024.ドリルヤン(一)
「これにて本日のスタルツ支部会議を閉会します。解散」
議長のオリバーが閉会を宣言した後、またいつもの顔ぶれが残る流れとなった。
「今日は珍しくオリバー課長がおとなしかったですね。何かあったのでしょうか」
案内課課長のネックスが会議中ずっと思っていた疑問を投げかけると、ケイトがすぐに反応した。
「この間、監査局の人がオリバー課長のことを聞きに来てたって聞いたんですけど、もしかしてそれと関係あるんでしょうか?」
「ケイト君、その件についてはあまり口外しない方が賢明かもしれないね」
ギンガミルが穏やかに、しかし確たる重みのある口調で告げる。
「ということはやっぱり?」
まで言ってから自分で口にしーっと人差し指を立てるケイト。
「しかし妙ですね。最初はバーンズ君のことを嗅ぎ回っていたと思っていたら途中から急にオリバー課長に変わっていたらしいのですよ」
ネックスも立場上色々耳にしているのだろう。
「んんッ、ネックス君」
ギンガミルが咳払いをしながら名前を呼ぶ。
「失礼しました支部長」
頭を下げて謝罪するネックス。
バツが悪くなったのを払拭するため話題を変える。
「いずれにしろ助かりましたね。今回の議題はヤン君に関わるものだっただけに、オリバー課長がまた大騒ぎするのを覚悟していましたから」
「そうだね。今回は色々とタイミングが良かったのかもしれないね」
ギンガミルが目を閉じて頷く。
「ケイト! いるか?」
突然、会議室のドアが勢いよく開いてバーンズが顔を出す。
「あ、失礼しました。取り込み中でしたか」
三人を見つけて恐縮するバーンズ。
「ちょうど良かった。バーンズ君もこちらへ来て一緒に話しましょう」
ギンガミルが誘う。
「え? オレが? いいんですか?」
あまり面倒ごとには関わりたくないという顔をしながら確認するバーンズ。
「いいから早くそこ閉めてこっちに来る!」
ケイトがビシッと命じると渋々といった様子で従うバーンズ。
「冒険課は最近特に変わったことはありませんか」
早速バーンズにジャブを放つギンガミル支部長。
「変わったことですか? 別にありませんが……」
「それは結構。ははは」
高笑いするギンガミルに対して事情がわからないバーンズは不安そうにケイトやネックスの顔色を伺っている。
「あ、それよりヤン君の話です。あれ、早速進めていいんですよね?」
ケイトが先刻までやっていた会議の議案だった件についてネックスに確認する。
「会議で承認されたのだから問題ないだろう」
ネックスの言質をとったケイトは続いてギンガミルの方へ顔を向ける。
「もちろん構わんよ」
「よし!」
と小さくガッツポーズするケイト。
とりあえず話が飲み込めたバーンズが発言する。
「それなんですが、アレっていうのは結局誰の発案なんですかね。ケイトやネックス課長ではなさそうなんで少し気になって。まさかヤン本人ですか?」
「タッツォール君よ!」
ケイトが何故か自慢げに胸を張る。
胸元のポタンが今にも弾け飛びそうな引っ張られ具合でバーンズは目のやり場に困るが、頑張って平静を保つ。
「タッツ……誰だそれ?」
バーンズの記憶にはない名前だった。
「ほら、ちょっと前の高潮の時、採掘場で救難信号を出した子よ」
「ああ! あいつか。確かヤンの先輩なんだってな。随分親しそうな様子だったのは覚えてるが」
「なによ、知ってるじゃない」
「いや、顔と名前が一致しなかったっていうかそもそも名前なんか覚えちゃいないって。た、たっつなんとかだっけ?」
「タッツォール!」
「たっつ、お……ああめんどくせえ! もうタツオでいいだろそんなヤツ。今日からタツオだタツオ!」
「ホント失礼なヤツね相変わらず……」
呆れてそれ以上追求するのを放棄したケイトをまあまあとネックスが宥める。
「その辺にしておきなさいケイト君。タッツォール君はE級になってスタルツに上がって来たばかりの子だからバーンズ君がまだよく知らないのも無理はないだろう」
さすがに自分の課の新人だけあってネックスはタッツォールの事をしっかり認識している模様。
「そのタッツォール君はどんな風に提案してきたのかね、ケイト君」
ギンガミルが興味深々な面持ちで尋ねてくる。
「最初はヤン君が謹慎中の時だったんです――」
ケイトが長台詞モードに入る。
「タッツォール君が相談っていうか愚痴みたいな感じで言ってきたんです。自分はやっと正規の案内人になれたと浮かれてたのにまだ見習いのヤン君との差に愕然としたって」
「少しでもヤン君に近づきたいからと自分でトレーニングを始めたらしいんですけど、そしたらあの救難信号の時にいた冒険者の……誰だったか……そのなんとかって子がヤン君の作ったメニューで訓練しているのを知ってすごく悔しかったのと羨ましかったのとでごちゃごちゃになって……っていう話をしてくれて」
「それで私、それならヤン君が戻ってきたら直接言ってみたらってタッツォール君に伝えたんですけど、そうしたらヤン君、戻ってくるなり例の双子事件でまたまた大活躍しちゃったじゃないですか」
「しかもその時バディみたいな感じで組んだのが、タッツォール君が気にしてた例のなんとかって冒険者の子で、その子も結構な活躍だったものだからもうなんていうかうわあああって感じになっちゃったみたいで……」
「オンドロだ」
バーンズがぶっきらぼうに口を挟む。
「はい?」
「だからその冒険者だよ。オンドロってんだ」
もしかしてちょっとお怒りモードなのかなバーンズさん。
「ああ、タッツォール君のライバルね」
「いや、知らねえけど。だいたい案内人と冒険者でどうやって張り合うんだよ」
「ヤン君を巡る三角関係、的な?」
ちょっと面白がってる風に茶化すケイト。
さすがに少し空気を読んだ方がいいと思う。
「意味わからん。とにかくお前も人のことさんざん言ってくれたクセに大概だな」
「なんのことよ」
「名前のことだよ。タツオのことを覚えてないのは失礼だとかまるで人でなしみたいな言い方しときながら自分だってオンドロの名前忘れてたじゃねーか」
「そ、それは……」
ぐうの音も出ない正論にすっかり消沈のケイト。
確かにオンドロの名前は囮作戦の計画として聞いていたはずなので今更知らなかったとは言えない。
だが正直なところ重要なのはヤンであって囮パーティに潜入させる冒険者などあまり重視していなかったのは確かだった。
なんならそもそもその冒険者必要なの?とか思っていた節もある。
実際に起きたことの顛末を聞いても未だに信じられないというのがケイトの率直な感想だった。
あくまで余談ではあるが。
「バーンズ君、まだ話の途中なんだしそのくらいにしてやらないか」
「いやあ、案内課は上司が人格者で本当に羨ましい。うちのはなんたってあのクソジジイですからねえ……」
「バーンズ君」
返す刀でネックスまで斬ってしまいそうなバーンズを見かねたギンガミルがやや呆れ気味に口を挟むと、バーンズもさすがに言い過ぎたと自戒するのだった。
「あ、すみませんでした」
「さあケイト君、続きを」
ギンガミルが促すので凹みまくりのケイトも気を取り直して話を続ける。
バーンズ無双終了の巻。
「ええと、そのオンドロ君がタッツォール君に更に火を点けちゃったみたいで、タッツォール君がヤン君に弟子入りしたんです」
「弟子入り?」
ネックスが興味ありげに尋ねる。
「はい。本人がそう言ってました。ただすぐまたヤン君がエンダに行っちゃったもんだからその間は仕方なくそのオンドロ君と一緒に毎日訓練していたみたいです。一人でやるより二人の方がやる気がでるとかなんとか言ってましたけど、そういうものなんでしょうか」
「まあ、そうだろうな」
バーンズが自分にも覚えがあります風に言う。
「そうなの?」
「人にもよるが、身近に比較対象がいた方が競争心が湧いてモチベーションが上がるんだよ」
「ふーん」
「ふーんてお前、人に聞いといてそのリアクションはねえだろ」
「脳筋の思考は理解できないわ」
「ははん、残念でした。これは学習全般に関する効果の話だから別にデスクワークでもお勉強でも同じなんだよ」
「そうなの?」
「お前も頭のトレーニングした方がいいんじゃないか。ははは」
なぜこうも毎度余計なことを言わずにはおれないのかバーンズよ。
「ムカつくわ~」
でしょうねわかります。
「なにか言ったか」
「べつに」
エリカ様キタコレ。
「ケイト君、そろそろ話を元に戻してもらえると助かるんだが」
ネックスが半ば呆れつつも、続きを促す。
「あ、すみません。それでヤン君がエンダから戻ってから相談したそうなんです。どうせなら自分たちだけじゃなく他の人も一緒にみんなでやったらいいんじゃないかって。ずっとみんなでっていうのは難しいだろうから、とりあえず集中的にやって効果を実感してもらえたら後はそれぞれで一人でも仲間とでも続けたらいいんじゃないかって」
「ヤン君もかなり乗り気だったみたいで私が確認に行った時も是非やりたいって言ってたんです。それで今回アイシャに頼んで企画書にまとめてもらって議案にしたという流れになります」
「なるほど。しかし実際のところ、ヤン君の訓練だか稽古だかというのはどの程度効果があるのかね」
ギンガミルが素朴な疑問を口にする。
「その点は会議中もオリバー課長が気にしてましたね」
ネックスが思い出したように付け加える。
「ああ、いつもならあそこで一悶着ありそうな感じなのに今日は独り言みたいに言っただけですぐ進行に戻ってましたね。なんだったんすかアレ。まさか病気とか?」
バーンズがとんと腑に落ちないという感じで同意する。
「それは我々も感想を同じくするところだね。病気かどうかは置いておくとして」
ネックスが淡々と同意を述べながらギンガミルとケイトにもアイコンタクトを送る。
「今日のことだけじゃなく、此の所ずっといつもの癇癪が顔を出さないんでちょっと気味が悪いんですよね」
「ははは、まあそれは平和で結構なことじゃないか。あまり気にしないことだよバーンズ君」
ギンガミルがややわざとらしく言うとケイトも援護。
「そうそう。オリバー課長ももしかしたらようやく丸くなってきたのかもしれないわよ」
「それはないと思うぞ、個人的には。丸いのは顔と腹だけだろ」
バーンズどんだけオリバー嫌いなんだよ。
「話が逸れてしまったがヤン君の訓練の成果についてはどうなんだい、ケイト君」
ネックスが話を戻す。
「それなんですが、会議中にお話ししたのはあくまで他の方々が納得できるであろう範囲の内容に集約したものでして……」
「と言うと?」
ネックスが興味深そうに合いの手を入れる。
「タッツォール君が言うことを全て信じるとすると、ヤン君独自のノウハウというか極めて高い確率で我々の知らない未知の知見があると考えられます」
「ほう」
ネックスの目が光る。
ギンガミルも極めて興味深そうにふむふむと頷いている。
「独自の知見ねえ。そんなもん冒険者でも案内人でも四六時中迷宮をうろついてるヤツなら誰でも一つや二つあるんじゃないか。その真偽や有用性は別だが」
バーンズが大して面白くもないという風に自説を披露する。
「そうなの?」
「そうなんじゃねえの」
「なんでそんな曖昧なのよ」
「オレも全員に聞いて回ったわけじゃないからなあ」
とぼけたように嘯くバーンズにケイトはついカチンときてしまう。
「じゃ、アンタはあるの?」
「ん? なにが」
「その独自の知見とやらがよ」
「ああ、あるよ。魔物の行動パターンやそれに対するこちらのアクションに関する相性とか自分のタイミングとか。そういうのは極めて個人的な経験の積み重ねであり学習成果の弛まぬ更新だけど、まっとうな冒険者なら誰もが日々やってることだろ」
バーンズは熱く語って御満悦気分だったがケイトが無反応なのが気に食わない。
「なんだよ、なんか言えよ」
「あ、ごめんなさい。なんかアンタが普通に熱弁してるからびっくりしちゃった」
「おい! それはさっきのヤツより失礼だろ」
「うん、だからごめん」
ケイトに悪気はなかった。
どちらかと言えば普段の言動が問題だらけのバーンズの自業自得的なところもなくはない。
「さすがは元Bランク冒険者といったところかな。ふむ、なるほどなるほど」
ギンガミルがしきりに感心している。
「でもバーンズの言ってるのとヤン君の知見ってちょっと毛色が違うと言うかもっと普遍的なものみたいな感じなのよね」
「と言うと?」
ネックスが繋げる。
「タッツォール君自身の経験なんだけど、ヤン君の訓練で暗視スキルを覚えたみたいなんです」
「スキルを?」
ネックスも普通に驚くのだ。
「おい、ホントかよ。訓練ったって何ヶ月とか何年じゃなくて短いスパンの話なんだろ? それでスキルを獲得出来るなんて聞いたことねえぞ。っていうかもし仮にそんなことができるんだったら世紀の大発見だぞ!」
思わずケイトの肩を掴んだバーンズが興奮して捲し立てる。
「確かにもしそれが本当なら大変なことになるな……」
ネックスが何か考え込むように呟く。
「ケイト君。そのタッツォール君のスキルは鑑定石で確認してみたのかね」
「あ、はい。私もそれは確認しておきたかったので。確かに暗視スキルを持ってました。ただ、それを彼がいつ覚えたかまでは鑑定石ではわかりませんので。あくまでタッツォール君の言葉を信じるならばということにはなります」
「それならば簡単なことだ。今度の訓練に暗視スキルを持っていない者を参加させてみればよろしい」
「そうですね。それが一番簡単な証明になるでしょう」
ギンガミルの提案をネックスが支持する。
「そうだね、折角だから効果測定という名目で参加前と参加後に鑑定石で確認するのを予定に組んでしまうのはどうだろう」
「ナイスです支部長」
「でもそれだと自分のステータスをギルドに開示したくないヤツは参加しなくなるんじゃないんですかね」
バーンズがオブジェクション。
「それは困るね」
ネックスもバーンズの意見に一理あると認めたようだ。
「ステータスなんて迷宮の中じゃ誰でも自分で確認できるんで、わざわざ他人にそれを見せようなんて奇特なヤツは頭のイカレたヤツくらいしかいないと思いますよ」
全員納得顔で静かになったところへ更にバーンズが発言。
「それとさっきから気になってたんですが、これって結局ヤンのやる事の秘密をこっちがこっそり調べて暴く、みたいな感じになってやしないかと思って」
一同無言のままなのでバーンズが続ける。
「ヤンにお願いする立場の側としちゃ少々信義に反するんじゃないかと思ったり思わなかったり……あーなんか余計なこと言いましたかねオレ」
三人の様子からだんだんと居心地が悪くなって尻すぼみになるバーンズ。
「いや、バーンズ君。君の言う通りだよ」
すっかり意気消沈のギンガミル。
「確かに我々も少し早計でしたね」
ネックスも反省しきり。
「そうですね。奇跡的にバーンズが真面目な意見を色々言ってくれたので、鑑定の件は一旦白紙に戻しましょう。まずは一回開催してみて参加者からのフィードバックを見てから改めて検討してもいいかと思います」
気を取り直したケイトが現実的な路線でまとめる。
「そうだね。そうしよう」
「ふむ。ケイト君の言う通りだね」
「奇跡的は余計だろ」
三人の同意も得られたのでケイトは開催実現に向けた業務に取り組まなけれなならない。
「それでは私はこの後アイシャと残業なので。あ、そのうちヨイノ君の手も借りるからその時はよろしく!」
バーンズに有無を言わせぬ要求を突き付けたまま、一礼して去っていくケイト。
「あー、それじゃオレもこの辺で」
バーンズはこの三人だとやや気詰まりなので早く退散したい模様。
「いや、バーンズ君。せっかくだからこのまま三人で一杯やりに行こうじゃないか」
「え!? 私もですか?」
ギンガミルの誘いにネックスも意表を突かれたらしく、困惑した表情。
「いやちょっとオレもこの後仕事が……」
「それじゃあオリバー君に聞いてみようかね?」
なんだそのパワハラ!
まさかのギンガミル飲みハラスメント上司だったとは。
「それは勘弁して下さい。行きますよ行けばいいんでしょ」
「私は……」
「いやいやいや、それはネックス課長も一緒に行くに決まってるでしょう。ね?」
断りかけたネックスを無理矢理巻き込もうとするバーンズ。
「いや私は今日は……」
「ね?」
「ネックス君」
「……わかりました。一杯だけ付き合います」
その一杯が一杯で済むとは微塵も考えていないがとりあえずそうとでも言っておかないと格好がつかないネックスはバーンズにガッシリ肩を抱かれてギンガミルの後ろを渋々ついていくのだった。





