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019.囮作戦(一)

ここはスタルツ支部内のメインロビー。


最近では珍しくクエストボード前は静かだった。

つい昨日、下層の大規模討伐隊が出発したせいで冒険者の数が減っていたからだ。

掲示してある依頼は下層のものが多く、底層のものは少な目だった。


「やっぱりみんな下層の討伐に行ってるから人少ないねー」


 イボンヌが周りを見渡しながらやや寂しそうに呟く。


「あ~、オレも行きたかったんだなぁ」


 巨漢ウッシードがいかにも残念そうに大きな声で愚痴る。


「バカ言うな。オレたちなんか行っても足手まといだって。だいたいメイガスが怪我で動けないのにこれ以上怪我人が増えるようなリスクは負えないだろ」


 ひと目でこの三人の中のリーダー格だとわかる好男子アマティが諫める。


 三人はDランクパーティ『おたまじゃくし傭兵団』のメンバーであった。

 アマティがリーダーでレベル25、Cランク剣士の二十三歳。

 ウッシードはレベル22、Dランク剣士の二十二歳。

 イボンヌはレベル21、Dランクシーフの二十歳。

 もう一人怪我で療養中のメイガスがレベル21、Dランク剣士の二十一歳。


 全員、親が傭兵出身であることがパーティ名の由来になっているのだが、せめて『カエル傭兵団』にすべきではなかったのかと度々パーティ内で口論の種になっているのはご愛敬。

 

 先日スタルツから初めて下層にチャレンジした時にメイガスが怪我をしてしまい戦線離脱。

 スタルツで暫く回復を待つことになったのだが、懐具合が心許なくなってきたので三人で出来る依頼を探してここ数日ギルドを覗きに来ているのだった。


「あ、これじゃない!?」


 イボンヌがボードにある依頼のひとつを右手でパンと叩いて得意気にこちらを向く。


----------------

依頼名

『高潮鎮静後の底層における魔物動向調査』


発注元:スタルツ支部

分類:調査

対象階層:以下階層の指定エリア

 ・第九階層

 ・第八階層

 ・第七階層

募集数:一組

応募条件:四人編成以上のパーティ

※Cランク以下に限る

所要日数:四~六日(推定)

達成報酬:銀貨四十五枚

チャレンジ報酬:原則なし

補足:

 ・代理主は討伐済み(往路のみ)

 ・達成報告はオグリム支部でも可

 ・未達成時の費用実費は応相談

----------------


「どれどれ……えーっと……底層の調査依頼か、なるほど」


 アマティが依頼内容を確認して思案顔になる。


「底層ならオレでも大丈夫そうなんだな」


 ウッシードは基本あまり物事を深く考えない性質だった。


「この程度の調査で銀貨四十五枚はおいしいっしょ」


 まずそこを主張する辺り、女性はちゃっかりしている。


代理主(ボスもどき)が討伐済なのもありがたいな」


 発展途上冒険者たちにとってスタルツから底層に下りる場合、まず最初に第九層の代理主(ボスもどき)と対峙するというのが一番ネックになっていたのでこれはシンプルにありがたい。


 もっとも、オグリムとスタルツの間は一番往来の多い区間であるため、各層の代理主(ボスもどき)はその都度討伐されており、実際に相対する頻度自体はさほど多くはないのだったが。


「昨日来た時、受付の人がウチらにぴったりな依頼が明日出るからって言ってたんだよね」


 だから何故お前がそんなに得意気にしているのだイボンヌよ。


「うん、まぁぴったりっちゃぴったりだな」


「でしょーッ」


 だから何故お前以下略。


「ウッシー、お前もこれでいいか」


「いいんだな」


「じゃ、決まりね! 受付行ってくる」


 イボンヌは依頼の紙を剥がすと嬉しそうに受付窓口まで走る。


「あ、おい!」


 アマティが呼び止めようとするが聞こえない。


「ったく、しょーがないなぁ……。オレたちも行くぞウッシー」


「ウッシ」


 後から二人も続く。



 イボンヌは受付にかぶり付く勢いで両手を窓口のカウンターに乗せると元気よく叫んだ。


「オナシャース!」


「はい、お待たせしました」


 カウンター奥の横で作業をしていたアイシャが顔を出す。


「あ、昨日のおたまじゃくしの人!」


 昨日イボンヌに依頼の事を教えたのもアイシャだったらしい。


「え、いやそうなんすけどお姉さんその呼び方w」


「あ、ごめんなさい。えーと確かイボンヌさんでしたよね」


「うは、名前覚えてもらってたんすか。あざっす」


 そんなに照れなくてもというぐらい何故か照れまくるイボンヌ。


「あの……で、この依頼なんすけど」

 

 バンと音をさせて依頼の紙をカウンターに広げるイボンヌ。


「そう、それそれ! それの事です私が昨日言ったの」


 ぐぐっと紙に顔を近づけて確認したアイシャが興奮して指差す。


 ちょうどそこへやってきたメンバー二人がその様子に気圧されてビクッと立ち止まる。


「だと思いましたよ」


 アイシャの様子に若干引いたイボンヌが普通の姿勢に戻る。


「それで受けますか? 受けますよね?」


 なぜそんなに前のめりなのかイボンヌが疑問に思っているところでメンバー二人が横に立つ。


「あの、この依頼って四人いないとダメなんですか」


 アマティがアイシャに尋ねる。


「え? ウチら四人……あ、そっか」


 イボンヌは今更のようにメイガスが稼働不能であることを思い出した。


「そうですね。この依頼は四人以上で出されているので四人必要になります」


「やっぱりそうなんですね。今うちのメンバーの一人が休養中で三人しか動けないんですけど、こういう場合って受けるのは難しいんですか」


「それでしたらギルドの方でソロの冒険者さんをご紹介することも出来ますよ」


「えッ、そうなんですか?」

「マジで?」


「はい。臨時メンバーとしてパーティに参加しているという形でなら認められます。ソロの冒険者さんならスタルツにはそこそこいるので日程が合えば充分可能だと思いますよ」


 まるで用意していたかのように流暢に語るアイシャ。


「やった!」


 もう決まったつもりのイボンヌ。


「あの、ご紹介いただける人っていうのはこちらで選べたりなんかは……」


 アマティがおそるおそるといった感じに尋ねる。


「それは難しいですね。条件をお伺いしてこちらで確認の取れた方をお一人ご紹介する、といった形になります」


「うーん、そうだよなぁ」


「何かご心配な点でもあるのですか?」


 アイシャが少し不安そうにアマティに聞く。


「いや、ソロの冒険者って結構クセがすごい人多いからなぁと思って……」


「それわかる~」


 イボンヌが何故か楽しそうに相槌を打つ。

 尚、ウッシーはアマティの横で微動だにせず立っているのみ。


「そういう見方も確かにありますね。でもお一人で活動されている分、腕は確かな方が多いんですよ」


 セールスレディトークのようになってきているアイシャ。


「そうですよね。それなら大丈夫かなぁ」


「でもさ、一人でぷらぷらサボってる人もいるんじゃない?」


 イボンヌの指摘はもっともだ。


「ああ、怠け者パターンか……」


「ハズレ引いたらヤバくね?」


「いやでもギルドの紹介でハズレって……あるんですか?」


 ふいにアマティからのパスがきてアイシャの反応が一瞬遅れる。


「それは……私共の方でもできる限りの事は致します」


「今なんかちょっと間があったよねー」


 イボンヌに余計なことを言うなとばかりに視線を飛ばすアイシャ。


「こわっ、目こわっ」


 少しだけカウンターから距離を取って下がるイボンヌ。


「でもまぁそれしか手はなさそうだからこの際お願いするしかないか」


「いいんじゃない」


「ウッシ」


 三人の意見がまとまったようなのでアマティは正式にソロ冒険者の紹介を依頼する用紙にサインをした。


「ちなみに、出発はいつの予定ですか」


 冒険者と交渉するのに必要な条件なのでアイシャが尋ねる。


「なる早がいいと思ってるんですけど明日でも可能でしょうか?」


「畏まりました。今夜中に確認をとって明日朝一番にこちらへ呼んでおきますね」


「わかりました。よろしくお願いします」


「あ、それともう一点。大事なことを忘れていました。報酬については均等分割でよろしいですか」


「もちろんです。それで良ければ、ですが」


「大丈夫だと思います。ありがとうございました」


 アイシャが安堵の表情で頭を下げる。


「では明日朝一番にまた来ます」


 『おたまじゃくし傭兵団』の三人がギルドハウスを出て行くと、アイシャは胸に手を当てて大きく溜息を付いた。




* * * * *


 


 一仕事終えたアイシャが冒険課控え室に入ると、バーンズとヨイノがいた。


「お疲れ様でしたー」


「お疲れ様です」


 ヨイノがアイシャの方に向き直ってバカ丁寧にお辞儀をする。


「お疲れ。ああ、そう言えば例の件どうだった?」


 バーンズはソファにだらしなく体を投げ出したままけだるそうにアイシャに尋ねる。


「はい、首尾は上々です」


 きっぱりと言い切るアイシャ。


「そうか。すまなかったな。案内課のお前にわざわざ二日も来てもらって」


「いえ、私は楽しかったです。冒険課の受付ってすごく興味あったので」


「お、なんなら転課願い出すか?」


 身を起こしたバーンズが面白そうに聞く。


「出しませんよ。ケイトさんに殺されちゃいます」


「あーあいつならやりかねんな」


 言いながら再び上半身を深く背もたれに委ねるバーンズ。


「ですよね。スイッチ入っちゃったら見境なくなるみたいなドロドロした情念を溜め込んでる気がします」


「おいおい、こえーよ。さすがによその課でそこまでガチな上司の陰口はやめとけ」


 いきなり何を言い出すんだこの子は、という顔のバーンズ。


「いやだなーバーンズさん、冗談に決まってるじゃないですかもう!」


 曲げた右肘を前に振り下ろすおばちゃん動作。


「えー」


 横で聞いていたヨイノが固まっている。


「お前のその目じゃ冗談の判別無理すぎるわ」


「バーンズさん、女性の容姿をそんな風に言うのはどうかと思います」


 固まっていたはずのヨイノが急にアイシャとバーンズの間に割って入る。


「なんだヨイノ、お前だって今ドン引きしてたろうが。掌返して色男モード発動かよ」


「違います! やめて下さいよソレ」


 本気でイヤがっているヨイノだが、クネクネした動作が絶妙に気持ち悪い。


「フン、全男子の敵め。ったくこんなナヨナヨしたひょろ男の何がいいんだかなぁ」


「バーンズさん、若さは最強の武器ですよ」


 アイシャがヨイノを援護。


「くそっ、中年イジメはやめろ。人間誰しも歳を取るんだ。明日は我が身だぞ」


「ウフフフ」

「ハハハ」


「二人仲良く笑ってんじゃねーよ。それよりお前の方はどうだったんだヨイノ」


 バーンズがヨイノに任務報告を求める。


「いや、それなんですけど聞いて下さいよ。昼前に依頼内容の説明に行ったんですけど面倒な事はやりたくないの一点張りで全然話を聞いてくれないんです」


「やっぱりなー。オレも最初から無茶な人選だと思ってたんだよなー」


「そうですよ。誰だってそう思います。どうしてあの人なんですか?」


「いや、なんか上の方からの推薦だとよ。詳しくはオレも知らん」


「え、それじゃ結局ダメだったってこと?」


 アイシャがものすごく心配そうに割り込む。


「あ、いや、それが……」


 言い淀むヨイノ。

 まだ何かあるらしい。


「それがなんだよ」


「一回ギルドに戻って来て後からまた行ってみたんですけど」


「おお、粘るねえヨイノ」


 茶化すバーンズを無視して話を続けるヨイノ。


「そしたちょうどヤン君が来てるところで、一緒に説得してくれたんですよ」


「なにッ、ヤンが? イテッ」


 ガバッと起き上がったバーンズが、足をテーブルに思い切りぶつけて悶絶。


「ヤン君、戻って来てたんだ。それでそれで?」


 アイシャが再び元気を取り戻す。


「まぁ最終的には承諾してくれました」


「よし! でかしたぞヨイノ」


 半分痛がりながらもヨイノを褒めるバーンズ。


「良かったー、ありがとうヨイノ君」


「でもほとんどヤン君のおかげなので、ボクなんか全然役に立てなかったです」


「そんな事ないよ、ヨイノ君も頑張ったよ」


 アイシャのヨイノ推しがすごい。


「そりゃお前、相手がヤンなら比べるだけ野暮ってもんだろ。仕方ねえよ」


「ちょっとバーンズさん! 空気!」


 ただでさえ怖いやぶにらみの目をグリグリさせてアイシャが叱る。


「読まねーよそんなもんいちいち」


 やってられるかと言わんばかりにソファに横になって寝そべるバーンズ。


 そんなバーンズを尻目にアイシャはヨイノをヨイショし続け、ヨイノはまんざらでもなさそうにヘラヘラし続けるのだった。




* * * * *




 スタルツ支部二階にある支部長室で三人が密談をしていた。


「いよいよだねえ」


 孫の運動会前日のように話すのはギンガミル支部長。


 はい、と同意しているのが案内課のネックスとケイトだった。


 三人は応接セットのソファにそれぞれ掛けている。


「結局オリバー君には?」


 ギンガミル支部長がネックスに尋ねる。


「はい、詳しい事はなにも」


「ヤン君絡みだと何を言い出すかわからないですから」


 すかさずケイトが補足する。


「それはそうかもしれないが、組織としてはなんとも(いびつ)と言わざるを得ないねぇ」


 苦言を呈しているようだが顔は微笑んだままのギンガミル支部長。


「全くです」


「そう思うならお二人で何とかして下さい。皺寄せはいつも我々下の者にくるんですからね」


 ケイトが実感の籠りまくった嘆願をするが、内心あまり期待はしていない。


「ハッハッハ、これは一本取られたな」


「いつも苦労をかけてすまないね、ケイト君」


 案の定だと割り切ったケイトは話題を変える。


「それはそうと、大丈夫でしょうか」


「なに心配あるまい」


「ケイト君は何か不安があるのかね」


「私は……ヤン君については何の心配もないのですが、もう一人の方がどうしても……」


「オンドロ君か。まさか彼にこんな大役を任せる日が来るとはね」


 ネックスもさすがにこんなことになるとは夢にも思っていなかった。


「私はそのオンドロという子のことはよく知らんのだが、そんなに問題児だったのかね?」


「はい。それはもう間違いなく」


 案内課としてはほとんど接点はないのだが、バーンズがとにかくうるさく愚痴っていたのでケイトもいつの間にか覚えてしまっていたのだった。


「底層ブロックではそれなりに有名人でしたから」


「悪い意味で、ですもちろん」


 ネックスの補足を更に補足するケイト。


「ケイト君は今でも厳しく見ているのだね」


「それは……申し訳ありません」


「いやいや、いいんだよ。責任感からくるものなのだろうし」


「恐れ入ります」


「なに心配いらんよ。ヤン君に任せておけば悪い結果にはなるまいよ」


 ひとしきりネックスとケイトのやりとりが済んだところでギンガミル支部長がまるで他人事のように言った。


「支部長はどうしてそこまでヤン君を信じられるのですか」


 ケイトの質問は今回の件に限らずこれまでのあれこれを含めてのもの。


「血、かな。強いて言うなら」


「不可能を可能にする男の、ですね」


 なんだよネックスもわかってるんじゃないか。


「はぁ……」


 毎度この手の話になるとよくわからない所に地雷が埋まっているため、深入りを躊躇せざるを得ないケイトが曖昧に同意したフリをする。


「まずは敵さんがちゃんと現れてくれんことには始まらんのだから、みんなで祈ろうか」


 ソファから立ち上がり、窓の方へ歩いて行くギンガミル支部長。


「そうですね。一応誘導工作は完了しているので成果があるといいのですが」


 ネックスも後に続く。


「直近の一週間で下層からスタルツに入った者のリストは既に照会作業を進めています」


 業務報告をしながらケイトもそれに倣う。


「ふむ」


 ギンガミル支部長が窓際に立ち、顎鬚を撫でる。


「スタルツから底層に入った者のリストは半日毎に取り寄せて確認しています」


 ケイトが業務報告を続ける。


「大変な作業だな」


 そのうち自分も実務に駆り出されるのではないかと思いながら労うネックス。


「外部に出せる作業ではないので全て職員で対応しています。あまり長引かないと助かるのですが……」


 ネックスの心中を察するでもなく、ケイトが続ける。

 もしかしたら業務報告によって不安を紛らわせているのかもしれない。


 上司連中はそんなケイトの心中などお構いなしにお気楽な願掛けをし始める。


「頼んだぞ、ヤン君」


 窓枠に手をかけながら外を見るギンガミル支部長。


「どうか無事に解決してくれたまえ」


 胸に手を当てて僅かに俯くネックス。


 何か腑に落ちないものを感じるケイトだったが、今更どうなるものでもないので全力で乗るしかない。


「お願いしますヤン君。あなただけが頼りなのッ!」


 両手をギュッと握りしめて目を閉じ膝をつくケイト。



 全く与り知らぬところで三人の願いを一身に背負わされるヤンだった――。

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