002.最年少案内人(一)
(まだ子供じゃないか......)
ノビリスでなくとも百人が百人同じことを思うに違いない。
ヤンと名乗るその見習い案内人は正真正銘どこから見てもただの子供だった。
衣装こそそれらしい恰好をしているものの、頭が大きく等身が低いまだ未成熟な身体。
身長は横に並んだ小柄のポランより更に低い。
顔つきは童顔というより子供そのもので、丸くパンパンに張った綺麗な赤い頬に幼い目鼻立ち。
頭はスポーティなマッシュルームカットの黒髪(銀メッシュ混じり)が寝起きの如く無造作にボサボサなところへワンポイントのアホ毛が派手に主張している。
半額とはいえ銀貨二十五枚をはたいて雇うのが子供という現実は俄かに受け入れ難かった。
「まだ子供じゃねーかオイ、冗談だろ」
呆気に取られているノビリスを差し置いてミゲルがド真ん中ストレートを投げる。
「はい、まだ十歳です。来月十一歳になります」
陽気に答えるヤン。
「ミミちゃん、窓口の方お願い」
「ハイッ」
ポランはミミナリスが立ち去るのを確認すると再びノビリスたちに向き直った。
「みなさんの心情はお察ししますがこちらのヤン君はうちのギルドの若手ホープなんですよ。どうかご安心ください」
とりなすように付け加えるがそう簡単にハイそうですかとは納得できない。
「幾らホープって言っても子供は子供でしょ。もっとちゃんとした見習いはいないの?」
ちゃんとした見習いとそうでない見習いの違いが何なのかなど当然よくわからないまま反射的に口が滑ってしまったサラ。
しまったという顔で口を塞いだがもう遅い。
「そうだ。幾ら半額だからって子供に案内させてもし何かあったらオレたちの立つ瀬がねぇ」
サラの気持ちに忖度するつもりなど全くないミゲルがまたも真っ向勝負を挑む。
「いいえ、そんなことにはならないと思いますよ」
ポランは自信満々に否定するがノンストップミゲルゴーゴー三球勝負だ。
「じゃあもしもの時はおたくらが責任とってくれるんだよな?」
「はい。責任でも何でも」
ポランが売り言葉に買い言葉モードに入ってしまったところで、ノビリスがすっと割って入り矛先を変える。
「アモンはどう思う?」
「問題ない」
「え!?」
「そうなの?」
「なんでだよ、問題だらけじゃねーか」
全く思いもよらなかった即答にノビリスたちは鳩豆鉄砲クルックー。
呆れたように肩をすくめるアモンには発言の真意について語るつもりはない様子。
「話し合いは終わりましたか。このヤン君はギルド史上最年少の見習い案内人ではありますが、年齢が規定に達していないための見習いであって実力的には既にC級案内人に匹敵するとギルドマスター直々のお墨付きまでいただいている極めて優秀で特別なスタッフです。見た目と年齢だけで判断すると恥をかくのはみなさんの方ですよ」
やわらかい物腰とは裏腹に辛辣な言葉を投げかけられて気勢を削がれる一同。
どうやら物凄い子らしいという雰囲気だけは伝わったものの、そもそもC級案内人がどれほどのものなのかわかっていないノビリスたちにはいまいちピンときていないのも事実。
「まぁ物は試しで今回はヤン君に任せてみてください。出血大サービスで特別にポーターサービスも無料で提供させていただきます。もし彼の仕事ぶりに何かご不満があれば後でクレームでも返金でもなんなりとお受けしますので」
「え、マジで? 返金してくれんの?」
「当ギルドの名誉にかけて」
ミゲルもサラもどうすると言う顔でノビリスを見つめる。
もはや勝負の行方は決したか。
この少年にそこまで全幅の信頼を置いているというのがノビリスにはまだ半信半疑ではあったが、そろそろ覚悟を決めなければならなかった。
「わかりました。そこまでおっしゃるのであれば信用してお任せします。ヤン君、色々とすまなかった。謝るよ」
「大丈夫です。慣れてますから」
「ヤン君、それは失礼でしょ」
秒でポランのツッコミが入る。
「あ、ごめんなさい。本当に気にしてませんから。早く大人になりたいです」
「ヤン君!」
再びポランの愛のムチにてへぺろ顔のヤン。
まるで悪戯が見つかった子供そのものだ。
「それではこちらの条件で契約成立ですね。ありがとうございます」
ポランはくるりと踵を返して足早に窓口の方へ戻るとちょうど対応が終わったミミナリスと交代する。
手招きされたノビリスが窓口で銀貨二十五枚を支払い、受け取ったポランは届にドンと勢いよく判を押すと下の部分を切り取ってノビリスの方へ押し出す。
「そちら控えとなります。依頼完了まで無くさずに保管してください」
ノビリスは受け取った控えの担当案内人の欄にヤンと記載があるのを確認してから腰のポーチに収める。
一度は納得したものの、いざ手続きが完了してしまうと本当にこれで正しかったのだろうかと再び不安が頭をもたげてくる。
それを無理矢理振り払うかのようにノビリスは大きく深呼吸をした。
「よし。行こう!」
ノビリスの一声でメンバーの表情も引き締まる。
「それでは『青の開拓者』のみなさま、気を付けていってらっしゃいませ」
受付カウンターから笑顔で見送るポラン。
ヤンはポランの方へ軽く一礼し、後ろの壁に立てかけていた荷物を背負うと駆け足でノビリスの前に出る。
「こちらです」
ヤンに促されて四人はいよいよ念願のダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
* * * * *
初めてのバルベル迷宮はノビリスたちの想像とはだいぶ様子が違っていた。
噂に聞いていた危険と隣合わせのスリリングな冒険というよりも、どことなくお気楽極楽なハイキング的雰囲気が漂っている。
だがそれよりも大きな戸惑いをもたらしたのは、迷宮に入るなり急に饒舌になったヤンの変化だった。
「みんなダンジョンは初めてなんだよね? でも暫くは何もないから安心して」
口調までだいぶくだけているので、最初の印象とはまるで別人だ。
しかも自分の背丈ほどもある大きな荷物を背負いながら鼻歌混じりに子供の歩幅とは思えないスピードで軽やかに四人を先導している。
「何もないっていうと魔物とか罠とかがっていう意味かな」
「うん、そうだよ」
ノビリスの質問にもタメ口。
その自信に満ち溢れた言動に気圧されたのか、いつの間にか完全にヤンのペースになっていた。
ヤンの声変わり前のボーイソプラノは迷宮内ではよく響くので後ろのメンバーたちにもしっかり声は通っていた。
それにしても堂々たるものだな、とノビリスはさきほどから感嘆しきり。
これが本来の仕事モードのヤンなのだろうか。
多少フランクすぎるきらいはあるが、妙に安心感のある案内ぶりだった。
ポランをはじめギルドが特別視するのもわからないではないな、という気がしてくる。
「でもさすがに魔物が全く出ないってことはないんだろ? 底層っていっても一応ダンジョンなんだし」
何もないと聞いてやや物足りないのがミゲル。
彼もこの短時間でヤンに対して何か感じるところがあったのだろう。ギルドでの子供扱いから一転して普通に接するようになっていた。
「うん、まぁいるにはいるよ。すっごく弱いけど。あ、そう言えばみんな積極討伐も選択してたよね。そっか。じゃあ魔物がいそうな所に寄り道してった方がいいのかな。どうする? もう少し上に行ってからの方が手応えあると思うけど」
積極討伐というのは案内依頼届にある条件項目のひとつで、チェックすると道中魔物と積極的に交戦したいという意思表示になる。
案内人は通常はほとんど魔物と遭遇しないメインルートを案内するのだが、積極討伐パーティの場合にはメインルートを外れて寄り道したり、独自のルートで案内したりすることになる。
つまり積極討伐パーティを案内するためには途中階層の各ルートに関する知識だけでなく、階層全体の土地勘や魔物の生態・動向に関する深い知識も必要になってくるので対応可能な案内人は自ずと限られるのだった。
「お、おう……。リーダーどうする?」
今自分が話しているのは本当に見た目通りの子供なのか、それともポランが言う通り優秀なC級案内人なのか。
言葉を交わすほどよくわからなくなってきたミゲルがノビリスに救いを求める。
「みんなの意見も聞いておこうかな。サラとアモンはどう思う?」
「私はノビさんに任せるわ」
「オレはいつでも戦える」
普段は基本ノンバーバルコミュニケーションのアモンが珍しく自分から言葉を発したため、ノビリスはつい頬が緩んでしまう。
無口なアモンとメンバーとのコミュニケーションがパーティの課題のひとつだと感じていただけにこの変化は嬉しかったのだ。
「当然オレもだぜ」
ミゲルは口ではアモンに対抗意識を見せたものの内心はまだ混乱中。
「そうだな、それじゃヤン君。緊張感のあるうちにウォーミングアップしておきたいから魔物がいそうな場所があれば早めに案内を頼むよ」
「うんわかった。ちょっと先の方にいいポイントがあるからそこに行くね。あ、あと戦闘になったらボクは邪魔にならないよう見学しとくから」
「そりゃそうだ。戦いはオレたちに任せとけって少年」
保護者風を吹かせることで平常心を取り戻そうとするミゲルだったが、ヤンは当然だという感じでノーリアクションだったため肩透かしをくらう。
「そう言えばオレたちまだ自己紹介もしてなかったよな。オレはノビリス。この『青の開拓者』のリーダーで一応Cランクだ。冒険者歴は今年で五年目の二十二歳。よろしくヤン君」
突然始まった自己紹介タイム。
ヤンは先頭を歩きながら半身になって発言者の目を見つめ、自己紹介が終わると頷いてみせる。
「オレはミゲル。三年目のDランクで十九歳。剣の腕にはちったあ自信があるぜ」
「私はサラ。Dランクの魔法士よ。同い年のミゲルと二人でやってたんだけど二年前にノビリスと知り合ってパーティを組むことになったの。剣も少しはできるわ。よろしくねヤン君」
「……Dランクのアモンだ。十七歳。去年からこのパーティに参加してる」
アモンにしては上出来の挨拶だったが、お節介気質がむくむく頭をもたげたノビリスが言葉を繋ぐ。
「アモンはオレと同じルガーツ出身で元々顔見知りだったんだけど去年偶然再会してパーティに誘ったんだ。それまではソロでやってたんだよな、アモン」
「……」
無言で頷くアモン。
「そっか。じゃあパーティとしてはDランクだね。底層なら楽勝だと思うけど下層以降は真面目にやらなきゃだね」
はははと苦笑いをするノビリスだったが不思議とそんなに悪い気はしない。
「あ、ボクの自己紹介だけどポランさんが言わなくていいことまで色々しゃべっちゃったからもういいよね。普段はあんなことないのに今日はどうしちゃったんだろうポランさん。いっつも同じような文句言われるからキレちゃったのかな。でも仕事なんだからもうちょっと冷静でいてくれないとみんな困っちゃうよね。あはははは」
いやもうそれは何と言っていいものやら一同気まずいことこの上なし。
束の間、沈黙の後にサラがやっと口を開く。
「そう言えばダンジョンっていったら中は暗いイメージだったんだけどここは明るいのね」
迷宮に入ってからノビリスが感じていた違和感の正体もまさにそれだった。
以前一度だけ入ったことのある地下ダンジョンでは灯りがないと何も見えないほど中は真っ暗だったのだ。
石造りのオーソドックスなダンジョン風の造形という点ではどちらも共通しているものの、明るさの違いは明確に攻略難易度に直結する要素だ。
地下に潜らないダンジョンとはこんなに明るいものなのか。
「ああ。それはホラ、よく見ると両側の壁が光ってるように見えるでしょ。発光塗料が塗ってあるんだ」
「発光塗料って……」
ノビリスが言い終わらないうちにヤンが答えはじめる。
「普通の塗料にオオホタルから取れる液体を混ぜるとこんな風に光るんだ。液体の比率で光の強さが変わるからちょうどいい自然な明るさに調整してあるんだって。それを半年おき位に塗り替えて維持してるんだよ。あ、オオホタルっていうはスタルツの湿原にたくさんいる昆虫のこと」
スタルツというのは第十階層にある町だ。
バルべルの迷宮は十階層毎に魔物が出現しない安全層がありそこに小さな町を作って探索や生活の拠点としている。
今回のヤンとの契約は『青の開拓者』をスタルツのギルドまで無事送り届けるという内容だった。
オグリムから最短で三日の工程だが念のため五日分の装備・消耗品一式をポーターサービスでヤンに預けて運搬してもらっているのだった。
「塗料には魔除け薬も混ぜてあるから弱い魔物を遠ざける効果もあるよ」
「なるほど、よく考えられているんだな」
地下ダンジョンとは違ってここはギルドが管理する場所なのだということを理解したノビリスたち。
「お陰で暇だけどな」
ミゲルの冗談で通路内に笑いが響く。
この調子ならヤン君ともうまくやって行けそうだなと安心したノビリスは背中の盾がすっと軽くなったように感じた。
* * * * *
暫く進むと前方から話し声が響いてきた。
程なく向こうから人影が三つ現れる。
「よぉヤン坊! 今から送りかい?」
「こんにちわ、おっちゃん。そっちは運び?」
ヤンの知り合いらしいが案内人用語っぽいのがノビリスたちにはよくわからない。
『送り』というのは案内人が契約した冒険者を次の安全層まで案内することを指し、『運び』というのは案内人が指定のギルド支部まで物資の運搬をすることを指す。
「おうよ。でコイツらは警備帰りの冒険者だ。そっちの兄ちゃんらはホヤホヤのルーキーか。いきなりヤン坊が付くなんてラッキーだったな。ようこそバルベルへ。まぁせいぜい頑張りな」
突然振られたので焦りつつも恐縮して頭を下げるノビリス。
「あ、おっちゃん。最近特に変わったことはなかった?」
「いやなんも。いつも通りだ。相変わらず苦労性だなヤン坊」
「ただの習慣だよ。ありがとうおっちゃん。気を付けて下りなよ」
「おう! 早く帰って酒呑みまくるぞ」
すれ違い際に連れの冒険者二人も声をかけてきた。
「よっ! 頑張れよルーキーども」
「金に困ったらとりあえず警備クエストだぞ。はははは」
さっさと後ろへ遠ざかって行く三人が奥の角を曲がるとノビリスが尋ねた。
「ヤン君、今のは?」
「モーガンっていう大先輩だよ。C級案内人で今は採掘の現場から掘り出した鉱石を運ぶ仕事でギルドに戻る途中だったみたい」
「運ぶって、彼何も持ってなかったみたいだけど」
サラの質問はみんなの共通の疑問でもある。
「拡張カバンだよ。やだなぁ、あんな重い物そのまま運んだら時間も人もかかりすぎるよ」
拡張カバンとはカバンの内部を特殊な魔法で加工することにより、実際の容量よりも多くのモノを収納できるようにした魔道具である。
見た目からは想像がつかないほど大量のものが収納できるため、際限なく収納できそうだということから『そこなし』という愛称で呼ばれている。
実際には収納容量には限度があるのだが滅多なことでは一杯にならないので『そこなし』もあながち間違いではなかった。
「拡張カバンか。高いんだよなアレ」
ミゲルの言う通り、拡張カバンは新品だと安くても金貨十枚以上で、中古でも金貨五枚はする超高額アイテムだ。
盗難の可能性も高いため使用者限定の魔法を同時に付与する場合が多いが、そうなると更に高額になる。
冒険者たちにとっても垂涎のアイテムなだけに拡張カバンの話題が続く。
「それはギルドが支給してくれるのかい? まさか自前じゃないんだろ」
「ううん、自前の人が多いかな。持ってなければギルドが貸してくれるけどレンタル料が高いんだ」
「なるほど。使用頻度次第では自前の方が安くつく感じなんだな」
「なんかセコくない? 必要経費なら自己負担じゃなくてギルド持ちが当然だと思うけど」
「そうだけど、ギルドの決まりなら仕方ないだろ。そう言えばヤン君も拡張カバンを持っているのかい?」
「うん。ボクのはとうちゃんのお下がりだけどね」
ヤンは腰にある年季の入ったポーチ状のカバンにそっと手をやる。
「へぇ、ヤン君のお父さんも案内人なの?」
「うん……あ、みんなの荷物もこれに入ってるよ」
サラの質問に対して何故かヤンが急に話題を変える。
迷宮に入ってすぐ、ヤンはパーティ全員の手荷物類を集めていたのだった。
「えっ、それじゃその背中に担いでいるのは?」
はぐらかされたのが気になったがそこはスルーしてサラがのっかる。
「これは重りだよ。中にものすっごく重い石が入ってるんだ。体を鍛える訓練になるからね。投げたら武器にもなるし」
「いやいや石投げるのは武器じゃねーだろ」
サラとノビリスが驚いている中、ツッコミならオレに任せろとばかりにミゲルがちょっかいを出してくる。
「でも当たると相当なダメージだよ」
「そんなクソ重い石なんかそもそも投げられるのかよ」
「それも訓練だからね。慣れれば平気だよ」
「待て待て。じゃ試しにその石ちょっと貸してくれ」
足を止めたヤンが担いでいた荷の中から取り出したのは不自然に丸い直系十二、三cmの黒光りした石で、ヤンから手渡されたミゲルの右腕がその瞬間ガクリと垂れ下がり石は真下にドンと落下。
「いッてぇ……ってか重すぎんだろなんだこの石!!」
左手で右腕の肘の内側を一生懸命さすりながら悪態を吐くミゲル。
石を蹴ろうとするも直前で思いとどまり、代わりに地面をドンと思い切り踏みつける。
ミゲルに石を渡す時、ヤンは右手一本で軽々と扱っていたようにノビリスには見えた。
試しにミゲルの足元の石を持ち上げようとするが、見た目と全くリンクしないその重さに驚く。
力にはそこそこ自信のあるノビリスでさえ、持ち上げるのに両手を使わなければならなかった。
「ヤン君、その中にこの石はどれくらい入っているのかな」
「うーん、数えてないからわかんないけどたぶん二十個くらい?」
「…………」
ノビリスが口を半開きにしたまま言葉を失う。
ミゲルは今のやりとりが耳に入っていたかどうか怪しい様子でまだ腕をさすっている。
回復薬いる?などとサラが声をかけている後方でじっと観察していたアモンの目が鋭さを増していた。
「この石はヘビーストーンっていうんだって。中層で採掘できるんだよ」
「ヤン君は石に詳しいんだね。案内人だからなのかな」
「ううん、他の人はそうでもないよ。ボクは案内人になる前は採掘のお手伝いもしてたからたまたま知ってるだけ」
採掘というのは大人でも結構な重労働だと聞く。
手伝いとはいえ一体どんな幼少期を送ってきたのだろうとノビリスはヤンの過去に思いを巡らせる。
「そんな無駄に重たいだけで腹の足しにもならない石なんかより魔石だろやっぱ。あー早く魔物やっつけてぇなー」
威勢のいい言葉の割にまだ右手をグーパーしながら肘を曲げたり伸ばしたりしているミゲル。
「あら、あんた左手でも剣使えたの?」
笑いながらいじるサラ。
「うるせーよ。やればできるし。未来の両手剣使い様に失礼だろ」
「はいはい、いつの未来なんだか。まずは剣を二本揃えてからね」
「……なぁ少年。スタルツってとこには武器屋もあるのか?」
「武器屋っていうか鍛冶工房ならあるよ。でも武器を売ってるのはギルドの商業課の方かな」
「おお、鍛冶工房! いいねぇいいねぇ。大量生産じゃねぇユニーク武器。剣士の憧れだよなぁ」
「鍛冶師ならスタルツよりもセインにいるガンツって人が凄いんだって」
「ガンツ! 魔剣のガンツかッ!?」
「うおッ、なんだよアモン。びっくりさせんな」
ミゲルだけではなくノビリスとサラもアモンがここまで勢いよく会話に割って入るのを初めて見たので驚愕。
「魔剣? それはよく知らないけど左足を怪我している怖いおっちゃんだよ。剣を作ってくれっていう人が何度もお願いに行くけど全部断ってるんだって。工房の他の人たちが頑張って仕事してて、ガンツのおっちゃんは時々出来上がったモノを見てやり直せとかダメだとか言うだけだよ」
だいたい工房の様子がわかってしまうヤンの見事な説明っぷり。
アモンは今のヤンの説明で得心したのか再び寡黙に戻り、何やら思案に耽っている様子。
「セインというのは確か三十階層だったよね。オレたちがそこまで行くのはなかなか厳しい道のりだろうなぁ」
「弱気なこと言ってんじゃねーよリーダー。目標はでっかく階層主討伐だろ!」
「ミゲルあんたねぇ、無駄に大きい目標を言う人に限ってすぐ挫折するっていうわよ」
「諦めたらそれが挫折だろ。おれは諦めねぇから大丈夫」
「必死に腕抑えながら言われても……」
「サラお前ほんと性格がアレだよな。早く回復薬寄越せ」
「はいはいどうぞ。銅貨二十枚よ」
「十五枚にしろよ」
「じゃ十八枚」
「十七!」
「あの、盛り上がってる所悪いけどボクの持ってる回復薬なら案内人のサービス内でタダだよ」
「よしッ頼む少年! もとはと言えば少年のせいでもあるからな」
「ちょっと……はァ。ごめんねヤン君」
ヤンから回復薬を受け取ると腰に手を当てて一気に飲み干すミゲル。
「ぷはーッ! それじゃ少年。早速魔石をゲットするためのお膳立てを頼む」
「あんたって人はホントに……」
「ガンガン魔物を倒しまくって魔石で稼ぐぞ!」
「それはどうかなー。底層じゃそんなに魔石のドロップ率高くないしあんまり期待しない方がいいかも」
無理矢理感のあるミゲルのイケイケ発言に冷静に水を差すヤン。
「そうなの?」
「うん、出てもたぶん下級ばっかりだと思うし」
「ま、まぁ下級でも数集めりゃいいだろ。塵も積もればってヤツだ」
今さっきのドロップ率の話は聞いていなかったのかとサラがジト目で訴えるが、ミゲルは気にする素振りも見せない。
「運が強い人ならちょっとは違うかもしれないけど」
さすがヤンはよく空気を読む案内人だ。
「おい誰だ運のあるヤツ。リーダー? アモンか?」
「オレは普通...かな」
申し訳なさそうに答えるノビリスと静かに首を横に振るアモン。
「なんだよ全員運なしかよ。アンラッキーパーティじゃねーか」
「あんた自分は棚にあげて何言ってるのよ。あと最初っから私のことはスルーって失礼にもほどがあるんじゃない?」
「いやだってどうせ低いんだろ?」
「運気40超えてますけど何か?」
「えっ!?」
さすがのミゲルも思わず全身フリーズ。
各種パラメータの中でも運気は最も上がりにくく、あまりの成長のなさにその存在すら忘れることにしている人も少なくないとされ、全冒険者の平均値は25前後とも言われている。
それが40を越えているともなれば立派な勝ち組といえよう。
「サラ、それはどうやって知ったんだい?」
「オグリムに発つ前に寄ったアルタイーラの占い師に観てもらったの。幸運のお守りを買ったお店の」
「なんだよ占いか。そんなもんアテになるかよ」
「いやミゲル、そうとも言えないよ。占い師には【鑑定】スキル持ちの人もいるらしいからね」
「いやいや、そんなにゴロゴロ【鑑定】持ちがいたらギルドの鑑定サービス担当がおまんま食い上げになるだろ」
誰も占い師が【鑑定】持ちであるかどうかなんて興味がないにも関わらずどんどん話がそちらの方向へ脱線していく。
「すごいよサラさん!」
そこで話を元に戻すかのごとく、手を叩いてサラを賞賛するヤン。
脱線の件からご機嫌斜めに傾く一方だったサラだが、ここで部外者のヤンだけが賞賛してくれたことでとうとうスイッチに点火してしまったらしい。
「私、ヤン君と見学するから」
戦闘になったら、という意味なのだろう。
「は? ふざけんなオイ」
追いついてきたミゲルがまた絡みだす。
「まぁまぁ。でもサラ、さすがにそれはちょっと困るよ」
ノビリスが宥めようとするがサラの怒りは既にレッドゾーン。
「はァ? なんで私をさげまんみたいに思ってる人たちのために働かなきゃいけないのよ。魔石くらい自力で稼いでみなさいアンラッキー男共。一体何個集められるのかしら。とっても楽しみだわ~」
さすがのヤンもこれには苦笑い。
「さげまんまでは言ってねーだろ」
「いやミゲル、そこはそっとしておく所だから……」
人生に於いては例え事実であっても時として口を噤むべき場面が少なからずあるものだ。
「ほら! そういう所よ」
一旦火が付いてしまった女子には完全に鎮火するまで燃料を投下してはいけないのだミゲルよ。
尚、アモンはこの間完全に気配を殺していた。