入りしたいです。
(二班/弟子入り志願/17歳)
ヤン教官はあんなにすごいのにどうしてまだ見習い案内人なんですか?
おかしいと思います。
僕も見習いですが、とても同じ立場とは思えません。
おかしいと思います。
だってそうですよね。
おかしいと思いませんか。
とにかくおかしいと思います。
(二班/おかしい/13歳)
質問なんですが、このキャンプでは強くなることを目的にしているんですよね?
オレたちは案内人なのに冒険者みたいな訓練で体を鍛えるのに意味があるのかなって思いました。
これは冒険者の若手にこそ必要なものだと思います。
オレは案内人が危険な魔物討伐に参加するのはナンセンスだと思っているので10日もやる必要はなかったかな。
まあでも暗視スキルは便利だから参加した元は取ったと思うけど。
(二班/戦わない案内人/19歳)
感じの悪い人と同じ班になってしまい楽しめなかった。
助手の人が気にかけて話しかけてくれたりしたけど稽古の時間になるとまた言い合いが始まるのでずっと早く終わらないかばかり考えていた。
班分けの運要素が強すぎると思う。
(三班/アンラッキーマン/15歳)
班分けについて不満があります。
私の三班にはライリーという人がいて、この人が最初からずっとヤン教官に逆らう感じで、言うことは聞かないしいちいち口答えしたり他の人にも違うことをするよう強制したりで本当に最悪でした。
この人のせいで三班だけヤン教官のメニューがちゃんとこなせなかったんです。
酷いです。
ギルドの方で何か罰を与えてください。
こんな人が案内人をやってるなんて信じられません。
助手の人が途中でマジギレして喧嘩になって、それからは少しマシになった気もしますがそれまでの分は取り返せません。
あと女子はみんな同じ班にした方がいいと思います。
スキルを覚えられたので損をしたとは思いませんがそれでも何かすっきりしません。
(三班/もやもや/16歳)
ヤンとは同郷で昔から知ってます。
今回このキャンプに参加するまでヤンのことが嫌いでした。
父親の七光りでチヤホヤされてるだけのガキだとずっと思ってたけど、オレの知らないうちにこんなことになってたなんて。
今でもまだヤンのことは好きになれないけど、あいつのことは少しは認めなきゃって気持ちになりました。
そうじゃないとオレが前に進めない。
早くC級に上がって中層にいけるようになりたい。明日からも稽古を続けたらもっと成長できるんですよね。
絶対にヤンには負けません。
(三班/ライリー/14歳)
五日目で身体強化というスキルを覚えることが出来た。
以前から筋トレは好きでやってたけどまさかこんな簡単にスキルが習得出来るなんてまだ信じられない。
ヤン教官は初日から自分に筋トレ中心の別メニューを与えてくれて、みんなとは違うことを一人でひたすらやってたから自主トレの延長みたいな感じだったけど結果が出せて最高です!
このスキルをもっと鍛えていきたい。
そして夜の訓練では最後の夜にやっと暗視スキルも覚えられたので案内人の仕事も今まで以上に頑張れそうです。
次のC級試験には絶対合格したい。
あ、あと自分はあまり関係なかったけど班の人たちがなんか揉めてたので事情を聞いてあげて欲しい。
自分はそういうの向いてないからパス。
あ、もしかしてこれC級試験に影響あるのかな。
協調性みたいなヤツ?
ダメなら他の点数でなんとかしたい。
(三班/トビアス・レイノルズ/17歳)
未提出
(三班/記載なし/14歳)
* * * * *
「これは……想像以上にすごいね」
ネックスが唸る。
ヤンのキャンプに参加した案内人の全感想に目を通した結果、ほとんどの参加者がなにかしらの具体的な成果を持ち帰ったらしいことが判明した。
少なくとも、誰かがたまたまキャンプ中にスキルを獲得したなどという現象でないことは明らかだった。
「この感想には書かれていませんが、実は助手として参加していたタッツォール君も【体力増強】のスキルを覚えたそうです」
「なんともすさまじいな……」
ネックスはこめかみを押さえながら俯く。
「課長、お悩みのところ大変恐縮ですが、まだご報告すべきことが」
「まだなにかあるのかね」
心底憂鬱そうなネックス。
「キャンプ参加者には解散前にキャンプ中のことや自身のスキルなどについては口外しないよう厳重に注意してあったのですが、やはりどこからか漏れてしまったらしく、一部で噂になっているとこのとです」
「ふむ。まあそれはある程度織り込み済みとはいえ、実態がこれだと尾ひれ羽ひれがどの程度になるのか……考えたくないね」
「それと、開催前に殺到していた苦情がまた復活してきています。その噂話の影響もかなりあるのではないかと」
「こうなるともう私たちの手には余りますね」
「課長?」
「ちょっと支部長のところに行ってきます」
「は、はい。行ってらっしゃいませ」
部屋を出ていくネックスをただ見送るケイト。
今の話をバーンズにも話そうかどうか悩みつつ、ひとまず溜まった仕事を片付けるのが先だと自分のデスクに戻るのだった。
* * * * *
「聞いたか、例の噂」
男はカウンターの一番奥の指定席に座って、隣の立派な服装の紳士に語り掛ける。
「その聞き方で凡その察しはつくが……」
紳士は半分ほど残ったグラスの中身を傾けながら答える。
二階のフロアにはバーテンダーのいる立派なカウンターと豪奢なテーブル席が三つあるのだが、今はこの二人以外客の姿はなかった。
「フン、さすがだな」
「いや、残念ながら私は直接にはその噂は耳にしていないのだよ。ただフィリップから報告があったのでね」
「ギンガミル支部長か。スタルツは渦中にあって大変だろうな」
「他の支部長も大なり小なり対応に追われているらしいよ」
「箝口令でも敷いとくんだったな」
「まあそれでも遅かれ早かれだろう」
二人は互いの方を見るでもなく、カウンターに両肘を置いてちびちびグラスを傾けながら静かに話していた。
「どうして黙認したんだ。この程度の反響は想定していただろう」
「見てみたかったのだよ」
「……オグリムント卿も人が悪い」
「私が嫌がるのを知っていてその呼び方をする君ほどではないがね」
初めて相手の方をチラリと見て嫌味を言うオスカー・フォン・オグリムント。
「これは失礼」
グラスを掲げて謝罪するジーグ。
「ひとつの波紋がどこまで広がっていくのか、このバルベルの人々がそれをどう受け止め何を思うのか……」
「変革を望んでいるのか」
「そうだね。少なくとも我々は一刻も早く四十階層に到達しなければならないと私は考えている。現状を打破する意味でもそうした動きは大いに歓迎するね」
「待つのでは遅いのか」
「ああ。何故かは知らないが胸の奥から焦燥感のようなものが日に日に強く感じられるのだよ」
「メーテル、スピナーをもう二つ」
ジーグが手を挙げて給仕長におかわりを告げる。
注文の様子からジーグはここの常連なのだろうと推察された。
スピナーとはこの店『バルベル30』のオリジナルカクテルで、二階のVIPフロアでのみ提供されている。
尚、レシピは門外不出とされている模様。
「はい、畏まりました」
給仕長のメーテルは恭しく礼をするとカウンターに近づき、中のザナドゥールにオーダーを伝える。
ザナドゥールはこちらに一礼して早速カクテルを作り始める。
ザナドゥール三十三歳は店の全スタッフをまとめるチーフを任されているのだが、VIPが来店した際は二階専属のバーテンダーに早変わりするのだった。
紹介が遅れたが給仕長のメーテルは金髪のストレートロングではなく、黒髪おかっぱ(節子ではなくおかっぱボブ風)の年齢不詳ミステリアス美女であり、こちらもVIP来店時には二階専用給仕を務めていた。
静かに、そしてゆるやかにスピナーを待つ時間が過ぎていく――。
突然、下のフロアが大きくざわついた。
興味を惹かれたジーグとオスカーは階下が見えるところまで移動すると、手摺りに寄りかかりながら見下ろして様子を伺う。
ちょうど真下の辺りで何やら大声でやり合ってるグループがいた。
周囲の客もやんやとそれを囃し立てていたため、この騒ぎになっているのだった。
「ほう、あれは……」
「マグマリオの連中だな」
ジーグの言う通り、一組はここセインを拠点とするAランククラン『マグマリオ』の主力級の面子六人だった。
「もう片方はよく知らない連中だな」
「あれは最近冒険者に登録したばかりの新人だよ」
「知ってるのか?」
「まあね」
「にしたって新人がどうやってセインまで上がって来れるんだ?」
セインどころか普通は新人冒険者は迷宮に入るのですら難しい。
例外は迷宮育ちが冒険者になった場合くらいだった。
「彼らを見ればわかるだろう」
「確かに腕は立ちそうな……おい待て、本当にアレで新人なのか?」
「ふふふ、元執行官なんだよ四人とも」
「執行……あッ、三番隊のディオか。制服じゃないから気付かなかったが他の三人も確かに見覚えのある顔だな」
「君も存外情報に疎いんだな。保安局の三番隊が全員まとめて辞職した話を知らないなんて」
自らの直轄部隊からの辞職であるにも関わらず、どこか楽しそうに語るオスカー。
「勘弁してくれ、オレは昨夜まで上層にいたんだぞ。そんなもの知るか」
実際ジーグはメンバー全員がセイン生まれの冒険者パーティ『セインブラッド』の上層探索に案内人として二週間弱の期間同行して昨夜遅くに戻ってきたばかりだった。
「ヤン君の噂には耳が早かったじゃないか」
「それはこの店に入った時に下で何人か教えてくれたんだよ」
「どうやら下の連中もその話をしているようだね」
「なに?」
再び下の様子に注目する二人。
「だいたいお前スキル幾つ持ってるんだよ」
「そんなの教えるわけねえだろバカだな」
「スキルの有無もその情報もオレたちの命綱だろうが」
「そうなんだけどよ、実は簡単にスキルを覚える方法があるらしいんだ」
「ウソだろ、もしそんなのあったら金貨でも払うわ」
「それってあれだろ、オレも聞いたぜ。十日でスキル覚えるキャンプってヤツ」
「おい、そのキャンプについてもっと詳しく教えろ」
「この間、ギルドの案内課で体力養成キャンプってのを底層でやったんだよ。十代の若い案内人集めて」
「なんだ案内人か。オレたちにゃ関係ねえな」
「でもちょっと気になるだろ」
「なるなる」
「参加者が十五人いて、全員スキルを覚えたって話だ。全員だぞ全員」
「ははは。もうそれだけで眉唾じゃねーか」
「ギルドの宣伝だろ。次回の参加者を集めるための」
「ああ、それだ当たり!」
「いや、オレの知り合いの息子が参加してたんだ。本当らしいぞ」
「その息子がホラ吹きだったに銅貨一枚」
「でもよぉ、ギルドの案内人連中もみんなこの噂で持ち切りだって言ってたぞ」
「スタルツだけじゃねえのかよ」
「いや、ここの案内人も言ってたぜ。オレぁ今朝直接聞いたからな」
「誰だよその案内人の野郎は」
「アノスだよ。あいつがいい加減なこと言うとは思えねえ」
「マジでアノスが?」
「いや、まだ信じられねえ」
「そのキャンプの教官があのクレイジーヤンでもか?」
「はぁ?誰だそれ」
「クレイジーヤンを知らないとか、マジかお前」
「オレでも知ってるぞ、情弱乙」
「なんだとッ!?」
「いや待て、今クレイジーヤンって言ったか?」
「そうだよ、お前は知ってるのか」
「当たり前だ。イカれた格闘家の坊やだろ」
「格闘家!? マジか」
「素手じゃエンダまで上がるのも無理じゃないのか」
「そもそも見習いだからスタルツまでだろ」
「いや、アイツなら一人で階層主だって倒せるって話だぜ」
「オレも聞いたことあるぜ。中層クラスまでなら余裕だってな」
「バカヤロー! それじゃオレたちより強ぇじゃねーか」
「いや、オレの方が上だ」
「オレだって上だ」
「いやお前はどう考えても下だろ」
「そのヤンってヤツの実力はオレが保証するッ」
「なんであんたが保証できるんだよ」
「オレが一瞬でやられたからだ」
「執行官が? 三番隊隊長だったお前がか? 冗談だろ」
「冗談じゃない。本当に一瞬で地べたに倒されたんだ。全く見えなかった……」
「そりゃお前夢でも見てたんじゃねえか」
「ははは、ちげぇねえ」
「我々三人もその場にいた。全く手出しするヒマもなかった」
「おいおい、そりゃクビになるわけだ。とんだ役立たずどもじゃねーか」
「わははははは」
「ギャハハハハ」
「ダーッハッハッハ」
「少なくとも執行官だったオレより強いし、ありゃたぶんうちの局長でも敵わないんじゃないか」
「ハァ? 審判の総隊長より強ぇってのかよ」
「じゃあうちのリーダーより強ぇってことじゃねえか」
「あははははは。ないない」
「だそうですぜリーダー」
「十一歳の見習いより弱いのかよ、バルベル最強のリーダーが」
「じゃあ実質そのヤンってのがバルベル最強なんじゃね?」
「最強クレイジーヤンか」
「おもしれえ」
「えっ?」
「おいおい、リーダーが本気になったぞ」
「誰だよ責任取れって」
「やべえ、マジでやべえ」
「おい、お前らそのヤンってのをここに連れて来いや」
「いや、連れて来いったってなぁ……」
「一応ギルドの職員だし、拉致るのはやべえって」
「元執行官、お前ら何とかできねえか」
「急に言われてもなぁ。今はただの冒険者だし」
「チッ、使えねえな」
「話によるとヤンってヤツはギルドマスターにも目を付けられてるらしいから、下手なことはやめといた方がいいって」
「いや、それを言うなら目をかけてる、だろ」
「かけるのはメガネだろーが」
「いや、そうじゃなくて……」
「クレイジーだから目をつけられてるんだろ。そりゃそうだっつーの」
「わかった。もういい……」
「もしかしてギルマスの隠し子だったりして」
「それはない。あいつの親父はエルだからな」
「そうだったな……」
「エルか……」
「…………」
「エルの息子ならまぁ少なくとも普通の見習い案内人ではなさそうだな」
「そもそもこのセイン生まれなんだろ」
「なに?」
「そうなのか?」
「元々は親父とここに住んでたっていうぜ」
「は? セインにか?」
「ウソだろ、知らないのか」
「そういや、この間来てたな」
「クレイジーヤンがか? お前見たのか?」
「ああ、ラノックの女房の薬屋にいたぜ」
「あそこか。なんでそんなとこに」
「いや、エルがいなくなってからずっとラノックのとこで面倒見てたらしい」
「そうなのか?」
「知らねえよ。他人の家庭の事情なんざ興味ねえ」
「セインの常識の話をしているんだがな」
「知らん」
「そいつに常識の話をするとか、笑える」
「それよりもスキルの話だっての」
「いやいや、スキルを狙って獲得するとか、ありえねえって」
「しかもたった十日かそこらでだろ?」
「どこの天才だっつーの」
「キャンプ中にレベルが上がったヤツもいるって聞いたぞ」
「低レベルの案内人が必死に底層の雑魚掃除してようやく上がっただけだろ」
「スキルも一つだけじゃねえんだ。二つ覚えたヤツまでいるらしい」
「はははははは」
「あはははははは」
「なに笑ってんだよ」
「いや、そのウソつまらなすぎて笑うしかねーだろ」
「信じるヤツいるのかよそんなの」
「信じる信じないじゃねえ。現実を見るか見ないフリをするかだ」
「待て待て、冷静に考えてみろ。絶対にありえないって。複数スキルにレベルアップだぞ? そんなのお前ら今まで経験したか? 他のヤツでもいい。見たことあるか?」
「ねえよ」
「あるわけねーよ」
「そんなもんいたらバケモンだぜ」
「一生分の運を使い果たしても無理だな」
「それなんだが実はスタルツである冒険者がよく似た話をしていた」
「誰だそれ」
「いや、名前は覚えてないんだが、確かそのヤンっていう見習い案内人と一緒にオグリムからスタルツへ初めて上がった時にレベルアップとスキルのレベルアップとあと何だかもう一個、とにかく考えられない幸運に恵まれて昇天しそうなほどハッピーだったって酒場で一席ぶっていたのを見たことがあるぜ」
「ハイ、ホラ吹き確定」
「本当なんだって」
「いや、お前が言ってるのは本当だろうがそいつの話自体がホラなんだって」
「そうなのかなぁ……」
* * * * *
まだまだ下の談義は続いているが、ひとまず騒動にはならずに落ち着いたようだ。
「これで私も噂を直接耳にした者の仲間入りだな」
「良かったな」
二人がカウンターに戻ると、すぐに作りたてのスピナーが二つ前に置かれた。
ザナドゥールのバーテンダーとしての腕の見せ所だった。
「しかし思っていた以上に過剰な反応で驚いたね」
「まあここがセインだから、というのもあるだろうがな」
「ふむ。そうかもしれないね」
「で、どうするんだ、これから」
「ヤン君を、かね」
「隠し子らしいじゃないか」
「私も初耳だったがね」
「冗談はさておき、ヤンというよりはこのバルベルを、だな」
「……波の件もあるが、外の世界でも動きがあるようなのでね」
「どういうことだ?」
「帝国とアリアルドが迷宮攻略を画策しているらしい」
「一体なんのためにだ?」
「さて、それぞれに事情があるのかもしれないね。私は外の世界には疎いので詳しいことまではなんとも……」
「よく言う。影を使えば造作もないことだろう」
「滅多なことを口にするものではないよ。ははは」
影というのはギルドマスター個人の所有する諜報部隊のことである。
その存在はギルド内でも秘匿されており、ギルドマスター個人と親交の深いごく一部の人間しか知らないとされている。
「いつ頃なんだ?」
「ふむ、早ければ半年以内には」
「半年か……」
「まあ遠征隊の規模次第だね。少数精鋭に絞った方が先に来るだろう」
「いずれにしろ一波乱ありそうだな」
「まあちょっとした騒ぎになるだろうね」
「ヤンの噂どころじゃなくなるな」
「それまでには全て丸く収まっていてほしいね」
「外の連中にちょっかい出されるのだけは御免だ。万が一そうなったら最悪……」
「物騒だね、ジーグ」
「まぁ今それを言っても仕方ないか……」
「塔の改築の方も早く進めないといけないね」
「オグリムか。玄関口が脆弱なままでは心許ないからな」
「そういうことだ」
「あれもこれもで大変だな、ギルドマスターってヤツは」
「別に今に始まったことじゃない。それに自分で選択したことだからね」
「ならオレはもう一人のキーマンの方を少し焚き付けておくか」
「ああ、その人なら確か最近ヤン君と懇意にしているらしいね」
「なに? まさか!」
「おおっと、またしても仕事のせいにするつもりかね」
「せいじゃなくて事実そうなんだ。まったくあいつは下から上まで自由気まますぎるだろ」
「例の件もそろそろ……」
「ああ。準備はしておく」
「こちらの分はまだ結果が出ていないが、全リソースを割り当ててでも何とかしよう」
「大丈夫なのか?」
「あとはサイラスに任せるさ」
「ハキーム局長か。信頼してるんだな」
「君と同程度には」
「それはそれは、光栄の極み」
「さあ、難しい話はこの辺にして、後は気楽にやろうじゃないか」
オスカーが空のグラスを掲げると、メーテルが一礼してすぐにザナドゥールへおかわりの注文を入れる。
セインの夜はまだまだほんの序の口だった――。





