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023.審判

「この度は誠に申し訳ございませんでした」


 リンが深く頭を下げて謝罪する相手はギルドマスターのオスカー・フォン・オグリムント三十五歳だった。

 タリム西部のガウル領を治める領主オグリムント卿の次男坊で、成人後に管理を任されていたバルベル迷宮の独立運営体制を確立した功労者であり初代ギルドマスター。


 過日の冒険者連続襲撃犯の件で会議室天に召喚されたリンが開口一番謝罪を述べたのだった。


「頭を上げたまえ、リン君」


 オスカーの言葉にも動く気配のないリン。


「まったく君は相変わらずだね。そうしていられると私が話し辛いのだよ。頭を上げなさい」


 穏やかだがどこか無機質さを感じさせる口調だった。


 無言で頭を上げると真っ直ぐにオスカーの目を見るリン。

 こちらも負けずに無表情だった。


「確か三番隊だったか。例の部隊は」


「そうであります」


「なぜ持ち場を離れたのか、理由は聞いたのかね」


「ハッ。それが三番隊に対して出動の伝令があったとのことです」


「その伝令の送り主は?」


「現在調査中ですが、未だ不明です」


「陛下」


 オスカーの傍にやや離れて控えていたハキーム監査局長が言葉を発した。


「なんだ」


「我々の調べに拠りますと、伝令の件の主犯はオリバー・セントカークスでほぼ間違いないかと」


 リンの顔色が変わる。


「オリバー? ……確かスタルツの冒険課の人間だったかな」


「左様で御座います」


「根拠は?」


「スタルツからオグリム支部へ伝令を発信した者とオグリム支部にて三番隊に伝令を伝えた者とが現在共に消息不明となっており、おそらくはそのために保安局でも調査が進展していないのだと思われますが、両者ともスタルツ支部の要職にある者が紹介した臨時職員であったことが判明しております」


「ほぉ。それがオリバーだったと?」


「いえ、バーンズ・ボンズロッシです」


「バカなッ!」


 リンがハキーム監査局長を睨んで怒声を発する。


「書類上は少なくともそのようになっていた、という事です」


「ありえないッ」


 リンとバーンズとは年齢こそ七歳離れているものの、リンが局長に就任する以前から面識があり為人(ひととなり)についてはそれなりに理解しているつもりなのであった。

 まぁ先日のガンギマリお姫様事件のようなことはままあるものの。


「リン君、まぁ落ち着きたまえ」


「しかし……」


「書類の現物に特に怪しい点はなかったのですが、バーンズ本人は全く覚えがないということでした」


 リンの言葉を遮るようにハキーム監査局長が報告を続ける。


「当然だ」


 リンはまだ気持ちが高ぶっているようだった。


「興味深いことだな」


 オスカーが目を光らせながら呟く。


「冒険課主任の署名捺印を偽造できる立場の人間は限られてきますのでその線で調べました所、状況証拠ではございますが幾つか確信の持てる事実が確認できたという経緯になります」


「ふむ。サイラス、それは例の件とも関連があるかもしれないね」


「はい陛下。小生もそのように考えております」


 二人の間では以心伝心で通じたようだがリンには今一つピンと来ない様子。


「で、どうするのが最善かな」


 オスカーはどこか楽しむような口調でハキーム監査局長に尋ねる。


「何も致しません」


「何だと!? どういうことだッ!」


 リンが再び激昂する。


「事が本件だけで完結する類のものであれば処分して終了なのですが、もう少し全体像を把握する必要があるかと存じます」


「それは悪党を野放しにするということかッ!」


「リン君、いい加減にしたまえ」


「……申し訳ございません」


 オスカーに窘められて渋々引き下がるリン。

 絶対に納得はしていない顔。


「陛下、ひとつお願いがございます」


 ハキーム監査局長が一歩前に出て頭を下げる。


「なんだね」


「状況次第では当局の者が塔外に出る許可をいただきたく」


「なるほど。そっちの線もあるか……」


 少し考える風な間を置いた後に再びオスカーが口を開く。


「駒は足りているのかな」


「畏れながら、もしお許しいただけるのでしたら速やかに増員を手配したく存じます」


「しかし即戦力とはいかないのではないかね」


「そこが最大の課題ではございますが……」


「リン君」


「ハッ」


 いきなり呼ばれて驚くリン。


「保安局から何名か監査局に出向に出すというのは可能かね」


「そ、それは……」


 いきなりの提案に混乱するリン。


「陛下、大変ありがたいご提案ではございますが、保安局と監査局では求められる資質が大きく異なります。仮に保安局から人員を貸していただいたとしても戦力となるまでにはやはり相応の時間を要すると思われます」


「だろうね……」


「ハキーム局長、その物言いは暗に我々を愚弄しているのか」


「滅相もありません。誤解ですアマギ局長」


「リン君、やはり君には少し指導が必要だね。この後二人で話そうか」


 淡々と告げるオスカー。


「……御意」


 リンが顔を赤くしているのは怒りなのか羞恥なのか。


「サイラス、監査局の増員を認めよう。人数は君が必要なだけ採るといい」


「畏まりました。ご期待に添えるよう今後とも励みます」


「うむ。よろしく頼むよ」


 ハキーム監査局長は一礼すると足早に会議室を出ていった。

 すぐにでも増員の手配をしたいのだろうと、リンですらわかるほどの様子。

 内心スキップでもしたい気分だったに違いない。


「さて、リン君。まず何から始めようか……」


 リンはオスカーの笑顔がこれまで見たこともない恐ろしさで迫ってくるのを見て、体の奥底から震えがくるのを感じた。




* * * * *




 保安局の局舎はギルド各支部のギルドハウスに隣接する形で設置されている。

 執行官や予備隊員らが宿泊することも多いため、外見は簡易宿屋のようになっていた。

 二階建ての二階部分はそのまま宿泊部屋になっており、一階は集会所兼休憩所ということでカウンターバー併設の食堂のような内装。

 奥の扉の中は広めの倉庫になっており、武器や装備が保管してあった。


 保安局舎は屯所(とんしょ)とも呼ばれており、圧倒的にこちらの呼称の方が一般的であった。

 屯所の横にはピケロ(人が乗るために育成された大型の鳥で元々は魔物だった説がある)用の厩舎が併設されていて、こちらには常時三~五羽のピケロが繋養されているのが通例であった。


 また、これら全ての屯所及び関連施設の管理運営は保安局に一任されており、主に予備隊員がその任に当たっていた。



「しかしさすがに今回はヤバいって噂だな」


 セインにある屯所のカウンターで五杯目のマッケル酒(アルコール度数五十%の強い酒)をショットグラスで飲み干したダミアンが敢えて皆が避けていた話題にとうとう言及した。


 ダミアン・ウェルドは一番隊所属の二十七歳執行官。主食が酒という程の無類の酒好き。リンのことは隊長として局長として認めているが、そのやり方には度々意見の食い違いが生じることがあった。剣を使うより徒手空拳の方が得意な変わり者。


「いや、ヤバいのは局長じゃなくてディオの方だろ、どう考えても」


 二番隊のジェイソン・ボーダーズ三十一歳が半分面白がりながら剣を磨いている。

 現役執行官の中では唯一三十代の最年長者の割に威厳に欠けるというのが周囲の評価だった。


 ちなみに現在三番隊はスタルツからエンダに移動してそのまま待機となっていた。


「やめろジェイソン。オレたちがどうこう言う問題じゃない」


 一番隊のバリー・アンダーソンは二十九歳でジェイソンより二つ年下だが、入隊はジェイソンより一年先なので隊では先輩だった。


「そうは言っても今回はマスター直々の召喚ですから。ちょっと気になります……」


 ワンダ・クロスビーは若干二十三歳にして一番隊の副長に抜擢されたスーパーホープで、父親が剣聖と謳われたメイズ・クロスビーの一人息子ファンタ・クロスビー。

 隔世遺伝の期待もあってか、リンが特段目に掛けている隊員の一人だった。


「にしてもうちの隊も戻りがおせーなぁ。おい、シシリー! オレにもマッケル酒」


 ジェイソンがカウンターの中にいた予備隊一班(通称ピンシロ)のシシリー・パンキエッリ十六歳に酒を頼むと、すぐにシシリーがジェイソンのテーブルまで持ってくる。


「おい、つまみは?」


「あっすみません。今持ってきます」


「ったく毎回同じ事言わせんなよ」


「すみませんすみません」


 すみませんが口癖になってしまっているシシリーは慌てるとミスが多くなる性質で、いつも隊員にいじられているのだった。


 シシリーがすぐに持ってきた豆をつまみながらマッケル酒をちびちびやるジェイソン。


 保安局では職務に支障が出ない限り飲酒は特に制限されていなかった。

 いつも他の局や課からは非難されるのだが実際に飲酒による問題が生じた事例がなかったので黙認されているのだった。


 ピュイーーーーッ。


 独特の柔らかく高い音が外で響いた。

 ピケロの鳴き声だった。


 二階がバタバタしたかと思うと階段を駆け下りてきてそのまま外に出て行った者が二名。

 巡回組の出迎えとピケロの世話に行った予備隊員だった。


「やっと帰って来たか」


 ジェイソンが残りのマッケル酒をぐいっと空けてテーブルに置くとシシリーに目配せ。

 シシリーがそそくさとやってきてすぐにテーブルを片付ける。


 間もなく、入口のカウンター扉から町内巡回に出ていた二番隊三名が戻って来た。


「お疲れ様です」

「よぉ、ご苦労さん」

「おいっす」

「お早いお帰りで」


 屯所内の隊員が口々に声をかける。


「局長はまだ……らしいな」


 二番隊隊長のシン・アマノはリンの同い年の従弟にあたる。

 リンの弟であるレツ・アマギを差し置いて二番隊の隊長になった実力者で実質審判(ジャッジメント)のナンバー2と言われていた。

 

姉様(あねさま)のことだ、心配ない」


 二歳下のレツが実質ナンバー3だが、ディオの方が強いという者もいるため序列を争っている状態だった。


「局長は大丈夫でもディオの野郎はヤバいだろって話をしてたんだよ。なぁジェイソン」


 カウンターから話をまとめて放り投げるダミアン。

 そもそもそんな大した話など全くしていないのだが。


「まぁそういうことだ。隊長解任だけで済めばいいんだがな」


 ジェイソンもさすがに本気で心配そうな表情。


「ディオのやつがクビになったらお前のナンバー3の座は安泰だなレツ」


 レツの肩に手を置きながら人聞きの悪いことを言うのは同じ二番隊のゴッツ・ハモンド二十八歳。


「やめろよゴッツ。オレはそんなものに興味はない」


 レツは不機嫌そうに肩に置かれた手を振り解く。


 と、そこへリンが帰って来た。


「局長! お帰りなさい」

「お疲れ様です、局長」

「で、どうなったんだ局長」

「バカ野郎、いきなり聞くヤツがあるか」

「なんだよじゃあお前は興味ないのかよ」

「あるけど空気読めって話だろ」

「はいはい、空気読みます教だな。知るか」

「お前らうるさいぞ」

「お前もうるさいよ」

「なんでだよ」

「だからうるさいって」

「局長、どうぞこちらへ」

「局長!」

「姉様」

「局長ッ、それで……」

「うるさい黙れッ!」


 リン大爆発!


 ――シーン。


「まったく、今日くらいは勘弁してほしいものだ……」


 用意された席へかけ、テーブルに肘をついて頭を抱えるリン。

 その疲れた様子といつにない弱気な発言に、言葉を発するのを忘れてしまう隊員たち。


「はぁ~……」


 深く溜息をつくリンに、隊員たちはますます硬直する。


「まさか……」


 カウンター席でショットグラスを半分まで持ち上げたまま固まっていたダミアンがその手をテーブルに下ろして口を開く。


「解散なんてことは……」


 ダミアンが口にしたワードで隊員の口に一斉に油が注がれる。


「解散!?」

「解散ッ?」

「解散だと!?」

「ふざけるな!」

「なにが解散だ」

「そんなのは認めないッ!」

「ギルマスの野郎ッ……」

「断固拒否するッ」

「横暴だ!」

「こんなのは間違ってる」

「お前ら静かにしろ」

「そうだ、まだ局長は何も言ってない」

「ダミアンだ」

「あの酒カスが適当なこと抜かしやがって」

「おいダミアンてめー……」


「だからうるさいッ!! 何度も言わせるなッ!」


 再びリン火山大爆発。


「リン、疲れているところ申し訳ないが、簡単でいいから説明してほしい。みんなも心配してるんだ。わかってくれ」


 シンが優しくリンの肩に手をかけて声をかける。

 リンはじっとして動かない。

 何もしゃべらない。


「お疲れ様です! ピケロの世話、終わりました」


 そこへ外に行ってた予備隊の二人が戻って来た。

 報告したのはピンシロ班長のサミュエル・ガリクソン十八歳。

 隣で屯所内の空気を読んで気まずそうにしているのがアーノルド・ジョーンズ十七歳。

 シシリーと合わせてこの三人が予備隊第一班ピンシロのメンバーだった。


「サム……」


 カウンターの中から小声でシシリーがサミュエルに声をかけると、アーノルドが気付いてサミュエルの脇をつんつんして促し、二人で一礼するとそのまま再び二階に上がっていった。

 

 予備隊は執行官の身の回りの雑務を主な仕事とする構成員で、十六歳以上であれば応募資格がある。

 予備隊とは別に執行官見習い的な位置づけの四番隊(仮称)というのがあるのだが、これら非正規部隊と運用方法について明確な取り決めがなく、なし崩し的に現在に至っている部分が保安局の組織上の脆弱性になっていた。

 そしてまさにこの点もついさっきまでオスカーにねちねちと執拗に追及された事のひとつだった。


「リン……」


 再びシンが声をかけると、今度はすぐにリンは頭を上げてすっと立ち上がった。


「お前たちが心配しているような事はない。ただ三番隊に関しては別途沙汰がある。これからエンダに行く。一番隊は一緒に来てくれ。二番隊は引き続きセインの警護だ」


「わかった。こっちは任せろ」


 シンはリンの肩をポンと叩いて笑顔を向ける。


「ああ……」


 リンもぎこちない笑顔を返す。


 リンの傍らには一番隊三名が既に整列していた。


「よし、行こうか」


「ハッ」


 一番隊四人が出て行くのを静かに見守る居残り連中。


 その姿が見えなくなった途端に大きな溜息がそこかしこから聞こえてくるのだった。




* * * * *




「おやおや、これは珍しい」


 玄関口で軽く頭を下げ続けているリンを見つけたケンシロウ・アマギが面白そうに声をかける。


 ケンシロウはリンの実の兄で、ここ『清凛館』の館長代理兼師範をしている元Aランク冒険者の三十五歳。

 実はリンこそが館長その人だったのだが、あまりに多忙で館長の職務を遂行するのが困難だったため名義のみ残して事実上はケンシロウに全て任せているのだった。


「ご無沙汰してます」


 まだ玄関口の一段低い位置に立って頭を下げたまま挨拶するリン。


「うむ。入りなさい」


「ハッ」


 頭を上げると、改めて一礼して靴を脱ぎ、道場内に足を踏み入れるリン。

 夜も二十時を回っていたため、既に教え子たちも二名の師範代も皆帰った後で、ケンシロウが残っているだけだった。


「今日はどうした」


 ケンシロウがややぶっきらぼうながら親愛の気持ちが伝わる温かい声をかける。


「立ち合いにここを使わせてください」


 兄妹の会話は二年ぶりだった。


「今からか?」


 少し驚いた顔のケンシロウ。

 こんな時間に、という驚きなのか。

 それともわざわざ妹がここで立ち合いをしたいという相手に対する興味か。


 静かに頷くリン。


「そうか。好きにしろ。オレは奥へ行ってるから何かあれば声をかけてくれ」


 詮索はしない、という配慮なのだろうか。


「あ、兄者……」


 やっと妹らしい口調に戻って声をかけるリン。


「なんだ」


 ケンシロウもそれを受けて口調が優しくなる。

 頬も少しにやけているのはご愛敬。


「更衣室を借りても?」


「なんだ、そんなこといちいち聞くな。お前、館長なんだぞ」


 半ば笑いながら答えるケンシロウ。

 リンは何もいわずにやや照れたように俯く。


「お前の道着もそのまま置いてある。好きに使え」


「ありがとう、兄者」


 既に道場の奥の戸を開けて出て行こうとしているケンシロウに向かって頭を下げるリン。



 久しぶりに道着を着てこの道場に立つ。


 兄妹三人でがむしゃらに稽古に打ち込んだ日々が既に遠い記憶になっていることを改めて実感する。


 この道場の空気や道着の感触、匂いがリンは好きだった。

 辛く厳しい稽古の日々の最中でも、その気持ちはずっと変わらなかった。


 道場の片隅に正座して思いを廻らすリン。


 (確かに私は剣にしか興味がなかったし、それしかやってこなかった……)


 オスカーに言われた事をあれから何百回反芻したか知れない。

 

 (保安局長として必要なもの……か)


 果たして今からそれに取り組んで意味があるのか、と思う。

 それで思うように成果が上がらなかったら、いや、そもそも努力の方向を間違えていたら……。


 明確な答えを提示せずに相手に考えさせるのがオスカーのやり方なのは充分知っている。

 しかし、答えのわからないものを目的に据えて自分の時間をそこに使うというのがどれほど不安なものか、リンは今身を以て感じていたのだった。



 玄関の扉を開ける音がした。


「こんにちわー」


 次いで元気な声がする。


 (来たか……)


 立ち上がり、玄関口を見るとそこにはヤンの姿があった。


「待ってたぞ、ヤン君」


 双子の護送で三番隊と共に同行してくれたヤンがまだエンダにいると聞いて、すぐに言伝を頼んでいたのだった。


 まさか本当に来てくれるとは!


 さっきまでの鬱鬱とした気分はすっかりどこかへ吹き飛び、上気した顔になってリンはヤンを迎え入れるのだった。




* * * * *




「さて隊長、これからどうしますか?」


 ニコラス・カリンニコフが清々しい顔でディオに尋ねる。


「隊長はお前だろ。いやヤメだヤメ。もうオレたちは三番隊じゃないんだ」


 ディオが必要以上におどけて笑いながら答える。

 ニコラスの三番隊隊長はおそらく歴代隊長最短の在任期間だったに違いない。


 セインから一番隊を引き連れて下りて来たリンから辞職勧告を受けたのが既に遠い昔のような気分だった。

 ギルドとしては懲戒解雇の処分までは出来ないが、実質それに相当する失態だということで自ら依願して退職するという形をとってほしいというのがおそらく何を言っているのか自分でもよくわからなかったであろう局長の説明から汲み取ったディオの解釈だった。


 退職願いは既に用意していたのでその場でそれを局長に提出すると、なんと三番隊の他の三名も同時に退職願いを提出するという事態になり、ディオのみならずリンまでが慌てふためく形になったのはちょっと面白かったな、と思い返す。


 一番隊の他の面々も必死になって慰留に努めてくれたが三人の決意は微塵も揺るがなかった。

 結局その場でディオ含め三番隊全員の退職願が受理され、晴れて即日自由の身となったのだった。


「そういや、住むところもなくなっちまったんだよな、オレたち」


 リチャード・クライドル二十七歳がさほど困った様子でもなさそうに言う。

 執行官の半数以上は迷宮内に帰るべき家もなく、各支部の屯所で寝泊まりしているのだった。


「そうだな。オレたちはまだいいとしてもミカはさすがに野宿じゃ可哀相だもんな」


 ニコラスがミカの方を見ながら楽しそうに言う。


「別に野宿くらい平気です。何度も一緒にやってきたじゃないですか」


 憤慨するミカ。


「よし! それじゃとりあえずギルドが閉まる前に登録に行くぞ」


 ディオがきっぱりと宣言する。


「ギルドって……」

「やっぱり?」

「ですよね」


 他の三人もディオと同じことを考えていたようだ。

 もっとも三人は退職願いもお揃いで用意していたくらいだから、事前にたっぷり相談していたのかもしれないが。


「目指すは階層突破(オーバーテイク)! そしてSランクパーティだ!」


 ディオの宣言が止まらない。

 酒でも飲んでるかのように上機嫌だった。

 いや、実際少しは飲んでいた可能性もゼロではないが。


「でもさ、四人でパーティ組むなら名前はどうするんだ?」


 ディオと同期のリチャードが一応形式的に聞いてみる。

 どうせそこまで既に考えているだろうことはみんなお見通しだった。


正義(ジャスティス)だ!」


 高々と宣言するディオ。

 元保安局執行官審判(ジャッジメント)三番隊からなる冒険者パーティ『正義(ジャスティス)』誕生の瞬間だった。


「うわー、マジか」

「一周回ってやっぱりダサくないですか?」

「名乗る時ちょっと恥ずかしそう」


 不満そうな事を言いながらもまんざらではなさそうなメンバーたち。


「おい、早く行かないと窓口が閉まっちまうぞ!」


 リチャードが現実に引き戻したのを機に全員が全力疾走でギルドハウスへ駆け込むのだった。

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